キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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19:黒影の力、灰銀色の専属患者

 アスナとの話を終えた後、俺はレストランを出て、空都ラインの中を歩いていた。あちこちにはクエスト帰りで疲れた様子のプレイヤーや、これからクエストに出かけようとワクワクしているような様子のプレイヤーなど、とにかく俺以外の無数のプレイヤーの姿を見る事が出来た。

 

 先程まではそうじゃなかったけれど、今から俺もその中の一人となる。皆を集めてクエストに向かえば、血盟騎士団の団長だったプレイヤーから、ただのスプリガンを選択した一ALOプレイヤーになるのだ。そう、このALOというゲームを純粋に楽しんでいるプレイヤーに、なるのだ。

 

 アスナの話は少し不安になるようなものだけれど、これからの攻略に不安を持ち込む必要はないし、そもそも持ち込んでしまったらゲームを楽しめなくなる。アスナの話をそんなに気にする必要は、無いのだ。だから深く考える必要だって、無い。

 

 

「よぉ、キー坊」

 

 

 これからの事、不安になりそうな事、そして攻略の事を頭の中でまとめながら歩いていたその時、SAOに居た時から聞いていた声色を耳の中に入れて、立ち止まった。

 

 この声は――そう思いながら、声が届けられてきた方に顔を向けてみれば、そこには黄色の髪の毛に猫のような耳を頭から生やし、猫髭のような紅いペイントを頬にしている、暗い緑色と黒を基調としたフード付きの短いローブを纏っているケットシーの少女の姿があった。

 

 一見すれば全く見た事がないと言える少女。しかし俺はALOを始めた数日後にこの少女と出会い、この少女の正体が何なのかを聞く事になった。というよりも、俺をキー坊なんて呼び方をする少女なんて一人しか存在していないので、すぐさま気付く事が出来たのだが。――そんな少女の名前を、俺は呼んだ。

 

 

「アルゴ」

 

「キー坊、相変わらず元気そうじゃないカ。その様子だと、これから攻略に出かけるのカ?」

 

「あぁそうだよ。今は攻略のための準備をしていたところなんだ。そういうお前こそ、いきなり声をかけてきてどうしたんだよ」

 

 

 次の瞬間、アルゴの顔から特徴的な得意気な笑みが消えて、少し険しい表情が浮かび上がり、更に周囲を注意深く見まわすようになったものだから、俺は思わずきょとんとしてしまった。一体どうしたのかと声をかけようとしたところで、アルゴの口が開かれた。

 

 

「周りにあまりプレイヤーはいないし、おれっち達の話を聞いてる様子もないナ」

 

「おいおい、どうしたんだよ。急に深刻ぶって」

 

「……キー坊。この前のスキルの事、調べてきたゾ。そして、正体も掴んできタ」

 

 

 そこで俺は驚く。この前――シノンがPoHに襲われた後、俺はシノンに甚大な痛みと苦しみを与えたPoHの事が気になって仕方がなくなり、PoHが使っていたとされるスキルについてアルゴに調査を頼んだのだった。それからかなり経ったし、最近はリアルでもこの世界でも頭の中を埋める出来事が多かったから、すっかり忘れそうになっていた。

 

 

「本当か。その情報はいくらだ。(ユルド)ならかなりあるから、遠慮なく言ってくれ」

 

「いや、金は要らないヨ。そもそも、あのPoHが使ってるスキルっていうから、おれっち自身も気になって仕方がなかったんダ。だから、キー坊にも無料で教えてやル。それにしても、これを掴んだ時には、おれっちも流石に驚いたし、納得しタ。如何にも、PoHっていう狂人らしいスキルだったゾ」

 

「そうか。それで?」

 

 

 そこでアルゴは話しを始めた。アルゴによると、PoHがシノンを襲った際に使っていたとされるスキルの名前は《直接攻撃》。このゲームには痛覚抑制機能(ペインアブソーバ)が搭載されているために、攻撃を受けたりしても痛みを感じないで済んでいるのだが、この《直接攻撃》は痛覚抑制機能を無効化して、相手に痛みを与えるものであるらしい。単純な名前であるが、内容はかなり恐ろしいものとなっている。

 

 PoHはこれを使っていたからこそ、シノンに現実世界のそれのような痛みと苦しみを、与える事が出来ていたと、アルゴは言った。

 

 

「痛覚抑制機能を無視して、相手に痛みを与えるスキルだなんて……」

 

「これが実装されたのは、スヴァルト・アールヴヘイムが実装されるちょっと前くらいダ。新しいスキルとしていつの間にか追加されてたものだったんだけど、皆新大陸の実装に気を取られてそれどころじゃなくなってたんだナ。だから、ほとんど気付かれてないに等しいスキルだったんだヨ」

 

「一体どこにそんなものがあったっていうんだ。少なくとも俺は見た事ないぞ」

 

 

 そこでアルゴがすかさず説明を加える。

 

 この直接攻撃スキルは、攻撃に関連するスキルの非常に深いところに存在しているらしく、更に取得条件を満たさない限り出現してこないエクストラスキルであるため、気付いたプレイヤーはほとんどいなかったそうだ。しかも、このスキルを出現させるその条件も非常に厳しくて、簡単に取得できるようなものでもないらしい。

 

 まさに、知る人ぞ知るもの、だそうだ。

 

 

「そんなものが存在してたなんて……一体何のために。攻略とは全然関係のないスキルじゃないか」

 

「キー坊、お前は皆と仲良くこのゲームをプレイしているから忘れているのかもしれないけれど、このゲームは本来PK歓迎の種族の勢力争いのMMORPGなんダ。だから、対プレイヤー戦で役立ちそうなスキルが実装されてもおかしい話じゃなイ」

 

「プレイヤー戦に役立つって……相手に甚大な痛みを与えるそんなスキルが、役立つのか」

 

「相手の攻撃を受けてみて、甚大な痛みを感じれば、大体のプレイヤーは戦意を喪失すル。多分これは、相手の戦意をそぎ落とす事を目的にしたスキルなんだろうナ。だけど、あのPoHはこのスキルを全開にして、シーちゃんを攻撃しタ。あいつらしいって言えば、あいつらしいナ」

 

「そうだな……」

 

 

 確かに強い痛みは恐怖を誘うものだ。甚大な痛みを伴う攻撃を受ければ、並大抵のプレイヤーは次に痛みを受ける事を恐れ、戦意を喪失して逃げ出す。軍人ならばそうはならないだろうが、このゲームをプレイしているのはあくまでそこら辺にいる一般人達だ。

 

 そんな一般人達を怯えさせる事の出来るこのスキルは、確実に敵プレイヤーとの戦闘を優位に進め、勢力争いに大いに貢献できるだろう。――本来ならばそう言う目的に使われるはずのスキルを、あいつは全く違う用途に使用していたのだ。それも、明らかに誤った方向で。

 

 いや、あんな使い方をするなんて、良くも悪くもPoHらしい。――だが、PoHはそのスキルを一階披露しただけで、もうこのゲームには現れないと言って消えていったらしい。

 

 俺はどうもそれが気になってしまい、腕組みをしているアルゴに声をかけた。

 

 

「……なぁアルゴ。お前はどう思う。あいつはまたここに来ると思うか」

 

「それはどうだろうナ。シーちゃんの話がどこまで本当なのかわからないけど、もし本当なら、PoHはもうALOには来ないんじゃないかって思うヨ。はっきり言って、SAOの時みたいにプレイヤーを殺す事の出来ないALOは、PoHの求めている場所じゃない」

 

「確かに、アミュスフィアは人を殺すような力は持ってないからな……そしてこの世界もデスゲームじゃないから、PoHが求めるものは何もないな」

 

 

 SAOの時はゲームオーバーになると本当に死に至る仕様になっていたため、PoHのような殺人鬼は無限の快楽を得る事が出来たが、何もかもが変わってしまっているこの世界では、何一つ楽しめる事など無い。やはりあいつは自分が《ハンニバル》と組んでいる事を、俺達が《ハンニバル》に目を付けられている事を教えるためにわざわざ来たのだろうか。

 

 

「じゃああいつが、シノンの元に、俺達のところに来た理由って……」

 

「自分がキー坊達の言う《ハンニバル》のところにいる事を、そして生きている事を教えるためだろうナ。そんな事の為だけに、あいつはこんなスキルを使ってシーちゃんを襲ったんダ。全く、相変わらず凶悪な奴だヨ」

 

「あぁ、全くだ。そんな目的のためだけに、シノンを襲ったなんて」

 

 

 そこでアルゴは少し気難しそうな表情を浮かべた。いや、どちらかと言えばこれから来る何かを警戒しているような表情だった。

 

 

「だけど、あいつの気が変わって、また来る可能性はないわけじゃなイ。その時にもきっとキー坊じゃなくてシーちゃんを狙うだろうから、気を付けろよキー坊。いざとなった時、シーちゃんを守れるのは、キー坊だけダ」

 

「わかってるよ。次にPoHがシノンのところに来た時は、俺が迎撃してやる。その時に、《ハンニバル》の正体を聞き出してやるんだ」

 

「そっカ。こっちでも《ハンニバル》の事は調べておくし、必要になった時はキー坊のパーティに加わるからナ。これからも頼りにしてくレ」

 

「そうか。じゃあ午後からの攻略に協力してくれるか」

 

 

 そこでアルゴは一瞬驚いたような顔をして、首を横に振ってしまった。てっきり縦に振ってくれると思ったから、俺は思わずきょとんとしてしまう。

 

 

「流石にそれは無理ダ。言っておくが、いつでもパーティに参加できるわけじゃないんダ。タイミングがあった時にだけ、出てやるって事だヨ」

 

「なんだ、そういう事なのか。じゃあタイミングが良かったら参加してくれよ」

 

「それなら任せておケ。さてと、キー坊もしっかり攻略しろヨ」

 

 

 そう言って、ネズミの髭のようなペイントを顔に施した猫耳金髪少女は、街の中へと歩いていき、人混みの中に消えていった。SAOの時もそうだったけれど、相変わらず情報を集める力は強いから、これからも、俺達が驚くような情報ばかりを届けてくる事だろう。

 

 世界の変わったALOでもアルゴは頼りになりそうだ。いや、実際こうやってまだ知らぬスキルとかを調べてきて、ちゃんと教えてくれるんだから、頼りになっているんだけど。

 

 

(さて)

 

 

 俺は咄嗟にウインドウを呼び出して、時間を確認した。皆との集合時刻にしたのは現実時刻の十三時で、今ウインドウの中に浮かび上がっている現実時刻は十二時四十七分。もうすぐ集合時刻になるから、広場に向かわなければ。言い出しっぺが遅刻なんて、格好が悪いし説得力に欠ける。

 

 

「もう行くかな」

 

 

 独り言を呟いて、スヴァルト・アールヴヘイム実装時ほどじゃないけれど、沢山のプレイヤーで混んでいる空都ラインの広場へと向かおうとしたその時、後ろから声が聞こえてきて、俺は振り返った。

 

 そこにあったのは、フード付きの薄暗緑色の戦闘服を纏った、銀色の髪の毛の、そこそこ背の高い、俺と同じスプリガンの姿。出会ったのは結構最近だけれど、割とすぐに打ち解ける事の出来た少年、シュピーゲルだった。

 

 

 

「キリト」

 

「あぁ、シュピーゲル」

 

 

 共に攻略を進めている仲間である銀髪のスプリガンは、俺の元へと駆け寄ってきた。そしてすぐそこまで来るなり、その口が開かれるよりも先に俺は自らの口を開ける。

 

 

「どうした、急に声掛けて来てさ」

 

「丁度見かけたからだよ。そういうキリトこそ、ここで何してたの」

 

「準備が終わったから、これから広場に向かうところさ。シュピーゲルも同じか」

 

「そうだよ。僕も準備が終わったから、広場に行こうとしてたんだ」

 

 

 そう話すシュピーゲルの顔には、これから起きる事にワクワクしているかのような純粋な表情が浮かんでいる。恐らくではあるが、先程解放された新エリアに行くのが楽しみで仕方がないのだろう。新しい要素がたっぷり詰め込まれている新エリアにこれから向かおうと思っているゲーマーならば、誰もが浮かべる表情だ。

 

 

「その様子だと、次の大陸が楽しみみたいだな」

 

「勿論だよ。でも、そういうキリトだって、そうじゃないの」

 

「勿論その通りだ。これから新エリアに向かうのが、楽しみじゃないゲーマーなんてどこに居るんだよ」

 

「そうだね」

 

 

 しかしその直後、シュピーゲルは急に表情を少し真面目なものに変えた。もっとALOの話をしてくるのではないかとばかり思っていたけれど、明らかにそうじゃない話をしそうな顔をしたシュピーゲルに軽く驚いた後に、その口は開かれた。

 

 

「ねぇキリト」

 

「なんだ」

 

「ずっと気になってたから言うね。でも、僕がこんな事を言うのは何だけどさ、その……キリトはシノンの……()()さんの恋人、なんだよね」

 

 

 そこで俺はもう一度驚く。今、シュピーゲルは朝田という名前を口にした。朝田は、シノン/詩乃の名字であり、アスナ/明日奈やリズベット/里香といったリアルで出会っている友達以外は知らないはずの名前だ。何故それを、このシュピーゲルは知っているというのか。

 

 俺は自分の顔が強張ったのを感じながら、シュピーゲルに問いかける。

 

 

「おい待て。シュピーゲルお前、なんでシノンの名字知ってるんだ。誰から聞いた」

 

 

 詰め寄るように尋ねると、シュピーゲルは少し驚いたような顔をして、後ろに下がり、掌を広げた両手を立てた。そのうち、焦ったようにその口を開く。

 

 

「し、シノンの名字なら、愛莉先生……イリス先生から聞いたんだ。シノンだって、僕の本名知ってるんだよ。だから、お相子だって。僕が一方的に知ってるんじゃない」

 

 

 突然詰め寄られた事に焦っているシュピーゲルの話を聞いて、俺はハッとする。つい忘れてしまいがちだけど、元々シュピーゲルが俺達の仲間になったのは、シノンの専属医師であり、ユイやリランを作った科学者でもあったイリスが連れて来たからだ。そしてその時に、イリスはシュピーゲルを自分の弟子であり、患者の一人だと話していた。

 

 つまりシュピーゲルはシノンと同じ境遇にいる者だし、何より医師であるイリスは結構自由奔放な人だから、シノンの事を軽くシュピーゲルに話していたとしても不思議な事ではない。

 

 

「あ、そっか。お前はシノンと同じで、イリスさんの患者だもんな。……っていうか、シノンの本名を知ってるなら、シノンがなんでイリスさんの患者になってるとかも聞き出したのか!?」

 

「いやいやいや、そこまでは聞いてないし、第一聞いてもイリス先生は話してくれないよ! そもそも朝田さん……シノンだって、僕の事は本名くらいしか知らないし!」

 

「そうか。流石にイリスさんもそこまではお前に話さないか……」

 

 

 いつの間にかかなり近くなっていたシュピーゲルの顔。そこから少しだけ距離を離すと、シュピーゲルは軽く溜息を吐いて、眉を寄せた。恐らくだが、詰め寄った俺がかなり恐ろしく見えたのだろう。

 

 顔がさっきから強張っていたから、自分でもかなり怖い顔をしていたのがわかる。

 

 

「キリト、なんだか目の色変わってたよ」

 

「……ごめん。お前からシノンの本名が飛び出したものだから、驚いてしまって……」

 

「そうだね。でも、その様子からすると、キリトはシノンの事をすごく大事に思ってるみたいだね」

 

「わかるのか」

 

 

 それまで焦っている表情と驚いている表情が交互に浮かんでいたシュピーゲルの顔に、微笑みが浮かび上がる。ようやく落ち着きを取り戻せたようだったが、シュピーゲルが慌てる原因を作ったのはそもそも俺であるから、その様子を目にした時、心の中にすまなさが沸き上がってくるのを感じた。

 

 

「わかるよ。今、キリトの目は必死だった。なんというか、シノンを思って、必死に守ろうとしているっていうのかな。とにかく、そんな目をしてたんだ。必死過ぎてちょっと怖かったけど」

 

 

 確かに俺は、シノンに関わる話――特にシノンの身に何か起きた時やそれに関係する話――を聞いた時、よくそんな目をしているとSAOに居た時からイリスに言われている。それが同じようにわかるのは、シュピーゲルがイリスの弟子であり、患者であるからだろう。だが、まさかシュピーゲルまでイリスと同じような事を言うのは、少し驚きだった。

 

 

「……怖がらせたみたいで、悪かったな」

 

「ううん、いいんだ。だけどキリト、気になる事があるんだけど、聞いていい?」

 

「なんだよ」

 

「キリトとシノンが会ったのは……やっぱりアインクラッドなのかな」

 

 

 そこで俺は一旦口を閉じる。俺とシノンが出会ったのは、呪われたデスゲームであるソードアート・オンラインの中。そこで俺達は出会い、多数の困難を乗り越えた後に守り合う事を誓い、今に至っている。

 

 この事はあまり人に話す事はないし、何よりシノン自身あまり話してほしくないと言っている事から、親しいと思った人間以外には絶対に話さないようにしているのだが、シュピーゲルとは結構打ち解け合っているし、いい友人関係を築いていると自覚している。

 

 流石にシノンの過去を話すわけにはいかないが、どこで出会ったくらいかは、言ってもよさそうだ。

 

 

「そうだよ。俺達はアインクラッドで出会った。シノンだけじゃない、アスナもリズも、シリカもユウキも、クラインもエギルもディアベルも……俺達のほとんどが、SAO生還者なんだよ。というか、この辺りの事もイリスさんから聞いてるだろ」

 

「うん。聞いてる。皆がアインクラッドに閉じ込められて、出るために戦い続けて、そしてゲームをクリアに導いた事を、何度もイリス先生から聞いたよ。だけどね……」

 

 

 そこでシュピーゲルの表情が曇り、徐々に俯いて行った。急な表情の変化に少し驚いて、声をかけたくなったが、それよりも先にシュピーゲルは言葉を発した。

 

 

「その話を聞く度、皆が羨ましくなるんだ」

 

「羨ましい? なんでだ。俺達が居たところはデスゲーム、死ねば本当に死ぬゲームだったんだぞ。ALOみたいに死んでもいいわけじゃないんだぞ」

 

「だってキリト達は……イリス先生と一緒に居れたじゃないか」

 

「えっ……」

 

 

 SAO生還者は、俺達だけじゃなく、シュピーゲルとシノンの医師であるイリスもまたその中に含まれている。イリスは最初からSAOに居たわけではなく、事故という形でSAOに巻き込まれてきたし、前線に立って戦ってくれたわけでもないのだが、元SAO開発スタッフの一人として、様々な形で俺達をサポートしてくれた。だから、俺達の仲間である事にかわりはない。

 

 だけど、そんなイリスと一緒に居れた俺達が羨ましいというシュピーゲルの言葉が、いまいち理解できなかった。その中、シュピーゲルは何かを思い出しているのかのような表情を浮かべる。

 

 

「キリト達は知らないだろうけれど、イリス先生がSAOに閉じ込められた時、イリス先生の勤めてる病院とか、僕以外の患者さんとか大騒ぎだったんだよ。イリス……愛莉先生は大丈夫なのか、診察は受けられるのかって……」

 

 

 シノンと本人の話によれば、イリス/芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)は非常に高い評価を受けていた精神科医であり、受け持っている患者がかなりの数いたという。まぁその中でシノンは特別に症状が重いと言う事で専属患者となったわけなのだが、シノンはSAOに芹澤と一緒に閉じ込められたから運がよかった。

 

 だが、シュピーゲルのようにそうではない芹澤の患者もいたのも確かだし、そういう人達が芹澤の身を心配していたのもわかるし、診察が受けられない事に苦しんだのも、わかる。

 

 

「まぁ、メディキュボイドを使ったはずのイリスさん……愛莉先生がメディキュボイドを使ったっきり戻ってこないなんて事になったんだから、大混乱が起きただろうな。それでも、あの人は順応したからすごいけど」

 

「うん。僕もあの時は参っちゃったよ。もしかしたら、このまま愛莉先生が戻ってこないんじゃないかって、不安でいっぱいだった」

 

「随分と愛莉先生を信頼してたんだな」

 

「うん。僕にとって愛莉先生は……特別な人だから。だから、SAOで愛莉先生と一緒に居られたキリト達が……シノンが、僕は羨ましいよ」

 

 

 当時を思い出しているかのようなシュピーゲルの顔を見て、俺はハッとする。これほどまでに芹澤を信頼しているという事は、もしかしたらシュピーゲルもまた、芹澤の専属患者なのではないのだろうか。そうでなければ、これ程までに芹澤を信頼するはずがない。

 

 

「シュピーゲル……もしかしてお前も、愛莉先生の専属患者なのか」

 

 

 シュピーゲルは答えようとはしなかった。リアルにかかわる事なのか、それとも話したくないのか。あるいは芹澤に口止めされているのか。気になる事が多くて、思わず声をかけたくなったが、またそれよりも先に、シュピーゲルは顔を上げた。

 

 

「でもいいんだ。イリス先生は無事に帰って来たし、何よりその後キリト達と出会えた。だからもう、その時の事なんていいんだ。昔の事よりも今の事を気にしろって、イリス先生から何度も言われてるからね」

 

「そうか。そうだな。俺もそんな事をイリスさんによく言われたよ」

 

 

 そこでシュピーゲルは俺に向き直った。先程まで深刻な話をしていたとは思えないような、明るい表情が浮かび上がっていた。

 

 

「さ、湿っぽい話は終わりにしよう。午後からは新エリアなんだから、もっとワクワクして行こうよ」

 

「そうだな。よし、そうしよう」

 

 

 そう言って、俺は灰銀髪の少年と一緒に歩き出した。リアルでどんな目に遭って、どのような意図があって芹澤の患者となったのかは聞く気はないが、シュピーゲルは恐らくシノン同様芹澤の専属患者の一人であり……俺達の仲間の一人だ。

 

 それを頭の中で再確認しながら、俺は歩みを進め続けた。

 


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