キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:壊り逃げ男Ⅱ

『日本全国にお住まいの、テレビの前の視聴者の皆様。これより我々明日(みょうにち)テレビは緊急放送を行います。テレビの前の視聴者の方々は、出来るだけ多くの人に声をかけ、テレビ放送を見てもらえるよう、ご協力をお願いします』

 

 

 アルヴヘイム・オンラインのアップデート前日午後6時30分、現実世界へと帰還してきた俺は、妹の直葉と共にテレビに釘付けになっていた。

 

 俺はアップデートまでに終わらせておきたかったクエストをディアベルやカイム、シュピーゲルと言った頼もしい仲間達とクリアした後にパーティを解散し、広場でリランと軽い話をした後に、イグドラシルシティの宿屋へ行ってログアウトを果たし、現実世界へと戻ってきた。

 

 

 いつも通りの部屋を出て、階段を降り、一階のダイニングで妹の直葉と会って「おかえり」「ただいま」の挨拶を交わして、直葉の作った料理が並ぶダイニングテーブルのチェアに腰を掛けた。

 

 直葉が作っていたのは俺の好物であるビーフシチューであり、まさかクエストの後に好物にあり付けると思っていなかった俺は一目見ただけで心が躍った。その心意気のままテレビを付けつつ、スプーンですくったビーフシチューを口に運ぼうとしたその時に、事件は起きた。

 

 

「な、なんだよこれ……何言ってんだこれ……!?」

 

 

 テレビは明日テレビというテレビ局の放送を映していた。内容は休日のニュース番組であり、今日の天気の様子だとか、事件の話だとか、事故があったとか、なかったとか、そんなありふれた内容だった。何の変哲もない、どこのテレビ局でもやっていそうな平和な日本を現しているかのようなニュース番組。

 

 そしてそれを見ながら、俺と直葉は夕食を摂っていくつもりだった。……そのはずだったのに、突然テレビの画面にノイズが走ったものだから、俺は思わず手を止めた。

 

 画面にノイズが走るというのは、寿命が近付いているテレビによく見られる事から、俺はてっきりそこで、テレビに寿命が来てしまったのではないかと思ったのだが、直葉はそんな俺の気持ちを読み取ったかのように、「また電波が悪いだけだから、気にしなくていいよ」と言った。

 

 

 確かにこれまでテレビを見ていて、電波状況に一時的な悪化によりノイズが走ったりする事はあったし、寿命を迎えているわけではないけれど、テレビのチューナーも実装してからかなりの年数が経っている。ノイズが走っても別に不思議ではないだろうと、俺は冷静に考えた後に思って、ひとまずテレビの心配をするのはやめた。

 

 ……そのはずだったのだが、テレビはまるで不調を訴えかけるかのように次々と画面にノイズを走らせて、やがて画面に砂嵐を発生させてしまった。流石に砂嵐が起こるなんて思ってもみなかったのだろう、心配する事はないと断言した直葉も大いに驚いてしまい、二人揃ってテレビがぶっ壊れたと言ってしまった。

 

 その直後だったのだ、突然画面が二次元のニューススタジオで二次元のデフォルメ調イラストのアナウンサーが機械音声で喋っている異様な光景に切り替わったのは。

 

 

『本日は、明日テレビを視聴してくださる視聴者の皆様に、重大なお話をせねばなりません。我々明日テレビは今朝のニュースで海外のイベントで日本が――』

 

 

 機械音声の二次元アナウンサーは抑揚のない声で淡々とアナウンスを続ける。明らかにテレビ局の人間がやっているようなものではないというのがわかる映像に、頭の中がこんがらがりそうになる。

 

 

「なんだよこれ、何を言ってるんだこれは」

 

「これ……おにいちゃん……これ……でも、なんで、だって……」

 

 

 俺は咄嗟に、同じようにテレビを見つめている妹に目を向ける。その表情はテレビに映っているものが信じられないと言わんばかりに焦っているものになっていた。まるで、ALOなどで意図しないイベントが発生してしまった時のようだった。

 

 

「スグ、何か知ってるのか。なんなんだ、これ。明らかにテレビ局のやってる事じゃない!」

 

「おにいちゃん……これ、《壊り逃げ男》だよ……《壊り逃げ男》による、テレビ局への攻撃だよ!」

 

 

 戸惑う妹の口から飛び出してきた言葉に俺は凍り付く。《壊り逃げ男》。かつてはネット世界を軽くゆるがせる程度の存在だったが、今や警察やメディア、政治家までも敵に回し、その者達が隠したかった情報などを暴露するなどの一方的で強力な攻撃を仕掛け、日本社会を混乱に陥れた脅威の存在。

 

 俺達はその《壊り逃げ男》にSAOにて出会い、敵対した。《壊り逃げ男》の真の名前は須郷伸之/アルベリヒ。表向き、明日奈の父親がボスをやっているレクトの重鎮の一人であり、愚か者は日本社会の政治家やマスメディアそのもので、自分こそが正義の神だと謳って、凄まじい技術力を使い、数々のプレイヤーを陥れ、ついにはリランを利用する形で《笑う棺桶》を壊滅させた。

 

 

 だが、アインクラッドの100層で俺達はあいつと戦い、勝利を収めた。結果、須郷は地獄へ落ちる羽目になり、日本社会は《壊り逃げ男》の脅威から完全に解放されたはずだった。

 

 

「《壊り逃げ男》だと……って事は、須郷が生きてる……!!?」

 

「そんなわけないよ! だって須郷は、あの時、リランが……!」

 

「あぁ、あの目でしっかり見たし、遺体も発見されたってアスナが言ってたな。

 だけどなんで、未だに《壊り逃げ男》の攻撃が続いてるんだ? あいつはもう、いないんだぞ!?」

 

 

 戸惑う妹に見つめられ、耳の中に機械音声を入れながら、俺は咄嗟にスマートフォンを取り出してSNSを表示する。そこでのネットユーザー達の呟きを表示させてみれば、「明日テレビに正義の神降臨」だとか「《壊り逃げ男》キタ――!!」とか「我らが主神の登場だ!!」とか、好き放題書かれていた。

 

 その書かれ様を目にして、明日テレビが放送させられているこの妙な映像の正体が、《壊り逃げ男》であると俺は確信する。

 

 

「《壊り逃げ男》……なんでだ……なんで」

 

「おにいちゃん、もしかして《ハンニバル》が!?」

 

 

 そうだ、《壊り逃げ男》は首謀者ではなかったのだ。確かに《壊り逃げ男》である須郷は、SAOの時にムネーモシュネーという組織を作り上げて、そこでプレイヤー達を自分の実験の材料にしていたが、最後の最後で追い詰めた時に須郷は、《ハンニバル》という言葉を口にし、自分がハンニバルという存在の指示によって動いていた事を俺達へ教えた。

 

 そこで俺達は、《壊り逃げ男》はこの事件の首謀者ではなく、むしろハンニバルという存在の掌の上で踊らされていた哀れな被害者であった事を知ったのだ。つまり、《壊り逃げ男》事件の首謀者も結局は《壊り逃げ男》ではなく、ハンニバルだったという事であり、このマスメディアや政治家、警察などへの攻撃は全てハンニバルによるものである事を意味する。

 

 須郷も最初から《壊り逃げ男》だったのではない。ハンニバルが接触し、さまざまな事を吹き込んだからこそ、あのような行為に至れる《壊り逃げ男》となったのだ。つまり、ハンニバルが別な人間に同じような事を吹き込んで教えれば、たちまちその人間もまた《壊り逃げ男》へと変化を遂げる。

 

 

「ハンニバルが……新たな《壊り逃げ男》を産み出した……!!?」

 

「そうとしか思えないよ……でももしかしたら……」

 

「もしかしたら?」

 

「須郷は、AIを作ってそれにやらせてるんじゃないかな。だって、須郷はあの時に、コピーのユピテルを改造して戦闘AIを作ったわけだしさ」

 

 

 確かに須郷は既存のAIを戦闘AIに改造するくらいの技術を持っていたし、だからこそレクトの重鎮になれていたような人物だ。自分でAIを作り出せていたとしても何ら不思議な事はないだろう。

 

 きっと直葉は、須郷はリランに倒される前にメディアを攻撃するAIを作り上げて、今の明日テレビへの攻撃はそのAIによるものだと言いたいのだ。だが――。

 

 

『今朝のニュースではフランスにて日本のイベントが開催されたと報道いたしましたが、これには問題がありました。実はこのイベントにて、ある団体が不正を働き――。

 それを我々は、わざと切り取って、何事もなかったのが真実であるかのように報道したのです』

 

 

 二次元のアナウンサーは、今朝のニュースに関する事を機械音声で喋っている。つまり、これを放送させるには、今朝のニュースを見ていて、尚且つ迅速に情報を処理し、ネットで正しい情報を選択し、まとめあげ、機械音声と画像を用意して一つの動画を作り上げる必要がある。

 

 とてもじゃないが、そこら辺のAIが出来るような事ではない。

 

 

「こんなのAIに出来る事なもんか。こんなのが出来るAIがいるのだとすれば、リランやユイみたいな……」

 

 

 そこで俺は背筋に悪寒が走ったのを感じた。もしかしたらユイやストレア、リランやユピテルが興味本位で《壊り逃げ男》の情報を調べ上げ、その模倣をしたのではないか――。

 

 いや、でも彼女達がそのような事をするはずはない――二つの思いに駆られた俺は、思わずスマートフォンを操作し、ネット世界に住む相棒の連絡先へとコールを鳴らす。そして数秒もしないうちにコールが止まり、声が聞こえてきた。

 

 

《もしもし和人か。どうかしたのか》

 

「リラン、聞こえるか。今何やってる」

 

《何って、イグドラシルシティのレストランで食事中だ。近くにはユイとストレアも、ユピテルもいるぞ》

 

「そうか、そこにはAIが全員揃ってるって事なんだな」

 

《パパ、どうかしたんですか》

 

《やっほーキリト、聞こえる――!?》

 

《キリト兄ちゃん、どうしたの》

 

 

 連続して声が聞こえて来たので、リランの情報が嘘ではないのがわかった。スマートフォンをスピーカーモードにしてテーブルに置き、テレビに目を向けてみれば、二次元のアナウンサーがまだまだ今朝のニュースの不正を暴露中だった。

 

 

「落ち着いて聞いてくれ、リラン。今明日テレビがクラッキングされて、異様な放送をしてる。《壊り逃げ男》だ」

 

《《壊り逃げ男》? 何を言っているのだ和人。《壊り逃げ男》はあの時地獄に落ちた。だからもう、存在してはおらぬぞ。それより、テレビ局がハッキングされてるとはどういう状況だ。本当なのか》

 

 

 まさか《壊り逃げ男》が再び現れるなんて言う話は考えてもみなかったのだろう、リランの戸惑う声が聞こえてきた直後に、ユイの冷静な声が聞こえてきた。

 

 

《おねえさん、本当のようです。今ネットのSNSを閲覧してみたところ、《壊り逃げ男》のキーワードと、明日テレビに《壊り逃げ男》が出現したという情報が飛び交っています》

 

《嘘! でもあの時アルベリヒは、リランが倒したんだよ!? 生きてるなんて有り得ないよ!》

 

 

 驚くストレアの声が聞こえてくる。その中でユピテルの声が聞こえてこないのは、あの時既にイリスのストレージの中にいて、情報を遮断された状態にあったからだろう。

 

 

「そのはずなんだ。だけど、《壊り逃げ男》はこうして今、明日テレビに出てきてるんだよ」

 

「有り得ないでしょ。もしかしたら須郷が遺したAIがやってるんじゃないかって思ったんだよあたし。リランにユイちゃんに、ストレアさんにユピテルくん、何か知らない?」

 

《それは有り得ませんよリーファさん。わたし達はこうして食事をしていますし、今朝のニュースの事は見てません》

 

《それに、そんな事が出来るんだとしたら、この中じゃリランくらいしかいないよ。ユピテルやアタシ、ユイじゃそんな事はまだできないもの。それにさ、テレビ局とかをクラッキングしてこの中に得をする人、いるの》

 

「いないな……」

 

 

 基本的に嘘を吐かない彼女達だから、言っている事は真実だろう。それにストレアの言うように、ニュース番組を流しているテレビ局をハッキングしても得をする奴はこの中に一人としていない。彼女達は、須郷やハンニバルみたいに善悪の判断が余りに極端なわけでもないし、ちゃんとした思考も出来るAI達なのだから。一番最初に思った通り、彼女達の中に犯人はいない。

 

 

「疑って悪かったよ。となると今回の《壊り逃げ男》の出現は、須郷の遺したものじゃないって事で間違いないな」

 

《……パパ、もう一度聞きますが、今明日テレビがクラッキングされているんですよね。《壊り逃げ男》の手によって》

 

「あ、あぁそうだが。どうしたんだユイ」

 

《わたしは、こうなる事がわかっていたような気がします。わたし達は確かにあの時、《壊り逃げ男》である須郷伸之を止めました。

 だけど、わたし達が止めたのあくまで末端器官のような存在である《壊り逃げ男》であり、大本であるハンニバルを止める事に成功はしていません。ハンニバルなる存在が活動を続ける以上は、《壊り逃げ男》は無数に生まれ続けるんだと思います》

 

 やはり俺の娘、考えている事はかなり似通っていた。俺達が倒したのはあくまで《壊り逃げ男》というハンニバルの遣い――本人はハンニバルの掌で踊らされていた一人とは気付かなかったみたいだが――であり、ハンニバル本人を追い詰めたわけではなかった。その証拠に、ハンニバルが何故このような行動に走っているのかも不明だ。

 

 ただ、わかるのは新たな《壊り逃げ男》が生まれた事、少なくとも《壊り逃げ男》はハンニバルの掌の上で踊らされているのがわからない事、そしてネット社会とマスメディア、警察、政財界、全てがハンニバルの掌の内にあると言う事だ。政財界も警察もマスメディアも《壊り逃げ男》だけは掴めているけれど、ハンニバルの存在は掴めていないし、ハンニバルの工作で《壊り逃げ男》が動いている事も知らないのだ。

 

 ……ハンニバルがどのような思惑を持っているのかはわからない。だけど、これだけの混乱を起こしているという事は、これそのものがハンニバルの思惑に違いない。ハンニバルの思惑通りに、さまざまな事柄が進んでいる。

 

 

「俺達だけだからな、《壊り逃げ男》がハンニバルの指示で動いているっていうのを知ってるのは」

 

《いや和人。我らだけであるぞ、ハンニバルという存在そのものを知っているのは。《壊り逃げ男》はハンニバルの存在を公表する事だけはしないみたいだからな》

 

「確かにそんな事になったなら、たちまちハンニバルに消されそうだし、一般の人がハンニバルに近付こうとするなら、すぐさまハンニバルの掌の上で踊らされて、そのまま何らかの方法で処分されそうだ」

 

《それってもしかして、イリスの言葉なの、キリト兄ちゃん》

 

 

 ユイ、リラン、ストレアに押され気味であまり喋らなかったユピテルから聞こえてきた言葉に、俺は思わず反応を示す。

 

 

「そうだ、イリスさんにハンニバルの事を話したら、こういう答えが返って来たんだ。ハンニバルに近付こうとするならば、きっと《壊り逃げ男》みたいに徹底的に利用されて、何らかの方法で処分されてしまうだろう、そしてそれを常套手段にしているんだろうってな」

 

《確かに言えるな。須郷はハンニバルに助けを求めたが、ハンニバルは手出しを一切しなかった。恐らく須郷が用済みだったからだったのだろうな。そして今、新たなる《壊り逃げ男》が、ハンニバルに利用されているだけという事を知らないで、ハンニバルの指示を受けて動いている……という事だろう》

 

 

 俺と直葉はもう一度テレビの方に向き直る。画面には間抜けさすらも感じさせるデフォルメ調の二次元アナウンサーが映り、スピーカーからは朗読ソフトのそれのような機械音声によるニュース番組の不正の実態が話されている。

 

 直葉から聞いた話では、《壊り逃げ男》に攻撃されてからはニュース番組も真実だけを話すようになったなんて言っていたけれど、こうやってクラッキングされて今朝のニュースの内容とかを暴露されているからには、まだまだ意図的な情報の改ざんなどが行われているという事なのだろう――そう考えていると何だか呆れてきてしまったが、そこで二次元のアナウンサーの言葉がいったん終わった。

 

 それまで言葉をほとんど途切れさせる事なく喋り続けていた二次元のアナウンサーの言葉が途切れた事に二人で「おや?」と思うと、機械音声が再び耳元に届いて来た。

 

 

『――これにて本日の緊急放送を終了いたします。クレームや抗議は依然として受け付けています。我が局の放送の改善のためにも、視聴者の皆様の声を、お願いいたします』

 

 

 その時、ついに二次元のアナウンサーが映っていたスタジオはテレビの画面から姿を消した。解放された直後に、放送停止のカラー画面が映り込み、何一つとして音を発さなくなってしまった。――《壊り逃げ男》による攻撃が、終わった瞬間だった。

 

 

「……今のが《壊り逃げ男》の攻撃か……」

 

「そうだよ。おにいちゃんがSAOに行ってる間にも、こんなのが沢山あったんだからね。今頃明日テレビの局はすごい事になってると思う」

 

「えらい騒ぎだろうな……イリスさんに報告したいところだけど、どうしたもんかな」

 

「あ、そういえば最近イリス先生の事、見た事ないね。なんか、SAOがクリアされてから全然会えなくなっちゃった気がする」

 

《そーいえばそうだね。最後にイリスを見たのは、SAO生還者メンバーで揃ってイグドラシルシティの酒場でパーティーを開いた時だね。あれから、イリスがログインしてきた事無いかも》

 

 

 直葉とストレアの会話を聞いて、俺はハッとする。

 イリス/愛莉(あいり)は今、俺達の目の前からは姿を消しているけれど、俺と詩乃は愛莉が今現実世界で何をしているのかを知っている。が、俺の仲間の中でその事実を知っている者は俺と詩乃だけで、彼女の子供達であるリランやユイすらも知らない。

 

 

「あぁそっか、スグとかユイは知らないんだったな、イリスさんの素性。実はだな――」

 

 

 そこで初めて、俺は芹澤愛莉という精神科医かつAI学者がどこで何をしているのかを部外者に話した。その話が終わった頃に、直葉が意外そうにしているかのような声を出した。

 

 

「へぇーっ! イリス先生、AI研究に戻っちゃったんだ」

 

「そうだ。そう言い出したのは数ヶ月も前の話で、現在進行形で彼女はAIを作ってるんだ。どこの会社でそんな事をしているのかまでは教えてくれなかったけれどな」

 

《なるほど、我らの知らないところで我やユイの妹弟が生まれ続けているという事か》

 

「そういう事だ。妹弟が増えるんだから、喜んでもいいんじゃないか。特に三女ストレア」

 

 

 テーブルに置かれたスピーカー状態のスマホから、彼女の作り出したAI達の三人目の女性型、即ち三女に当たるストレアの戸惑うような、不満げが声が響いてくる。

 

 

《えぇーっ。見てないところで妹や弟が生まれても嬉しくないよ。会えるわけじゃないし、一緒に暮らしてるわけでもないし!》

 

「でも、残念だね。こういう時イリス先生に話してみれば、何かいい知恵出してくれそうなものなのに」

 

 

 直葉の残念そうな声に同感だった。こういう時に愛莉に何か尋ねる事が出来たのであれば、何かしらの案を聞く事が出来ただろうし、ハンニバルに近付く方法を考えてくれたかもしれない。実際自分でなんとか考え出そうとはしたけれど、やはり愛莉に敵わない部分の方が多くて、どうにもならない事がほとんどだ。

 

 ちなみに愛莉の声を聞きたくて、詩乃が数回愛莉の仕事が終わったと思える時間を狙って電話をかけてみたらしいのだが、その都度留守電サービスに繋がってしまい、愛莉と話をする事は出来なかったらしい。

 

 しかも詩乃から聞いた話では、愛莉はALOにちょくちょくログインすると言っていたというのに、パーティー以来一度もログインしてきていないらしい。その時には詩乃がひどくがっかりしていたけれど、愛莉のやっている研究はそれほどまでに難しいものなのだろうと言ってやったところ、何とか聞いてくれた。

 

 きっと、愛莉のやっている仕事はリランやユピテル、ユイやストレアと言った者達とほとんど同じ、もしくはそれらを更に改良したAIの開発であり、俺達と疎遠になって付きっきりにならないと出来ないような事だ。本人はALOをやる時間も獲得できると思って臨んだんだろうけれど、やっぱりできなかったのだ。

 

 

「だけど、SAOの時からずっと頼りっぱなしだったからな。そろそろ彼女に頼らないでいかなきゃだろう。それに、あの時は《壊り逃げ男》が襲って来たから、一緒になって対抗手段を考えたけれど、今は《壊り逃げ男》が襲ってきているわけでもないじゃないか。だから、イリスさんに言っても、とくにいい答えはくれないと思うぜ」

 

「確かにそうだけどさ……でもあんな事があった後だから、《壊り逃げ男》がまた襲ってくるんじゃないかって不安なんだよ」

 

《その時はまた我らで手を合わせて戦えばいいだけの話だ。それよりも、お前達が心配すべきなのは《壊り逃げ男》の出現によりALOのアップデートが遅延する事ではないのか。明日テレビに《壊り逃げ男》が出たのならば、間違いなく日本企業のあらゆるところが厳戒態勢に入っているぞ。レクトもそのうちのはずだ》

 

 

 スマホの画面越しの相棒の言葉に、もう一度二人で「あ」と言ってしまう。明日はALOのアップデートがある日だけど、テレビでこんな事があったのだ、アップデートが遅延してもおかしくはない。せっかく楽しみにしていたのに!

 

 

「お、おいそれは駄目だ! アップデートの新大陸に行く気満々なんだぜ!?」

 

《ならば、アップデートが遅延されない事を祈るしかあるまい》

 

 

 相棒リランの声に頷き、俺は直葉と揃ってALOのアップデートが正常に行われるのを心の中で祈った。そしてその時初めて、《壊り逃げ男》による攻撃の影響が深刻なものであると言う事を知った。

 

 


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