助け出したプレイヤーは、俺の事を無視して、地面に落ちている水色の光を放つ羽を手にして、急に泣き出した。ひとまず無事ではあったけれど、何かあったのは間違いなかった。
「その羽は、どうしたんだ」
女の子は嗚咽を混じらせながら、静かに答えた。
「……ピナです。あたしの大事な……友達だったんです……」
恐らくピナというのは、この女の子の相棒……即ち《使い魔》の事だろう。この女の子は《ビーストテイマー》だったんだ。そしてその《使い魔》は多分、あのドランクエイプ達の攻撃を受けてやられてしまったんだろう。
もう少しリランの攻撃が早ければ、いや、俺がもっと早く行動起こしてリランに速く指示をしておけば、こんな事にはならなかったような気がしてきて、胸の中にやるせなさが込み上げてきた。
「すまなかった。君の友達を助けられなかった……」
「いいえ、あたしが馬鹿だったんです。一人で森を抜けられると思いあがってたから……ピナが……」
女の子は首を横に振った後に、俺とリランに顔を向けた。その顔は、涙でぐちゃぐちゃになりかけていた。
「ありがとうございます、助けていただいて……」
「だけど……君の《使い魔》は……」
その時、背後に佇んでいるリランから《声》が聞こえてきた。
《キリト、あの者が持っている羽……あれにあれを使うのではないか》
「あれにあれって?」
《お前が話していた《使い魔》蘇生アイテムだ。今まさにそれを使う時であろう》
その時に俺はハッとした。そうだ、情報屋から仕入れた《使い魔》蘇生アイテムを手に入れて、この娘に使ってやれば、この娘の《使い魔》を蘇らせる事が出来るかもしれない。思い付いた俺は、女の子の前に跪いた。
「その羽にアイテム名は設定されてないかな」
女の子は何かに気付いたような表情を浮かべて、手に持っている羽を人差し指でとん、と叩いた。小さなウインドウが羽から浮き上がり、名前が現れた。《ピナの心》という、アイテムが女の子の《使い魔》、ピナのものであった
ピナの心という言葉を目にした女の子は再び泣き出しそうになり、少し慌てて声をかけなおす。
「泣かないで。心というの名前のアイテムが残ってるなら、まだ蘇生できる可能性はあるよ」
女の子はそっと顔を上げて、俺と目を合わせた後に、小さく口を動かした。
「本当ですか」
「あぁ。47層にある思い出の丘っていうフィールドダンジョンの最奥部にある、プネウマの花っていうのが、使い魔蘇生アイテムなんだ。それを君のそれに使えば、《使い魔》は生き返るんだよ」
女の子の顔がぱあと明るくなった。かと思えば、すぐさま元に戻って、肩が落ちた。
「47層……あたしのレベルじゃ、届かないよ……」
俺は思わず腕組みをして、小さく唸り声を漏らした。
あの情報によると、47層の思い出の丘に、プネウマの花という《使い魔》蘇生アイテムが存在しているそうなのだが、この《使い魔》蘇生アイテムはイベントによって手に入るものであり、《ビーストテイマー》が赴かないと、プネウマの花は出現しないらしい。
そう考えたその時に――頭の中にリランの《声》が響いた。
《おいキリト。何を悩んでおるのだ。お前は《ビーストテイマー》であろうが。この少女の代わりにプネウマの花とやらを持って来る事は出来るだろう》
あっ、いけない、いけない。そういえば俺は《ビーストテイマー》だったんだ。リランがいると言うのに、時折自分が《ビーストテイマー》である事を忘れる。多分、長らくソロプレイヤーをやっていたせいだろう。
「わかったよ。君の代わりに俺が行って来る。俺も同じ《ビーストテイマー》だから、47層に行ってイベントを起こせる。それを君のところに持って帰って来て――」
《待て、キリト》
もう一度リランが割り込んできて、俺は言葉を止める。
《恐らく、この少女がシリカだ。《ビーストテイマー》であり、あの男のいうロザリアという女が狙っていた者だ。ここでシリカを放置すれば、我らが離れた時に、ロザリアに殺害される危険性がある》
俺はもう一度ハッとした。確かに、シリカというプレイヤーは《ビーストテイマー》であり、少女であるという情報だった。そして、この35層で犯罪者プレイヤーロザリアとパーティを組んでいて、ロザリアがターゲットにしている可能性が高い人物。
今のところこの娘以外のパーティメンバーの姿はないが、リランの言う通り、ロザリアが未だにターゲットにしている可能性は高く、ここでこの娘を放置すれば、ロザリアが凶刃を向けて、この娘を殺害してしまうかもしれない。だけど反対にこの娘をここで保護しておけば、ロザリアが襲い掛かって来た時にこの娘を守る事が出来るし、何より姿を現したロザリアを捕まえる事が出来るかもしれない。
――まぁこれらはあくまで、この娘がシリカであった場合だけど……そうでなくても、この娘には《ビーストテイマー》について聞きたい事が沢山ある。ようやく見つけた、俺以外の《ビーストテイマー》なんだから。
それになんだか、この娘の事は放っておけない。だってこの娘……。
頭の中に浮かび上がった事を全て纏め上げて話そうとしたその時、女の子は立ち上がっていた。
「ありがとうございました。あたし47層に行ってきます。そこで、ピナを生き返らせるアイテムを取ってきます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君のレベルはいくつだ。思い出の丘は、割と高難易度ダンジョンなんだぞ」
女の子は俺から目線を逸らして、ステータスウインドウを呼び出した。
「あたしのレベルは、44レベルです。それでも、ピナを放っておくわけにはいきません――」
《馬鹿者。そんなレベルで47層の高難易度の場に行くなど、自殺行為だ。お前の《使い魔》と同じ末路を辿るつもりか!?》
女の子に《声》をかけていなかったであろうリランが一歩踏み出し、《声》を出した。
急に聞こえた《声》に女の子は戸惑い、周囲を見回したが、すぐさま俺以外の声の主の方に目を向けた。……どうやら俺の背後の白い竜が喋っている事を察したらしい。急に喋ると混乱するから、なるべくプレイヤーに話しかけるなって言ってるのに。
だけど、本当にリランの言う通りだ。
「……《使い魔》を助けたい気持ちは、俺も《ビーストテイマー》だからわかるよ。だけど君のレベルじゃ、思い出の丘に行くのは自殺行為になりかねない。俺も、一緒についていくよ」
俺は素早くアイテムウインドウを開き、《イーボン・ダガー》、《シルバースレッド・アーマー》、《ムーン・ブレザー》、《フェアリー・ブーツ》、《フロリット・ベルト》と言った、攻略の最中で手に入れた、強くてレアだけど俺では使えない装備を、女の子の元へ送信した。目の前にアイテムが並んだウインドウを目にした女の子は、きょとんとする。
「この一式を装備しておけば、5、6レベルぶんは底上げできるよ。俺と俺の《使い魔》も一緒に行くから、案外すんなりといけそうだ」
「えっ」
女の子は驚きながら、送ったアイテムをまじまじと見つめた。多分、こんなアイテムを見た事が無いのだろう。俺も、こんなレアアイテムが攻略の最中に手に入るなんて思ってもみなかったから、正直驚いていた。そして、アイテムを受け取るボタンをクリックして、アイテムウインドウを閉じた後に、女の子は小さな声で言った。
「ありがとうございます。あの、なんでここまでやってくれるんですか。あたしなんて、赤の他人のはずなのに……」
思わずぎくりとする。君が犯罪者ギルドに狙われているからと素直に言いたいところだが、そんな事を言ったら多分怯えさせるだけだろうし、かといって、放っておけなかった理由の一番の理由を口にしたら、笑われてしまいそうだしなぁ……。
でも、怖がられるより、笑われる方がまだましだ。
「……君が俺と同じ《ビーストテイマー》だからっていうのと……もう一つあるんだけど、笑わないかな」
「笑いません」
女の子の引き締まった表情を見た後に、俺は片手で顔を覆い、放っておけなかった最大の理由を口にした。
「……似てるんだよ。君が、うちの妹に」
横目で見てみると、女の子はきょとんとしたような顔をしていた。しかし、すぐさま俺との約束を破って笑い始めた。やっぱり笑われてしまったが、女の子は嫌な笑い方をしていなかったため、そこまで気は悪くならなかった。
「さてと……いつまでもここにいるわけにはいかない。早く街へ帰ろう。えっと……」
「シリカです」
思わず目を丸くしてしまった。やはり、この女の子がシリカだったんだ。リランの言っている事は、当たっていた。《ビーストテイマー》だと聞いていたから、てっきり俺と同じくらいの歳の娘かと思っていたけれど、想像以上に、年下だ。まぁそんな事はどうでもいいんだけれど。
「俺はキリトだ。それで、こっちのでかいのがリラン。よろしくなシリカ」
握手するつもりで手を差し伸べると、シリカは一瞬きょとんとしたような顔をしてすぐに笑顔に戻り、その手を伸ばし、俺の手をしっかりと握ってくれた。
「よろしくお願いします、キリトさん」
俺はシリカと数秒手を握り合った後、街に向けて歩き出したが、その道中でシリカはリランの事を見つめて、小さく呟くように言った。
「それにしても驚きました。キリトさんも、こんなに大きな子をテイムする事が出来たプレイヤーだったんですね」
「あぁ。リランとはここで出会ったんだけれどな。こいつがまた癖のある奴でさ」
《お前ほど癖のある奴ではないと思うぞ》
リランが《声》を響かせると、シリカは驚いたような顔になって、周囲を見回した。毎回恒例の、リランの《声》を聞いたプレイヤーがやる行動だ。
「キリトさん、聞こえましたか」
「何が?」
「今、女の人の声がしたんです。それに、さっきもあたしを叱るような声がして……キリトさんは聞こえませんでしたか?」
やはり、あの時のリランの《声》はシリカにも送られていたようだ。あまり他のプレイヤーに話しかけると、混乱させて、騒ぎを起こすかもしれないから、話しかけるのはやめろと言っているのに、たまにいう事を聞いてくれないんだよな。
「その《声》の正体なら、すぐそこにいるよ」
「え、どこですか」
「こいつだよ。君が聞いていた女の人の《声》っていうのは、リランの《声》なんだ」
俺が隣をどすどすと音を立てて歩く白き狼竜に指を向けると、シリカは「え?」と言ってリランを見つめた後に、大きな声を出して驚いた。
「えぇぇ――!!? これが、その子の《声》!? その子、喋れるんですかぁ!!?」
「そうだけど……何でそんなに驚くんだ? 君の《使い魔》は喋らないのか?」
シリカは慌てたまま頷いて、俺に顔を向けた。
「喋りませんよ! あたしの《ビーストテイマー》友達の中にも、《使い魔》が喋ったなんて言いだした人はキリトさんを除いて一人もいませんでしたよ! 一体、どうやって喋ってるんですか、そもそも、なんで《使い魔》が喋れるんですか!?」
《おい、少し慌て過ぎではないか、シリカ》
「うわ、また喋ってきたぁ!!」
慌て犇めくシリカに思わず苦笑いしてしまう。
「お、落ち着いてくれシリカ。やっぱり、《使い魔》が喋るなんて事はないんだな」
俺の声にシリカは若干落ち着きを取り戻し、先程よりも小さな声で言った。
「《使い魔》は喋りません。喋らないはずなんですが、リランちゃんは喋ってますね。これは一体どういう事なんでしょうか。喋れるモンスターなんか、いないはずなんですけれど」
やはりシリカも、リランのような《使い魔》は見た事が無いらしい。確かに考えてみれば、モンスターが心を持っているかのように喋り出すなんてありえない話だけど、リランはこうして喋って、思いを伝える事が出来ているんだからな。エギルの言っていた通り、リランは他の《使い魔》とは違うんだ。
「ひとまず宿屋まで行こうか。そこでリランの事を話すから、シリカも《ビーストテイマー》について教えてくれないか。俺、《ビーストテイマー》になったばかりで、わからない事だらけなんだ」
「はい、そういう事なら任せてください」
シリカは笑みを浮かべて、頷いてくれたけれど、その笑みには不思議な信頼性があった。シリカならば、《ビーストテイマー》についてちゃんと教えてくれそうだし、代わりにリランの事を教えてやってもいい。それくらいにシリカの事は信頼できると感じられる。
こんな人に出会ったのは、シノン以来だな。
「よかった。それじゃあ、宿屋に急ごうか」
「はい!」
◇◇◇
俺とシリカは迷いの森を無事に抜け、35層の街に戻って来る事が出来たけれど、街に入った瞬間リランの大きさが俺の肩に乗れるくらいのサイズになった事にシリカはまた驚いて、リランは圏外と圏内で大きさと声色が異なるという事を教える事になった。同時に、シリカの《使い魔》であるピナは、圏内のリランくらいのサイズだと教えてくれた。
「そうか、ピナの大きさはこれくらいなんだな」
「はい。でも本当にびっくりしました。まさかあのリランちゃんがこんなに小さくなってしまうなんて。圏内に入ると小さくなる《使い魔》も、《ビーストテイマー》友達の間では見た事が無いです」
《先程から我を異端のように言うな、お前達は》
「いや、異端のようじゃなくて、異端なんだよお前が」
リランはぐぅと言って黙り込んだ。
しかしまぁ、リランは本当に何者なんだろう。シリカによれば、こんなふうに喋ったり、小さくなったりするような《使い魔》はいないらしいんだけれど。本当にリランが何者なのか、気になって仕方がない。勿論、シリカが知っているであろう《ビーストテイマー》についてもだ。
しかし、リランはすぐさま口を開き、《声》を俺達に告げた。
《22層に近い場所にあるからか……牧歌的な佇まいの良い街だ。さほど大きくはないが、居心地は悪くない》
もの珍しそうに周りを見つめるリランを不思議がったのか、シリカが意外そうな顔をしてリランに声をかける。
「へぇー、リランちゃんはそんな事までわかるんですか。すっごく頭がいいんですね」
「頭が良すぎて困る時の方が多いけれどな」
《キリト、お前先程から我の悪口のような事ばかり言っておるな。あまり悪口を言うようならば、お前の項に噛み付いてやらんでもないぞ》
「悪かったよ。お前の牙が項に食い込んだらマジで死にそうだからやめてくれ」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、どこからか男性の声が聞こえてきて、俺達は立ち止まった。誰の声かと思って周りを見回したところ、近くにいた男性プレイヤーの二人組がシリカに向かって駆け寄ってきた。
「随分遅かったねシリカちゃん。夜までかかったから、心配してたんだよ」
「今度パーティー組もうよ。どこでも好きなところに連れて行ってあげるからさ」
シリカは軽く苦笑いして、頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいんですが、しばらくはこの黒の竜使いの人と組む事になったので……」
そう言って、シリカは俺のコートの袖を両手で掴んだ。直後に、男性プレイヤー二人組のジリジリとした光線のような視線が襲い掛かってきた。多分だが、有名人であるシリカを独り占めしているように見えて、憎たらしいんだろう。
シリカはもう一度男性プレイヤー達に謝ると、そのまま俺のコートの袖を引っ張ったまま歩き出し、俺もそれに合わせて歩き出す。
「人気者だな、シリカは」
「いいえ。マスコット代わりに誘われてるだけです。それなのに、竜使いシリカなんて呼ばれて、いい気になって……それで、ピナを……」
人気者と呼ばれるシリカの瞳からは、また涙が零れていた。やはり《使い魔》であるピナを死なせてしまったのが、辛かったのだろう。いや、辛いに決まってる。《使い魔》はこんなにも頼もしくて、暖かい存在なのだから。
俺は思わずシリカの頭に手を伸ばし、そっと髪の毛を撫でた。
「心配ないよ。必ず間に合うから。いや、間に合わせるから」
《そのとおりだ。我もお前の《使い魔》を見てみたいし、お前が心から笑っているところを見たい。そのためにも、お前の《使い魔》は最優先で助けよう》
リランが俺に便乗するように言うと、シリカは涙を拭いて笑んだ。
「はい。信じてます、キリトさん」
そっとシリカの頭から手を退けた直後、シリカは事柄を思い付いたような顔になって、俺に尋ねてきた。
「そういえばキリトさん、ホームはどこにあるんですか。あたしがよく泊まっている宿はこの層の宿なんですけれど」
「22層のログハウスに住んでるよ。だけどもう夜だし、今日はここに泊まる事にしようかな」
「本当ですか! この宿のチーズケーキがすごく美味しいんですよ。早く入って食べに行きましょう!」
だけど、22層の家にはシノンがいる。帰って来ない俺達を不審に思うだろうから、ちゃんと連絡しておかないと。そう思うと、現実世界で帰りが遅くなったりした時に、妹や母にメールしていた時の事を思い出した。
「シリカ、ちょっと待っててくれ。メッセージを送らなきゃいけない」
「そうですか。じゃあここで待ってます」
「ありがとう。すぐ終わる」
俺はメッセージウインドウを開くと、素早くキーを打って「今日は35層の宿に泊まっていくから、22層には戻れそうにない。夕食も休眠も自分でやってくれ」と入力し、宛先をシノンの元へ設定した後に、送信ボタンをクリックしてウインドウを閉じた。
「待たせたね。それじゃあ、宿屋に行こうか――」
「ってあれ。シリカじゃないの」
いきなり前の方から声が聞こえてきて、俺とシリカは目を向けた。黒と赤の禍々しい色合いの戦闘服を身に纏い、癖のある血のような紅い髪の毛の、他のプレイヤーとは明らかに異なる雰囲気を持つ女性の姿がそこにあった。周りには女性が引き連れているのであろう、銀色の鎧を着た男性プレイヤーが3人ほどいる。
「ろ、ロザリアさん」
ロザリア。その名前を聞いた瞬間に、あの男の青ざめた顔と言葉が浮かび上がった。あの男は仲間をタイタンズハンドという、ロザリアが団員またはリーダーを勤めているであろう犯罪者ギルドに殺害された。そのロザリアが、目の前にいるこの女だとわかると、深い怒りが心の中に湧き出てきた。
だが見たところロザリア以外の犯罪者メンバーの姿はなく、周りの男達もロザリアの仲間ではない事がすぐにわかった。ロザリアだけが、目つきが違うのだ。
今まで俺は何人かの犯罪者プレイヤーを見てきたが、どいつもこいつも決まってギラギラとした眼光をしていた。――目の前にいるロザリアの目は、それらと同じギラギラとした眼光を放っている。グリーンプレイヤーでありながら、悪人の目をしているのは、犯罪者ギルドをやっている証拠だ。まさかいきなり目標に遭遇してしまうなんて。
その時、俺の背中がもぞもぞとして、中から《声》が聞こえてきた。リランが隠れたらしい。
《落ち着けよキリト。ターゲットはこいつだが、こいつらの仲間ごと捕まえねば意味はない。我らがロザリアを知っている事を、悟られるな》
「わかってるよ。だけど、やっぱりシリカを狙ってるのは間違いなさそうだ」
ロザリアに聞こえない声の大きさでリランに言葉を伝えると、ロザリアはヒール独特のカツカツという足音を立てたながら、俺達の元へ近付いてきた。
「なんだ、森から脱出できたの。よかったわねぇ……って、あのトカゲどうしちゃったの?」
シリカは何も言い返さない。やがて、ロザリアの口元に薄笑いが浮かび上がる。
「あら、その様子はもしかして……」
厭味ったらしく笑むロザリアを、シリカはきっと睨みつけた。
「ピナは死にました。だけど、絶対に生き返らせます!」
ロザリアは「へぇーえ」と言って、腕組みをする。
「って事は思い出の丘に行くって事よね。でもあんたのレベルでどうにかできる場所なのかしら」
「そんなにレベルの高いダンジョンじゃないよ」
シリカとロザリアの間に割り込み、シリカをコートで隠す。
ロザリアは俺を値踏みするかのような目で、嘲るように笑んだ。
「あんたもその子にタラし込まれたわけ? 見た感じそこまで強そうじゃないけど」
ロザリアの薔薇のような色合いの目と、俺の目が合う。やはり、ギラギラとした嫌な目つきをしている。もう、これ以上こいつと話したところで、からかわれるだけで進展しないだろう。
「いこうシリカ」
俺はシリカの肩を軽く掴んで、宿屋の方へと歩き出した。後ろからロザリアの声が聞こえてきたような気がしたが、俺とシリカは振り向く事なく歩き続けて、やがて35層の宿屋、《風見鶏亭》に入り込んだ。