キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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―アインクラッド 02―
01:迷いの森へ


 2024年 1月5日

 

 俺とシノン、リランの三人は街の方で行われていたアインクラッドの新年祭に参加せず、ログハウスで静かに過ごしていた。シノンの方は十二月三十日で目標の50層に辿り着き、三十一日は朝から昼時まで五十一層の敵でレベリングを行い、レベルを二つほど上げた。ついでに俺もレベリングを行い、レベルを七十八まで上昇させた。同時に、リランもだ。

 

 レベルは少し低いかもしれないけれど、シノンの戦闘技術はもはや攻略組に匹敵するほどのものとなり、次回のボス戦から攻略組に参加して戦う事になった。シノンは十分に強いからそれくらいやってもいいんじゃないかという気になっていたから、丁度よかった。

 

 色んな事を話し合って、決めた後に正月が来て、俺達は攻略を休んで、しばらく二十二層でゆっくりしていたのだが、元旦の翌日に街へ出かけたところ、大晦日にボス戦攻略が終了し、五十二層の街が解放されたという報せが来ていた。

 

 ラストアタッカーは血盟騎士団のアスナ。攻略の鬼と呼ばれるアスナが、大晦日も休まずに血盟騎士団を率いてボス戦に挑み、ボスを倒したそうだ。アスナはそのまま次の層のボス戦もやろうとしたそうだけど、他の者達に止められて、攻略を一旦停止したという。

 

 新聞のような形の情報記事に書かれているアスナの名前を見たところ、リランが反応を示して、何やら気難しそうな顔をした。アスナが気になるのかと尋ねてみても、《お前が過去を話さないのと同じだ。話したくなったら話す》と言って跳ね除ける一方で、何も答えてくれなかった。

 

 

 何がともあれ、次のボス戦は五十二層。

 五十二層のボスが、シノンが初めて相手にするボスになるだろう。何が起きるかわからないから、十分に気を付けて行かないとと、俺は思っていた。

 

 しかし、その3日後である1月3日にもう一度街に出たところ、またボスが倒されたという報せが入って来ていた。確認してみたところ、聖竜連合でも血盟騎士団でもない小規模ギルドが、ボスを倒して次の街を解放したらしい。

 

 このアインクラッドにはディアベルが率いる聖竜連合、ヒースクリフが率いる血盟騎士団、シンカーというプレイヤーが率いるアインクラッド解放軍という三つのギルド勢力が存在しており、攻略をするプレイヤーのほとんどがこれのどれかに所属しているのだけれど、クラインが率いる風林火山のような、三大勢力のどれにも属さない、小規模ギルドも多少存在している。

 

 そういう人達は、三大勢力が時に驚くくらいに実力が高かったりして、三大勢力が何もしてない間にボスを倒す事もあるから、今回もそのパターンだろう。

 

 しかし、そういうギルドはあまり情報屋の情報に乗ったりしないため、あまり明るみに出る事はないし、何よりそういう人達は情報を公開される事をあまりよく思っていない。

 

 だからボスを倒したとしても、聖竜連合や血盟騎士団、軍のようにその名が報じられたりする事は、そんなにない。

 

 

 そんな話を聞いて、シノンは俺に、「この人達もギルドを作ったりしてるんだから、あんたもギルドを作ったらどうなのよ」と言って来たけれど、俺はそんな事はできないと言って断った。

 

 ギルドを率いる人達は団員を纏める、一種のカリスマや指揮力を持っているからああいう事ができるのだけれど、俺にはギルドの経営者になれるほどのカリスマも、団員を混乱させる事なく動かす指揮力もない。それにずっと少人数で戦って来たから、ずっとそれを続けて行きたいと言ってみたところ、シノンは少し腑に落ちない様子を見せながらも頷いた。

 

 

 しかし、「俺だってアインクラッドに閉じ込められたみんなを解放してやりたいと思っていないわけではないから、勿論攻略は進める」と言ってみると、シノンは納得したような顔をして頷いてくれた。みんなが動いているからと言って、動かなくていいわけがない。

 

 正月が終わったら、シノンのレベリングも行いつつ攻略を進める。そう決めて5日を迎え、攻略に出かけるためにログハウスを出ようとしたその時に、いきなりログハウスの中にノックの音が響いてきた。

 

 

「おい、黒の剣士さん、いるんだろう!?」

 

 

 慌てた男の声色だった。黒の剣士というのは、黒ずくめの服装をしていて、とても強いという特徴の元、つけられた俺のあだ名のようなものだ。

 

 見知らぬ男の声に反応して、リランが俺の肩に乗り、毛を逆立てた。

 

 

《気を付けろキリト。お前を狙いに来たのかもしれん》

 

「そんな声色じゃない。でも用心するに越した事はないな。リランは入ってきた奴に《声》をかけないで、俺とシノンにだけ《声》をかけてくれ」

 

 

 そう言ってリランとシノンに警戒を促しつつ、扉を開いてみると、そこにはいかにも声の通りと言うべきの、少しやせつつも背が高く、貧相な鎧を着こんだ男性プレイヤーの姿があった。兜を装備していないため、頭部が全て露出していたが、その顔色はどこか青白かった。……相当な恐怖を感じた時の、プレイヤーの顔だ。

 

 

「俺が黒の剣士だが……どうしたんだよあんた。顔が真っ青だぜ」

 

「た、頼む。俺の仲間の仇を、ギルドの仲間の仇を取ってくれ」

 

「ギルドの仲間の、仇? 待てよ、話が読めない。一体何があったから、そんな事を言い出しているんだ」

 

 

 青白い顔の男は事情を説明してくれた。何でも、この男はシルバーフラグスという5人の小規模ギルドのリーダーであり、攻略組に追いつくべく、元旦早々38層でレベリングをしていたところ、タイタンズハンドと呼ばれる《犯罪者ギルド》の襲撃に会い、仲間を全て殺されてしまったらしい。ここまで聞いて、シノンが驚いたように言う。

 

 

「そんな……プレイヤーがプレイヤーを殺したっていうの」

 

「言い忘れてたけれど、ここではそんなに珍しい話じゃないんだ。プレイヤーがプレイヤーを殺害するなんて事は。そう言う事をした連中は犯罪者ギルドって言われるようになるんだが……この人は、それにやられたんだ……」

 

 

 しかし、タイタンズハンドなどという名前をギルドは聞いた事が無い。恐らく聖竜連合や血盟騎士団の影に隠れて、暗殺活動を行っているような汚い連中だろう。小規模ギルドならば、大規模ギルドの事しか情報が公開されない事を良い事に、好き勝手できてしまう事さえあるのだから。

 

「仲間を殺されたのはきついな。それで、俺にどうしろって」

 

 

 青白い顔の男の目に、涙が浮かんだ。

 

 

「お願いだ……そいつらを全員とっ捕まえて……牢獄に入れてほしいんだ」

 

《仲間を殺されたのに、犯人を牢獄に入れるのか。何故殺そうとしないのだ》

 

 

 リランの《声》を代弁するように、男に俺は言う。

 

 

「仲間を殺されたんだろ。殺さなくていいのか」

 

「殺さなくていいんだ。この世界で死ねば、本当に死んじまう。だから、仲間は殺されちまったけれど、そいつらの事は殺さないでほしいんだ。牢獄に入れるだけでいいんだ。

 頼むよ黒の剣士さん……最前線にいる攻略組に朝から晩まで頼んでも、誰も受けてくれなくて……情報屋の情報を頼って、あんたのところに辿り着いたんだ。お願いだ、仲間の仇を取ってくれ、お礼ならいくらでもあげるからよぉ!」

 

 

 ついに泣き出した男は、俺の肩を弱弱しく両手で掴んだ。それだけで、この男が震えている事がわかるし、涙が流れだしている男の瞳は揺らいでいた。

 

 だけど、復讐したいと伝えている色は浮かんでおらず、寧ろ優しい光が瞬いているように見えた。

 

 この男は、優しい奴なんだ。優しいからこそ、犯人を殺さずに牢獄に入れてくれと言っている。そのタイタンズハンドとか言う犯罪者ギルドは、こいつの仲間をこいつの目の前で殺して、この男の心を踏みにじったんだ。

 

 そう考えると、その犯罪者ギルドの事が許せなくなってきた。いや、犯罪者ギルドは殺人を行うならず者の集まりだから、許せないのは元からだが。

 

 

「わかった。その依頼を受けてやる」

 

 

 俺の宣言に、シノンが驚いた。

 

 

「本当なの、キリト。本当に、犯罪者ギルドと戦うの」

 

 

 シノンの言葉に答えを返すよりも先に、男が懐に手を入れて、俺に差し出してきた。青い色の結晶。これは回廊結晶だ。

 

 

「依頼を受けてくれるんなら、これをそいつらに使ってくれ。俺が全財産をはたいて買った、回廊結晶だ。出口は牢獄に繋がってる」

 

 

 思わず、目を見開いてしまった。この青色に輝く結晶状アイテムがこの男の全財産。そして行先は黒鉄宮の牢獄。

 

 やはりこの男は、犯罪者ギルドの連中を殺そうとは考えなかったんだ。もし少しでもそういう事を考えたなら、ここに回廊結晶はなく、男は更なる強い装備を身に着けて、タイタンズハンドとか言う犯罪者ギルドを襲っていたはずだから。

 

 

「わかったよ。こいつを使って、犯人達を牢獄送りにしてやればいいんだな。あんたの望み、叶えてやるよ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

 男は俺から手を離して、土下座するように礼を言った。この男にここまでやらせなければならないような事情を作ったような連中は、即座に捕まえねば。でないと、更なる悪事を繰り返し、周りのプレイヤー達に危害を加えかねない。

 

 だから早急にこの依頼を達成して、牢獄にぶち込んでやるべきだが――。

 

 

「それはいいんだけど……そいつらは一体どこにいるんだ。あんたが襲われたのは38層だよな?」

 

「そうだけど……実はどこにいるかまでは付き止められなかったんだ。仲間がチャンスを作ってくれて、俺はその隙に脱出したから……あいつらがどこにいるのなんて……わからないんだぁ……」

 

 

 男の言葉を聞いて、リランが(しか)め面をする。

 

 

《どうするのだ。どこにいるのかがわからなければ、付き止めようもないし、牢獄へぶち込み様もないぞ》

 

 

 リランと一緒に困ろうとしたその時に、男は何かを思い出したような顔をして、声を上げた。

 

 

「そ、そうだ。ロザリアっていう女だ。あいつがいい稼ぎ場所があるって言って俺達のギルドに突然加わって、その女に導かれるまま行ってみたら、襲われたんだ。しかも、俺達が持ってたレアアイテムとかも全部取りやがって……」

 

「ロザリアだって? その人はグリーンプレイヤーだったのか?」

 

「あぁそうだ。でもあいつは、グリーンプレイヤーの皮を被ったオレンジプレイヤーだ! あいつが、あいつのせいで……」

 

 

 犯罪者ギルドと言っても全員が犯罪者プレイヤーであるわけじゃない。中には、グリーンメンバーが街で獲物となるプレイヤーを探し、パーティを組み、待ち伏せポイントに移動させて、仲間の犯罪者プレイヤーで袋叩きにして殺すという卑劣な手段を取る事もある。多分そのロザリアというプレイヤーもそのクチだろう。

 

 だが、名前がわかっているのが幸いだった。プレイヤーの名前さえわかれば、街のプレイヤー達等に聞き込みをして、見つけ出す事もできない事もない。それにそのロザリアというプレイヤーは、これまで何回も獲物を見つけるために街に出没しているはずだから、見つけるのも難しくはないはず。

 

 

「名前を知っていてくれてありがとう。ロザリアとその仲間達を見つけ出して捕まえ、黒鉄宮の牢獄の中に送り込んでやる」

 

「いいえこちらこそ……お願いします……!!」

 

 

 男はもう一度土下座をしてみせたが、俺はすぐに顔を上げてくれと言って、男を立ち上がらせた。その後に、特に何も言わずに話を聞いていたシノンに声をかけた。

 

 

「シノン、リランを連れて行って来るけれど……一人でレベリングできるか?」

 

「問題ない。あんただって今まで一人で戦ってたんだから、私だって一人で戦う事くらいできる。でも、万が一何かあると拙いから、ちょっと低いところで修行させてもらう。45層以降にはいかないつもりだから、安心して行って来て」

 

 

 出会った頃とは比べ物にならないくらいに強くなったシノンの瞳に蓄えられた光は、心強さと信頼を与えるものに代わっていた。今のシノンならば、一人になっても戦えるだろう。

 

 一人にしてしまうのはちょっと気が引けるけれど、流石にオレンジギルドという凶悪な集団との戦いに巻き込むわけにはいかない。それに、彼女の目当てのものである経験値も、オレンジギルドが相手では手に入らないから、シノンには別なところで修行させておくべきだ。

 

 

「心強いな。やっぱトレーニングとレベリングしたから、余裕が違うね」

 

「私の方は大丈夫だけれど……あんたの方は本当に大丈夫なの。オレンジギルドと戦うとなると、下手すればモンスターと戦うより危ないんじゃ……」

 

「大丈夫さ。リランもいるし、それにタイタンズハンドとかいう連中が攻略組より強い連中だとも思えない。どうって事なく終わるよ」

 

 

 出会った頃には見せる事のなかった、心配の表情を顔に浮かべているシノンに、リランが《声》をかける。

 

 

《心配するな。いざとなれば『人竜一体』して蹴散らせばいいし、それでも止まらぬようならば……地獄で鬼に許しを乞わせる事としよう》

 

「地獄で鬼って、怖い事言うわね。でも、リランがいるなら大丈夫そうね。レベリングのついでに色んな街を廻ったり、料理のスキルアップとかもやっておくつもりだから」

 

 

 シノンの料理という言葉に思わず反応を示してしまう。レベリングと休みの間にシノンが作ってくれた料理はどれも絶品で、俺もリランも夢中でがっついてしまうような代物だった。それのレベルアップバージョンが依頼を終わった後に待っていると考えたら、頑張らざるを得ない。

 

 

「よし、ちょっと張り切ろうか。でも、ロザリアを見つけるのは時間がかかりそうだから、仲間の仇が打てるのは結構後になるかもしれない。それで大丈夫か」

 

「大丈夫です。やってくださるだけで、十分です!」

 

 

 懇願する男に俺は「街まで一緒に行こう」と、シノンには「何かあったらメッセージで頼む」と伝えた後に、レベルアップによる数値上昇で使えるようになった50層ボスのドロップアイテム、《エリュシデータ》とコート状防具《アンダーエージェント》を装備して、いかにも黒の剣士と呼ばれそうな服装になった後に、男とリランを連れて小さな村のような規模である二十二層の街へ行き、男を三十五層の街へ送り届けた。

 

 そして、情報を集めるべく三十五層の街を歩き始めたが、相手はたった一人のプレイヤーであるため、情報を集める事さえも難しそうだ。街行くプレイヤーを見たって、男女ともにたくさんいるし、どれがどれなのかわからなくなりそうになる。

 

 

「さてと、情報収集開始だが……どこから攻めるべきか」

 

《ロザリアという女か。それだけの情報で見つけるのは困難であろうな。情報屋に何か手がかりがあるかもしれぬから、頼ってみる価値はある》

 

「じゃあひとまず情報屋のところに行ってみよう」

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 

 どうせロザリアの情報なんかないと思って、情報屋を尋ねてみたところ、その情報の中に驚くべきものがあった。この層に、シリカという有名人プレイヤーが来ており、そのシリカとパーティを組んだプレイヤーの中に、ロザリアという人物がいたそうだ。

 

 シリカというプレイヤーが有名人である事はその時初めて知ったんだけれど、もっと驚くべき事は、その人が俺と同じ《ビーストテイマー》であるという事だ。

 

 そしてあの男によると、ロザリアは獲物としたプレイヤーを付け狙うタイプの犯罪者プレイヤー。有名人、しかも《ビーストテイマー》であるシリカなど、格好の獲物と考えるに違いない。

 

 シリカに接触する事ができれば、ロザリアの情報、もしくはロザリア自身に遭遇する事ができるかもしれないし、依頼からは外れるけれど、俺以外の《ビーストテイマー》の話を聞く事だってできるかもしれない。

 

 そう考えた俺はリランを連れて、三十五層北部に広がる迷いの森に踏み込んだ。この森は攻略組ではない中級者達がレベリングやアイテム探しを行うのに最適な場所と呼ばれている。だけど、俺とリランにとっては、そんな事よりも重大な思い出が、ここにはある。

 

 

「ここだったな、リランと出会った森は」

 

 

 俺の声にリランが穏やかな表情を顔に浮かべた。

 

 

《そうであったな。去年の12月に、お前とここで出会ったのだった。といっても、まだ1月の5日だ。まだ出会ってそんなに経っていない》

 

 

 リランと出会った時は驚きの連続だった。いきなり見た事が無いドラゴンが出てきて、戦闘体勢を取ったら何もしてこなくて、逆に攻撃を仕掛けてみればいきなりぶっ倒れて、喋り出して、腹が減ってるから何か寄越せとか言って来て、アイテムをあげたら進化して、そして俺の《使い魔》になるとか言い出して、俺は《ビーストテイマー》になって……。

 

 とにかくこいつと出会った時は、これまで想定してなかった事がたくさん起こってわけがわからなくなった。それでも、あの時リランにレアアイテムを投げた事や、《ビーストテイマー》になった事を後悔してはいない。

 

 

「まさかこんなに頼もしい奴が仲間になってくれるなんて、思ってもみなかったさ。そういえばリラン、記憶の方はどうだ。何か思い出せたか」

 

 

 隣の狼竜はどすどすと歩きつつ、首を横に振った。その顔に注目してみれば、曇り空を思わせるかのような困った表情が浮かべられている。

 

 

《駄目だな。何も重要な事は思い出せておらぬ。姿は二度も変わり、強くはなったが……記憶の方は全くと言っていいほど進展がない。強いて言えば、お前達の話している事が進化する度にわかるようになったような……そんな感じだな》

 

「なんだって。俺達の言っている事がわかるって事は、マニュアルだとか、ソードスキルだとか……そういうのがわかるって事なのか」

 

《あぁ。何故かは知らないが、そういうのが近頃わかるようになってきたのだ。お前達と共に生活をしているせいなのかもしれないが……やはり我には何か重要な記憶というものがあるらしい》

 

 

 リランは言葉達者に喋り、俺達の言葉や会話を理解したうえで喋っているようなそぶりをいつも見せているけれど、リランは結局はこの世界の住人であり、NPCでしかない。NPCでしかないという事は、AIなのだけれど、こいつはまるで心を持っているかのように自分で考えて言葉を発しているようにしか思えない。

 

 この世界のAIは本来、設定された数多のパターンに従って言葉を返していており、そのおかげで、まるで心を持って生きているかのように喋る事ができる。だけど、元々はパターンに従って喋っているだけであって、考えたり、心を持っているわけじゃない。だから12月の末に閃光のアスナが言っていた、「この世界の住人に心はない」という言葉は正しい。

 

 

 リランもその一つでしかないはずなのに、リランはまるで本当に心を持っているかのように考え、悩み、そして答えを出しているかのように喋る。俺達の心も、言葉も理解したうえで、会話をしているようにしか思えない。

 

 これはリランが仲間になってくれた時からずっと気になっている事柄なんだけど、この答えはいつ見つかるのだろうか。そしてリランの失った記憶というのは、一体何なのか。本当に気になる事だらけで、是非とも解き明かしていきたい。

 

 

「まぁ、お前の記憶は俺も気になってるから、いずれ見つけるとして……お前は死んでも一応は大丈夫になったぞ、リラン」

 

《何を言っているのだ。我は死なないぞ》

 

「いや、お前にも生命力ってものはあるんだから、それがなくなれば死んじゃうんだ。だけど、どうやら《使い魔》蘇生アイテムという物が存在しているらしくてさ。それをお前が死んだ三日後に使えば、お前を生き返らせる事ができるみたいだ」

 

《我は死なぬと言っておるのに。その情報は先程の情報屋で見つけたのか? 何やら興味深そうに読んでいるように見えたが》

 

 

 そのとおりだ。ロザリアの情報を探している最中に、《ビーストテイマー》への情報っていうのが先に目に止まって、夢中で読んでしまった。そしたら、プネウマの花という名の《使い魔》蘇生アイテムが、47層の思い出の丘ってところで手に入る事はわかった。

 

 この事を話してやると、リランは納得したように頷いた。

 

 

《なるほど。ならばそのアイテムは手に入れておくべきなのではないか。今後我の身に何も起こらないという保証はないだろう》

 

「そうだな。これからの戦いはもっと厳しいものになるだろうし……万が一お前がやられた時の事も考えて、ロザリアを牢獄に入れた後にでも行ってみよう。それにあそこは……シノンが喜びそうな場所だ」

 

《なに。それはどういう……》

 

 

 その時、リランは途中で言葉を区切って、森の奥の方へ顔を向けた。その表情は何かを伺うようなものに近い。

 

 

「どうしたんだ、リラン」

 

《……森の奥から気配を感じる。お前達同じプレイヤーだ。それに、我と同じモンスターの気配も一緒に感じる。プレイヤーの数は1に対しモンスターの数は3。そして、モンスターはかなり強いもののようだ》

 

 

 まるで索敵スキルを使ったかのような報告に、俺は思わず目を見開いたけれど、すぐさまそんな事をしている場合じゃないと気付いた。プレイヤーの数1に対してモンスターの数は3。モンスターが雑魚ならどうって事ないけれど、モンスターの気配が強い物の気配とあるならば、そのプレイヤーが遭遇している敵はこの層で最も強い敵であるドランクエイプだ。

 

 

「それって、かなり危機的な状態じゃないか!?」

 

《違いない。我が背に乗れキリト。プレイヤーに死んでほしくないと思っておるならば、助けるぞ! ……オレンジプレイヤーかもしれぬが!》

 

「そいつが悪人かどうかの確認は後でいい! ひとまず助ける!」

 

 

 俺はジャンプしてリランの背に飛び乗った。ボス戦では「人竜一体ゲージ」を溜める事でできるようになるけれど、ここはただのフィールドだから「人竜一体ゲージ」を溜めなくてもできる。リランの背に跨り、しっかりと掴まったと同時にリランは地面を蹴り、筋肉を激しく動かしながら一気に走り始めた。

 

 耳元に風を切るびゅうびゅうと言う音が鳴り響き、身体が激しく揺らされる。辺りを見回せば、いくつもの大木が通り過ぎて行く。リランの走る速度はプレイヤーの全力疾走の何倍も早く、尚且つその身のこなしは軽かった。その証拠に、先程から一度も気に激突したりしていない。

 

 まるで現実世界のジェットコースターに乗っているかのような錯覚を覚えたその時に、リランは《声》を上げた。

 

 

《見つけたぞキリト! 100メートル前方に猿人が3匹、その奥にプレイヤーが1人いる! 見たところ危機的状況だ!》

 

 

 言われるまま風に耐え、前方に目を向けてみると、本当にリランの言っているとおり、3匹のドランクエイプと1人のプレイヤーの姿が確認できた。

 

 プレイヤーは追い詰められているのか、地面に座り込んで動いていないように見える。そして、ドランクエイプ達はその手に持っている棍棒で、プレイヤーを叩き潰そうとしている。あのままじゃ、やられる。

 

 

「リラン、ブレス攻撃であいつらを吹っ飛ばせ!!」

 

 

 思わず指示を送ると、リランはその口を大きく開き、身体の奥から炎を迸らせて、火球を三つ発射した。三つの火球は空気を切り裂きながら猛スピードで直進し、すぐさまドランクエイプ達の背中に直撃、爆発。

 

 今まさに追い詰めたプレイヤーに殴りかかろうとしていた3匹の猿人は爆炎に呑み込まれて、ポリゴン片となって爆散した。それのほぼ直後に、リランは猿人達に襲われていたプレイヤーの元に辿り着き、俺はすぐさまリランから飛び降りて、地面に座り込んだまま動かないプレイヤーに近付いた。

 

 ――黄色を基調とした鎧服を着て、明るい茶色の髪の毛を、赤い髪留めで短いツインテールにしている、赤茶色の瞳の女の子だった。

 


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