キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:もう既に、友達

 

 

 詩乃と愛莉と別れた和人と恭二は、揃ってゲームセンターに向かっていた。ショッピングセンターの中はどこもかしこも数えきれないような数の買い物客や観光客が行き交っていて、混雑しているところなど存在しないようだったものの、詩乃がやってくれた対策と、右手首に嵌っている銀の腕輪のおかげで、和人は一時は苦手意識を抱くようになっていた人混みの中を、軽々と進む事が出来ていた。

 

 もし、あの時詩乃が対策を出してくれなくて、尚且つこの腕輪もくれなかったならば、自分はここを通る事は出来ても、胸の中に重い不快感を抱く事になっていただろう。自分が今こうして何も気にせずに動く事が、考える事が出来ているのは全て詩乃のおかげだと、和人は感謝の思いを抱きながら、歩き続けている。

 

 いや、詩乃への感謝の気持ちというのはいつも持ち合わせているのだが、今日の和人の胸の中にあるそれは、いつもよりもその大きさを増している。詩乃と合流した時には、もう食事代とかも出してやって、これからもっと様々な事を一緒に体験して行こう――そんな考えを頭の中に浮かべて、胸の中を暖かくしながら歩いていたその時に、背後から声が聞こえてきた。

 

 

「あ、あの桐ヶ谷さん」

 

「うん?」

 

 

 声に誘われる形で振り向いてみれば、一緒に歩いていた少年が、少しだけ離れたところで立ち止まっていた。詩乃と愛莉がファッションショップに行って女の子の時間を過ごすと言った時に、ゲームセンターへ行こうと提案してくれた少年。ALOでは自分達の攻略仲間の一人であり、シュピーゲルと名乗っているそれの本名が新川恭二という名であるという事と、自分達と同じくらいの年代の少年であるという事は、今日初めて知った。

 

 だが、この恭二は不思議だった。和人は初対面の相手などに会った時には、本当に若干の警戒心を抱いてしまいそうになるのだが、この恭二の時に至ってはそのような事はなくて、話す時にも普通に話す事も出来れば、自分の本名を教える時に躊躇う事だってなかった。きっとそれは、恭二がシュピーゲルとして、これまでずっと自分と接してくれているからだろう。

 

 だが、この恭二は元々愛莉が自分達に紹介してきて、それをきっかけに仲間になった者であるし、詩乃と同じ愛莉の専属患者だ。

 

 

 あの事件を経験して以来、詩乃の心はとても傷付き、他では見られないような重度のPTSDを患っていたから、愛莉は詩乃を専属患者にした。そんな詩乃と同じ専属患者であるという事は、恭二もまた、愛莉の治療が必要とされるくらいに、傷付いた心の少年なのだろう――ここに来るまでずっと考えていた事を頭の中でまとめながら、和人は返事をしつつ恭二に歩み寄る。

 

 

「なんだよ、急に立ち止まって。ゲーセンはまだ遠いぞ?」

 

「あのさ……混乱させるかもしれないけれど、僕、桐ヶ谷さんに言いたい事があるんだ」

 

 

 おどおどしながら言って、和人に首を傾げさせると、恭二は急に畏まったかのように背筋を伸ばして顔を上げ、宣言するように言った。

 

 

「桐ヶ谷さん、僕と、僕と友達になってくれないかな!?」

 

 

 かなり大きなものだったせいか、恭二の声は比較的遠いところにまで届いて行き、イヤホンなどで耳を塞いでいなかった周りの買い物客の視線が、和人と恭二に集められる。しかし、そんな大衆の視線など全く気にせずに、和人は目を丸くしてきょとんとしたまま、恭二の事を見ているだけだった。周りの目を気にしていないのは恭二も同じで、宣言した時と同じ姿勢と目つきのまま、言い続ける。

 

 

「僕、思ってたんだ。もし、現実世界のキリトと会えたなら、その時には友達になりたいって。僕、リアルじゃ全然友達いなくて……だけど、友達は欲しかったんだ。だから、桐ヶ谷さん、僕と――」

 

 

 プレイヤーアバターに身を(やつ)すと現実と全く違う性格になってしまう――これまでのMMOでは、ゲーム内とリアルで、そういった性格に差が出るというプレイヤーは多かった。なので、MMOで出会って友達同士になったプレイヤー同士が、現実世界で出会った時にギャップを感じてしまって、友達になる事が出来なかったり、幻滅してしまうなんて言う事が多かった。

 

 もし、恭二と知り合って攻略仲間になったのが、これまでの普通のMMOの中での話だったならば、恭二の宣言にも似た頼み事には眉をひそめただろう。

 

 だが、恭二と出会ったのは、現実世界の感覚や性格がもろに出てきてしまって、隠す事が困難な、ALOという名のVRMMOだ。ALOで和人は、恭二のアバターとしての姿であるシュピーゲルと何度も一緒にモンスターと戦い、フィールドを冒険し、クエストをこなし、レアアイテムの発見を喜び合ったりした。

 

 その中で和人は、シュピーゲルの性格や人格などを理解していき、シュピーゲルは攻略仲間であると同時に、ゲームでの喜びなどを分かち合える大切な友達であると思うようになっていった。そして、もしシュピーゲルとリアルで出会ったとしても、その時既に友達であるとも思っていた。

 

 VRMMOというゲームであるものの、現実世界となんら変わらない世界で、共に長い時間を過ごしているのだから、現実世界で友達になっているのと同じだ――それまでずっと思っていた事を頭の中で瞬時にまとめ上げた和人は、恭二が最後まで言う前に、言葉を発した。

 

 

「……新川、何言ってるんだ」

 

「え?」

 

「俺は既に、お前と友達のつもりだぞ?」

 

「えっ?」

 

 

 完全に予想外の言葉が出てきて、きょとんとしてしまっている恭二。そこで和人は、それまで考えていた事やよくある事、そして自分がこう言った理由を、恭二に歩み寄りつつ話した。和人の話が終わった頃には、恭二はきょとんとするのをやめはしなかったものの、和人に返事をする事が出来た。

 

 

「VRMMOで一緒に攻略を進めた僕達は、既に友達……?」

 

「そうだ。これまでのMMOじゃ、プレイヤーアバターに身をゆだねると性格や人格が変わる奴が多くて、現実で友達になるのは難しかったんだ。けれど、俺達のやってるALOはそうじゃないだろ」

 

「確かに、シュピーゲルとしての僕と、現実の僕は何も変わらない……」

 

「そうだろ。俺だってキリトになってる時人格が変わってないし、シノンだってそうだし、愛莉先生……イリスさんだってそうだろ。だから俺達は今日初めて出会ったけれど、これまで現実世界で過ごしていたのとなんら変わらないんだ。

 だから、俺はお前と既に友達だと思ってたし、これからもそうだって思ってるぞ。まぁ、お前が嫌じゃないっていうならだけど、さ」

 

 

 恭二はずっときょとんとしていたが、すぐに何かに気付いたような顔になって、そのまま明るい表情に顔を変えていった。何か重大な事に気が付いて、喜びが込み上げてきているのを感じているようだ。

 

 

「本当に……僕達は友達、なんだよね?」

 

「そうだと思うぞ。だから友達になってくれじゃなくて、俺達は初対面だけど、既に友達なんだよ」

 

「そうだったんだ……いや、そうだね……そうだね!」

 

 

 とても嬉しい出来事に出くわしたかのような、幸福そうな恭二の顔。初めて恭二/シュピーゲルに出会った時には、イリスが「彼は人と話したりするのが苦手」と言っていたから、これまで恭二は全く友達を作る事が出来なくて、寂しい思いをしていたのだろう。そのような経緯を辿って来ている恭二の境遇は、かつての自分にどこか似ているような気がすると、和人は感じていた。

 

 その直後に、恭二は和人に歩み寄り、嬉しそうな顔のままその口を開く。

 

 

「なら、僕の事は恭二って呼んでくれないかな。名前で呼び合いたいんだ」

 

「そっか。じゃあ俺の事は和人って呼んでくれ。名前で呼び合える友達は少ないんだ」

 

「わかった……それじゃあ、これからは現実の友達してもよろしくね、和人!」

 

「あぁ、よろしく頼むぜ、恭二」

 

 

 SAOに閉じ込められるその時まで、全く友達が居なくて、SAOを脱した後の居心地のいい学校でも、名前で呼び合える友人は全くと言っていいほどいない。だからこそ、こうして恭二という名前で呼び合える友達が出来たという事には、和人は大きな喜びを感じずにはいられない。

 

 それは恭二も同じだったようで、友人が出来たという喜びを噛みしめながら、和人と恭二は周りの買い物客の事をほとんど構わずに、笑み合ったのだった。

 

 そんなやりとりをした後に、和人の隣に恭二は並び、そのタイミングで和人は声をかける。

 

 

「さてと、早いところゲーセンに行くとするか」

 

「そうしようよ! 何なら一緒に出来るゲームとか、やる?」

 

「それもいいな。よし、その時になったら俺のゲーマーとしての腕を見せつけてやるぜ」

 

「僕だって負けないよ。さぁ、早く行こう!」

 

 

 これまで中々する事の出来なかった、仲の良い友達同士の会話。そんな会話を恭二と繰り広げながら、買い物客で構成された川の中を和人は進んでいったのだった。そしてその三分後くらいに、祭のときの屋台のように立ち並んでいる店の中でもひときわ大きなものである、目的地のゲームセンターに辿り着いた。

 

 

 VRMMOやスマートフォンのゲームが発展してからあまり人気が出なくなったという話だが、それを感じさせないような数のゲーム筐体が、店の中に密集するように並んでおり、中には和人が散々利用したUFOキャッチャーも、銃の形をしたコントローラーを持ってプレイするシューティングゲーム筐体も、かなりの数確認できる。

 

 そんな一昔前ほど注目されなくなったアーケードゲーム達を、子供から大人まで幅広い年代の、無数の人々が熱中してプレイしている光景が、このゲームセンターの中では繰り広げられていた。小学校の時からゲームセンターを利用してるために、すっかり見慣れているその光景の中に入って早々、和人はその口を開く。

 

 

「流石お台場のゲーセン、モノが沢山あるな」

 

「東京都の指折りのショッピングエリアだもんね。これなら目当てのものもありそう」

 

「恭二の目当てってなんだ? 聞いてなかったけど」

 

「見つけたら教えるよ。とりあえず、行ってみよう」

 

 

 そう言って歩き出した恭二の後を追って、和人はゲームセンターの奥の方へと進んでいくが、その中でプレイヤー達に注目する。先程まで寄っていた、秋葉原にあるゲームセンターでは、煙草を吸いながらゲームをプレイする者達の姿を見る事が多くて、ゲームセンターの中に煙草の煙が充満している事もあるが、ここはやはり公共の場の中にあるゲームセンターであるためか、そのような事をしているプレイヤーの姿はない。

 

 それに、そもそも入り口付近の壁に、『全域禁煙』という、でかでかとした大きな文字と禁煙マークで構成された張り紙がされていたから、そんなプレイヤーを見つけること自体困難だろうし、もし見つけたならば公共マナー違反をする者として、警備員を呼ぶ事になる。

 

 そのような事になってまで煙草を吸いたい者などいないらしく、アーケードゲームを遊ぶプレイヤー達はただただ、目の前の筐体に向かっていた。当然、煙草の煙が舞っている事も無くて、臭いも煙たさもない。

 

 そんなゲームセンターの中を、奥へ奥へと進んだその時に、恭二は何かに気付いたような声を出した。

 

 

「あっ、あった!」

 

「え? 見つけたのか」

 

「うん! あれだよ、あれ!」

 

 

 目当てのものを見つけた恭二は、それがあるところへ一目散に走り出す。恭二が飛びつきたくなるくらいに好きなゲームとは一体何かと、恭二の走る方向に目を向けて、その正体を掴んだその時に、和人は目を見開いた。

 

 恭二の向かう先にあったゲームは、銃の形をしたコントローラーを操作して、画面内に現れる様々な敵に標準を合わせて弾丸を放つ、ガンシューティングゲームの巨大筐体だった。

 

 タイトルは、ガンシューティングゲームの典型的なものである、ゾンビを相手にして戦うものであったが……その銃を模したコントローラーを見た瞬間、和人は胸の中が締め付けられるような感覚に襲われた。同刻、頭の中に様々な考えや思いや感情が混ざり合ったどす黒い何かが、まるで水のように溢れ出てくる。

 

 

(……ッ!!)

 

 

 《発作》だ。呑み込まれてしまうと拙い、記憶の黒い濁流が、頭の中に押し寄せてくるというもの。かつてはそれを抑え込む(すべ)がなくて、どうしようもなかったが、今はそうではないのだ――和人は頭の中に押し寄せてくる黒い水の濁流に、胸を締め付ける苦しさに呑み込まれる前に、前髪を掻き上げながら右手を額に当てて、目をしっかりと開いた。

 

 すぐ目の前にある、植物を彷彿とさせる白銀色の腕輪――和人はその輝きを見ることだけに集中する。金属由来の無機質な光だが、大きな暖かさと安心感を与えてくれる、頭の中に広がろうとする漆黒の逆の、白銀色の煌めき。ただそれを見る事だけに集中していると、胸の苦しさも、頭の中の濁流もゆっくりと消えていき、十数秒経ったところで、完全に消え果てた。

 

 発作が治まったのがわかるなり、和人は大きく深呼吸をして、額から手を離した。頭の中いっぱいに広がりそうになっていた黒い濁流は消え去り、ゲーム筐体の放つ音と人々の声が正常に聞こえてくる。……詩乃のくれたお守りが、助けてくれた。

 

 

(なんとか、なったか……)

 

 

 心の中で呟き、和人は先程の方向に向き直る。そこで白いパーカー姿の少年が、ガンシューティングゲームの筐体の元へ辿り着いており、如何にもプレイの瞬間を心待ちにしているかのようにしている。そしてその近くには、黒く煌めく銃の姿があったが、何度それを目に入れても、黒い濁流が頭の中に広がってきたりするような事はなかった。

 

 改めて、詩乃のお守りの力強さを思い知りながら、和人は恭二の元へ近付いたが、その直後に、恭二は和人に振り向いた。そこで和人は、発作が起きそうになった事を隠すように、表情を取り繕う。

 

 

「これだよこれ! これがやりたかったんだよ」

 

「……ガンシューティングか。もっとファンタジーっぽいのをやるんじゃないかって思ってたから、意外だな」

 

「ALOみたいなのも好きだけど、こういう銃のゲームも好きなんだよ。これ、二人プレイできるけれど、一緒にやらない、和人?」

 

 

 お守りのおかげで発作は抑え込めたものの、銃撃戦なんてものをやったら、もう一度発作を起こしてしまいかねないし、何より、それを見た恭二に余計な心配をかけることになるだろう。銃撃戦ゲームは好きだが、こうなってしまった以上は遠慮するほかあるまい――そう思いながら、和人は返事をする。

 

 

「悪い、銃のゲームは得意じゃないんだ。やっぱり俺には剣なんだよ。もしくはドラゴンの背中」

 

「そうなんだ。じゃあ、僕一人でプレイしていいかな。どうしてもやりたいんだ、このゲーム」

 

「あぁ、構わないぜ。俺はお前の腕前という奴を見物させてもらおう」

 

 

 そう言って和人は、恭二から近いうえに、ゲームの画面と恭二の動きが一緒に見れるところに移動する。同刻、恭二はポケットから財布を取り出し、更にそこから百円玉硬貨を一枚出して、コイン投入口に入れてゲームを起動し、銃型コントローラーを()()()()()()。更に、ゲームモードを二人協力プレイモードにして、開始してしまった。

 

 本来プレイ人数が一人ならば、シングルモードを選択するのが普通だし、コントローラーだって一つだけ持ってやるものだ。なのに、恭二と来たら両手にコントローラーを持ち、二人協力プレイを一人でやろうとしている。奇行と思える恭二の行動に、和人は思わず目を点にする。

 

 

「お、おい恭二。二人協力プレイモードになってるぞ」

 

「いいんだ。ところで和人、僕大きな声出したりするかもだけど、いいかな」

 

「え? 別に構わないけど……」

 

「そっか。ならいいんだ。いいん、だ」

 

 

 何だかよくわからない許可を得るなり、恭二はゆっくりと画面に向き直って、そのまま俯いてしまった。画面では、ゲーム開始までのカウントダウンが刻まれており、既にゲーム開始五秒前を迎えている。その直後だった。

 

 

「くっくっくく……ここにあって良かった……本当に良かった……」

 

 

 俯く恭二から突然聞こえてきた、まるで心待ちにしていた事がようやく現実になった事を喜ぶかのような、奇妙な笑いの混ざった声色。それまで一緒に過ごしていた時は勿論、ALOで一緒にクエストをこなしていた時や、冒険をしていた時にも聞く事が無かったような、恭二の不気味な声に、和人は思わず驚く。

 

 

「きょ、恭二?」

 

「一匹残らず……粉々に壊すッ!!」

 

 

 かっと顔を上げるなり、咆哮するように恭二が言った次の瞬間に、ゲーム開始カウントダウンはゼロとなり、ゾンビゲームは開始された。

 

 恭二の前方にあるモニタの中に、薄暗い廃墟の映像が映し出され、その奥より皮膚が青白く変色し、白目を向いた恐るべき形相の動く死体(リビングデッド)達が、腕が蜘蛛のように長い異形となった者達が、群れを成してこちらに押し寄せてくる。それはまさしく、よくあるゾンビゲームの光景であり、VRだったならばかなり恐れてしまいそうな光景だ。しかし、何だかやってくるゾンビやクリーチャー達の数が、普通より多いような気がしてならない。

 

 近頃のアーケードゾンビゲームは一斉に押し寄せてくる感じなのか、それとも二人協力プレイにしているから、数が多くなっているのか――和人が画面を眺めながら考えていたその時に、恭二は両手に握った拳銃型コントローラーの標準を、押し寄せてくるゾンビ達に的確に合わせて、引き金を引いていった。銃弾を頭に喰らったゾンビは倒れて溶け、消えていく。

 

 

(みなごろし)だ……一匹残らず、鏖にしてやる……!」

 

「あ、あの、恭二さん?」

 

 

 和人はこのゾンビゲームで繰り広げられる光景に、ある種の戦慄を抱いていた。

 

 両手に銃を持つという、ガンシューティングゲームではあまり見られないようなプレイを始めた恭二はまず、最初に出てきたゾンビとクリーチャーの群れを、ものの数秒で全滅させて、戦場を綺麗にして掃除して見せた。

 

 

 それだけでも驚きなのに、恭二はそれで終わらない。次に恭二は、がらんどうになった戦場にゾンビやクリーチャーがリポップした瞬間に、その弱点を撃ち抜いて、消滅させていき始めたのだ。敵が片っ端から出落ちしていくおかげで、恭二のHPは始まった時から一切変わっておらず、標準カーソルは絶えず忙しなく画面の中を暴れまわり、スコアカウンターは凄まじい勢いで数字を更新していく。

 

 ゾンビもクリーチャーも、現れて恭二の元へ行こうとしたその瞬間に、次から次へと撃ち抜かれて消えていくだけだ。もはや一方的な虐殺でしかない光景に、和人は完全に呆然とする。恐らく周りの客達も同じような事になっているだろうが、そこまで気を配る余裕がない。

 

 

「……」

 

 

 恭二は、いつも遊んでいるシュピーゲルだ。自分達の攻略仲間であり、共に様々なフィールドを冒険し、様々なモンスターと戦っている、シュピーゲルだ。しかし、今の恭二を見続けていると、恭二とシュピーゲルは異なる存在なのではないかという気がして来てならない。

 

 いや、もしかしたらこの銃を持っている時こそが本領を発揮できる時であり、シュピーゲルとして短弓を使っている時は、力をセーブしている状態なのではないだろうか――今の恭二とALOでのシュピーゲルを思い出しながら、和人は思考を回す。

 

 

「いい気になるなよ……僕にかかればお前らなんか、すぐ殺せるんだからなッ……」

 

 

 そう言いつつ、ゾンビもクリーチャーも出落ちさせていく恭二。そのプレイと言動の荒々しさで、和人は気付く。

 

 恭二は怒っている。何があったのかまでは把握できそうにないけれども、恭二は間違いなく、激しいストレスを抱くような出来事を経験して、激怒していた。ここに来るまでは抑え込み、にこにことしていて、自分とも普通に話せていたが、その胸の中では、激しい怒りのマグマが煮えたぎっていたのだ。

 

 

 そして、捌け口となる場所にたどり着けたので、それまで溜め込んでいた分を、爆発させている。恭二の身の内に凝縮されていた怒りがエネルギーとなって、あの動きを作り出しているのだ。

 

 拳銃型コントローラーは恭二の怒りそのものであり、ストレスを銃弾として吐き出し、ゾンビもクリーチャーも絶え間なく撃ち抜き、消滅させていく。あまりに勢いがすごいものだから、恭二の怒りはゾンビやクリーチャーだけではなく、周りの廃墟さえも破壊しそうだ。

 

 このまま恭二がプレイし続けたら、ゾンビやクリーチャーだけにとどまらず、画面の中にあるすべてのものが破壊し尽くされるのではないか――和人は冷や汗を掻きながら、激怒しつつ敵も廃墟も撃ちまくる恭二を、呆然と眺めていた。

 

 

 それから何分ほど経っただろうか。恭二の銃が暴れまわるゲーム筐体のスピーカーから、ファンファーレが再生されて、和人ははっとした。画面に向き直れば、ゲームクリアという文字がでかでかと表示されており、その下部分にクリアタイムと総合スコアが出ていた。いつの間にか恭二は全てのゾンビとクリーチャーを殲滅して、ゲームクリア地点に辿り着いていたようだが、そのスコアを見て和人は目を丸くする。

 

 

「え……」

 

 

 恭二の叩き出したスコアは過去最高記録の二倍となっており、クリアタイムは三分以上も早い数値になっているのだ。過去にこのゲームをクリアした誰もが出せなかった数字の何倍以上のスコアを、恭二はものの見事に叩き出していた。

 

 恐らく自分がプレイしても絶対に出せないであろうスコアを、ずっと隣で話していた恭二が、ALOではそこそこの実力者であるシュピーゲルが叩き出してみせたという事に、和人は頭の中が痺れたようになる。そして、そのようなものを叩き出した張本人である恭二に注目すれば、さぞかし満足そうな顔をしながら、銃を置き場に戻していた。

 

 

「あーっ、すっきりした! やっぱり苛ついた時はこれだね!」

 

 

 その様子は先程まで激怒しながら獣のようになっていたそれではなく、ゲームを終えて達成感に浸っている、少年のそのものだ。元に戻った恭二に、和人は恐る恐る声をかける。

 

 

「お、お疲れ……」

 

「あぁ和人。待たせちゃってごめん」

 

「いや、いいんだ。それよりも、お前って銃を握った方が強かったんだな……」

 

 

 向き直ってきた恭二の顔はやはり、先程のような荒々しくて激しいものではなく、このゲームをプレイする前の、いつものものであろうそれに戻っている。その顔を見るだけで、恭二がゾンビとクリーチャーの群れを出落ちさせる圧倒的スーパープレイをしていたプレイヤーである事が、信じられなくなりそうだった。

 

 

「というよりも遠距離武器が全体的に好きなんだよ。だからALOでも弓使ってるんだ」

 

「そうだったのか。というか恭二、お前、何か嫌な事あったのか」

 

「えっ」

 

「だってゲームしてる時の恭二、ものすごく怒ってたじゃないか。何か腹の立つ事とかあったのかなって、思ったんだよ」

 

 

 そこで恭二の表情が曇る。怒りは感じさせないものの、かなりの不快感を抱いて様な表情。言った事が当たっていたようだと、和人は思う。

 

 

「……うん。すごくムカつく事あってさ。どうしても、発散させずにはいられなくて……」

 

「やっぱりそうか……目当てのゲームがあって良かったな。これがなかったら、すっきりできなかっただろ」

 

「うん。あって良かったよ。これがなかったら、何で発散しようか迷うところだったんだ」

 

 

 自分達が何気なくプレイしているゲームというものは、本来現実では到底体験する事の出来ない非日常を手軽に味わえる事を役割としているが、その役割の中に、日常のストレスの発散なども含まれている。だからこそ、恭二があんなふうにストレス発散のためにゲームをしたのは、間違ったやり方でも何でもないのだ。頭の中でそう思いながら、和人は軽く腕組みをする。

 

 

「それにしても、まさか銃を持ったお前がここまで強かったなんてな。これなら、ALOで銃が導入された時には、お前が最強プレイヤーになりそうだ。というか、ALOでもこれくらいの動きをしてくれないか」

 

「そうでもないよ。今のはこのゲームが比較的単調だからできる事なんだ。ALOみたいな複雑なゲームだと、出来ないんだよ。それに、ALOはストレス発散のためのゲームにはしたくないんだ」

 

「そうなのか?」

 

「だって、ALOは皆で楽しめるものじゃないか。ALOに居る時には、ストレス発散よりも、皆と一緒に楽しむ事を優先したいんだ」

 

 

 恭二の話を聞いて、和人ははっとする。恐らくだが、恭二はストレス発散をする時にだけ、あのような動きが可能になる。それはずっと前から存在している事柄であり、自分達と出会うよりも前から抱えているものなのだろうが、これまでALOであのような動きを見せなかった。

 

 その理由は、ストレス発散をするよりも、自分達と一緒に冒険や戦闘を楽しむ事を優先したいため――これは、恭二が自分達を大切な仲間であると思ってくれている事と、仲間達の事を優先して考えられている事の証明だ。

 

 それがわかるなり、和人は胸の中に大きな嬉しさが込み上げてくるのを感じた。

 

 

「なるほどな、そういう理由があったわけか」

 

「そうなんだよ。けど、発散できて本当に良かった。これで次にログインした時、皆と楽しむ事を優先できるよ」

 

「そうだな。何だかお前の意外な一面を見る事が出来たような気がする」

 

 

 言われるなり、くすぐったそうに苦笑いする恭二。今日、恭二とは初めて出会ったわけだが、そのおかげで恭二がシュピーゲルの中身である事を、シュピーゲルの時には見れないような特徴が、恭二にはあるという事も知れた。そして何より、恭二は一応初対面である自分の事を警戒していないし、変に遠慮しているような感じもない。

 

 きっとこれからも、恭二とは仲の良い友達として関係を築いていく事が出来るだろう。寧ろ、こんなに良い友達になれそうな人が近くにいたという事に、どうしてもっと早く気付けなかったのだろう――和人はこれまでの流れを頭の中で思い出すなり、嬉しさと少し悔しさを同時に感じた。

 

 

「ところで和人、UFOキャッチャーはやらないの」

 

「え? UFOキャッチャー?」

 

「ほら、ここに来る前に愛莉先生に頼まれてたじゃないか」

 

 

 恭二のスーパープレイを目撃したせいで忘れていたが、ここに来た目的はUFOキャッチャーをプレイする事だ。そしてここに来る前に、UFOキャッチャーにペンギンのぬいぐるみがあるから、それを取ってこいと、愛莉に言われてもいた。もし恭二に言われなかったならば、そのまま忘れて愛莉の元へ戻っていたところだっただろう。

 

 

「あっ、そうだった。確かペンギンだ。ペンギンのぬいぐるみが欲しいって言われてたんだった」

 

「もしかして、忘れてた?」

 

「あぁ、物の見事に忘れてた。恭二、今度は俺に付き合ってくれ」

 

「わかったよ」

 

 

 恭二が頷いたのを見てから、和人はガンシューティングゲーム筐体から離れて、UFOキャッチャーがある場所へと歩き出した。

 

 そして、和人の目的である、ペンギンのぬいぐるみが景品となっているUFOキャッチャーが見つかったのは、それから数秒後の事だった。

 

 




 和人に新しい友達が出来た回。

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