キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:砂塵の剛拳 ―三神獣との戦い―

「これでどうだッ!」

 

「これでも喰らえッ!」

 

 

 カイムとリーファ、二人の風妖精が一斉に魔法を唱えると、荒ぶる砂毛獣ラタトスクを中心に激しい烈風が発生し、やがてそれは竜巻となり砂毛獣の身体を切り刻み、その全身を赤いダメージエフェクトで覆い尽くす。

 

 俺達はヴェルグンデの攻略を粗方進め、ついにエリアボス戦へと突入した。砂漠浮島の様々な仕掛けやイベントを成し遂げた俺達を待っていたのは、三神獣の内の一匹であるラタトスク。

 

 

 神話の中では愛らしい栗鼠の姿をしているとされているそれは、このALOでは全身が筋肉質で、ゴリラと犬と栗鼠のそれを混ぜ合わせたような顔をしている角のある獣だった。そしてそんなラタトスクを可愛い系モンスターだと勘違いして、テイムする事を願っていたのがリズベットとリーファ。

 

 二人はその可愛い系とは完全にかけ離れた姿を目にした時、茫然としてしまって動けなくなってしまったが、今は憂さ晴らしか何かをするかのように魔法やら近接攻撃やらソードスキルやらを砂毛獣に向けて打ち込みまくっている。そのおかげもあるのだろう、砂毛獣の体力を短い時間で減らす事に成功し、既に《HPバー》の一本目が終了していた。

 

 

 そんな砂毛獣だが、繰り出してくる攻撃はその見た目通りのパンチやボディタックルといった近接攻撃ばかりで、魔法を放って来る事は基本的にはなかった。が、魔法が使えない事を補うかのように、砂毛獣から飛んでくるパンチやタックルの威力はかなり高めに設定されているようで、一撃受けただけでHPがごっそり減って黄色に変色するくらいだ。

 

 なので、今俺達は、砂毛獣の攻撃を避けつつその大ぶりな攻撃の隙を突いて、近接攻撃と魔法攻撃を交互に繰り出して反撃をするというのを基本戦術にして戦闘を繰り広げていた。

 

 

「ラタトスクは魔法や遠距離攻撃に弱いぞ! 引き続き遠距離攻撃を中心にして攻めるんだ!」

 

 

 SAOの時と全く変わらないディアベルの指示が砂塵舞う戦場に鳴り響いていき、それを受けた俺達の中で、後衛に分けられている者達は補助魔法や攻撃魔法を唱え始め、前衛を承っている者達は突撃を開始する。

 

 丁度、砂毛獣はカイムとリーファの唱えた風属性攻撃魔法《タイラント・ハリケーン》の直撃を受けたため、よろけて攻撃の隙を与えてくれている。攻撃のチャンスだ。

 

 

「よし、今の内だ。俺達も加わるぞ!」

 

《了解だ! しっかり捕まっておれよ!》

 

 

 号令を聞かせると、リランは砂地を蹴り上げて一気に砂毛獣へ突っ込んだ。カイムとリーファの起こした竜巻が巻き上げた砂煙の中、よろけている砂毛獣の元に辿り着くと、リランはその手を振り上げ、爪で勢いよく砂毛獣を切り裂いた。砂毛獣の攻撃を受けた部分に赤と白の混ざり合ったダメージエフェクトが出来上がり、二本目の《HPバー》の中身がかなり減少するのが確認できた。

 

 しかし、砂毛獣はそこでついに体勢を立て直し、後ろ脚だけで立ち上がると、怒り狂っているかのように右手でパンチを繰り出してきた。大振りで隙が大きいが、一撃喰らうだけでかなりのダメージを負う事になる砂毛獣の拳が迫り来た直後、リランは咄嗟にバックステップをして回避する。

 

 ぐいっと後方に身体が引っ張られて、俺はどこかに飛ばされそうになるが、両手でリランの毛をしっかり握って持ちこたえる。そして攻撃を外した砂毛獣はどすんと拳を地面に付けて、砂塵を舞わせた。

 

 そして次の瞬間、号令を出しているわけでもないのに、まるでスイッチするかのように周りの仲間達が一気に砂毛獣との距離を詰めていく。その中で最も早く砂毛獣の元に辿り着いたのは、俺と同じ《ビーストテイマー》であるシリカと、カイムにとっての大事な人であるユウキだった。

 

 

「てぇやあっ!!」

 

「はああっ!!」

 

 

 シリカは声を上げつつその手に握られている短剣に光を纏わせて、砂毛獣の後ろ脚を切り裂いた。同刻、もう片方の後ろ脚に向けてユウキが同じように光を纏った片手剣を振るい、その刃を喰い込ませた。甲殻を纏っているわけでもなければ、強靭な筋肉に包み混まれているわけでもない砂毛獣の後ろ脚に、二つの刃は容易に侵入し、内部組織を断ち切る。

 

 足を切られた砂毛獣はぐうぅと悲鳴に近しい声を出したが、すぐさまラリアットの要領で腕を振り回し、シリカとユウキに殴りかかったが、身軽な事が特徴でもあるケットシーであるシリカは、咄嗟に後方へジャンプして砂毛獣の攻撃を回避。それとほぼ同じタイミングでユウキも後方に宙返りして砂毛獣の拳から逃れる。

 

 

 そして、その時を狙うかのようにクラインとディアベルとシュピーゲルのトリオが二人と交代する形で砂毛獣へ突撃、それぞれ別な場所にいったん立ち止まると、クラインは攻撃後の隙を見せている砂毛獣の右腕に向けて、光を纏った刀で連続斬りを仕掛け、ディアベルはシリカが攻撃を仕掛けた後ろ脚へ向けて四角形を描くかのような回転斬りを放った。

 

 縦斬りを横斬りを数回連続で放つ刀ソードスキル《朧月夜》、四回連続する回転斬りを放つ片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》がクラインとディアベルによってほぼ同時に炸裂したタイミングで、シュピーゲルは短弓を抱えつつ一気にジャンプして砂毛獣の背中に飛び乗り、真下に狙いを定めて連続で矢を放ってみせた。

 

 ソードスキルではないが、接射(せっしゃ)――ところによっては(ゼロ)距離射撃とも言われる――という弓矢ならではの強力な攻撃が炸裂し、砂毛獣の背中が軽い剣山状態になり、砂毛獣は苦悶の声を上げてそのHPを一気に減少させた。

 

 

 どうやら砂毛獣の防御力は、この前戦ったフレースヴェルグよりも劣っているらしい。だからこそ、フレースヴェルグの時よりも少ない回数の攻撃でHPを減少させる事に成功しているのだろう。しかし、砂毛獣ラタトスクの早さや攻撃力は恐らくフレースヴェルグより上だろう。……何にせよ気を抜いて戦えるような相手ではない事は確かだ。

 

 

「今度はあたし達!! 覚悟しなさい砂ゴリラ――ッ!!」

 

「おっきいのをいくよ――ッ!」

 

 

 攻撃を仕掛けた三人が後退すると、前に出て来たのがリズベットとストレア。そのうちのリズベットに至っては片手棍をこれ以上ないくらいに力いっぱい握り締めており、走るたびに少し大きな足音が鳴っていた。ラタトスクが全然イメージと異なっていた事に力んでいるのだろう。

 

 そんなリズベットが砂毛獣の顔の真ん前に辿り着いたその時に、砂毛獣は両手を大きく振りかぶり、すぐさま勢いよく振り下ろしたが、その刹那ともいえる時間にストレアが砂毛獣とリズベットの間に割って入り、迫り来た砂毛獣の両手に向けて素早く両手剣を振るって、攻撃を逆に弾き飛ばした。攻撃を受けた瞬間に繰り出す事で発動する、ダメージを与えつつ相手の攻撃を弾き飛ばすパリング系両手剣ソードスキル《ホロウ・シルエット》が炸裂したのだ。

 

 

 攻撃を弾かれる事は予想外だったのか、砂毛獣は大きく仰け反って体勢を崩し、その直後に、リズベットは思い切りジャンプして砂毛獣の顔面に迫り、その眉間目掛けて赤い光を纏った片手棍を叩きつける。

 

 力いっぱい片手棍を打ち付けるだけの、シンプルだけど強力な技である《パワー・ストライク》の炸裂を顔面で受けた砂毛獣は溜まらず悲鳴を上げて後退し、HPをかなり減らしていった。今現在リズベット自身がかなり力んでいるから、その分威力が加算されたのかもしれない。

 

 

「次行くよッ!」

 

「スイッチだ!」

 

 

 そしてリズベットとストレアと交代したのが、フィリアとエギル、短剣使いと両手斧使いという奇妙な組み合わせ。まず最初にフィリアがその場で暴れまわっている砂毛獣の懐へ、迫りくる攻撃を回避しつつ忍び込み、そこで光を纏わせた短剣でジグザグに動きながら砂毛獣の身体を切り裂いた。短剣の六連続攻撃ソードスキル《ミラージュ・ファング》。

 

 それとほぼ同時にエギルが、先程のシュピーゲルの時と同じように砂毛獣の攻撃をよけながら駆けあがり、その背中を蹴り上げて大きくジャンプ。そこで両手斧に光を纏わせながら急降下し、砂毛獣の隙だらけの背中に二回連続で斬撃をお見舞いする。地上で発動した時には敵に飛びかかりつつ斬撃を二回繰り出す技になる、両手斧二回連続攻撃ソードスキル《ヴァイオレント・スパイク》。

 

 二人による威力も攻撃回数も異なっているソードスキルを浴びるなり、砂毛獣は声を上げながらHPを減らしていき、ついに二本目の《HPバー》を空にして、三本目を減らし始めた。俺達は砂毛獣との戦いの折り返し地点に突入したのだ。

 

 

「よし、折り返し地点を過ぎたぞ! 皆、あと少しだ!」

 

 

 号令するように叫んだその時、HPを残り半分にされている砂毛獣は突然力強く咆哮し、地面を蹴り上げて走り出した。余りに突然の行動に皆と一緒になって驚き、目を向けてみれば、砂毛獣は近くにあった岩塊に辿り着いていた。

 

 一体何をするつもりなのか――そう思った直後に、砂毛獣は突然岩塊をその筋肉質の両腕で掴み、そのまま一気に持ち上げた。砂毛獣が岩塊を引き抜くとは予想していなかった俺達が一斉に驚いた直後、砂毛獣は巨大な岩塊を抱えたまま俺達に向き直り、力を込めて全身を動かして岩塊をぶん投げてきた。

 

 恐るべき力によって放り投げられた岩塊は、見事な弧を描いて俺達の元へ向かって来て、やがて俺達の位置から見える太陽を遮る。まるで山が降ってきて来ているかのようだった。こんなものが直撃しようものならば一溜りもないだろう――皆に回避の指示を出さなければ。

 

 

《その程度で我らを止められると思うなッ!!》

 

 

 指示を下そうとした瞬間、頭の中に初老女性のそれに近しい《声》が響き渡り、直後に身体の下のリランが身構えた。驚きながら目を向けると、リランは口内をごうごうと燃やし始め、やがて燃えたぎる焔を巨大な火球の形にしたものをかっと開いた口から放った。

 

 真っ赤に燃え盛る焔を纏った火の球は砂毛獣の投げてきた岩塊に直撃し、大爆発。岩塊は轟音と共に中心からバラバラになって砕け散り、大きさがまちまちの欠片になって辺りの砂場に落ちた。大小さまざまな大きさの、無数の岩の欠片が降り注いだことにより分厚い砂煙があちこちから上がり、もう一度日光が軽く遮られた。

 

 その中でリランにも砂埃がかかって来たが、リランは犬や狼と同じようにぶるぶると身震いをして、身体にまとわりついてきた砂埃を振り払った。当然、俺の身体も同じように揺すられたわけなのだが、俺はそこでリランにしがみ付く事によって、リランの身体から振り落とされないようにする。

 

 この流れはSAOでリランに乗っていた時からやっているから、なんて事はなかった。

 

 

「まぁ、それくらいやってきそうだなとは思ったけれど、まさか本当にやるとはな」

 

《あの砂ゴリラめ、力任せの技ばかり繰り出してきおる。もう少し頭を使ったらどうなのだ》

 

「あいつはただのモンスターだ。ただのモンスターじゃないお前とは違うって事だよ。だけど、あいつはお前みたいに賢いわけじゃないから、よっぽどやりやすいと思うぜ」

 

《我とあんな奴を一緒にするでないわ》

 

 

 砂毛獣と一緒にされそうになって不満そうな顔をするリラン。リランはSAOに居た時から、あぁいうモンスター達と、モンスター達が搭載しているAI達と一緒にされる事を嫌っていたが、それはSAOがクリアされてALOにやって来てしばらく経った今になっても全く変わっていない。

 

 そんな変わりのないリランに安堵感を覚えた直後に、舞い上がった砂塵が切り裂かれるのが見えて、俺はその地点へ注目した。そこにあったのは、先程加わったばかりの赤髪の少女レインと、普段全く戦闘をするところを見せる事のない黒髪の女性イリス。

 

 レインは俺と同じように両手に剣を持って走っており、イリスは刀のそれによく似ている片刃長剣を持って砂毛獣の元へ向かっていた。そして二人が辿り着いたその時に、砂毛獣はその両腕を大きく振り上げ、やがて二人目掛けて振り下ろした。

 

 砂毛獣の剛腕が地面に叩きつけられると、どおぉんという轟音と共に凄まじい震動が起こって、分厚い砂塵が空気中に巻き上げられるが、その中を切り裂くようにして二人が現れ、そのうちレインは砂毛獣の右手の真後ろ、イリスは砂毛獣の臀部付近に陣取り、ほぼ同じタイミングで手持ちの武器に光を纏わせる。

 

 

「おりゃあぁッ!!」

 

「せぇぇやああッ!!」

 

 

 レインは剣に光を宿らせつつ軽く宙返りし、そのまま前方向にある砂毛獣の右腕をXの文字を書くように切り裂き、イリスはその場で縦方向に高速前転し、砂毛獣の尻尾の付け根付近を斬りまくった。前方向に強い斬撃を放つ二刀流ソードスキル《シグナス・オンスロート》と前転しながら敵を斬りまくる連続攻撃刀ソードスキル《窮寄》がそれぞれ同じタイミングで発動されると、砂毛獣のHPはごりごりと減っていく。

 

 その減り方が二人で一斉攻撃しただけでは思えないくらいだったので、俺は二人の種族熟練度やステータスがかなり高いものであるという事を把握する。恐らく俺達が見ていない時やログインしていない時に、種族熟練度やスキルを上げていたのだろう。――そう思った直後に、砂毛獣は突然俺とリランの方に向き直り、地面を蹴り上げて走ってきた。

 

 こういうゲームの戦闘中にモンスターがターゲット変更をするのは、ヘイト値という値をそのプレイヤーがヘイト値を一定の値にした時だ。基本的に見る事の出来ない値であるこのヘイト値は、モンスターに攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど増えていき、最終的にモンスターのターゲットの矛先を浴びる事になる。

 

 だがどうして、対して攻撃しているわけでもない俺とリランを砂毛獣は狙ったというのだろうか。もしかしたら、リラン自身にヘイト値を常に上げて、ターゲットを取ってモンスターをおびき寄せるスキルが搭載されているのだろうか――そんな事を頭で考えたそこで、その中に《声》が響いてきた。

 

 

《避けられぬ! 防御するぞ!》

 

「あっ、あぁ!」

 

 

 相棒の《声》に頷いて、その背中をしっかりと掴んだその時には、突進してきた砂毛獣の顔が目の前にあった。

 

 ゴリラ、犬、栗鼠のそれを複雑に待座合わせたかのような輪郭と、こちらに飛びかかってくる姿勢。あまりに距離が近いせいなのか、まるで世界がスローモーションになっているかのように砂毛獣の動きや姿勢をしっかりと見る事が出来たのだが、

 

 

(……!!?)

 

 

 その時、俺の頭の中に一瞬にしてあるものが浮かび上がった。そしてそれは瞬く間に俺の視界に影響を及ぼして、目の前にいる砂毛獣の姿を上書きしていき、形を成していく。

 

 目の前に広がっている光景が、砂毛獣に襲い掛かられているそれから、黒い帽子と黒い革のジャンパーを着て、灰色の長ズボンを履き、口から(よだれ)を垂らしながら、黄色く濁った白目で同行が異様なまでに大きくなっている、痩せた中年の男が、今こちらに飛びかかってきている映像に切り替わる。

 

 

「……ぁッ」

 

 

 次の瞬間、全身の熱が消え去って、指先と足先が一気に冷え、頭から顔にかけて冷や汗が流れ出て、まるで麻痺状態になってしまったかのように身動きが取れなくなる。思考を回そうにもまるでノイズが走っているかのように頭の中が動かなくなり、心の中が理由のわからない恐怖感の黒い水に満たされていき、身が勝手にすくんでいって、リランの毛を掴む力が一気に弱くなる。どんなに力を込めようとしても、力を入れること自体を忘れてしまったかのように、リランの毛を握る事が出来ない。

 

 

 モンスターの攻撃を避ける事が出来ず、受けるしかなくなった時には、いつもならリランと共に防御姿勢を取るため、粗方のダメージを受けるだけで済むのだが、その防御姿勢さえ作る事が出来なかった俺の身体に、砂毛獣の渾身の拳が激突した。その刹那、俺はリランの身体から投げ出されて宙を舞った。

 

 

「――ぐああはッ!!」

 

 

 全身に強い痛みに似た感覚が走った束の間、宙を舞っていた俺の身体は地面に激突し、数回バウンドしながら転がった後に止まった。あまりに強い衝撃を受けてしまったためか、蝉の合唱を聞いてるかのような耳鳴りが聴覚を奪い去り、息が詰まっているかのような苦しさが込み上げて来て、目の前がぐるぐると回っている。――衝撃を受けただけではなく、目まで回してしまったらしい。

 

 

「キリトッ!!」

 

「キリト君!!」

 

 

 それから数秒足らずで、耳鳴りではない声が聞こえてきた。俺達の中で後衛を担当していたシノンとアスナが寄ってきたのだ。二人は俺の元に辿り着くと、アスナがすぐに回復魔法を詠唱して発動させ、俺の身体を暖かい緑色の光に包み込む。

 

 それが止んだ頃には、俺の身体に走っていた鈍い痛みに似た感覚は消え去り、苦しさが抜けて普通に息が出来るようになって、力を込めることが出来るようになった。同時に、頭の中の混乱も消え去って、周りのものが正常に見えるようになる。

 

 

「キリト、大丈夫なの」

 

「あ、あぁ、なんとかな」

 

「キリト君、どうしたっていうの」

 

「……攻撃を防御しそこねただけだ。だけどアスナのお陰で、助かったよ」

 

 

 直後に、今の今までその背中に乗せてくれていた狼竜リランが俺の元へ駆け寄ってきて、《声》を飛ばしてきた。顔に目を向けてみれば、心配しているのがわかる表情が浮かんでいた。

 

 

《キリト、お前大丈夫か》

 

「悪いなリラン、心配かけた」

 

《お前は我に乗っているときは手を離さないというのに、どうしたというのだ》

 

 

 心配してくれているリランの背後に広がっている光景は、皆が砂毛獣の攻撃を避けながらこれまでと同じように戦闘を繰り広げているものだった。先程は奇妙な人間に見えた砂毛獣だが、今はこれまでどおりの砂毛獣ラタトスクの姿になっている。先程のような頭の混乱はなくなっているのだ。

 

 

「ちょっと手が滑っただけだよ。もう一度やるぞリラン」

 

 

 そう言って俺は何事もなかったかのように、相棒の背中に飛び乗って跨り、先程掴んでいたところと同じところをしっかりと掴んで人竜一体を果たす。しかし、すぐさま動き出すかと思われたリランは背中にいる俺の方に視線を向けてきただけで、何も動きを見せなかった。

 

 

「おい、リラン、どうしたんだよ」

 

《……なんでもない。それより、あの砂ゴリラはかなり弱っているようだぞ。このまま押し切れるはずだ》

 

「そうだな。よし、一気に倒してしまうとするか!」

 

 

 そう言ったところでリランはようやく動き出して砂毛獣に向き直った。砂毛獣は相変わらず皆に囲まれながら攻撃を受けており、いつの間にかそのHPを一本目だけにしていて、尚且つその量を半分以下にしていた。あと少し攻撃を加える事が出来れば、そのまま撃破してしまえそうだ。

 

 

「行くぞ、リランッ!!」

 

 

 俺の指示を受けたリランは力強く吼えると、足元の砂を思い切り蹴り上げて高速で前進し、やがて砂毛獣の元に辿り着いて突進をお見舞いする。自らと同じくらいの質量を持った狼竜の衝突を受けた砂毛獣はがぁと鳴き声を上げながら吹っ飛ばされたが、すぐさま体勢を空中で建て直して着地。

 

 俺達の方に身体を向けて、飛び込んで来るかのような姿勢を作り上げたが、砂毛獣が飛び立とうとしたその時に、周りの者達が一斉に砂毛獣が力を込めている部分に向けてソードスキルを炸裂させた。複数人による複数の属性のソードスキルが巻き起こした虹色の爆発を、力の込めた両足に受けた砂毛獣は一気にバランスを崩してその場に倒れ込み、一定時間身動きが取れなくなるダウン状態となる。

 

 HP残りわずかな上にダウン状態。これをボスを撃破する最高のチャンスと言わずになんと言うのだろう。それをわかっていたであろうリランはダウンした砂毛獣に飛びかかると、勢いよくその大きな尾に噛み付いた。

 

 

《キリト、今度こそ手を滑らせるでないぞッ!!》

 

 

 頭の中に響いたリランの《声》に頷き、俺がしっかりとその背中にしがみ付いた次の瞬間、身体の下のリランは砂毛獣の尾を噛んだまま勢いよく踏ん張りつつ、高速回転を開始した。ぐおんぐおんという音を立てながら砂毛獣の身体はぶん回され、砂が舞い上げられて簡易的な砂嵐がリランを中心に発生する。

 

 

 その砂嵐の中でリランは砂毛獣の尾を離して、空中に砂毛獣をぶん投げると、その場で一度くるりと回転してからかっとその口を開き、身体の奥底から自分の顔よりも太い灼熱の光線を砂毛獣に向けて照射した。

 

 灼熱の光線の先端は砂毛獣の身体を焼いて灰と(すす)に変えながら空に向かっていき、地上から辛うじて見えるくらいの高度まで進んだところで大爆発。砂漠の空の一角が爆炎に包み込まれ、熱い爆風が吹いてきたが、それからほんの少し経ったところで爆炎は風に吹き消されてしまった。

 

 今の爆炎を起こした灼熱の光線は砂毛獣を押し上げながら空に伸びていっていたが、押されていた砂毛獣の姿は爆炎が晴れても、確認する事は出来なかった。そしてそれからほんの数秒後に、大きな効果音が耳に届いてきて、俺達はもう一度砂毛獣が飛んで行った方向に顔を上げた。そこには、ボスを討伐する事に成功した証である《Congratulations!!》の文字が現れていた。

 

 その文字を見る事によって、俺達は砂毛獣、ヴェルグンデを支配していた三神獣ラタトスクの討伐に成功した事を実感した。

 


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