キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:Luminous Sword ―破壊者との戦い―

            □□□

 

 

 

 第1層 始まりの街 教会

 

 攻略組が100層攻略へ向かって行ったという情報を聞き付けたサーシャは、いよいよ終わりの時が近付いてきたと言う事を悟っていた。

 

 100層攻略を行っているのは、今まで階層を進み続けてきた攻略組であり、この教会に来る事も多かったキリト達がそれを率いている。恐らく攻略組が100層のボスを倒す事に成功すれば、自分達は現実に帰る事が出来るのだろう。

 

「だけど……」

 

 その戦いが終わってしまえば、教会の子供達も現実に戻される事になる。

 二年前は、とにかく現実に帰りたくて仕方がなかったのに、今となっては子供達と別れる事になるのが、寂しくて仕方がなかった。

 

 現実に帰れば、もうモンスターなどに殺される事もなくなるが、同時に子供達の世話を焼く事もなくなってしまうし、子供達にサーシャ先生と呼ばれる事もなくなる。現実に帰ったその時には、保母ではなく、ただの一大学生へと戻ってしまう。

 

 今朝も慌ただしく、騒がしく食事をする子供達を見て来たが、その光景を見るのも今日で最後。現実に帰れば、もう見る事は出来なくなるし、子供達の喧嘩を止める事も、子供達と買い物に行く事も出来なくなる。

 

 もうこれで何もかもが見納め。仲の良かった子供達とも、他の保母達とも、院長のイリスともこれでお別れ。そう思うと、涙が出て来そうになってしまい、サーシャはたまらず子供達から離れて自室へ行った。

 

 イリスの部屋程ではないけれど、アンティークな家具達に囲まれながら、窓際に行くと、抑え込んだ涙が溢れてきて、サーシャは思わず服の裾を目に当てて(むせ)び泣いた。

 

「…………」

 

 正直、ずっと泣いていたいところだけれど、泣いてなどいられない。100層攻略が成されなかった場合は、これまでどおり教会の保母を続けなければならないし、自分が泣くような事などあれば、子供達に余計な心配をかけてしまう。

 

 最後の最後で、子供達に不安を抱かせて、現実に帰してしまう事になるだろう。

 

『きついかもだけど、せめて子供達の前では、保母全員、元気でいよう』

 

 イリスがこの教会の院長になってから、自分達に教えてくれた言葉。いつでも、子供達の前にいる時には心の中で唱えていた呪文のようなもの。子供達に余計な気遣いをさせないための、方法。

 

「泣いてなんか、居られないよね……」

 

 最後の時くらいは、子供達と一緒に居て、別れが来た時には、笑顔で別れなければ。そう思ったサーシャは涙を抑え込んで、服の裾で拭った。そして深呼吸をし、いつもの調子を取り戻して部屋の外へと向かおうと、ドアノブに手をかけた瞬間に、ドアから音が聞こえてきた。

 

「サーシャ先生!」

 

 すっかり聞き慣れた声と内容。最後の最後でまた何かしたのか――そう思いながらドアを開けると、茶髪が特徴的な男の子であるケインがいた。顔には困っているような表情が浮かんでいる。

 

「どうしたのケイン。また誰かが何かしたの」

 

 ケインは首を横に振って。

 

「イリス先生が、居ないんだ。どこ探しても居なくって……!」

 

 イリスは早朝教会に戻ってきて、キリト達攻略組が100層突破に向かったと教えて来てくれた。そして子供達と居れるのもこれで最後になるだろうから、最後まで子供達と一緒に居ようと言い、子供達と遊んでいたはずだ。

 

「そんな。本当に居なくなったの」

 

「本当なんだよ。メッセージの方にも、居場所がわからないって出てて……」

 

 ケインの言葉を横耳にしながら、サーシャはメッセージウインドウを開き、連絡先リストを開いてイリスを選択し、その居場所の表示されるところに目を向けたが、そこで思わず驚いてしまった。

 

「えっ……イリス先生……?」

 

 イリスの居場所は、《探知・追跡不可》と出ていた。

 

 

 

 

            ◇◇◇

 

 

 

「A隊、皇帝龍の足を狙え! B隊は攻撃をブロックだ! C、D、E、Fも皇帝龍の攻撃の合間を縫って逆に攻撃を仕掛けてやれ! 今なら、攻撃が通用するぞ!」

 

 第1層攻略時から、戦士達を支え続けてきたディアベルの高らかな指示が戦場全体に広がる。司令塔から指示を受けた聖竜連合は陣形を組んで魔王――アルベリヒの操る皇帝龍に攻撃を仕掛けており、それまで無敵の防御力を誇っていた皇帝龍はとうとうその身体に傷を負うようになった。

 

 それまで、皇帝龍はアルベリヒの手により無敵属性を得ていたが、誰も予想しなかった創造主の登場と奇策によりその全てを失い、無敵の要塞ではなく、ただの強いボスモンスターに成り下がっていた。

 

 しかも創造主による策は未だに続いており、皇帝龍は内側から崩壊を続けている。それに便乗する形で、攻略組の者達は、崩壊する皇帝龍に攻撃を仕掛けているのだった。

 

「この、この、馬鹿にしやがって! お前らなんか敵じゃないんだよ!!」

 

 反撃される事を考えていなかったアルベリヒは崩壊する皇帝龍に指示を下し、それを受けた皇帝龍は命令を実行。俺の相棒の持つものと同じ思念兵器ともいえる浮遊魔聖剣を振り回すが、その刃を攻略組の戦士達は持ち前の武器を縦に構えて防ぎ切る。

 

 先程のようなバカげた攻撃力を発揮する事は、皇帝龍は既に出来なくなっているのだ。それこそ、75層の骸鎌百足の時のように多人数でブロックするけれど、あの時のようにべらぼうにダメージを受ける事はない。

 

 そしてアルベリヒも、皇帝龍の力を元に戻そうとも、茅場の手によってマスターアカウントをはく奪されているため、皇帝龍を元に戻す事など出来ない。もはや皇帝龍に命令を聞かせるだけで精一杯の状態だろう。

 

 だけど、あの皇帝龍だってアスナから奪って、改造を施したユピテルであり、散々この世界の命を者扱いして弄んだ結果生み出されたもの。アルベリヒはこの世界を滅茶苦茶にした魔王。

 

 例え向こうが丸腰になったとしても、俺達はあのアルベリヒを、須郷伸之という人間を許すわけにはいかないのだ。

 

「くそっ、なんで防げるんだよ……皇帝龍はこのゲームの裏ボス、お前達なんかで勝てるような相手じゃないんだぞ!!」

 

 アルベリヒが早回しにしたレコーダのように言うと、皇帝龍は四本の腕全てに剣を持ち、その刀身を光らせて身体を回す姿勢を取った。周りには沢山の攻略組の戦士達が集まっているため、回転斬りでまとめて吹き飛ばすつもりなのだろう。

 

《させぬ!!》

 

 皇帝龍のソードスキルが炸裂しようとした次の瞬間に、俺を乗せたリランが一気に皇帝龍と距離を詰めて、周りの浮遊聖剣と尻尾の大剣に強い光を宿らせて、そのまま身体をぐおんっと回した。

 

 ボスに致命的なダメージを与える事さえ出来てしまう、リランだけが放つ事の出来るソードスキル《オービタルギア》。

 

 同時刻に皇帝龍も同じように回転斬りを放ったが、皆を斬りつける前にリランのソードスキルにぶち当たり、パリングが発生。それまで怯む事さえなかった皇帝龍の身体は後方に仰け反り、隙だらけになる。

 

 その隙を逃さないと言わんばかりに、攻略組の者達が距離を詰めて、それぞれの武器に強い光を宿らせる。

 

「喰らえやあああああッ!!」

 

「どおおらあああああああッ!!!」

 

「てええええああああああッ!!!」

 

 咆吼したのはエギル、クライン、ディアベルの三人。三人は他のギルド員達と一緒に皇帝龍の両脚目掛けて、両手斧ソードスキル《エクスプロード・カタパルト》、刀ソードスキル《暁零》、片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動させて、炸裂させる。そこに上乗せするように他の者達もソードスキルを叩き付け、虹色の光の大爆発を起こす。

 

 それまで攻撃を一切通さなかった皇帝龍の足。無敵属性をはぎ取られた今となってはボスモンスターの部位と変わらず、ダメージエフェクトを発生させて、普通のボスモンスターと同じようにHPを減少させ、皇帝龍を跪かせる。

 

 だが、無敵属性をとられても、元から防御力が裏ボスのそれと同じくらいに設定されているためなのか、20本という膨大な数の《HPバー》は一番上にあるものをほんの少し減らしただけだった。

 

「たああああああああああッ!!!」

 

「はああああああああああッ!!!」

 

「てぇやああああああああッ!!!」

 

 続けて、リズベット、フィリア、シリカが姿勢を崩した皇帝龍の腹部目掛けて、ソードスキルを発動させた。リズベットの持つ片手棍の打撃属性が皇帝龍の甲殻内部に大きな衝撃を与えて、フィリアとシリカの素早くて鋭い連続攻撃が甲殻の薄い部分に突き刺さる。

 

 つい先程まではどこを攻撃しても弾かれていたのに、今はすんなりと攻撃が通っていく。だが、それでも皇帝龍のHPはほんの少し減るだけで、致命傷には至らない。

 

「なんて体力なの……弱体化させてもこれなんて……」

 

 茅場が現れる前の時と同じように後衛に着き、弓による攻撃を続けるシノンが呟く。茅場は確かに須郷のマスターアカウントと皇帝龍の無敵属性を奪い取りはしたものの、皇帝龍はそもそも様々なボスの情報を取り込んでいるためか、普通では考えられないHPを持っている。もしかしたら、茅場の解体であのHPもどうにかできるかもしれないが……。

 

「茅場、解体はどうなってる!?」

 

 天を仰ぎながら、どこかにいるであろう創造主に声掛けすると、《声》が返ってきた。

 

《須郷君は随分と用心深くプロテクトを張ったようだ。だが、こんなものは私でもどうにかできる代物だ。時間は多少かかっているけれど、解体作業は順調に進行中だ》

 

「……!」

 

 茅場の声を聞いたアスナがとても小さな声を漏らす。自分が志願した事であるとはいえ、我が子が徐々に死に近付いて行っているという状況だ。須郷を止める方法がこれしかないとはいえ、今まで愛し続けていた我が子が死のうとしているというこの状況を、悲しまずにはいられないのだろう。

 

「僕の邪魔するな、屑共ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 皇帝龍が追い詰められていく状況に憤慨したアルベリヒが叫ぶと、皇帝龍は姿勢を戻して一旦後退し、どすんという轟音と衝撃を起こしながら二足歩行から四足歩行の姿勢になり、背中から生える腕もすべて地面に付ける。そして次の瞬間に、皇帝龍の口から赤黒い電撃が走り始め、周囲がその色に染められていく。

 

 その光景をほんの少し見ただけで、俺を含んだ攻略組の者達全てが、皇帝龍が切り札である電撃ビームブレスを放つ準備を開始した事を把握する。茅場の解体作業の進行によって、確かに攻撃力は大幅に減少したのだろうけれど、あの電撃ビームブレスは元々プレイヤーが耐えられるように設計されたものではないはず。

 

 いつもみたいなとても広い戦場ならまだしも、紅玉宮という閉所であんなものを放たれた上に薙ぎ払われようものならば、ひとたまりもない。

 

「ブレスが来るぞ! 総員、防御姿勢に……!」

 

 皇帝龍の高出力の電撃に、紅玉宮が赤黒く染め上げられると、ディアベルが咄嗟に指示を下して、攻略組を防御の体勢にさせる。しかし、あの電撃ブレスはガードしきれるような代物ではないはずだ。放たれたら防ぐよりも、放たれる前に攻撃をやめさせなければならない。

 

 ――そう思った直後に、防御姿勢になった攻略組をかき分けるように何かが拘束で通り抜けていったのが見えて、俺達は一斉に驚く事になった。皇帝龍が充電を急ぐ中で、唯一そこへ飛び込んだのは、アスナと共にユピテルを育てた一人である紫色が基本色のユウキ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ユウキは皇帝龍の放つ赤黒い光に対抗するように、剣に光を宿らせながら猛々しく咆吼、身構える皇帝龍の元に到着する。またもやユウキが飛んできた事にアルベリヒが怒鳴り散らすと、皇帝龍は四足歩行でその場に踏ん張りつつも、思念兵器である巨大魔聖剣で切り払って来た。

 

「はあああああああああッ!!!」

 

 しかし、回転しながら飛来する巨大な刃を、ユウキは妖精のような軽い身のこなしでその全て回避。

 

 そして地面を思い切り踏みしめて再度咆吼しながら、ユウキは青色の光を纏う剣を皇帝龍の喉元に突き立てた。突属性片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》――それが炸裂した瞬間、皇帝龍の口元で赤黒い雷の爆発が巻き起こり、黒銀の毛が舞い散った。突然の出来事を受けた皇帝龍はHPを減らしながら再び跪く。

 

 その時には、皇帝龍の充電していた赤黒い電撃は全て消え去っており、俺達は瞠目する。――電撃ブレスの充電が、中断されているのだ。

 

「なんだ、なんなんだ、動けよ、この!!」

 

 地面に倒れ込みかけて苦しむアルベリヒがその項をがんがんと叩きまくるが、皇帝龍は苦痛のあまり動けなくなっている。その光景を目にした、俺が跨るリランが《声》を送ってきた。

 

《なるほど、あいつは充電時に口から喉にかけての部位を攻撃される事を弱点としているようだ》

 

「充電時の口と喉……!?」

 

《我らがブレスを放つ際には、口と喉に大きなエネルギーが集まる。そこで攻撃をされてしまえば、喉と口元に集まったエネルギーが炸裂してしまい、充填をやめるしかなくなる》

 

 リランの言葉を聞いていたのか、皇帝龍のブレス攻撃を止めた本人であるユウキが舞い戻ってきて、声をかけてきた。

 

「キリト、あいつがブレスを撃ちそうになったら、口元と喉元を攻撃して! そうすれば、あいつは自爆するんだ!」

 

 自爆。その単語を聞いた瞬間に、俺の頭の中に一筋の光が駆け抜けた。あいつは口と喉に電撃を充填するが、そこを攻撃されると充填した電撃が爆発してしまい、充填を中断する。

 

 だけど、そもそもこの電撃は俺達にはない内臓器官より発生しているエネルギーだ。もし、そこを直接攻撃されるような事があれば、あいつの抱える膨大なエネルギーが暴発するだろう。内臓器官を失う上に、身体を内側から破壊されてしまえば、流石の皇帝龍でも一溜りもないはず。

 

 あいつはこの世界の裏ボスともいえる存在だが、このSAOのモンスターによくみられる、現実的な身体の作りの基出来ているから、非生物的な生態を持っている事はないはずだ。

 

「そうか、それがあった!」

 

 俺が考えをまとめると同時に、皇帝龍は魔王の呼び声により起き上がった。だが、次の瞬間、皇帝龍の背中に生える四本の腕が次々ともげ落ち、その手に持たれていた巨大な魔聖剣も、紅い光を起こしながら轟音と共に床に落下。床が破壊されるエフェクトに混ざるように青い硝子片へと姿を変え、消え果た。

 

 身体が突然欠損した痛みに、皇帝龍が悲鳴を上げて再び床に倒れ込むと、アルベリヒもまた、突然身体を揺すられた時のような悲鳴に近しい声を出す。突然皇帝龍が部位消失を引き起こしたと言う光景に皆が驚くや否、俺の頭に《声》が響いてきた。

 

《キリト君、ユピテルの攻撃能力を作っていたボスモンスターの情報のパージに成功した。ユピテルの戦闘能力は、大幅に弱体化したぞ》

 

 やはりというべきか、あの部位消失は茅場によるユピテルの解体が進んだ事によるものだった。俺達がダメージを与えることに成功した事により、ユピテルのコアプログラムに影響が出て、解体が進みやすくなったのだろう。

 

「俺達が攻撃したおかげか」

 

《あぁ。君達の攻撃によるものに間違いないだろう、ユピテルのコアプログラムのプロテクトが徐々に弱まってきているんだ。作業速度も大幅に加速できている》

 

 このまま解体が進めば、あの防御力を生み出している甲殻が失われるはず。あれさえなんとか出来れば、あいつのブレス器官を直接攻撃して、破裂させられる。そうなれば、皇帝龍は絶命を免れないだろう。

 

「茅場、もう少しだけ解体を急げるか!? あいつの弱点がわかったんだ!」

 

《急げ、か。随分と無茶な注文をしてくれるねキリト君も。これでも精一杯の速度だというのに。というか、一体何がわかったんだい》

 

 俺は茅場の言葉に答える事無く、リランに《声》をかけた。

 

「リラン、あいつはお前のつがいなんだよな。って事は、お前の身体の作りと同じなはずなんだよ、あいつも」

 

《確かに背中から腕が生えてる以外は、我と似たような姿をしているな、あいつは。ならば、我と同じような弱点を持っててててててててててて》

 

 いきなりリランの《声》がおかしくなり、俺は思わず驚いて下を向く。リランの顔はあまり見えなかったが、聞こえてくる息がどこか荒くなっているような感じがあった。

 

「リラン!? どうしたんだ」

 

《だ、だだだ、大丈夫だ。そそそそそれよりりり、あいいいいつつつを、倒す、ぞぞぞぞぞぞ》

 

 《声》はバグったようになってきているし、身体が小刻みに震えている。――明らかに大丈夫ではない。もはや戦闘をする事も難しいのだろう。

 

 前からこんな事は多数見受けられたけれど、今更になって起きてしまうなんて。

 

「リラン……俺だけで行く! だから、お前のブレス器官の位置を教えてくれ。多分、お前と同じ位置にあるはずなんだ」

 

 突然俺が飛び降りた事に驚くリランを差し置いて、俺は問いかける。リランは少し苦しそうな顔をしながら、《声》を送ってきた。

 

《むむむむむ……我の、ブレス器官んんんのののの、位置ははは、胃の真右、だだだ》

 

 俺は咄嗟に皇帝龍に向き直る。体内のどこかでエネルギーを生成して、口から吐き出すのだから、胃や食道といった、口とつながっている部分にあるのではないかとは思っていたけれど、案の定その通りだった。

 

 そこを攻撃する事が出来れば、あの皇帝龍はエネルギーを暴発させて、自爆してしまうはずだ。俺はリランに後退しろと命令を下し、リランを後衛まで下がらせたところで、攻略組全員に指示を下した。

 

「全員聞け! あのボスの弱点は、腹部のブレス器官だ! 充填中の口やのどを攻撃されただけでエネルギーの暴発を引き起こすようなあいつだ、その根元を攻撃すれば、あいつは自爆する!」

 

 俺の指示を聞きとったであろうリーファが驚いたような、閃いたような顔をする。

 

「そっか、口元や喉を攻撃されただけで爆発するようなエネルギーだから、その根元を攻撃されたら一溜りもないね!」

 

「そこを攻撃すれば、ユピテルは、止まる!」

 

 ストレアが両手剣を構え直すが、その肝心な皇帝龍の項に飛び乗っているアルベリヒが混乱したような声を上げる。

 

「なんだと、こいつに弱点が!? くそ、ゼウス! 弱点を守れ!!」

 

 アルベリヒの慌てた声を受けた皇帝龍はその大きな腕で腹部を覆い、生き残った浮遊巨大魔聖剣を常に回転させ始めた。どうやらあのアルベリヒは、皇帝龍に弱点がある事は知らなかったらしい。大方、とりあえず出しておけばプレイヤーは負けるだろうと思っていたのだろう――実に腹立たしい。

 

「なるほど、あいつが覆ってるところが、あいつの弱点って事か! わざわざ教えてくれるなんてな!」

 

 ディアベルが少し口角を上げながら言う。そうだ、あいつが腕で覆っている部分が、あいつの弱点のある場所。腕と甲殻で守っているけれど、それを退けてしまえば、致命的なダメージを与える事が出来る場所だ。

 

 もう攻撃するしかない――そう思って指示を下そうとしたその時に、俺は皇帝龍を見て少し驚いた。皇帝龍の身体を覆っている黒銀の鎧甲殻が、金属疲労を起こしたかのようにぼろぼろと少しずつ崩れ始めたのだ。そして剥がれ落ちた鎧甲殻は、全て小さな青いポリゴン片となって消えていく。

 

 皆と一緒に驚きながら、一体何事かと作戦をそっちのけて考えようとしたその時に、頭の中に《声》が響いてきた。

 

《今だキリト君! 解体が進んだおかげで、あのボスの守備力をゼロにする事に成功した! これで一気に倒せるぞ!!》

 

 やはり茅場の解体が原因だった。茅場が皇帝龍のプログラムを解体したおかげで、皇帝龍の身体がついに崩壊を始めたのだ。

 

 今こそ、あいつを仕留めるチャンス――俺は茅場の言葉に頷いた後に、腹の底から声を出した。

 

「全員、総攻撃開始!! ゼウスを倒せ!!!」

 

 血盟騎士団団長である俺の声が紅玉宮に轟くや否、集まった攻略組の戦士達は一斉に咆吼し、武器に光を宿らせながら突撃を開始した。無数の戦士達の突撃が始まりを受けた、魔王アルベリヒは、周囲をきょろきょろしながら叫び散らす。

 

「こ、この餓鬼ども、この、ゼウス、殺せ!!!」

 

 皇帝龍は弱点を腕で覆ったまま、巨大魔聖剣を身体の周囲で回転させ始めた。勿論、その刃は近付いてくる攻略組に襲い掛かったが、すぐさま三十人近くの戦士達が二本の巨大魔聖剣の前に躍り出て防御態勢を取り、一斉にブロック。多少押し込まれはしたものの、巨大魔聖剣の動きを止めて見せた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 巨大魔聖剣が動きを止めている間に、残りの剣士達が皇帝龍の元に辿り着き、大きく跳躍。弱点を覆うその巨腕の根元へソードスキルによる虹色の爆発を引き起こした。コアプログラムを解体されて防御力を奪われた皇帝龍の両腕、その甲殻は攻略組の刃によりすぐさま亀裂を走らせて崩壊、柔らかくなったそこへ更に刃が突き刺さる。

 

 最後の砦のようだった甲殻をはぎ取られ、一瞬の間に100発以上の攻撃の炸裂を受けた皇帝龍の腕は、紅い光と共にもげ落ちて、弱点のある部位が曝け出された。

 

「はあああああああああッ!!!」

 

 腕の部位破壊が完了した事を確認するや否、弱点のある腹部目掛けて俺、リーファ、フィリア、シリカ、リズベット、ユウキ、ストレア、エギル、クライン、ディアベルの10人が咆哮を上げながら突撃をする。

 

「ぜ、ゼウス、薙ぎ払え!!」

 

 ついに危機が迫ってきた事を思い知ったアルベリヒは皇帝龍に指示、最後の悪あがきと言わんばかりに皇帝龍は口元に膨大な赤黒い電撃を溜め込み迸らせようとしたが、次の瞬間に皇帝龍の右目に光が走って大爆発した。

 

 皇帝龍は悶絶しているような悲鳴を上げながら顔を仰け反らせて真上を向き、天井目掛けてブレスを発射してしまい、紅玉宮の天井を崩落させた。がらがらという音を立てて降ってくる天井の欠片と目にして、ブレスの赤黒い光に包み込まれながら真後ろを振り向くと、そこにあったのは弓を構えるシノンと休むように言っていたはずのリランの姿。

 

 その姿を見た事により、俺は皇帝龍の右目をシノンがソードスキルで射抜き、顔をリランがブレスで吹っ飛ばした事に気付いた。そしてその間にも、皇帝龍のブレスから逃れることに成功した先程の10人は皇帝龍の元へ到着、一斉にソードスキルを放つ。

 

「沈めやああああああああああああああッ!!!」

 

「これでも喰らええええええええええええッ!!!」

 

 まず最初にエギルとリズベットの両手斧と片手棍による重い一撃が脆くなった甲殻を打ち砕き、その全てを蒼いポリゴン片に変えて、弱点を内部に持つ皮膚を露出させる。その際に、ゼロになった守備力のおかげで皇帝龍の《HPバー》は二十本の内五本消し飛んだ。

 

「覚悟しなさいッ!!!」

 

「てぇやあああああああああああああッ!!!」

 

「はぁぁあああああああああああああッ!!!」

 

 続けてフィリア、シリカ、リーファがスイッチし、短剣と片手剣による鋭くて素早いソードスキルを炸裂させた。三人によるソードスキルの一斉発動は弱点周囲の筋肉に深い傷を与え、毛を刈り取る。皇帝龍の《HPバー》が五本消し飛ぶ。

 

「とぉぉりゃああああああああああああッ!!!」

 

「これでどうだあああああああああああッ!!!」

 

 更に続けてストレアとクラインがスイッチして両手剣と刀による力強さと鋭さが均一に混ざり合ったソードスキルを発動させ、ぶちかます。二人の剣撃は弱点を守る最後の部位である筋肉を更に抉り、HPを大幅に減らし、皇帝龍の《HPバー》を五本一気に消し飛ばす。

 

「はあああああああああああああああああッ!!!」

 

「てぇぇぇぇやああああああああああああッ!!!」

 

 そこに連撃するのがユウキとディアベル。二人の同じ片手剣ソードスキルは青い光の大爆発を引き起こし、皇帝龍の《HPバー》を更に四本も吹き飛ばしてみせた。

 

 皇帝龍のHPが赤色となり、最後の一本だけになった時に、それまで皆が攻撃を仕掛けていた部位に赤黒い光が走り始め、ついに弱点が露見した事を一同は悟る。

 

 そして、皆が一気に退いた中で、一人だけ細剣を片手に皇帝龍に飛び込むプレイヤーがいた。血盟騎士団の副団長であり、皇帝龍の母親であった栗色の長い髪の毛の女性――アスナだった。

 

 

 

 

            □□□

 

 

 

 大きな、大きな龍。甲殻がぼろぼろになって、身体の至る所がもげ落ちてしまって、身体中が血だらけになっていて、哀れだとさえ思えるその黒銀の身体の奥底に剣を突き立てる直前、一人の男の子の姿が刃の先にあるのが、アスナには見えていた。

 

 成長したのかよくわからないが、どんどん伸びていって、最終的には腰まで届くくらいに長くなった銀色の髪の毛を持ち、海のように美しい青色の瞳をしている男の子。

 この世界に呑み込まれてから、ずっと黒い海の中に沈んでいた自分に降ってきた一筋の光。この世界の闇をすべて消し去り、光で満たしてくれたたった一人の男の子。

 

 突然自分の前に現れて、かあさんと呼んでくれて、ずっと世界に光を齎してきてくれた男の子。その名は、ユピテル。自分の料理を毎日残さず食べて、よく言う事を聞いてくれて、うんと甘えてくれた、たった一人の我が子。その思い出は、全てアスナの頭の中に一冊の本として収まっていた。

 

 それは、この子が初めて「かあさん」と呼んでくれた日から始まり、この子が竜に呑み込まれるまでの間、ずっと新たなページが自動的に生まれていた、たった一冊のアルバム。この子と過ごした何気ない毎日がつらづらと載せられているだけだけど、自分が生きてきた中で最高の一冊。

 

 ほんの少し開くだけで、この子の声が聞こえてきて、弾けるような笑顔が見えてくる。それを一目見ただけで、手を伸ばして抱き止めたくなる、どんな本も真似できないように出来ている本。

 

 この本のページが増えるにつれて、ユピテルがこれからどんなふうに大人になって行くのか、アスナが楽しみで仕方がなかった。どんな大人になって、どんな成長を遂げていくのか、純粋な母親の気持ちを持って、アスナはずっと楽しみにしていた。

 

 しかし、ユピテルは大人になる事はない。その未来は龍に呑み込まれた時に、閉ざされた。

 

 もし、もっと力があったのであれば。もっと自分の中に力があったならば、あの時我が子を守り切る事が出来たかもしれない。我が子を守って、一緒にこの城の頂上を目指して、一緒に終わりを迎えて、一緒に元居た世界に帰れたかもしれない。

 

 どこかにいるであろう、我が子を守る事に成功して、我が子と共にこの世界を終わらせる事に成功した自分自身に、アスナは手を伸ばしたかった。出来ればそっちに行ってなり代わり、我が子との時間をもっともっと過ごしたい。ここで別れるなんて、悪い冗談だと思いたかった。

 

「ユピテル」

 

 大きな龍の身体の奥底、自分の剣が向かおうとしているそこに、ユピテルは目を閉じたまま動かないでいた。身体中の水が全部変わっているかのように大粒の涙が押し寄せてきて、視界が奪われているはずなのに、ユピテルの姿だけはしっかりと見えている。

 

 逃げてと言っても、離れてと言っても、もうユピテルには声が届かない。もはや、お互いが違う世界に居るといっても違いがなかった。

 

 この世界線を通過する事が出来るのは自分の手に握られている紫色の光を纏う細剣だけ。世界の境界線を越えてユピテルを刺し殺す事を目的としている細剣。そしてその細剣は、後ほんの少しだけ時間を要するだけで、この竜に止めを刺し、我が子の未来を完全に消し去る。

 

 出来る事ならば、その刃を今すぐにでもへし折ってしまいたかった。どこかに細剣を投げ捨てて龍の身体の奥底にいる我が子に手を伸ばしたかった。自ら細剣の代わりに我が子の元に飛び込んで、その身体を思い切り抱き締めて、龍の身体から引きちぎり、かあさんと呼んでもらいたかった。だが、その願いはどれも叶う事はない。

 

「ごめんね、ユピテル」

 

 守れなくて、一緒に帰れなくて、最期にご飯を食べさせてあげられなくて、一緒に寝てあげられなくて、一緒に居てあげられなくて、抱き締めてあげられなくて、

 

 こんな事でしかあなたを救えないかあさんで、ごめんね。

 

 涙でぼやける世界の中、ただ一つ形を失わないでいる我が子に俯きながら、思いを伝えたその時に、アスナは目の前に暖かさがある事に気付いて、ふと顔を上げた。

 

 ユピテルはそれまで閉じていた、海のように綺麗な青色の瞳を開いて、微笑んでいた。最期の微笑み――思わずそれに釘付けになっていたその時に、ユピテルの微笑みは笑顔に変わり、唇が動いて、言葉を紡いだ。

 

 

 

 か あ さ ん

 

 

 な か な い で

 

 

 

 

 我が子の最期の言葉。それに答えようと唇を動かした瞬間に、細剣は我が子の胸に吸い込まれた。

 

 母が我が子の名を呼び切るその前に、光は炸裂し、我が子の身体はその中へと消えていった。

 


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