キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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16:初めての晩餐

「それじゃあ、皆揃ってるわね? せーの……」

 

 

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

 

 

 午後六時十分。

 

 桐ヶ谷家の食卓にて、六人による大きな声によって夕飯が開始された。和人が翠と会話し、翠の要求を呑み込んで詩乃に連絡をした三十分後。詩乃は和人の家へとやってきて、それとほぼ時を同じくして直葉が高校から帰宅。

 

 その時直葉は、「普段いるはずのない詩乃が何故家にいるのか」と大いに驚いたものだが、出迎えた和人と翠が事情を話した事によってなんとか現状を把握した。

 

 しかし、その時の和人と翠は不安を感じていた。直葉が詩乃の宿泊を認めるかどうか定かではなかったからだ。詩乃を泊めようというのは翠が咄嗟に思い付いた事であり、学校に行く前に直葉に話しているわけでもなかった。なので直葉が承諾してくれるかを危うく感じていたが、二人からの説得にも似た話を聞いた直葉は快く詩乃の宿泊を受け入れてくれ、安堵したのだった。

 

 

 事情を把握した直葉はすぐさま二階へ行って、制服から普段着に着替えて降りてくるなり、翠と一緒になって夕飯の支度を開始。普段から料理をする事に慣れている二人が手を合わせたおかげで夕飯の支度はかなりの速度で進行し、五時五十分を回った頃には、既に夕食を開始できるようになった。

 

 そしてその頃、和人はスマートフォンの通話機能を使って、ALOにいるユイとリランにクエストなどにはいかず、宿屋の個室などで食事をするように要求。AIであり、別な世界にいる家族である二人は和人の要求を素直に聞いてくれて、空都ラインの宿屋の一室を貸し切りにしたのだった。

 

 そういった様々な事柄を経て六時十分を迎えた六人は、ついに夕食を開始したのだった。

 

 

「えぇと……改めて言うわね。初めまして、詩乃ちゃん。和人の母の翠です」

 

「あっ、はい。朝田、詩乃です……」

 

 

 翠の挨拶を受けた詩乃は軽く頭を下げる。見た事がない、もしくは見た事があっても話した事のない人からの挨拶を受けて、警戒しているような詩乃の仕草に和人は苦笑いする。

 

 

「大丈夫だよ詩乃。かあさんは取って喰うような人じゃないからさ」

 

「そうですよ詩乃さん。そんなに縮こまらないでください」

 

 

 和人と直葉のフォローを受けて詩乃は顔を上げる。そこに映っていたのは息子と娘に言われて、苦笑いをしている二人の母の姿。

 

 詩乃は以前この人に出会った事がある。SAOから帰ってきて、和人と一緒に入院をして、和人のリハビリを手伝っていた時だ。あの時に和人の様子を見るためにやってきていたのであろうこの人の姿を結構な回数見ている。だが、その時にはあくまで軽く見たり、何となく挨拶をした程度で、面と向かって話をした事はない。事実上詩乃は目の前にいる和人と直葉の母である翠と今回が初対面だった。

 

 

「いきなり泊まってなんて言われて驚いたでしょう。ごめんなさいね」

 

「あ、いいえ。こちらこそ……お招きしてくれて、ありがとうございます。けれど、私なんかが来て良かったんですか」

 

「いいって思ったから誘ったの。その……詩乃ちゃんがどういう()なのか、知りたかったのよ。こっちこそ急な誘いを受け入れてくれて、ありがとうね」

 

 

 直後、翠は詩乃の隣に座っている和人にからかうかのような表情を顔に浮かべながら向き直る。

 

 

「和人、あなたも隅に置けない男の子に育ったものね。私が見ていない内に、こんなに可愛い娘をゲットしちゃうんだから。どんなMMO(ネトゲ)のレアアイテムよりもレアな娘をぉ~」

 

「……からかわないでくれよ。というか、詩乃をMMO(ネトゲ)のアイテムに例えないでくれ。あまりいい言い方じゃないよ」

 

 

 眉を寄せる和人と、「そうね」と言ってすんと笑む翠。そんな二人の会話を聞いた事で詩乃は、隣にいる和人のゲームへの思いや情熱などは全て翠から遺伝したものであるという事を把握した。どれほどのものかはまだわからないが、きっと翠も相当なネットゲーマーだった、もしくは現在進行形のネットゲーマーなのだろう。

 

 そんなところさえ似ている二人は間違いなくちゃんとした仲の良い親子なのだ――そう思っていると翠が詩乃に向き直り、その唇を開いた。

 

 

「さぁ詩乃ちゃん。大したものはないかもしれないけど、食べてちょうだい……って、あ!」

 

 

 突然、翠が何を思い出したかのように大きな声を上げたものだから、その場にいる全員で思わず驚く。数秒後、和人の目の前に置かれているスマートフォンのスピーカーからリランの抗議の声が届けられてきた。

 

 

《いきなり大きな声を出すでない! どうしたというのだ、翠》

 

「いけない……肝心な事を確かめておくのを忘れてたわ……」

 

 

 翠は恐る恐る顔を上げて、もう一度目の前の詩乃に向き直った。その表情が何か拙い事をやらかしてしまった時のようなそれになっていたものだから、詩乃は思わずきょとんとしてしまう。何か料理に入れ忘れたものだとか、作り忘れた料理があったりしたのだろうか。

 

 

「えっと、詩乃ちゃん。重要な事を聞くのを忘れてたけれど……」

 

「はい……?」

 

「詩乃ちゃんって、何か食物アレルギー持ってる? それを確認するのを、忘れたのよ……」

 

 

 そう言われた詩乃は翠から、食卓に並ぶ料理達に目を向ける。

 

 翠と直葉が手を合わせ、張り切って作ったであろう料理のレパートリーはビーフシチュー、レタスとキャベツとキュウリとミニトマトを混ぜたサラダ、豆腐と和布(わかめ)と刻み青葱(あおねぎ)の味噌汁、回鍋肉(ホイコーロー)と……これは買ってきたモノであろう、ローストビーフの六種類。

 

 洋、和、中華の三つの食文化が、一つのテーブルの上に集結していた。

 

 そんな料理を目にしながら詩乃は軽く思考を回す。これまで生きてきて色々な料理を食べて来たものだが、その中で食物アレルギーを発症した事はない。

 

 食物アレルギーはとあるものを食べたある時突然発症するものでもあると調べた事があるから、今後どうなるかまでは定かではない。だが今現在の詩乃には、確実に食物アレルギーなど存在していない。

 

 

「大丈夫です。私、何にもアレルギー持ってません」

 

「あぁよかった。それを確認しないで作ったものだから、詩乃ちゃんに何かアレルギーがあったらどうしようって思ってたのよ。アレルギーは本当に怖いから……」

 

 

 食物アレルギーを持った人が該当する食べ物を誤って食べてしまった結果、アナフィラキシーショックという重度のアレルギー症状に襲われて救急車で搬送されて、病院で緊急治療を受けたというのをネットのニュースでこの前見た。

 

 アレルギーは時に発症者を殺す事さえあるものだから、翠は心配をしたのだろう。まだ事実上初対面の相手でしかない自分をここまで心配してくれた翠に、詩乃は心の中が熱くなったのを感じた。

 

 だが、どうしてここまでアレルギーに反応しているというのか。疑問を抱いたその時、和人が小さな声をかけてきた。

 

 

「かあさん、実は甲殻類アレルギーを発症してるんだ。若い頃に海老を食って死にかけた事があるらしい」

 

「えぇっ、そうなの」

 

「あぁ、だからアレルギーにすごく過敏なんだよ。わかってくれないか」

 

 

 食物アレルギーは実に様々なものがあるが、その中でも発症者が多いのが甲殻類アレルギーだ。大人を十人集めると、二人から三人が甲殻類アレルギー発症者、発症者予備軍だという。甲殻類アレルギーは決して珍しいものではないから、翠も発症しているのだろう。

 

 そんな話を思い出した詩乃は翠に頭を下げる。

 

 

「その……ありがとうございます、心配してくださって……」

 

「いいのよ。さてと、不安な事が取り除けたところで、頂きましょう。今日は大盤振る舞いよ」

 

 

 安堵した翠の声を聞いた三人は、目の前にある様々な形の皿や器に盛りこまれた料理に箸を伸ばして、自らの皿に盛りつけて食べ始めたのだった。

 

 その中で詩乃が一番最初に箸を伸ばしたのは、薄茶色でとろみのないソースがかかったローストビーフだ。東京の学校に来て一人暮らしを始めてからというもの、このようなものを買って食べようと考えた事はなかった。

 

 しかもこのようなものを食べたのは、あの事件を経験する前だったものだから、ローストビーフの食感がどのようなもので、どのような味のする物なのか、完全に忘却の彼方だった。

 

 そんな周りだけ茶灰色に変色し、中心付近はよく見る肉の色をしている、あまり厚さのない牛肉を一枚だけ取って自分の皿に載せた後に口に運ぶ。あまり高いものではないためなのか、かなりの噛み応えがあったが、肉の旨味と醤油とその他の調味料をベースとしたのであろう和風のソースの味が混ざり合って、かなり美味しく感じられた。

 

 こんなものを食べるのはいつ以来だろう。まだSAOに居た時に、イリスが手に入れてきたS級食材の料理を食べた時以来だろうか。いや、SAOの時はあくまで食べたという疑似体験をしただけだから、年単位で久しぶりだろう。

 

 

「って、よく見たらこれ、ローストビーフとビーフシチューで牛肉がダブってるな」

 

「だって、まさかおかあさんがローストビーフ買って来てるなんて思ってなかったんだもん。それにあたし、詩乃さんに料理を振る舞うならビーフシチューが良いって決めてたんだもん」

 

「えぇー、私のせいなの? でもいいじゃないの。どっちも美味しいわけだし」

 

 

 そして聞こえてくるのは和人、直葉、翠による家族らしい会話。普段過ごしていて、夕食時になっても聞く事が出来ないような話。こんなふうに現実の世界で食卓を多くの人で囲んで、他愛もないような話をしながら夕飯を楽しく食べるのもいつ以来だっただろうか。

 

 

(……)

 

 

 そうだ。まだあの事件を起こす前だ。

 

 あの頃はまだ母と、祖母と、祖父と、詩乃の四人で食卓を囲んで、他愛もない会話をしながら楽しく夕飯を食べる事が出来ていた。しかしあの事件に巻き込まれてからは、詩乃が寡黙になってしまって、楽しく食べるという事は出来なくなっていた。

 

 というよりもその時から詩乃は、あのような事をしてしまったからには、もうそういう事をしていい資格なんてないと決めつけていたのだ。その決めつけの鎖に心を縛られてから詩乃は、祖母や祖父とは勿論の事、母との食事さえ楽しいと思う事はなくなっていた。

 

 

 だが、その決めつけを隣にいる和人が壊してくれた。呪縛を全て断ち切ってくれた。いや、詳しく言えば詩乃の心を解き放ってくれたのは和人だけじゃなく、今はALOに居るリラン、ユイ、親友の明日奈や里香、恩師の愛莉といった大勢の人達だが、一番最初に手を差し伸べてくれたのは和人だ。

 

 和人が楽しく感じる気持ちを、心を取り戻させてくれたおかげで、こんなにも夕食を楽しく感じられる。暖かさを感じられる。和人はこんな些細な事さえ助けてくれていたのだ。そしてそんな和人の家族もまた、こんなにも暖かく自分の事を迎えてくれた。

 

 それが嬉しくて仕方がなくて、涙が出てきてしまいそうだったが、今は翠と直葉の前だ。ここで泣いてしまっては二人に余計な心配をかけてしまう。

 

 詩乃はぎゅっと堪えて出てきそうな涙を辛うじて引込めると、隣で夕飯を食べ進めている和人の服の袖を軽く掴み、引いた。

 

 

「ん、どうした、詩乃」

 

「和人……ありがとう」

 

「え? なにが」

 

「今日、誘ってくれて……」

 

 

 そこで和人の顔に微笑みが浮かべられる。いきなり詩乃に話しかけられたものだから、何かあったのかと思ったのだろう。

 

 

「礼ならかあさんに言ってくれ。元はといえば、かあさんが――」

 

「そうじゃないの。それだけじゃ、ないの」

 

「え?」

 

「私ね、こんなふうに大勢で仲良くご飯を食べるなんてもうできないって思ってたの。あの事件が起きてから、あんな事になってから、ずっと。だからね、その時から大勢で食卓を囲んでも、全然楽しくなかったの」

 

 

 和人は数回瞬きを繰り返して、詩乃の事をじっと見つめていた。すっかり見慣れたものとなった和人の黒色の瞳を見つめ返しながら、詩乃は笑んだ。

 

 

「でも……和人と出会って、一緒に過ごすようになってから、こういう事をもう一回楽しめるようになったの。楽しいって思えるようになったの。これも和人のおかげなの。ありがとう、和人……私に楽しさを取り戻してくれて」

 

 

 その時、和人の視線が一瞬詩乃から離れて、もう一度一瞬で戻った。こうやって和人が一旦目の前のものから視線を逸らす時は何かを考えようとした時と、自分の中にある詩乃の記憶の引き出しを開けた時だ。今のは後者だったのだろう、和人はもう一度微笑んだ。

 

 

「そうだな……詩乃はずっと、寂しい思いして来たもんな。でももう大丈夫だよ。これからはずっと俺が、俺達が一緒に居るから……だからもう大丈夫だよ。君はもう、全ての事を楽しめるんだ」

 

「……うん」

 

 

 そう言って笑みを浮かべると、和人もまた同じように笑った。その時に急に声が聞こえてきて二人で向き直ると、そこでは翠が顔に異様な笑みを浮かべつつ、黄色い視線を向けてきていた。

 

 

「あらら? 私達の前で随分と積極的にやるものねぇ?」

 

「ちょっ、見てたのかよ」

 

「だって目の前にいるんですもの。見えちゃうわよ。でも、なんていうのかしらね」

 

「えっ?」

 

 

 そこで言葉を切ってしまった翠に、和人と詩乃できょとんとする。それから数秒足らずで、翠は柔らかな笑みを顔に浮かべて、再度言葉を紡いだ。

 

 

「あなた達って、静かな恋人同士(クワイエットカップル)ね。自分達が付き合っている事を公にしていないような感じがあるっていうか、本当に静かっていうか。その様子だとSNSとかにも写真とかアップしてないでしょ」

 

 

 思わず二人揃って頷く。SNSにアクセスして、和人と詩乃のような高校生ユーザーがアップした写真を見てみれば、どれもこれも彼氏と旅行中の写真だとか、彼女と一緒のディナーの写真だとか、自分の付き合っている彼氏彼女との時間を自慢するかのようなものばかりだ。

 

 だが、和人と詩乃はこれまでそのような写真を撮ってSNSにアップした事など一度もないし、他の高校生や大学生のカップルのように人前でいちゃつくような事もしない。一緒に街を歩く時もデートをする時も、静かにしている。

 

 

「そういえばそうだね。おにいちゃんと詩乃さんがイチャイチャしてるところ、あたし見たことないかも。そう考えるとおにいちゃんと詩乃さん、静かな恋人同士だね」

 

「……見せびらかすような事はしたくないだけだよ。なんかそういうのは、ちょっと違うんだ」

 

「なるほどね、あなた達は本質を捉えてるって事ね」

 

 

 そこで詩乃は翠に向き直る。翠は軽く溜息を吐きながら、再度その口を開く。

 

 

「本当に好きな人同士っていうか……お互いに幸せを感じている恋人同士っていうのは、写真を撮って見せびらかしたり、人前でいちゃついたりしないのよ。自分達が付き合っている事だとかを写真に撮ってネットにアップしたりするのは、無意識で不安だからなの。

 不安だからこそ誰かに見て欲しくて、何かしら言ってもらいたくて、見せびらかしたり、自慢したりするのよ」

 

 

 翠の話を頭の中に入れたその時、詩乃の脳裏にこの前何となくSNSを見た時の事が思い出された。何かいい写真がないかと思ってSNSの中を探してみたあの時、そこにあったのは、翠が言う高校生や大学生といった人達が自分の彼氏彼女の写真や、それと過ごしている光景を自慢しているだけのような薄っぺらい内容の写真ばかり。

 

 SNS全体にアップされている写真のその数は無数と言えるくらいだったというのに、ある人が己の愛する人と、本当に幸せそうにしている光景が撮影されている写真など、数えられるくらいしかなかった。

 

 

「だから和人と詩乃ちゃんは、本当に幸せを感じている恋人同士って事ね。そういう事をしていないっていう事は」

 

「「……」」

 

 

 その時に、詩乃は隣の和人を横目で見つめた。

 

 確かに和人と過ごしている時、自分はこれ以上ないくらいに幸せだ。和人の事に関して不安な事がないと言えば嘘になるけれど、誰かに大丈夫だと言ってもらいたいと思った事はないし、そもそも和人との日々を、幸せな時を誰かに見られるのは嫌だって思っている。そんな自分達は静かな恋人同士というそうだが、詩乃はそれが嬉しく感じられた。

 

 

「……だから、私ちょっと気になっちゃうなぁ。詩乃ちゃんがどうやってそこまで和人を虜にしちゃったのか」

 

《大人げないぞ翠。他人の恋愛事情に首を突っ込むと、馬に蹴られて地獄に突き落とされるぞ》

 

《おねえさん、翠おば様まで地獄に落とそうとしないでください》

 

 

 悪戯っぽく言った翠に対しての、リランの度が過ぎていると言いたくなるような宥め、それに対してのユイのツッコミ。その流れに思わず笑い出しそうになったその時に、テレビの方から、やたら主張の強い声が聞こえてきた。

 

 

《臨時ニュースです。本日午後四時丁度、拳銃を大量に所持していたとして、~~在住の~~容疑者が逮捕されました。銃刀法違反で逮捕される事になった~~容疑者は自宅に大量の拳銃を不法所持しており、警察に押収された拳銃の数は十五を超えて――》

 

 

 テレビのスピーカーから聞こえてきたのはいつもと同じような、全国各地で起きたニュースのピックアップのようなもの。

 

 そこに含まれていた言葉を聞いた瞬間、和人と詩乃は凍り付いた。同刻、スマートフォンを経由してそのニュースを聞いていたリランとユイの言葉も、和人と詩乃のように停止する。

 

 そんな四人に全く気が付かずに、直葉と翠がテレビに注目する。

 

 

「うっわ。こんなにいっぱい銃を持ってたの。危ないなぁ」

 

「余程のガンマニアかしらねぇ。中にはモデルガンじゃ物足りなくて、本物じゃないと気が済まないなんて言うのもいるから……まぁ、それを日本(このくに)でやれば、こんな感じでたちまち銃刀法違反で――」

 

 

 翠が言いかけたその時、テレビに映し出されている光景が警察が押収したものであろう数多くの拳銃が並んでいるそれから、全国の天気予報図と共にキャスターがアナウンスしている光景に変わった。いきなりチャンネルが変わった事に翠と直葉は思わず驚いて、和人と詩乃の方に向き直った。

 

 ――いつの間にか和人がテーブルの上に置かれていたテレビのリモコンを持ち、チャンネルを操作するボタンを押していた。

 

 

「え……和人?」

 

「お、おにいちゃん……?」

 

 

 二人に声をかけられても、和人はただテレビのモニタを見つめているだけで何も言わなかった。そしてその表情は、先程まで穏やかに食事をしていたとは思えないような険しいそれに変わっていた。

 

 和人のあまりの変化に直葉と翠で揃って驚いていると、和人はそっとリモコンを置いて、閉ざされていた口を開いた。

 

 

「急にチャンネル変えてごめん。天気予報、見たくなったんだ。それに拳銃の話なんて、ご飯時に聞きたくないだろ」

 

「え、あ、うん……」

 

 

 直葉の戸惑ったような声を聞いてから、和人は自分の皿に載せている料理をもう一度食べ始めた。しかし、その隣の詩乃はというと、先程まではしっかりと料理を食べていたというのに、完全に箸が止まってしまっていた。

 

 まるで、何か見てはいけないものを見てしまって、全てが停止してしまったかのようだ。

 

 

「……」

 

 

 そんな二人の様子を見ながら、翠は小さく喉を鳴らした。直後に和人が口の中の食べ物を呑み込んで、隣にいる詩乃に小さく声をかけた。

 

 

「……詩乃、食べれる?」

 

「……うん」

 

 

 和人の言葉を聞いたところで、詩乃はようやく動きを取り戻して、ゆっくりと料理を食べ始めた。その様子を、料理を食べる事さえ忘れて、翠は注視していた。

 

 

(……そういう、こと……?)

 




 原作との相違点

 ・翠が甲殻類アレルギー発症者。甲殻類アレルギーは決して珍しいものではない。

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