キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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15:魔王の最期

 無敵の皇帝龍、ソードアート・オンラインがただのゲームだった時に用意されていた裏ボス。プレイヤー達がこのゲームを極めようとしたその時にだけ、姿を現す存在。

 

 それは今、相手をするのに値しない者達の手によって満身創痍に追い込まれ、ついに自爆を引き起こしてしまうたった一点を突かれた。

 

 赤黒い電撃を迸らせるためのエネルギーが貯蓄された内臓器官。決して刃が及ぶ事のないところにあったはずのそこに刃が及んだ瞬間、無敵の要塞だった皇帝龍のHPはその全てを失った。

 

 そしてその体内に溢れていた膨大なエネルギーは行き場を失い、外へ出ようと命を失った皇帝龍の身体に次々と穴を空けていき、やがて身体全体が発光。流石に危機感を覚えた魔王がその項から逃げようとしたその寸前で、赤黒い電撃と膨大な光と熱、爆炎が混ざり合った大爆発が巻き起こった。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 紅玉宮の三分の一を呑み込むかのような大規模な爆発は宮殿のステンドグラスのような窓を全て吹き飛ばし、床を消滅させ、壁を焼き尽くす。その爆炎呑み込まれた魔王は、悲鳴を混ぜながら空中を()()()

 

 普通のプレイヤーならば、ここまで二年も生きてきたため、爆炎に呑み込まれ時にはどうすればいいのかすぐさま理解して、その行動を取る事が出来るが、マスターアカウントに頼り切って、普通のプレイヤーとして生活してきた時間が極端なまでに短かったアルベリヒは、ただ爆炎の中を転がるしかなかった。

 

 しかし、アルベリヒが数回転がったその時に爆炎は突然止んだ。一体何事かと思ってアルベリヒが目を開いたその時に――宙を舞う一人の剣士の姿がその瞳に映り込んだ。黒い髪の毛を棚引かせて、灼熱の爆炎に赤く染め上げている瞳をして、片手に黒色の長剣、もう片手に白緑色の剣を握った、白いアーマーの上に白と赤を基調としたコートを身に纏う少年――それが宙を舞ってここへやってきている。

 

「須郷――――――――――――ッ!!!」

 

 少年――キリトは咆吼した。愛する人を苦しめて、母となった仲間の子を奪って殺し、その仲間さえも苦しめて、この世界に生きる全ての命を弄び、現実世界さえも混沌の中へ叩き落とそうとしている悪鬼。無数の罪を課せられし悪魔。この世界に現れた、悪夢。

 キリトの手には握られている、先代の血盟騎士団団長から受け継いだ長剣と、友人が作ってくれた至高の剣。それは今黄金の光を纏い、悪鬼を斬り裂く刃となっていた。

 

「うぉああああああああああああああああああッ!!!」

 

 キリトは燃え盛る炎を斬り裂きながら飛び、忌まわしき悪鬼の元に辿り着くや否、両手の剣の光を爆発させながら、その身体を斬り刻んだ。白と金色を基調とした戦闘服と鎧に包み込まれた悪鬼の身体は瞬く間に赤い光に包み込まれて行き、比較的美形だったその顔は苦痛と驚きといった様々な感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような醜形へと変わるが、その顔も、爆炎も飛び散る赤黒い電気も全て、キリトは斬り刻んでいく。

 

 縦斬、横斬、振り下ろし、斬り払い、回転斬り、実に二十六回に及ぶ、相手に一切のにげる隙を与えない連続攻撃の後に、悪鬼の顔がこちらに向いた。傷だらけになり、完全に予想外の事態に晒されて恐れ戦いた顔、その瞳に自ら姿を映しながら、キリトは両手の剣を振り上げる。

 

 これは因果応報、天誅。

 

 これが、お前のやった事の、報いだ!!

 

「があああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 全てのプレイヤーの怒り、嘆き、悲しみ、そして痛み。その全てを吸い取ったかの如くキリトの剣は激しく黄金色の光を放ちながら、悪鬼の身体へと振り下ろされた。二十七回連続攻撃二刀流ソードスキル《ジ・イクリプス》が炸裂する。

 

 再三弄んだプレイヤー達の怒りをぶつけられた悪鬼は急速に落下。まるで隕石のように床に衝突して、轟音と共に膨大な土煙の中にその姿を消した。

 

 

 最後の攻撃から、ほとんど時間が立たないうちに、キリトは音無く着地した。

 

 魔王と皇帝龍によって見るも無残な姿になった紅玉宮。至る所に穴が開いて、外の景色が見えている有様だったが、それから間もなくして、穴は蒼い光と共に自動的に塞がっていき、床も同じように修繕されていった。それが、この建物自体が持つ自己修復プログラムのためだという事に気付くのには、時間がかからなかった。

 

 そして修復されていく紅玉宮の中にいた攻略組は、空中から降り立ったキリトへと近付き、皇帝龍に最後の攻撃を仕掛けたメンバーであるリーファ、リズベット、シリカ、フィリア、ストレア、ユウキ、クライン、ディアベル、エギル、そしてシノンとアスナとリランが、キリトの近くに寄り添い、キリトはそのうちのシノンに顔を向けた。

 

 全員無事よ――言葉無いシノンの報告を受けると、キリトもまた言葉なく頷き、土煙が立ち込めていた方角に向き直った。修復のおかげなのか、分厚い土煙は既に消え去っており、その中央には仰向けになって倒れている人影が一つだけあった。

 

 その男に、キリトは何も言わずに近付き、その後を追って攻略組全員がそこへ向かう。そして男の頭元まで歩いたところでキリトが立ち止ると、全員が立ち止って、その男を見下ろした。

 

 装備がぼろぼろになり、髪飾りが外れて、金髪がぐしゃぐしゃになっているという、見るも無残な姿だが、一切憐れさなどを感じさせてこないその男。アルベリヒ/須郷伸之。

 

 マスターアカウントの力に溺れていた時の感覚が残っているのか、もしくはマスターアカウントをまだ使っているという幻視をしているのか、弱り切った左腕を動かしている。

 

「この、この、この」

 

 まるで精神を病んでしまったかのような須郷を見降ろしていると、キリトの隣に右隣にシノンがやってきて、左隣に休んでいるように言ったはずのリランが並んできた。その顔は、先程よりも多少具合が良さそうなものになっている。

 

「くそ、くそ、くそ、くそ、こんな、こんなはずじゃ」

 

 恐らく自分がこんな目に遭っている事が余程信じられないのだろう、須郷はウインドウを呼び出す行為をやめない。どんなに醜い顔になろうとも、傷だらけになろうとも、魔法のアカウントにしがみ付くのをやめられない――その様子は、薬物中毒者のそれに似ていた。

 

 すると、キリトの左耳に軽い物音が聞こえてきて、そちらに向き直ったが、そこで軽く驚く事になった。リランは音無く巨大な聖剣を浮かべており、そのうちの一本が須郷の左手に向いているのだ。

 

 思わず、キリトはリランに制止をかけようとしたが、それを伝えきる前にキリトはやめた。

 

 この男は自分達プレイヤーを、そしてリラン達の生きるこの世界を滅茶苦茶にして、混乱させ、恐怖させた悪鬼そのもの。先程自分が手を下したけれど、それでもまだ足りない。その足りない部分を、リランがやりたいと、その紅い瞳で訴えていたのだ。

 

 もし、この男がPoHほどの男だったならば、殺させなかっただろうけれど、こいつはSAO一凶悪なプレイヤーと言われたPoHすらも謀略の元殺害し、自分達プレイヤーの脳を弄繰り回して《疑似体験の寄生虫》などというものを使い、最終的には世界を支配するなどと言っていた。そしてこいつの研究は、本当にそれを可能にしてしまいものとなっている。

 

 この男はここで完全に止めてしまわなければ――世界はこの男の手中に落ちる。

 

 キリトはリランの身体にそっと手を添えて、その甲殻を軽く撫でて離し、頷いた。リランは礼を言うように音無く微笑むと、すぐさま鼻元に(しわ)を寄せる。次の瞬間に、リランの操る巨大な聖剣が須郷の左腕に落ちた。

 

「ひいやあああああああッ」

 

 ずがっという音と須郷の悲鳴と共に左腕は紅い光に包まれて消え果てる。その光景は、須郷が《壊り逃げ男》を名乗ってシノン/詩乃のトラウマを抉り、その左手を拳銃で引き千切った時の報復にも思え、当人であるシノンはキリトの右腕を抱き締める。そして、須郷に手を加えたリランは全ての攻略組にチャンネルを合わせつつ、《声》を出す。

 

《それでもう、お前は何も出来ぬ》

 

「こ、このぉ、僕を殺すのか、ただのプログラムであるお前が、人に使われるだけの道具の分際で」

 

 次の瞬間に、浮遊聖剣が須郷の右脚に落ち、筋肉も骨も斬り裂く。須郷が拳銃で詩乃の右脚を引き千切った痛みの報復とも思える攻撃に須郷は悲鳴を上げる。

 

 何も言わずにリランが剣を床から引き抜いた直後に、須郷は周囲を見回す。

 

「そうだ、明日奈、明日奈! 助けてくれ、明日奈! 僕が居なくなると君のお父さんは困るんだよ! だから頼む、助けてくれ!」

 

 醜く命乞いをする須郷。しかしアスナはキリトの隣ではなく、かなり離れた後方にいるため、須郷の声が聞こえてくるだけで姿は見えない。どんなにお互いを探したとしても、見つける事は出来ないのだった。

 

 アスナからの返答がない事に気付くや否、須郷は突然空を見上げて、大声を上げた。

 

 

「そ、そうだ、は、《ハンニバル》! 僕はあんたに従った、あんたの望みをいくつも叶えた! だから助けてくれ、《ハンニバル》!! 僕は重要なんだろ!?」

 

 

 引き続き始まった須郷の醜い命乞いだったが、そのある部分を聞いてキリトはハッとする。今、須郷は《ハンニバル》という聞き慣れない単語を口にした。それが一体何を意味するのか、人の名前なのか、それとも別な何かなのか、そう思おうとしたその時に、リランが咄嗟に答えた。

 

《……何も応答がないという事は、その《ハンニバル》とかいうのは、お前を見捨てたようだ。大方、お前が色々やりすぎたのだろうな》

 

 恐らく《ハンニバル》はアスナに見捨てられた時の最後の希望だったのだろう。それからも応答がないという事実を受け止めた須郷は、リランに向き直る。

 

「ま、待ってくれ! 《ハンニバル》を怒らせたらとんでもない事になるぞ! 僕を殺せば《ハンニバル》は許さない! お前らなんか、簡単に!」

 

《なら何故お前を《ハンニバル》は助けに来ないのだ》

 

「く、くそ、やめろ! 落ち着け、僕を殺してはいけない。僕はレクトの研究者、主任研究者、茅場晶彦に匹敵する実力を持つ人間だ、僕のような偉人が死んだら、失われたら、この国の技術力は大きく進歩しなくなるぞ。レクトだって大混乱だ、レクトが潰れるぞ!」

 

《ならば《ハンニバル》はお前を助けに来るだろうな。だが何もないぞ》

 

 キリトは咄嗟に周囲を見回すが、やはり何もない。いるのは自分達攻略組だけで、それ以外の反応は検知できないし、目視でも確認できない。《ハンニバル》という存在が須郷を見捨てたという事を理解するのは、火を見るよりも明らかだった。

 そして醜い顔をした傷だらけの須郷に向き直るや否、キリトはその口を開いた。

 

「許しを乞う相手を間違ってるぞ、須郷。お前はあまりにやりすぎた。あまりに、やりすぎたんだ。そんなお前が許しを乞う相手は、俺達なんかじゃない」

 

 キリトはそう言うと、シノンの手を離してもらい、その身体を右手で抱いて、左手をリランに付けた。直後に、リランは浮遊聖剣の六本すべてを音を出さないように動かして――その刃先を須郷の頭に向ける。

 

 きらりと光る銀色の刃先に自分の姿を映し出すや否、須郷は震えあがって暴れようとするが、腕と足が欠損してしまっているためにろくに動けない。

 

「や、やめろ、助けてくれ、落ち着いてくれ、助けて、助けて! あ、明日奈、は、《ハンニバル》、き、キリト君、助けてくれぇ!!」

 

 須郷の命乞いを聞いたキリトがぐっとリランの元で手を握ると、リランは鼻の付近に深い(しわ)を寄せて、剣を高く振り上げる。須郷はそれでもなお動こうとし、命乞いをするが、リランの剣は止まらない。

 

《《笑う棺桶》がお前を待っている。許しなら……地獄で《笑う棺桶》共と一緒に鬼に乞え》

 

 リランの言葉の最期の部分を須郷が聞き取った瞬間に、浮遊聖剣は一斉に須郷の元へと落ちた。

 

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア……………………」

 

 

 甲高い断末魔が周囲に響いた刹那、六本の聖剣が須郷の胸、腹、足、腕、そして頭と首に突き立てられた。自分達の住む世界と命、愛や感情を弄ばれ、限界に達していたこの世界の住人達、プレイヤー達の怒りの刃が深く食い込むと、即座に須郷の命の値であるHPは一気にその量を減らし、緑から黄色へ、そして赤へ変色し、全てを失った。

 

 それから数秒も経たないうちに、世界を散々苦しめた悪鬼の身体は無数のポリゴン片となって爆散。そのまま氷の粒のように消えていった。須郷の身体のがあった場所からリランは剣を引き抜くや否、元の位置に浮遊させた。

 

《須郷伸之は本月本日を以て目出度(めでたく)死去(しきょ)致候(いたしそうろう)間此段(このだん)広告(こうこく)(つかまつり)候也(そうろうなり)

 

 リランの静かな言葉と同時に、それまで修復をしていた紅玉宮は動きを止めて、完全に静寂を取り戻した。風の音もしてこなければ、何かが動くような音も聞こえてこない森閑とした紅い宮殿。

 

 そこを支配していた魔王が消滅した瞬間に、ぷつりと糸が切れたようにアスナがその場に崩れ落ちて、嗚咽を混ぜながら泣き始めると、周囲がほぼ一斉にアスナに目を向けた。

 

「ごめんね……ごめんねユピテル……ごめんね……ごめんなさいユピテル……」

 

 周囲がアスナの名を小さく呼び、ユウキやリズベットがその背中を撫で始める。しかし、アスナがどんなに泣いたところで、その《声》がユピテルに届く事はないし、そもそもユピテルがそんな事になってしまったのは自分達のせいでもある。

 

 その理解していたキリトは、アスナに近付いて跪き、声をかける。

 

「ごめんアスナ。俺も何とかしたかったけれど、ユピテルを助ける事は出来なかった。ユピテルを、君のところに帰す事は、出来なかった。ごめん」

 

 アスナは嗚咽を混ぜて泣くだけだった。自分の知り合いだった須郷があんな悪魔のような男へと変貌を遂げて、ユピテルが殺されてしまったという現実を受け止める事で精一杯である事に気付いたキリトは、立ち上がる。

 

「確かに須郷は倒せたけれどよ……これ、勝ったって言えるのか……?」

 

 攻略組の者達と同じように、すっきりしないどころか、悲しさを感じているかのような顔をしているクラインの声に、キリトは振り向きながら答える。

 

「勝ち負けなんて存在しなかったんだ。ただ、あいつは許されない事をした。だから、あぁなった。それだけの事だよ」

 

 いや、そうではない。須郷はこの世界を巻き込んで様々な惨状を作り出した悪鬼のような男だったが、あの男もまた、もしかしたら被害者だったのかもしれない。須郷が最後に発した単語がその可能性を醸し出している。

 

「……キリト、あの男、最後に《ハンニバル》って……」

 

 その単語を、キリトの右隣にいるシノンが発すると、キリトは即座に頷き、口を開いた。

 

「あぁ。その意味はあまり知らないけれど、恐らく人名だ。あいつは《ハンニバル》の望みをいくつか叶えていたと言っていたから、その《ハンニバル》こそが、須郷を操っていた張本人で……《壊り逃げ男》を産出(プロデュース)して、国を混乱させた存在。《壊り逃げ男》の親玉ってところだろう」

 

 エギルが腕組みをする。

 

「って事は、あの須郷は結局、《ハンニバル》とかいう奴の掌の上で踊らされていた人間でしかなかったって事か」

 

「そういう事……だな。この事件、終わってない……」

 

 《ムネーモシュネー》、そして《疑似体験の寄生虫》。この事件は全て須郷によるものと思っていたが、画策した人間は別にいて、須郷はそれをただ実行に移しただけだったのだ。ある意味では、哀れなマリオネットともいえる存在だったのだろう、須郷は。

 

 そんな事を頭の中で考えるキリトの横、何かに気付いたようにディアベルが言った。

 

「そういえば、ここは100層、ラストボスのいるはずの場所なんだよな。それで、俺達はここを乗っ取っていた須郷を倒した。じゃあ、ラストボスはいつになったら出てくるんだ?」

 

 キリトは咄嗟にディアベルに向き直り、そのすぐ後に周囲を見回す。確かにここは須郷が研究室として使っていた場所ではあったけれど、元はといえばこのアインクラッドの最上層であり、ラストボスが鎮座しているはずだった場所。

 

 ここにいるラストボスを倒せば、このゲームからログアウトできるという話だったというのに、それらしきものは全くと言っていいほど確認できない。

 

「そういえば……ラストボスは、いないのか」

 

 物陰から出てきて、キリトのすぐ傍にいたユイが首を横に振る。

 

「そんな事はありません。確かに須郷がこの城を乗っ取っていたのは間違いないですけれど、ラストボスを完全に消去する事は、例えマスターアカウントを持っている須郷でも出来なかったはずです。そのはず、なんですが……」

 

「やっぱり、ラストボスの気配は感じられないのか」

 

《そんなはずがないだろう。クリアできぬゲームなど作る事は例えマスターアカウントを持つ存在でも行えない。この部屋で待っていればその内出てくるだろうから気を付けけけけけけけけけけけけけけけけけ》

 

 唐突におかしな《声》を出し始めた相棒に驚いて、キリトは向き直る。そこにあったのはいつもどおりの狼竜の姿だったが、顔色は真っ青に染まり、身体中が異様なまでに震えている。明らかに異常を起こしている相棒――リランの姿にキリトと攻略組全てが驚く。

 

「お、おいリラン、どうした!?」

 

 まるで生まれたばかりの馬のように足取りが不安定になっているリランの口からは、黒い靄のようなものが出ており、やがてそれは全身から出始めるようになる。あまりに恐ろしい色合いをした靄に驚いた攻略組はすべてリランから離れていくが、キリトだけは離れない。

 

「リラン、リラン、どうしたんだよ!?」

 

 狼竜は千鳥足のまま顔を上げると、靄の立つ口を広げて《声》を出しながら、その手を主人へと伸ばす。

 

《キリトトト、ならヌヌヌヌヌ、我はははわたしはははは、せかいよりりりりりりり、おまえ、おまえおまえおまえをををををををヲヲヲヲせかいをををせかいせかいせかいおまえきりとせかいおまえきりとあすなしのんがががががいきるるるるるるるせかいせかい》

 

 滅茶苦茶な言葉を発しながらもだえ苦しむ相棒の姿。その伸ばされた手を握ろうとしたその時に、黒い靄はリランの全身を包み込み、その白い毛と甲殻の輝きを奪い去った。

 

「り、リランッ!!!」

 

 相棒の危機を咄嗟に感じ取ったキリトはその中へ飛び込もうとしたが、リランを包み込む靄はキリトの身体に衝撃を与えて弾き返した。床をごろごろと転がって止まり、心配そうな顔をする仲間達が集まった中キリトは顔を上げたが、その光景に瞠目する。

 

 黒い靄の立ち込める塊となったリランはゆっくりと部屋の空中へと上がっていき、ある程度上ったところで止まる。一体何が始まろうとしているのか――そんな事を同じように考える攻略組の視線を集めながら、黒い塊は突如として爆発、猛烈な閃光を放ち、攻略組の目を覆わせる。

 

 そしてその光が止むと、黒い塊の中にいる相棒の主人であるキリトは真っ先にそこへと顔を向けたが、そこに広がる光景に言葉を失った。

 

 黒い靄は晴れていたのだが、黒い塊のあったところにはぶかぶかの深紅のローブをまとい、頭から狼の耳を生やして、周囲には巨大な聖剣を10本浮かべている、腰に届いてしまいそうなくらいに長い黄金色の髪の、光を失った紅い目をした少女が浮かんでいるだけで、先程まで自分達と一緒に戦ってくれていた狼竜の姿はどこにもなかった。

 

「り、リラン……?」

 

 

 




原作との相違点


・須郷「僕本月本日を以て目出度死去致候間此段広告仕候也」――即ち須郷伸之が死亡する。


判明した黒幕と超展開。いよいよ大詰め。

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