キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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17:蘇る偉人、逆転された歴史

「ぜ、ゼクシード!?」

 

 

 茂村保という名前で検索した結果を導き出した検索エンジンのページには、ニュースサイトやら個人ブログが沢山表示されていたのだが、その中には「『壊り逃げ男は茂村保!出身地や年齢が気になる!』『茂村保のプロフィールや壊り逃げ男は?ゼクシードってマジ?』『【壊り逃げ男=ゼクシード】茂村保の罪状や正体は?彼女は?出身地や学校はどこ?』『茂村保はゼクシード!壊り逃げ男のプロフィールや出身地を調べてみた!』などといったものがあったのだ。

 

 茂村保は、逮捕された《壊り逃げ男》はゼクシードであると、検索エンジンは言っているに等しかった。それを横目で見ていたリランが少し呆れたような顔で言う。

 

 

「完全に晒し刑ではないか、この茂村というのは。そして……」

 

「ゼクシード……昨日俺が戦ったあいつ……!?」

 

 

 キリトはブラウザの中身が信じられなかった。昨日キリトは《MMOストリーム》に出演して、そこでゼクシードというトッププレイヤーの《ビーストテイマー》にデュエルを吹っ掛けられた。そのデュエルをキリトは承諾し、実際にゼクシードと戦ったのだが、ゼクシードはキリトにとどめを刺される寸前で回線トラブルによって消滅し、キリトにすんなりと勝利を譲ってしまったのだった。

 

 とどめを刺す事が出来ずにデュエルに勝利したという事になったものだから、キリトはずっとその事が引っかかって仕方が無かったのだが、今この瞬間を以ってその答えが出されたと思えた。

 

 それを理解しているかのように、イリスが言う。

 

 

「ネットでは匿名掲示板の書き込みによって、茂村氏がゼクシードであるという事が特定された。その情報にブロガー達が便乗したという感じなのだろうが……ゼクシードは昨日君が()()したんだったね」

 

「だけど、あいつはあの時……」

 

「多分、警察が茂村氏の身柄を確保したのと、君がゼクシードにとどめを刺したのが同刻だったんだよ。警察が茂村氏の回線を無理矢理切断し、そして一夜明けたタイミングで、ゼクシードである茂村氏を逮捕、署へ連行……ってところだろう」

 

 

 イリスの言う通りだと、辻褄が合う。ゼクシード/茂村はあの時突然回線を切断し、デュエルからの逃走を図ったようなものだったが、茂村はあの時警察によって回線を切断されてしまい、無理矢理ログアウトさせられる事になったのだ。

 

 

「けれど、貴方はこの逮捕劇に異を唱えている。そうですよね、イリスさん」

 

「えぇ、そうですよ。私はこの話にこれっぽっちも納得していない」

 

 

 クリスハイトの唐突な言葉に、これまた唐突に答えるイリス。何が何だかわからなくなりそうになったその時に、イリスは再びキリトに声をかける。

 

 

「キリト君、君はこの話をどう思う。本当に《壊り逃げ男》が逮捕されたって思うのかい」

 

 

 正直なところ、それはあり得ないだろうとずっと思っていた。《壊り逃げ男》というのはハンニバルという得体の知れない者が産出(プロデュース)しているものであり、その規格外じみた能力によってどんなにサイバーテロを起こしても逮捕されずにいたし、先代の《壊り逃げ男》である須郷も、警察やマスコミに知られる事は最後までなかった。

 

 そんな《壊り逃げ男》がこうしてすんなりと逮捕されてしまったなどというのは、到底信じる事が出来ないし、何よりこの逮捕された《壊り逃げ男》である茂村も違和感が多すぎる。

 

 

「俺はそうは思いません。この茂村保っていうのは……本物の《壊り逃げ男》が作ったフェイク……ダミーだと思います」

 

「うむ、私も同感だし、クリスさんも同感だそうだ。茂村は、ゼクシードは本物の《壊り逃げ男》なんかじゃない。その証拠にニュースの映像で出てるこの人の顔は、どこでしくじったと思ってるものじゃなく、何でこんな事になっているのかわからなくて混乱しているという顔だよ」

 

 

 やはり人の顔を見るだけで、その人の考えている事などがわかるのだろう。現在は元のAI研究者に戻っているけれども、かつては大きな病院の精神科医を務めていたイリスなだけあると、キリトはしみじみに思う。そのイリスが黙った一瞬の隙を突いたかのように、今度はストレアの声が割り込んできた。

 

 

「多分だけど、本物の《壊り逃げ男》はマスコミや警察をもっと混乱させるために、こんな事をしたんだよ。ついに《壊り逃げ男》を逮捕で来たって安心させて――」

 

「思い切り持ち上げて、どん底まで突き落すって事か。だけど警察はどうして茂村を逮捕したんだ。なんで茂村を《壊り逃げ男》だと特定出来て、逮捕出来たんだよ?」

 

「それですが、大よそではあるものの、推測する事が出来ました」

 

 

 そう言って説明を始めたのがユイ。ユイはこの報道を見てからリランやストレア、クィネラと共に茂村がどのようにして逮捕されたのかを推測し合い、イリスがログインしてきてところでよりその議論を進めており、答えと思われる事柄を導き出す事に成功。それをキリトに話し始めた。

 

 本物の《壊り逃げ男》は茂村の身元を割り、そのパソコンに遠隔操作ウイルスやマルウェアを忍び込ませ、自分が犯行に使ったデータなどをダウンロードさせ、茂村本人が理解できないところに保存させた。

 

 そしてそのデータを茂村がパソコンから離れている間に操作して、茂村の使っているIPアドレスを利用しマスコミの使っている電波をジャック、わざと足跡がわかるようにしたうえで、いつもの犯行を実行した。

 

 

「その後に、警察とマスコミが《壊り逃げ男》の足跡を見つけ、結果的に茂村の使っているIPアドレスを発見し、茂村こそが《壊り逃げ男》であると断定、逮捕した――のではないかと、わたし達は結論付けました」

 

 

 愛する娘であるユイの説明を聞いている間、キリトはユイとイリスを交互に見ていた。やはりイリスが開発したモノであるという事もあるのか、ユイは淡々と物事を説明する時や議論を進める時、情報を処理する時などにはイリスのような雰囲気を醸し出す。今の茂村の逮捕までの経緯を話している時も、時折ユイとイリスの姿が被って見えていた。

 

 ユイは自分達の娘であるけれど、やはりイリスの作り出したものであり、親であるイリスの特徴を受け継いでいる娘なのだ――それを心の中で理解してから、キリトはユイに「ありがとう」と言い、その頭を優しく撫でてやる。

 

 

「大方その通りだろうね。この茂村氏は本物の《壊り逃げ男》が、世論を混乱させるために用意したダミー……というよりも、最早マスコミと警察を引っかけるための罠として用意したものだろう。そして警察とマスコミはものの見事にこの罠に(ハマ)り、茂村氏を本物の《壊り逃げ男》と思い込んで逮捕するなんていう事をしてしまった……」

 

 

 クリスハイトの声に向き直るキリト。実物を知らないので黒い人型のシルエットにする事しか出来ないが、本物の《壊り逃げ男》とその産出元であるハンニバルがテレビの映像を見て、「自分達の罠に物の見事にマスコミと警察は引っかかり、人形劇を踊ってくれている」と思って大笑いしている光景を容易に想像する事が出来た。

 

 それだけではない。今頃本物の《壊り逃げ男》とハンニバルは次の一手を、世論を震撼させる計画を考えているはずだ。どんなに《壊り逃げ男》に迫ろうとも、元であるハンニバルを絶たねば彼の者達の暴挙はいつまで経っても終わる事はない。

 

 もうハンニバルを止める以外に方法はないはずだ。そう思ったキリトはクリスハイトに言う。

 

 

「クリスハイト、総務省勤めのあんたなら出来るだろう」

 

「出来るって、何をだい」

 

「ハンニバルを公表する事だよ。あんただって教えたからわかるだろ、《壊り逃げ男》を産んで動かしてるのはハンニバルっていうのなんだ。総務省の人達と政界の人達に、ハンニバルの事を公表するように出来るだろ」

 

 

 《壊り逃げ男》を産んでいるのはハンニバルというのは、SAOから脱出する事に成功してすぐに菊岡に伝えた。最初は菊岡もキリトの話に眉を潜めて、それを信じる気配を見せなかったものの、シノン、アスナ、リーファ、クライン、エギル、ディアベルと言ったキリトと共にSAOの最終決戦に臨んでいた者達が全く同じ事を言った事によって、現在はその話を信じるに至っている。

 

 だが、そうであるにも関わらずに、菊岡/クリスハイトは深い溜息を吐いて黙り込んだ。反応を見せないクリスハイトに、当然と言わんばかりにキリトは噛み付くように言う。

 

 

「菊岡さんッ!」

 

「キリト君、君の言いたい事も考えている事もよくわかるけれどね、それは無意味だよ」

 

「な、なんでだよ」

 

「確かに君達は《壊り逃げ男》の大元がハンニバルであるというのを、SAOの中で《壊り逃げ男》と戦う事で知り得た。けれど、今のところその話を知っているのは君達というごく少数のみであり、SAO生還者の中で見てもその話を知らないプレイヤーの方が圧倒的に多い。そんな君達が声高にハンニバルの事を言ったところで、誰が信じるっていうんだい?」

 

 

 眼鏡を光らせて表情を隠したクリスハイトに続き、イリスがそっとキリトに声をかける。

 

 

「キリト君、例えばだ。君が《壊り逃げ男》の事はメディアを通じて知っているけど、ハンニバルの事を知らなかったとしよう。その中でネットの中の誰かが《壊り逃げ男》はハンニバルという存在が生み出しており、ハンニバルこそが《壊り逃げ男》の大元であるという話をしたとする。しかしその話をしているのはその人とごく一部の人達だけで、他の人達は全く相手にしていない。……君はその人達の話を信じようと思うかい」

 

「そ、それは……」

 

 

 ヒートアップした生徒を諭す教師からの言葉のようなそれに、キリトは頷けない。自分が普段使っているネットでも毎日そのような話が出てくるけれども、それらはどこかの個人が周りを混乱させよう、面白いと思ってもらおうと思って言い出したような、何の根拠のない嘘である事が大半だ。

 

 もし自分がハンニバルを知らなくて、他の誰かが知っていてそれを言ったとしても、それを信じようとはしないだろう。

 

 図星を突いたのがわかったかのように、イリスは溜息を吐いた。

 

 

「そういう事だよ。君達が言ったところで誰も信じはしないし、クリス(きくおか)さんのいる総務省の連中だって、君達の主張を信じたりしない。だから、君が声高に《壊り逃げ男》を産出しているのはハンニバルなんて言ったところで無駄なんだ」

 

「けれど、テレビのマスコミとか週刊誌とかは信じそう……」

 

 

 ぼそりと独り言のように言ったのがクィネラ。自信がなさそうな娘のその発言を聞き洩らさなかった母親は、それに対する答えをすぐに出す。

 

 

「まぁ確かに、《壊り逃げ男》を悪魔呼ばわりして討伐を誓っているマスコミ……週刊誌やら新聞やらテレビやらならば、キリト君の主張を信じて大きく報道するだろうね。けれど、これらに言ったところでもっと無意味なのはよくわかっているよね、キリト君」

 

「……」

 

 

 キリトが答えなかったのを見てから、イリスが頬杖を突きながら続けた。

 

 

「年々テレビや新聞の信頼度は減少傾向にあったけれど、《壊り逃げ男》の出現によって完全に地に落ちた。今や地上デジタル放送の視聴率は二年前の八分の一、新聞の購買率は十分の一。今や最も信頼してはならないメディアとさえ言われてる有様だ。もう放送や発行を継続できている事自体が奇跡で、どうやって現状を維持しているのかわからないくらいだよ。

 そんな間もなく過去の遺物となろうとしている連中が《壊り逃げ男》はハンニバルが生み出している、本当の悪魔はハンニバルだなんて言ったところで、ついにマスコミが気がふれたと大嘲笑(おおわらい)されるだけだろう」

 

「もしくは、やれ世界を裏から支配する教団だの、やれ世界情勢を意のままに操る秘密結社だの、やれクトゥルフ神話の神々だのと言った荒唐無稽(こうとうむけい)な陰謀論として片付けられてお仕舞であろう。奴を知る者としては悔しい限りだ」

 

 

 イリスとリランの話によって、キリトは完全に言葉を失う。

 

 そもそも自分達がハンニバルの存在を知る事が出来たのは《壊り逃げ男》である須郷が偶然言ったのを聞いたからだ。そして今現在自分達が知っているハンニバルの情報と言えばハンニバルが《壊り逃げ男》を生み出した張本人であり、今も尚どこかで暗躍しており、《笑う棺桶》の首領であったPoHを従えているという事だけで、それ以外の事は何も知らない。

 

 たったこれだけの情報を持ち込んで話したところで、誰もハンニバルの存在を信じる事など無いだろう。

 

 

「……ハンニバル。まさに当時の本人が成し得なかったカルタゴとローマの逆転だな」

 

 

 クリスハイトの漏らした小言に、全員で反応を示して向き直り、キリトは頭の中でこの前知った知識を展開する。

 

 ハンニバル。「慈悲深きバアル」という意味を持つとされるその名を持つのは、実在したカルタゴの将軍。この人物を追うととても深い話に入り込んでしまうため、ある程度の事しか知らないけれども、ハンニバルは小国であるカルタゴの軍を率いて当時の最強軍事大国であったローマに戦いを挑み、ありとあらゆる戦術でローマ軍を圧倒して、連戦連勝を重ねてローマを震え上がらせたとされている。

 

 そんな歴史上類を見ないような戦績を残したとされたハンニバルは、母国であるカルタゴでは革命家であると同時に英雄と言われ、攻撃を受けたローマでは残虐な悪魔と言われていたという。

 

 

「今やそこら辺の政治家やマスコミよりも《壊り逃げ男》の方が高く支持されていて、ネットでも《壊り逃げ男》の行為を支持する声も多い。もう《壊り逃げ男》はネットを完全に味方につけたのとほとんど同じ。

 その《壊り逃げ男》を動かしているのはハンニバルだから……なるほど、確かにその通りですねクリスさん」

 

 

 リラン達が首を傾げてクリスハイトとイリスを交互に見る中、キリトも思わず納得する。このクリスハイトはハンニバルの母国である小国カルタゴをネットに、ハンニバルの攻撃に遭い報復に燃えるマスコミや警察をローマに例えたのだ。

 

 

 史実のハンニバルはその恐るべき戦術を用いてローマ軍に挑み、何度も勝利したが、最終的にローマの持つ力に敗れてしまい、カルタゴは滅び去ってしまった。如何にハンニバルと言えど、ローマの大きさというものに勝つ事が出来なかったのだ。

 

 けれど今はその逆だ。ハンニバルはマスコミや警察や政治家などと言った者達が集合した巨大なるローマに戦いを挑む前に、ローマの汚点や不祥事や後ろ暗い事を暴露する事で、国民という名のローマの民を離反させ、ネットという名のカルタゴに取り込んだのだ。

 

 

 かつてはとんでもない大きさと支持率と信頼を得ていたマスコミ、警察、政治家という名のローマは、ハンニバルの策略によって信頼を失い、更に民が居なくなった事により弱体化と縮小化の一途を辿った。そして逆にネットという名のカルタゴは膨れ上がって大国になり、ローマの汚点をいくつも教えてくれたハンニバルを英雄として祭り上げ、かつての大国ローマに敵意を抱き、殲滅せんとしている。

 

 

 ハンニバルが導くネットという名のカルタゴによる、マスコミ、警察、政治家という名のローマを攻撃対象にした包囲殲滅戦術。

 

 それが今、この日本という国で行われている。

 

 

「かつてハンニバルを滅ぼしたローマは今、立場を逆転されてハンニバルとカルタゴに滅ぼされようとしている、か。キリト君達の追うハンニバルはこの状況を作り出す事を想定していたがために、ハンニバルなんていう名前を名乗っているのかもしれないね」

 

「そのハンニバルの動かす《壊り逃げ男》に目を付けられ、ダミーにされてしまった茂村氏事ゼクシード。彼が本物ではない事は調べればわかりそうだが、冷静さを失った警察やマスコミは聞く耳を持たないだろう。生贄の山羊(スケープゴート)にされてしまった彼が釈放されるのはいつになるだろうね」

 

 

 クリスハイトとイリスの話を聞きながら、キリトはじっと考えていた。

 

 ハンニバルというのがどれだけの存在なのかは知らないし、自分達が挑んで勝てる相手であるのかというのも全くわからない。けれど、きっとこのままハンニバルを放っておけば恐ろしい事が起きるだろうし、正体を突きとめている自分達に直接的な攻撃を仕掛けてくる可能性も捨てきれない。

 

 

 いずれにしても、ハンニバルは止めなくてはならない。かつてのローマのようになっているのだとしても、だ。

 

 

「大国カルタゴ……大勢の力でローマを……ん?」

 

 

 そこでキリトは思いとどまった。

 

 待った。ある人物がまとめあげた大勢で一致団結して何かでする――その光景を最近見た事がある。それもかなり最近で、かなり身近なところで見ていたような気がしてならない。だが、それが何でどこで見たものなのかは思い出せない。

 

 一体どこでそのようなモノを見ていたのだろう――キリトが考え込もうとしたその時に、喫茶店の入口の戸が開き、一つの声が飛び込んできた。

 

 

「プリヴィエート! マスター、いるー!?」

 




――原作との相違点――


ゼクシード「僕本月本日を以て社会的に目出度死去致候間此段広告仕候也」

――即ちゼクシード事茂村保が『社会的に』死亡する。

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