キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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ディアベルさん大活躍回。


05:雪山の決戦 ―雪山主との戦い―

 雪原の氷蛇竜フリズモルドとの戦いは、相手が半端なく巨大なモンスターであるにもかかわらず、俺とカイム、シュピーゲルとディアベルの四人だけで十分に有利な戦いを繰り広げられていた。SAOの時なんてこんな敵に出くわしたら、リラン無しでかなりの被害が出ているというのに、今は全く被害を出さないで、尚且つ少人数で戦う事が出来ているのだ。

 

 その事で、俺達自身の成長を感じる事も出来たし、何よりあのSAO自体がかなり難易度がきつめに作られているゲームであったという事も感じられた。

 

 いや、そもそもあのゲームは死んだら本当に死ぬゲームだったから、そのプレッシャーがないのが一番の理由なのかもしれない。――死んでもいいゲームなんてぬるすぎるなんてリランに言ったけれど、本当にそんな気がしてきた。

 

 

 そんな死線を越えてきた人間達が転生したかのような妖精達が縄張りに入り込んだ事により、フリズモルドは激怒して冷気を収束させたビームブレスや魔法攻撃などを放って来るが、俺達はそれら全てを回避しながらフリズモルドの甲殻に守られていない部分を集中攻撃してその体力をぐいぐい削いでいった。

 

 

 もはや一方的とも思える戦いを続けたところ、瞬く間にフリズモルドの《HPバー》が黄色になる量となった。よし、あと少しだと俺達が思った直後にフリズモルドは突然天高く大音量で吼え、周囲をびりびりと言わせた。

 

 まるで耳をつんざくかのようなあまりの音量に耳を塞ぎ、目を閉じてしまったが、咆哮はそんなに長時間続くようなものでもなく、ほんの数秒で止んだ。そこですぐさま顔を上げてみると、フリズモルドの身体は紅いオーラのようなものに包まれていて、その顔は更に凶暴なものになっていた。

 

 様子の変わったフリズモルドを目にしたカイムが、皆に注意を促す。

 

 

「怒り状態になった! 動きが活発になるし、攻撃力も上がるから気を付けて!」

 

「やれやれ、こいつにもあったのか」

 

 

 SAOの時とは違い、ALOのモンスターにはHPバーが黄色になった時や状態異常になった時、即ち生命の危機に陥っていると判断出来る時、興奮して激昂状態になるという特徴が備わっている。

 

 激昂状態になったモンスターは動きが非常に活発になり、尚且つ攻撃力も強化されて、非常に厄介になる事がほとんどであり、中にはSAOの時のボスであったコボルトロードのように、激昂状態になると攻撃パターンが変化する事さえあるため、激昂したモンスターとの戦いは攻略が難しくなる傾向にある。

 

 だがその反面、激昂状態になったモンスターは防御力が低下する事もあるため、大きなダメージを与えて一気に倒すチャンスでもある。現に俺達は、今まで激昂状態になったところ狙って、数多くのモンスターを倒してきたのだから。――その中の一人であるディアベルが、激昂したフリズモルドを目にしつつ叫ぶ。

 

 

「敵が激昂したからには、防御力が低下しているはずだ。一気に倒すチャンスだぞ!」

 

「……ッ! ディアベル!!」

 

 そうディアベルが伝えたその時、激昂したフリズモルドが猛スピードで突進を開始した。その目の前にいたのは、耳障りな声を上げたディアベル。焦ったシュピーゲルが咄嗟に避けろと声をかけるが、ディアベルはいきなり背中に盾を背負って両手で剣を持ち、動かなくなった。

 

 ――何を始めるつもりだと俺達が少し焦る中、フリズモルドがチャンスと言わんばかりに、動かなくなったディアベルに突撃。その巨躯をぶつけようとした次の瞬間、ディアベルは瞬間移動とも捉えられる速度でフリズモルドの攻撃範囲から外れて腹部へ飛行。

 

 そこで剣を構えたまま身体を縦方向に高速回転させ、列車の如く上部を通り過ぎていくフリズモルドの柔らかい腹を、高速かつ連続で斬り刻んだ。

 

 突進を避けられる上に回転斬りのカウンターをもらうとは思ってもみなかったのだろう、フリズモルドは腹から血液のような赤いエフェクトを散らしながら、大きな悲鳴を上げてバランスを崩し、大量の雪が積もる雪原へと墜落。轟音と共に強い衝撃波が来て、分厚い雪煙が舞い上がってフリズモルドの身体が若干隠れる。

 ――まさかフリズモルドにカウンターを撃ち込むとはさすがの俺達でも予想が付かず、三人揃って言葉を失ってしまったが、すぐさまディアベルの叫びが耳の中に飛び込んできた。

 

 

「何をやってるんだ! 相手がダウンしたんだ、攻撃のチャンスだぞ!」

 

「あ、そうだった!」

 

 

 まさかの行動をとった本人の言葉を受けて、この場に意識を取り戻した俺達は雪煙の中へ落ちた氷蛇竜の元へ飛行。その身体を包み込む雪煙を切り裂いて、腹を出して倒れている氷蛇竜の元へ辿り着くや否、一斉にソードスキルと魔法をそれぞれ発動させる。

 

 

「てぇああああああああッ!!!」

 

 

 俺は咆哮しながら、両手に握られている剣を縦、横、右斜めと交互に振り回し、舞を踊るかのように氷蛇竜の弱点である腹を連続で切り刻む。SAOの時からずっと存在している十六連撃ソードスキル《スターバースト・ストリーム》が炸裂するや否、フリズモルドから脆い声が聞こえてきて、同時にHPが目に見えて減っていき、危険を示す赤に突入する寸前になる。

 

 

「これでどうだッ!!」

 

 

 続けてシュピーゲルが突進して短弓を構え、そこから矢の雨を打ち出しながら氷蛇竜の身体を登っていく。今のところシュピーゲルのみが取得している戦術により、無数の矢が刺さって、氷蛇竜の腹の一部が瞬く間に剣山のようになっていき、HPがついに赤に突入する。

 

 

「これで、終わり!」

 

 

 最後に風属性妖精カイムが長ったらしい単語の列を縦に並べていき、それら全てを光らせると、氷蛇竜の身体に最初に傷をつけた時よりも大きく感じられる緑色の竜巻が氷蛇竜の身体を包み込み、甲殻も筋肉も、全て細切れにすると言わんばかりに切り刻んだ。風属性妖精シルフだけが使えるという風属性魔法最強奥義の一つ、《タイラント・ハリケーン》。

 

 それが発動し終わると、氷蛇竜は再び地面へ横たわり、既に赤色だった《HPバー》の量をごくわずかにして、あと一撃でも加えれば倒せる状態となる。

 

 

「これで、終わりだあッ!!!」

 

 

 そして本当の最後、空駆ける氷蛇竜を回転斬りで墜落させた本人である騎士妖精ディアベルが空高く舞い上がり、刃先を下に向けつつ氷蛇竜の頭めがけて急降下する。その時の音に気付いたのか、ディアベルの攻撃に氷蛇竜は顔を動かして確認。最後のあがきと言わんばかりに口元に冷気を集め、切り札である冷凍ブレスを放とうとしたが、それよりも先にディアベルの剣が氷蛇竜の元へ到達。

 

 騎士妖精の渾身の剣が、その眉間に深々と突き刺さった。

 

 氷蛇竜の動きが完全に静止すると共に、周囲で発生していた吹雪も風の音も完全に止んで、戦場となっていた雪原は静寂に包まれたが、やがてその静寂を破るかのように、氷蛇竜は騎士妖精を眉間に乗せたまま脆くその場に崩れ落ち、身体を水色一色のシルエットに変え、すぐさま無数の硝子片となって爆散し、消え果てた。

 

 再度、周囲は沈黙に包み込まれたが、すぐさまどこからともなく大きくて高らかな勝利の効果音が鳴り響き、氷蛇竜の倒れていたところの上空にボスを倒した事を称賛する《Congratulations!!》の文字が出現する。

 

 ――戦死者負傷者ともになし、四人全員が完全な状態で、俺達はクエストを完了した。

 

 

「よし、今回も無事に終わったな。お疲れ!」

 

「お疲れ、皆!」

 

「皆さん、お疲れ!」

 

「よし! 今日も勝ったな! お疲れ!」

 

 

 皆で今回の戦いを激励し合い、近付き合ったその時に、俺の目の前に一つのウインドウが出てきた。その内容は戦利品を取得した事を告げるものであり、『氷蛇竜の大氷殻』という見た事のないそこに名前が出ていた。周りを見てみても、アイテムを取得したような反応を示している者達はいなかったので、このアイテムはどうやら、クエストを受けたプレイヤーだけが手に入れる事の出来る代物らしい。

 

 一人だけ周りと違った反応を示している俺に気付いたカイムが、声をかけてきた。

 

 

「あれキリト、もしかして何かアイテム手に入れたの」

 

「あぁ。あいつの甲殻の一部みたいなの。多分武器を作るためのものだろうな、名前からして」

 

「でも止めを刺したのはディアベルだったよね。だけど、受け取るのはキリトなの?」

 

「多分だけど、クエストを受けた者が入手できるようになっているらしい……あ、譲渡できるなこれ」

 

 

 そこで俺は、SAOの時からの付き合いである騎士妖精に顔を向ける。SAOの時と違って、ボスに止めを刺した者ではなく、クエストを受注した者がアイテムを受け取る事が出来るというのがこのALOのルールみたいだけど、今の戦いの最優秀戦績者(MVP)は明らかにディアベルだ。

 

 あの見事な回転斬りのカウンターで氷蛇竜を撃墜し、更に止めまで差してしまったのだから、あの時の一番の功労者と言っても別に間違いではないはず。そんなディアベルこそ、このアイテムを受け取るにふさわしいプレイヤーだ。

 

 

「ディアベル」

 

「なんだ」

 

「これやるよ。ラストアタックボーナスって事で」

 

 

 まさかいきなりアイテムを譲渡されるなんて思ってもみなかったのだろう、ディアベルの顔に驚きの表情が浮かび、手があたふたとした動きを見せるようになる。

 

 

「えぇっ。いきなり何を言い出すんだよ。それはお前が手に入れたアイテムだろう」

 

「そうは言うけれど、今の戦いの功労者は間違いなくディアベルだ。俺はあくまでその助力に徹してただけだから、俺が持つべきアイテムじゃないんだよ。だから、これはディアベルにやる。リズのところに持って行けば、新しい片手剣辺りが作れるかもしれないぞ」

 

「……本当にいいのか」

 

「いいんだよ。ほら、遠慮せずに受け取れって」

 

 

 そう言って俺はアイテムウインドウを操作し、先程手に入れたクエストの戦利品を選択して、送信ボタンを更に選択。宛先にディアベルを指定して送信すると、ディアベルの目の前にアイテムウインドウが出現し、その視線がそこに向けられた。そしてすぐに、ディアベルは少し酢生そうな顔になって、俺とアイテムウインドウを交互に見るようになる。

 

 

「本当に、いいのかよ」

 

「いいんだって言ってるだろ。俺にはほら、リランとかいるわけだし。レアアイテムとかなくても別に大丈夫だしさ。受け取ってくれよディアベル」

 

「受け取った方がいいよディアベル。今のキリトにはリランとシノンさんっていう超が連続して五つ並ぶくらいのレアアイテム持ってるから、何ならキリトのアイテムボックスの中身全部持って行っていいくらいだよ」

 

「お、おいカイム。いくらなんでもそれは困るって、そんな事されたら俺は今後このゲームで何してけばいいんだよ」

 

 

 いきなり割り込んできたカイムと言い合いになると、ディアベルがいきなり噴き出し、笑い出した。カイムと二人できょとんとしながら視線を向けると、ディアベルは笑みながら言った。

 

 

「わかったよ、このアイテムはありがたくもらっておく」

 

「そうだそうだ、そうしてくれ」

 

 

 ディアベルはもう一度ありがとうと言うと、俺の送ったアイテムの譲渡を受け入れてウインドウを閉じた。同時に俺の元から、あの氷蛇竜から剥ぎ取ったようなアイテムは姿を消す。その直後に、それまでほとんど何も言わないでいたシュピーゲルが口を開いた。

 

 

「さてと、そろそろ帰ろうよ。もう夕暮れ時に差し掛かってる」

 

「おっと、そうだな。このゲームは現実と時間が合ってるわけじゃないもんな」

 

 

 このALOでステータスなどを開いてみると、二つの時間が存在する。一つが現実時間であり、もう一つがゲーム内時間。このゲームは様々なプレイヤー達のプレイスタイルを尊重するために、SAOの時のように現実の時間と合わせられておらず、現実世界とかなり異なっている事が多いのだ。

 

 今のALO時間は午前の11時15分を指示しているけれど、現実世界時間の方を見てみれば、午後の6時10分と表示されている。もう夕暮れ時で、直葉辺りが夕食を作って待っている時間帯だ。シュピーゲルの言うように、そろそろ現実世界に帰らなければならない。

 

 

「よし、皆お疲れ。街に戻ろう」

 

 

 そう言うと、皆頷いて翅を出現させ、びゅんと上空に舞い上がった。それに続いて俺もまた翅を出現させて上空へ飛び出し、拠点のあるイグドラシルシティへと飛行を開始した。雪山の主が倒れたためなのか、その時には来た時のような猛吹雪は吹いておらず、雪原地帯と雪山の空は晴れ渡り、日の光を浴びて雪が虹色に輝いていた。

 

 

 

 


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