俺達は二月の末に、再び現実世界で揃う事に成功し、エギルの店でパーティーを開いた。その時揃ったのは、俺、詩乃、アスナ、リズベット、シリカ、フィリア、直葉、エギル、ディアベル、クライン、芹澤の11人であり、それは壮大な宴が繰り広げられた。
かつてSAOにて苦楽を共にして、全てを乗り越えてきた仲間達が元気そうにしているのを見る事が出来て、俺はそれが何よりも嬉しくてたまらなかったのだが、同時にどこか心細さのようなものを感じた。
そう、ユイ、ストレア、ユウキ、そしてリランがその場にいなかった事だ。彼女達も俺達と共に苦楽を共にして生きたというのに、この場にいないというのがどうも心に引っかかってしまい、俺は素直にパーティーを楽しめなかった。
それを察してくれたのは意外にも詩乃と芹澤。二人は俺の心境に気付いてくれるや否、リランやユウキもいなければ意味がない、VRMMOの中で彼女達と共にもう一度パーティーを開いてくれと皆に言った。
皆はその時に、リランやユウキがいない事に気付いてくれて、承諾。VRMMOの世界でもう一度パーティーを開き直そうと決定してくれた。
その日は3月17日、場所は《アルヴヘイム・オンライン》のイグドラシルシティ。それが決まるや否、芹澤はその時に弟子にあたる子を連れてくると言い、俺達はアルヴヘイム・オンラインとアミュスフィアの購入を約束した。
俺はすぐさまその両方を購入して、得意のIT技術を用いてナーヴギアよりデータを移送、彼女達をアミュスフィアに移行させる事に成功したのだった。
そうそう、VRMMOで思い出したけれど、俺があの時リランと一緒に茅場から託された、彼女達と生きる事の出来る世界の種子というもの。あの後、俺はSAOのプログラマの一人だった芹澤に解析を依頼したのだが、その世界の種子が余りに凄まじい存在であった事がわかって、驚く羽目になった。
世界の種子――ザ・シードの正体は、茅場の開発したフルダイブ型VRMMOを動かすためのプログラムパッケージである事が判明した。これは即ち、そこそこ回線の太いサーバーを用意してこのザ・シードをダウンロードすれば、誰でもネット上に異世界を作り出す事が出来るのだ。
俺は芹澤に依頼し、誰もがザ・シードを使えるように、世界中のサーバーにアップロードをしてもらった。これによって、今俺が手にしているALOことアルヴヘイム・オンラインも改修、アップデートされた。
勿論それだけじゃない。ザ・シードが公開されるや否、中小企業から個人まで、数百に上る運営者が名乗りを上げて、VRMMOが制作され、相互に接続し合うようになり、今では一つのVRMMOで作ったキャラクターを、他のザ・シード規格で作られたゲームにコンバートする事さえも出来るのだ。
まさに無限の可能性を秘めた世界の種子……茅場の発明品の中の、最高傑作ともいえるものだった。
そしてそこは、ユイやストレア、マーテル/リランも生きていけるように設計されている事もわかった。これを知り、更にALOにザ・シードが組み込まれた事を知った俺は、思わず歓喜してしまい、それを詩乃に話したところ、詩乃もまた歓喜してくれた。また、ユイ達に会えるのが確実になったのだから。
俺は早速購入したALOをプレイし、SAOにはなかった操作感の掴み方、同じくSAOにはなかった魔法攻撃の使い方、戦い方などを先駆者である直葉――リーファからひたすら教えてもらい、練習を繰り返した。
最初は色々とぎこちなかったけれど、やはりSAOでの経験が生きているのか、その全てにすぐさま慣れる事ができ、ついにはリーファに驚かれるくらいの操作が出来るようになった。
だけど、その時には操作を掴んで皆のところに行けることだけを優先していたためかALO独自の世界観などにのめり込む事は出来なかったため、ユグドラシルシティでパーティーを済ませてから、皆とゆっくり見ていこうと思った。
そして操作にも慣れて、3月17日。ALOという世界に再び揃った俺達はユグドラシルという名を持つ超巨大な樹、その麓にある巨大な街、イグドラシルシティの酒場の一つを借りて――。
「はい皆さんご一緒に! せーの!」
「「「「「「SAOクリア、おめでとう――――ッ!!!」」」」」」
現実世界の続き、SAOクリアパーティーを再開した。そこに集まっているのは、時に背中に翅を生やして飛ぶ事の出来る力を得たかつての仲間達。そう、俺達はVRMMO世界の妖精となって、集結したのだ。
リーファから教えてもらった時に知ったのだが、このアルヴヘイム・オンラインには種族というものがあり、風妖精族シルフ、火妖精族サラマンダー、地妖精族ノーム、水妖精族ウンディーネ、猫妖精族ケットシー、影妖精族スプリガン、闇妖精族インプ、工匠妖精族レプラコーン、音楽妖精族プーカの九種族と、実に多彩だ。
その中で、攻撃力と火属性魔法に長けている種族を選択し、SAOの時と同じような和服と鎧を合わせたような衣装をまとったクラインが、早速スプリガンを選択した俺に声をかけてきた。
「やっと皆で揃う事が出来たな! やっぱ俺達はゲームの中で集うに限るぜ!」
「あぁ。俺達はやはりゲームの中が一番性に合ってるらしい」
直後に、あの時のリランの様に頭から猫の耳を生やした白水色の髪の毛の少女が、俺に声掛けする。初めて聞いた時は本当に驚いたのだけれど、この人は俺のSAO内の妻であるシノンだ。シノンはALOを始めた際に、視力が最も長けているケットシーを選択しており、その特徴である耳が具現しているのだ。
「なんだろう、なんだかいるべき場所にいるって感じがある。私もVRMMOに毒されちゃったのかしら」
「いいよいいよ、毒されようぜ。俺達はやっぱりVRMMOの中にいるに限るんだって」
「ははは、キリトは相変わらずだな」
聞き覚えのある男性の声に振り向いてみれば、水色の髪の毛に青色の鎧を身に纏った男性と、禿頭に黒みがかった肌の色、戦闘服と鎧が混ざり合ったような衣装を身に纏って、顔に白い模様がある男がいた。――ウンディーネを選択したディアベルと、ノームを選択したエギルだった。
「ディアベルにエギルだって、そんなにSAOの時から変わらないじゃないか」
「まぁな。だけどシノンの言う通り、いるべき場所にいるって感じがある」
エギルの言葉にはやはり頷ける。俺達はSAOとは違うゲームの中にログインしているというのに、あの時の感覚のままいるような気がしてならない。それが、居心地良さを齎してくれているのだけれど。
「やっぱりいいよね! 皆でこうして揃うの!」
シノンのそれではない声のする方向に振り向いてみれば、そこにいたのは長い水色の髪の毛をしていて、白と青を基調とした服を纏っている少女――ウンディーネを選択しているアスナと、赤と白を基調とした服を着たピンク色の髪の毛の少女――レプラコーンを選択したリズベット、薄茶色の髪の毛を小さなツインテールにして、シノンと同じような大きな耳を頭から生やしていて、青色の服を着て、肩に水色の羽毛を持つ小竜を乗せた小さな少女――ケットシーを選択したシリカの姿があった。
「い~やよかったわぁ。この世界にも工房スキルってのがあってくれて。おかげでリズベット武具店二号店をオープン出来たわ」
「そりゃよかった。俺もまたリズに武器を調節してもらえそうで、嬉しいよ」
工房妖精を選択して、再び武具店の店長に就任したリズベットは、自信満々そうに胸元を叩いた。
「えぇえぇそうですとも。これからもごひいきにお願いいたします!」
そして俺は、シリカの方へと向き直る。シリカの連れている小竜ピナ。あの時は自らシリカのローカルメモリの中へと飛び込んだと聞いていたが、無事にこの世界でも具現する事に成功したらしい。
「シリカ。ピナは相変わらず元気そうだな」
「はい。この世界でもまた会う事が出来て、すごく嬉しいです」
満足そうにシリカが撫でてやると、ピナはさぞかし嬉しそうに「きゅる!」と鳴いてみせた。その様子を見て、俺はまだアイテムストレージの中にいる存在に気を回そうとするが、またまた声が掛けられてきてそこに視線を向けさせられる。
黒いセミロングの髪の毛に青い瞳、青を基調とした服を纏っている少女と、長い金髪をポニーテールに纏めていて、胸が大きめであり、白と緑を基調とした服を着た少女。開始時にスプリガンを選択したフィリアと、シルフを選択している俺の妹のリーファだ。
「キリトもスプリガンを選択したんだっけか」
「あぁ。君と同じスプリガンだよ。君は何のためにスプリガンを?」
「こっちの方がお宝を探しまくれると思って!」
「あぁそうか。君はトレジャーハンターだったもんな」
彼女がスプリガンである理由が、なんとも彼女らしいと思っていたその時に、リーファが少し驚いたような顔をする。
「それにしても、みんな上達が速いなぁ。あたしなんてこのゲームに慣れるまで四ヵ月くらいかかったのに」
「お前はもとよりゲームが苦手だっただろう。皆はその逆で、元よりゲームが好きな連中だからな。上達もそれなりに速いんだよ」
「キリト――ッ!!」
そのすぐ後に聞こえてきた声に、俺はハッとして向き直った。そこにあったのは、紫色の長い髪の毛と同じく紫色の戦闘服を身に纏った紅い瞳の少女と……黒に極力近いセミロングの髪の毛に、白と青を基調していて、和服と洋服が混ざったようなデザインの服を着た藍色の目の、俺と同じくらいの少年。俺は即座にその二人に近付き、声をかける。
「ユウキ……!」
「待ってたよキリト。会いに来てくれたんだね」
「あぁ。すっかり遅れちまったけれどな」
「大丈夫だよ。それよりも、ALOの方はどうかな」
これまで皆とまた顔を合わせたい一心で操作の練習などをやっていたから、このゲーム自体がどんなゲームなのかをまだあまり把握しきっていない。ただ、空を飛べるというのは最高に気持ちがいい事だけははっきりとしている。
「空が飛べて楽しいな。だけどそれ以上の楽しさはまだ知らないんだ。一緒に探してくれるか、ユウキ」
ユウキはにっと笑った。
「勿論だよ。この世界は最高の場所だから、また一緒に攻略しようね!」
ユウキの変わらない笑顔に頷いた直後に、俺はその右隣にいる少年へと向き直った。ゲーム開始時にリーファと同じシルフを選択したであろう少年の顔には、強い安堵の表情が浮かんでおり、如何にも俺がこうやって生きている事を嬉しがっているように思えた。そしてその名を、俺は呼んだ。
「……カイム」
「うん。ちゃんと戻って来れたんだね、キリト。あの時はいっしょに行けなくて、ごめん」
カイム。俺のリアルの親友であり、共にSAOに行くはずだった少年。しかし当の本人はサービス開始日に都合が悪くなりダイブする事が出来ず、その結果、運よくデスゲームへの幽閉から守られる事が出来たのだった。その間、酷く俺の事を心配していたと、ユウキから聞いていたから、長い事カイムに悪い事をしてしまっていたのだろう、俺は。
周りからすれば、カイムは世界中のエイズ患者、そしてユウキを救ったとされる奇跡の少年だが、俺からすればカイムはなんでもない、本当にただの親友だ。
「いや、お前は運が良かった。お前まであそこに閉じ込められたら、とんでもない事になってただろうからな。だけど、しばらくお前と遊べなかったのは、結構寂しいところあったかもしれない」
「でも、これからは大丈夫、だよね」
「大丈夫さ。今度はお前とも一緒になって、このゲームを遊び尽くしてやるよ」
そう言って、俺はカイムのその手を握り締めて、握手してやる。「ならいいんだ」と、カイムが安心したような顔をした。
「おぉー、現実世界よりも皆揃ってて何よりだ」
再び聞き慣れた声が聞こえてきて、全員でそこに向き直る。非常につやつやとした長い黒髪に赤いカチューシャを付けて、白衣を思わせるような白いコートを身に纏い、黒いズボンを履いている、大きめの胸が特徴的な赤茶色の瞳の女性がおり、その隣には銀色の髪の毛に、灰色の瞳をして黒色のパーカーに似たデザインの服を着た少年が立っていた
意外にもゲーム開始時にインプを選択したであろうイリスと、恐らくイリスの言っていた弟子であると思われる少年。その顔の輪郭は少し丸みを帯びていて、見た感じ中学生にも思えるけれど、両目の辺りに宿る濃い陰影が大人っぽさを出している。衣装のデザインや見た目を確認する限り、スプリガンだろう。
「イリスさん!」
「イリス先生!」
シノンと二人で反応を示すと、イリスはにっと笑って見せた。直後に、アスナがイリスに声掛けする。
「イリス先生、そちらの人は?」
「あぁ。この子が現実の時に言った私の弟子だ。正確には教え子だがね。名前は――」
イリスがその名前を紡ごうとするよりも前に、少年の方が軽く頭を下げて、口を開いた。
「初めましてみなさん。僕はシュピーゲルって言います。よろしくお願いします」
シュピーゲルと名乗ったそれのあまりに畏まった言葉に、全員できょとんとしてしまう。イリスに敬語を使えと言われたのかは知らないが、驚いてしまった。
「そ、シュピーゲル。これから皆と一緒に遊んでもらおうと思っているんだけど、どうかな。やっぱりSAO生還者じゃないから難しいかな?」
俺達はSAO生還者だけで集まっているわけじゃないし、それ以外のプレイヤーを拒んでいるわけでもないから、別に新しい人間が加わったって何も言わない。まぁ、よくいう地雷プレイヤーだったならば話は別になるけれど、イリスが連れているという事は、それである可能性は低いだろう。
「いいですよ。VRMMOは、沢山の人間で遊んだ方が楽しいゲームですし、イリスさんのお願いですからね! ほれ、シュピーゲルだっけ? 敬語なんか使わないでこっち来いって!」
クラインが笑んで呼び込むと、シュピーゲルの顔は一瞬きょとんとしたようなものになったが、すぐさま明るくなっていき、同じような笑顔が浮かんだ。まるでこっちに入り込めるかどうかわからなくて不安だったけれど、それが解消されて安心しているようにも思えるシュピーゲルは「ありがとう!」と言って、クライン、エギル、ディアベルの三人の方へと向かって行った。
直後に、シノンと一緒になってイリスに近付くと、イリスは安心を示す溜息を吐いた。
「やれやれ、よかった、よかった。彼は人と話したりするのがあまり得意じゃない子でね。初対面の人達と仲良くできるか不安だったのだけれど、杞憂に終わってくれた」
「皆は基本的に大丈夫ですよ。ちゃんとしたゲームマナーとかが出来てるなら、拒みません」
「その辺りは大丈夫だよ。私がちゃんと教え込んでいるからね。何かをやらかしたりする可能性はかなり低いと思うから、一緒に遊んでやってくれ」
その時、イリスは何かに気付いたような顔をして、俺の方へ視線を送ってきた。
「あれキリト君。そういえば私の娘達がいないようなのだけれど、どうした。君は彼女達を持っているのだろう?」
言われて、俺とシノンはハッとする。そうだ、俺達はユイとストレア、リランと一緒にパーティーを開きたくて、ALOの世界に来たのだった、思い出した俺はすかさずアイテムストレージを開いてソートし……あるものを見つけた。
《MHCP_001》、《MHCP_002》、そして《MHHP_001》というアイテムとは思えないような名前のアイテム。俺達が再会を求めていた存在の名前。これがあると言う事は、これらはすべてこの世界に対応する事が出来ているという事。
「いける……!」
俺はすかさずそのアイテムらを指先で操作し、使用するを選択した。直後に、俺のアイテムストレージより三つの見慣れた光球が飛び出して、部屋の中の開いているスペースへと移動し、全員の注目がそこに集められる。
「なんだ!?」
皆の注目を集めた三つの光球の内二つは、突如として爆発した。あまり強い光ではないけれど、かなりの閃光を放って周囲を青白く染め上げるそれは、徐々にその姿を変えて色彩を得始めた。
一つは四方に広がる長い黒髪、純白のワンピースを纏い、少し身体の中心で手を合わせた小さい少女のそれに変わり、もう一つは白紫色のセミロングの髪の毛に、紫色の衣服に身を包んだ、胸が大きいのが特徴的な女性の姿へと変わる。
そしてそれらは光の爆発が収まった時にゆっくりと床に降りて、その瞳を静かに開いた。小さい少女は夜空のような黒色の瞳で、白紫の女性は赤色の瞳。その片割れである黒色の少女の瞳に、俺とシノンは自らの姿を映すや否、ほぼ同時にその名を呼んだ。
「ユイ」
少女はそっと俺達の事を見つめた後に、天使のようなそれとしか表現できないような微笑みを浮かべて、鈴のような声で言葉を紡いだ。
「パパ……ママ!」
「ユイ!!!」
そう呼ばれた瞬間に、再びユイと――たった一人の愛娘と再び出会う事が出来たという確信が俺達の中で生まれ、次の瞬間にはその小さな身体を二人で抱き締めていた。同刻に、ユイは俺達の身体に細い手を伸ばして、何度も俺達を呼びながら頬を擦り付けてきたが、俺達はその全てを受け入れて、周りの目も何もかも忘れて、娘を抱き締めていた。
そしてある若干の時間が経って落ち着いた時に、俺はユイとシノンと一緒になって、もう一人の女性――身体が大きいにもかかわらずユイの妹であるストレアに向き直った。
「ストレア、また会えたな」
「うん。信じてたよ。キリト達なら、またアタシ達を起こしてくれるって」
ストレアの目尻には光が宿っており、それが再会の嬉しさの強さというものを俺達に教え込んでくれていた。その様子を目にした皆が安堵して、俺も同じように安堵を抱いていたその直後に、シノンが何かに気付いたように声を上げた。
「あ、あれ。キリト、あれ!」
「え?」
シノンの方に向き直ると、驚いたような顔をしながらある方向を見ているのがわかり、俺はシノンの視線の先へ自らの視線を向け直した。そこにあったのは、ユイとストレアと同刻に飛び出してきた、白金色の光球。
「どういう事だ……元に戻らないのか……!?」
妹達は既に姿を取り戻したのに、一人だけ姿を取り戻す事の出来ていない、三姉妹の中の一番上に当たる光球。不思議そうな視線を集めつつ宙を浮いていたそれは、突然猛スピードで動き出して、開けられた窓を通って、外へ飛び出した。
驚きながら部屋を走り、扉を蹴り開けて追ってみれば、激しい光の球が、街の灯りを避けるように、星が煌めく夜空の中に消えていくのが見えた。このままではあれを見失ってしまう――思わず俺は翅を広げて、その光を追って空へ飛び立った。
その時には仲間達からの制止の声が聞こえていたような気がしたが、俺は構わずに飛んだ。
現実世界のそれよりも遥かに美しく感じる夜空。眼下には蒼くて巨大な月に照らされている街や森、山が広がっており、どれも小さくてミニチュアのように思える。
妖精になった事により、エルフのそれのように尖った耳にはびゅうびゅうという強い風が吹き付けてくるだけになっており、目の前には白金色の光球がいて、未だにどこかへと飛んで行き続けている。
このままどこまでも行くつもりなのか、それとも俺に捕まえられるのを求めているのか――どちらにせよ、光球はどこまでも飛んでいく。いくら加速しようとも、なかなか追いつけそうにない。
「どこまで行くんだ」
思わず小言を漏らしたその時に、光球は突然降下を開始した。ようやく変化が起きた事に驚きながら雲を突きぬけてその下へ行くと、月に照らされている広大な森が広がっていた。その森の、開けた場所に向かって白金色の光球は飛翔していき、俺もその後を追って森の中、開けた場所の中へと入り込んだ。
森の中、芝生の上に降り立って翅を一旦仕舞い込むと、白金色の光球もそこでふわふわと浮かんでいた。散々逃げ回り、俺を振り回して見せた光球――それに近付こうとしたその時に、それは先程のユイ達のように爆発する事なく、姿形を変え始め、色彩を得た。
腰まで届きそうなくらいに長い金髪に、シノンやシリカのそれと同じだけれど、彼女達とは違って狼のそれに近しい形をした白い耳が頭から生え、狼のそれに似ている尻尾があり、白いワンピースを身に纏ったユイよりかは身体が大きい少女が、まるで光そのものの化身であるかのように、ふわりと俺の眼前に姿を現した。
同刻に、激しい光が突然治まると、少女はすたりと芝生の上に降り立ち、その瞼をゆっくりと開いた。まるで宝石のように紅い瞳が月光を反射して瞬き、光を放つ張本人である月へとその視線が向けられる。
「……!」
ついに会う事の出来た少女。ユイと同じくらいに、会う事を渇望していた少女の姿につい見惚れてしまうと、少女の口が音無く開かれた。
「……うむ、良い月であるな」
少女から発せられたひどく聞き慣れた声。それを風に包まれていた耳に入れるや否、反射的に俺の口は動き出し、少女の名前を紡いだ。
「リラン」
次回、最終回。もう少しだけ付き合ってくりゃれ。