キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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須郷戦。


12:紅玉宮攻略戦 ―破壊者との戦い―

            ◇◇◇

 

 

 

 アインクラッド100層 紅玉宮

 

 俺達血盟騎士団も含めた全ての攻略組はアインクラッド最上層の紅玉宮に集まり、最後の戦いを始めた。だが、俺達を待ち受けていたのは自らがラストボスだと宣言をした茅場晶彦ではなく、この世界を自らの実験場にするべく、茅場と同じマスターアカウントを持ってやってきた須郷伸之ことアルベリヒ。

 

 そしてアルベリヒは俺と同様に人竜一体を果たし、俺達を滅ぼすべく、ラストボスとして立ち塞がり、襲ってきた。

 

 しかもアルベリヒが連れていたのはこのゲームの裏ボスである皇帝龍であり、そのAIには高度な処理能力を持っていたユピテルのそれが当てられていた。アスナの息子であり、優しくて穏やかな子だったユピテルはアルベリヒに忠実な怪物となり、仲良くしていたはずの攻略組に襲い掛かってくるという現実に、俺達は戸惑わざるを得なかった。

 

 更に皇帝龍はユピテルだけではなく、ユイとストレア以外のMHCPを吸収して更なる形態へと進化を遂げた。その結果、LV:250、《HPバー》20本の恐るべき化け物となってしまった。

 

 あまりにレベルの差が開きすぎているうえに、放たれる一撃が全て瀕死級の威力を誇っている皇帝龍。そんな圧倒的な存在と戦闘を開始した数分後に、俺達は既に瀕死に追い込まれていた。

 

 クォーターポイントの時のように回復結晶が使えないなんてことはないが、どんなに回復させたとしても皇帝龍の素早くて巨大な攻撃を受ければたちまちHPを赤色にされてしまう。

 

 レイドを組んで、前衛後衛に分かれて交互に攻撃を仕掛けたとしても、前衛がすぐにやられて後衛と交代する事になり、突っ込んだ後衛もすぐさまやられて後退させられる。

 

 状況は最悪。まさに俺達は、巨象に挑もうとしている蟻の群れだった。幸い、リランの人竜一体は常に解放されている状態にあり、俺はリランの背中に乗って戦っていたが、今までどんなボスも叩き伏せてきたリランの力さえも、皇帝龍には通用しない。

 

 全てを焼き尽くす光線ブレスも、巨剣による連続攻撃も、その全てがあの甲殻と筋肉に弾かれる。

 

 

「なんて力だ!」

 

 

 思わず呟くと、シノンが弓を皇帝龍の顔元に射掛けるが、皇帝龍の鋼のようになった筋肉は、その全てを弾き返す。

 

 

「どぉぉらああああ!!!」

 

 

 クラインやエギルと言った他の者達も必死になって攻撃を仕掛けるが、皇帝龍の甲殻を前に全て弾かれてしまい、ソードスキルさえも全く歯が立たない。そして、俺達がソードスキルの発動した後に課せられる硬直時間の間に、巨剣による攻撃を受けて跳ね飛ばされ、死にかける。

 

 まるで難攻不落の生ける要塞に挑んでいるかのような絶望感。これまで強力だと思って来たボス達が可愛く思えるくらいの理不尽さ。凶暴なる皇帝龍に立ち向かう者達の武器は悉く弾かれ、皇帝龍の刃に斬り伏せられる。

 

 

「攻撃班、攻撃を仕掛けたらすぐさま回避だ! 後衛は回復道具をなるべく使わず、回復スキルのリキャストが済み次第下がってきた前衛を回復しろ!」

 

 

 あまりに絶望的過ぎる戦況だが、聖竜連合のボスであり、攻略組の司令塔であるディアベルは咄嗟に指示を下し続ける。だが、どんなに冷静に指示を下して、攻略組を動かしたところで、皇帝龍はその全てを踏み潰すが如く、飛んでくる攻略組を巨剣で薙ぎ払う。

 

 あれが普通の剣だったならばまだしも、リランのそれと同じように皇帝龍の思念に連動して動く浮遊剣であるため、気を抜いた隙に飛ばしてくる。回復スキルを使って回復しても、やはり回復アイテムの回復力には敵わず、使わざるを得ない状況になる。

 

 

「無駄だよ! お前達が勝てるようには出来てないんだ! 大人しく降伏すれば、命だけは助けてやるぞ」

 

 

 まるで自分だけ高みの見物をしているかのように、皇帝龍の項に跨ったアルベリヒが叫ぶ。今まで散々俺達プレイヤーを実験台扱いし、この世界を滅茶苦茶にし、今はユピテルさえも戦闘の道具に変えてしまったアルベリヒ、許されざる魔王。

 

 今すぐにあいつの頭を斬り落としてやりたくなるけれど、魔王の事を皇帝龍が守っているために、魔王に辿り着く事が出来ない。無理に辿り着こうとすれば、皇帝龍の巨剣が飛んできて、こっちが刈り取られかねない。まさに、不条理そのもの。

 

 

「はああああああああああああッ!!!」

 

 

 その最中、攻略組の者達を飛び越えて、アルベリヒの元へ飛び付こうとしている者が見えた。深紫色の長い髪の毛と、同じ色の衣装が特徴的である少女、皇帝龍に取り込まれたユピテルと一緒に長い時間を過ごしていたユウキ。

 

 戦闘中にも大きなジャンプを見せる事の多かったユウキだ、恐らくいつものボス戦の時と同じようにジャンプして、皇帝龍の死角から攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。そして、いつも辿り着く高さには、全ての元凶であるアルベリヒがおり――そのアルベリヒ目掛けてユウキは剣に光を宿らせる。

 

 

「このおおおおおおおッ!!!」

 

 

 自分にも懐いていてくれたユピテルを怪物に変え、自分達さえも殺させようとしてきている悪魔、アルベリヒ。その悪魔にユウキの怒りの刃が炸裂しようとした瞬間、突然ユウキの姿が消えた。

 

 あまりに唐突な事に驚くや否、俺は皇帝龍を見回したが、すぐさまユウキを見つけた。ユウキは――皇帝龍の背中から生える四本腕のうちの一本に捕まっている。完全に皇帝龍の死角から入り込んだはずなのに、まるで後ろに目があるかのような動き。これが、皇帝龍の処理能力だと言うのか。

 

 そう思った束の間、皇帝龍はユウキの身体を握り締めたまま、一気に振り上げ、壁目掛けて投げ付けた。皇帝龍の身体から離れたユウキの身体は猛スピードで壁に突っ込み、衝突。轟音と土煙エフェクトと共に軽い衝撃波を起こした。俺達が驚いて顔を向けたその時には、ユウキは紅玉宮の壁から落ちて、床に転がった。HPがほんの数ドット程度になっていた。

 

 

「ユウキ……!」

 

 

 俺が思わずその名を呼んだその時に、咄嗟に後衛が駆け付けてユウキに回復結晶を使ったが、ユウキは中々立ち上がれずにいた。HPは全快したものの、身体に与えられた衝撃が余りにすごくて、なかなか動かす事が出来ないのだろう。

 

 

《猛者のユウキでさえあの有様か……!》

 

 

 リランの呟きに俺は頷いてしまう。今まで俺達は実に様々なボスを叩きのめしてきて、どんな強敵も乗り越えてきたが、最後に立ち塞がった皇帝龍という名の壁はそれこそ、俺達が乗り越えてきたどの壁よりも高くて強大だ。

 

 もはや見上げたところで先が見えない上に、常に超火力の攻撃を繰り出してくる鉄壁の城、難攻不落の無敵要塞。その項に跨る魔王に攻撃をして、倒す事が出来れば、あの要塞は陥落するものの、そんなものをあの要塞自身が許さない。

 

 

「だ、駄目だ、攻撃がまるで効いてねえ!」

 

「こいつ、本当に倒せないように出来てるんじゃねえのか!?」

 

 

 ぼろぼろになった仲間達に紛れてクラインとエギルが叫ぶ。

 

 俺達は皇帝龍の攻撃に常にさらされながらも、いつものボス戦のように隙を突いてちゃんと攻撃をしているので、確かにダメージを与えてるはずなのだが、皇帝龍はどんなに攻撃を受けても怯まないし、そのHPを減らしている様子もない。

 

 まさか、かつての茅場のように不死属性のようなものでも搭載しているとでもいうのだろうか。そんな事が出来るわけないと思っても、あれを操っているアルベリヒは茅場と同じようにマスターアカウントを使っているから、強ちできないわけでもない。

 

 あいつが自信満々になってあぁいう事を言っているのは、いや、言えているのはそのためなのか――。

 

 

「きゃああああッ」

 

 

 そう思っていると、近くから悲鳴が聞こえてきて、咄嗟に顔を向けた。そこでは、かつてユピテルとも仲良くしていたリズベットやシリカが、皇帝龍となったユピテルの攻撃を受けている光景が広がっており、二人のHPが緑から赤まで一気に減ったのも同時に見えた。シリカの場合は<使い魔>のピナが咄嗟に駆けつけて、主人のHPを回復させようとブレスを試みるが、皇帝龍の与えた深手は全く治らない。

 

 皇帝龍に撃退させられたリズベットとシリカに代わり、フィリアとストレアが皇帝龍の足元へ接近して、鋭い短剣ソードスキル、大振り且つ高威力の大剣ソードスキルを撃ち込むが、甲殻に包み込まれた皇帝龍の足は二人の短剣も大剣も退けて、火花のエフェクトを返すだけだった。

 

 しかもフィリアの場合は甲殻のない関節部分を狙っているのに、そこでも火花が散るだけで斬撃が通用していない。どんなに強力な甲殻に身を包んでいたとしても、関節部分が弱点になっているのがこのゲームのボスモンスターにみられる特徴だ。

 

 

 だが、モンスター側もそういう点を理解している場合が多くて、その弱点を補うような、庇うような動きをするのだが、あいつはそれさえも必要ないくらいに、全ての部位が異常な硬化を遂げている。もはや、弱点など存在しないのだろう。

 

 そして、虫に攻撃されているような小さな不快感を覚えた皇帝龍は、その尻尾を思い切り振りまわして、群がる虫である攻略組と一緒にフィリアとストレアを跳ね飛ばした。

 

 

 皇帝龍の尻尾を受けた者達はユウキのように壁に直撃し、HPを数ドット残して床に倒れる。その中には、フィリアとストレアだけではなく、ディアベルやクラインも混ざっていた。

 

 

「……!!」

 

 

 指揮をしていた者達さえも倒れた有様に、リーファとシノンの混ざっている後衛の者達が咄嗟に駆けつけて回復スキルを展開するが、その光景を見て俺はハッとする。

 

 先程までは、傷付いた者達の回復をやっていた後衛陣は、グランポーションや回復結晶などといったアイテムを使っていたのだが、今はヒーリングサークルなどの回復スキルを使っている。

 

 これはつまり、後衛の回復アイテムが底を尽きたという事を意味するのだ。その事に気付いたリランが《声》を荒げながら言う。

 

 

《まずいぞキリト。攻略組の回復アイテムが尽きたらしい!》

 

「わかってる! だけどどうする……このままじゃ……」

 

 

 こっちが弱ってしまえば、間違いなくあの皇帝龍は止めを刺しに来る。回復が間に合っていない状態であの皇帝龍の攻撃を受ければ――即死するのは火を見るより明らかだ。なんとかしてあいつの攻撃を防がなければ。

 

 

「やれやれ、君達も強情な連中だ。殺さないで実験台にしようって思ってたけれど、君達はそもそも危険すぎる。ここで止めを刺してあげるよ。やれ」

 

 

 項に跨る忌まわしき魔王が指示を下すと、皇帝龍は倒れる愚か者達に向き直り、その口腔を軽く開いた。次の瞬間に、皇帝龍の身体の奥から赤黒い光が湧き出て、口元にばちばちと赤黒い電撃が走り始める。

 

 

「あれは!」

 

 

 間違いない、雷撃光線ブレスの発射兆候だ。あいつは、倒れる攻略組を皆殺しにするために、皇帝龍の切り札であるブレスを放つつもりなんだ。そして倒れている者達は回復をしたものの、HPは黄色であり、とてもあのブレスに耐えられるほど残っていない。

 

 あんなものを受けた次の瞬間には、彼らは消し炭となってこの世界からも現実世界からも消滅している事だろう。

 

 それだけは回避しなければならない。――そう思った俺はリランに指示を下そうとしたが、それよりも前にリランは俺を乗せたまま皆の前に躍り出て身構え、口の中に炎を迸らせる。

 

 

「リラン、お前……!!」

 

《キリト、しっかり掴まっておれよ!》

 

 

 リランがそう《声》を送った瞬間、皇帝龍はかっと口を開いて身体の奥から赤黒い極太レーザー光線を迸らせた。周囲をその色に染めつつ直進してくる光線が、俺達に直撃しようとした刹那にリランもまたかっと口を開いて、身体の奥から灼熱の光線を迸らせて、俺に熱風を拭き付けてきた。

 

 オレンジと黄色と赤、そして白が混ざり合った、あらゆるものを焼き尽くす灼熱と、全てを無に帰してしまう破壊の赤黒い電撃の光線は一秒も経たないうちに衝突し合い、向かい合う狼竜同士の間には強烈なエネルギー場が生まれ、顔に熱暴風が吹き荒れてきて、耳が猛烈な音で塞がる。

 

 

 普段ならば、こうしたブレスのぶつけ合いが始まれば、すぐさまリランが押し返して見せるけれど、全くそのような事が起きる気配がない。そればかりか、熱風が更に近付いてきて、こっちにエネルギー場が近付いてきているような気がしてならなかった。

 

 その証拠に、暴風だけではなく、激しい光もその強さを増している気がして、目がまともに開けられなくなってきた。

 

 

「リラン!」

 

 

 次の瞬間、一気に目の前が真っ白になって、ものすごい暴風が吹いてきて、俺の身体はリランの背中から離れて後方に吹っ飛ばされ、床に転がった。勢いよくぶつかった時に発生する鈍い痛みに似た不快感が全身を走った直後に、大きなものが床に倒れ込んだような轟音と衝撃が伝わってきた。

 

 不快感に歯を食い縛りながら顔を起こしてみれば、そこにあったのはほぼ全身がダメージエフェクトに覆われて赤い光を身体中から流して、床に横たわっているリランの姿。

 

 俺達よりも何倍もの数値を誇るそのHPが赤に突入している光景を目にして、俺は皇帝龍とのブレスの打ち合いにリランが敗北した事を把握する。

 

 

「リラン……!」

 

 

 気が付けば、俺のHPも同じように赤色に突入していた。いや、俺だけではなく、周りのみんなのHPも黄色や赤がほとんどで、緑の者もギリギリ緑のラインに満たっているような有様だった。

 

 そして、俺達をここまで追い詰めた魔王の下僕である皇帝龍は、再度電撃を口の中に迸らせて、二発目の充電を急いでいる。あの魔王によって強化されている皇帝龍の事だから、すぐさまあれの充電を終えて、二発目を発射してくるだろう。

 

 リランのブレスすらも押し返してしまうような高出力の皇帝龍。そのブレスを防ぎきる事など、攻略組に出来るわけがない。いや、あのチート魔王が改造を施しているのだから、防ぎきれるようには出来ていないのだろう。あれが発射された時――俺達は、あの魔王の滅ぼされる。

 

 

 そもそもあの魔王――アルベリヒ自身も極めてイレギュラーな存在なのだ。レクトという偶然アーガスからこの世界の維持を任された企業に居て、尚且つ茅場晶彦にも匹敵するほどの実力を持っていたけれど、それを良い事には利用せず、悪用ばかりしていた男。

 

 自分が現実世界の神になるとかほざいている気の狂った男。あんな男に、あんな許されざる男に、俺達は今、滅ぼされようとしている。どんなに抗ったところで、あいつの持つマスターアカウントの力を超える事は出来ない。もしあの皇帝龍を倒したとしても、あいつがマスターアカウントを行使すれば、たちまち皇帝龍は復活を遂げ、俺達の戦いの意味は無に帰すだろう。

 

 

 いや、そもそもこの戦い自体、あいつからすれば余興のようなものだ。だって、あいつはこの世界のゲームマスターだからなんだって出来る。俺達の動きを完全に封じてその場で抹殺する事だって可能だ。

 

 あいつは俺達が苦しむところ見ていたいから、必死に抗う様を見ていたいから、こうしてマスターアカウントの力を使わずに、皇帝龍なんて回りくどい方法を使って、俺達を戦わせているのだ。あいつは、完全に嗤っているし、遊んでいるのだ。

 

 

「キリト!」

 

 

 耳元に声が聞こえてきた事に少し驚きながら、俺は声の方向に顔を向ける。そこにあったのは、さぞかし心配そうな顔をした、先程まで魔王に囚われていたシノン。シノンは後衛に廻っていたから、回復アイテムなどをありったけ使って、皇帝龍に追い詰められる前衛を必死になって回復していた。

 

 だけど、皇帝龍のあまりの攻撃力に回復はすぐさま追いつかなくなり、ついには回復アイテムを底尽かせてしまった。だから、傷付いた俺やリランを助けようにも助けられない。

 

 

「シノン……」

 

 

 せっかく助け出したのに、これから飛んでくるであろう皇帝龍の攻撃を浴びればたちまちその命を散らされてしまう。転移結晶を使おうにも、このフィールドは元々転移結晶無効エリアであるから、逃げ帰る事など出来ない。ブレスを避けようにも、皇帝龍はブレスを剣のように振り回す事さえも出来るから、避けようがないし、喰らえば即死。

 

 完全な八方ふさがりだ。ここまで来たというのに、俺達は負ける他ない。

 

 そう思った直後に、先程のような電撃の音が聞こえてきて、俺は咄嗟にそっちの方に向き直る。俺達を滅ぼそうとしている皇帝龍が、口の中に電撃を迸らせて、赤黒く光らせている。――二発目の発射用意が完了したのだ。

 

 もうすぐ、俺達はゲームオーバーを迎える。あのイレギュラーな魔王の手によって。

 

 

「さぁ、お別れだよ攻略組諸君。消えたまえ」

 

「やめてッ!!!」

 

 

 魔王アルベリヒが指示を下して、皇帝龍が二発目のブレスを放とうとしたその時に、紅玉宮中に大きな声が木霊して、皇帝龍も魔王も行動を止めてしまった。何事かと顔を向けてみれば、そこにはショックのあまり、戦う事が出来ずにいたアスナの姿。

 

 

「アスナ……」

 

 

 アスナは必死になって、口の中を光らせたままきょとんとしている皇帝龍に声をかけた。

 

 

「やめて、やめてユピテル!! 貴方が今狙ってるのは、貴方が大好きだった皆なのよ! 貴方は、皆を殺そうとしているの! わたしは、貴方にそんな事をしてほしくないの! お願いよユピテル、言う事を聞いて! 忘れてるなら、思い出して!!」

 

 

 アスナの声は皇帝龍ではなく、皇帝龍と同化したユピテルに向けられていた。皇帝龍が銀色の鬣を持ち、青色の瞳をしている理由も、同じ特徴を持ったユピテルがどうかしてしまっているからにある。

 

 それほどまでにユピテルの特徴が出ているという事は、母親であるアスナが声掛けをすれば、ユピテルの記憶が取り戻されるかもしれない――魔王がユピテルが消えたと宣言してもそれを信じられずに、アスナは母親として息子に呼びかけたのだ。

 

 

 だが、アスナの息子と同化した皇帝龍はアスナの声を聞いた瞬間、がぁっと咆哮しただけで、何も返そうとはしなかった。そして、その項に跨る魔王アルベリヒは、首を振って呆れたような声を返す。

 

 

「やれやれ、アスナは僕が見てない間に、このAIにご執心か。これはこの戦いの後、しっかりと技術を施してあげないと駄目そうだなぁ。それに、これ以上声をかけられたらうるさくてたまらないよ。

 ゼウス、いや、ユピテルか。君の母親をちょっと眠らせてやれ」

 

 

 主人の命令を聞いた<使い魔>は沈黙を持ってそれに答えて、再度口の中に電撃を迸らせる。恐らくだが、皇帝龍が今放とうとしているものは、俺達を麻痺させたものと同質の電撃ブレス。

 

 アルベリヒはそれでレクトのボスの娘であるアスナを捕まえて人質に取り、どこかに軟禁して、研究の成果をぶつけるつもりでいるのだ。――人質を捕えるための銃の引き金。それを、あの魔王はアスナの息子であるユピテルに引かせようとしている。

 

 そして、皆に慈しみと親しみの心を持って接していたユピテルに、俺達を殺させるのだろう。何という腹立たしい行為、悪魔の所業。

 

 

「アスナ、駄目だ、逃げろ! こいつはもうユピテルじゃないんだ!」

 

 

 鈍い痛みに襲われ続ける身体から搾り出すようにしてアスナに声掛けしても、アスナは皇帝龍に向かってかつての名前、ユピテルと呼ぶ事に集中してしまっている。そして当の本人は、口の中の電撃を強くしていく。

 

「あまり強くし過ぎるんじゃないぞ。アスナが死んだら元も子もない。さぁ、やれ」

 

 そこに冷徹な魔王が指示を下すと、皇帝龍はかっと口を開いて、ついにアスナに向けて電撃ブレスを放った。赤黒い電撃が周囲を染め上げて、アスナの身体さえもその色に染め上げて、アスナがぎゅうと目を瞑り、俺達がその名を叫んだその時に、

 

 

《システムコマンド、ID:Asunaの前方10の位置にImortal_Objectをジェネレート!》

 

 

 

 


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