キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:『音無しの声』

 シリカが嫌がる触手系植物モンスターを俺とリランで退けて思い出の丘を突き進んでいると、途中でシリカが戦闘に加って、敵に大きなダメージを与えて倒すようになり、ぐんぐん経験値を獲得して、レベルを一つ上げて見せた。やはりシリカにこのダンジョンの敵を相手にさせるのは効果的だったらしい。

 

 そんな事をしながら更に奥へと進むと、やがて遥か地平線の彼方まで花畑が広がっている、空中の花園と言えるような絶景の場所に辿り着いた。いきなり広がってきた絶景にシリカが見惚れている中、俺はここが思い出の丘の頂上である事に気付く。前方に目を向けてみれば、不思議な形をしたオブジェクトのような岩が設置されている。

 

 あれがプネウマの花の発生する場所に違いない――そう言おうとした直後にシリカが岩目掛けて走り出し、俺は慌ててその後を追って、やがてシリカが岩の目の前まで行ったところで立ち止まった。

 

 大切な<使い魔>を失ってしまった<ビーストテイマー>が近付くと、岩の天辺に光が発生し、やがてそれは花の蕾の形を作り上げて、弾けた。白い色の蕾の花が突如出現した事に驚いていると、花は鈴のような音と光の粒を発生させながら、開いた。

 

 その花にシリカが手を伸ばし、優しく包み込むと、花より下の部分が音を立てずに消え、シリカの手の中には愛らしい白い花が持たれていた。

 名前を確認してみれば、プネウマの花。間違いなく、<使い魔>の蘇生アイテムだった。

 

 

「これは……いや、これがプネウマの花か……」

 

 

 シリカの中を覗き込んで、リランが《声》を送る。

 

 

《美しい……これが死した我らを蘇らせる花か》

 

「やったなシリカ。これでピナは生き返るぞ」

 

 

 シリカはこっちに振り向き、満面の笑みを浮かべて、頷いて見せた。

 

 

「キリトさん、リランちゃん、ありがとうございました。おかげで、ピナを生き返らせれそうです」

 

 

 シリカの笑みを見ていると、何だかこっちまで嬉しさが込み上げてきた。やはり同じ《ビーストテイマー》であるからなのかな。

 

 しかし、ここはこれでも高難易度ダンジョン……ここでピナを蘇らせるのは少々危険だろう。

 

 

「ピナを蘇らせるのは街に戻ってからにしよう」

 

 

 シリカは花をアイテムストレージに仕舞い込んで、もう一度頷いた。

 その後、俺達は来た道を戻り、やがて川に架かる橋の近くに差し掛かった。それまでのシリカの足取りはとても嬉しそうなもので、見ているこちらまで嬉しくなってくるようなものだったが、その思いは橋の上に通りかかったところで、消えた。

 

 先程から、索敵スキルで俺達以外のプレイヤーの気配を察知する事が出来ている。そしてその気配は今、前方の木の陰に集中していた。……何者かがここら辺まで俺達を付け回し、最奥部から帰ってくるのを待っていたんだ。

 俺はシリカの肩に手を乗せて歩みを止めさせ、シリカの前方へリランと共に出て、声を出した。

 

 

「そこに隠れているのは誰だ。出て来いよ」

 

 

 俺の声が周囲に軽く響き渡ると、木の陰から俺達の前方へ移動した人影があった。それがはっきりとしたその時に、後方のシリカが驚いたような声を上げる。

 

 目の前に現れてきたのは、赤と黒の禍々しい戦闘服に身を包み、血のような紅い髪の毛を派手にカールさせ、手に十文字槍を持った女性プレイヤー……昨晩街で出くわしたロザリアだった。

 

 

「へぇー、私のハイディングスキルを見破るなんて、大したもんねアンタ」

 

 

 ロザリアはにっこりと笑った。

 

 

「その様子だと、プネウマの花を入手できたみたいね、おめでとう。それじゃ、その花

をこっちに渡してもらおうかしら」

 

 

 ロザリアの表情が悪人の笑みに変化したのにシリカがまた驚く。

 

 

「いきなり何を言い出すんですか!」

 

「やっぱりそんな事だろうと思ったよ。ロザリアさん……いや、犯罪者ギルド「タイタンズハンド」のリーダーさん」

 

 

 ロザリアの表情が一瞬驚いたようなものに変わり、すぐにまたいやしい笑みに変わる。

 

 

「へぇ、そんな事知ってるんだ」

 

「知ってたさ。あんたはこの前、シルバーフラグスっていうギルドを襲って、リーダー以外の4人を全員殺害し、更にその所持品から金まですべて奪い取ったそうじゃないか」

 

 

 ロザリアが髪の毛をいじり出すと、シリカが後方から俺に言う。

 

 

「で、でもロザリアさんのカーソルはグリーン、犯罪者の色じゃないですよ」

 

 やはりシリカはロザリアが悪事を働いているのにグリーンであるという仕組みが理解できていないらしい。普通ならばなかなか気付けないような事だから、当然か。

 

 

「簡単だよシリカ。あいつはパーティの中に潜伏して、メンバーを待ち伏せ地点(キルゾーン)へ誘い込み、犯罪者の仲間を使って殺すっていう手法を取っているんだ。だからあいつのカーソルはオレンジ色にはならない」

 

 

 頭の中に俺に依頼をしてきた時のあの男の声と顔色が浮かび上がる。最前線の攻略組に仇討ちを頼んだけど何度も断られて、最終的に俺の元へ辿り着き、仲間の仇を討ってくれと頼んできたあの男――仲間は殺されたが犯人は殺さないでくれ、牢獄に入れてやるだけでいいと言って、回廊結晶を渡してくれた優しい男。

 

 

「シルバーフラグスのリーダー……あいつは最前線の攻略組に朝から晩まで仇討ちしてくれる奴を泣きながら探していたんだ。そして、最終的に俺のところに依頼しに来た。あんたに仲間を殺されたあの男の気持ちがわかるのかよ」

 

 

 ロザリアはふんと言って首を横に振った。

 

 

「わかんないわよ。というか、馬鹿じゃないの。そんなにマジになっちゃって。

 ここで人が死んだら現実でも死んじゃうなんて証拠はどこにもないじゃない」

 

 

 そんなわけがない。現にこの世界で死んだ奴は本当に現実でも死んでいるんだ。確かにここじゃ確かめようのない事柄だけど、これを最初の街で茅場晶彦自らが言った上に、シノンが現実で人が死んでいる事を教えてくれた。

 

 このゲームは遊びじゃない、本当のデスゲームなんだ。なのにあれを嘘だと思い込んで、こいつらは悪事を働き、その過程で人間の命を平然と奪っている。

 

 

「それにぃ、自分の心配をした方がいいんじゃないの」

 

 

 ロザリアがぱちんと指を鳴らすと、近くの木立が揺れて、陰から如何にもガラの悪い装備をした男達が10人ほど姿を現した。カーソルを見てみれば、1名を除いて全員犯罪者の色であるオレンジだった。そしてその唯一のグリーンカーソルの男こそが、昨日俺達の話を盗み聞きしていた犯人である事が、すぐにわかった。

 

 

「なるほど、そいつらがあんたの仲間って事か。昨日の話を盗み聞きしてたのは、そこのグリーンの奴か」

 

「そうだよ。全く番狂わせだよアンタもシリカも。本当はシリカを含めたパーティを嵌めて身ぐるみ剥いでやるつもりだったのに、シリカの奴途中で抜けやがってさ。もう一度キルゾーンに嵌めるために近付いてみればアンタがいるしで……だけど高収穫だわ。シリカの持ってるプネウマの花はとんでもなく高く売れる……結果オーライね」

 

 

 ロザリアがうんざりした様子で言うと、近くの男の一人が俺の事を睨み、何かに気付いたような顔をした。

 

 

「ちょ、ちょっと待て。黒い服装に立て無しの片手剣、そして背後にいる狼のような姿をしたドラゴン……まさかこいつは、《黒の剣士》!?」

 

 

 男の声に、周りの連中が反応を示す。

 

 

「《黒の剣士》って、あのベータテスト上がりのソロプレイヤーか!? 途中からドラゴンを駆ってボスモンスターをなぎ倒してるっていうあの!?」

 

「ろ、ロザリアさん、あいつすごくヤバい奴ですよ!!」

 

 

 戸惑う男の達の声を跳ね除けて、ロザリアはいきなり笑い出した。

 

 

「攻略組かぁ! それじゃあレアアイテムも金もたんまり持ってる事だろ! それにいかに攻略組とドラゴンとはいえ、これだけの大人数に敵うわけない! お前達、ぶっ殺して身ぐるみ剥いじゃいな!」

 

「そ、そうだな! ボスに挑むという事は攻略組、レアアイテムとか金をたんまり持ってる奴だ! すげえ美味しい獲物じゃねえか、やっちまおうぜ!!」

 

 

 ロザリアの言葉を受けた男達は勢いづいたかのように曲刀や直剣を構えて、興奮した様子で俺とリランに斬りかかってきた。

 

 そして最初の一撃を皮切りに、次々と俺とリランに男達のソードスキルが炸裂する。だけど、カーソルを合わせた時に確認できる男達の簡易ステータスを目に入れたところで、動く必要はない事に気付き、リランにも動く必要はないと伝えた。

 

 

「おらあああ!!」

 

「死ねえええ!!」

 

 

 動かない俺達に、男達は興奮した様子でソードスキルを放ち続ける。相手を攻撃する事に快感を覚えているらしく、どの男にも邪悪な笑みが浮かんでおり、この男達を率いている張本人であるロザリアに目を向ければ、嘲笑するかのような表情を顔に浮かべてこっちを眺めている。

 

 目だけを動かして、左上に表示されている<HPバー>に着目した。ゲージは確かに男達の攻撃を受けて減ってはいたが、すぐにまた満タンの状態に戻った。じっと見ていれば、減る、全快する、減る、全快するを無限に繰り返している。

 

 特に何も考えないまま命の残量を眺めていると、やがて周りの男達は息を切らし、攻撃をやめた。その顔には冷や汗と戸惑っているかのような表情が、いつの間にか浮かんでいた。

 

 

「なんだよ、こいつとドラゴン……攻撃しても死なねえ!」

 

「どうなってんだ、どうなってんだよ!?」

 

 

 首筋を摩りながら、口を動かす。

 

 

「一斉攻撃したところで与えられる最大ダメージは10秒あたり400が限界か。俺のレベルは78、体力の最大値は14500……俺の装備してる自動回復スキルがもたらす回復量は10秒で600だから、何時間攻撃し続けても終わらないな」

 

 

 俺は振り返り、リランの命の残量に着目する。俺と同じで、あれだけ攻撃されたにもかかわらずゲージは全快のままだ。

 

 

「そっちのドラゴンにも全く同じスキルが備わっている。レベルは俺と同じ78、体力の最大値は俺よりも多い65900。自動回復スキル付きで10秒毎の回復量は1700だ。そっちは尚更攻撃しても倒せないな」

 

 

 周りを囲む男のうちの一人がぼやくように言う。

 

 

「そんなのありなのかよ!?」

 

 

 その言葉に、胸の中に怒りの気持ちが溢れてきて、噛み付くように俺は言った。

 

 

「あぁありだとも。たかが数字が増えるだけで無茶苦茶な差が付く。それがレベル性MMOの理不尽さっていうものなんだ。お前達の数字よりも、俺の数字の方が上回っている時点で、もう勝敗は決していたんだ」

 

 

 懐の中に手を入れて、あの男から受け取った最後の品、回廊結晶を取り出し、周りの連中に見せつける。

 

 

「これは俺に依頼をしてくれた男が全財産をはたいて買った回廊結晶、行き先は黒鉄宮の牢獄に設定されている。全員これで牢獄の中に飛んでもらうぞ」

 

 周りの連中が委縮する中、ロザリアの方へ目を向けてみると、何やら余裕そうな表情が顔に浮かべられていた。それも、如何にも悪人の笑みというべき卑しい物。

 

「随分とズルいじゃないか黒の剣士さん。そんな能力を持って、そんなドラゴンまで引き連れてるなんて。でも、ズルい事には注意しないとねェ?」

 

「何?」

 

 

 そう言った瞬間に、背後から悲鳴が聞こえてきて、俺とリランは振り返ったところで思わずぎょっとした。俺達の戦いを後ろの方で見ていたシリカを、タイタンズハンドの仲間と思われる男が武器を添えて拘束していた。

 

 

「し、シリカ!!」

 

 

 首元を絞められ、更に短刀を首筋に向けられて、シリカは恐れ戦いているような表情をしていた。その後ろで、男が邪悪な笑みを浮かべている。

 さっきから索敵スキルを発動させていたから、プレイヤーの接近はわからないわけないのに、なんであの男に気付けなかったんだ。もしや、ロザリア以上のハイディングスキルを持っていたのか……!?

 

 

「動くなよ? こいつがどうなってもいいのか?」

 

 

 まさかこんな手段に出てくるなんて。こんな方法を使うのはアニメとかドラマの悪人だけだと思っていた。

 俺とリランがいればシリカを最後まで守る事ができると思っていたけれど、それが迂闊だった。こんな事ならシリカに転移結晶を持たせておくべきだった。いや、持ってたかもしれないけど、今じゃ使えないか……。

 

 

「キリ……ト……さん……」

 

 

 か細い声で、シリカが俺の名を口にすると、男がナイフをシリカの首元に仕向ける。

 

 

「おっとお前も動くなよ。首をすっ飛ばしてやるぞ?」

 

 

 首筋に軽くナイフをあてられて、シリカの身体が一気に恐怖で縮こまり、瞳から涙が零れ落ちるのが見えた。同時に、水が湧き出して満たすように心の中が怒りでいっぱいになって、今にもシリカを拘束する男に襲い掛かりそうになったが、急に動けなくなった。

 周囲を見てみれば、いつの間にか2人の犯罪者プレイヤーの男が俺の腕を拘束していた。

 

 

「さぁ《黒の剣士》さん、持ってるアイテムを全部吐き出しな。シリカと一緒にいたんだから、シリカの命が惜しくないわけないでしょ。シリカに死んで欲しくないなら、所持金アイテム全部差し出すんだ」

 

 

 ロザリアが余裕そうに言うと、シリカを捕らえる男も言い出す。

 

 

「お前もだぜ。お前もアイテムを全部吐き出すんだ。余計な事をすればその場で首を飛ばしてやる」

 

 

 シリカは声を出さずに泣きながら、ガクガクと震えていた。俺もこんな卑怯な事をされて、ガクガクと震えながら怒り出しそうな感じだが、それを無理矢理押さえ込んでいる。

 

 俺の敏捷性ならすぐにでもシリカを助け出せるかもしれないが、今は男達に拘束されているから、この男達を振りほどく必要がある。そして振りほどいて、シリカのところへ行く間に、シリカは首をはねられてしまうだろう――下手に動く事は出来そうにない。かといってこのままじっとしていたらアイテムを奪い尽くされてしまう。

 

 

 それにこいつらは容赦を知らず、プレイヤーを攻撃する事に快感を覚えているような狂った連中……アイテムを奪った後にシリカを殺すのは間違いない。怒りに任せて動いても、冷静になって動かないでいても、シリカは殺されてしまう。

 

 

(なんとかしなければ……だがどうやって!?)

 

 

 歯を食い縛りながらこの状況を打破する作戦を頭の中で考えるが、それよりも先にシリカを守れなかった上に、タイタンズハンドを見くびっていた事への後悔が頭の中に広がった。

 どうしてこんなことを招いてしまったんだ。

 どうして俺とリランでどうにでもなるなんて考えたんだ。

 これじゃあまるであの時と同じじゃないか……。

 

 

《キリト、シリカ、耐えろ!》

 

 

 そんな思いが渦巻く頭の中に、いきなり初老の女性のそれのような《声》が響き渡った。直後に俺は《声》の発生源である使い魔に顔を向けたが、次の瞬間、俺の使い魔である狼竜は口を開き、咆哮したが、その声は竜のそれとは思えないような声だった。

 

 まるで金属音、大音量のモスキート音などに獣の甲高い悲鳴のような声と狼の遠吠えを混ぜたような、耳から入り込んで全身を駆け巡り、脳に突き刺さる超音量の不快音。その波は周囲の花を揺らしながら、思い出の丘全体に広がり、俺達の耳の中、脳の中に容赦なく入り込む。

 

 音の波の中心部付近にいた俺は、超音量の不快音に脳を揺すられているような感覚に襲われ、耳を塞ごうと、思わず拘束されている腕を動かそうとしたが、いつの間にか腕が自由に動かせるようになっている事に気付き、すかさず俺は両手で耳を塞いだ。

 

 何が起きたのかと思って俺を拘束していた男達を見てみれば、皆光のない目をして地面に倒れ込み、身体をぴくぴくと小刻みに動かしていた。耳を塞ごうとしていた形跡が見られたため、どうやらこの音をまともに浴びて気を失ったらしい。

 

 

 そのままロザリアの方へ向いてみれば、ロザリアは掌で耳を塞ぎ、下を向いていた。恐らくあまりの音にその場を動けなくなっているんだろう。俺を攻撃していた連中もロザリアと同じように耳を塞ぎ、その場を動く事が出来なくなっている。

 

 一方シリカの方へ視線を向ければ、シリカは目を瞑って耳を力を込めた両手で塞いでいた。――後ろの男は立ったまま白目を剥いて硬直している。ナイフを持っているうえにシリカを拘束していたから、耳を塞げなかったんだ。

 

 リランのこの異様な声でタイタンズハンドのほぼ全員が無力化できている事がわかると、リランは叫びながら俺に《声》を送ってきた。

 

 

《今だキリト、叫び声をやめた瞬間にシリカを掻っ攫え!!》

 

 

 リランの《声》がしっかりと頭の中に響いた直後に、リランの叫び声は止まった。それから1フレームにも満たない時間の間に俺は駆け出し、シリカの元へほぼ一瞬で到着。白目を剥いて硬直している男をシリカから引きはがし、自由になったシリカの身体を両手で抱き締め、男達から離れた位置へ走った。

 

 更にその直後、リランはいきなり走り出し、動けなくなっているロザリアの身体に噛み付いた。そのままロザリアの下半身を口の中にすっぽりと入れて、その身体をがっちり拘束し、どすどすと勢いよく駆けて俺の元へ駆け寄ってきた。

 

 俺はシリカを抱いたまま片手で剣を抜いて盗賊団達目掛けて構え、リランがロザリアを口の中に入れたまま盗賊団に顔を向けると、口の中のロザリアが抵抗を始めた。

 

 

「こ、この、なにするんだよ、離せ!!」

 

 

 ロザリアは手に持っていた十文字槍を短く持って、リランの顔を刺し始めたが、リランは全くと言っていいほど動じなかった。何度ロザリアが刺そうとも、リランのHPゲージは減る、全快するを繰り返す。

 

 

《貴様らのリーダーの身は預かったぞ。こいつがどうなってもよくないならば、余計な事はせずに回廊結晶で牢屋に飛び込むのだ》

 

 

 リランの発した声を聞いて、残された盗賊達は震えあがる。シリカを拘束し、恐怖を与えまくった盗賊団への怒りが、胸の中から喉へ、そして口へと昇ってきて、やがて言葉として出た。

 

 

「逃げるなよ。こいつは火を吐いて攻撃する事も出来るんだ。もしここで逃げ出そうとしたら、お前ら全員焼け死ぬぞ。勿論最初に死ぬのはお前らのリーダーだ!」

 

 

 盗賊達はガタガタと震えあがったが、ロザリアがリランに噛まれたまま反論を始める。

 

 

「わ、アタシ達の中にはグリーンもいるんだぞ! グリーンを攻撃すれば、アンタがオレンジになるんだよ!?」

 

 

 リランがその言葉に答えた。

 

 

《貴様らは我が殺す。我はあくまでキリトの《使い魔》だ……我が貴様らを殺したとしてもキリトの手が血に汚れるわけではない。キリトは貴様らの言うグリーンのままだ! さぁどうする、焼け死ぬか? それとも牢屋に飛び込むか?》

 

 

 盗賊達は何も言わずにリランの言葉を聞いていた。もう抵抗しても無駄だという事に気付いたらしい。

 俺は剣を仕舞い込んで、回廊結晶を掲げて叫んだ。

 

 

「コリドー・オープン!」

 

 

 俺の号令と共に回廊結晶は砕けてなくなり、目の前の空間に蒼い光の渦が出現した。行先は黒鉄宮の監獄エリアだ。

 

 その光の渦の中に、タイタンズハンドの者達は――気絶した仲間達を抱えて、何も言わずに飛び込んで行った。俺達の話を盗聴していたグリーンプレイヤーのその中に消え、残すはリランの口の中に囚われているロザリアだけになった。

 

 

「なんだよ、なんだよ、あんな能力をもって、こんなドラゴンを連れて、本当にチート野郎じゃないのアンタは!!」

 

《チート野郎……ズルをする者か。貴様らのような、卑劣でズルする事に快感を覚えているような連中がそのような言葉を使うとは、滑稽だな》

 

 

 リランは腕をばたつかせるロザリアを銜えたまま天高く顔を上げて、そのまま回廊目掛けて勢いよく振り下ろした。直後に、リランの口に捕えられていたロザリアは解放され、投槍の如く超高速で光の渦の中へと消えて行った。その直後に回廊そのものも消えてなくなった。

 

 一気に周囲が静かになったが、鳥の声もしてこなかった。リランの咆哮がダンジョン全体に響き渡り、音を浴びた動植物が一斉に黙り込んだのだろう。……まさに『音無し声』だ。いや、耳を澄ませば川のせせらぎと風で花が揺れる音くらいは聞こえてくるから、完全に音がなくなったわけじゃない。

 

 俺はシリカの方に目を向けた。シリカはじっと俺にしがみ付いたまま、動いてくれなかった。……とても、可哀想な事をしてしまった。

 

 

「ごめんなシリカ……怖かっただろう」

 

 

 シリカは何も言わずに頷いた。

 

 

「俺の不注意のせいで……あんな事になってしまって、本当にごめんな、シリカ」

 

 

 シリカは首を横に振った。そこで、ようやく閉じていた口が開いた。

 

 

「助けてくれて、ありがとうございますキリトさん。本当に、ありがとうございました」

 

 

 俺は思わず、シリカの身体を抱き締めた。小刻みに、震えたままだった。

 

 

「でも、すみません……怖さが抜けません……身体が思うように、動いてくれなくて……頭の中に何度もあの時の事が繰り返して……」

 

 

 そりゃそうだろう、あんな目に遭ったんだ、怖くて動けなくなるに決まってる。

 しばらくは動かないでいた方がいいだろう――そう思った直後、リランがいきなりシリカの背後に回って、一気に身体を低くした。

 

 

「リラン?」

 

 

 リランは何も返さずに軽く口を開け、前歯でシリカの項に、静かに浅く、噛み付いた。

 思わず吃驚して、俺は声を上げる。

 

 

「な、何やってんだリラン!?」

 

 

 リランは何も返さずにシリカの項に噛み付き続け、やがて離した。直後、シリカがどっと体重をかけてきて、俺は踏みとどまった。何事かと目を向けてみれば、シリカはいつの間にか眠りに就いていた。それも、どこか安心しきったような寝顔をして。

 

 

「あれ、シリカ……?」

 

 

 そこでようやく、リランの《声》が返ってきた。

 

 

《……お前達の言葉で言う『おまじない』を施した。これでもうシリカは大丈夫だ。起きた時には、もう恐怖にやられる事はなくなっているよ》

 

「なんだよそれ」

 

《とにかくもうここに用はない。35層の宿へ戻るぞキリト。宿に着く頃にはシリカも目を覚ますだろう》

 

 

 俺はいまいち腑に落ちない気持ちのままシリカをおんぶし、街の方へ歩き出した。

 ひとまずあの男の依頼は完了、シリカのプネウマの花入手も上手くいった。そろそろ前線……というか22層のシノンのところに戻らなきゃいけないけど、何か忘れているような気がする。それが何なのか思い出せないまま、俺はシリカを負ぶったまま、歩みを進めた。

 


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