キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:氷山の決戦 ―三神獣との戦い―

 巨蛇龍の攻撃を受けて墜落した俺は、その次の瞬間に驚くべき光景を目にする事になった。

 

 一体何の加減があったのか、あれだけの強力な攻撃を受けて尚、俺は戦闘不能状態に陥らなかったのだが、攻撃を受ける寸前まで跨っていた《使い魔》であるリランは、この世界での戦闘不能状態を示すリメインライトになってしまっていたのだ。

 

 俺達の誰よりも体力が多く、ステータスもかなりの数値となっていて、今までどんなモンスターにも負けずに戦い抜いてきたリランが、体力を全て失って火の玉となってしまっている光景。俺はそれが信じられず、頭の中が痺れたようになって、雪原の中に浮かぶ赤とオレンジの日の玉を見つめる事しか出来なかった。

 

 

「リランが……負けた……!?」

 

 

 あのリランが負けるなんて。

 あのリランが負けてしまうなんて。

 俺達の中の最強であるはずのリランが、俺の《使い魔》が負けてしまうなんて――。

 

 そう頭の中で呟く事しか出来ず、身動きが取れない。そうなったのは俺だけではなく、SAOの時からずっとリランの勝利と無敗を見てきているシノンもまた、呆然としたまま火の玉を見つめるだけになってしまっていた。

 

 

「リラン……リランッ!!」

 

 

 その時、呆然とする俺とシノンを差し置いて、アスナがMPを回復させるアイテムを使用しつつ火の玉となっているリランの元へ駆け付けて、すぐさま詠唱を開始。戦闘不能になってから一分以内ならば蘇生させる事が出来る、回復魔法《リザレクション》が発動すると、赤い火の玉を緑色の暖かい光が包み込み、やがて火の玉を金髪と狼の耳と尻尾が特徴的な少女の姿に戻した。

 

 ALO本土では、HPをゼロにされ戦闘不能になった場合、そうなってから一分以内に蘇生されなければ、自分の領土まで戻されてしまうようになっているのだが、このスヴァルトアールヴヘイムでは、空都ラインの転移門まで戻されてしまって、ボス戦に参加する事が出来なくなってしまうようになっている。

 

 もう少しリランの蘇生が遅れていたならば、リランは強制的に戦線を離脱してしまい、俺達が最初からやり直すまでこのボスに挑む事が出来なくなるところだった。そうなる前に戦線へ戻ってきた相棒の姿を見る事で、俺とシノンは意識をはっきりとさせて、珍しいぺたん座りをしている相棒の元へ向かう。

 

 

「リラン、大丈夫か!?」

 

「……!」

 

 

 リランは今、上空にいる巨蛇龍を見つめたまま呆然としてしまっていて、俺の呼びかけにさえ答えない。《HPバー》に注目してみれば、アスナが蘇生魔法に加えて回復魔法を使ってくれたのだろう、先程まで戦闘不能になっていたとは思えない全回復をしているので、ダメージのあまり喋る事が出来なくなっているというわけではないようだ。

 

 

「リラン、おいリラン!」

 

 

 もう一度強く声をかけたその時に、リランはゆっくりと顔を動かして、その紅玉のような紅い瞳に俺の姿を映し出す。しかし、強く定まっている事が通常であるはずのその瞳は、別人と錯覚させるくらいに震えていた。

 

 

「我は、負けたのか……?」

 

「え?」

 

「我は負けたのか? あいつに負けたのか? 我が、あいつにやられたのか?」

 

 

 まるで目の前に広がる光景、連続する出来事を信じられずにいるような声色。ついさっき、俺達は巨蛇龍が飛ばしてきた浮島に激突し、俺は辛うじて助かったものの、リランは戦闘不能になってしまっていた。巨蛇龍の繰り出してきた攻撃に耐える事が出来なかったという事だから、リランは巨蛇龍に負けたと言っても間違いではないだろう。

 

 だが、今リランは蘇生に間に合い、すぐさま巨蛇龍との戦いに戻る事が出来るようになっているから、負けてはいない。リランの蘇生が間に合わなくて、戦線を離脱された場合は完全に敗北だっただろうが、そうではないから、まだ負けたと決めつけるのは早すぎる。

 

 

「まだ負けてない。それに、俺達はここまで進んできたんだから、勝てるぞ」

 

「負けたではないか」

 

「え?」

 

 

 リランはそのまま深く俯き、耳を垂れ下がらせる。主に何かをやらかしてしまった時に反省している時などに見せる仕草をしながら、リランは震えた声で伝えてきた。

 

 

「あいつに我の炎は通じなかった。どんな奴も仕留めてきた我の炎を、あいつは物ともしていない。それだけではない、我はあいつの攻撃を受けて、そのまま落ちた。戦闘不能になった。まだ終わらぬ。お前を、お前を危険にさらした。()()()()()()()()()()()()に、大きなダメージを……!」

 

 

 いつものリランからは想像できないくらいの、弱さを感じさせる声色のまま早口で喋るリラン。その様子を一目見るだけで、リランが未知の出来事に出くわして、完全に動揺しているのがわかった。

 

 確かにリランはここまで無敗だった。どんなモンスターにも勝って来たし、その炎ブレスは炎に弱いモンスターも焼き、その爪と角はどんなに硬いモンスターの身体を切り裂いて来た。ALO本土でのクエストは勿論、このスヴァルトアールヴヘイムのグランドクエストの中でも、サブクエストでも、リランは敗北せず、勝ち続けてきたのだ。

 

 そんなリランをあの巨蛇龍は打ち破ってみせた。リランの炎をものともせず、連続攻撃にもびくともせず、そしてリランを一撃でたたき伏せた。リランを戦闘不能に陥らせるという快挙を、あの巨蛇龍は達成する事に成功したのだ。

 

 どこまで真実かはわからないが、リランは自分を打ち倒すような相手に出くわしてしまった事に、動揺しているのだ。しかし、リランは負けたと言っているけれども、まだ戦いは終わっていないし、負けてもいない。

 

 巨蛇龍には未だに致命的なダメージを与える事が出来ていないが、それでもリランの戦闘能力がなくなってしまっては、一気に不利になってしまうから、やはりここでリランを失うわけにはいかない。

 

 

「しっかりしろリラン。戦いはまだ終わってないんだよ」

 

「……?」

 

「負けてないよ。お前はまだ負けてない。戦闘不能になっただけで、負けてないんだ。まだあいつにリベンジする機会は残されてるんだよ」

 

「だ、だが、どうすればいいのだ。あいつには我の炎は……」

 

 

 戸惑うリランの言葉に答えようとした時、ドォンという轟音とともに、俺達の身体は地面から突き上げられたかのようにほんの少しだけ宙に浮きあがり、落ちた。それから間もなくして、白い雪煙と衝撃波にも似た風が真横から吹き荒れてきて、周囲が見えなくなる。

 

 一体何事かと思う反面、強い震動が腹の底まで届いて来たのを感じ取る事で、巨大な何かが地面に落下して来たのが原因である事が理解できたが、その落下してきたものが何なのかまでは特定できなかった。しかも、目の前が雪煙に覆われてしまったせいで、尚更周囲の状況を知る事が出来ない。

 

 

「なんだッ……!?」

 

 

 先程の巨蛇龍の攻撃といい、この震動といい、今度は一体何が起きたのか――そう思いながら雪煙を振り払い、視界を取り戻した時に、俺は思わず声を出して驚く事になった。俺達から比較的離れた位置の雪原の中に、巨蛇龍が()()()()()

 

 先程、周囲の山を破壊するくらいの出力を持つブレス攻撃を放つために、巨蛇龍は地面へと降りていたのだが、今はその時のようにしっかりと地面を踏みしめておらず、まるで撃ち落とされたかのように倒れているのだ。

 

 先程まで全く減る気配を見せていなかった《HPバー》を見てみれば、一本目が空になって、二本目に突入している。あの鉄壁の甲殻で身を守っている巨蛇龍の体力が、削られているのだ。

 

 

「何が起きたんだ!?」

 

「キリト――ッ!」

 

 

 あまりに急な出来事の連続に驚いていると、遠距離武器であるために後衛に回っていたシュピーゲルが一気に高度を落として、俺のすぐ傍までやってきた。その顔は、驚きと焦りを抱きつつも、尚且つ何か重要な事に気付いたかのような、三つのそれを一度に混ぜたような表情を浮かべている。

 

 

「シュピーゲル、一体何があったんだ。あいつが落ちて来たぞ」

 

「そうだよ! こいつを攻略するためには、こいつを墜落させる必要があったんだ」

 

「なんだって?」

 

 

 シュピーゲルによると、俺達が巨蛇龍の攻撃を受けてこうしている間に、皆が比較的攻撃の通る巨蛇龍の翼を狙って、近接魔法問わない攻撃を仕掛けたそうだ。開始した時にはあまり効果が無かったものの、諦めずに攻撃を仕掛け続けたその時に異変は発生。巨蛇龍はホバリングする事に失敗して落下、地上に墜落したというのだ。そしてその時に、巨蛇龍の全身を覆う甲殻に亀裂が入ったという。この墜落によるダメージが、巨蛇龍の《HPバー》の一本目を溶かしたらしい。

 

 その話を聞いたところで、俺は頭の中に光が走ったような気がした。もしかしたらあの巨蛇龍の弱点とは、自分の体重そのものなのではないだろうか。

 

 俺達が今相手にしている最期の三神獣、巨蛇龍ニーズヘッグはこれまで相手にしてきたどのモンスターよりも巨躯であり、攻撃をほとんど遮断してしまう甲殻を纏っている。あれほどの巨躯を持ち、尚且つそれを覆う頑丈な甲殻を纏っているという事は、もはや現実の生物では考えられないほどの体重となっているはず。

 

 あれだけの巨躯が墜落するような事があれば、あの巨蛇龍の体重が災いし、俺達が攻撃するよりも遥かに甚大なダメージと衝撃が巨蛇龍の身体を襲う。そして、あの巨蛇龍の身体を包み込む鎧のような甲殻も、俺達の攻撃を防ぎ切るだけの力を持っているけれども、あれだけの体重を持つ巨蛇龍の落下の衝撃に耐えられるようには、出来ていないのだ。

 

 

「そうか、そういう事だったのか!」

 

「な、何がわかったのよ」

 

 

 戸惑うシノン、アスナ、リラン、シュピーゲルの四人に、俺は思い付いた巨蛇龍の攻略方法を話す。あの巨蛇龍の甲殻は、墜落の衝撃に耐えられるように出来ておらず、墜落時にはわれてしまうように出来ていて、巨蛇龍自身も墜落時に自分の体重のせいでダメージを負う。そしてあの巨蛇龍の甲殻の内側は、硬い甲殻で守ることを前提に出来ているはずだから、巨蛇龍の甲殻を全て割り切った時に、あいつは全身が弱点と化すはず。

 

 巨蛇龍が飛んだら翼を攻撃して動きを止め、墜落させて甲殻を割り、全て割りきったところで一気に倒す。巨蛇龍を攻略するための作戦を全て話し終えたところで、アスナが納得したような仕草を示す。

 

 

「そういう事だったのね! あいつの甲殻は、落下の衝撃で割ればよかったんだ!」

 

「それだけじゃないよ!」

 

 

 そこで俺達の目の前に現れたのが、銀色の長髪が特徴的な小さな妖精少女。ユイと同じナビゲートピクシーの姿となっているクィネラに五人で注目すると、クィネラは巨蛇龍に関する事を話し始める。

 

 何でも、あの巨蛇龍はあれでも火属性攻撃に弱くて、口の中を攻撃される事を弱点としている可能性があるという。あの巨蛇龍はブレスを吐くために地面に降りて、そのまま大口を開いて周囲の冷気や空気、氷雪を吸い込むという行動に出ていたが、あの時に火属性魔法で口内を攻撃すれば、大きなダメージが与えられるかもしれないらしい。

 

 確かに、あいつは氷属性ブレスを放っていたから、必然的に身体の中は冷え切っていて、高熱に焼かれる事に耐えられるようには出来ていないだろう。

 

 

「あいつがわざとらしく大きな口を開けているのは、そういう事も出来るようにって事なのか」

 

「腹の中で爆弾が爆発するような感じだろうから……それ、いけるかもしれないね」

 

 

 シュピーゲルの言葉に頷く。苦手としている火属性魔法を身体の中で爆発させられるのは、腹の中で爆発が起きると同じだろうから、それこそ激甚なダメージを与える事が出来るはず。落下させてダメージを稼ぎ、地面に降りて氷ブレスの発射準備を始めた時に、火属性魔法を口の中に放り込む――これが巨蛇龍を攻略するための方法だろう。

 

 

「よし、纏まったぞ! この作戦で行こう。皆にこれを伝えてくれ!」

 

 

 立ち上がりながら指示を出すと、アスナ、シノン、シュピーゲルの三人が頷いて空へ戻り、それから間もなくして巨蛇龍も体勢を立て直して翼を羽ばたかせて、空中へと戻り始めた。その時には全員に作戦が伝わったようで、皆の立ちまわり方に変化が起きていた。攻略方法がわかった以上はこちらのものだ――そう思って躍起になっているに違いない。それを理解した俺は、すぐ傍に居る座ったままの相棒へと向き直る。

 

 

「リラン、俺達も行くぞ」

 

「勝てるのか、あれに?」

 

「勝てそうな方法を見つけたんだよ。そして、それを実行するためには、お前の力が必要不可欠なんだ。もう一度、人竜一体をするぞ」

 

 

 しかし、リランはまた俯いてしまった。顔が何となく見る事が出来るくらいの俯き方であったため、リランの表情が、酷く自信と余裕を失って不安になっているようなそれになっている事がわかった。

 

 

「あいつに、我の攻撃は通じるのか。あいつと戦ったら、我はまたお前を危険に……お前の《使い魔》として相応しくないような事に……」

 

 

 間違いなく何かしらの事情があった事がわかる、リランの言葉。だが、それを聞くためにはこの戦いを終える必要があるし、ボス戦を勝利しなければ先に進む事が出来ない。それに、俺達には立ち止まっている時間などもうないのだ。それを心に抱きながら、俺は姿勢を落として、相棒の頭に手を乗せた。

 

 

「事情は後でいくらでも聞いてやるから、とにかくもう一度《使い魔》形態になってくれ。もう一度……俺をその項に乗せて欲しいんだ」

 

「……戦わなければならないのか。我は、足手まといじゃないのか」

 

「俺はお前をそんなふうに思った事はないよ。お願いだ、もう一回戦ってくれ、リラン」

 

 

 顔を上げてきたリランの赤い瞳をじっと見つめる。やはり震えが収まっていないし、表情も余裕を失ってしまったそれになってしまっているけれども、やはりこの戦いを攻略しきるにはリランの力が必要である事に変わりはない。

 

 

「リラン、頼む」

 

「……わかった。お前の指示とあらば、従わなければなるまい」

 

 

 そう言うと、重い腰を上げるように相棒は立ち上がり、俺から数歩離れて、再びその身体を白金色の強い光で包み込む。そして光を弾けさせたその時には、リランの姿は金髪と狼の尻尾と耳が特徴的な少女の姿から、猛々しい狼竜の姿と変わっていた。

 

 あれだけのダメージを受けたものだから、狼竜形態に移行できなくなったのではないかと一瞬勘ぐってしまったが、そうではなかった事に安堵した俺は、その項に飛び乗って跨り、その剛毛をしっかりと握りしめた。リランの戦意喪失によって成功が危ぶまれていた、人竜一体を俺とリランは再び成し遂げる。

 

 

《キリト、もう一度聞く。どうすればあいつを倒す事が出来るのだ》

 

「まずはあいつを墜落させる。それで甲殻が砕かれるから、その時に一気に攻撃を仕掛けるんだ。そしてあいつがブレスを放つために息を吸い込み始めたら、口の中目掛けてブレスをかませ。あいつには口の中にブレスをぶち込めばよかったんだ」

 

《……そうとも知らず、いや、そうとも考えずに、我は……》

 

「そうだ。滅茶苦茶にブレスを撃っても効果はないんだから、今度こそ俺の指示で動いてもらうぞ」

 

《わかった。お前の指示に、ちゃんと従う》

 

 

 えらくしおらしさを感じさせる言葉を伝えた直後に、リランはその翼を強く羽ばたかせて、かなりの速度で空へと飛び上がる。それから数秒もしないうちに巨蛇龍と皆のいる高度に到達し、目の前に巨蛇龍の巨大な身体に攻撃されながらもその翼に攻撃を仕掛け、時に魔法を使い、時に回復行動を行っている皆が戦闘をしている光景が広がるようになった。先程からずっと相手取っている巨蛇龍だが、他のモンスターが豆粒のように見えるくらいの巨躯を誇っていて、その巨躯を動かすだけで超攻撃範囲の攻撃となる。

 

 最早、巨蛇龍の全身が攻撃範囲の塊と言っても過言ではないのだけれども、巨蛇龍には一番最初の三神獣であった巨鷲龍フレースヴェルグのような突進攻撃や、二番目の三神獣の砂毛獣ラタトスクのような連続パンチ攻撃みたいな、肉弾戦攻撃を仕掛けてくる様子は見られない。

 

 やるとしても身震いをするだとか、腕を叩き付けてくるだとか、身体を思い切り振りまわして、尻尾で薙ぎ払ったりする程度だ。そしてこの尻尾による薙ぎ払い攻撃は、浮島を巻き込む事によって、浮島自体を投石のようにして飛ばす事も出来るようになっているのだろう。だが、いずれにしても動きが非常にゆっくりで、高速で飛べばちゃんと範囲外に脱出で来て、避ける事が出来る。

 

 というよりも、あれだけ巨大であるが故に早く動く事自体が出来ないようになっているらしい。動きの鈍重さを、その巨体による全体攻撃と、鎧のような甲殻で守る事によって補っているのだ。つまりあの巨蛇龍は一見難攻不落の要塞のように見えるけれども、動きの鈍重さもまた弱点となっているに違いない。

 

 そしてその巨蛇龍の明確な弱点とは、巨体を浮かせている翼を狙われる事なのだが、先程から皆が攻撃を仕掛けていると言うのに、墜落する様子もなければ、バランスを崩す様子もない。ALOのモンスターによくあるパターンとして、一度墜落された事によって、翼そのものの耐久値が上がっているのだろう。

 

 翼は皆の武器と魔法による攻撃全てが効いているのだから、リランの攻撃もよく効くはず。

 

 

「リラン、動きをよく見て翼を狙え。翼を焼いて、あいつを撃ち落とすんだ」

 

《まるで空中戦艦を戦闘機で落とすような感じだな。それでいけるのだな?》

 

「いける。お前を落としたあいつに、一泡吹かせてやるんだ」

 

《……わかった。しっかり、掴まっておるのだぞ》

 

 

 頭の中に《声》を送ったリランは、先程と同じような高速で巨蛇龍の元へ向かう。巨蛇龍があれだけの出力のブレスを放った後だというのに、空は相変わらず曇っていて、冷たい風が吹き付けてくる。

 

 そうだ、あの巨蛇龍はこの寒さの化身であり、このフロスヒルデそのものと言っていいような存在。そして寒さは熱に弱く、リランはその熱を操るのを得意としている。先程は攻め方を間違えてしまっていただけで、リランは巨蛇龍の天敵と言える。それを《使い魔》と仲間としている俺達が、巨蛇龍に負ける事など無いのだ。

 

 それを理解しているかのように、皆は一気呵成に巨蛇龍の翼を狙って攻撃を仕掛けており、ある者は火属性を伴ったソードスキルを、ある者は火属性魔法をぶつけて、巨蛇龍の翼を焼いている。けれども、墜落のダメージを追わされて、甲殻に大きな亀裂を入れられた巨蛇龍は速度こそ遅いものの、かなりの勢いで攻撃を仕掛けているし、時折翼を動かして、近付いてきている者達を弾き飛ばそうとして来る。

 

 だが、これに怯む皆ではなく、巨蛇龍の攻撃の隙を突くようにして、攻撃を続けている。勿論俺とリランも巨蛇龍の近辺を飛んでいるために、巨蛇龍の腕や脚、翼などに衝突しそうになるが、その都度リランは急加速や減速、回避行動を行ってその全てを(かわ)し、ノーダメージで通り抜け続けていく。

 

 

 そして巨蛇龍が身体を捻って翼で皆を弾き飛ばす攻撃を仕掛けて、それを終えて体勢を戻した巨蛇龍の翼が目の前まで来て止まったその瞬間に、俺は咄嗟に声を出す。

 

 

「今だリラン、あいつの翼目掛けてブレスを撃ち込め!」

 

 

 SAOのボス戦の時と同じような指示を受けたリランはかっとその口を開き、身体の中の炎を一気に滾らせて、大きな火炎弾として口内から発射した。まるで設置型の大砲を放った時のような轟音と共に放たれた複数の火炎弾は一気に巨蛇龍の翼へ向かい、やがて大爆発。唯一の弱点部位を爆炎で包み込んだ直後、巨蛇龍はあまり聞く事のなかった悲鳴のような声を上げてバランスを崩し、羽ばたくのをやめる。

 

 それから数秒もしないうちに巨蛇龍の重すぎる身体は猛スピードで落ち、再び雪と氷に覆われた地表へ激突した。

 

 腹の底まで届いて来るような轟音と衝撃波が来て、吹き飛ばされそうになりながらも、俺は耳元に、硬いものがついに割れたような音が飛んできたのを聞き逃さず、咄嗟に巨蛇龍の方向へ向き直る。あまりにも巨大な身体を持つ生物が落下してきたがために、巨蛇龍の落ちた地表付近は真っ白な雪煙に包み込まれており、巨躯を持つ巨蛇龍の身体さえも覆っていたのだが、やがてフロスヒルデ全体を巡回する冷たい風が吹き付けてきた事で、切り裂かれるようにして消え去った。

 

 

 雪煙の中から出てきた巨蛇龍は、黒い甲殻ではなく鱗に身を包んだ姿へと変わっており、鎧のような黒銀の甲殻は巨蛇龍の身体からすべて剥がれ落ち、地面へと横たわっていた。恐らくあの巨蛇龍の甲殻は巨蛇龍自身が生まれ持っていたものではなく、地面を潜航している際に鉱石などを集めて、鎧のようにしていたものなのだろう。あれがこれまで俺達の武器を弾き、攻撃を無力化していたのだ。

 

 そしてそれが剥がされた今は、巨蛇龍の全身のどこにでも攻撃が通る状態であるはず。今攻撃しないで、いつ攻撃するというのだ。

 

 

「甲殻が剥がれた今ならどこにでも攻撃が効くはずだ。全員、一斉攻撃だッ!!」

 

 

 叫ぶように指示を下すと、これまで見た事がない姿に巨蛇龍が変わっていた事に驚いていた皆は一斉に巨蛇龍の元へ向かって飛び始めた。しかし、その次の瞬間に巨蛇龍は起き上がって立ち直り、そのまま上を向いて咢を開き、周囲の空気と氷雪を凄まじい勢いで吸い込み始める。

 

 先程放って俺達を驚愕させた極太冷凍光線ブレスをもう一度放ち、俺達を今度こそ吹き飛ばすという巨蛇龍の意図がすぐにわかった俺は、巨蛇龍へ向かう気流に負けない声を出した。

 

 

「遠距離攻撃用意ッ! ニーズヘッグの口の中を攻撃するんだ!!」

 

 

 俺の指示は風に負けず皆に届き、遠距離攻撃を得意としているシノンとシュピーゲルは爆破矢を、魔法攻撃を得意としているリーファとカイムは火属性の中級魔法を、そして最後にリランが巨蛇龍のすぐ目の前に躍り出て、灼熱光線ブレスをその口の中へと放り込んだ。それから三秒ほど経ったその時に、巨蛇龍の身体の中からドンッという鈍い爆発音にも似た音が鳴り、巨蛇龍は悲鳴と黒煙を口から吐き出しながら、地面へと横たわった。

 

 同刻、攻略方法を知るまでは全く減らす事が出来なかった巨蛇龍の《HPバー》が最後の一本になっている事に気付き、俺達は一斉に巨蛇龍の元へ向かい、一番最初にシリカとフィリアが到着すると、二人同時にソードスキルを放つ。

 

 

「てやああああッ!!」

 

「はあああああッ!!」

 

 

 短剣使いという点が共通している二人。その一人目のシリカは、目に見えるけれども捉える事が困難な程の速度で巨蛇龍の身体を八回斬り付け、もう一人であるフィリアは素早く前進しつつ六回巨蛇龍の身体を切り付ける。八連続攻撃短剣ソードスキル《アクセル・レイド》、六連続攻撃短剣ソードスキル《ミラージュ・ファング》が炸裂したのとほとんど同じタイミングで、リズベットとディアベルが到達し、手に持っている片手棍と片手剣に光を宿らせた。

 

 

「せぇやああああッ!!」

 

「だああああああッ!!」

 

 

 咆哮と共に、リズベットは光を纏う片手棍を勢いよく振りおろし、爆発を発生させ、ディアベルは移動しながら光を纏う剣で巨蛇龍を四回斬り付けた。片手棍を振り下ろして爆発を起こす片手根ソードスキル《スピリット・ボンバー》、正方形を描くように移動しながら斬り続ける四連続攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》が炸裂すると、今度はエギルとストレアが到達。

 

 ストレアは大剣で横薙ぎする、エギルは力任せに両手斧を振り回して三連続攻撃を仕掛けるソードスキルを放つ。両手剣ソードスキル《ブレイクタイム》と三連撃両手斧ソードスキル《ラウンドトリプル・スラッシュ》が炸裂したところで、巨蛇龍の《HPバー》は半分を切った。

 

 それから数秒もしないうちに、リーファとクライン、カイムとユウキが到達し、一斉にソードスキルを発動させる。リーファとユウキはお互いに息を合わせるように力を溜め込んで突進を伴う強力な突きを放ち、クラインとカイムは火炎を纏う刀で巨蛇龍の身体を切り刻んだ。

 

 SAOの時から存在している突属性攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》、火属性を持つ刀ソードスキル《紅結》が発動しきったところで、俺はリランの項から飛び降りて両手に剣を持ち、同じく両手に剣を持つ二刀流を得意としているレインと同時に巨蛇龍の身体へ着地し、ほぼ同タイミングでソードスキルを放った。

 

 

「これで決めてやるッ!!」

 

「これで決めるッ!!!」

 

 

 SAOの時からずっと使い続けている、両手の剣で舞を踊るように相手を切り刻む、十六連撃二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。俺とレインの剣舞は巨蛇龍の柔らかい鱗に包まれた真の身体を猛スピードで切り刻んでいき、その最後の一撃はほぼ同時に決まった。

 

 剣閃の音がフロスヒルデに木霊したそこで、ついに巨蛇龍の《HPバー》は残量を失ってゼロになり、消滅。それから間もなくして巨蛇龍の身体は白水色の光に包み込まれてシルエットとなり、光りの大爆発を引き起こした。

 

 それが止むと、先程まで俺達を苦しめていた巨大な蛇の龍ニーズヘッグは、跡形もなく消滅しており、間もなくしてほんの少し上空に、効果音と共に《Congratulations!!》というボス戦の勝利を祝う文字が出現する。

 

 いつもより苦戦したように思えたフロスヒルデのエリアボス攻略戦が、無事に終わった瞬間だった。

 


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