キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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短め。


16:終点で待っていた者

            ◇◇◇

 

 俺達は須郷を倒した。この世界だけではなく、現実世界さえも滅茶苦茶にしようとしていた、完全に壊れてしまった男である須郷を、《壊り逃げ男》を絶命させた。

 

 だが、その虚しい勝利の後に、リランが突然黒い靄に包み込まれ、次の瞬間には、ぶかぶかの紅いローブを身に纏った、周囲に巨大な聖剣を10本浮かせている、白い狼の耳を生やす、金色の長髪で赤い眼の少女へと姿を変えた。

 

 あまりに突然の事に言葉を失った俺達は、その少女をただ見つめる事しか出来なかった。

 

「リラン、リラン、どういう事なんだ、お前はリランなのか!?」

 

 リランが変異した姿である少女に声をかけても、何も帰ってこないし、頭にあの《声》が響いてくる事もない。まるで存在そのものが変わってしまったかのような感じだったが、そのうちユイが何かに気付いたように声をかけてきた。

 

「パパ、あの人の詳細がわかりました」

 

「わかったのか!?」

 

「はい。須郷が倒れた事によりカーディナルシステムの一部が復旧して、私もある程度の権限を使用できるようになりました。そこですぐさま、あの人について調べたのですが……」

 

 ユイは俺の隣に並んで、悲しそうな顔をする。

 

「あれは間違いなくリランさんです。どうやったのかは定かではありませんが、リランさんはこのゲームの裏ボスである《エンプレス・ドラゴン》と、ラスボスである《ホロウ・アバター》のデータをその身体に内包していました。しかし、それによる弊害なのか、膨大な数のエラーが蓄積されていて、更にこの《ホロウ・アバター》のAIはリランさんを内側から侵食していたようです」

 

 リランは確かに様々なボスの情報を喰らって進化を遂げるという妙な生態を持った奴だった。だけどまさか、最初からラスボスのデータまでも取り込んでいたとは思ってもおらず、リランの進化を知るもの――俺を含んだ――は、一斉に驚く。

 

「リランが、このゲームのラスボスを取り込んでいたの!?」

 

 驚くシノンに、ユイは頷く。

 

「はい。マスターアカウントを使っているとしてもラスボスの除去なんかできないのに、須郷が100層を占拠できているのが不思議で仕方がありませんでした。だけど、今ようやく謎が解けました……」

 

 ユイは目の前の少女に向き直る。

 

「そしてこのゲームのラスボスである《ホロウ・アバター》も、元はといえば非常に強力なボスとなる予定だったので、わたし達よりも高度なAIが使われていて、この世界を守ろうとする防衛本能がとんでもなく強いものでした。

 パパ達攻略組が100層まで上がってきて、須郷を倒した事により現れたということは、あれは、世界の終わりが近づいた事により、防衛本能が暴走した《ホロウ・アバター》がリランさんのコアプログラムを侵喰して、更に《エンプレス・ドラゴン》の情報も取り込んで、更にリランさんの中に何らか理由で蓄積されていた膨大なエラーをも利用し、具現化した姿だと思われます」

 

 《ホロウ・アバター》がリランを侵食して具現化した――その言葉を聞いて、俺は胸の中に冷たい風が吹き付けて来たのを感じ取った。《ホロウ・アバター》は、このゲームのラスボスはずっとリランの中にいて、防衛本能と生存本能の赴くまま、リランを内側から喰っていた。

 

 そして今、とうとうリランの内側からの吸収を終えて、あの姿を取った。ならば、リランはどうなったというのだ。《ホロウ・アバター》に取り込まれたリランは、どうなったんだ。

 

「じゃ、じゃあ、リランはどうなったんだ!? あれはリランでも、《ホロウ・アバター》なんだろう!?」

 

 ユイは俯き、少し小さな声で言った。

 

「リランさんは今、《ホロウ・アバター》の防衛本能と生存本能の暴走に巻き込まれて、消えかかっています。それに、膨大なエラーをも利用しているとは言いましたが、エラーは引き続きリランさんを苦しめています。このままでは、リランさんがエラーと《ホロウ・アバター》により、完全に崩壊させられてしまいます」

 

 ユイと同じMHCPであり、同じように崩壊しかかっていたストレアが呟くように言う。

 

「アタシ達よりもひどいって事だね。なんとかしないと!」

 

 その時、俺は咄嗟に思い付いた。先程の戦いは、須郷の操る皇帝龍を茅場が解体してくれたからこそ、勝つ事が出来た。

 

 もしかしたら同じようなやり方でリランに解体を仕掛け、《ホロウ・アバター》とリランを、そしてリランのエラーを切り離す事が出来るかもしれない――そう思った俺は天を仰ぎ、どこかにいるであろうそれに声をかける。

 

「聞いただろ茅場! もう一回解体を頼む! 目の前のリランと《ホロウ・アバター》のデータを切り離してくれ!!」

 

 先程まではすぐさま答えが返ってきた。しかし、今は全く《声》が返って来なくなっていた。今こそ茅場からの答えが欲しいと言うのに、肝心な茅場は一切《声》を返してこなくなっている。

 

「おい茅場! 聞こえてるんだろ、見えてるんだろ!? リランを助けてくれ!」

 

 いつまでも私に頼るんじゃない、そこは自分でなんとかしろ――遠回しにそう言っているかのように、創造者からの応答はなかった。どんなに声をかけても答えがないため、俺はもはや茅場には何を言っても無意味であるという事を悟った。

 

 そして目の前の《ホロウ・アバター》……リランと女帝龍さえも取り込んだ《剣の女帝》は、周りの浮遊大聖剣を大気を裂きながら振り回し、完全な戦闘体勢へ入る。今まで俺達に向けられるどころか、敵を切り裂いて道を作り出してくれたリランの剣が、とうとう俺達に向けられたという事実に、シノンが戸惑ったように言う。

 

「リラン……リラン、目を覚まして、リラン!」

 

 剣の女帝は答えない。もはやあの剣の女帝はリランではなく、ここまで世界を侵してきた俺達を殺す事を任務にしている戦闘AI、この世界の最後の守護神だ。今となってはどんな言葉もリランに、あの剣の女帝に届く事はないのだろう。

 

「ユイ、どうすればあいつは止まる。どうすれば、リランを助けられる」

 

「あれはもうラスボスの《ホロウ・アバター》です。リランさんの事をどれほどまでに取り込んでしまっているかはわかりませんが、完全に同化してしまっている事はないはずです。あの《ホロウ・アバター》としてのボスを倒す事が出来れば、《ホロウ・アバター》だけが崩壊して、リランさんは残るかもしれません」

 

 ユイの話を聞く限りでは、《ホロウ・アバター》はこの世界を守る最後の守護神ともいえる存在であるため、会話インターフェースなどを搭載してないだろうけれど、処理能力などはリランのそれに匹敵するくらいだろう。そしてそれくらいの能力を持ったAIならば、リランなどすぐに完全に取り込んでしまうかもしれない。

 

「わかった。とにかくあいつを倒す事さえ出来ればいいんだな」

 

「ですが、あれはラスボスと裏ボスが合体してしまったような存在です。ここまで上がってきたパパ達でも倒せるような存在かどうか……!」

 

 ユイの言葉を受けつつ、俺は自分のレベルに着目した。ここまで敵と戦い続けてきた事、そしてあの皇帝龍を撃破した事によるためなのか、レベルはいつの間にか165になっていて……リランが居なくなったためか、人竜一体ゲージは俺のステータスバーから姿を消していた。

 

 そのまま周りを見回してみれば、皆のレベルを確認する事も出来た。ここに集まっている全員が、レベル150以上を平均にしている。

 

 そしてその、剣の女帝に索敵スキルを発動させてみれば、レベルは170、<HPバー>は七本という結果が帰ってきた。やはりリランを取り込んでいるためか、その強さが反映されているらしい。

 

 ここまでレベルを上げて来たからには、あの剣の女帝に全力でぶつかって倒すしかないのだ。僥倖というべきか、あいつのレベルはリランと同じくらいで、俺達は安全マージンをかろうじてクリアしている。

 

「攻略組全員に告げる。あの目の前にいる存在が、このゲームのラスボスだ。あいつを倒す事が出来れば、俺達は現実世界に帰る事が出来るだろう。皆、今一度武器を手に取って、立ち上がってほしい!」

 

 血盟騎士団団長として最後の通達。それを攻略組全員に伝わるように言うと、周りの皆は回復アイテムやスキルを使って自分や仲間を回復させて、武器を構え直した。その中には俺が最も信頼しているシノン、アスナ、リズベット、シリカ、フィリア、リーファ、ストレア、ユウキ、クライン、エギル、ディアベルの姿もあり、それらは全て俺の右と左隣に並んでいた。

 

「これが最後の戦いなのね……でもまさか、リランがそれになるなんて」

 

「リランさんには沢山助けられました。今度はあたし達でリランさんを助けましょう!」

 

 リズベットとシリカに続いて、フィリアとリーファが武器を構えつつ言う。

 

「リランを助けられれば、わたし達は現実に帰れる。ここが正念場って事だね!」

 

「あのリランがラスボスだなんて、悲しいけれど、やるしかないよね」

 

 ストレア、ユウキが大剣と片手剣を軽く振り回した後に言う。

 

「リランはアタシと同じAI……助けないわけにはいかないよ」

 

「みんな、これで最後だよ! 頑張ろう!!」

 

 そして、クラインとエギルが言う。

 

「お前には散々助けられてばっかりだったからな。今度は俺達でなんとかしてやる!」

 

「この戦いを終わらせて、さっさと現実に帰らせてもらうぜ」

 

 それら全てを聞いた後に、俺は左隣に並んでいるアスナに声をかける。先程まで泣いていたせいか、頬に涙の跡がくっきりと残っているが、しっかりと細剣を構える事が出来ている。

 

「アスナ、君は……」

 

「わたしも、戦うよキリト君。リランまでこんな事になっちゃって、すごく悲しいけれど、もう誰にも死んでほしくなんかないの。ユピテルみたいな事を、繰り返したくない!」

 

 散々涙が零れていたアスナの瞳には、強い意志の光が瞬いていた。ユピテルに続いてリランまでもこんな事になってしまったから、もうアスナは駄目なんじゃないかと思ったが、そんな事は一切なかった。

 

 そしてここまで聖竜連合を率いてきたディアベルが、剣と盾をしっかりと構えて強気に言ってきた。

 

「これが俺達の最後の戦いだ。二年間の戦いの全てをぶつけて、勝とうぜ!!」

 

「あぁ。リランとはいえ、あいつがラスボスなんだ! 勝つぞ、ディアベル!!」

 

 最後に、俺の右隣で弓矢を構えるシノンが声をかけてきた。

 

「キリト……私達の家族を、助けましょう。そして、この世界を終わらせましょう」

 

「あぁ。リランは俺達の大事な家族の一人だ。絶対に、助けよう」

 

 俺は剣の女帝に向き直り、両手の剣を力強く握り締めた。

 

 同時に剣の女帝/《ホロウ・リラン》もその身体を浮かせて、周囲の浮遊大聖剣を高速で回転させ身構え、それを皮切りに最後の戦いが幕を開けた。

 




次回、真のラスボス戦。

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