キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:少年の思い

          ◆◆◆

 

 

 この世界での料理は非常に簡単なものだった。いや、簡略化され過ぎている。だってものの数分でカレーが出来上がってしまったんだもの。だけど、それでよかったと思ってる。キリトとリランはさぞかし美味しそうに私の作ったカレーを食べてくれたんだから。でもキリトとリランがカレーを食べている時は、少しがっついているように見えた。よっぽど美味しい物を食べないで生きてきたのかしら。

 

 そんな事を思いながら、作ったカレーを食べてみると、私はその味に思わず驚いてしまった。所詮はゲームの中だから、作ったカレーだって偽者、本物の味はしないはずだって思っていたのに、作ってみたカレーをスプーンで口に運んだ時に感じた味はちゃんとカレーの味がした。

 

 

 ご飯の味も、野菜と肉の味も、ちゃんと感じた。まさか味をちゃんと感じる事が出来るなんて思ってもみなかったから、キリトとリランがカレーにがっつくさまを横目に見ながら、私は驚きつつ食べ進めた。

 

 その後の後片付けもすごく簡単だった。空になった鍋や皿を指でぽんとクリックするだけで水洗いでもしたかのように綺麗になるんだから、やった作業と言えば食器や調理具を元の位置に戻したくらい。

 

 

 洗剤とスポンジで擦って汚れを落とし、水洗いし、布巾とかで水を拭いたりしなければならない現実とは大違いと言えるくらいに、簡略化された作業だった。勿論キリトやリランに手伝ってもらう必要もなかった。

 

 後片付けを終えて、テーブルの方に目を向けてみると、キリトが椅子に寄りかかったままうたた寝をしているのが見えた。カレーを食べて満足し、眠気を感じたんだろうきっと。

 

 それに、キリトは私が戦っている最中、ずっと武器を構えて、いつ出て行かなければならないかと言っているみたいに気を張り巡らせていたみたいだから、その疲れもあって眠くなったんだろう。その割には、戦い続けた私があまり疲れていないのが不思議だった。

 

 

 音を立てないように近付き、小さいくせにソファに座っているリランの隣に並んで座った。

 

 

「キリト、寝ちゃったね」

 

 

 頭の中にリランは《声》を返してくる。

 

 

《こいつはお前が戦っている最中、ずっと武器を構えて、お前に危険が迫ってこないかどうか、気を張り巡らせていた。恐らくその疲れが出たのだろう》

 

「それ知ってるわ。戦ってる時に横目で見たらわかった」

 

 

 そういえば、キリトは私の事を守るなんて言って、今日の戦いの時もずっと武器を構えていたけれど、キリトはどうしてこんなに、私を守る事に必死なんだろうか。リランはキリトといるの長いみたいだから、知ってるかな。

 

 

「ねぇリラン」

 

《なんだ》

 

「キリトはどうして、私を守ろうとするの。私なんて、会って数日程度の人でしかないはずなのに」

 

 

 リランは私の顔を見た後に、キリトに顔を戻した。

 

 

《我にも何故、この者が他人を守るように戦い始めたのかは、わかっていない》

 

「あんた、《使い魔》のくせに知らないんだ」

 

《我は所詮《使い魔》だから、キリトの事はあまり深く知らない。だが、キリトは我に出会う前に、酷く落ち込んでいたのだ。その翌日に、キリトは何故か活力を取り戻して、仲間達を守るような戦いを繰り広げるようになっていた。理由を聞いても、話したくなったら話すというばかりでな。何があったのか、わからぬ》

 

「だから、私を守ろうとするの」

 

《キリトはもう誰も死なせないと誓っている。その誓いの中に、シノン、ディアベル、エギル、我と言った仲間達の全てが入っているのだ。キリトがお前が戦っている時に気を立てていたのは、お前に危険が迫らないかどうかを見張り、いつでもお前を守れるような体勢をとっていたからなのだろう》

 

 

 何だか胸がざわめき始める。キリトが「俺が君を守る」と言った時、あれは冗談か何か、またはただのかっこつけかと思っていたけれど、リランの話と今日のキリトの体勢から考えるに、そうじゃないというのがわかった。

 

 キリトは本当に私を守るつもりでいるんだ。

 

 

「そう、だったんだ。だからキリトは……」

 

 

 リランは私に顔を戻した。モンスターの見た目をしているというのに、その表情は険しいものであるというのがわかった。

 

 

《キリトはお前を守る事に必死であるし、お前以外を守る事にも必死だ。肩に力が入りすぎているから、ちょっとした事柄で疲れて、このように眠ってしまうのであろうな。何か、キリトを安心させてやる方法があればいいのだが……何もずっと張りつめた弓のようになっていなければならないなどという事はないというのに》

 

 

 その時に、私は閃いた。

 

 私は強くなりたくて、キリトの修行を頼んでいた。強くなりたいっていうのはきっと私自身が望んでいる事なのだろうけれど、私がキリトに並ぶくらいに強くなれば、キリトが誰かを守るために必死にならなくて済むようになるかもしれない。私が強くなってキリトの隣に並べば、キリトが気を張る必要もなくなるし、キリトに守られなくても、戦えるようになる。

 

 そしてキリトと一緒に進めば、この城が終わるのも、みんなが解放されるのも早くなる。

 

 

「私が強くなればいいんだわ」

 

《なんだと》

 

「だってそうでしょう。私がキリトに並ぶくらいに強くなれば、キリトだってきっと安心して戦えるようになる。キリトの肩に力が入ってるのは、きっとキリトに不安があるからだと思うのよ。私が強くなれば、キリトの不安だって取り除ける」

 

 

 リランの顔が困ったようなものに変わる。

 

 

《確かにそうではあるが……というか、お前が強くなるという目的は変わっておらんだろう。何故それを改めて言う》

 

 

 私はリランからキリトに目を向け直した。その顔は口が半開きになっている、少し間抜けな寝顔だった。

 

 

「気付いたのよ。私は自分のためだけに強くなろうと考えてたけれど、多分そうじゃない。私が強くなって得をするのは、きっと私だけじゃなく、キリトもそう。だから私は明日から、ううん、今日から私自身とキリトのために強くなろうと思う」

 

《うむ、正論であるが、いきなりであるな。キリトのために強くなるなど……》

 

 

 私は思わず腕組みをする。

 

 

「私のせいで負担を抱えている人がいるっていうのが許せないだけよ。だからこれからは私が強くなってキリトの負担を無くす。ううん、キリトを追い越してやるんだから」

 

 

 リランはずっと私の事をおどろいたような目で見つめていたけれど、そのうち顔を穏やかなものに変えて、小さな声を送ってきた。

 

 

《結構だ。ならば我もそうしなければならぬな。シノンが強くなった傍らで我が弱くて、キリトの不安を煽ってしまうなど、あっていいはずがない。我らは強くあらねば、だな》

 

「あんたは私よりも強いからいいじゃないの。レベルだって私より高いし」

 

《いや、我も強くならねばならないのだ。そうでなければキリトの《使い魔》は勤まらぬし、いざとなった時にキリトを守る事が出来ぬ。そうあってはならないのだ》

 

 

 リランは首を横に振った。さっきから見ていると、本当に人間と話しているのと変わりがない。今は小さなドラゴンの見た目をしているし、外に出れば大きなドラゴンに姿を変えるけれど、中身はまるで人間のよう。

 

 

《それに、我はもっとキリトの事が知りたいところだ。今のところ分かっている事と言えば、守る事に囚われ過ぎて肩に力が入っている事と、意外と軟弱な精神を持っている事と、妙に知りたがりな部分がある事だ。中々の知識欲を持っておるよ、キリトは》

 

 

 リランの言葉に、私は思わず首を傾げてしまった。

 

 キリトとリランは私と出会った時から一緒に居たけれど、その口ぶりから、あまり長い間一緒に居るわけじゃないように思える。

 

 

「そのくらいしかわかってないの? あんた達ってどれくらいの付き合いなのよ」

 

《まだ出会って3日程度だ。お前が降ってきた前の日の夜に我とキリトは出会った。だからキリトに関しての知識はお前と同じくらいであるな》

 

 

 リランとキリトの関係はまだ3日前後という事実に、私は驚きながらも納得してしまった。まだ出会って3日の関係だから、リランはそんなにキリトの事に詳しくないんだわ。

 

 

「そんなしか経ってないの!? てっきり1年くらい一緒に居るんじゃないかと……」

 

 

 リランは苦笑いして見せた。

 

 

《そこまで長く一緒におらぬよ。だがその1年間……というよりも、この城の攻略が始まった時から、キリトはずっと一人でいたようだ。どんな時も一人で戦い、切り抜け……その末に我とお前に出会ったようなものらしい》

 

 

 思わずキリトに目を向けた。キリトによれば、この世界はソードアート・オンラインという名のデスゲームの中。HPがゼロになれば現実のナーヴギアに脳を焼き殺されて死ぬゲーム……こんな中に一人でいるなんて、すごく辛いはずなのに、キリトはここまでやって来た。

 

 いくつもの修羅場を、たった一人、剣を握って潜り抜けて来たんだ。

 

 今はすごく間抜けな顔をして寝ているように見えるけれど、そう思うとようやく見つけた安心出来る地で、力を抜いて休む事が出来て、嬉しがっているように見えてきた。

 

 

「やっぱり強いんだね、キリトは」

 

《強いが、脆くて弱い。この者には、支えてやれる存在が必要だ。我はそれになるつもりでいるよ、少なくとも》

 

「そんな、ドラゴンの身で?」

 

《そんなものは関係ない。我はお前達の言葉がわかるし、キリトの気持ちもわかる。なのにキリトは我を不思議がるのだ。どうして言葉がわかるんだとか、気持ちがわかるんだとか》

 

 

 いや、キリトの気持ちはわかる。キリトから聞いた話によれば、この世界にいるドラゴンとかは全てNPCであり、喜怒哀楽があるように見えるけれど実際に感情を理解しているわけではなく、言葉に合わせて反応を返しているだけらしい。

 

 だからNPCには基本的に心はないんだけれど……リランはそれに逆らっているかのような存在らしい。

 

 リランは私達を理解しているような喋り方をするし、今もこうして心がわかるとか言っている。キリトから聞いたNPCの話とは、全然違うNPCだ。キリトはリランが本当にNPCなのかって疑っていたけれど、本当にそう思う。このドラゴン、本当にただのNPCなのかしら。

 

 

「まぁ多分だけど、この城に入り込んでからのキリトが出会って来たのと、あんたがあまりに違うからじゃないの。それにあんた、記憶がないんでしょ、私と同じように」

 

《そうだ。だから我はキリトについていくのだ。キリトについていけば、きっと我は記憶を取り戻す事が出来る。根拠はないが、そんなふうに感じるのだ》

 

「私もそうかも。キリトについていけば、いつか思い出せる……そんな気がする」

 

 

 リランは笑みを浮かべて、私の事を見つめた。

 

 

《お互い、キリトについていくとしようぞ。そしてキリトの負担をなるべく減らせるように、強くなっていこう》

 

「えぇ。そのつもりだわ」

 

 

 やっぱり、リランがNPCだなんて思えない。リランはきっと、何か特別な存在なんだわ。それが何なのかまでは、この世界に入りたての私じゃわからないけれど、多分リランは特別な何かなんだわ。そうでなきゃ、私達とこんなに話が出来るわけない。

 

 

《ところでだ、シノン》

 

「え、なに」

 

《お前、記憶を取り戻しかけた時に苦悶していたように見えたが、大丈夫なのか》

 

 

 言われて、今日の昼ごろに記憶を取り戻しかけた時の事を思い出した。キリトによれば、私は汗を掻いて、もだえているような顔をして魘されていたらしい。夢の中で記憶を取り戻していたみたいなんだけど……やっぱり駄目だ。思い出そうとしても思い出せないし、どんな夢を見ていたのかもわからなくなってる。

 

 

「大丈夫よ。記憶を取り戻しかけて、また忘れたみたい」

 

《そうか。キリトが心配していたからな、思い出さない方が良いのではないかと》

 

「何よ、あんたまでそんな事を言い出すの。っていうか、聞いてなかったの? 私は記憶を取り戻さない事は選ばない。どんな苦しみが待ってても、取り戻すつもりよ」

 

《それはわかるぞ。だがな、お前にも無理をしてもらいたくないと我は思うのだ。辛くなるような事があったら、出来るだけ我に相談してもらいたい》

 

 

 思わず、リランの紅い目をじっと見つめてしまった。てっきり、キリトに飼われているペットでしかないと思ってたけれど、やっぱりリランはそんなんじゃない。でも、結局リランが何なのかはわからない。だけどわかる事は一つだけ。

 

 リランは、信用できる。

 

 

「そうね。辛くなるような事があったなら、あんたに相談する事にするわ。理解してもらえるかどうかまではわからないけれどね」

 

《理解できるように努力しよう》

 

 

 私はリランの頭を軽く撫でた。ふわふわとした手触りが気持ちよく感じられた。

 

 

「もうじき年が明けるわね。それまでに50層に辿り着くつもりだけど、その後はどうしようかな」

 

《その辺りはまたキリトと相談すればよい。ただ、新年祭とやらには参加せず、静かにしていたいな》

 

「同感。キリトもそういうの好きそうじゃないから、大晦日も新年も、ここで静かにしていましょう」

 

 

 私はリランの頭に手を置いたまま、うたた寝をしているキリトを見つめた。その顔は間抜けというよりも、安心している顔だと思えた。

 私は強くならないと。私自身のためにも、キリトのためにも。

 

 

 


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