キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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20:Over The Swordland ―創造者との決戦―

           □□□

 

 

 

 

「パパ!」

 

 ある草原に降り立つと、それはいた。金色の長い髪の毛に赤い目をした、10歳前後に見える一人の少女。それは降り立ってきた一人の男を見つけるなり喜び、たったったと駆け足でやってきて、その目の前で立ち止まる。

 

 男は少し呆れたような顔をしながら頭を掻いて、少女と目を合せた。

 

「マーテル、その呼び方はなんなんだ」

 

「だってパパはわたしのパパじゃない。自分を生んでくれた男の人をパパって呼ぶのは普通だって、ネット上に沢山流れてるよ。というか、それが普通でしょ」

 

 どこからどう見ても少女にしか見えないそれは、男の事をパパと呼ぶ。

 確かに男はこの娘――マーテルを生み出す事に成功したため、マーテルからすれば生み出してくれた男は父親といっても間違いではない人物だった。

 

 しかしマーテルは普通の人間でも、地球上で生み出された生物でもなかった。マーテルはコンピュータ上で作り上げた超高度な処理能力を持つAIに3Dモデルを割り当てて作り上げた存在であり、父と呼ぶ男の所属する、《アーガス》という会社が開発している最新作のゲームに搭載する予定のAI……即ちただのコンピュータプログラムでしかないのだ。

 

 周りの人間達はマーテルの事を可愛いだとか、優しいだというが、男はどうにもそうとは思えなかった。マーテルは所詮ただのプログラムであり、本当の生命を持った存在ではなければ、誰かが腹を痛めて生み出したような少女でもない。

 

 ある役目のためだけに存在し、それ以上の事など無い。親子関係もなければ、友達関係でもない。ただ、命令を下す人間と命令を実行するAIの関係――そのはずなのに、マーテル本人は男の事をいつの間にか父親であると思い込むようになり、そうじゃないのに男の事をパパと呼ぶ。

 

 子供を産んだ事も無ければ結婚だってしてないし、そもそも相手すらいない。パパと呼ばれる要素が一切ないはずなのに、パパと呼ばれてしまうと、心の中がこれまで経験した事のないむず痒さに襲われる。

 

 一体どの過程でこんな事を覚えてしまったのか。なんとまぁ、厄介な事になったものだと思った男が頭を掻くと、マーテルは軽く俯く。

 

「パパが駄目なら何て呼べばいいの。わたしはパパの娘なのに」

 

「だから私は君のパパではないし、そもそも父親ではないと何度言えば……」

 

 そう言ってやると、マーテルが急に不安そうな顔になる。恐らくこの前インターネットの中へと解き放った際に、余計な情報をまた拾ってきて、自分の中に組み込んでしまったのだろう。

 

 それはきっと父親と娘などといった親子の思い出を書きつづった、一般人の日記などだ。自分と自分を生み出した男、その関係はどう見ても父親と娘の関係にしか見えないのに、自分と自分を作り出した唯一の男の関係が親子のそれではないという事に、不安を抱いているのだ。

 

 あまりに不安にさせてしまったりすると、感情模倣機能にエラーが生じて、これから担わせなければならない役目をこなせなくなってしまう。そんな事になってしまえば、この子のコアプログラムそのものに支障が生じて、使い物にならなくなる。

 

 そうなれば、また高い経費を払って新しいプログラムを作り出して、一から教育し直す羽目になる。金も時間も無駄になるだろうし、納期にだって間に合わなくなる可能性さえあるだろう。

 

「……マーテル……君は本当にこんな私を、父親だと思っているのか」

 

「思うよ。だって、パパはわたしを生んでくれたんだもん」

 

 その瞳もまた3Dモデルのそれであり、所謂作り物でしかないはずなのに、現実にいる人間のそれと全く変わらない光が瞬いている。その光を消す気にはどうしてもなれずに、男は軽く溜息を吐いて、ただのプログラムでしかないはずの少女の頭に手を乗せた。

 

 少女はきょとんとしたような顔になって、上目遣いで男を見つめる。その紅い瞳の中に男の微笑んでいる顔が映された。

 

「……わかった。君がそう思いたいならば、私は君の父親になろう。ただし、パパや父さんとは呼ばないという条件付きだ。それでいいかい」

 

 男からこんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったのだろう、少女はとても驚いたような顔になった後に、そのまま口を軽く動かす。

 

「じゃあ、何て呼べばいいの」

 

 

「……《アキヒコ》だ。これから君が私をアキヒコと呼んでくれるならば、私も君の父親と言える存在でいようと思うのだが、どうだね、マーテル」

 

 

 男が名前を教えてやると、マーテルはぱあぁと顔を明るくした。

 

「わかった! アキヒコ!!」

 

 マーテルはそう言うと、そのまま男の胸の中に飛び込んだ。自分よりも小さな存在、それこそ娘程の歳の少女に抱きつかれる事なんて全く経験した事のない男は、胸を覆う不思議な温かさに戸惑いを覚える。

 

「お、おいマーテル」

 

「娘はこうやって父親に抱きつく事もあるんだって。ほんと、気持ちいいね」

 

「だから、どこでそんな情報を得てくるんだ……」

 

 これもまた、マーテルの特徴だ。いつからだったかは覚えていないけれど、何かの拍子でこうやって抱き着いてきたり、甘えてきたりする事がある。元々はただのプログラムだったはずなのに、役目を全うさせるための教育をしていたら、こんな特徴をいつの間にか取り揃えてしまった。そんな調子だから、周りの開発者が、マーテルは可愛い娘だと言い出す始末なのだ。

 

 だが不思議な事に、マーテルに抱き付かれていると、あまり悪い気はしない。これこそが、娘を持った父親の気持ちなのだろうか――男はそっとマーテルの頭に手を添える。

 

「やれやれ……これでいいのかね」

 

「いいよ。だってわたし、アキヒコの事大好きだもん」

 

 アキヒコの事が大好き――そう言ってくれる人は、これまで男が過ごしてきた中で存在していなかった。どんな人間も寄って来ないからこそ、今まで自分の研究だけに没頭する事が出来たというものだが、その代償というべきなのか、自分の心の中にはぽっかりと大きな穴が開いているような錯覚が常に付きまとっていた。

 

 その常に冷たい風が吹き込んでくる穴の中に、マーテルの言葉が入ってくると、その穴が小さくなると同時に、不思議な暖かさが込み上げてくる。もしかしたらこの暖かさこそが、マーテルに対する好意のようなものなのかもしれない。

 

「……私も、君が好きなのかもしれないね、マーテル。やれやれ、なんでこんな事になったんだか」

 

「アキヒコがわたしを生んでくれたから」

 

「……あ、元はといえば私自身が原因というわけか……」

 

 男はそう言ってから、娘のような少女の身体をゆっくりと離させて、その赤色の瞳と自らの瞳を合わせる。

 

「さてとマーテル。君は今日、そんなわたしと何がしたいんだい」

 

「一緒に何か食べたい」

 

「わかった。それじゃあそれがある場所まで行こうか」

 

 そう言って、食事エリアのある場所までの歩みを進めようとしたその時に、男は右手に違和感を感じた。目を向けてみれば、マーテルが自らの左手を、男の右手と繋いでいた。

 

「……このまま行くのかい」

 

「当然! だってわたしとアキヒコは親子なんだし!」

 

「親子、かぁ」

 

 いつの間にか完全に親子関係にされてしまった。もしこれが他の誰かに気付かれようものならば開発現場がとんでもない事になってしまいそうだ――男はこれから起こりそうな事を頭の中で想定して苦笑いしたが、やはり悪い気を感じてはいなかった。

 

「さてと、それでは行くとしようか、マーテル」

 

 男の声を聞くなり、マーテルはにっこりと笑んで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

「こうして最後のボスとして会いまみえる事が出来て、私は嬉しいよ、キリト君」

 

「俺だって、血盟騎士団団長の肩書を持ったまま元血盟騎士団長と戦えて、光栄だぜ!」

 

 白を基調とし紅いラインの入ったコートと鎧を身に纏った二刀流の剣士キリトと、重厚な赤色の西洋鎧に身を包んだ神聖剣の騎士ヒースクリフの戦い。アインクラッドという世界を終わらせる最後の戦いは、双方の剣のぶつかり合いで幕が開いた。

 

 そしてその始まりの瞬間は、二人がかつて手合せした時とほとんど同じ形式だった。

 

「せぁぁッ!!」

 

 第一回目の攻撃に続けて、次の攻撃を繰り出したのはキリトだった。その両手に握られた剣は光を纏っていないにもかかわらず、まるでソードスキルを発動させている時のように素早く振られる。その疾風の如き連撃がヒースクリフの盾に何度も衝突を繰り返して、紅い火花のエフェクトが絶えずキリトの顔を赤く照らし、金属音を紅玉宮中に木霊させる。

 

「はああああッ!!」

 

 何とも部の悪い勝負だと、キリトは剣を振るう身体の真上、頭の中で考えていた。

 

 あの時のような、一撃喰らってしまえばそれで終わりなどという事にはならない完全決着デュエルの方式をとっているので、好きな分だけソードスキルを撃ち込む事が出来る。

 

 だけど、自分が取得しているソードスキルをデザインしたのは他でもない、あのヒースクリフ事茅場晶彦。その動きはあの時と同じように完全に読み取られてしまっている。

 

 確かにソードスキルを撃ち込む事は出来るけれど、動きを完全に読み取られてしまっていては、単に隙の出来る大技を無暗に発動させる事に他ならず、ソードスキル発動後の隙を突かれて大ダメージを負わされる。

 

 回復アイテムを使おうにもそんな事をあのヒースクリフが許すわけがないし、自動回復スキルだってヒースクリフの攻撃力の前では追い付かない。あの時よりもHPに余裕が出来ているけれど、どのみちヒースクリフの攻撃を受け続ければいずれ死に至る。

 

 ソードスキルを撃ち込めば全てを吸い込み、強力な攻撃を返してくる鉄壁の要塞。それは初めてデュエルした時とも、その正体を看破した報酬として純粋な殺し合いをした時と何一つ変わりはしない。もはや不条理そのものとの戦い。

 

「だあああああああッ!!!」

 

 だが剣を振るう事をやめる事は許されない。そんな事をしてしまえば、その時自分の死が確定するだけではなく、ここまで共に歩んできた何百人もの仲間達を裏切り、ここまでずっと一緒に戦って来てくれた相棒の思いを放棄する事にしかつながらないのだ。

 

 たとえ不条理や理不尽そのものが形を得て襲ってきているという状況であっても、諦めるものか。諦めていい理由など、どこにも存在しない。相棒であった狼竜の如し咆哮を口から吐き出しながら、キリトは剣舞を踊る。

 

「がああああああああッ!!」

 

 擦り削れてしまいそうなくらいに歯を食い縛り、コートをあらゆる方向にばたつかせながら疾風のような連撃をキリトは撃ち込み続ける。縦斬り、横斬り、右上部へ行く斬りと一秒間に二回のペースで叩き込まれる斬撃、まるで発動させないでソードスキルを再現しているかのようなそれは、聖騎士の盾に吸い込まれていく。

 

 普通、どんなに硬いガードを展開しているモンスターがいたとしても、そこへ何度も攻撃を仕掛ければ、時間こそかかるものの、破る事が出来る。だが、ヒースクリフのそれは《神聖剣》という名のスキルのもと、耐久値が無限に底上げされているに等しいものであり、まさに城壁の如し防御力を誇っている。

 

 いくら攻撃を叩き込んだとしても、いつ破る事に成功するかわかったものではない。闇雲に攻撃を仕掛け続けるよりも、相手が何らかの隙を見せたところで、攻撃もしくはソードスキルを叩き込む戦術を取るのがいいのは明らかだった。

 

(リランッ……!!)

 

 もしもここにリランがいたならば、その凄まじい攻撃力でヒースクリフの防御力なんか簡単に破れてしまうのに。かつて隣に並んでいた相棒の面影を近くに感じながら、キリトは咆哮しつつ攻撃を仕掛け続けたが、両手の剣がいっぺんに盾に叩き付けられたその時に、ヒースクリフの盾がちらと後退して、右手に構えられている剣が突きを放つ形となって、緑色の閃光を纏ったのが見えた。

 

「そこだッ……!」

 

 ほぼ一瞬ともいえる時間で鋭くて力強い突きを放つ、神聖剣のユニークスキルを持つ者だけが使う事を許されるソードスキル、《ユニコーン・チャージ》。その名の通り一角獣の突進のような一撃が繰り出されてきたのを見計らったキリトが咄嗟に回避行動を取るが、それよりも先に白銀の長剣はキリトの腹部に到達。

 

 まるで巨槍が突き立てられたような衝撃がキリトの全身を駆け巡り、その身体は後方へと吹っ飛ばされて、紅い光を散らしながら軽く宙を舞った。

 

「キリトッ!!」

 

「団長!!」

 

 仲間達の悲鳴のような声を聞きながらキリトは空中で受け身を取って着地すると、そのまま床を破る勢いで蹴り上げて、再度ヒースクリフとの距離を一気に詰める。

 

 ヒースクリフもまた同じだ。ヒースクリフもキリトと同じようにソードスキルを持っており、それを発動させる事が出来るけれど、一度放ってしまえば次からは動きを読まれてしまい、発動させれば回避されて、ただの隙を晒すだけになる。

 

 一度放ったスキルは読まれてしまうから、もう使えないに等しい。そしてソードスキルを放ったその時には、例え創造者であろうとも硬直を課せられて隙を晒してしまう。

 

 その要塞の鉄壁、小さな穴目掛けて、キリトは灼熱の如し閃光を両手の剣に宿らせて、つい今のヒースクリフと同じように突きの体勢を取る。

 

「はああああああッ!!!」

 

 まるで深紅の雨のような重い突きを間髪入れずに放つ八連続二刀流ソードスキル《クリムゾン・スプラッシュ》。先程の連撃とは違って、ソードスキルというシステムを使用する事で重みのあるものへと変化を遂げた攻撃を八回連続。

 

 それをまともに受けた聖騎士はHPを減らしながら後退し、紫色に染まる半透明の壁の向こう側にいる者達の間で「おぉっ」という驚きの声が上がった。

 

 まさか自分が攻撃を受けるなんて――まるで予想外の出来事に出くわしてしまったかのように驚きながら、ヒースクリフは若干口角を上げる。

 

「素晴らしい反応速度だ。マーテルと一緒に行動をしていたから、あの時よりも弱くなっているではないかと思っていたのだけれど」

 

「リランを呼び出すにしても、最初に俺が攻撃しないとどうにもならなかったからな。寧ろリランの力の方がおまけみたいなものだったよ!」

 

 ヒースクリフに踵を返しつつ、キリトは硬直時間を終えて再び攻撃に移る。今までは黒だったけれど、血盟騎士団の団長をやるために着ている鎧のおかげで、黒疾風は白疾風に変色を遂げている。

 

 そしてその白疾風と言わんばかりの猛攻はヒースクリフの盾に再度ぶつかり始めて、火花を何回も散らして、断片的かつ猛烈な金属音を何度も紅玉宮全体に響き渡らせる。その最中で、キリトはある事に気が付いてハッとする。

 

 こうして連続攻撃を仕掛けている間はヒースクリフに防御される一方だけれど、同時にヒースクリフも動く事が出来ないのだ。確かにヒースクリフはその鉄壁の防御力で、自分の二刀流すらも軽々と防いでしまうけれど、先程のように一旦防御をやめてソードスキルを放てば、その隙を突かれて回避され、猛攻に晒されてしまうのだ。

 

 だからこそ、あぁやってこっちが本当に僅かな隙を作ったところを見計らって、強力なソードスキルを叩き込んでくるのだ。つまり、隙を作ったようなふりをすれば、そのまま引っ掛かる事さえもあるかもしれない、という事だ。

 

 茅場晶彦だからそんな事はないとも思うけれど、もはや形振り構っている余裕など存在しない。ただ、この剣を以って勝つ事を目指すだけだ。

 

「はぁッ!!」

 

 そんな事を頭の片隅で考えたその時に、ヒースクリフは行動に出た。赤色の光を長剣に宿し、そのまま血盟騎士団の象徴でもある十字の形に振るう、二連撃神聖剣ソードスキル《ディバイン・クロス》。

 

 その一撃目である大縦斬りが迫ってきたその時に、キリトは床を蹴り上げて横方向へステップ回避、ヒースクリフが追従して大横斬りを放ってきたところで、その剣筋の僅かな隙間へと身体を回転させながら飛び込み、竜巻を横に倒したような連続回転斬りを剣が通り過ぎたヒースクリフの鎧へと叩き込んだ。

 

 まさかそのような行動に出てくるとも予想していなかったのだろう、ヒースクリフは驚きながらHPを減らして一瞬倒れ込む。

 

「まさかここまでやるようになったとは……!」

 

 マーテルがここまで彼を育て上げたとでも言うのか。もしくはマーテルへの思いが、彼を強くしているというのか。あの甘えん坊の女の子でしかなかったはずのマーテルが、彼をここまで導いて……。

 

「……ぬぅッ!!」

 

 次の瞬間ヒースクリフは床を貫きながら蹴り上げて、キリトへと一瞬で距離を詰める。先程とは比べ物にならないほどの速度に驚いたキリトが、その長剣を二本の剣で受け止めるが、そのガードは容易く破られて後方へ吹っ飛ばされてHPを減少させる。

 

 しかしヒースクリフはそこで攻撃をやめず、光を宿らせたりしないままキリトへと距離を詰めて、長剣を振るい続ける。先程とは立場が逆転した状況に、キリトが両手の剣で長剣を受け止めつつ口を動かす。

 

「急に早くなりやがったな、ヒースクリフッ!」

 

「ラストボスには第一フェイズ、第二フェイズみたいなものがあるのが恒例だろう。今はソードアート・オンラインのラストボス、その第二フェイズという事だ!」

 

 確かにこれまで沢山のRPGをプレイしてきたものだが、ラストボスには第一形態、第二形態、最終形態などが用意されているパターンが多かったし、そうでなくても第一フェイズや第二フェイズが用意されているなど、やはり段階を踏むという事がほとんどだった。

 だけどそれがヒースクリフにまで適用されているとは思って見ず、キリトは驚く半面、妙な納得感というものを覚えていた。

 

 圧倒的な防御力を生かして要塞のように踏みとどまり、攻撃を受け続けて僅かな隙を狙い、強力なソードスキルを繰り出すのが第一フェイズであり、そして二刀流使いにも劣らないほどのスピードを用いて攻撃を仕掛け始めるのが第二フェイズ。

 

「なるほど、俺はこれでも攻略する事に成功してるって事か。教えてくれてありがとうな!」

 

 次の瞬間に、ヒースクリフは身体に力を溜め込むような仕草を一瞬行い、それを爆発させるように長剣ごと全身で一回転、所謂回転斬りと呼ばれる斬撃を放つ。

 

 同時に、まるで二刀流範囲攻撃スキル《エンド・リボルバー》を連想させるような衝撃波がヒースクリフより放たれるが、キリトは同じように両手の剣を交差させて防御し、若干後退する。あまりの力をぶつけられたせいか、剣を伝わって両手に痺れが来る。

 

 しかも驚くべき事に、今の攻撃は先程から使って来ているようなソードスキルではなく、ただの回転斬りでしかないのだ。ソードスキルを使わずにあれだけの攻撃を繰り出せるなんて――自ら第二フェイズと呼称するだけある。

 

「このッ!!」

 

 まるでリランが怒った時のように歯を食い縛って、キリトは床を蹴り上げてヒースクリフとの距離を詰め直して攻撃を再開する。HPはぎりぎり緑色を保っているくらいで、次に何かを喰らえば黄色になってしまうほどだったが、構わずにヒースクリフへ疾風の如し攻撃を繰り出していく。

 

 そこで再び、二本の剣と長剣と盾がぶつかり合い、金属音と火花が飛び散るという状況が繰り広げられ、紅玉宮が紅く照らされて、同じような音が何度も何度も木霊する。

 

 しかし今の状況と先程の違いは、ヒースクリフが防御のために使うはずの盾すらも攻撃に転用してきているという事だった。如何なる攻撃も防ぎ切ってしまう分厚い盾による攻撃・《シールドバッシュ》が長剣による攻撃の合間に挟まれるようになり、その動きはまるでキリトと同じ二刀流を思わせる物となる。

 

 しかも、ヒースクリフがスピード型のように素早くなったことから、余計に二刀流に似ている。ヒースクリフという全く別な存在、ソードアート・オンラインという世界のラストボスとの戦いをしているはずなのに、まるでもう一人の自分と戦っているような錯覚をキリトは覚えた。

 

「どおらあああッ!!」

 

「はぁぁぁぁぁッ!!」

 

 二人の血盟騎士団団長、その両方に握られる剣が一斉に光を帯びて、爆発させる。白のコートを羽織る二刀流騎士からは強い衝撃を伴う連撃を放つ二刀流ソードスキル《デプス・インパクト》が、紅い鎧を纏う聖騎士からは盾を叩き付けた後に斬り上げる、二連撃神聖剣ソードスキル《ガーディアン・オブ・オナー》が放たれ、それは互いに均一なるダメージを与え合い、HPの色を警告を示す黄色へと変色させる。

 

 希望を背負いし現・血盟騎士団団長と、倒すべき敵となった元・血盟騎士団団長。そのお互いのHPがいよいよ終盤に近付いてきた事により、薄紫色の壁の向こうに閉じ込められた者達は息を呑む。

 

 一体どっちが勝とうしているというのか。どっちが勝利を手に入れるにふさわしい存在であり、実際に勝利を掴みとろうとしているのか。もはやどんなに考えを回したところで、今まで戦って来たボスモンスターの動きのように、予測する事は出来ない。

 

 ただ、希望を背負った存在――キリトはこの世界を終わらせて、今は亡き相棒の願いを叶えるべく、全身から血のようなダメージエフェクトを撒き散らしながら剣を振るい続けている。血塗れになりながらも、願いを届けなければならない相手の壁を少しずつ打ち砕いて行っているのだ。

 

 今まで積み上げてきた戦術、戦法、太刀筋の集大成、そしてソードスキルを、一切の隙を見せないくらいの頻度で叩き込み続け、もはや目で追う事さえ困難となる。対するこの世界の創造者もその動きに追従して、世界を守ろうとする意志を乗せた攻撃を怒涛のように繰り出し続けていく。互いの剣が常に煌めき、虹色の光が爆発する。

 

 互いの身体より流れる生命の光はその量を増し、その生命の残量を示す<HPバー>の残量は両者ほぼ均一に減少していき、警告を示す黄色へ、そして危険と終焉が近付いている事を意味する赤色へと変色を遂げる。

 

「……ッ!!」

 

 自分のHPも赤くなったが、相手のHPも赤に突入した。完全に追い詰める事に成功した。

 そしてその量は、強力なソードスキルをぶつけてしまえば削り切れる量となっている。もうここまで追い詰める事が出来ているのだ。その相手となっているヒースクリフはいったん下がって距離を取り、歯を食い縛る。

 

「ここまで私を追い詰めるか!!」

 

「あぁ。リランの願いだからな!!」

 

 ヒースクリフの瞳。如何なる衝動に駆られたとしても無機質さを保ち続けていたその心中色の水晶に、初めて感情に突き動かされているような光が瞬く。まるで無機質な存在から有機的な存在、機械から生物へと変化を遂げたかのようだった。

 

 そしてその光目掛けて、亡き相棒の願いを両手に込めたキリトは突撃する。

 

 最後の戦い、その最後の瞬間で生命体となったかのようなヒースクリフは、突っ込んで来るプレイヤー達の希望を背負った剣士が至近距離に来たところで、反射してしまったかのように、長剣を突き出した。

 

「ッ!!!」

 

 その刃先が頬を掠りそうになった寸前で、二刀流騎士は先程と同じように回転しながら飛び込んでその太刀筋の範囲内から外れる。

 

 そして辿り着いた場所は、鉄壁の聖騎士の背後。移動式の壁が動いて来ていない、弱点。志半ばのまま死んでいった相棒。その願いが届けられる、唯一の場所。

 

 その一点目掛けてキリトは飛び込み、両手の剣に黄色の光を宿らせ、爆発させる。

 

「だあああああああああああッ!!!」

 

 まるで太陽を飛び回る紅焔(コロナ)のように、見切れる存在のいない連続攻撃で相手を確実に仕留める、二刀流ソードスキル奥義《ジ・イクリプス》。金色の光を纏った剣を両手にキリトはもはや目に留まらぬ速度で舞い、ヒースクリフ/茅場晶彦の身体を斬り裂いていく。剣が当たる度に赤いダメージエフェクトが舞い飛び、ヒースクリフを守る深紅の鎧が悲鳴を上げる。

 

「はああああああああッ!!」

 

 

 もうじき届く。

 今まで積み上げてきたものが全て、創造者に届く。

 

 

 マーテル、リラン、見ているか。俺、お前の父親にお前の願いを届けるよ。

 お前は死んだかもしれないけれど、その願いはちゃんとお前の父親に届けるからな。

 

 

 剣舞の中で、記憶の奥底にいる狼竜――リランへと思いを馳せると同時に、創造者のHPは本当に僅かなものになる。紅焔と怒涛が混ざったかのような連続攻撃に晒された創造者は身動き一つとれずに、切り刻まれていく。

 

 そして26回にわたる剣舞の末、最後の一撃を放つ体勢に、キリトは移る。まるで世界の速度が遅くなってしまったかのように思える中、ヒースクリフのHPが数ドット単位になっているのが見えた。

 

 間違いなく、この一撃で勝負が決まる。この一撃で、この男の暴走はようやく終わりを迎えて、娘達の願いが成就する。

 

「終わりだあああああああああああああッ!!!」

 

 紅玉宮全体を揺るがしてしまうほどの咆哮を吐き出しながら、キリトは金色に煌めく剣、黒き《インセインルーラー》と白緑の《ダークリパルサー》を、創造者の胸元へと伸ばし、突き立てた。

 

 

 

 ばきん。

 

 

 

 その瞬間だった。甲高い金属音が紅玉宮全体に響き渡り、静寂が取り戻される。一体何が起きたのかわからないまま、希望背負いし騎士は前方に顔を向ける。そこにあったのは、聖騎士に突き立てた黒き長剣と白緑の剣。

 

 両者のその刃は中ごろから折れて、刃先が宙を舞っている。

 

「あ……え……?」

 

 頭の中が凍結したようになり、声が上手く出せなくなった。

 

 一体何が起きたんだ――痺れた頭の中に声を響かせながら、キリトは剣から、剣を突き立てた張本人に顔を向けるが、そこで気付く。最後の敵、終着点、それと自分の間に、緑色の光で構成された六角形がいくつも並んだような壁が出来上がっていた。

 

(……!!)

 

 あれはなんだ。なんであんなものがいつの間にか現れてるんだ。一体いつ現れた。いやそもそも、あれは何なんだ。まさか、マスターアカウントの機能を使って、オブジェクトを呼び出したのか。混乱する頭の中、記憶の図書館の中にある本を全て引き抜いて探し出し、やがて答えに辿り着く。

 

 あれは、マスターアカウントを持っていなくても出来る物だ。その名は、《プロテクションシール》。敵の攻撃を一定時間完全に無効化する緑色の物理バリアを発生させて、完全な防御時間を作り出す、《堅牢鉄壁》というスキルを最大まで上げる事によって出現するスキル。それが発動している証拠として、ヒースクリフのステータスバーには、《プロテクションシール》作動中に出現するアイコンが浮かび上がっている。

 

「あ……」

 

 その名前を引き抜いた直後に、キリトはまた気付く。あの時、二刀流奥義を放った際、ヒースクリフの動きは完全に停止していた。

 

 あれは攻撃に晒されて動く事さえ出来なくなったのではなく、このスキルを発動させるための操作を行っていたのだ。それをキリトに気付かれないように、わざと被弾し続けているふりをしていた。

 

 そしてヒースクリフは、最後のタイミングでこの《プロテクションシール》の発動に成功。最後の一撃を、止めを刺されるのを防いだのだ。

 

 

「私の、勝ちだ……!!」

 

 

 今の一瞬で起きた事を全て頭の中で理解した瞬間に、ヒースクリフは緑色の障壁を纏ったまま長剣に光を宿らせて、それを爆発させながら、立ち向かいし二刀流騎士に振るった。

 

 左下部に切り裂き、左上部へ斬り上げて、さらに右に斬り上げ、最後に右に斬り下げる、菱形を描く四連続攻撃を放つ、神聖剣ソードスキル《ゴスペル・スクエア》。

 

 その一撃一撃が二刀流騎士の身体を斬り裂き、僅かに残った生命の数値を減少させ、そして最後の一撃が振るわれたその時に、キリトの身体は後方へ吹っ飛ばされ、床に激突した。

 

 予想していた最悪の展開の到来。それを目の当たりにした壁の外の者達が一斉に言葉を失う中、キリトは床に倒れ、そのまま動かなくなった。

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 

(……)

 

 完全に身動きが取れなくなった身体の奥底、俺はステータスバーを見ていた。

 

 危険を示す赤色に光っていた命の残量の帯はゆっくりと短くなって行っている。まだ、周りのスローモーション化が解けないでいるようだ。

 

 ようやくここまで来たのに。ようやくここまで来て、色んなものを積み上げて、ここまで来たっていうのに、最後の最後で、こんな事になってしまうなんて。

 

 リランの願いを受けて剣を振るったのに。詩乃を現実に帰らせたくて戦ったのに、ここまでみんなを連れて来たのに、俺には、そんな事さえ許されないというのか。

 

 初めから、そんな事を許されてなんかいなかったって言うのか。リランの願いを叶える事も、皆を現実に帰らせる事も、詩乃と一緒に居て、詩乃を守り続ける事も、何一つ、許されてはいなかったというのか。

 

(なんでだよ……)

 

 ここまで来たんだぞ。

 俺はここまで来たんだぞ。

 

 俺が死んだら、誰がリランの願いを叶えるんだ?

 

 俺が死んだら、誰がこの世界を終わらせるんだ?

 

 俺が死んだら、誰が朝田詩乃という少女を守るんだ?

 

 いや、そもそもこうなる前に、誰かに任せておいた方が良かったのか?

 何もせずに来たから、こんな事になってしまったのか?

 

 そんなわけないだろ。そんなわけが、許されるわけないだろ。

 

 何もかもが終わってしまう。最後の最後で、失敗してしまうという気持ちが怒りとなって俺を支配しようとしたその時に、HPバー俺の生命の(ともしび)が、呆気なく消されてしまった。

 

 それはまるで、死神からの宣告ではなく、女神の微笑みのように思えた。

 

「お前はよく頑張った。最後までよく頑張った。だからもう、休んでいいんだ」

 

 まるでそう言っているようだった。

 だけど、そんなものを呑み込めるわけがない。

 

 俺にはまだやるべき事がある。やらなければならない事があるんだ。だから、ここで死ぬ事なんて許されないんだよ。

 

 認めるもんか。

 

 認めてなるものか。

 

 

 

 絶対に、認めて、なる、もの、か。

 

 

 

 

 次の瞬間に、聞き慣れたオブジェクト音が耳届いてきて、俺の身体はついにその全ての感覚を失った。

 

《You_are_Dead》

 

 最後の最後で、見えた言葉は、それだった。

 




ヒースクリフのソードスキル

《ディバイン・クロス》
 長剣で十時に切り裂く。

《ユニコーン・チャージ》
 強力な突きを放つ。

《ゴスペル・スクエア》
 四角形を描く斬り上げ四連続。

《ガーディアン・オブ・オナー》
 盾突き斬り上げ。二連続

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