キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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21:世界に抗う意志 ―創造者との決戦―

 最後の戦い。アインクラッドの運命を決めるべく、キリトとヒースクリフが始めた運命の最終決戦。まるでどっちが勝つのか予想できなかったその戦い、激しい金属音と閃光から構成されていた高速戦闘。

 

 絶対に勝つと誓ったキリトと、それに立ち塞がったヒースクリフ。その終止符を打ったのは……ヒースクリフだった。最後の最後でヒースクリフは防御スキルを使い、キリトの攻撃を無効化。

 

 そしてソードスキル発動後の硬直時間を突き、ソードスキルで押し返したのだ。その証拠に、今、キリトの身体は斬られていた。その光景を目にしただけで、全ての時間が凍り付き、自分の中の血液も、筋肉さえも凍り付き、頭の回転も全てが停止したのを、シノンは感じ取った。

 

「……あ」

 

 キリトが、死んだ。最後まで抗い続けたというのに、最期の瞬間、最後の最後で、キリトの刃が折れた。桐ケ谷和人という存在が、皆の心を抱いた剣が折られた。その瞬間に、完全なる静寂が紅玉宮に取り戻された。

 

 なんで、なんでこんな事になるの。

 最後の最後で、なんで、こんな事になるの。

 

 最後まで戦ったんだよ? キリトは最後まで戦ったんだよ?

 ぼろぼろになるまで戦って、大事な人との約束を果たすために、ここまで来たんだよ?

 

 なのに、なんで? なんでキリトが。

 

「う……そ……」

 

 次の瞬間に、ヒースクリフの最後の一撃が決まり、キリトの身体は吹っ飛ばされて床に激突。そのまま数秒もしないうちに、呆気なくポリゴン片へと爆散する。そのキリトだった欠片が雪のように舞い散ると、声も出せずにシノンはそこへ手を伸ばそうとする。だが、そんなシノンの指さえも、目の前にある紫色の壁が阻む。

 

 

 一秒経過、キリトの欠片が広がっていくが、手を伸ばせない。

 

 嫌だ。

 

 二秒経過、攻略組と言われた戦士達が完全に言葉を失う。

 

 いやだ。

 

 三秒経過、破砕音が木霊する。キリトの欠片が少しずつ消えていく。

 

 キリトはあそこまで頑張ったんだ。たすけて。

 

 四秒経過、キリトの欠片が更に消えていく。

 

 

 いるなら、神様、どうか、

 

 キリトを助けて

 

 

 

 

 ―――――キ リ ト

 

 聞き慣れた《声》が頭の中に響いてきたような気がして、シノンはハッとする。だがそれは、もう発生する事が有り得ないはずの声色によるものだった気がする。

 

 あまりの衝撃を受けて、脳がその《声》を再生したのだろうか。

 

 ―――――キリト

 

 いや、違う。《声》がする。確かに《声》がする。

 だけど、一体どこからによるものなのかわからない。

 

 ―――――キリト……

 

 違う、かなり近い。かなり近いところから《声》が聞こえる。頭の中に直接響いているのに、近さがわかる。本当に近くに、それはいる。

 

 ―――――キリト……!

 

 ようやく場所が掴めて、シノンは向き直る。そこにいたのは、娘であるユイ。しかしその胸元から強力な閃光が放たれており、ユイ自身も含めた周りの者達が瞠目している。その中にすぐさまシノンも加わる。

 

「ゆ、ユイ!?」

 

《キリト……!!》

 

 頭の中にもう一度声が響いた次の瞬間、ユイの胸元から突然、凄まじい閃光と共に何かが具現した。しかし、その閃光はあまりに一瞬だったため、一秒にも満たない間で見る事が出来るようになったが、そこでまた全員が言葉を失う。

 

 ユイの胸から生えているのは、耳の上部から枝分かれした角を、人間の髪の毛のような鬣を生やして、額から大聖剣のような角を突き出させた、白い半透明な狼の輪郭だった。それが何であるかを皆が理解するよりも前に、角のある狼の輪郭はその口を大きく開ける。

 

《キリト――――――――――――ッ!!!》

 

 攻略組全員の頭に咆哮が響いた刹那に、狼の口から光を纏う巨大な火炎弾が発射され、狼の顔が消滅する。

 

 放たれた火炎弾は紫色の半透明の壁――プレイヤーでは決して破る事の出来ない壁を(ことごと)く貫き飛翔。そのまま飛び散っているポリゴン片の中心部に飛び込み、炸裂するや否、大爆発を引き起こして猛烈な火柱を上げ、やがて熱風の吹き荒れる炎の竜巻となった。

 

 

 その時には、キリトが消滅してポリゴン片になってから、九秒が経過していた。

 

 

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

《キリト》

 

 俺の身体を、存在を消し去ろうとする命令コードが暴れ狂い、薄れゆく意識の中、俺の意識は突如として覚醒を遂げた。目の前には、俺の死を宣告する《You_are_Dead》の文字が表示されていた。何が起きたかわからないままそれを見つめていると、数秒も経たないうちに、ガラスのように割れて消え去った。

 

「あれ……」

 

 なんで死の文字が消えたんだ。

 

 俺は死んだんじゃないのか――そう思っていると、完全に闇の中だったはずの俺の周りは突如として、白に変色を始めた。目の感覚が戻ってきているのか、戻って来ていないのか、眩しさは感じられない。

 

 一体、何が起きたんだ――まだ動かせる部位である口を動かし、言葉を紡いだその時に、俺は目の前に何かがいるのを見つけた。そしてそれは、人の形をしていて、どんどんこっちに近付いてきているのもわかった。

 

「誰だ……」

 

 人影がどんどん近付いて来てくれるおかげで、具体的な形がわかってきた。人影は大人ほど大きくなく、寧ろ子供に近しい。そして、髪の毛が腰に届くくらいに長いのが、最大の特徴のようだ。その特徴を自分の記憶と照らし合わせて、俺は呟く。

 

「ユイ……?」

 

 ユイが、やってきたというのか。だがなぜ、いや、どうやって。

 

 頭の中が少し絡まってきたところで、更にその人物は頭から犬のそれを思わせる耳のようなものが生えているのがわかり、人影がユイではない事を、俺は理解する。

 

「……!」

 

 そして人影がぐんと近づいてきたところで、俺はハッとした。俺に近付いてきている人影の正体は、腰まで届くくらいに長い金色の髪の毛で、頭から狼のそれを思わせる白い耳を生やした、十歳代前半くらいの、紅い眼の少女だった。

 

「お、まえは……!」

 

 次の瞬間に、俺の目の前に少女はやってきて、立ち止まった。その顔には女神のような微笑み――ではなく、まるでこっちに呆れているかのような表情が浮かんでいた。

 

 

《やれやれ、お前は本当に、我が居てやらぬと駄目な<ビーストテイマー>だな》

 

 

 少女の名前を口にしようとした次の瞬間、金髪の少女は俺のところへ飛び込んできて、両頬に手を当ててきた。もはや感じる事さえ許されないと思っていた温もりが頬を包み込んだ次の瞬間に、少女は一気に顔を近付けてきて……

 

 

 そのままその桜色の唇で、俺の唇を塞いできた。

 

 

「!!!」

 

 少女の柔らかな唇を受けたその時、先程とは全く逆の感覚が全身を包み込んできた。先程までは、まるで身体が氷へと変貌していくように冷たくなって、あらゆる感覚が死に果てていく感じだったというのに、今はその全くの逆。

 

 身体が少しずつ暖かくなって、失われた部位がどんどん戻ってきている。システムに引き裂かれた手が、足が、そして身体全体が再生していく。まるでお前はまだ死ぬべきではない、死ぬ運命など無いと言わんばかりだ。

 

 そして、全ての部位に感覚が戻り、身体が完全に再生したその時に、目の前の少女の身体は一気に透き通り、白金色の暖かい光へとなって…俺の身体の中へと流れ込んできた。

 

 光を注ぎ込まれたと同時に、身体の中が一気に暖かくなり、頭の中に全てが広がった――。

 

 そうだ、俺はあの時――。

 

 そしてあの少女は――!!

 

 

 

           □□□

 

 

「キリト……!?」

 

 突如としてユイの胸から出現した竜の頭は、ひどく見覚えのある炎を放った。それは今、猛烈な火炎竜巻となり、キリトのいた場所で強い渦を巻いている。これまで一切見た事のなかった光景に、攻略組全員がそこから目を離す事が出来なくなり、創造者たるヒースクリフさえも同じような有様になる。

 

「な、なに、何が起きたっていうの。おにいちゃんに、何が起きたの!?」

 

 完全に動揺を隠せないでいるリーファ。今、ユイの胸から生えた竜の頭そのものにも、この場にいる全員が見覚えがあったが、同時にそれは、もはや発生する事が有り得ないとばかり思っていた。

 

 そのようなものが突然現れて、キリトの欠片目掛けて炎を放ったものだから、もはや何が起きているのか、全然理解できない。

 

 だが、その中で一人だけ、シノンは不思議な安心感を抱いていた。今さっき、愛する人がヒースクリフに討たれてしまって、もはや何もかもが崩壊したような感じだったというのに、今はそのような気持ちは一切なく、寧ろ心の中がとても暖かいのだ。

 

 その得体のしれない暖かさを心から出して、腹の中へ、胸の中へ、そして喉から口に映して、シノンは吐き出すように叫んだ。

 

「キリト――――――――ッ!!!」

 

 少女の声が火炎竜巻の轟音が鳴り響き続ける紅玉宮、アインクラッド最上階の城に響き渡ると、それに呼応するかのように、火炎竜巻は突如として大爆発。爆炎と熱風が吹き荒れて、対峙するヒースクリフは盾で身体を覆い、攻略組は紫色の障壁に守られる。

 

 だが、爆発の際の激しい閃光が放たれて、熱風と爆炎に守られつつも、攻略組は腕で顔を庇った。やがて、その紅玉宮を白く染め上げた閃光が収まってヒースクリフを含めた全員が元の場所に目を戻したところで、瞠目する。

 

 爆炎の名残である陽炎が揺らめく中に一人の人影があり、陽炎が消え果てその姿がはっきりした際に、紅玉宮に集まるすべての存在と、創造者たる神は驚愕した。

 

 陽炎の中にあった人影の正体は、黒色の短髪に、同じく黒色の瞳、白色のコートと鎧を身に纏い、両手に刃折れの剣を握り締めた少年。

 

 今さっき連撃を仕掛けて撃破したはずの、戦略負けしたはずの、幾千の願いを背負った二刀流の剣士。神に抗い続けて、最終的に命を失ってしまったはずの存在がそこにあるという、全ての常識が覆ったかのような、天変地異に等しい光景。そして、その少年――この世界でたった一人の愛する人の名を、シノンは静かに紡ぐ。

 

「キ、リ、ト」

 

 白黒の少年キリトは何も言わずにそこに佇んでいたが、やがて静かに口を開き、目の前で驚きの顔をしている聖騎士に向けて、はっきりと言った。

 

「……また会ったな、ヒースクリフ」

 

 名を呼ばれた創造神――ヒースクリフというそれは、これまで他人には絶対に見せる事のなかった驚愕の表情を浮かべて、目の前の少年の言葉に答える。

 

「ど、どういう事だ。何故、君が……君は、死んだのでは……!?」

 

 創造神の問いかけに少年は答えない。そればかりか、少年は力を溜め込むような姿勢を作り、すぐさまそれを解放するかのような動きを取って、腹の底から咆吼する。

 

 

「リラン――――――――――――ッ!!!」

 

 

 紅玉宮全体どころか、アインクラッドという世界そのものに響き渡っているかのように、周囲をびりびりと軋ませるその咆吼が放たれた刹那に、少年の胸が激しい閃光を放ち、そこより一匹の竜が飛び出した。

 

 半透明であるものの、白金色の鎧のような甲殻と美しい毛に身を包み、背中より四枚の天使のような翼を、耳の上からは複雑に枝分かれした金色の角を、そして額からは聖剣を思わせる角を生やした、狼の輪郭を持つ巨大な竜。攻略組を守り続け、少年を守り続けた最強の竜。

 

「あれは……!!」

 

 それは少年の胸から飛び出すや否、その翼を羽ばたかせて、光り輝く羽毛を舞い散らしながら紅玉宮の中を自在に飛翔する。もう見る事が出来ないと思われていた狼竜の姿に、その場に集まるすべての戦士達が釘付けになると、狼竜は少年の真上まで登り、一旦動きを止めた。

 

 そこで狼竜は頭を大きくもたげて口元から爆炎を発生させ始める。あれはまさか――戦士達が同じ気持ちを持った次の瞬間に、狼竜は顔を一気に振り下ろして、真下にいる少年目掛けて身体の奥底から灼熱の光線を迸らせた。

 

 普段ならばボスモンスターを焼き払う事を目的に使われる、狼竜の必殺技のような灼熱の光線ブレス。それが主である少年目掛けて照射されるという異例の事態に、戦士達が一斉に驚く最中、少年の元へ灼熱の光線は到達して、少年を焼いた。それから間もなくして、灼熱の光線に混ざるように狼竜も光となって少年の元へ向かった。

 

 その光が少年へと溶け込んだ直後に、少年を包んでいた白きコートと両手の剣が灼熱の炎に包み込まれた。障害を全て焼き尽くして道を切り拓く、希望の炎とも呼べるそれは、少年を包み込むコートだけを焼き尽くして、煤の色である《黒》へと変色させ、少年の両手に握られる二本の刃折れの剣は見る見るうちに高熱によって溶け落ちた。

 

「け、剣が!!」

 

 少年の剣が失われた光景に、全ての者がもう一度瞠目する中、まるで何かに呼応したかのように、少年の胸元から二つの光球が躍り出た。光球は意志を持っているかのように少年の周囲を飛翔したところで、その両手に収まる。

 

 少年の右手に収まった光球は見る見るうちに、溶け落ちたそれと同じように、刃先が中ごろから折り砕かれてしまっている黒き剣へと姿を変えた。かつて少年の象徴でもあった黒き剣――その銘を外部の者達が呼ぼうとした刹那に、黒き剣もまた紅蓮の爆炎に呑み込まれた。

 

 炎はやがて、黒き剣の失われし部分へと集中。赤熱色に染め上げられた剣の刃は失われた部分を取り戻すかのように伸びていき、最終的にかつての姿を作り上げる。――爆炎が集まって剣を修復するなどという通常ではほとんど考えられない光景に、リズベット達鍛冶屋を経営していた者達は絶句する。

 

 一方左手の光球は更に強い閃光を発して前後に長く伸び、やがて剣の姿へと瞬く間に変わっていくが、全く見た事のない形になっていく。刃の中央部分が若干横に広く、根元部分もまた横に広がって、豪勢な形の鍔が構成される。

 

 その柄に当たる部分を少年はしっかりと握りしめ、右手の剣もまた握ったところで、腕を交差させて、燃え盛る二本の刃を構える。全身がほぼほぼ炎に包み込まれているというのに、少年自身は全くと言っていいほど影響を受けていない。

 

 そして少年が目を開き、身体の中に溜め込んだ全てを爆発させるように両手の剣を振るうと、周囲を焼き尽くそうとしていた竜巻の如き炎は、暴風に当てられたように吹き消された。

 

 その中より現れた、炎の煤を纏ったコートを纏う、《黒の剣士》。その両手に握られているのは、彼を黒の剣士足らしめる黒銀の剣――今は白き狼竜の文様が刀身に刻み込まれている――《エリュシデータ》と、かつての相棒の額より生えていた角が武器へと昇華を遂げた、白金色の聖剣。

 

 その姿を目にするや否、かつてその黒の剣士と共に戦った少女であるフィリア、黒の剣士と同じ<ビーストテイマー>であるシリカが驚きながら口を開く。

 

「な、何が起きたの!?」

 

「今、キリトさんからリランさんが……!!」

 

 どちらも死を迎えてしまったはずなのに、再び自分達の目の前に現れたという天変地異にも等しき光景。その中で、この世界の真理などを知る力を持つユイが、小さく口を開く。

 

「な、なんという事……」

 

「何がわかったの、ユイちゃん!?」

 

 アスナの問いかけを受けて、ユイは言葉を紡いだ。

 

「あそこにいるのは間違いなくパパです。でも、パパの中にもう一つ、大きなデータが存在しています。それは……おねえさん、です」

 

 プレイヤーの中に、プレイヤーの意識とAIが同時に存在しているという、これもまた天変地異の如し事実。それを受けた黒の剣士の仲間達の間で大きなざわめきが起こり、リズベットとリーファ、ユウキが言う。

 

「キリトの中に、リランが!?」

 

「おにいちゃんとリランが、合体してるぅ!?」

 

「プレイヤーとプログラムが合体だなんて……!!」

 

 ユイは目の前の少年を瞳に映したまま、頷く。

 

「そうです。詳しい事はまだわかっていませんけれど、おねえさんはあの時消滅しておらず、パパを死の淵から呼び戻しました。そして今、データだけとなったおねえさんは、パパを依り代にして……パパと合体しているに等しい状態です」

 

 あのリランがキリトと合体を果たして、キリトを蘇らせたという奇跡。まるで夢でも見ているかのような光景だったが、シノンはこれを夢だと思う事は出来なかった。

 

 そして、目の前にいる少年が、今まで自分が愛してきたキリトと、何らかの理由で融合を果たす事に成功したリランである事を、完全に理解できていた。

 

「キリト……リラン。あなた()、なのね!」

 

 その《声》に反応するように、シノンの愛する人はゆっくりと振り向いて、そのまま何も言わずに頷いてみせた。

 

 俺は大丈夫だよ――少年の声なき声が聞こえてきて、シノンは目元に涙を浮かべながら笑みを作り、頷き返してみせる。

 

「こ、これは……!!?」

 

 直後に、何があったとしても動じなかった創造神たる存在が狼狽する。AIがプレイヤーという名のオブジェクトの中に入り込み、合体するなどという事は、これまでどんな事が起きたとしてもあり得る事が無かったし、そんな事が計測された事もなかった。完全に、システムも、何もかもを超越した出来事だ。

 

「どうしたよヒースクリフ。まるでスタンドアロンRPGの、予想外の出来事に出くわした魔王みたいな顔してるぜ」

 

「い、一体何が起きて……!?」

 

 直後に、神に抗いし黒き少年の中から、周囲の者達の頭の中へと《声》が送られる。

 

《詳しい事は後で話してやる。さぁ、もう一度勝負だぞ、ヒースクリフ!!!》

 

 その《声》を受けて、ヒースクリフはハッとし、徐々に驚きの表情を退かせて、口角を少しだけ上げた。

 

「いや、ゲームを管理する上で想定外の出来事は付き物という事だな!」

 

 次の瞬間、ヒースクリフの周囲に軽い衝撃波のようなものが巻き起こり、ヒースクリフのHPが一気にその残量を増やして、赤色から緑色へと変色を遂げ、その身体のすぐ近くに緑色の六角形の障壁が出現する。

 

 障壁を作り上げて完全に攻撃を防ぐ《プロテクションシール》、HPを一気に回復させる《リジェネレーション》の同時使用により、ヒースクリフのSPがゼロになった。せっかく削ったHPを全回復される光景を目にしたキリトが歯を食い縛ると、その頭の中に聞き慣れた《声》が響く。

 

《キリト、一気に片を付けるぞ!!!》

 

「あぁ、いくぞ相棒!!!」

 

 自分の中にいる相棒に声をかけると、キリトは床を蹴り壊しながら走り出した。

 狼のような速度で突進し、一秒もかからない間にヒースクリフの元へ辿り着くと、速度に乗せて二本の剣を叩き付けた。刹那、ヒースクリフの身体を守る障壁が剣の侵入を防ぎ、凄まじい衝撃波が放たれて紅玉宮全体が揺れる。

 

「……ッ!!」

 

 無駄だ――そう言おうとした次の瞬間に、神は驚愕する。

 

 無謀にも神に立ち向かってきているたった一人の少年を、巨大な狼竜の形をした半透明の光が包み込んでおり、そしてそれが、《プロテクションシール》によって発生している障壁に噛み付いて、そのまま食い破ろうとしているのだ。

 

 巨大な狼竜に噛み付かれると言う想定外の事態に出くわした障壁はミシミシという悲鳴にも音を立てており、今にも食い千切られそうになっている。

 

 その光景に神が僅かな声を出した次の瞬間、狼竜の光は思い切りその頭を動かして障壁を食い千切って見せた。まるで巨大なガラスが割れたかのような轟音と同刻、神のステータスバーに出現していた《プロテクションシール》のアイコンが障壁と共に消滅する。

 

 時間経過でしか効果の切れる事のなかったスキルが打ち破られるという事態に、システム管理者として驚愕すると、《黒の剣士》は死する前のように両手の剣を振るってきた。それを強固なる盾で受け止めたところで、神は少年へ問うた。

 

「な、なんなんだ、これは!? この力は……!!?」

 

「お前が作り出した……いや、お前を愛しているがために、お前の事を止めようと思う娘の力だ! その子と俺は今、一つになってるんだよ」

 

「まさか、そんな事さえも起こるとは……」

 

「あいつは俺と一つになって戦ってた。そして今は、真の意味で一つになって戦ってる。左手の剣が俺自身で、右手の剣があいつそのもの……!!」

 

 思いを背負って復活を遂げた黒色の剣と、狼竜の角より作られし聖剣が瞬き、神を守る盾を圧し始めると、神は歯を食い縛る。このまま押し込まれたら、そのままこの盾を破られてしまいそうだった。

 

 今まで神聖剣の防御を打ち破る存在などどこにも居やしなかったが……今、それを達成しようとしている存在が目の前にいる。

 

 

「これが本当の、人竜一体だッ!!!」

 

 

 少年はかつての相棒の如く咆吼して、剣に青い炎を宿らせた後に交互に振るい、更に少年の背中より出現している狼竜のシルエットが、その爪を同じように振るった。前方範囲攻撃二刀流ソードスキル《カウントレス・スパイク》が発動されると、創造神は全ての力を盾に込めて防ぎ切るが、同時に神の盾が悲鳴のような音を出す。

 

 しかし、そこで創造神は口角を上げた。技を使えば硬直時間が反動として課せられる。如何に少年が強化されたとしても、このシステムそのもの、世界の掟に逆らう事は――。

 

「まだだああッ!!」

 

 そう思った瞬間に、創造神は驚愕する。ソードスキル発動後の硬直に囚われるはずの黒の剣士は、再度両手の剣に炎の如し緑色の閃光を宿らせて、技を発動させようとしている。何故このような事が――そう考えるよりも先に、創造神ヒースクリフは神聖なる力を宿す盾を構える。

 

 そして剣士はその一点目掛けて猛烈な回転斬りを放ち、神の盾の元で剣の光を大爆発させ、直後に狼竜の光が口内より火球を発射、神の盾で炸裂させて、同じく大爆発を引き起こす。二連続範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》。それすらも、神は歯を擦り減るほどに食い縛りながら防ぎ切る。

 

《まだ終わらぬぞッ!!!》

 

 頭に響いてきた《声》にハッとすると、神の真鍮色の瞳には再び少年の姿。硬直なんてものを完全に無視して、少年は再度両手の剣に光を宿らせており、すぐさまそれを炸裂させてきた。

 

 三連続斬りとタイミングをずらした突きを放つ五連撃二刀流ソードスキル《デプス・インパクト》――狼竜の角と爪の連撃が合わされたそれすらも、神の神聖盾は吸い込んでいくが、いよいよ軋むような音が鳴り始める。

 

「まさか……!!」

 

「だあああああああッ!!」

 

 神が驚きの目で盾を一瞬見つめ、もう一度少年に目を戻したその時に、少年は両手の剣に白紫色の光を宿らせて、剣舞を舞った。同時に狼竜のシルエットが踊り狂うかのような動きをして、連撃を盾へと叩き込む。

 

 強い光を発生させながら流れるように敵を切り裂き続けて、止めに突きを放つ十五連撃二刀流ソードスキル《シャイン・サーキュラー》が終わると、黒の剣士はすぐさま両手の剣に橙色の光を纏わせて、六角形を描くように振るい、その後を狼竜が追って角を振るった。

 

 六角形を描く七連続攻撃ソードスキル《ローカス・ヘクセドラ》。それが先程のものとほとんど時間を空けずに炸裂したところで、神の力を宿した神聖盾に、亀裂が走る。

 

「ッ!!!」

 

 その光景は遠くから二人を見ている攻略組の者達の目にも映っていた。神聖剣という名のスキルによって決して割れる事のなかった無敵の防御力を誇っていた盾が悲鳴を上げて、亀裂を走らせている。――神聖剣の防御が、崩されようとしている!

 

「この私を、打ち負かすつもりかッ!!」

 

 それを誰よりも早く視認していた創造主ヒースクリフが思わず声を出すと、すぐさま答えが返ってきた。

 

「あぁそうだとも! それが俺達の目的、最後の使命だからな!!」

 

 黒の剣士の言葉が出された直後、その両手に握られる聖剣と黒銀剣が赤紫色の光に包み込まれ、それを爆発させるように黒の剣士は振るい、狼竜が同じタイミングで舞を踊るかのように角と爪、そして尻尾を振るう。

 

 高威力の十六連撃を放つ二刀流ソードスキル《ナイトメア・レイン》の十四発目が決まったその時に、神を守っていた盾の亀裂が全体に広がり、悲鳴のような音を鳴り響く。それを聞いて歓声に近しい声を攻略組が上げる中、ユイが叫ぶ。

 

 

「パパの攻撃が……パパとおねえさんの剣が、ヒースクリフの防御を、神聖剣を突き破りますッ!!!」

 

 

 次の瞬間に、最後の斬り上げ二連撃が炸裂すると、創造神の体勢が大きく崩され――神聖なる盾はその腕から外れて宙を舞い、やがて使命を終えたかのように水色の硝子片へと爆散した。

 

「……ッ」

 

 神は完全に驚愕した。神聖剣の防御は、どんな攻撃を連続で受け続けたとしても破れないように出来ていた。そういうふうに、作り込まれていたはずだった。なのに、この目の前の少年は、それを超越して見せた。

 

 その少年は今、最後の攻撃を放とうとしているかのような体勢を取っており、少年を中心に激しい光が竜巻のように渦巻いて上空へ立ち上っている。その両手に握られた剣は、白金色の激しい閃光を放っていた。その姿を見るや否、仲間達から絶叫が上がる。

 

「「「いっけええええええええええええッ!!!」」」

 

 リズベットとシリカとフィリアが一斉に叫び、

 

「「「キリト、やれえええええええええッ!!!」」」

 

 クラインとエギルとディアベルが汗を散らしながら叫び、

 

「「「やっちゃえええええええええええッ!!!」」」

 

 リーファとユウキとストレアが声を合わせて叫び、

 

「キリト君――――――――――ッ!!!」

 

「パパ――――――――――――ッ!!!」

 

 アスナとユイが同刻に叫び、最後にシノンが一気に叫んだ。

 

 

「いっけぇぇぇぇ和人―――――――――――ッ!!!」

 

 

「うぉおおおおあああああああああああ――――――ッ!!!」

 

 全ての声援を力として受け取ったかのように、黒の剣士は咆哮しながら、白金色の閃光を爆発させる。両手の剣を何度も交互に振り回し、右方向、左方向、上方向、下方向から超高速で、完全に隙だらけとなった神の身体へ斬撃と叩き込む。その際に夜空の星のような火花が散り、銀河を思わせる青と緑の衝撃波が巻き起こって床が吹き飛ぶ。

 

 神の生命力を示すHP。先程まで全回復されていて、尚且つ無敵であったはずの盾に守られていたそれは、盾を失った途端、少年の剣によって瞬く間に減少し、危険を示す赤に変色する量へと突入する。

 

 少年の剣に斬り刻まれる中、神はじっと少年を見つめていた。自分の身体を斬り刻む存在だと言うのに、敵意が全く抱けず、不思議な安堵感が代わりに抱かれていた。まるで、この時を無意識のうちに待っていたかのようだった。

 

 そして一旦少年の動きが止まった時、神は少年を見つめ直したが、そこで気付いた。

 

 

「……あ」

 

 

 いや違う。少年だけではない。何かの姿が重なっている。少年に重なって、少年ではない存在が剣を構えている。それは金色の長い髪の毛に紅い目をした、十歳前後の少女だった。

 

 その少女は自分がこの世界を作り出してから最初に生み出した生命であり、唯一無二の、娘と呼べる存在。自分の事を、慕ってくれた子供とほとんど同じ姿をしていた。いや、完全に同じ姿だった。

 

 少女は今、少年と重なって剣を構えている。最後の一撃を、振るおうとしている。止めを刺されようとしているはずなのに、神の胸の中には安堵しかない。

 

 少年の話によれば、少女は暴走する父親を止めたいがためだけに、このアインクラッドという城を登って来て、ここまで辿り着いたらしく、その過程で少女は何度も壊れかけたり、死にかけたりしたらしい。

 

 今この胸の中にある安堵の正体は、そんな少女の願いが叶う事へのものなのかもしれない。

 

 

 ようやく、我が娘の純粋なる願いが、叶う。

 

 これを喜び、安堵しない父親が、どこにいると言うのだ。

 

 

 

「終わりだ、アキヒコ」

 

 

 

 金色の少女と重なりながら、黒の剣士は最後の六連撃を放った。上から下へ両手を振り下ろし、そのまま回転しながら二回切り払い、神のHPを数ドットにする。そして、右手の聖剣を、弱り切った神へと振り下ろした。

 

 二刀流ソードスキル秘奥義《ネビュラレイド・エンプレス》。

 

 剣の神たる《女帝龍》を倒し、その力を継承された存在だけが発動させる事を許される最終奥義が炸裂しきり、最後の一撃が打ち付けられると、創造神の身体は暴風に吹かれたかのように紅玉宮の奥へと飛んでいき、この城を治める存在が腰を掛けるために用意された、深紅の玉座に激突した。

 

 轟音も土煙もなく、創造神は玉座に落ちると、そのまま動かなくなり――水色の硝子片となって爆散した。

 

 しかし、すぐさまその中より、聖騎士ヒースクリフではない存在が姿を現す。

 

 それは、白いシャツにネクタイを締めて、医者のような長い白衣を羽織って、線の細い鋭角的な顔立ちの、男だった。

 

 

 




最後の戦闘が、終わる。

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