「この子が、リランやユピテルの妹……」
まだ幼児であるかのように、サンドイッチを頬張る銀髪少女を見ながら呟く。俺達はいつものメンバーで集まってから、空都ラインの酒場に移動して、そこでイリスから詳しい話を伺う事になった。
新大陸の酒場だから、プレイヤー達で溢れていて場所なんか取れないんじゃないかと思っていたけれど、行ってみればプレイヤー達はクエストに向かう事に夢中になっていて、酒場の席を沢山空けていた。その一番大きなテーブルを取って、俺達はイリスから話を聞く事になったのだった。
「そう。さっき言った通り、クィネラはSAO時代から存在しているMHHPの三番目だ。リランを長女にするならば、彼女は次女」
「次女って事は……わたしは三女になったって事ですか」
「ユイが三女って事は……うっそ、アタシって四女になっちゃったの!?」
同じくイリスが作り上げたプログラム達であるユイとストレアが驚きながら、次女であるMHHPの三号を見つめる。今までリランが長女、ユピテルが長男、ユイが次女でストレアが三女という認識の元やってきたけれど、今回になってそれは大幅に書き換えられる事になってしまった。
だが、ユイとストレアには当然と言うべきか、納得できないような表情がその顔の中に混ざり込んでいる。イリスはこのクィネラこそが次女だと言っているけれど、明らかにクィネラがこの中で一番幼く見えるし、言動だってどう見ても幼女だ。
それを現すかのように、クィネラは店員が運んできたサンドイッチを、ユピテルと並んでさぞかし美味そうに食べている。
「だけどイリスさん、どう見たってクィネラは……」
「この中で一番幼く見えるんですけれど……」
シノンと一緒になって言ってみると、周りの皆も同じような顔をしていた。やはりこの場にいる全員が、クィネラがMHHPの三号機である事が信じられないのだろう。その中で一人だけそのような顔をしていない開発者は、髪の毛を人差し指でちょろちょろと弄った。
「確かにクィネラ自身は、まだ生まれて間もない赤ちゃんとなんら変わらない。あ、いや、そんなに幼くはないんだけれど、まだ幼児くらいの知識しか持ち合わせてない。精神年齢はもっと高いんだけどね」
「でもイリス先生、クィネラちゃんがSAO時代からいるって……」
アスナがイリスに問いかけた内容は、俺もすごく気になっていた。クィネラはイリスによればSAO時代から存在していたという話だが、それにしてはクィネラはまるで生まれたばかりのように感じられる。もしSAO時代から存在しているはずならば、ユイやストレアのようにもっとしっかりとしたAIであるはずだ。
そんな俺達の謎を察したかのように、イリスはふふんと言ってから言葉を紡ぐ。
「ややこしいかもしれないけれど、クィネラは開発そのものはされていたけれど、未完成のままSAOに実装されたMHHPなんだ。当初、MHHPが茅場さんの手によって封印されていたというのは、憶えているよね」
「憶えてます」
「その時、リランとユピテルは十分に成長した状態で実装されていたために、あぁやってエラーを起こしてしまったりしたんだけど、クィネラは実装されているにもかかわらず、そんなエラー等に見舞われる事もなければ、封印の場から出る事さえなかった。それは何故か」
皆が首を傾げたり腕組みを始めたりする最中、俺は咄嗟に頭の中で思い付く。
もしかしたら、クィネラは起動していない状態、所謂スリープモードのままSAOの中に存在していたのではないのだろうか。だからこそ、クィネラはSAOにいた時もエラーを起こす事も、封印の場から出る事もなかった。
それを頭の中でまとめ上げて、俺は授業中の時のように挙手をする。
「もしかして、起動していなかった?」
「そのとおりだキリト君。まぁ正確には、開発が完了した時点のまま放置されていたという事なんだけれどね。リランやユピ坊は、私や茅場さんが起動して、教育を行っていたんだけれど、クィネラはMHHP使用中止が宣言される直前に開発が完了したAI。心の教育とかはなされないまま、リランやユピ坊のように封印される事になった。クィネラはついに最近まで、子宮の中にいたようなものだ」
イリスの説明を黙って聞いていると、俺は頭の中に疑問点が浮かび上がってきたのを感じた。元々MHHPは茅場達によって封印されていたけれど、須郷がSAOに工作をしたために封印が破られて、外に出てくる事になった。
だけど、それが出来たのはリランやユピテルが意思を持ったAIだったからであり、クィネラはリラン達のような意思を持つ前の段階で封印されていた。ならば、外に出てくる事さえ出来ないはずだ。
「えっ。って事はなんでクィネラはここにいるんだ? どうやってSAOの封印の場から出てきたっていうんだ」
俺が思わず疑問を口にした時、生まれたばかりのような妹と食事をしていたユピテルがその口を言葉を発するために開いた。
「それやったの、ぼくなんだ」
「ユピテルが!? えっ、何をしたのユピテル!?」
ユピテルの母親であるアスナが真っ先に驚くと、イリスがユピテルの方を眺めつつ、頷く。
「正確には私がやったんだよ。私達がSAOにいた時は、カーディナルシステムの管理が停止している状況にあったんだ。そのタイミングを突いて、私はユピ坊が呼び出せるコマンドを使って封印の場にアクセスし、まだ胎児のクィネラをアイテムストレージに持ってきたんだ。まぁ要するに、ユピ坊のコピーを作り出した時と大体同じようなチートコマンドを使ったんだ」
「ユピテル達の製作者だから出来る事、ですか」
「そう言う事だね。ちなみにユイやストレアにも、似たようなコマンドを呼び出す方法があるよ」
その言葉を聞いた途端、不満そうな表情が浮かんでいた三女と四女の顔に驚きの表情が浮かび上がる。ユイやストレアは、SAOにいた時はある程度の管理者権限を持っていたけれど、それがもっとたくさんある事は知らなかったらしい。
「えぇっ、それ、初めて聞きます」
「そりゃそうだろう、君達には教えてないコマンドだからね。まぁSAOがなくなった今は完全に無意味だけれど。まぁクィネラはかなり無垢だし、いい子だから、仲良くしてやってくれよ」
「確かに、この感じはユイが始めて我らの元へやって来た時によく似ているな。いや、クィネラ自身生まれたてみたいなものだから、あの時のユイに近しいのか」
リランの声に思わず頷いてしまう。確かに今のクィネラの様子は、俺達がまだSAOにいた頃、ユイに初めて出会ったその時を彷彿とさせる。あの時のユイはエラーを抱えて言語野機能を破損していたためにあんな事になっていたけれど、今のクィネラはプログラムとしても、AIとしても成熟していないからあんな感じなのだろう。
その辺りは人間のそれとほとんど変わりがなく、まさしくネット世界で生まれた生命体の一体と言っても過言ではない。そんな事を考えていると、サンドイッチを食べる事に夢中になっていたクィネラがごくりと口の中の食べ物を呑み込み、リランの方へ向き直った。
「ねえさま、ねえさまも食べないの」
その一言を聞いて、リラン同様にきょとんとしてしまう。クィネラがリランの事を姉呼ばわりしているのには、彼女がリランより後に生まれたMHHPだからという理由があるからわかるけれど、その呼び方はまさかの姉様。まるで姉のいるお姫様のようなその喋り方に、俺は咄嗟に育て親に向き直る。
――親であり、制作者であるイリスは、ふふんと笑んだ。
「そうだ、クィネラは上品喋りの女の子なんだ。貴族生まれの子みたいでいいでしょ」
「でもなんでまた、こんな喋り方になってるんですか」
「だってリランもユイもストレアも似たような喋り方をしているし、呼び方だってほとんど皆同じようなものじゃないか。一人くらい違うような喋り方や呼び方を持っているのが居たっていいだろう。……あ、リランは高圧的喋りだったか」
イリスの言う通り、確かにユイやリランやストレアはさん付けするかしないかくらいしか、他人の呼び方は変わりがない。
恐らくそこに俺よりも早くイリスは気が付いて、何かしらのバリエーションが欲しいと思っていたのだろう。……やはりAI研究者は普通の人と着眼点が異なっているとつくづく思う。
そして幼い妹から問を掛けられた姉であるリランは、慈しむかのような表情を浮かべて、すんと笑んだ。
「我は別に大丈夫だ。お前はまだ小さいのだから、しっかりと食べろ。でないと、我のように大きくなれないぞ」
姉からの言葉を受けた幼い妹は「はぁい」と言って、再びテーブルに向き直ってサンドイッチを食べ始める。
二人揃ってネット世界で生まれていて、現実世界には存在していないものだと言うのに、現実世界の姉妹のそれとあまりに同じ過ぎて、周りの皆は軽く驚き、きょとんとする。そしてその中の一人、フィリアが口を開いた。
「リランってば、すっかりお姉さんだね」
「我はこの中の長女であるからな。年長者としてしっかりせねばならぬ」
「であると同時に、この中で唯一無二の俺の相棒だからな。年長者としても相棒としても、しっかりしてくれよリラン」
「その事に関しては心配無用だ。これからのどんなクエストにも立ち向かってやるから、期待してもらって構わぬぞ」
俺の相棒、ケットシーでもないのに狼耳を頭から生やしている金髪の少女は強気に宣言する。実際リランの強さのおかげで俺達はSAOを生き延びて来れたようなものだから、その言葉には強い説得力というものが備わっていた。
しかし、リランの宣言を聞いた後に、イリスは急に腕組みをして、少し険しい表情を顔に浮かべる。
「……それとねキリト君。実は君達に調べてもらいたい存在があるんだけど」
「調べてもらいたいもの? アイテムとかそういうものですか」
「そうじゃないよ。……この中で、歌姫セブンというプレイヤーを知っている人は何人いるかな」
歌姫セブン。その言葉を聞いた瞬間に、俺はある存在を頭の中で思い出す。
セブンというプレイヤーは、このALOをやっているプレイヤーならば誰もが知っているような、超を付けてもいいくらいの人気者である、少女プレイヤーだ。
その経緯は良く知らないけれど、セブンは俺達が初めてALOにログインした時既にALOの中に存在しており、SAOという残虐な事件と相対する平和提唱のメッセージを込めた歌を披露して、凄まじい人気を獲得している、所謂アイドルだ。
「セブンの事なら知ってますけれど……それがどうかしたんですか」
「ふむ、名前だけならみんなセブンの事を知っているようだね。実はさ、彼女の正体について仕事の合間に調べてみたんだけれど……彼女の本名は『七色・アルシャービン』というんだ。キリト君、IT&ゲームオタクの君ならばこの名前に聞き覚えがあるんじゃないかな」
セブンの次に出てきた単語に、俺は思わず驚いてしまう。今イリスの口から飛び出してきた七色・アルシャービンという名前の人間は、ITをやっている人間ならば誰しも知っているような存在だ。
七色・アルシャービン女史。通称七色博士と呼ばれるその子は、日本人とロシア人のハーフであり、僅か十二歳であるにも関わらず天才的な頭脳を持っており、様々な学位を飛び級で取得し、更にはアメリカのMITを首席で卒業して見せたという、前代未聞の少女科学者だ。
そんな七色博士は仮想ネットワーク社会を研究しており、ネットの方でVRやフルダイブ技術やそれそのものに関連した事を考察した論文をいくつも掲載していた。それからだ、俺がこの七色博士という存在に興味を持ち始めたのは。
だけど、それがまさかアイドルプレイヤーであるセブンと同一人物だという事は思い付けなかった。
「あ、そのセブンっていう子、あたしも知ってるよ。だけど、あの七色博士と同一人物っていうのはびっくりしたなぁ。十二歳で天才で、研究も出来て、歌も歌えて、作曲から編曲、アレンジまで出来ちゃうなんて、本当にものすごいよね」
「ほんと、なんていうか絵に描いたような超人っぷりね。だけど先生、なんでセブンの事を突然?」
リーファが俺と同じような事を言った後に、シノンがイリスに問いかける。この人の場合、その話が言ってみただけだとか、単純な終わる事なんてないから、何かしらの要因があるのだ。――そんな俺の考えを察したように、イリスはふむと言ってみせた。
「実は、その子はALO内で巨大なギルドを築いていてね。君達にはそれを調べて欲しいんだ。その名はシャムロック。きっとこの中にもその名前を聞いた事がある人が居ると思うんだけど……」
「シャムロック? シャムロックって言えば、わたし達がALOにログインする前から存在しているALO一の大ギルドじゃないですか。それが、セブンが作り出したものだっていうんですか」
ALOに来てからはクエストと一緒に様々な情報を探すようになったアスナが問いかける。確かに街中を歩いていたりすると、他のプレイヤー達からシャムロックという単語を聞く事はかなりあったし、それが巨大なギルドであると言う事も前から知っていた。だけどそれさえもセブンが作り上げたものだったとは思ってもみなかった。
そしてアスナの問いかけに、イリスは頷きつつ答える。
「そうさ。まるで血盟騎士団を思わせるかのようなかの巨大なギルドは、セブンがボスとなって動いているんだ。しかもその大体がセブンの信奉者のようでね、普通のギルドとはかなり異なった雰囲気を放っているよ」
「し、信奉者ですか。って事は、それだけのカリスマも持ち合わせてるって事ですよね」
「そうだよ。だけど、シャムロックは巨大なギルドであると言う事以外あまり情報が揃ってないし、私はあまりこのゲームにログインできない……でも彼らの事は気になってるし、何より君達のライバルになりそうなんだ」
「だから、俺達に調べてみろと」
「そう言う事だ。何せ、このゲームは勢力争いが一応メインになっているMMORPGだからね。シャムロックがライバルとして立ち塞がって来そうな連中ならば、気を張っておくべきだし、多くの情報を得ておくべきだ。結局最後に勝つのは情報戦に勝利した者だからね」
その時、それまで話を聞く一方だったリランが何かに気付いたような顔になった。
「……そうだ、あいつ!」
「ど、どうしたんだリラン。何かわかったのか」
「黙っていてすまなかったキリト。実は昨日お前と別れた後に、妙なプレイヤーに出くわしたのだ」
「妙なプレイヤー?」
リランによると、昨日俺がログアウトした後、リランの元に仮面で顔を隠したシルフのプレイヤーが突然姿を現したらしい。それに警戒したリランが声をかけても、そのシルフは何も言わず、羽を広げて空へ飛んで行ってしまったそうだ。
「仮面を付けたシルフのプレイヤー……何かあれば話しかけてきそうなものだけど、そいつは何も言わなかったのか」
「あぁ、奴は何も言わずに飛んで行ったのだ。仮面を付けているせいで顔はわからなかった」
「それ、お前に興味持ったシャイなプレイヤーなんじゃねえのか。リランって、ケットシーでもないのに耳生やしてるしさ。んで、お前に話しかけられて恥ずかしくなって逃げたってパターンじゃねえの」
同じ炎妖精族であるクラインが言うと、リランは強く首を横に振って反論する。
「そのような事はない! 奴は、そのプレイヤーからは《
「ら、《笑う棺桶》だって!? そんな凶悪なプレイヤーがこのALOにいるっていうの」
SAOにいた際に《笑う棺桶》討伐戦に参加したユウキが驚く。しかし、あの時《笑う棺桶》は全員が《壊り逃げ男》の疑似体験にあてられて駆り出され、その後にリランにやられ、現実への生還が不可能になった。だからこそ、生き残っている《笑う棺桶》のプレイヤーなんていない。
「なるほど、どうやらそのプレイヤーにも気を付けた方がいいみたいだし、調べた方がよさそうだね。シャムロック、その仮面のシルフに加え……それとこれは個人的になんだけど……」
イリスの視線が、同じ妖精族であるインプのユウキに向けられる。
「ユウキ。君は私と同じインプだから、インプ領の領主、見た事あるよね。私はあれがかなりやばい奴なんじゃないかって思うんだけど」
「あ、イリス先生も同じ事考えてたんだね。ボクもそれには同意見だよ」
「な、なに、何の話なの」
ユウキの親友であるアスナが戸惑い、それに続いて皆がざわざわし始めると、イリスは席から立ち上がり、周囲を見回した。
「……調べたところ、この街の中にはギルドマスターや領主達が会合するための集会所があるらしい。そして今、そこでは各領主達が会合をしているそうだが、もうすぐ終わるそうだ。ひょっとしたらその注意すべきなんじゃないかって思う領主に会える可能性がある。ユウキ、アスナ、リーファ、そしてシノンにキリト君。君達にちょっと同行してほしいんだけど、いいかな」
突然イリスに指名された者達は一斉に驚きの声を上げる。それは指名された者達だけではなく、そうではない者達も同じであり、指名されたシノンが言う。
「え、なんで急に場所を変えるんですか」
「私は領主達に出会った事はないし、挨拶をした事もない。そして領主の中にはヤバげな人が居るわけだから、一人で行くのも不安で、オトモが欲しいと思ってね。だから君達に付いて来てもらいたいんだけど、駄目かな」
「別に大丈夫ですよ。あたし、シルフ領主と仲が良いですから、皆を紹介します」
リーファがすっと立ち上がると、指名されていないカイムが追うように立ち上がった。
「シルフ領主のところに行くなら、ぼくも行くよ。ぼく、シルフ領主の側近だし」
「おぉそうかい。ならばカイム君にもお願いしようか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいって。残されるあたし達はどうなるんです」
話を勝手に進めるイリスにリズベットが抗議すると、イリスはサンドイッチを食べ終わって、兄であるユピテルと話をしているクィネラの方へ顔を向けた。
「君達には私が離れている間、クィネラの面倒を見ていてほしい。なぁに、十分もあれば戻って来れるから、その間だけお願い。お礼に外の屋台からお土産買ってくるからさ。ほら、行くよ君達」
そう言ってイリスはそそくさと喫茶店の外へと行ってしまい、俺は咄嗟に皆に「待っててくれ」と言って、シノン、アスナ、ユウキ、リーファ、カイムを連れて外に出て、街行くプレイヤーの中に紛れそうになっていたイリスの元へ駆け付けた。
クエストやフィールドに出かけて行ったのか、広場に集まっていた山のようなプレイヤー達の数はめっきり減って、街全体が見渡せるくらいになっていた。
次回、かの人達が登場。
そして原作に登場しているある人が、意外な形で登場。