キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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―フェアリィ・ダンス 04―
01:双剣少女の正体


 フロスヒルデの攻略を本格的に開始し、セブンと喫茶店で話をした一週間後の土曜日。

 

 

「あれ、重要アイテムじゃないよこれ。ただの素材だよ」

 

「えぇー!? あたし達また先越されたの!?」

 

 

 フロスヒルデの一角に存在するダンジョンの中、宝箱の中身を確認した後に言ったのが、フィリアとリーファ。

 

 いくつかの作戦会議を経て、俺達は本格的にフロスヒルデの攻略を開始したのだが、そこである問題にかなりの回数、頭を悩まされる事になっていた。それは、グランドクエストに関連しているであろうクエストなどをこなしても、そこら辺で手に入れる事が出来るようなアイテムしか入手できないというものだ。

 

 本来クエストというのもは、初回クリアの際にはレアなアイテムなどが手に入ったりするものであり、ヴォーグリンデやヴェルグンデの攻略の時には、結構な数のレアアイテムを手に入れていたものだ。しかし、フロスヒルデでの攻略を始めてからというものの、初回クリア特典と思えるようなアイテムを手に入れる事は、一度たりとも出来ていない。

 

 手に入る物といえば、一度クリアしたクエストをもう一度クリアした際に手に入るような、所謂コモン素材アイテムばかりだ。幾度クエストをこなしても、このような素材ばかり手に入るという事は即ち、俺達がこなしているクエストが、誰かが一度クリアしているものであるという事を意味していた。

 

 そして、俺達の先を行っている勢力というものが、セブン率いるシャムロックであるという事も、皆よく理解していた。

 

 

「畜生、また先を越されるなんて……!」

 

「あぁ全くだ。この度は全然レアアイテムを手に入れる事が出来ておらぬ。完全に後れを取っているな」

 

 

 悔しがる青髪の騎士ディアベルと、腕組みをする金髪狼耳少女リラン。

 

 最近シャムロックの攻略ペースは上昇の一途を辿っており、酒場にあるクエストボードに掲載されているクエストも、俺達が見た時には全部シャムロックに攻略されているなんて言うのがざらだ。シャムロックも俺達のような少数勢力に先を越される事を危ぶむようになり、更に攻略ペースを上げているらしい。

 

 

「まぁ仕方がないわよ。相手はスヴァルトエリアで一番大きな勢力だからねぇ。勢いっていうのもランクも違い過ぎるんだわ。あたしらとあの巨大ギルドのシャムロックじゃ、どうも勝ち目がないわね」

 

「あたし達みたいな小さなパーティは、やっぱりどうしても不利になってしまいますよね……」

 

 

 溜息交じりに言うリズベットとシリカ。確かに俺達はシャムロックのようなギルドでもない、ただの仲良し組パーティだ。だから、シャムロックなどと比べれば非常に小さなものであり、勢力も攻略ペースも全然下回ってしまっている。そんな俺達がこうなってしまうのは当然の流れと言ってしまっても、間違っていない。

 

 

「ぼく達はギルドを組んでいるわけでも何でもないからね。ねぇキリト、いっその事ぼく達もギルドとか作ってみる? それとも、いっその事バラバラになって自分達の種族についてみるとか――」

 

 

 何かを思い付いたようにカイムがそう言った時、隣のユウキが再びカイムの目の前に立って、その顔を両手で掴み、無理矢理変形させた。顔を掴まれたカイムは悲鳴を上げて、何事かと皆が注目する。

 

 

「カーイム、そんなの駄目だよ。カイムだって、今の冒険が楽しいって言ってたじゃないか。そんな事を言っちゃ駄目だよ!」

 

「むぐぐぐっ、じょうどぅあん、冗談、だよ! だから、はなひてっ、はなしてっ」

 

 

 慌てたカイムの声を聞いて、ユウキがその手を離すと、カイムは変形させられていた顔を両手で頻りに触り、「んにぃ」という何とも言えないような声を出す。この光景は、ユウキとカイムならばよくある事だが、カイムの言っていた事は、俺は承認できなかった。

 

 確かに俺達はシャムロックと比べれば超が付くほどの少数で、勢いもなければ力だってない。だが、あえてギルドなどを組まずにこの少数で攻略を進めている理由は、SAOで出会った仲間達と、今度こそ純粋に、ゲーム攻略がしたいからだ。

 

 そして俺は今、この少数で攻略していくのを最高に楽しいと思っている。もし、ギルドを組んだりしてしまうような事があれば、この楽しさは消えてしまうだろう。

 

 そんなのは、心の底から嫌だ。――それを感じ取ったのだろう、シノンが俺に声をかけてきた。

 

 

「キリト……」

 

「カイムの言う通りだよ。シャムロックに勝つなら、俺達もギルドを組んだり、自分達の種族の勢力についたりする必要が出てくると思う。だけど、俺はそれを望まない。やっぱり、皆と一緒に攻略するのが、一番いいんだ。だから……」

 

「大丈夫よキリト。誰もそんな事考えちゃいないわ」

 

 

 リズベットに言われてきょとんとすると、クラインが続けて声をかけてくる。

 

 

「SAOの時は、生きて帰るためにギルドを組んだりしたもんだけどよ、今はそうじゃねえだろ。HPがゼロになっても、シャムロックに負けても死ぬわけじゃねえ。だから、無理してギルドを組む必要なんかねえな」

 

「クラインの言う通りだ。俺達はもうギルドを組む必要なんかないんだ。まぁシャムロックに先を越されてるっていうのが悔しいっていうのはあるけれど、やっぱりこれからは皆で仲良く攻略していきたいよな」

 

 

 クラインに続けてディアベルが言う。ディアベルもSAOの時には聖竜連合という大ギルドのボスをやっていたから、ギルドを経営するという事の苦労や大変さを良くわかっているし、ギルドのボスとしてではなく、一プレイヤーとして少数のグループに入り、攻略を進めていくという事を、SAOの時から渇望しているのがよく見えていた。

 

 

「やっぱりあたし達はあたし達で、楽しく攻略を進めていくのが一番ですよ」

 

 

 シリカが笑みながら言ったところで、顔を抑えながらカイムが俺の元へやってきた。その顔はどこかすまなさそうにしているものだ。

 

 

「ごめんキリト。シャムロックに対抗するなら、姐とかの力も借りた方がいいんじゃないかって思って行ったんだけど、余計な事言っちゃったね」

 

「気にしてないよ。だけど、お前の言う通りだ。俺達はこのままじゃシャムロックに負け続ける一方だろうな。そろそろ攻略ペースを上げる時なのかもしれない」

 

「そうだけど、でもどうするんだ。シャムロックよりも早く攻略する方法なんて、あるのかよ」

 

 

 カイムへの返答を聞いた後にエギルが言う。俺達の意向はギルドを組まずに、このまま進み続けるという事になったけれど、シャムロックに勝つための方法や、シャムロックの遅れを取らないという方法は思い付いてなどいない。

 

 既に何回も言われているけれど、シャムロックの力はかなり強力で、ちょっとやさっとの方法なんかじゃ、その先に行く事など出来やしないだろうし、通用しないだろう。どのような作戦を組むべきかと考えようとしたその時に、背後から声が聞こえてきた。

 

 

「話は聞かせてもらったよ! 皆!」

 

 

 あまり聞かないけれど、非常に聞き覚えのある声。その声が聞こえてきた方向に向き直ってみれば、そこにいたのは赤い髪の毛と金色の瞳が特徴的な、黒と白と赤を基調とした衣装に身を包んだ少女。今はどこに居るのだろうかと気になっていた、レインだ。

 

 

「レインじゃないか。どこ行ってたんだよ」

 

「神出鬼没でドロンと現れる! わたしはいつもこうでしょ?」

 

 

 そう言いつつ、レインは俺達の元へ歩み寄ってきた。レインは普段俺達のパーティにいるわけではなく、ダンジョンやフィールドで突然現れる。なので、今のレインもまた、いつもどおりといえばいつもどおりなのだ。

 

 

「それでキリト君、今攻略に困ってるんでしょ」

 

「別にクエスト進行に困って詰んでるわけじゃないけれど、シャムロックに先を越されるっていうのには困っているな」

 

「なるほどね。確かに最近のシャムロックは、他の少数ギルドに先を越される事に焦って、攻略ペースを上げてる。リーダーのセブンが、シャムロックを一番乗りにさせるつもりになってるからね」

 

 

 俺とセブンはこの前で会って話をしたけれど、確かにセブンならばそのような事を考えていそうな感じがあった。その時はあくまで予想に過ぎなかったけれど、それはついに現実になって、俺達に立ち塞がる壁となっている。

 

 

「だろうな。だけど、俺達だってスヴァルトエリアのグランドクエストの一番乗りになりたいよ。やっぱり、一番乗りっていうのはいいものだからさ」

 

「けれど、シャムロックとキリト君達じゃ、勢いも強さも異なりすぎてる?」

 

「そういう事だ。やっぱりVRMMOじゃ、頭数が物を言うものだからな。だから、何かいい方法がないかと思ってるんだけど……」

 

 

 そこでレインがふふんと笑った。まるで、自分に秘策があると言っているかのようで、全員が一斉にレインに注目する。

 

 

「あの人達は常にレイドクラスで徒党を組んでるから、勝つのは難しいよ。だけど、実は勝てないわけじゃないんだ。わたし、シャムロックに対抗できる手段、知ってるんだよね~」

 

「どういう事なの、それ」

 

 

 意外そうな顔をしたシュピーゲルに問いかけられるなり、レインは得意気に言った。何でも、レインはある程度ならばシャムロックの動向を掴む事ができ、シャムロックの次の目的地やクエストなども把握できているらしい。

 

 そのような事が出来る理由は、自前のハイディングスキルを最大限に利用し、シャムロックの近くに潜伏しているからであるそうで、普段俺達の前になかなか現れないのも、シャムロックの近くに潜伏し、偵察をしていたからであったらしい。

 

 

「君が俺達の近くにいない理由って、そうだったのか」

 

「そうなんですよ。シャムロックよりも早くクエストをクリアしたいって思ってるなら、このレインちゃんに頼ってもらいたいんだけど、どうかな」

 

「……」

 

 

 そこで皆の方を見てみれば、一部の者は信頼しているような表情をしているけれど、それよりも多く、否定的な表情をしている者達がいた。これまで、レインは信頼してと言って来ているけれど、その都度何かしら怪しげな行動を取ったり、そもそも俺達に出会った時だって、妙な嘘を吐いたりしていた。そして何より、レインは俺達がSAO生還者である事を知っており、どのような役回りをしていたかさえも知っている。

 

 そんなレインから紡ぎ出される言葉に、疑問を抱く者達も多い。今回もまた、レインに頼ってと言われているわけだが、信頼するに値するかどうかは、怪しいものだ。だが……。

 

 

「その話、本当なんだな」

 

「うん。嘘を吐いてるつもりはないよ。それに、わたしだってキリト君達と一緒に行動する事で、レアアイテムとか沢山手に入れられてるから、恩返しがしたいんだ」

 

「なるほど、な。それじゃあ、その話、信じてみよう」

 

 

 そこで一斉に驚きの声が上がる。この展開は予想できていたものだから、少し面白く感じられてしまったが、すぐさまリズベットが俺に言って来た。

 

 

「ちょっと、そんなに簡単に信じちゃっていいの」

 

「いいんだよ。もうレインは俺達の仲間なわけだし、最近は変な行動を起こしているような事だってない。だから、今回もレインの事を信頼してみようと思うんだ」

 

 

 「まぁ確かに」という顔をするリズベットとその他の皆。レインは一番最初こそは信頼成らないと思っていたものの、一緒に攻略を進める事も多々あったし、その時には結構な活躍をして、攻略を(はかど)らせてくれた。だから、今回もレインを信用してみようと思ったわけだし、他の皆もそう思うのだろう。その事を確認してから、俺はレインに向き直る。

 

 

「それでレイン。君はシャムロックの何を知っているんだ」

 

 

 そこでレインが話を始める。なんでも、シャムロックは今から二時間ほど前にこのクエストをクリアしたそうで、今はグランドクエストに関連した、モンスターを討伐するクエストに赴いているそうだが、それが中々倒せないで先に進めずに足踏みをしているらしい。多数の強力な《使い魔》を持っている《ビーストテイマー》が揃っているというのに、だそうだ。

 

 

「《ビーストテイマー》がいっぱいいるのに、勝てないっていうんですか」

 

「いくらシャムロックといえど、我のような強い《使い魔》を連れた奴らではない。勝てなくて当然だ」

 

 

 《ビーストテイマー》という言葉に反応したシリカとリラン。確かにリランはこのALOにいる《使い魔》のどれよりも強いけれど、シャムロックにいる《ビーストテイマー》達もかなり強力な《使い魔》達を連れている事で有名だし、その中には俺とシリカのような《ドラゴンテイマー》もいると聞く。

 

 それに、そもそもその者達がシャムロックに居る理由だって、強力な《使い魔》を使役できる実力者であるから、強くて当たり前なのだ。だが、そんな実力者達を何人も抱えているシャムロックの足を止めるモンスターというのは、どうなっているというのだろうか。

 

 

「そのモンスターってどういう仕組みになってるの。シャムロックの《ビーストテイマー》が束になってかかっても倒せないなんて」

 

 

 いかにも不思議そうな顔をしているアスナが尋ねると、レインは答える。なんでも、そのモンスターはあるアイテムを持っていなければ倒す事が出来ないようになっており、シャムロックはそのアイテムの存在をようやく知って、それが手に入るクエストを受注、攻略中なんだそうだ。

 

 

「という事は、俺達もそのアイテムを探さなきゃいけないわけか。だけど、今からそのクエストを受けたところで、間に合うのか」

 

「ふっふっふ……」

 

 

 エギルが腕組みをしつつ問いかけるや否、レインは得意気に笑った。その質問を待っていたと言わんばかりの笑い方に、俺はある予感を抱く。もしかしてレインは――そう思おうとした次の瞬間に、レインは咄嗟にアイテムウインドウを開き、操作する。

 

 直後、レインの手元に一つの水色の光球が出現し、光が弾けると、結晶のような質感を持つ水色の輝石が出てきた。その輝石に皆が一斉に注目すると、レインは自慢するように言った。

 

 

「これがそのモンスターを攻略するためのアイテムだよ」

 

「なんだって? 君、もう手に入れて来たのか」

 

「うん。キリト君達がこのクエストを攻略している間に、こっそり行って来たんだ。これを持ってモンスターのところに行けば、シャムロックよりも先にクエストを進められるよ」

 

「けれど、そのシャムロックはこのアイテムを手に入れるクエストをやってるんだろ。って事は、もう既にシャムロックもこれを入手してるんじゃ?」

 

「その心配もないよ。このアイテムのクエストは、それなりに時間を要するように出来てるみたいだから、シャムロックでも時間がかかると思う。だから、今なら先を越せるよ」

 

 

 俺に返答すると、レインは輝石をアイテムウインドウの中に仕舞い込んだ。実際にやってないから何とも言えないけれど、シャムロックの攻略スピードを持ったとしても時間がかかるならば、レインの言う通り、今のうちにそこへ赴けば、本当にシャムロックの先を行く事が出来るだろう。

 

 

「……よし、わかった。ひとまずそこに向かってみる事にしよう」

 

「そのモンスターの討伐クエストなら、わたしが既に受けてるから、わたしが一緒に行けば、キリト君達のグランドクエストも進行するよ。キリト君のパーティメンバーだしね。手こずっているとはいえ、シャムロックも早いから、急いだ方がいいかも」

 

 

 レインの言葉を受けた俺達は頷き、駆け足気味でダンジョンを脱出。未だに高度制限が解除されていないために高度を上げる事の出来ない、吹雪が吹きすさぶ銀世界のフロスヒルデの中を低空滑空し、レインの持つアイテムが有効であるモンスターのいる地点に急いだのだった。

 

 その最中、フロスヒルデに生息している強力なモンスター達に道を塞がれたりもしたけれど、シャムロックよりも先に行く事が出来ているという事をレインを通じてして知ったためか皆躍起になっており、モンスター達など秒速で倒していき、目的地に急ぐ事が出来た。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

「よっしゃあ! 討伐成功だぜ」

 

 

 そう言ったのがクライン。レインに導かれた事により、俺達はシャムロックがまだ到達していないダンジョンの中に入り込む事に成功していた。

 

 レインの持っているアイテムの効くモンスターは、俺達が今いるダンジョンの入り口を守っている存在だった。そのモンスターはリランとはまた違った形をしたドラゴン族であり、如何にもボスモンスターというような風貌を持ったものだった。

 

 その強さこそはなんてことないものの、ドラゴンは何度倒されてもその都度復活してきて、何度魔法をぶちかましても、ソードスキルで切り刻んでも、リランのブレスを撃ち込み続けても、無意味だった。

 

 

 その特殊能力のすごさに、シャムロックが苦戦するもの当たり前だと思ったけれど、そこでレインがあの結晶を使ったところ、ドラゴンは消滅。何度攻撃しても復活するドラゴンはいともたやすく消えてしまった事に、思わずみんなと一緒に茫然としてしまったが、シャムロックがまだ到達していないダンジョンへの入り口が開かれたという事を再確認して、その中に飛び込んだのだった。

 

 そして、そのダンジョンの最奥部には、入口を守っていたドラゴンとはまた違うモンスターがおり、皆で手を合わせて戦ったところ、比較的簡単に倒す事が出来たのだった。

 

 

「対した事なかったわね。てっきりフレースヴェルグとか、ラタトスク並みに強いのが来るんじゃないかって思ってたんだけど」

 

「いやいや、そんなのが毎回来られたら、大変どころじゃないですよシノンさん」

 

 

 弓矢を仕舞い込んで腕組みをするシノンと、シノンの感想に冷や汗を掻くリーファ。確かに、もっと強いのが来るのではないかと俺も思ってはいたけれど、ここを守っていたモンスターはエリアボス達に比べたらどうって事ない強さのモノだった。もし、シャムロックがここに到達したならば、ものすごい速さでここの攻略は終了していた事だろう。

 

 そんな事を考えていると、ユイが俺の服のポケットから飛び出して、俺に向きなおった。

 

 

「このボスを倒したのはパパ達が最初です。なので、シャムロックの先を越せましたよ!」

 

「よし、なんとかなったか」

 

 

 呟くと、フィリアが「やったねキリト!」と言って駆け寄ってくる。

 そのまま周りを見てみると、皆が驚いたような顔をして周囲を見回している。レインがシャムロックの先を越せると言った時は半信半疑だったけれど、こうやってレインの言うとおりに事が進んで、シャムロックの先を越す事が出来たのだから、驚いて当然だろう。

 

 

「今回こうやってシャムロックの先回りをできたのは、レインのおかげだ。けれど、まさか本当にシャムロックの先を越せるなんてな」

 

「ほんとにね。だけどレインって、よくシャムロックの近くにばれないでいられるよね。普通なら見つかりそうなのに。もしかして、ハイディングスキル以上の何かを使ってるとか?」

 

 

 俺の隣に並んでいるフィリアがレインに言うと、レインは少し驚いたような顔をした後に、苦笑いした。

 

 

「えっと、実はそうなんだよね。シャムロックの人達は強いから、普通の方法だと見つかっちゃうけど、見つからない方法を使ってるの。だけど、それは教えられないっていうか」

 

「えぇーっ。それ気になるなぁ」

 

 

 フィリアはアルゴ程じゃないけれど、情報収集も得意としているから、それに役立ちそうなスキルなどがあるという話は気になるのだろう。実際、レインがどのような潜伏方法でシャムロックの動向を把握しているか、俺も少し気になるところだ――そんなふうに思っていたその時、リランが何かに気付いたような顔になって、耳と尻尾をぴんと逆立てた。

 

 

「……!」

 

「どうした、リラン」

 

「複数のプレイヤー達が接近しておるぞ。この感じは、シャムロックか?」

 

 

 リランの言葉を聞いて、皆で一斉に入口の方に向いたその時、本当にプレイヤーが数人俺達の元へやってきた。人数は二人で、種族はサラマンダーとノームだったが、頭に共通する羽飾りを付けている。

 

 

 これはこの前知った事なのだが、セブンのギルドであるシャムロックのメンバーは、ほぼ全員がその頭や頭用防具に専用の羽飾りを装着している。それを見る事で、シャムロックに所属しているか否かを見極める事が出来るのだが、やって来たプレイヤー二人の頭部に目を向けてみれば、シャムロックの羽飾りが装着されているが見える。

 

 リランの言うように、シャムロックのメンバーのようだ。

 

 

「あぁっ、先を越されてる!?」

 

「くそっ、スメラギさんの言った通りかよ!」

 

 

 俺達の様子を見るなり、悔しそうにするシャムロックの二人。俺達がここにいるボスを倒した事、シャムロックの先回りに成功している事がわかったのだろう。そんな二人に向けて、ディアベルとクラインが自慢するように言う。

 

 

「残念だが、今回は勝たせてもらったぞ、シャムロック」

 

「おうよ! いつもお前らばっかりが勝てるわけじゃないんだぜ!」

 

 

 サラマンダーとノームの男二人組が更に悔しそうにしたその直後、二人の背後である入口の方から、ゆっくりと人影が近付いてくるのが見えた。注目してみれば、人影の正体は、アスナの髪色に近い水色の短髪で、耳が横に長く尖っている、白と青を基調とした戦闘服に身を包み、腰に刀を携えた長身の青年。アスナとディアベルと同じウンディーネ族で、セブンからかなりの信頼を得ているシャムロックの一の精鋭、スメラギだった。

 

 

「スメラギさん、先を越されてます!」

 

 

 先に入ってきたサラマンダーの男が言ったと同時に、スメラギはその二人の前まで歩き、やがて立ち止まった。そしてそのまま、その紫色の瞳で、俺の事を睨みつけてきた。

 

 

「貴様は……」

 

「また会ったな、スメラギ。今回は俺達の勝ちだぜ」

 

 

 スメラギがふんと鼻を鳴らすと、俺の隣にいるフィリアにその目を向ける。突然睨みつけられたものだから、フィリアは驚いて身体をびくりと言わせる。

 

 

「貴様は確か、最近注目されているトレジャーハンターの、フィリアとか言ったな。俺達の先回りが出来ているという事は、貴様が俺達の動向を掴んだのか」

 

「何の事? 別にそんな事してないけれど……」

 

「まぁいいだろう。それも戦略の一つだ。このゲームは本来、PK推奨の種族間競争をウリにしているものだが、シャムロックが提唱しているのはその逆、種族が異なるプレイヤー同士の共存だ。競争に勝った負けた程度の事で、俺達から波風を立てるような事をするべきではない。それがセブンの望みだからな」

 

 

 いきなり話し始めたスメラギに、フィリアと二人できょとんとしてしまう。恐らくだが、俺の背後にいる皆も、同じようにきょとんとしている事だろう。

 

 しかし、スメラギの言っている事も間違ってはいない。スメラギ達のいるシャムロックは、プレイヤー同士の共存を、俺達のように種族の関係を持たずに仲良くゲームをプレイするプレイヤー達を増やす事をモットーにしている。

 

 そして現に、種族間の事を考えないで攻略を勧めたりするのは、ものすごく楽しい事も、身に染みている。

 

 

「あんた、なかなかいい事を言うじゃないか。そういう考え方、俺は好きだぜ」

 

「貴様に好かれてどうするというんだ。それに貴様、あの時街で会った男だな。その後、セブンと馴れ馴れしく話し合ったそうじゃないか」

 

「セブンから聞いたのか」

 

「そうだ。確かお前は……」

 

「キリト。スプリガンのキリトだよ」

 

 

 名乗ったその時に、スメラギは驚いたような顔をする。セブンと話しているプレイヤーの事は、セブンから聞いていたのだろうけれど、目の前の俺が、それだとは思わなかったのかもしれない。

 

 

「キリト? 数か月前から圧倒的な速度でALOを攻略しているパーティのリーダーであり、狼竜族を従える《ドラゴンテイマー》……それがお前なのか」

 

「リーダーじゃないよ。俺達はギルドでも何でもない、ただの仲良しパーティだ。ただ、あんた達シャムロックから見れば、俺達はライバルなんだろうな。俺達はライバル同士だよ」

 

「ライバルか……いいだろう。その言葉、宣戦布告として受け取ってやる」

 

「ほぅ。なんならここで戦ってやってもいいんだぜ、シャムロック一の精鋭さん」

 

 

 そこでスメラギはすんと鼻を鳴らして、その顔に静かな笑みを浮かべる。まるで、これから起こり得る何かにワクワクしてるかのようだ。

 

 

「面白い奴だな、キリト。お前とは近いうちに会いまみえることになりそうだ。それに、近いうちに戦う事にも、なるだろう」

 

「その時には俺と俺の《使い魔》と戦う事になるぜ。いいのか」

 

「舐めてもらっては困るな。……俺もお前と同じだ」

 

 

 スメラギの一言に皆が軽く驚くと、スメラギの肩の上に突然白い光が発生し、軽く爆発。何事かと思って注目してみれば、スメラギの肩に、白水色のオーラをその身に纏う、青色の隈取のような模様を走らせた、ところどころに水色の毛が混ざっている白い毛並みに身を包んだ、九つの尾を持つ、糸のように細い目が特徴的な、身体の小さな狐が座っていた。

 

 本来は中国の神話に登場するもので、平安時代くらいに日本の妖怪の一体にも数えられるようになった、創作物の中では勿論の事、RPGでも非常にポピュラーな和風モンスター、九尾(キュウビ)の狐。それをシリカのピナくらいのサイズにして、尚且つぬいぐるみのようにデフォルメをかけたのが、スメラギの肩に座っているそれ。

 

 

 そして俺達は、そのようなモンスターをこれまで見たことがなかったため、思わずその白九尾狐に注目してしまったが、俺達の注目を浴びた白九尾狐は、俺達の方に目を向けるなり、「こんこん」と小さく咳払いをするような声を出した。

 

 

「お前のそれは……!?」

 

「これでお相子だろう。俺もお前と同じ《ビーストテイマー》だ」

 

「まさかお前まで《ビーストテイマー》だったなんて……!」

 

「お前の《使い魔》は特別に強くて、どんなモンスターも蹴散らすという話を聞いているが、俺の《使い魔》にもそれが言えるのか」

 

 

 一見すると、ピナのような小型モンスターに見えるスメラギの《使い魔》だが、スメラギは妙に自信を感じさせるような顔をしている。恐らく、あの《使い魔》もかなり強い《使い魔》なのだろう。……全くそんなふうには見えないけれど、それだけはわかる。

 

 だが、俺のリランは――そう言おうとしたその時に、その《使い魔》であるものの、今は全く違う姿をしているリランが、俺の隣に並んで来た。

 

 

「キリトの《使い魔》は特別に強いぞ。お前のそんな小さな狐など、相手にもならぬ。それはキリトの評判を聞いているお前ならば、よくわかっている事なのではないか」

 

 

 俺達プレイヤーと全く変わりが無い人狼の姿となっているリランの事を黙って見つめるスメラギ。恐らくだが、スメラギはリランが狼竜の姿と人狼の姿を持っている事は知らなくて、今のリランが俺達の仲間のプレイヤーの一人だと思っているのだろう。

 

 

「ふん。それはその時になればはっきりする事だ。だが……」

 

 

 スメラギは突然言葉を区切って、俺達のパーティの方に注目する。何があるのかと思って目を向けてみれば、そこにいたのは俺達のパーティの中で最も体格がどっしりとしているエギル。なんでエギルに注目しているのかと思うと、スメラギはその口を開いた。

 

 

「おい、そこのノームの後ろに隠れているのは、誰だ」

 

「え?」

 

 

 そこでエギルが驚いたように振り返ると、その後ろに誰かが隠れているのがわかった。その直後にエギルが横にずれると、そこにあったのは、シャムロックの行動を教えてくれたレインの姿だった。そしてその顔は、拙い事になったと言っているかのような表情が浮かんでいる。

 

 

「お前は……嘘吐きレインじゃないか」

 

「う……!」

 

 

 スメラギの一言に、全員が一斉にレインに注目する。レインは、本当に拙い事になったと思っているような顔をしていて、その口を閉ざしていたが、やがて皆の注目を浴びながら小さく言った。

 

 

「うぅっ、参ったなぁ……」

 

 

 そこでスメラギに向き直ってみれば、肩の白九尾狐と一緒に、何かに納得しているかのような顔になっている。明らかに、レインの事を知っているかのような雰囲気だった。

 

 気になってレインに声をかける。

 

 

「どういう事だレイン。君は、シャムロックの連中と知り合いなのか。それに、嘘吐きってどういう事なんだよ」

 

「なるほど、そういう仕組みだったのか。お前がこいつらを手引きしていたという事か」

 

 

 レインではなく、スメラギが答えたものだから、俺は一部の者達と一緒になって、スメラギに向き直る。そこでスメラギは、言葉を紡ぎ始めたのだった。

 

 レインはかつてシャムロックに所属していた。しかし、レインは本来シャムロックに入るに値しないプレイヤーであり、シャムロックに入る事など出来なかったのだが、レインはメンバーに嘘を吐いて騙す事によって、シャムロックに加入する事が出来たのだという。そこで、レインはシャムロックの動向や情報などを、集めていたらしい。

 

 だが、やがてその嘘はばれ、結果としてギルドから追い出される事になったそうだ。その事から、レインは嘘吐きレインと呼ばれるようになったという。

 

 その話が終わるなり、皆の方で驚きと戸惑いの声が上がった。まさかレインが、シャムロックのメンバーの一人だったとは、誰も予想できていなかったのだろう。

 

 しかし、疑問点がある。それはレインの情報だ。レインはシャムロックの情報を得て、俺達をここまで導いて来た。だが、レインはその時には既にシャムロックから脱退しており、情報を受け取る事が出来なくなっているはずだ。

 

 

「そんな事が……だけど、なんでシャムロックにいないのに、情報を得られてたんだ」

 

 

 疑問を口にしても、レインは相変わらず黙ったままで何も言わない。そこで、スメラギがレインの代わりと言わんばかりに答えてきた。

 

 

「確かにレインはシャムロックを脱退した。だが彼女は、登録解除までのタイムラグを使って、シャムロックの情報を流していたんだ。姑息ではあるが、攻略手段の一つとしてはありだ。潜り込まれた俺達にも落ち度があったのも事実だろう」

 

「……」

 

 

 シャムロックに嘘を吐いて加入し、情報を得て、ギルドを脱退させられてもタイムラグを使って外部に情報を提供するという方法。あまり良いとは言えない手段だし、モラルに欠けると言っても間違っていない。

 

 そのような方法を取っていたレインに、疑問の視線が向けられており、スメラギに至っては完全に攻撃しようと思っているかのような視線を向けている。恐らく、次はレインに何かをするつもりでいるのだろうし、皆も攻略どころではなくなっている。

 

 ここはひとまず、退いた方が良さそうだ。

 

 

「事情は分かった。ひとまず俺達はここで撤退する。だから、レインの事は見逃してやってほしい」

 

「見逃すも何もない。俺は攻略方法の一つとしてはありだと思っている。だが、気を付ける事だ。そいつは何を考えているのか、わからない奴だからな」

 

 

 そう言われるなり、俺は皆の方へ向き直り、号令した。

 

 

「皆、一旦街に戻るぞ」

 




原作との相違点

・スメラギが《ビーストテイマー》になっている。

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