キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:砂漠の空で

            □□□

 

 

「私と一緒に飛ぶ事になるのは、そんなに意外だったのかい、キリト君」

 

「えぇ、まぁ。だってイリスさんは攻略に参加しないじゃないですか」

 

「はっ。これでも攻略には自信がある方なんだよ。私自身、君より年数の長いゲーマーだからね。RPG攻略なんてお茶の子さいさいさ」

 

 

 親友であるカイムとのある程度の会話を終えた後、キリト達は再び転移門に集まり、砂漠の浮島大陸ヴェルグンデに向かった。転移門を抜けて空都ラインから砂漠地帯に降り立った瞬間、相変わらず容赦のない日差しが差してきたものだから、一気に暑さにやられそうになったが、そこで買い揃えていた耐暑アイテムを一斉に使った事により、熱風と日差しを全く感じなくなり、平然と空へ飛び立てるようになった。

 

 

 攻略に行く準備は万全ーー誰もが砂塵の舞い飛ぶ砂漠の空にいこうとしたが、しかし、そこでキリト達は立ち止まり、一旦作戦会議を開く事にした。

 

 ヴェルグンデはヴォーグリンデよりも更に広大な砂漠地帯であり、どこに何があるのか一切把握できていない状況下にある。今攻略しているグランドクエストを進めるためには、ヴォーグリンデの時同様、とりあえずマップを廻ってキーアイテムなどを回収したり、グランドクエストに関わっているところに行ったりする必要がある。

 

 なので、それを探すのが目的なわけなのだが、これだけ広大な場所をみんなで固まって飛んだところで、時間を浪費するばかりで、攻略はなかなか進まないだろう。それを理解していたキリトは、集まっている皆を二人一組に分けてマップ中を飛び回る事を提案した。

 

 固まって飛ぶよりも、分散して飛び回った方が色んなものが発見できるだろうし、思わぬ穴場スポットが見つかるかもしれないし、いつもより早く攻略を進める事が出来るかもしれない――そういった理由を付け加えて言ってみたところ、皆はそれを呑み込んでくれて、キリトの提案通りに攻略を進める事を認めてくれた。

 

 そこで、キリト達はチーム分けを開始したのだが、最初にチームが決まったのは先程話をしていたユウキとカイム。次に決まったのがクラインとエギルで、その次がリズベットとシリカ、その次がリーファとシノン、その次がシュピーゲルとディアベルで決まり、続けてアスナとリランが組み、ストレアとフィリアが組む事が決まった。

 

 

 そして残されたキリトは誰と組む事になったのかというと、珍しく攻略に参加してきた、イリスだった。普段全く姿を見せる事もなければ、見せたとしても攻略に参加してくる事などほとんどなかったイリスが俺と組みたいなどと言い出したものだから、俺を含めたいつものメンバー全員で驚く事になった。

 

 普段全く戦っていないのがイリスだから、攻略に参加してもあまり戦えないのではないかと、ほとんどの者達が驚きを交えて抗議していたが、イリスはそれらを聞くなり「心配はいらない、私はこれでも結構強い方なんだ」と言って余裕さを見せつけ、キリト自身も何も心配はない事を把握していた。

 

 確かにイリスはSAOに居た時もかなりのステータスを持っていたし、アインクラッド解放軍の暴漢達を数秒で撃沈せしめるような実力を見せていた。なので、攻略に出かけたとしても全く問題にはならないだろう――その事を話すと、皆納得してくれ、俺達はヴェルグンデの空を別々に分かれて飛ぶ事になり、キリトはイリスと共に熱風の吹き荒れる空へ翅を広げて飛び立った。

 

 

「そういえば、イリスさん」

 

「なんだいキリト君」

 

「イリスさん、最近ログインする頻度が増えて来てませんか。前なんて全然ログインしてこなかったじゃないですか」

 

 

 イリスは元々精神科医をしていたが、SAOを開発して世に送り出した、元アーガスのスタッフの一人であり、天才AI研究者であった事を掴まれて、あるゲーム会社にヘッドハンティングされて、そのまま配属される事になり、開発に打ち込む事になった。

 

 当初イリスはそこそこの頻度でALOにログインすると言っていたが、全くそれをする気配がなかった。その事を受けて、イリスがALOにログインする余裕さえもないくらいに忙しい事が、キリトは把握できていた。

 

 

「あぁ、最近は開発も落ち着いてきてね。休日はこうして皆とALOを楽しめるくらいになったんだ。私が居ないときは寂しくなかったかい」

 

「俺はそうでもないですけれど、シノンとシュピーゲルはそうかも知れませんね」

 

「彼女達には悪い事をしていたよ。一緒に遊ぶ時間をもうけるって言ってたのに、全然出来なかったからね。寂しい思いをさせてしまった」

 

「だけど、それを選んだのもイリスさんじゃないですか。AI研究がしたかったから、今のゲーム会社にいるんじゃないんですか」

 

 

 熱風に髪の毛を揺らしながら、イリスはふふんと鼻を鳴らす。イリスが精神科医をやめてまでゲーム会社に向かった理由は、AI研究をもう一度やりたいとイリスが強く望んだからだ。そしてその願いがとても強い事がわかるからこそ、シノンもシュピーゲルも反対せずにイリスの言葉を受け入れて、イリスをゲーム会社に送り出したのだ。

 

 

「まぁね。確かに私のやりたい事はAI研究だし、それのためなら全てを投げ出してしまえるくらいだ。だから、彼女達の事も投げ出したわけなのだが……」

 

「なんでそこまでAI研究に固執するんですか。まぁ、そのおかげでリランやユイを作れたようなものじゃないかとは思うんですが」

 

「……それが自分らしさを一番保てる時間、だからかしら」

 

「自分らしさ?」

 

 

 少し驚きつつキリトは振り返る。容赦なく差してくる日差しで、イリスの黒い髪の毛は光り輝いていたし、吹き荒れる熱風のせいでものすごく髪の毛が動き回っているのだが、それら一切どころか、この世界の全てを全く気にしていないような表情が、イリスの顔には浮かんでいる。

 

 

「なんて言えばいいのかな。私にとってAI研究は、本当に自分のやりたい事をやっているような感じになれる事なのよ。もう、それだけあれば何もいらないみたいな、そんな感じで……だから、もう一度AI研究をやってみないかって言われた時には、自然と惹かれてしまったのよ」

 

「……」

 

 

 自覚があるのかどうかはわからないが、イリスの喋り方が変わっている。これはシノンから聞いた事だが、イリスには喋り方が二通り存在しており、一般的な女性のような喋り方と、茅場晶彦のような男性的な喋り方がある。

 

 このうち、女性的な喋り方は完全に素の自分に戻っている時のそれであり、仕事をしている時やゲームで遊んでいる時などの喋り方が、キリト達がよく聞いてきたそれであるという。

 

 今のイリスは、素のイリス――素の芹澤愛莉に戻っているのだ。しかし、キリトは大してそれを気にすることなく、ただイリスの言葉を聞き続ける。

 

 

「……けれど、やっぱり彼女達には悪い事をしてしまったよ。シノンに至っては、まだ1年以上も残ってたのに、それを途中で取り止めにする事になってしまったのだからね。だから私は、こうしてALOに来て、彼女を診なければならないというわけだ」

 

「なら、なんでわざわざ俺と組んだんですか。シノンを診なきゃいけないなら、シノンと組む必要があったはずですよ」

 

 

 キリトの問いかけを受けたところで、イリスは急に速度を落として、やがて空中で制止した。その様子を見ていたキリトもまた、同じように速度を緩めて空中に制止、そのままホバリングしてゆっくりとイリスに近付く。

 

 

「君と組んだのは、君に言いたい事があったからだよ、キリト君。いや、聞きたい事があったからだ」

 

「聞きたい事……?」

 

「そうだ。君はあの事を、シノン――詩乃に話したのかい」

 

 

 キリトは背筋をぞくりと言わせた。砂漠が与えてくる熱が一気に感じなくなって、まるで極寒地帯にいるかのような寒気が全身に走り、頭の上から頬にかけてつぅと血のように一滴の汗が流れ落ちてくるのがわかった。

 

 キリト/和人の頭の中にはシノン/詩乃の記憶が存在している。他人の記憶が頭の中に存在しているという異様極まりない状態に、和人は陥っているのだが、そのおかげで、和人は詩乃の親以上に詩乃の事を理解する事が出来る。

 

 しかし、同時にこの異様な状態には致命的な欠点も存在していた。この詩乃の記憶は、和人が意識すれば引き出してこれるものなのだが、時に和人が意識しなくても突然出てきて、和人の記憶と混ざろうとして来るのだ。その時には、まるで発作のように頭の中が混乱し、何が自分の記憶でどれが詩乃の記憶なのか、境界がひどく曖昧になる。

 

 

 それだけではない。この詩乃の記憶が存在するようになってから、和人はかつては何とも思わなかった人混みを苦手と思うようになったし、拳銃はモデルガンだろうが拳銃の写真だろうが、その形を目にしただけで頭の中がひどく混乱して、尋常では無い吐き気に襲われて、酷い時には嘔吐する。

 

 詩乃が苦手としているものやトラウマといった様々な詩乃の記憶が、少しずつ和人を蝕んでいる。これに関してイリスに相談を持ちかけたところ、なんとかして詩乃の記憶の侵喰を抑え込む方法を教えてもらったが、効果は少しだけで、根本的に解決には至っていないのが現状だった。

 

 そしてそれを、和人は未だに詩乃に話せないでいる。

 

 

「……言えるわけ、無いじゃないですか」

 

「だろうね。だけどキリト君。この事はいつかシノンに話さなきゃいけないし……それに、シノン自身もそのうち君の異変に気付くと思うよ。君の異変は、あからさまに表に出てしまっているからね」

 

「……そうですけれど……」

 

「……怖いんだろう、気付かれるのが」

 

 

 イリスの言葉は的を得ていた。シノンの記憶が自分を侵食している事に気付いた後、キリトはずっと、シノンに瞳を覗き込まれる度に、恐れを感じるようになっている。もしシノンがこの事に気付いてしまったら、知られてしまったら、その時にシノンと自分は、詩乃はと、恐ろしくてたまらなくなる。

 

 

「だけど、何度も言っているように、彼女は想像以上に(さと)いぞ。君の身に異変が起きればすぐさま気付いてしまうし、問い詰めてくるぞ」

 

「……わかります。前にもそんな事がありましたから」

 

「この事はいつまでも隠してなどいられない。遅かれ早かれ、君の口から彼女に打ち明けなければならないよ。その覚悟がない君じゃないだろう」

 

「……」

 

「その様子だと、打ち明けられる覚悟がないみたいだね。もしかしたら、言ったら彼女が傷付くと思ってるんじゃないのかい」

 

 

 そこでキリトはかっと顔を上げて、自らの黒色の瞳をイリスの赤茶色の瞳に合わせた。鏡面のようになっているイリスの瞳に映る自分の顔には、怒りの表情が浮かび上がっているのが見えた。

 

 

「そうに決まってるだろ! こんな事話された詩乃がどんな思いをするか、あんただってわかるだろ!!」

 

「……わかるよ。だけどね、彼女はやがて君のそれに気付くだろうし、君がそれを詩乃に打ち明けるのが遅くなればなるほど、詩乃はより深く傷付くよ。君達の事だから、君も詩乃に、詩乃も君に、隠し事はしないように決めているんだろう」

 

 

 図星だった。自分達はずっと前から、お互いに隠し事をしない事を決めていて、この前だってもう一度その話をして、約束をした。なのにキリトは、本当の事であるこの話を一切話せないでいる。シノンに向けて隠し事はしないでくれと頼んでいるのに、自分自身はそれが出来ていない。

 

 シノンとの約束を、最初から破っているのだ。

 

 

「そうだけど……そうだけど……ッ!」

 

「なら早く話すんだ。君が本当の事を話す事を遅らせれば遅らせるほど、彼女はより深く傷つくんだから。本当に彼女の事を思っているならば、今被ってる化けの皮はさっさと脱ぎ棄てるんだ。それが、彼女のためだ」

 

 

 確かに、このまま隠し続けたところで、聡いシノンはやがて自分の異変に気が付くだろうし、その時ずっと隠し事を続けていた自分にひどく傷付く事になるだろう。そしてその傷は、シノン自身が気付いた時の方が、より深いものとなるに違いない。

 

 いや、もしかしたらキリトが自分から話したとしても、シノン自身が気付いたとしても、シノンが負う事になる傷の深さは変わらないのかもしれない。強いようで非常に脆い心を持つシノンが、一番大事にしている人が、自分を助けた時から発生している害に現在進行形で苦しめられていると知った時どうなるか――その結果を想像するのは火を見るより簡単だった。

 

 

「そうだけど……だけどッ……」

 

「彼女が傷付くのが怖くて出来ないか。君は優しいから、詩乃が傷付かない事を選ぼうとするけど、時には傷付く事も話さなきゃいけないものなんだよ、和人君」

 

「そうだけど……」

 

「さっきからそうだけどしか言ってないね君は。キリト……ううん和人君。いずれにせよこの事は詩乃に打ち明けなければならないんだ。それに、君は詩乃を傷付けてしまうとばかり考えているものだから、重要なものが見えなくなっているね」

 

 

 そう言われて、キリトはSAOの頃、イリスから重大な話を聞かされた時のようにふっと顔を上げる。砂漠の灼熱が生み出す陽炎の中に佇んでいて、尚且つ強い日差しを浴びているのに、イリスの表情がはっきりと見えた。

 

 

「詩乃の心の傷を癒しているのは誰か。それはね、君なんだよ、和人君。今までずっとそうして来たじゃないか」

 

「俺が詩乃の心の傷を、癒してる……」

 

「そうだ。詩乃の記憶を持ってるからわかると思うけれど、私達に出会う前の詩乃の心は冷たく凍り付いていた。しかも、中身の表面は傷だらけで、その深さは芯に届くくらいのものだったんだよ。

 しかし今の彼女は全然そんなんじゃないし、彼女の心の傷はとても癒されている。彼女の心を今の段階に導いたのは、他でもない、君だよ和人君。あぁいや、君だけじゃなくて私や明日奈やリラン達も貢献してるけれど、一番は君なんだ」

 

 

 確かに詩乃の心がひどく荒んでいて、尚且つ傷だらけだったのは、詩乃の記憶を見ればよくわかるし、詩乃が自分達に出会うまで生きてきた時間があまりにひどいものだった事もよくわかる。だからこそ、和人は詩乃の事を守ろうと思えるのだし、その心を癒してやろうと考える事が出来るのだ。

 

 

「だけど、俺がそこに新たな傷を作るなんて……」

 

「まぁ待ちなさいな。話はそんなに難しくない。君の手で傷を作ってしまったならば、君自身がそれを癒せばいいんだ」

 

 

 そこでキリトは驚きつつもう一度顔を上げる。先程まで吹いていた熱風は止まり、ばたばたと揺れていたイリスの髪の毛は動きを止めて、日光を受けて黒く光り輝いていた。恐らくだが、自分の髪の毛も同じような黒色に光っているのだろう。

 

 

「俺が、俺が作った傷を癒す……?」

 

「そうさ。君が詩乃の心に傷を作ったならば、君がそれを癒してやればいい。君なら、出来るだろう」

 

 

 これまでキリトが癒してきたシノンの心の傷というのは、基本的にキリトを含まない他人が付けてきたものだった。だからこそ癒す事が出来たようなものだが、キリト自身がシノンの心に傷をつけてしまった場合は全く考えたことがないし、想定した事さえなかった。

 

 イリスは癒せばいいなんて簡単に言っているけれど、自分が作ってしまったシノンの心の傷を自分で癒すなんて、そんな簡単にできるわけがない。――もしそうなった時の光景が容易に想像出来てしまい、キリトは冷や汗を掻きながら頭を片手で抱える。

 

 

「そんな事、俺に出来るのか」

 

「出来るのかじゃなくて、出来なくちゃいけないよ。詩乃の傍にずっと居続けて、詩乃の事を守り続けるっていうのは、そういう事なんだから。君には、乗り越えなきゃいけない試練の時が近付いてきているんだ。これを乗り越えられないようじゃ、君は一生詩乃の傍に居る事も、詩乃の事を守る事も出来ないって事だよ」

 

「試練……」

 

 

 確かに自分はSAOに居た時、シノンの過去の全てを聞いた後に、シノンを一生守る事を誓って、夫婦関係を結んだのだ。そしてその、朝田詩乃という一人の女性を一生守り続けるという思いと誓いは、その時からずっと変わっていないし、それこそが自分の使命と運命であると思えてすらいる。

 

 だが、その守るべき詩乃の心に傷付けた時、それは果たして自分の手で癒す事の出来るものなのだろうか。本当に自分の手で治す事が出来るのだろう、か。

 

 様々な事に直面し続けて来たため、大概の事に答えを導き出す事が出来るようになっている頭を回しても、その答えは一向に出す事が出来なかった。

 

 

「……悩みなさい、和人君。これは私が何とかしてあげられる問題じゃない。あなたと詩乃の、二人だけの問題よ。だから、あなた達で悩んで、あなた達で考えて、あなた達で解決なさい。私が言えるのは、これだけよ」

 

 

 困った時はどんどん頼れと言ったのはあんたじゃないか――いつもならばイリスにそう言い返すであろうキリトの口は、完全に閉じられて、何も言葉を発する事はなかった。いや、いつも返している言葉が見つからなかったと言った方が正しいのかもしれない。

 

 いつもならば仲間達の力を借りる事で、どんな苦難も超えられてきたものだが、これは誰にも頼れない二人だけの問題。詩乃の心に傷を作り、それを自ら治す――出来なければ、自分には詩乃を守る資格はない、試練。

 

 どうすれば、それを超える事が出来ると言うのか。いやそもそも、その時は一体いつになるのか、その時をいつにすればいいというのか。考えれば考えるほど黒い霧が立ち込めてきて、頭の中を覆い尽くしてくる。どんなに消そうとしても、一向に消える気配を見せない黒い濃霧。

 

 その黒い霧が頭の中全体に広がろうとしたその時、突然耳元に大きな声が聞こえてきた。

 

 

「ねぇ、そこの物陰でこそこそしているのは誰だい」

 

 

 声色はイリスのものだった。その大きな声を耳にしてふと我に返った時、近くにある空にまで届くくらいの巨岩の影から、ゆらゆらと一つの人影が姿を現した。赤くて長い髪の毛に金橙色の瞳で、黒と白を基調とした服を纏い、赤いホットパンツを履いた、背中から歯車の模様のある半透明の灰色の翅を生やした少女が、その正体だった。

 

 その少女はゆっくりとホバリングをして、苦笑いを顔に浮かべながら接近してきた。

 

 

「あ、あはは。まさかキリト君以外の人にばれちゃうなんて」

 

「む……もしかして君がキリト君の言っていたレインって()かい」

 

「あ、あぁはい。わたし、レインって言います。っていうか、ご存知なんですか」

 

「あぁ。キリト君から神がかったストーキング能力を持つレインっていうプレイヤーの話を聞いていたんだよ」

 

 

 イリスはレインに笑みかけつつ、自らの腰に軽く手を添えた。そして何も気にする事がないかのように、余裕に満ちた自己紹介を始める。

 

 

「私はキリト君の仲間のイリスだ。ログインする頻度はそんなに高くないけれど、いつもキリト君達の近くにいるから、よろしく」

 

「あぁはい、こちらこそよろしく、イリスさん」

 

 

 赤毛の少女レインは軽く頭を下げた後に、キリトの方に向き直ったが、その顔に浮かべられている異様なまでの真顔に驚いて、一瞬言葉を詰まらせた。そんなレインの様子にさえ気にしていないように、瞬きだけを繰り返しているキリトに、レインはそっと声をかけた。

 

 

「えっと、キリト君」

 

「……うん」

 

「なんでそんなに怖い顔してるの」

 

「別に何もないよ。攻略に加わる?」

 

「あ、うん。加わっていいなら、加わる」

 

「わかった」

 

 

 そう一言言うと、キリトは翅を広げて陽炎の揺らめく砂漠の中へと飛行を開始する。まるで心がここにないような、感情のこもっていない返事を聞いたレインは更に驚きつつ、イリスと共にその後を追いかけた。

 

 

「キリト君、なんか上の空だけど、どうしたんですか」

 

「さぁね。砂漠の暑さで頭に熱がこもっているのかもしれない。だけど攻略に支障はないみたいだから、黙ってついてって大丈夫だよ」

 

 

 レインは隣の黒髪の女性の言葉に頷きつつ、前を飛んでいる《黒の竜剣士》を追いかけた。

 


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