キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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普通な攻略回。


07:神話の中へ

 リランを進化させる事を優先するために、皆に裏世界攻略を任せた翌週、六月の第一土曜日。フロスヒルデのエリアボスを倒して裏世界を解放し、今後の攻略作戦を決めてから、俺、シノン、リランの三人は、ナビゲートピクシーであるクィネラを加えて皆から離れて、リランの進化に関係していそうなクエストを片っ端からこなした。

 

 情報を集めて来てくれたフィリアの話によれば、《使い魔》を見違えるくらいの強い個体へ進化させるアイテムは、難しくて長くて濃厚な内容のクエストの報酬だったりする事が多いらしい。俺達はその情報を元に、難しさと長さ、内容の濃厚さなどのある高難度クエストに挑み続け、何度も強いモンスターと戦い、何度も様々な人物の元へ行ったりした。

 

 その結果、俺達の下にはそんな簡単に手に入らない装備アイテムや消耗品、素材アイテムが大量に流れ込んできて、種族熟練度やスキルポイントも大量に手に入り、所持金も二桁くらい上がったが、どのアイテムもリランに使用する事は出来ず、リラン自身も熟練度自体は他の《使い魔》よりも高い数字になって来ているものの、基礎的なステータスはやはり他の《使い魔》よりも劣っているという、《進化が必要な状態》が続いていた。

 

 そして土曜日の午前十時を迎えた俺はALOにログインし、宿屋でリランとクィネラと合流。クエストカウンターにあるクエストを受けるべく、空都ラインの酒場である《大衆酒場エインヘリアル》に赴こうと、広場の中を歩いている。

 

 

(……)

 

 酒場へ行くためには必ずと言っていいほど通る空都ラインの広場は、いつもの休日と同じ光景が広がっていた。様々な種族のプレイヤー達がそれぞれの目的地を目指して歩き、一角に固まって話し合い、露店のクレープなどのお菓子を購入して、食べていたりして、とにかく楽しそうにしているという光景。

 

 そのいくつかプレイヤー達の傍を見てみれば、鳥、虫、空飛ぶ魚、犬、猫といった、様々な姿をした小さなモンスター達が寄り添っているのも確認出来る。広場に集まるプレイヤーの中には、俺やシリカと同じ《ビーストテイマー》の姿も、沢山あった。

 

 

「さてと、今日もクエストをこなすわけだけど……リラン、大丈夫か」

 

 

 大勢の《ビーストテイマー》のいる広場の中を三人で歩いている途中で振り向いた俺の目に映ったのは、いつもはぴんと空に向いているはずの狼耳を倒して、下を向いて歩いているリランと、それを心配そうに見ているクィネラの姿。

 

 

「リランねえさま……」

 

「大丈夫だ……戦える……」

 

 

 リランからすべての事情を聞いたあの後、俺はリランを捨てない、リランを進化させて周りの《ビーストテイマー》をぎゃふんと言わせると、リランに約束した。その時には、リランの中に根付く不安をある程度緩和させる事が出来たようで、立ち上がったリランの耳、クエストの中に出現する強いモンスターに果敢に立ち向かう姿を見れたのだが、進化媒体が全然手に入らない日々が続いたせいか、ここ二日ほどで耳は再び倒れ、リラン自身の元気もなくなってしまっている。

 

 俺達が一向に進化媒体や進化条件に辿り着けない事で、もう自分が進化できないのでは、強くなれないのではないかという不安に駆られているのが、もう見てるだけでわかる。

 

 

「今日こそ行けると思うぜ。目的のアイテムが手に入らないっていうのは、MMORPGじゃよくある事なんだよ。それこそ、一週間とか一ヶ月かかるなんて、ざらだ」

 

「……だが、こうしている間にシャムロックの連中は、どんどん先に進むぞ。それに、他の《ビーストテイマー》達だって、全く歯が立たぬくらいに強くなっていってしまう。

 なぁキリト、いっその事クエスト攻略は放棄して、皆のところへ……」

 

 

 裏世界攻略に向かっている皆の事は、スグを通じて知っている。

 

 今現在、シャムロックと皆が挑んでいる最終エリア、《裏世界・岩塊原野ニーベルハイム》は、複雑なトラップやギミックを搭載したダンジョンをいくつも持ち、敵もフロスヒルデのそれとは比べ物にならないくらいに強いという、全体的にかなりの高難度エリアとなっており、シャムロックもフロスヒルデの時の十分の一くらいの速度でしか進めていないくらいに、攻略に手を焼いているそうだ。

 

 そんな感じで攻略ペースを落としてしまっているシャムロックに、皆は徐々に近付きつつあるそうで、まだ俺達が参加しなくても大丈夫なくらいの余裕があるそうだ。――だが、もし俺達が慌ててグランドクエスト攻略に戻ったとしても、敵モンスターがリランの強さを大きく上回っているものばかりなので、現在のリランでは、間違いなく苦戦を強いられるという。

 

 今戻ったとしても、リランが敵モンスターに容易くやられてしまい、余計に不安になるだけなので、やはり俺達はリランの進化を優先させなければならない。顔を上げて、不安の表情で言ってきた相棒に、俺は首を横に振る。

 

 

「駄目だ。お前は今、進化が必要な状態なんだよ。それに、皆はお前が進化して戻って来る事を信じて、攻略を引き受けてくれてるんだ。今の状態で戻ったら、俺達が抜けている間も攻略に励んでくれている皆を、裏切る事になってしまうよ」

 

「……だが、だが……」

 

「それに今、シャムロックの連中は裏世界の攻略に手を焼いて、足踏みしてるらしい。シャムロックの攻略が停滞している、今がチャンスなんだよ。だから――」

 

「キリト――ッ!」

 

 

 そんなに不安にならなくていい――と言おうとしたその瞬間、俺の言葉は背後から聞こえてきた声に遮られた。酷く聞き慣れたその声に誘われるように、全員で振り向いたところ、白水色の髪の毛と猫の耳と尻尾、それなりの露出度のある戦闘服に身を包んだ少女が、こちらに走ってくるのが見えた。

 

 皆にほぼ無茶を言って攻略から抜け、俺と一緒に付いて来てくれている大切な人が、俺達の傍に辿り着いたタイミングで、俺はその少女の名を呼んだ。

 

 

「シノン。来てくれたか」

 

「えぇ。それよりもキリト、ついに見つけたわよ」

 

「見つけたって、何が?」

 

「リランの進化に、本当に関係していそうなクエストよ!」

 

 

 シノンの言葉にはクィネラだけが反応する。俺達は彼是この一週間、これがリランの進化に関係していそうだと思ったクエストだけをやって来たが、他の《使い魔》ならば進化させられそうなアイテムばかりが手に入る一方で、肝心なリランを進化させるアイテムには手に入っていない。なので、流石のシノンに言われても、俺が言っても、その言葉は信頼ならない。

 

 

「本当にか」

 

「あぁいえ、やってみなきゃわからないんだけど……だけど、見つけたのよ。これまでやってきたクエストの中で、一番難しくて、一番長くて内容が濃いクエスト」

 

 

 シノン曰く、そのクエストは昨日の夜に実装されたものだそうで、北欧神話の神々と物語をモチーフにした、《超高難度エピソードクエスト》であるらしい。その内容はわかっていないが、神話の神々が登場してくるという事で、神々の使う武器やアイテムが入手できるのではと、シノンは見ているそうだ。

 

 シノンの説明を聞いた俺は、右手のお守りを見ながら頭の中を探り、シノン/詩乃の知識を開く。確かに、北欧神話にはグラム、ダインスレイヴ、ミョルニル、グングニル、メギンギョルズなどといった、神々の使う実に様々な武器が登場するし、このALO自体北欧神話をモチーフにしているため、それらがエンシェントウェポンと言われる激レア装備品として実装されてもいる。

 

 そして、そういうアイテムは基本的に高難易度クエストで手に入るという前例があるので、シノンの持ってきたクエストも、それらが手に入る可能性があるだろう。

 

 

「北欧神話の神々の武器か。確かフィリアの話だと、武器も《使い魔》の進化触媒になる場合があるっていう事だったし、これまでのクエストでも、リラン以外の《使い魔》を進化させそうなアイテムは手に入ってたな」

 

「《使い魔》は激レアアイテムで進化する事があるんでしょ。だから、リランが進化出来るアイテムが、このクエストの報酬アイテムって可能性も捨てきれないはずよ」

 

「それは、本当か」

 

 

 如何にも不安そうな声に二人で振り向けば、本当にそんな声を出しそうな顔をしたリランが、こちらを見ていた。耳は先程と同じで倒れてしまっていて、目もあまり大きく開かれていない。

 

 

「本当に、そのクエストのアイテムで我は進化が出来るのか」

 

 

 SAOの時のリランは、ボスを倒した際に手に入る特殊なアイテムを使う事によって進化していた。ここはALOという、カーディナルシステムの廉価版を搭載していて、同じソードスキルなどを実装しているが、手に入るアイテムも、出てくるモンスターもほとんど異なっているという、SAOと似てはいるものの異なっているゲームだが、SAOと変わってない部分もあるはずで、狼竜に進化した《使い魔》は、その後アイテムで進化するという点も異なっていないはずだ。

 

 

「それはやってみないとわからないよ。だけど、お前の進化条件はやっぱりアイテムを使う事だって思うんだよ。今回で駄目だったら、違う事を試してみよう。だから……今回も戦ってくれ、リラン」

 

「……わかった。我も、頑張ろう」

 

「頼むぜ、相棒」

 

 

 そう言って俺は、相棒である少女の頭に手を乗せて、優しく撫でる。こうやってやると、少女の耳が倒れていた場合は立ち上がるのだが、少女は何も言わずに、耳にもほとんど変化を起こさないまま、上目遣いで俺の事を見ているだけだった。

 

 今回のクエストがどうなるのかは全くと言っていいほどわからない。だが、試してみない事には何も変わらないし、先に進む事だって出来ないし、何よりこの少女の不安は解消されない。ここは一つ、このクエストに全てを賭ける気持ちで、挑むしかない――そう思った俺は、少女の頭から手を離して、口を開いた。

 

 

「よし、それじゃあ、クエストの開始地点に行こう」

 

 

 目指すはクエストクリアと、リランの進化アイテムの入手。それを心に決めて、俺達は転移門へと向かい、クエスト開始地点に設定されている場所へと急いだ。

 

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

 シノンの持ってきたクエストの発生地点は、意外にも最初の浮島であるヴォーグリンデの一角にあった。心地よい風が吹き、温暖な気候で安定しているヴォーグリンデには、沢山の浮島が空に浮いていて、地上にいくつかの遺跡や洞窟が存在しているという特徴があるのだが、その特徴から外れている、現在まで使われ続けているような風貌の、大きな神殿とも宮殿とも言えるような建物が、ヴォーグリンデの一角に出現していたのだ。

 

 このALOでは、特定のクエストを起動する事によって、フィールドのそれまで何もなかったところに、そのクエスト専用の建物などのオブジェクトが出現する事がある。きっとこの神殿は、シノンが持ってきたクエストが開始された事を切っ掛けに出現したものだろうし、こういう専用のオブジェクトが出てくるくらいのクエストは全体的に大がかりで、報酬アイテムがレアな場合がほとんどだ。

 

 きっとこのクエストは期待できるものだと思いつつ、俺達はその建物の中に入り込んだ。中は現実世界のパルテノン神殿などの遺跡の現役自体を思い出させるような、もしくはファンタジー世界そのもののを現しているような内装であったが、モンスターの気配は何もなく、ほぼ安全地帯に近い場所だった。

 

 遺跡探索をしているような気分で周囲を見回しつつ、ある程度進んだところで、俺達は頭の上にクエストマークの出ている、全身を銀の鎧で包み込んだ衛兵のようなNPCを発見。どのようなクエストになるかわからないから、用心するように心がけるよう三人に言って、俺は衛兵に声をかけた。

 

 

「あの、何をしてるんだ」

 

「私か? 私はアース神族の者でな、ここの見張りを任されているのだよ」

 

「見張り? 何を見張っているんだ」

 

「この神殿の奥に、ロキが囚われているのだ。アレが出て来ぬよう、私は見張りをしているというわけだ」

 

 

 ロキ。北欧神話に登場し、悪戯好きの神とも、悍ましき巨人や邪神の一体とも言われ、北欧神話最大のトリックスターの扱いを受けている神の一体の名前であり、北欧神話を題材にしているRPG作品では勿論の事、していない作品などで見る事の出来る、ありふれた存在だ。

 

 しかし、原典では悪戯好きのトラブルメーカーの神に近しい扱いを受けているものの、後世の作品に出てくる時は、本当に原典通りのトリックスターだったり邪神だったりする事もあれば、プレイヤーの壁として立ちはだかるボスキャラとして出てくる事もあるなど、役割はその作品によってまちまちだ。

 

 そんなロキの登場を耳にした、神話などに詳しいシノンが、顎元に指を添える。

 

 

「ロキ……随分と大きな存在の名前が出てきたものね」

 

 

「北欧神話の中じゃ、トールとかフレイとか並みの大物だよな。それが出て来たって事は、このクエストはかなりデカい事になっていそうだぞ」

 

「北欧神話のラストのロキって、確か……」

 

 

 北欧神話の中のロキの活躍や、結末の事などを思い出そうとしたその時に、衛兵は軽く後ろを向き、やがて俺達の方へもう一度向き直って来た。

 

 

「お前達、ロキを見に行ってみるか」

 

「えぇっ、いいのかよ」

 

「大丈夫だ。ロキはアース神族製の鎖で捕えているからな。だがあいつの事だ、お前達をあらゆる手段で欺こうとして来る事だろう。……万が一奴に惑わされて、鎖を解き放つような事があれば、その時お前達は我々アース神族の敵になるぞ」

 

 

 如何にも思わせぶりな衛兵の言葉を耳にした俺は、咄嗟にこの先の展開が読めた気がした。恐らく衛兵が言っている事は真実であり、この先にロキがいて、そのロキを解放するか、もしくは解放しないかで、このクエストのストーリーが分岐するように出来ているのだろう。

 

 ただ制作者の作ったシナリオに沿わせるのではなく、ある程度プレイヤー自身で展開や結末を選んでもらうという、RPG作品やゲームによくある手法だ。

 

 

「……わかった。気を付けるようにしておくよ。ほら、行こうぜ」

 

 

 「くれぐれも気を緩めるなよ」という衛兵の忠告を背後に、俺達は神殿のように見えた牢獄の奥へと進んだ。その中で俺は三人に、このクエストはロキに味方するか、アース神族に味方するかで結末や展開が異なるようになっており、この先で待ち構えているモノこそが、その分岐点であるという事を説明し、どちらを選ぶべきかを、歩きながら話した。

 

 話が終わりに差し掛かった頃、それまでほとんどしゃべる事のなかったリランが、その口を開いた。

 

 

「ロキを助けるか否か……よくわかったな」

 

「RPGとかじゃよくある展開なんだよ、こういうのは。けど、分岐のあるゲームって、分岐次第じゃ苦労する事になる事も多いから、この分岐はかなり重要なポイントだぜ」

 

「ならば、慎重に選ばねばならないな」

 

 

 そうだ。こういう分岐があるという事は、選択によって展開が変わるだけでなく、相手にするモンスターやボスだって変わってくるし、報酬アイテムさえ変わってくる場合もある。

 

 俺達は最終的に手に入る報酬アイテムがリランの進化条件だと睨んで、このクエストに挑んでいるわけなのだが、その報酬アイテムが選択肢によって変わってしまうならば、選択肢によってリランの進化アイテムではないアイテムが手に入ってしまって、結局リランを進化させる事が出来ないという結末を迎えてしまう危険性がある。

 

 進化する必要のある本人であるリランの言うように、慎重に選ばなければならないだろう。

 

 

「それにしても、これだけ大掛かりなクエストだとは、思ってもいなかったわ。ロキが出来るのだから、この次には何が出てくるのかしらね」

 

「スルトとかヨルムンガンドとかが来るんじゃないか。まぁどっちにしても……ん?」

 

 

 シノンに話しかけながら前を見たその時、俺達は足を止めた。あの衛兵から離れてから、俺はずっとこの先の事について話していたわけなのだが、その間に牢獄の奥に辿り着いていたようで、俺達の目の前には今、鉄格子で閉ざされた大きな牢屋が立ち塞がっていたのだ。

 

 如何にもここが牢獄であると主張しているような鉄格子の中を覗き込むと、赤とオレンジ色のローブ状の服を着込み、魔法使いの帽子という言葉から想像される形に近しい赤色の帽子を、目元が見えないくらいまで深くかぶった青年の姿があった。同時に、奥の壁に寄りかかり、両手を後ろ頭に沿えているという、「つまらないの」と言っているかのような姿勢をしているのも確認できる。

 

 

「もしかして、あれがロキか?」

 

「そうじゃないかな。ここしか、他の人の気配、ないよ」

 

 

 右横にいるクィネラの声を耳にしながら、俺はここまでの道のりを思い出す。確かにここに来るまで、NPCの気配は感じられなかったし、あの衛兵もこの奥にロキがいると言っていたから、クィネラの言うように、この青年こそがロキだろう――そう思いながら鉄格子の中を覗き込むと、中の青年が何かに気付いたような反応を示し、顔をこちらに向けてきた。

 

 

「ようこそお客さん。ここに来るなんて、随分と物好きだねぇ」

 

「あんたが、ロキね」

 

「そーだよ。よろしくね、可愛いお嬢さん?」

 

「……なんだか腹が立ってきたわ」

 

 

 出会って早々口説いて来たロキに、シノンが眉を寄せる。ロキという北欧神話の大物なのだから、厳格な人物に設定されているのではないかと思っていたのだが、目の前にいるロキは、所謂チャラ男だ。シノンはそれに――口説かれたというのが大きな理由なのだろうが――不快感を感じているのだろうけれども、こればかりはそういう設定だから、どうしようもない。

 

 

「君はチャラ男が嫌いだもんな。けど、そういう設定だから仕方ないよ」

 

「それにこいつは我と違って、決められた言葉を喋っているに過ぎぬ。適当に合わせるだけにして、相手にするな」

 

 

 目の前のロキよりも遥かに高性能のAIであるリランに言われ、シノンは顰め面をしつつロキに視線を合わせる。シノンにあまり長い間不快感を抱かせておくわけにもいかないから、このイベントはさっさと終わらせる必要があるだろう――頭の中でロキへの言葉を考えようとした次の瞬間に、ロキはもう一度その口を開く。

 

 

「ねぇさ君達、この鉄格子を開けてくれないかなぁ。オレの力じゃ動かなくてさぁ、身動きが取れなくて困ってるんだよねぇ」

 

 

 そう言って指差すロキの示す場所に目を向ければ、そこは俺達の右方向にある壁。その中央付近に、大きな上げ下げ式のレバーがあり、それがこの鉄格子の開け閉めに連動しているものだと、一目でわかった。

 

 そのレバーからロキに視線を戻し、シノンは顰め面のまま言う。

 

 

「あんたが馬鹿な事をしたから掴まって、その有様なんじゃないの」

 

「それは違うよお嬢さん。アース神族の奴らの言い分だけを鵜呑みにしてるんだろうけど、それじゃあいけない。もっと広~い視野を以って物事を見なきゃ。君達は、わかったつもりでいるだけなのかもしれないよ?」

 

 

 ロキの反論にぴくりと反応するシノン。言っている内容は、どこかイリスの言っていた事、もしくはイリスがこれから言いそうな事を思い起こさせるようなものだったものだから、反応せざるを得ないのだろう。そのイリスの娘であるリランが、ロキに問う。

 

 

「……それは、どういう意味なのだ」

 

「君達はオレの事を悪者扱いしてるけどさ、それは物事を片側からしか見てないって事だよ。もう一方の隠された真実ってのを、見てみたくなぁぁい? この鉄格子を開けてくれたなら、喜んで教えちゃうのになぁ」

 

「……面倒な奴だけど……これが分岐点っていうところね」

 

 

 シノンのボヤキにも等しい呟きに頷く。恐らくここでこの鉄格子を開き、ロキを解放するか、それともこのままにして去るかで、今後の展開と結末が変わるのだろう。

 

 

「お客さんの皆様ぁ、どうするぅ? オレを助ける? それともオレを助けなかった事を後悔するぅ?」

 

「……――~~~~~~ッ!!」

 

 

 すごい勢いで喉を鳴らすシノン。これはシノンが激しい苛立ちを感じている時の仕草なのだが、シノンは今、最早ロキの言葉を聞く事だけで苛立ちを感じるようになっているのだ。

 

 もしこのままロキを助けて、ロキの言葉を聞く事になれば、シノンがどうなるかわかったものではないし、ロキ自身神々を欺き続けてこうなったわけだから、その言葉もほとんど信用ならない。そんなロキを助ける事で、良からぬ方向に進む事になりそうなのも目に見えて仕方が無い。

 

 助けた時の展開も気になるといえば気になるが、ここは一つ、ロキを助けないという選択を、しよう。

 

 

「残念だけどロキ、お前の事は助けないよ。出たければ自力で出るんだな」

 

「ちぇっ、助けてくれないんだぁ」

 

 

 如何にも残念そうな声を出すロキを見てからリランに小さく声をかけ、俺はリランと一緒になって鉄格子に近付く。

 

 

「まぁお前の事だ。何かできるだろうけど、出ようとは思わない事だぜ」

 

「この牢獄を見よ! ここは神と我ら神の獣が住まう場所。刃向う君が八方塞なのは、瞳を除くより明らか。だから君、そこから出る事なかれ。我ら食餌(しょくじ)の時だ」

 

 

 二人で言ってから、目を点にしてしまっているシノンとクィネラを連れ、俺達は来た道を戻った。ロキの事だから何か起こすだろうけれども、ひとまずアース神族を敵に回す事だけは避ける事が出来たという事を、皆に説明しながら歩き、やがて入り口付近まで戻ったところで、先程の衛兵と再び出会い、同じように声をかけてきた。

 

 

「お前達、ロキの言葉に惑わされずに済んだようだな」

 

「あんまり嫌な奴だったから跳ね除けてやったわ」

 

「そうか。その強固なる意思を見込んで、話があるのだ」

 

「話?」

 

 

 そこから始まった衛兵の話に、俺達は驚く事になった。

 

 ギリシャ神話にゼウス、日本神話に天照大神というのと同じように、この北欧神話にもオーディンという主神がいるのだが、衛兵の話によると、そのオーディンがこれから大きな戦争を行う事が確定させおり、それに備えて、勇敢な戦士を募っているそうで、その戦士に俺達をスカウトしたいという。

 

 北欧神話の主神と言われるオーディンもまた、ロキなどと同じようにポピュラーな存在であり、北欧神話関連の作品は勿論、そうでない作品でも出てくるくらいに有名なのだが、そのオーディンがここで登場してくるとは予想していなかったために、俺達は驚いたのだ。

 

 

 

「北欧神話の主神の登場とは、大事になって来たな……それで、俺達はどうすればいいんだ」

 

「オーディン様は勇敢な戦士に会いたがっている。謁見の許可も取ってあるから、今からでも会いに行ってもらいたいのだが、どうだ」

 

 

 衛兵が言った直後、その左隣に大きな光球が現れ、それは一瞬にして転移装置のようなものとなる。俺達がロキを助けないという選択肢を取ったために、オーディンの味方になったという事で出現した、クエスト専用オブジェクトだ。

 

 そしてこのクエストには準備万端で来ているから、オーディンの元へ向かう事に抵抗はないし、街に戻る必要もない。

 

 

「準備は出来てる。今すぐに行けるぜ」

 

「そうか。ならばこの転移装置を使ってくれ。ここからオーディン様の元へ行けるぞ。」

 

 

 北欧神話の主神であり、グングニルという槍で戦う事で有名なオーディン。それがここまで大きく関わっているともあれば、オーディンやその他の神が使う武器などが手に入ってもおかしくはないだろうし、それがリランの進化媒体となる可能性も十分にあるだろう。

 

 やはりこのクエストは期待できる――そう思いながら衛兵に礼を言い、俺達はオーディンのいる場所へと続く転移装置を使用した。

 

 




今回の《ある台詞》に気付いた人は、いらっしゃいますか?

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