キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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現実世界にて。色々と発覚。


25:現実世界

 俺達は無事に、ソードアート・オンラインというゲームを終えることに成功し、現実世界へと舞い戻る事が出来た。直葉の言っていた通り、SAOに閉じ込められている間、俺達は病院へと搬送されており、病室でログインを果たしている事になっていた。

 

 栄養などを点滴などで与えられていたため問題はなかったのだが、やはり身体は痩せ衰えていて、すぐさま動き出す事など出来ず、一ヶ月ほど入院する羽目になってしまった。

 

 俺は元から病院に通う事など無かったし、これまで入院なんてした事が無かったため、入院生活というものは非常に不自由で、退屈で、食事も不味いという最悪の三点セットの揃ったものであると思い知る事になった。

 

 しかし、また手を取り合って戦い合った仲間達に会う事が出来るという非常にはっきりとした喜びと目標があったため、あまりどれも苦にはならず、続ける事が出来、僅か二週間で退院したのだが、今度はリハビリのために病院を移る事になった――のだが、そこで俺は、奇跡が起きたと思った。

 

 俺がリハビリのために搬送された病院というのは、東京都千代田区御茶ノ水の都立病院。そう、芹澤が勤めていて、詩乃が入院している病院だったのだ。その名を聞いた俺は飛んで驚き、その病院に移されるや否、担当看護婦に精神科医の芹澤愛莉と、患者である朝田詩乃との面会を頼んだ。

 

 やはり、その名は病院の中に存在しており、すぐに彼女達に連絡が言った。そして二日目のリハビリを終えたその時に――俺と詩乃は再会を果たした。

 

 同時に芹澤とも再会する事が出来たのだが、俺と詩乃は俺の担当看護婦である安岐(あき)と、担当専門医芹澤をそっちのけて大喜び。あまりの感動に泣きながら喜び合うものだから、当然安岐は混乱してしまったけれど、そこにすかさず芹澤が説明を加えてくれたおかげで、すぐさま混乱は鎮圧された。

 

 

 そして詩乃。

 

 詩乃はメディキュボイドを使っている間、医師達によって全身に負担と運動を加えられていたらしく、ログアウトを果たしてからリハビリ無しですぐさま動き出す事が出来たんだそうだ。ちなみにそれは芹澤も同じで、SAOから帰還して早々仕事に復帰したらしい。

 

 しかし、やはり一年近くSAOに囚われていたためか、詩乃は色々な検査や対策チームからの聞き込みなどで、すぐさま元の生活に戻る事は出来なくて、ずっと病院で暮らしていたらしい。

 

 その後は、俺のリハビリを手伝いたいと詩乃は志願。当然安岐はそれを拒んだが、そこに俺と芹澤が加わって説得。

 

 俺からの話はあまり効果が無かったようだが、病院の精神科医主任である芹澤が説得したところで、安岐は呑み込んでくれて、詩乃が安岐と一緒に俺のリハビリを手伝ってくれるようになった。

 

 俺は詩乃がすぐ傍にいてくれて、その温もりをまた感じる事が出来ると言う事に歓喜しながらリハビリに励んだ。流石に病院の中であるため、恋愛行為に及ぶ事は出来なかったものの、詩乃とまた会えて、こうして触れられる事だけで、俺の活力はすぐさま満たされて、どんなに辛いリハビリにも耐えられた。

 

 

 そんなリハビリ生活は、詩乃の協力もあってか一ヶ月で終了。俺は詩乃と一旦別れて自宅に帰った。

 

 久しぶりの我が家に入り込んで、そこにある、パソコンやプリンタ、簡易サーバー、ベッド、机のある自分の部屋を見た途端、そこで俺は随分と変な気に襲われた。

 

 そこは確かに俺の自宅で、ようやく帰るべきところに帰ってきて、強い安堵感を覚える事が出来るのに、もう向こうの世界には行けないという虚無感も同時に覚えたのだ。それらが複雑に混ざり合い、その変な気を起こしたのだった。

 

 一方俺と同じようにSAOに囚われていた直葉は、俺よりも遥かに早く退院して、俺が帰って来る日を心待ちにしていた。そして俺の帰還を迎えた直葉は早速俺に夕食を作って、振る舞ってくれた。その時、妹の料理のスキルが桁外れに上がっていた事に俺は気付いて、驚きながらもがっついてしまった。

 

 

 だが、俺はその時にも、いや、もしかしたらリハビリの時もだろう、ずっと同じ事を考えていた。それは事件解決後に俺を尋ねてきたSAO対策チームの一人、菊岡という人間から聞いた話だった。

 

 ソードアート・オンライン。

 そこでゲームオーバーになったプレイヤーは現実でも死を迎えてしまうデスゲーム……それを作り出した茅場晶彦は凶悪な犯罪者として知れ渡っていた。だが、その菊岡の話によると、茅場は長野県の山荘の中で見つかったそうだ。

 

 しかし、見つかった時には全身に様々なコネクタを繋いだ状態で既に死んでおり、話を聞く事なんて出来やしなかったが、茅場は死したままナーヴギアを被っていた。そこに残されたログを閲覧したところ、茅場は自らの大脳に超高出力のスキャニングを行って、脳を焼切って死んだというのがわかったそうだ。

 

 だが不思議なのは、それが行われた日にちだ。死亡推定時刻とゲームクリアの時刻から逆算すると、100層での戦いよりもずっと前、75層で須郷にクラッキングを仕掛けられて封印された日と合致したのだ。

 

 そうすると、俺と戦い、俺とリランの手で仕留めた茅場は茅場本人だったのかという疑問が生じた。この事を、一日のリハビリを終えた後に、かつて茅場の部下であった芹澤に話してみたところ、

 

「茅場さんは自らの意識や記憶の全てをネットワーク世界に移植して、不要な身体を捨てたんだろう。リランやユピテルたちと同じような存在、所謂聖霊となって今も尚どこかに存在しているに違いない」

 

 という、普通では考えられないような答えが返ってきたが、俺はその内容にひどく納得していた。SAOなんていう世界そのものと、リランとユピテルなんて言うネットワーク世界の生命体を生み出した茅場ならば、そのくらい平然とやってしまえると思ったからだ。

 

 今も尚、茅場はネットワーク世界という名の海に居て、クジラやイルカのように悠然と泳いでいる――そんな気がした。

 

 

 そして、《壊り逃げ男》ことアルベリヒ/須郷伸之。

 須郷もまた、あの世界の法則に逆らう事は出来ず、レクトの研究室で脳死体となって発見されていたそうだ。あれだけ散々やらかして、プレイヤー達を弄んだ悪鬼とも呼べる男の死――それを聞いたと言うのに、俺の心は晴れなかった。

 

 須郷は、死に際に《ハンニバル》という名の不明な存在に助けを求め、俺達に自身が《ハンニバル》の掌の上で踊らされていた哀れな存在であった事を無自覚の内に教えた。それを聞いてしまったためか、あいつもまた《ハンニバル》の被害者だったと思えるようになり、いい気味だとは思えなかったのだ。

 

 なお、レクトの社長令嬢――すなわちアスナにより、須郷こそが《壊り逃げ男》であったという事実を公表せよと言う指令があったのだが、日本全国、世界中を騒がせた《壊り逃げ男》がレクトから出てたなんて事が知れ渡れば、レクトがとんでもない事になってしまうと言う事から、その指令は完全に撤去される運びになり、《壊り逃げ男》の正体は誰にも知られない事になってしまった。

 

 だが、それを教えてもらった事により、アスナもちゃんと生活出来ている事を確認でき、これを詩乃に教えると、安堵してくれたし、俺自身も安堵して、再会する日を心待ちに出来るようになった。

 

 

 

 そして、俺の退院から一ヶ月経った二月。

 

 俺は入院中に芹澤と連絡先を交換していたのだが、再びあの都立病院の芹澤より呼び出しを受けて向かう事になった。芹澤の勤める都立病院は、バスや車で行けば結構速く辿り着く事の出来る場所にあったため、行く事そのものにはほとんど難儀しなかった。

 

 移動手段を持っていなかった俺はそこを通りかかるバスに乗り込んだ。SAOにいた際には絶対に見る事が出来なかった車の群れを横目で見つつ、あの世界の物とは一切違う街並みに複雑な心境を抱きながら揺られた後に、バスを降りたところで、目の前に広がっていたのは例の都立病院。俺と詩乃が再会を果たした場所。

 

 

 丸一ヶ月以上通ったものだからすっかり慣れてしまった病院に入り込み、行き交う患者達を横目にカウンターで面会の予定を確認して、芹澤が待っている事をちゃんと把握してから、病院独特の薬剤や消臭剤の匂いの漂う長い廊下を歩き、ある部屋に通ずる扉の前で立ち止まる。上部の札には、「精神科診察室3」と書いてあった。

 

 診察室丸ごとひとつ借りて設けた面会室――その扉を軽くノックして、やってきた事を告げると、中から聞き慣れた声が聞こえてきて、俺は扉を開けた。

 

 空気に薄らと消毒の匂いが混ざっていて、ホワイトボードとそれの前にある大きなテーブルにはコンピュータが置かれており、部屋の中央には医師と患者が対面するテーブルと椅子が二つ置かれていて、隅にはベッドが一つ設置されているという、いかにも診察室と言った風貌の部屋。すっかり見慣れた光景。

 

 その椅子――医師側に、黒い上着を着て、黒いスカートを履き、その上から白衣を羽織っている、つやつやとした長い黒髪と紅いカチューシャ、大きめの胸が特徴的な女性がいて、テーブルを挟んだ患者側には、黒いセミロングの髪の毛を、もみあげの辺りでまとめているという特徴的な髪形をしていて、肩の出る薄緑色のセーター質の服を着て、眼鏡をかけている少女が座っており、二人は俺が来るなり同時に顔を向けてきて、俺は少女の方に向き直って驚く。

 

「あれ、詩乃!」

 

 その少女は他でもない、朝田詩乃その人。向こうの世界で結婚するまでの仲となって、俺の生涯の伴侶となってくれたたった一人の人。まさかその詩乃まで呼ばれているとは思ってもみず、驚いてしまった。

 

「和人! 和人も先生に呼ばれてきたの?」

 

 詩乃よりも先に医師――芹澤愛莉(あいり)が答える。

 

「私が呼んだんだよ。君達にはお互いの事を何も話していなかったんだ。

 よく来てくれたね、和人君。さぁ、座ってくれたまえ」

 

 芹澤に言われるまま、俺は詩乃の隣の椅子に腰を掛けた。入院中に散々見はしたけれど、やはり白衣を着ているのにどこか違和感があるのが、この芹澤だ。しかし、そんな俺をそっちのけて、芹澤は口を開く。

 

「さてさてさーて。君達を呼んだのは他でもない」

 

「SAO事件の事ですか。それなら菊岡さんから再三聞かされましたけれど」

 

「いや、ただのSAO生還者(サバイバー)の事じゃないよ。詩乃の今後に関する事だ」

 

 俺は思わず詩乃を横目で見て、肝心な詩乃はぴくりと反応を示す。

 

「私の事、ですか」

 

 少し驚いているような顔をしている詩乃を見つめつつ、芹澤は話を進める。

 

「あぁ。和人君達の今後の予定はSAO対策チームの皆様方が言っていた通り、ある特殊中高一貫学校を設けて、そこに入学させられるってわけだ」

 

 今の芹澤に出て来た話は、菊岡から聞いている。俺達SAOプレイヤーはほとんどが学生であり、二年という月日をSAOに取られてしまったために、学力の低下が著しいと危惧されていたし、何より犯罪や殺人に手を染めているケースもあったために、そう言った危険人物を社会という名の野に解き放つ事になるのが最も恐れられていた。

 

 その事から、政府はサバイバーと呼ばれる生還者達のための学校を設けて、そこに隔離する事にしたのだ。しかもその学校の条件は最新鋭の設備が使える、大学入学資格が得られる、授業料は無料と、大盤振る舞い極まりなく、俺達にとっては願ったりかなったりの学校だったのだ。

 

 俺達SAO生還者はそんな政府の設けた《学校》へと、ゲーム内犯罪者などと隔たりなく、入学する運びになった。社会復帰できるようになるのだから、これを拒む学生たちはほとんどいなかったそうだ。

 

 なお、入学式は四月に行われる事になっているため、俺はまだその学校に行っていない。

 

 

「あの、それと私に何の関係が?」

 

 そこで芹澤は口角を上げて、俺の方に向き直る。

 

「喜べ二人とも。君達は学校も一緒になる。詩乃は、今言った和人君達の通う学校に、転校する事になったんだ」

 

「て、転校ですか? なんでまた? というか初耳なんですけれど……!?」

 

 驚く詩乃に芹澤は向き直り、からかうように笑む。

 

「そりゃそうさ。今君に初めて話すからね」

 

「それって、菊岡さんから直接話があるってケースなんじゃないんですか」

 

 俺の言葉を受けた芹澤が向き直りつつ、人差し指を立てる。

 

「実のところ、菊岡さんは君達だけじゃなく、私にコンタクトをしてくれてね。詩乃のこれからについては、自分よりも担当医である私からの方が聞いてくれやすいって事で、私に任せてもらってたんだ。だから、本来ならば菊岡さんがするであろう話を、私がしたわけだ」

 

 確かに、詩乃は未だに初対面の人には警戒を示す事が多いし、しかも相手が政府関係と思われる人間とあらば、かなり強い警戒心を抱く。その点から考えれば、菊岡に話してもらうよりも、芹澤に話してもらった方がいいかもしれない。

 

「それで、なんで私は転校する事になったんですか」

 

「君は確かに始まりの日からSAOにいたわけじゃないから、SAOにいた期間そのものは比較的短い。だけど、それでも君は一昨年の12月から去年の11月という、ほぼ一年もの間現実世界と離れてしまっていた。だから元居た高校に戻るよりも、SAO生還者のための学校に行った方がいいって菊岡さんが提案してくれたのさ。君に教えるのが遅れたのは、悪かったね」

 

 そこで、芹澤の顔が急に少し険しいものへと変わる。

 

「それにね、詩乃が元居た中高一貫校は……詩乃がSAOに行っている間、詩乃にとって最悪の場所へと変化してしまったんだ。そんな場所に君を戻すわけにはいかなかったからね。君に連絡しないまま親族とも相談して、手続きを進めた。春からは、和人君達と同じ学校に入学だよ。ちなみにマンションも《学校》の近くに引っ越しだ」

 

 急に言葉を区切った芹澤に、おい! と声をかけたくなった。詩乃が転校する事になったのはわかったけれど、具体的な理由を全く話していない。これでは全くと言っていいほど、納得できない!

 

「ちょ、ちょっと愛莉先生!」

 

 思わず声を荒げたその時、芹澤の鋭い眼光がこちらに向いた。

 

「その学校が詩乃の入れない場所になった理由は何かって聞きたい顔してるね」

 

「当然です! 何があったんですか!」

 

「私も知りたいです。教えてくれませんか、愛莉先生」

 

 俺だけではなく、当の本人である詩乃にも問いかけられた芹澤は、その険しい表情を軽く見つめた後に、テーブルに肘をついて、掌を頬に当てた。

 

「……和人君。君は確か、私にこう言ったよね? 詩乃と記憶を共有したって」

 

「はい。俺は詩乃を助けるために、詩乃の記憶を覗きました。それで、今に至ります」

 

「その時に、詩乃が中高一貫校の生徒だった時の記憶も見ているはずだ」

 

 あの時で、俺は詩乃が中学生になった時の記憶も把握している。詩乃の記憶はどれも見ているだけで胸を裂かれるような気持になるようなものばかりで、一番ひどかったのは小学生の時のものだったが、次の中高一貫校生になった時のそれもひどかった。

 

 特に許せなかったのは、詩乃を友達だからと言ってほぼ恐喝紛いの行為に及び、最終的に学校中にあの事件の真相をばらしまくって、本格的に恐喝に走るようになった三人の女どもだ。

 

 まだ中学生の癖にケバケバしく化粧して、詩乃が拳銃にトラウマがある事を利用して、恐喝して金を(むし)り取ろうとする不良。日本神話に出てくる醜女(しこめ)に例えてもいいような、屑共。確かリーダー格の女は、遠藤という苗字だった。

 

 あいつらを見た時には、本当に剣を抜いてその首を吹っ飛ばしてやりたくなったのを、今でもしっかり覚えている。

 

「……見ました。だから俺は詩乃を――」

 

「守ってやりたくなったんだろう。それはよくわかるよ。そのリーダー格の女子は遠藤っていうんだけれど」

 

 その名前を聞いた瞬間に、詩乃の喉元からか細い声が漏れた。目を向けてみれば、その身体が小刻みに震えているのがわかり、俺がその手を静かに握ってやると、少し強めに握り返してきた。俺は詩乃の代わりに芹澤に問う。

 

「それが、どうかしたんですか」

 

「君達のリハビリが終わって、詩乃が病院生活を続けている間に、私は暇を縫って、その学校に聞き込みに行ったんだよ。

 そしたら、去年の八月頃……80層で私達がバカンスを楽しんでた頃だったかな。その時にとある事件が起きてたんだよ」

 

「事件、ですか……?」

 

 詩乃のか細い声を耳にした芹澤はゆっくりとそこへ目を向ける。

 

「あぁ。今まで詩乃が通ってた学校の近くには、線路の上にかかっているちょっとした鉄橋があってね。そこは老朽化が進んでいたために、八月の改修工事が行われる予定の場所だったんだけれど……何か好奇心みたいなものがあったのか、遠藤とその他二人組の女子がそこへ行ってね――足を滑らせて、線路に落ちちゃったんだ。

 しかも運の悪い事に、彼女達が線路に投げ出されたのと同時に、特急列車が通りかかってね……」

 

 詩乃の顔が一気に蒼褪めて、俺の顔も一緒に蒼褪めたのがわかった。人が鉄橋から落ちて線路に投げ出され、そこに特急列車なんていう猛スピードで走る電車が来ようものならば、結果は考えないでもわかる。

 

「ま、まさか……!!」

 

「そのまさか。彼女達は、それはそれは惨い遺体になってしまったそうだ。しかも奇妙な事に、ぐちゃぐちゃの遺体となった彼女達の鞄、その財布からは中学校高学年生が持てるものとは思えないような数の諭吉さんがぎっしり詰まっていたらしくてね。――彼女達の葬式費用にあてられたそうだ」

 

 詩乃が俯き、その身体の震えが大きくなると、俺は咄嗟に横から詩乃の身体を抱き締めて、その背中を撫でる。芹澤の話は続く。

 

「そしてさらに、唯一生き残った彼女達のスマートフォンからは、大量の自撮り写真が見つかったんだ。何ともない風景を撮ったものや、列車をバックに撮ったもの、観光地を撮ったもの、実に100件以上あったそうだ。

 そこで警察は、彼女達は自撮りするために立ち入り禁止になっていた古びた鉄橋を訪れ、ぼろくなっていた手すりに寄りかかったところで手すりが折れて、そのまま線路に落下、特急列車に()ね殺されたという見解を、出したそうなんだ」

 

 一回聞いた限りでは、ただの高校生の事故の話であり、学校やその辺とは全く無関係のように思える。それと詩乃の間にどんな関係があると言うのか、そう思ったその時に、芹澤の口は再度開かれた。

 

「そこで腹立たしくなるのが、学校さ。学校の連中は遠藤が詩乃にいじめを行っていた事を知っていたけれど、彼女達が事故死したという報せを受けるや否、朝田詩乃は死神だの、詩乃が彼女達を殺しただの、これは詩乃の呪いだの、そんなふうに言い出して、詩乃を完全に化け物扱いするようになったんだそうだ。教員側もね。

 当の本人はその時SAOに閉じ込められて、クリアすべく勇ましく戦っていたというのに」

 

 そこで、芹澤や菊岡が詩乃を転校させたのと、詩乃がずっと病院で暮らしていた理由がわかった気がした。もはや元居た学校からは完全に詩乃の居場所が奪われ、詩乃を戻せる状態にはならなくなっていたのだ。だからこそ、本人にも知らせずに裏取引をして、転校を確定させたのだろう。

 

「君はわかっていると思うけれど、詩乃が巻き込まれた事件の真相は、それこそネットの最深部まで行かないとわからないようなものだ。それこそ、悪魔のような調査力が無きゃね。

 私は思うんだよ、彼女達はまるで悪魔のような調査力を以ってあの惨劇の真相を暴露した。しかしそこを()()()()()に目を付けられ、何らかの形で利用されて、命を奪われてしまったってね」

 

「あ、悪魔……?」

 

 詩乃が小さく呟いたそこで、芹澤は首を横に振る。

 

「おいおいおいおい、大丈夫だ。悪魔なんてファンタジーの世界の住人であり、実在なんかしないよ。彼女達を利用していたのは、恐らく悪魔のような人間だろうな。彼女達の持っていた中学生ではありえない数の諭吉さんっていうのも、恐らくそいつが与えた物だろう。全く、明らかにお金の使い方ってのを間違えてるよ」

 

 そこで、詩乃の口が静かに言葉を紡いだ。

 

「悪魔のような人間……ハンニバル……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で閃光が走ったような気がした。

 ハンニバル――須郷を手玉に操り、《壊り逃げ男》を生み出して日本中を混乱させた、ローマ最強の敵の名を冠する存在。もしかしたら、詩乃をいじめていた不良グループを事故死させたのは……。

 

「『人間味を持たぬ彼の者は残虐きわまりなく、ローマの者達を殺し尽くした。彼の者の名はハンニバル』――その名を冠する将軍については、多くの書籍でそう語られているね。そんなものの名前を冠するなんて、あまりいい趣味しているとは思えないな。んで、それが《壊り逃げ男》を生み出した元凶なんだっけか」

 

「はい。もしかしたらあいつらも、ハンニバルに利用されて事故死したんじゃないかって思うんですけれど……愛莉先生はどう思ってますか」

 

 赤茶色の瞳の女医は、自らの髪の毛を指先で遊び始めた。

 

「その可能性もあるっちゃあるかもだね。相手はもはや天才詐欺師として名を馳せてもいいくらいに人心掌握に手慣れている。かのSAOにて君のリランが殺害したPoHも、人心掌握や心への付け込みに長けていたそうだけど、恐らくハンニバルはそれ以上の実力者。

 

 不良である彼女達、そして須郷伸之。彼らが最後まで利用されて死んでいったからには……ハンニバルは厚意を装いつつ近付き、相手を徹底的に利用して、用済みになったところで何らかの形を用いて消去するというえげつないやり方を、常套手段にしているんだろうね」

 

 そこで、芹澤は俺達に向き直った。その顔は安堵してくれと言わんばかりに穏やかなものだった。

 

「だけど、それが君達に狙いを向ける事はないんじゃないかな。君達を狙ったところで、メリットは薄そうだし、彼女達みたいに殺す意味もない。まぁ何で彼女達が殺されたのかもわかっちゃいないけれどね」

 

 更にそこで、芹澤は詩乃の頭に手を伸ばして、置いた。詩乃は少し驚いて、芹澤の方へと顔を向ける。

 

「それに、詩乃だってこれから通える学校はそんな糞みたいな連中がいるところから、和人君、アスナ、リズベット、シリカといった、SAOで共に過ごした友達がたくさんいる場所になるんだ。この状況は、ちょっと喜んでもいいんじゃないかって思うのだけれど」

 

 確かに詩乃のいた学校は、遠藤達のせいでひどい場所になり、その死によって更にひどい場所になった。そんな場所に詩乃を戻すのは俺だって嫌だし、そんなところに行くくらいならば退学するべきだと言ってやっただろう。

 

 それにこれから詩乃が向かう事になったのは、現実でのアスナやリズベット達と共に過ごす事の出来る場所だ。なんだかんだ言って、丁度良かったのかもしれない。

 

「詩乃」

 

 小さく声をかけると、詩乃から同じような小さな声が返ってきた。

 

「うん……あぁいう事があってから、もう学校には行きたくない、あんな学校には行きたくないって、思った時はあった。そしてもう、元の学校には……完全に行きたくないって思ってる」

 

「決まりだね。君の学校は、この春から和人君達と同じ学校だ」

 

 芹澤がそっと微笑むと、詩乃は静かに頷いて、同じように微笑んだ。

 

「本当に、先生にはいつも助けられてばっかりです。今回も、ありがとうございます」

 

「なぁに、私は君を放っておけないだけさ。君ほどひどい傷付き方をした患者を診るのは初めてだったし、何より専属医になるっていう契約を結んじゃったからね。しかしまぁ、あの菊岡さんって人も、よく私の話を聞いてくれたもんだ」

 

 詩乃の記憶を廻れば、芹澤が詩乃の専属医になった時の事がはっきりと残っているし、それを見ていて悪い気はしなかった。やはり芹澤は詩乃の恩師、俺達の頼れる人に違いない。

 そしてこの人もなんだかんだ言ってSAO生還者であり、俺達の仲間だ。

 

「愛莉先生、今度俺達SAO生還者を集めて、ダイシーカフェってところでパーティーするんですけれど、愛莉先生もどうですか」

 

 直後に、芹澤の目がきらんと輝いた。

 

「本当か!?」

 

「パーティーにはアスナやリズベット、シリカにフィリア、リーファにクライン、エギルにディアベルが来るみたいですよ。というか、ダイシーカフェっていうのも、エギルのお店なんですけれど」

 

 詩乃の言葉に、芹澤がもう一度目を輝かせる。

 

「おぉ、みんなじゃないか。それなら行くしかないじゃないか。是非とも参加させてくれ」

 

 よかったと言わんばかりに詩乃が笑み、俺もまた笑んだ。恐らく二月の末になるであろうパーティーが、余計に楽しみになったのを、俺はしっかりと感じる事が出来た。

 




あと二話でアインクラッド完結。もうちょっとだけ付き合ってくださいね。




原作との相違点

・詩乃をいじめていた遠藤達が死亡している。

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