キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:White Blaze ―魔狼龍との戦い―

 

 

 オーディンの敗北によって俺の手に渡った《神槍グングニル》は、リランに進化アイテムとして使用できるという答えを返してきた。まさかのクエスト中に手に入るレジェンダリーウェポンがリランの進化媒体になるとは予想していなかったものの、目的のアイテムを手に入れる事になんだかんだで成功した俺は、即座に行動を起こした。

 

 

 

「リラン、これだぁぁ――――――――――ッ!!!」

 

 

 叫びながら、俺は全身の力を込めてグングニルを投擲。狙ったものは絶対に貫くという話が付く神の槍は、大気を切り裂きながらまっすぐ飛び、やがて俺の狙い通りに、ヴァナルガンドの牙に敗北しようとしているリランの身体に突き刺さった。

 

 神の槍を一撃をその身に受けたリランは、それまでしていたヴァナルガンドへの抵抗などの一切の行動を止め、その場から動かなくなった。同刻、ヴァナルガンドの牙を受けているにもかかわらず、その《HPバー》はグングニルを受けたその時の値のまま減少を停止する。

 

 攻撃しているにもかかわらず手ごたえが消えた事に違和感を覚えたのか、ヴァナルガンドはリランの首筋から牙を引き抜き、次に起こる事に備えるかのようにバックステップしてリランから離れる。

 

 黒と紫で構成された風も音もない空間の中に響き渡っていた戦闘音が全て止み、真の静寂が訪れたその時に、リランの身体に突き刺さっていたグングニルがようやく変化を起こした。鳳狼龍と呼ばれる狼龍の身体に突き立つ神の槍は、瞬く間に白金色の光に包み込まれてシルエットとなり、吸い込まれるようにして狼龍の身体の中へ入っていき、消えた。

 

 あまりの光景に言葉を失ってしまったが、すぐさまシノンが声を上げる。

 

 

「な、何が起きたの……? リランの身体にグングニルが……!」

 

 

 その言葉が周囲に軽く木霊した次の瞬間、リランの身体が白く強い光を急激に出し始めた。最早爆発と思えるような激しい閃光を放ちながら、白色の光球となったリランは地上から十メートルほどの高さまで上って停止。その光を更に強いものに変えて、空間一杯に広げていく。月や太陽の輝きさえも奪わんと言わんばかりの閃光に、俺達は目を覆い隠し、光りの収束を待った。

 

 そして光の爆発が、起きた時と同じように急激に収まったところで、目を覆う腕を取り払い、光の爆発の中心にいたであろう存在に視線を向け直したその時に、俺はもう一度絶句する。

 

 

 そこにいたのは、狼龍だった。だが、その姿はこれまでのそれとは全く異なるモノだ。

 

 狼の輪郭を持ち、人間のそれのような上半身と龍のそれの下半身が合わさった、先程そこにいた狼龍よりも一回り大きい身体つきで、まるで戦の神を思わせるような、力強さと凛々しさ、異様さを一度に感じさせる白金色と金色で構成された鎧にほぼ全身を包み込みながらも、ところどころに白金色に輝く毛並みを生やしている。

 

 耳の上からは後方へ伸びる流線型の金色の角を、額からは伝説の大聖剣を思わせるような光を纏う一本角を生やしていて、長く先端が三叉槍のような尻尾を持ち、そして――これが一番の特徴と言えるであろう――肩甲骨付近から長くて巨大な腕をもう一対伸ばし、その前腕部に鎧と同じ色と材質で構成される、まるで半分に割った戦闘機のような形をした、巨大な武器とも翼とも思えるものを装着している。いや、つなぎ目がほとんど見られない事から、装着というよりも融合しているのだろう。

 

 これまでの狼龍やドラゴンの姿の常識などを全て覆してしまったかのような、異様さと神々しさ、猛々しさを放つ大いなる狼龍。それが今、俺達の目の前、光の爆発の発生点に浮かんでいた。

 

 俺は上手く言葉を出す事が出来なかった。先程まで光の爆発の中心にいたのは、俺の《使い魔》であり、互いに進化を望んでいた相棒であるリランだったのだが、今リランのいたところには、それまでのリランとは比べ物にならない姿をしている狼龍。

 

 狼人龍とも言うべき姿をしているそれの姿を両目でしっかりと見つめていると、謎の勇気のようなものが湧いてきて、それは俺の口を動かし、声を出させてくれた。

 

 

「リラン、なのか……!?」

 

 

 白金色の鎧に身を包む狼龍は、ゆっくりと空中から降りて着地し、数秒経ったところでその身体と顔を、俺の方へと向けてきた。狼竜用に作られたかのような形をしたバイザーの付いているヘルムで頭部を覆っているため、前みたいに表情を確かめる事が出来ないように見えていたが、目元を覆うバイザーが狼龍の意志に反応したかのように上へ動くと、紅玉のような紅い瞳が姿を現した。その瞳は先程まで見せていた不安や動揺を感じさせるものではなく、驚きと歓喜が混ざり合った光が満ちたものとなっている。

 

 

「お前、は……」

 

《キリト……我は……我は……!》

 

「お前、やっぱりリランなのか! それに、その姿は……」

 

《キリト、我は、進化出来たのか》

 

 

 俺は咄嗟にステータスウインドウを呼び出して、《使い魔》であるリランのステータスを表示させたが、そこで声を出すくらいに驚く事になった。この前――いや、ついこの先程までのリランの種族名はALO本土では裏ボス級モンスターとされていた、《鳳狼龍フェンリア》というものだった。しかし、今はそのような名前はどこにも存在しておらず、代わりにこう書かれている。

 

 《戦神龍(せんじんりゅう)ガグンラーズ》。使用属性は火属性と光属性で、STR、DEX、VIT、AGI、HP、SPといったステータスの値はつい先程までの五倍くらいにまで膨れ上がった数字となっている。きっと今のリランのステータスは、周りの《ビーストテイマー》の使う《使い魔》のそれの何もかもを、遥かに凌駕しているのだろう。

 

 ALO本土の裏ボスであったのに、今となってはスヴァルトアールヴヘイムでテイム、進化出来るモンスター達に完全な後れを取っていたリランは今、その形勢を一気に逆転させる事に成功したのだ。

 

 

「間違いないぜ……お前は進化したんだよ。《鳳狼龍フェンリア》から、《戦神龍ガグンラーズ》にな! 自分でもわかるだろ?」

 

《あぁ、身体の奥底から力が満ちてくる……アインクラッドで進化していた時と、同じ感覚だ。我はついに進化出来たのだな!?》

 

「あぁ! ついにやったぞ!!」

 

 

 自分は弱くて使い物にならない《使い魔》ではないか、捨てられて当然の《使い魔》ではないか、このままいつまでも負け続けるだけではないかという、普通の《使い魔》ならば抱く事さえ出来ない不安と悩みを抱き続けていたリラン。その不安を解消してやりたくてここまであがいて来たが、ようやくその進化の瞬間に立ち会えたという現実に、胸の奥底から喜びが突き上げ、全身が熱くなってくる。

 

 当人であるリランも、すっかり変わった自分の身体を頻りに動かし、何度も舐め回すように注目しており、渇望していた自分の進化した姿を見る事が出来たという事が信じられないようにも、歓喜で震えているのも確認できる。しかし、その歓喜に浸っていられる時間は前方から聞こえてきた咆吼によって終わりを告げて、俺達は同時に向き直った。

 

 そこにいるのは、現在のリランと少しだけ似た容姿をしている全身ほぼ黒ずくめの異形の狼龍、このクエストのボスであるヴァナルガンドだ。つい今の今までリランの相手をしていたヴァナルガンドは今、すっかり姿の変わったリランを目にしているのだが、全くと言っていいほど動じる様子を見せていない。

 

 あまりに強いモンスターやプレイヤーなどに出くわした時や、突拍子もなく起きた出来事に対する反応などは設定されていないのだろう。

 

 

「そうだった、俺達はまだボス戦をやってたんだったな。リラン、戦えるか」

 

《勿論だとも。不思議だな、先程まではあんなに強そうに見えていたヴァナルガンドも、今ならば対等のように感じられるぞ》

 

「対等じゃない。あいつよりもお前が賢いんだから、お前の方が強いんだよ」

 

《そうだな。だが、我が強くあれるのは、良き主人が指示を下してくれるのが必要不可欠だ。主人(キリト)、我に強さを与えてくれぬか》

 

 

 《使い魔》からの頼みに答えるべく、俺は地を強く蹴って飛び上がり、そのまま《使い魔》の項に飛び乗って跨った。これまではリランの持つ暖かくて柔らかい毛の上に跨っていたが、今は鋼鉄よりも硬いのではと錯覚するくらいの頑丈さを誇る鎧に跨る事になり、座り心地も違っていた。しかも俺の跨ったすぐ前に取っ手のようなものがあり、しっかり掴む事でリランから振り落とされないように出来るようにもなったらしい。

 

 だが、鎧越しで《使い魔》の脈動や息遣い、暖かさなどを感じる事が出来るため、座り心地が変わったくらいで、それ以外は何も変わっていない。これまでどおりの人竜一体が出来るという事に心が躍り、強い自信のようなものが心の中に突き上げてきた。

 

 

「キリト、リランッ!」

 

 

 目の前にヴァナルガンドを捉えた直後に、背中に翅を発生させたシノンが飛んできた。その肩の辺りには小さな妖精の姿となっているクィネラの姿もあったのだが、二人揃って何かに驚いたような顔をしている。その要因は簡単に掴む事が出来たが、俺がそれを言うより前に、リランの《声》が届いて来た。

 

 

《シノン、クィネラ。我はついに、ついにやったぞ!》

 

「すごい姿になったものね、リラン。けど、まだやってないわよ。あいつを倒すまでクエストはクリアにならないし、ここであんたがあいつに負けるような事があったら……」

 

「そうはならないように俺が導くさ。シノンは適度にあいつに攻撃を仕掛けて、さっきみたいに注意を引いたりしてくれ。クィネラは引き続き俺達のナビゲートを頼む」

 

「任せてよ! 頑張ってね、リランねえさま!」

 

 

 指示を受けた二人のうち、シノンは俺から離れてヴァナルガンドの側面へ廻り込み、矢をいつでも放てるように身構える。それに続いて、もう一人であるクィネラが俺の近くを浮遊するようになったその直後、倒すべき敵である魔狼龍はその咢を開き、地に向けて黒炎を吐き始めた。それから間もなくして魔狼龍の口内から放たれる黒炎はレーザーのような黒いビームブレスに変化を遂げ、魔狼龍はその顔を(もた)げてビームブレスの先端を俺達に向けて照射する。

 

 先程俺達に甚大を齎した攻撃の再来に、俺は咄嗟に回避の指示を下そうとしたが、それを上回る速さでリランが行動を起こしたようで、目の前が一瞬だけ真っ白になった。リランの姿が変わった時のそれのような光の爆発は、その時よりも遥かに短い時間で消え果て、その次の瞬間に、ごうごうという轟音と共に熱風が顔に吹き付けてくるようになる。

 

 こうして熱風を浴びるのはこれが一回目ではない。リランが得意の灼熱光線を放つ時には、あまりの出力と熱量が故に、こうして猛烈な熱風を発生させる。だが、今顔に吹き付けてくる熱風はこれまでの熱量を上回っており、前髪が燃えそうなくらいだ。

 

 

「こ、これはッ……!?」

 

 

 これまで以上の熱風に耐えながらリランの顔元を視線を見てみれば、リランの口内から自らの顔と同じくらいの太さの真っ白な光線ブレスが照射されているのが確認できた。

 

 これまでの灼熱光線のように赤やオレンジや黄色を混ぜ合わせていない、白い光線。顔に容赦なく吹き付けてくる熱風を感じ取る事で、リランの口内から放たれているのが灼熱光線であり、あまりに熱量が故に白化している事を把握する。

 

 白い以外の色が排除されてしまうくらいの熱量を含んだ超高出力の光線をリランは照射し、迫りくるヴァナルガンドの放つ黒い閃光を押し返しているのだ。今だ、そのまま押し返して焼いてやれ――俺が言うよりも先に、リランの放つ純白の光線は純黒の光線を見る見るうちに押し返していき、五秒足らずで発生源であるヴァナルガンドの口元に到達。完全にヴァナルガンドの光線を押し切って、その顔を焼き払う。

 

 まさか自分の放つブレスが負けるとは思っていなかったのだろう、純白の灼熱光線で顔を焼かれたヴァナルガンドは大きな悲鳴を上げて後方へ思い切り仰け反り、そのまま黒と紫で構成された地に倒れ込む。

 

 同刻、全く減る事のなかった《HPバー》が大幅に減少して、二本目に突入した。オーディンが成し遂げられなかったヴァナルガンドへの大ダメージを、オーディンの槍によって進化を遂げたリランが成し遂げるという光景に、驚きと感動を覚えるが、ここで動揺してなどいられない。

 

 

「いいぞリラン! このまま畳み込めッ!!」

 

《わかった! 振り落とされぬように気を付けろ!》

 

 

 リランの《声》に頷きながら、鐙のような取っ手にしっかりと掴まった直後、リランは地を蹴ってヴァナルガンドへと走り出す。腕が人間のそれのようになっていても尚、リランの走行能力は低下していないようで、一気にダウンするヴァナルガンドの元へ辿り着くなり、リランは上半身を持ち上げて二足歩行のようになり、肩から生えている巨腕を振りかぶる。

 

 この攻撃は――俺が思った次の瞬間にリランは勢いよく上半身ごと巨腕を振り下ろして、巨腕の肘から上に装着されている巨大な武器をヴァナルガンドの身体に突き立てた。ジェットコースターの急降下のような感覚と轟音、強い震動と衝撃のコンボが全く時間をおかずに来たものだから、目が回りそうになったが、必死になってリランの身体にしがみ付く事で振り落とされるのを免れられた。

 

 そこからまた時間を置かずにリランはバックステップしてヴァナルガンドから距離を取り、少しだけ離れたところに着地する。

 

 乗っている者に世界中の絶叫マシンを超えるんじゃないかと思えるくらいの速度と衝撃を齎す攻撃の炸裂は、ダウンするヴァナルガンドの身体に確かなダメージを与えてくれたようで、ヴァナルガンドの《HPバー》は二本目の中心付近まで減少していた。

 

 間違いない、戦況は俺達にひっくり返っており、俺達はヴァナルガンドを倒す事が出来るようになっている。俺とシノン、リランの人狼形態のプレイヤーは今、辛うじてヴァナルガンドと戦えるくらいのステータスしかないけれども、狼竜形態となっているリランはヴァナルガンドと互角以上に戦えるくらいなのだ。そのリランを《使い魔》にしているのだから、俺達は、勝てる!

 

 

 そう心の中で呟いた直後、体勢を立て直したヴァナルガンドは大きく咆哮し、背中と腰から生えている巨大な翼を羽ばたかせて、猛烈な風を吹き荒らしながら空へと飛び上がった。あれだけ立派な翼なのだから、飾りではないのだろうと思っていたが、やはりヴァナルガンドはしっかりと空を飛ぶ事も出来たらしい。

 

 だが、相手が空に飛ぼうがどうって事ない。リランには翼があるのだし、その気になれば俺達だって飛ぶ事が出来るのだから――そう思ったけれども、その中でリランの身体を見回した時に、俺はある事に気が付く。

 

 つい先程までのリランには、背中と腰辺りから、猛禽類のそれのような形状の巨翼が生えていて、それで羽ばたく事で空を飛ぶ事が出来たのだが、今のリランの背中と腰には翼はなく、肩甲骨の辺りから巨大な武器を装着した巨腕が生えているだけだ。一見すると、全く飛ぶ事など出来ないように感じられる。

 

 

「あいつ、空に逃げたぞ!」

 

《あぁ。あれだけ大きな翼があるのだから、飛べるだろうな》

 

「だけどどうするんだ。お前には翼がないみたいだけど」

 

《心配無用だ。キリト、伏せる事は出来ぬか? その辺りにお前が隠れられる部分があるはずだ》

 

 

 リランの《声》に首を傾げながら目の前に視線を送ると、俺の跨っているすぐ前の部分に、伏せた時の俺の身体の高さくらいの大きさで、中が空洞になっている突起部分がある事がわかった。更にその突起部分の左右には、前部分が覆われたハンドルにも見える取っ手もある。

 

 

(これか?)

 

 

 前方にある突起に向かうべく、それまで掴んでいた取っ手を離して前へ行き、伏せて突起部分の空洞の中へ入り、左右の取っ手を掴む。突起部位の大きさは俺の上半身をほぼ覆うくらいあり、不思議な事に、隠れているはずなのに周囲を見る事が出来る。先程突起部位を見た時には、中から外が見えるようには見えなかったのに、だ。

 

 

「なんだこれ……外が見えるぞ、ここ」

 

《現実世界で言うマジックミラーというものだろう。というかキリト、隠れたのだな、お前》

 

「あぁ、隠れてるはずだぜ。掴み所も掴んでるつもりだけど」

 

《ならば、一気に飛ぶからもっとしっかり掴まれ!》

 

「え!?」

 

 

 直後、リランは巨腕の両肘を曲げてしっかりと脇を閉めた。間もなくして、ゴオオというジェット機のエンジン音にも似た音がどこからともなく聞こえ始める。

 

 

(なんだ!?)

 

 

 取っ手をしっかり見ながら首を動かし、畳まれた巨腕の前腕部と融合している巨大な武器に目を向けたところで俺はある事に気付いた。巨腕の前腕部、半分に割った戦闘機のような形をしている鋭利な武器の後部に噴出口、SF作品に出てくる架空戦闘機のジェット排気口のようなものがあり、そこから先程リランの放った白熱光線に似た白い光のようなものが噴き出ている。

 

 

「まさか」

 

 

 次にリランが取るであろう行動や、次の瞬間に広がるであろう光景を想像したその時に、それは的中する事になった。リランは武器の後部の噴出口から勢いよく白化熱エネルギーを噴出し、《猛スピード》という言葉を超越したとも思えるような速度で空へ飛び上がり、その速度のまま飛翔を開始した。

 

 まるで瞬間移動をしたように、リランの身体以外の風景が変わるという目の前の光景に唖然とした直後に、何かがぶつかったような衝撃と轟音が鳴り響き、我に返ったその時には、リランは速度を緩めて空中でホバリングしていた。

 

 あまりの速度で連続的に様々な事柄が訪れてきたものだから、本気で何が何だかわからなくなりそうだったが、一つ一つ出来事を頭の中で確認していく事で、何が起こったのか整理できた。

 

 まずリランは巨腕の前腕部となっている巨大な武器の後部に噴出口を持っており、そこからブレスの時と同じ白化熱エネルギーを勢いよく噴出させる事で、現実世界のジェット戦闘機のように飛ぶ事が出来る。そしてその速度は現実世界では音速に達するくらいで、浮島の端から端まで瞬間的に移動できるほどだろう。

 

 そんな速度の中にいた俺が無事だったのは、この突起物の中に隠れていたおかげであり、これは戦闘機で言うキャノピーの役割を果たしているのだ。そんな戦闘機さながらの超スピードで飛ぶリランはほぼ一瞬で空を飛んでいるヴァナルガンドに追いつき、突進。

 

 飛行能力の面でも速度の面でも、戦闘機には勝てない鳥でしかないヴァナルガンドは地に墜落し、再びダウンしているのが、リランの項の鎧に設けられたコクピットから出る事で確認出来た。

 

 先程までは北欧神話のフェンリルの別名を冠する魔狼龍のブレスや牙に追い詰められるだけでしかなかった、鳳狼龍であったリランは今、戦神龍となって魔狼龍を超越している。元々誇らしかった《使い魔》がここまで強くなった事に、歓喜を覚えない《ビーストテイマー》など存在しないだろう。

 

 そして倒すべき敵であるヴァナルガンドのHPはリランの突進と高高度からの墜落によってかなり減っており、既に二本目が終了して三本目に突入しており、既に体勢を立て直している。

 

 

「しぶとい奴だな。リラン、まだいけるか」

 

《最後まで行けるぞ。いつものようにな》

 

「それはよかったぜ。それじゃあ、さっきまでのお返しをまとめてやってやろうぜ」

 

《承知したッ!》

 

 

 再びリランのコクピットに隠れると、リランはもう一度巨腕の武器の後部から白化熱エネルギーを勢いよく噴出し、音速に到達する速度で空を飛び始める。今の状態のリランをはたから見るとどのようになっているのかは想像がつかないが、もし夜空を飛んでいたのであれば、音速で空を駆けるリランは白き流星のように見える事だろう。

 

 白き流星の戦神龍はある程度空を飛び回った後に、その行先を地上の魔狼龍に定め、急降下。地上へ勢いよく引っ張られすぎて、重力が消え去ったような感覚に襲われた次の瞬間に、大きな衝撃が全身を駆け巡り、轟音で耳が塞がれた。

 

 立て続けに起こったリランの動きにまた感覚が付いていけなくなり、爆発をすぐ近くで受けた時のような強い耳鳴りに頭を揺すられたが、その揺れと耳鳴りが収まった頃に左方向を見ながら目を開けたそこで見えたのは、リランが地に足を付けた時に映る光景。

 

 先程の感覚と轟音、そして目の前に広がる光景を照らし合わせる事で、俺はリランが急降下攻撃をヴァナルガンドにお見舞いして着地していた事を察する。もしここが現実世界だったならば、コクピットが保護されずほぼ剥き出しになっているジェット戦闘機にしがみ付いていた俺の身体はただでは済まなかっただろうし、実際だったらどうなるか容易に想像出来る。

 

 しかし、ここは現実世界ではなく、ALOという名のゲームの中の世界であるため、あれだけの出来事に晒されたにもかかわらず、俺の身体はぴんぴんしている。普段思う事は全くないのだけれど、改めて、ゲームの中での出来事でよかったと思えてしまった。

 

 

《キリト、急降下攻撃を繰り出したが、大丈夫か》

 

「な、なんとかな。現実世界じゃ、今頃バラバラになってるかもだけど。というかお前こそ大丈夫なのかよ」

 

《今の技も全部我の力だ。それにのモンスターも、そういう攻撃にしっかり耐えられるように出来ているようだから、何ともないぞ》

 

「そりゃ何よりだぜ……」

 

 

 《使い魔》にはスタミナが存在しており、攻撃を繰り出したり、技を使う事に消費されて、使い過ぎればスタミナが回復するまでの間《息切れ状態》になってしまうのだが、あれだけの攻撃を繰り出して、尚且つびゅんびゅんと音速で空を飛び回っているくせに、リランは全く疲れている様子を見せない。

 

 あれだけの動きをしても疲れないくらいにスタミナの減少を抑え込めている、もしかして強くなりすぎたんじゃないかと思えるような《使い魔》となったリランに驚いていると、前方からもう聞き慣れたレベルになっている鳴き声が届けられてきて、俺はそれに誘われるように《使い魔》と一緒に向き直った。

 

 そこにいたのは先程から敵対しているヴァナルガンドだが、ヴァナルガンドは背中と腰から生える巨翼を広げて、翼を含めた全身に紫色の光を放つ複雑な模様を走らせており、その《HPバー》は三本目の中心付近まで減っており、黄色に変色している。

 

 このALOでの高難度クエストに出現するボスには、《HPバー》が黄色、もしくは赤になるまで減少したその時に、攻撃や行動のパターンを変化させる第二形態に突入するモノが多いのだが、どうやらヴァナルガンドもまた、《HPバー》が黄色になったところで第二形態になるようになっていたようだ。

 

 

「パターンが変わったぞ、気を付けろ!」

 

《お前こそ注意しろ。何をしてくるかわからぬぞ》

 

 

 いつもならば警戒心全開で身構え、全力の迎撃態勢を取って好戦的な《声》を送ってくるのがリランだが、頭の中に響いてきたのは、冷静に目の前の敵を迎撃しようとしているかのような非常に落ち着いた《声》。その身体も身構える事も無ければ、動じる気配さえも見せていない。如何にも自分の強さに自信があり、目の前の敵など恐れるに足らないと思っているかのようだ。

 

 

「リラン、随分と落ち着いてるじゃないか」

 

《……先程までは不安で仕方が無かったし、あいつが怖くてたまらなかった。だが今は負ける気がしないのだ》

 

「確かに、お前はさっきとは比べ物にならないくらいに強い進化をしたもんな」

 

《それもあるが、それが一番ではないぞ》

 

 

 思わず首を傾げて応じると、リランはほんの少しだけ顔を動かして――項にいるから見えないのだけれど――俺に目を向け、《声》を送ってきた。

 

 

《守りたい主人(あなた)が、わたしに強さをくれた。それで、こうして傍にいてくれて、指示をくれる。だから、負ける気がしないんだ、わたし》

 

 

 いつもの狼竜形態の時特有の初老女性の声色ではなく、人狼形態の時の少女の声色による《声》。この《声》を狼竜形態の時にも出せるようになったのかとも思ったけれど、それよりも重要なのは、その喋り方が普段のそれではなく、リラン/マーテル本来の喋り方であるという事。

 

 この喋り方の時のリランは心の底からの思いを言っている時だから、今の言葉はリランの心の底からの告白なのだ。それがわかった途端に、心と身体が一気に熱いくらいになり、頬が自然に上がった。

 

 

「あぁ、俺も全然負ける気がしないよ。この気持ちのまま戦って、あいつを倒そう!」

 

《了解した! 振り落とされるなよッ!》

 

 

 いつもの《声》に戻ったリランはようやく身構えて、目の前で第二形態に突入したヴァナルガンドに咆吼し返した。




リラン、ついに進化す。

次回はほぼ本日中に連投!

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