キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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全体的にセブン回。


20:幼き女神との会話

「よし、皆揃ったみたいだな。それじゃあ、新大陸である《環状氷山フロスヒルデ》について話し合おうじゃないか」

 

 

 顔にいくつかの白い模様を入れている、スキンヘッドの色黒の男エギルが経営している、溜まり場である喫茶店、その店主の声に、皆が頷く。

 

 シノンからのプレゼントをもらった後、俺とシノンは皆と合流し、次の大陸である環状氷山フロスヒルデに赴いた。暖かな草原地帯だったヴォークリンデ、砂漠地帯であったヴェルグンデに続いて登場してきたフロスヒルデは、環状氷山の名に違いなく、フィールド全体の地面に雪が降り積もっていて、一定間隔で吹雪が吹き荒れる、極寒地帯だった。

 

 

 しかし、環状氷山と言う名前を聞いていたために、皆フロスヒルデが極寒地帯である事を予測し、防寒アイテムを事前に購入しており、フロスヒルデに入って早々それを使用したために、寒さにやられて動けなくなるような事はなかった。

 

 そして、狼竜の姿になると全身を暖かい毛に包み込むリランは、フロスヒルデに入って早々自発的に狼竜の姿となり、寒さを自ら凌ぐようになったのだが、リランの毛が暖かい事を知っていた皆――特にアスナやユウキ――は、防寒アイテムを使っているというのに、もっと暖かくなりたいと言って、リランに貼り付くようになってしまった。が、すぐさまリランは身震いして皆を振り払い、そそくさとその翼を広げて、フロスヒルデの空に飛んで行ってしまった。

 

 それと時を同じくして、俺達も三人一組のパーティを組んで、吹雪の吹き荒れるフロスヒルデの空を駆けて、フロスヒルデ全体がどのような構成になっているのかを調べたのだった。

 

 そうして一日かけた調査活動を終えた翌日、俺達はエギルの喫茶店に集まり、作戦会議、攻略会議をする事になったのだった。

 

 

「一周回ってみてみたけれど、高い山が沢山あったわね。だけど、高度制限がかなりきつくて、いける場所もまだ少ない感じだわ」

 

 

 シノンの発言に皆が頷く。フロスヒルデは環状氷山という名前なだけあってか、沢山の氷山に囲まれている中に存在している盆地のような地形であり、飛べば行けそうなところも沢山あるようなところだった。

 

 しかし、そんな形状であるというのに、高度制限がかなり低いところに設定されているようで、飛ぼうとしてもすぐに失速(ストール)して落ちてしまって、飛ばなければ行けないところには行く事が出来ない。

 

 現段階では、フロスヒルデで行動できるところはかなり限られているような状況だった。ちなみにだが、こんな環境であるフロスヒルデの空へ飛んだリランは、すぐに失速して墜落してしまい、結局本当の狼のように雪原を駆ける事しか出来なかったそうだ。

 

 

「だけどこの状況、ヴォークリンデの時と同じだよね。だから、今行けるダンジョンとかに潜っていってみれば、そのうち高度制限解除イベントにも差し掛かるんじゃない」

 

「その可能性が一番高そうだね。飛べなきゃいけないところも、沢山あったし」

 

 

 フロスヒルデの環境をユウキと一緒に見たカイムが発言して、続けてそのパーティに同行したアスナが発言する。確かに、高度制限はヴォークリンデ攻略の時にもあったし、その高度制限を解除して進むのがグランドクエストの道筋だった。今回も間違いなく、そのパターンなのだろう。

 

 

「今の状況で行けたのは、転移門の近くだけだから、転移門の近くを中心に捜索して行ってみよう。あと、敵も予想以上に強かったから、バトルのための準備もしておいた方が良さそうだ」

 

「それじゃあ、もう一回街に出かけて攻略の準備をしましょう」

 

 

 俺の発言の後にシリカが続く。

 

 俺とシノンがアクセサリー屋に寄っている時、皆はそれなりの準備をしており、その後にフロスヒルデの捜索に出ているけれど、本格的な戦闘のためのものや、装備の調整などはしていなかった。

 

 三番目の浮島なだけあってか、フロスヒルデのモンスター達はヴェルグンデやヴォーグリンデのそれらとは異なり、かなりの強さを持っていたので、これから攻略していくには、戦闘のための準備も必要だ。

 

 それをシリカの発言で確認した皆は立ち上がり、街に出かける体勢となったが、そこでリーファが俺に声をかけてきた。

 

 

「おにいちゃんはどうするの。装備の点検とか、しておく?」

 

「あぁ、俺は……」

 

「待ってくれキリト。ちょっと手伝ってほしい事があるんだ。残ってくれないか」

 

 

 そこで続けて声をかけて来たのがエギル。しかし、手伝ってくれと言っているけれど、今までエギルに店の事で手伝い事を頼まれた事など無いから、きっとそれ以外の用事なのだろう。だが、それでも変な事をされた事はないから、信頼は出来る。

 

 

「そうなのか。じゃあ残るぜ。それじゃあみんな、一時解散!」

 

 

 いつものように号令を出すと、それまで集まっていた皆は喫茶店の出口の方へ向かっていって、街の中へと散らばって行った。瞬く間に、喫茶店に残っているのは俺と俺を止めたエギルだけとなり、俺は早速そのエギルに向き直る。

 

 

「それでエギル、俺を呼びとめた理由は何だ」

 

「あぁ、それなんだが……お前は《二刀流》で戦ってるよな?」

 

 

 SAOで獲得した時から、俺の戦闘スタイルは両手に剣を持って戦う《二刀流》だ。それは、俺がユニークスキルを獲得していたからなのだが、それは同時に、《二刀流》で戦う事が出来るのはそのスキルのおかげであるという事を意味していた。

 

 なので、ユニークスキルとかが実装されていないALOでは、《二刀流》で戦う事は出来ないのではないかと当初は不安だったが、確認してみれば、ALOでは普通に《二刀流》という戦闘スタイルが実装されていて、片手剣を使いこなしてスキル熟練度を高い値まで上げられた場合、どんなプレイヤーであろうとも解放されるようになっているのがわかった。

 

 そういう事もあって、俺は《二刀流》を手放さずに済んだし、このALOには俺以外にも沢山の《二刀流》使いプレイヤーが存在している。一番身近な例としては、最近仲間になったレインだ。

 

 

「そうだけど。というか、一緒に戦ってるからわかるだろ」

 

「なら、《連結機構》は使わないのか」

 

「《連結機構》? なんだそれ」

 

 

 俺は確認していなかったのだが、エギルによると、スヴァルトアールヴヘイムが実装されてから、武器の方にも変化が起きたそうで、その中で最も顕著なものが、剣の連結機構であるらしい。

 

 それがどのようなものなのかというと、《二刀流》スキルを解放しているプレイヤーに限り鍛冶屋を利用した際、片手剣のカスタマイズ項目の中に、《連結機構実装》というコマンドが出現し、それを選択すると、使っている片手剣の柄の先端が改造されて、他の片手剣と連結できるようになるものであるそうだ。

 

 

 そして《連結機構》が実装された剣の柄は変化し、同じ機構を持つ剣同士の柄を、連結できるようになる。しかもそれは、戦闘中でも行う事が出来、連結と連結解除をリアルタイムで使用できるようになっているそうだ。

 

 鍛冶屋はこれまで何度も利用しているけれど、すぐに強化や生産に移ってしまうから、そのような項目が出現しているのには気付かなかった。

 

 

「二本の剣の柄同士を連結させる機構か。よくある両刃剣(ダブルセイバー)って奴だけど……ALOにも実装されてたんだな」

 

「あぁ。既に使っているプレイヤー達もかなりいるみたいでな。扱い方は難しいけれど、使いこなすと他の武器にはないような面白さが出てくるって話だぜ。お前も使ってみたらどうだ」

 

 

 確かに、俺は《二刀流》使いだし、その《連結機構》を使う事も可能だろう。両剣というのは他のアクションゲームでもポピュラーなものとして扱われている武器で、その最大の特徴はリーチと連続攻撃だ。連続攻撃とリーチが倍増出来るというだけでもかなりの強みを感じるし、尚且ついつでも二刀流形態、両剣形態に変えられるのであれば、便利なことこの上ない。

 

 実装しておいてもよさそうだ。

 

 

「そうだな。今度リズに相談を持ちかけてみるとするよ。何だか使ってみたくなってきた」

 

「そうだろ。《使い魔》といい、《連結機構》といい、ALOはどんどん進化してるよな」

 

「あぁ。これも茅場が作ったザ・シードの影響なのかもしれないな」

 

 

 そこで俺はある事に気付く。エギルは俺に話があるために、俺をここに残らせたのだけれど、その話が《連結機構》の話だけとは思えない。他の理由が、あるはずだ。

 

 

「それでエギル、話はこれだけじゃないんだろ」

 

「鋭いな。あぁ、そうだとも。実はな、店の前からお前の事を見ていると思われる少女がいるみたいなんだよ」

 

「俺の事を見ている少女?」

 

「あぁ、あの()だよ」

 

 

 そう言ってエギルが外に目を向けた瞬間、喫茶店の入り口のドアが開き、中に人が入ってきたが、その姿を目の当たりにして、俺は驚いてしまった。

 

 

「おおっ! 工房の中に喫茶店があるなんて、珍しい形式を取ってるお店ね」

 

 

 やってきたのは、銀色の長髪に小さめの帽子を被り、青を基調とした衣装に身を包んだ少女だった。そう、先程俺とぶつかって、ある程度話をした、シャムロックのギルドリーダーであるセブンだ。

 

 

「な、なんだこの女の子は。どこかで見たことがあるような……」

 

「せ、セブンじゃないか!」

 

 

 思わず声に出した次の瞬間、セブンは俺に向き直り、如何にも嬉しそうな顔をした。まるで、俺の事を探していたかのようだ。

 

 

「あっ、キリト君! 見つけたわ!」

 

「見つけたわって……俺の事を探してたのか」

 

「そうよ。結構時間かかったけれど、ようやく見つかったわ」

 

 

 そこで俺はまた気付く。セブンはシャムロックのギルドリーダーであるが、同時にアイドルであるため、いつもシャムロックの者達に守られる形で行動している。だが、今はセブンは一人でここにきているように見え、尚且つ店の周りにシャムロックらしき人物達の姿もない。

 

 

「君、一人で来ているのか? シャムロックのお付きの連中はどうしたんだ。というか、あの後どうなったんだ」

 

「あの時は結局シャムロックの皆と合流する事になっちゃった。だけど、今回は上手い具合に振り切って、一人でここに来たのよ。キリト君を伺うためにね」

 

 

 そこで俺は軽く驚いた。セブンがやって来たものだから、どんな目的があるのかと気になっていたものだけど、それが俺と会うためだったとは、思ってもみなかった。

 

 

「俺に、か。そっか、会いに来てくれてありがとう。俺も君とじっくり話してみたかったんだよ」

 

「そうなの? あたしもそうなんだけどね。ところでキリト君、この前の話を誰かに喋ったり、広めちゃったりしてない?」

 

「してないよ。そういう約束だろ?」

 

「約束……そうね、ふふふ」

 

 

 そんな会話をセブンと繰り広げる中、俺とセブンを交互に見ながら、エギルが声をかけてきた。その顔は、少し戸惑っているものになっている。

 

 

「お、おいキリト、この娘ってまさか……!?」

 

「そのまさかだよ。シャムロックのギルドリーダーであり、アイドル様であるセブンだ。昨日偶然街中で出くわして、顔見知りになったんだよ。

 悪いけどエギル、これは皆に話さないでもらえないか」

 

「あぁわかってる。皆には黙っておくよ。騒ぎを大きくするわけにもいかないからな」

 

 

 エギルの返答の後に、セブンがエギルに「マスター、よろしくね」と言う。どうやらエギルの雰囲気を見ただけで、セブンはエギルがこの店のマスターである事を把握したらしい。

 

 

「それでセブン、早速なんだけど、俺は君の博士としての話を伺いたい」

 

「あぁ、昨日もそんな事を言ってたものね。いいわよ、話したげるわ」

 

 

 そう言うと、セブンは俺に隣に座って来て、顔を俺に向けてきた。同刻、エギルが調理台の方に向かっていき、飲み物の準備を始める。セブンは俺目当てでやってきているけれど、この店に来た客だから、何も出さないのは悪いと思ったのだろう。それに、女性に親切なエギルの事だから、セブンには無料で飲み物を出すつもりだ。

 

 そんなエギルの後姿をちらと見た後に、セブンはもう一度俺に向き直る。

 

 

「それで、何を聞きたいのかしら、キリト君は」

 

「あぁ、それなんだけど、この前のインタビューの話について聞きたいんだ」

 

「あれね。どの話についてかしら」

 

「まずは、君が会いたがっている人の事だ」

 

 

 以前の報道番組にセブン/七色博士が出演した時、七色博士が来日した理由の中に、会える確率こそ極めて低いものの、会いたい人物がいるからというのを挙げていた。その人物というのは、茅場晶彦と共に組んで研究を行い、その右腕と評されたAI研究者。

 

 その時その名前を明かす事はなかったけれど、俺はすぐにその人物が誰なのかを理解し、実際に会って話をし、その人である事を確定させた。

 

 その時には、その人は茅場晶彦の右腕は誰かと、ブログユーザー達が予測合戦をしている頃だと言っていたのだが、その後ネットで調べてみたら、本当に幾つものブログがこの人物は誰なのかと、予測合戦を行っていたのだった。

 

 

「あぁ、あの人の事ね。名前は出さなかったけれど、キリト君は誰なのか、わかったの」

 

「あぁ。君が会いたがっている茅場晶彦の右腕っていう人は、元アーガスのスタッフの一人であり、AI研究者である、芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)って人だろう?」

 

「おぉ! 正解よ。あたしが会いたいと思っている人は、芹澤博士。あのSAOを茅場博士と共に開発して、茅場博士の右腕と評された、天才AI研究者よ。よくわかったわね?」

 

「うん。だってその人ALOやってるし、俺達の攻略仲間だし」

 

 

 次の瞬間、セブンは酷く驚いたような表情になって、その顔をぐっと俺に近付けてきた。俺がこのような事を言い出すのは、流石に予測できなかったのだろう。

 

 

「なんですって!? キリト君、芹澤博士と仲間だって言うの!? 嘘でしょ!?」

 

「いや、嘘じゃないよ。この前だって一緒に攻略したし……」

 

「えぇっ!?」

 

 

 そこで、エギルがコーヒーカップを二つ持って、俺達の元へとやってきて、俺とセブンの前にカップを置く。湯気の立っている純白のコーヒーカップの中には、セブンの方にはココアと思われる独特の色をした飲み物が、俺の方には真っ黒なブラックコーヒーが注がれていた。

 

 

「あぁ、俺達の仲間の中にイリスって人がいるんだが、その人のリアルネームが芹澤愛莉なんだよ。それで、AI研究者をやってる人だな」

 

「そ、そうなの!? 会えるの、芹澤博士に!?」

 

「タイミングが合えば、会えるよ。ただ、今日はログインしてきてないみたいだ」

 

「残念キリト君。今日の私はログインしているよ」

 

 

 突然後ろから聞こえてきた声に、エギルとセブンと一緒に驚いて、一斉に向き直る。そこにいたのは、アスナよりも背が高くて、ストレアのように大きな胸をしている、長い黒髪で赤いカチューシャを付けて、白いコート状の服を着ている赤茶色の瞳の女性。

 

 SAOという世界を俺達と共に脱する事に成功し、その後も俺達に協力してくれている、今の話の中に出てきていた張本人、イリス/芹澤愛莉だった。

 

 

「イリスさん!?」

 

「イリスさんじゃねえか! 何時の間に!?」

 

 

 エギルと二人で言うと、イリスは悪戯っぽく笑った。SAOの時もそうだが、ALOに来てからもよく見ている仕草をしてから、イリスはすんと表情を柔らかくする。

 

 

「喫茶店で軽くお茶してから皆と合流しようと思ったんだが、入って早々君達が集まっているのが見えたんでね。抜き足差し足で来させてもらったよ」

 

 

 確かにこの人は、話題に出すと突然後ろから現れてくる事が多い。その理由について聞いてみたところ、イリスはSAOの時も現在も、ハイディングスキルをかなり上げているらしく、いきなり出てきたように思えるのはそのためなんだそうだ。

 

 そんな急な登場をしたイリスは、エギルに「エギルさん、ティーラテをお願い」と言って注文し、エギルが再び調理台に向かった様子を軽く見つめながら、静かにセブンの隣に座った。その時から既に、セブンはイリスに釘付けになっていた。

 

 

「さてさてさーて……君と会うのはこれが初めてじゃないかな、セブン。まさかALOの人気アイドルに会えるなんて、ついてるよ」

 

「……貴方が、貴方が、あの芹澤博士……!?」

 

「んー? どこでその話を知ったのかな。あ、今話してたね」

 

「貴方が本当に、芹澤博士なの……?」

 

「あぁそうだとも。私が君が会いたがっていたその人である、芹澤愛莉だとも。本物かどうかは、その二人や、私の仲間達に聞いてみればわかると思うよ」

 

 

 そう言われたセブンは、俺とエギルを交互に見つめる。このイリスというアバターを使っているプレイヤーは、本当にあの芹澤愛莉という人物のなのかという意思表示だ。

 

 

「その人は間違いなく芹澤愛莉ご本人だよ。その証拠に、俺は何回もその人と会って話をしているし、SAO開発の時の話とかも聞いてる」

 

 

 出来るだけ胡散臭くないように、嘘だと思われないように言うと、セブンは再度イリスに向き直り、軽く頭を下げた。

 

 

「は、初めまして。七色・アルシャーピン、です」

 

「……初めまして、七色博士。芹澤愛莉です。事前に言っておくけれど、敬語は使わなくていい。さっきまでと同じ調子で喋っておくれ。それに、イリスって呼んでほしい」

 

「あっ、うん……」

 

 

 セブンは頭を上げるが、顔にはまだ軽く驚いているかのような表情が浮かべられている。セブンはイリスの事を自分で知ったのだろうけれど、イリスがこのようにフランクな喋り方と接し方をする人だとは思わなかったのだろう。この辺りの事は、イリスの評判を聞いて病院を訪れ、イリスと初めて出会った時のシノンのそれに似ている。

 

 

「芹澤博士……じゃなくてイリスさん、聞きたい事があるの」

 

「なんだい? セブン」

 

「貴方は、本当に茅場博士の傍で研究をしていて、あのソードアート・オンラインを作ったの?」

 

 

 SAOの話と茅場晶彦の傍に居たという話。特にSAOの話は、イリスにとってはあまり触れてもらいたくない話であり、自分からも進んで話そうとしない事なのだけれど、イリスを知っている科学者達、研究者達にとっては、一番気になる部分であるのだから、尋ねられても仕方がない。そしてその話に関する問いかけを受けたイリスは、すんと鼻を鳴らして、その口を開いた。

 

 

「あぁ、そうだとも。私は確かに茅場博士の右腕だったよ。そして一緒になって、ソードアート・オンラインを作った。四千人の死者を出した、悪魔のゲームを、ね。だけど、そんな事を聞いてどうするんだい」

 

「そこで貴方は、何を知ったの。茅場博士のどんな事を、貴方は知っているの」

 

 

 強い光を蓄えた目で、尋ねるセブン。やはり研究者達の間では、茅場晶彦の右腕とされているイリスは、一般世間には公開されていないような茅場晶彦に関する事を、知っているのではないかというイメージがあるのだろう。

 

 だが、俺はこの話の答えを、既に聞いているし、それが研究者達を唸らせるようなものでもない事も、わかっている。――その時の話をした時と同じように、イリスは溜息を吐いた。

 

 

「……残念だけどセブン。私から君に教えられる事は、無いよ」

 

「え?」

 

「私は確かに茅場博士の右腕って呼ばれてたし、それくらいの腕前もあると思ってるし、茅場博士とかなり距離を縮められてたと自負してるよ。だけど、それでも茅場博士は何も私に話してなんてくれなかった。

 どうして仮想世界を作ろうと思ったのかとか、そもそも自分の目的は何なのかとか、自分はどう思ってるのかとか……何一つ話してくれちゃいない。だから、君の満足するような、茅場博士に興味を持つ人達を満足させられるような答えを、私は返す事が出来ないんだ」

 

「そんな……」

 

 

 イリスからの宣言にセブンは落胆する。俺もこの話を聞いた時には落胆したものだが、茅場は最後まで多くの事を語ろうとはしなかったし、自分に関する事を娘であるリラン、息子であるユピテルにすらも話していなかったから、ある意味茅場らしいと思えた。

 

 イリスの話が終わった頃には、注文した飲み物である紅茶のラテが既にイリスの目の前に置かれており、イリスは届けてくれたエギルに小さく礼を言うと、それに手を伸ばして口元に運び、少しだけ静かに飲んだ。

 

 そういった動作を終えて一息吐いた時に、イリスはもう一度セブンに向き直った。

 

 

「それで、セブンは茅場博士の事をどう思っているんだい。君はあの時のニュースで、茅場晶彦が作り出したVR世界についての否定はできないって言ってたけれど、あれはどういう意味だったのかな」

 

 

 イリスの質問の内容に、思わずセブンと一緒になって驚く。今イリスが口にした質問は、俺がセブンにしようと思っていた質問そのものだったのだ。それがまさか、イリスの口から飛び出してくるとは思ってもみなかったが、丁度良いと思えた。

 

 

「そうだセブン。俺もそれを聞きたかったんだ。話してくれるか」

 

 

 セブンは軽く俺に向き直ってから、軽く小声を漏らした後に、閉じられていたその口を開いた。

 

 

「……技術者として、あれを作り出した事は素晴らしいって、素直に答えたつもりよ。あたしは、SAOにログインして閉じ込められるなんていう経験はしなかったけれど、あのSAO世界の技術やシステムは、このALOに継承されてる。

 そのALOで過ごしてみて、あの技術のすごさが、よくわかったわ」

 

「どんなふうに、すごいと思ったんだ」

 

 

 俺の問いかけを受けたセブンは、イリスから前方に向き直って、天井を見上げた。天井ではなく、ALOを全土に目線を向けているかのような眼差しだった。

 

 

「現実世界では不可能な事を可能にするのが、このVR世界。あくまで疑似体験でしかないけれど、現実世界での不可能を可能にしてしまえるだけの力がある。つまり、この仮想世界はいつか、現実世界を超越する可能性を秘めてるわ」

 

 

 セブンの言っている事は良くわかる。確かにこのALOや、SAOの世界はあくまでVR世界であり、現実世界ではない。だが、であるからこそ、現実世界で出来ない事をいくらでも現実にする事が出来てしまえる。

 

 現に俺が《二刀流》を振るってモンスターと戦ったりできるのも、リランという幻想生物であるドラゴンの背中に乗って戦ったり、空を駆けたり出来るのもの、全部この世界が仮想世界であり、何でも疑似体験できてしまう世界だからだ。

 

 それの基礎となるものであるSAOを、誰でも好き勝手に使えるものであるザ・シードを作り出した茅場晶彦の功績は確かに素晴らしいし、この技術そのものも、素晴らしいとしか言いようがない。

 

 

「確かに、技術としては素晴らしいって思うな。俺達がこうして会えてるのも、この世界がネットワークに接続されたVR世界であるおかげだからな」

 

「けれど、茅場晶彦のやった事は許せるような事じゃない。そう思ってるんでしょ、キリト君」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「だからね、あたしはこの技術を研究の糧にしたいだけよ。茅場博士のやった事は、許せる事じゃない。尊崇(そんすう)できるような相手でも、ないわ」

 

「君の研究? 君は七色博士として何の研究をしているんだい、セブン」

 

 

 イリスの問いかけを受けて、セブンは待ってましたと言わんばかりに、大きく息を吸って吐き、言った。

 

 

「《クラウド・ブレイン》よ」

 

「《クラウド・ブレイン》?」

 

「どういうのものなんだ、それって」

 

 

 そこでセブンはふふんと笑い、俺の方を向いた。まるで何か悪戯をして人を困らせようとしているかのような、無邪気な笑みだ。

 

 

「残念だけど、教えてあげられない! 言っても通じなさそーだし!」

 

「ええっ、そこまで言っておいて教えてくれないのかよ! 俺、案外理解できそうな気がするけど!?」

 

「なら尚更ね。研究っていうのはアイディアが全てよ。パクられるような事があったら、えらい事になるからね。ねぇ、芹澤博士?」

 

 

 同じ研究者であるイリスが、向き直ってきたセブンに笑う。その辺りの話は、やはり同じ研究者と科学者同士だから、わかるのだろう。

 

 

「ははっ、そうだな。研究はアイディアが全てだし、苦労して出したアイディアを盗まれるほど、腹の立つ事はないものだからね。教えてもらえなくて当然だよ、キリト君」

 

「うぅ、そうか。それもそうだな」

 

「けれど、そんなに気になるんなら、いつかあたしの研究チームを受けてみると良いわ。その時にはチームリーダーであるあたし自らが推薦してあげるから」

 

 

 この《クラウド・ブレイン》の概要は、セブンの研究チームの人間だけが知っているものなのだ。それほどのものを知るには、それくらいの事をする必要があるのだろう。……考えておいてもいいのかもしれない。

 

 

「ははっ、博士直々の推薦なんて光栄だ。考えておくよ」

 

「そうしてそうして。キリト君が現実世界のあたしの研究室を訪れてくるのを、楽しみにしてるわね!」

 

 

 セブンが本気なのかどうかは定かではないけれど、もしかしたら、本当にその日がやってくるのかもしれない。何故ならば、俺は……。

 

 考えようとしたその時に、セブンは俺から視線を逸らして、店を見回し始める。

 

 

「それにしても、ここは落ち着ける場所ね。アイドル御用達の隠れ家に良さそうだわ」

 

「おぉ、君もそう思うかい。私もここは気に入ってるんだけど……君はアイドルだから、ファンの前に居た方が心地いいんじゃないのかい? 皆声援とか送ってくれるわけだしさ」

 

 

 紅茶をすすりながらのイリスの問いかけを受けたセブンは首を横に振り、ようやく目の前にあるカップに手を伸ばして、中身を軽く飲んで一息吐き、カップを置いた後に、ようやく答えた。

 

 

「確かにアイドルっていうのは、普段ちやほやされているように見えるかもね。だけど、あれって親が子供を甘やかしたりするのとは全然違うの。あれは全部ごっこ遊びなのよ」

 

「ごっこ遊び?」

 

「そう。ちやほやされる側とする側で互いに理解し合って、演じてるのよ。本心であたしと結婚したいとか彼女にしたいとか、自分のモノにしたいなんて思ってるクラスタなんていないんだから」

 

 

 あれくらいの熱狂具合だから、そんな人もいるのではないかと思いそうだが、そうでもないとセブンは言っている。アイドルなんてものにハマった事がないせいもあるのか、セブンの言っている事は理解できない。

 

 

「そうなのか? 俺はアイドルにハマった事なんてないけれど、そう思ってる人だっているんじゃないのか」

 

「勿論ゼロじゃないだろうけれど、大多数がごっこ遊びなのよ。だけど、だからってそれを馬鹿にしてるわけじゃないのよ。皆があの空間、あの場所に浸ろうと努力できるからこそ、本当に心から一つになる事が出来るのよ。それって純粋で、とても気高い事なの。

 楽しもうと努力しない人なんて、いないのよ」

 

 

 確かに、アイドルだとか歌手とかの新曲を買うのにも、その人達が開催するイベントに行くのにも、金がかかる。そうまでして、そういう事に参加したり、新曲を買ったりするのは、楽しみたいからであり、そうまでしないと楽しむ事は出来ない。そしてそれが成就した時には、楽しもうと努力した結果であるから、思い切り楽しむ事が出来る。

 

 あの時セブンに熱狂していたプレイヤー達も、熱狂するために努力をしたからこそ、セブンに思い切り熱狂していたのだ。――それがわかった途端、なんだかあの熱狂具合というものが、わかるような気がした。

 

 その直後に、セブンはにっと笑った。

 

 

「楽しむための努力は、とても前向きの努力。それをあたしは、信じてるわ」

 

「楽しむための努力……なるほど、そういう事か」

 

「ん? 何かわかったの、キリト君」

 

「そうじゃないよ。ただ、今すごく君に教わった感じがしたんだ。俺もまだまだだなって、思ったんだよ」

 

 

 そこでセブンが急にむすっとする。その様子は、先程まで難しい話をしていたセブンとは思えないような、子供らしいものだった。

 

 

「それって、あたしの事、子供扱いしてない? というかしてるでしょ」

 

「し、してないよ。全然してない」

 

「むーっ。キリト君の心の内を聞かせてくれたら、許したげる。キリト君、聞くばっかりで全然話してくれなかったじゃない」

 

 

 言われてみれば、俺はずっと聞く事に夢中になって、何も話そうとはしていなかった。そろそろ、セブンに話してもいい頃だし、何も話さないのも悪いだろう。

 

 

「そうだな……俺ももっと、このVRMMOの世界を楽しもうと努力しようかなって思うな。だってゲームっていうのはさ、そもそも単純明快で、未知に溢れてて、もっとわくわくするものだった。だから、もっとこの世界を楽しまなきゃ、損だって思うぜ」

 

「そうね! それがゲームの醍醐味ってやつよ! よくわかってるじゃない」

 

「あぁ。これでも俺は、筋金入りのゲーマーだからな!」

 

 

 そう宣言するように言うと、セブンは笑い出し、つられて俺もイリスも笑ってしまった。しかし、その時間はそんなに長くは続かず、セブンはいきなり何かに気付いたような、思い出したような顔になって、俺の顔を見つめてきた。

 

 

「あっ、そうだキリト君。聞きたい事があるんだけど」

 

「ん、なんだ」

 

「キリト君って、《OSS》って持ってる?」

 

 

 《OSS》。これは《オリジナルソードスキル》の略称で、SAOにはなく、ALOにだけ存在しているシステムだ。元来ソードスキルというのは、運営側、開発側が作り出した必殺技なのだが、この《OSS》はプレイヤー自らが必殺技を作り出して、登録できるというもの。

 

 自分だけのソードスキルを作り出せるというのは、本当に夢のような機能だけれど、《本来ならばシステムアシストなしには会得不可能な速度の連続技を、身体に無理な負担がかからないモーションで、アシストなしに実行しなくてはならない》というきつい制約付きなので、そう簡単に取得できるようなものでもない。

 

 そしてそれを取得しているかどうかだが、今のところはしていない。

 

 

「《OSS》と来たか。持ってないな」

 

「あれ、そうなの。なんで?」

 

「今はスヴァルト・アールヴヘイムの攻略が最優先だからさ、取得している暇がないんだよ。まぁ、興味がないわけじゃないんだけど」

 

「それじゃあさ、新エリアの攻略はシャムロック(あたしたち)に任せて、《OSS》取得に励むっていうのはどう? それで、《OSS》取得したら攻略するって感じで!」

 

「んー、ありといえばありかもしれないけれど、そういうわけにもいかないよ。やっぱり、ゲームっていうのは自分自身で攻略して行かないと、面白くないからな」

 

 

 そんな俺からの返答を聞くなり、セブンは少しだけ残念そうな顔をした。

 

 

「なんだそっかぁ。キリト君の《OSS》、知りたかったんだけどなぁ」

 

「ごめんな。だけど、何もそれを完全に取得しないつもりってわけじゃないから、そこはわかってくれ」

 

 

 俺の仲間の中でも、アスナとユウキが《OSS》の取得に成功しているから、そろそろ俺も《OSS》の取得を考える頃なのかもしれない。セブンに言われるまで、《OSS》を取得する事を本格的に考え始める事さえなかったから、いいきっかけにはなった。

 

 

 そう思ったその時、外の方から大きなイベントの時のような、いくつもの声が聞こえてきて、かなりの数のプレイヤーの気配が察知出来た。丁度セブンと顔見知りになった時にあった、広場のざわめきのそれによく似ている。音を聞いたエギルが、外の方を向いて、呟くように言う。

 

 

「おい、なんだか外が騒がしいぞ。シャムロックの連中に嗅ぎ付けられたんじゃないのか」

 

「むぅ、そうみたいね。しょうがないわ、今日のところは退散!」

 

 

 少し不機嫌そうに言うと、セブンは席を立って入口の方へ行ったが、すぐさま振り返ってきた。その場にいる全員で、セブンに注目する。

 

 

「今日は貴重なお話をありがとうございました、芹澤博士。それにキリト君も面白い話をありがとうね。また来るから、その時またよろしくね! ダスヴィダーニャ!」

 

 

 昨日と同じような事を最後に言い、セブンは喫茶店の外へと駆けていった。その様子を見ながら、俺はイリスの方に目を向ける。イリスは以前、俺達にセブンに気を付けろと言っていたが、今の話といい、昨日の事といい、セブンに気を付けるべき点など感じられない。

 

 

「イリスさん」

 

「なんだい、キリト君」

 

「セブンは、本当に気を付けなきゃいけないような娘ですか」

 

 

 イリスは顎もとに軽く手を添えて、呟くように言った。

 

 

「七色・アルシャーピン博士。確かに、十二歳の子供とは思えないような立派さと考え方だ。そんな彼女の言う、《クラウド・ブレイン》っていうのも気になるところだ。だけど、彼女はそんなPoHだとかそういう奴らみたいな危険性は持っていないから、そんなに深く注意する必要はないよ。ただ、攻略の競争相手としては警戒した方がいいだろうね」

 

 

 確かに、シャムロックも精鋭プレイヤーを取り込んで成長し、その中には俺のような二刀流使いと、《ビーストテイマー》も沢山いる。そのリーダーを務めているのだから、セブンにはやはり気を付けるべきなのだろう、攻略の競争相手として。

 

 もしかしなくても、今後俺はセブンと何度も会う事になるだろう。もし、彼女と戦う事になったならば、その時どのような事になるのかは、考える気が起きなかった。

 

 

 


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