キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:少女を連れて ―53層主との戦い―

 俺達はアスナと和解した翌日に、53層のボス部屋へ向かった。攻略組に狩られたせいなのか、ほとんど敵モンスターのいない53層を通り抜けてボス部屋に来てみれば、ディアベル達聖竜連合、アスナ率いる血盟騎士団、他の攻略組小規模ギルドの皆が集まっていた。

 

 意外にもそこにクライン率いる風林火山、ボス戦に頻繁に参加してくれているエギルの姿はない。クラインは今回のボス戦が乗り気じゃなかったのか、エギルは店の経営で忙しくて来れなかったんだろう、多分。

 

 

 そして心を開いたアスナが率いる血盟騎士団、ディアベル率いる聖竜連合の皆はじっとアスナを見たままぽかんとしてしまっていた。まるでアイドルのように視線を集めるアスナの方へ目を向けてみれば、少し険しい顔をしてはいたが、この前みたいな鋭い眼光はなく、昨日のような穏やかで柔らかい光が浮かんでいる。何より、雰囲気も非常に柔らかく、優しく感じられる。

 

 

「皆さん、今日は集まってくださって本当にありがとうございます。今回もこれまでと同じ、レイドを組むセオリーでボスを討伐します。なぉ、ボスの攻撃を受けて負傷した場合はボスの隙を見て回復結晶やポーションを使い、体力の回復を優先してください」

 

 

 いつもどおりな作戦概要を説明した後に、アスナは周りの連中を見回す。

 

 

「なお、命の危機に瀕した場合は、転移結晶での素早い脱出をお願いします。逃げ出したり、撤退する事になったとしても、わたしは責めません」

 

 

 アスナの言葉に一同は驚いたような声を上げ、今までアスナの言葉を聞いてきたであろうディアベルが口出しをした。

 

 

「ま、待ってくれアスナさん。貴方は今まで逃げ出すのは許さないとか言ってませんでしたっけ? 戦闘中に転移結晶を使うなんて論外だとか言って……」

 

 

 アスナは「あっ」と小さく言った後に拳を握りしめ、その場で頭を下げて叫ぶように言った。

 

 

「みんな、今までごめんなさい!」

 

 

 ディアベルを含めた全てのギルド団員が、アスナの言葉に目を見開く。

 アスナは頭を下げたまま続ける。

 

 

「わたしは今まで無茶な作戦を立てたりして、みんなを危険に晒していました。あれらはすべて、わたしの独り善がりでした。ですからもう、あんな作戦を立てたりするのはやめます」

 

 

 アスナは頭を上げて、きょとんとしているギルド団員達に訴えるように言った。

 

 

「命あっての物種です。だからみなさん、これからは命を軽快に擲つような真似はやめて、危なくなったら脱出してください。ボス部屋は結晶無効エリアではないので、大丈夫です。わたし達のやるべき事はこのアインクラッドを攻略する事ですが、最優先すべきは生きて現実に帰る事です」

 

 

 鬼教官がいきなり優しくなったような、天変地異に等しきアスナの変化に、一同の驚きは止まらなかったが、やがて「どうしたんだアスナ様」「何だか優しくなったぞ」「俺こっちの方がいいなぁ」などの声が上がり始めた。

 

 

「これからボス戦へ挑みますが、わたしから言える事はただ一つだけ……と言っても聖竜連合のディアベルさんと同じ事ですが……」

 

 

 アスナは力強く、声を迷宮区へ響き渡らせた。

 

 

「勝って、生きて帰りましょう! 次の戦いも生き残る事を、約束してください! どうか、お願いします!」

 

 

 アスナがもう一度頭を下げると、ギルド団員達は静まり返った。重いんだか重くないんだかわからないような沈黙が辺りを覆ったが、やがてその沈黙を、一つの拍手が破った。

 

 拍手をしていたのは血盟騎士団の団員の一人だった。しかし、すぐにその団員に続くように周りの血盟騎士団、ディアベルを含めた聖竜連合のみんな、小規模ギルドの者達が続々と拍手を始め、ボス部屋の前は乾いた拍手喝采の音色に包み込まれた。――みんな、アスナの考えに賛同してくれたんだ。雰囲気も、これまで見たいなギスギスした感じはなくなり、暖かくて力強い物へと変わったような気がした。

 

 その様子を見たシノンが、安堵したように声を出す。

 

 

「届いたわね、アスナの気持ち」

 

「あぁ。変化した副団長を、皆は受けて入れてくれたんだな。というか、今までがあまり受け入れたいと思えない形だったのかもな」

 

 

 俺の言葉を聞いた後に、隣にいるリランが溜息を吐くように言う。

 

 

《なんとかなったか。血盟騎士団の連中に爪弾きにされるのではないかと思っていたのだが、そうならなくてよかったよ》

 

「お前、そんな事を心配してたのかよ」

 

《当たり前だ。人間は変化に弱くて、急に変化したものには拒絶反応を見せるのが普通だ。アスナの事も急な変化ととらえて拒絶すると思っていたのだが……》

 

 

 シノンがふふんと笑む。

 

 

「そんなに心配しなければならないような人じゃないわよ、アスナは。これまでやって来た事を反省して、これからはもっといい方法を取っていくって言っておけば、大抵の人は呑み込んでしまうものよ。アスナみたいに本来は、いい雰囲気の人なら尚更ね」

 

 

 確かにアスナが生来持っている雰囲気や感じは優しく、柔らかく、何より暖かい。あの雰囲気を受け入れたくないと言い出す人間はそうそう居ないだろう。血盟騎士団や周りのギルド連中の反応は当然と言えるものなのかもしれない。

 

 

「さてと、そろそろボス戦だけど、シノン、ボス戦の概要はわかるか?」

 

「だいたいわかるわ。でも、リランはボス戦に入ると縮んでしまって、大幅に弱体化するんでしょ。そしてボス戦中にリランの姿を戻すには、あんたがボスに攻撃を仕掛けてゲージを溜める」

 

「そうそう。リランが元に戻り、俺がその背に跨った状態を人竜一体っていうんだけど、どうやらゲージを溜めればボス戦の間ずっと人竜一体をやっていられるわけじゃないみたいなんだ」

 

 

 これはあの巨像と戦った時に気付いたんだけれど、人竜一体ゲージを溜め込んで最大にし、人竜一体になった時から、ゲージは徐々に減っていた。今までプレイしてきたゲームのセオリーから考えれば、このゲージが空になるとリランとの人竜一体は解除されるんだろう。

 

 この前の戦いはゲージが空になる前に倒したからそうはならなかったんだろうけれど……それならば人竜一体をやっている間にボスを極力弱らせる、または倒すまで持っていくのが、ボス戦時の鍵になるだろうな。

 

 そんな事を考えていると、シノンが呆れたような様子で言う。

 

 

「流石に無制限に使えるわけじゃないのね。変なところで手が込んでるって言うか」

 

「全くだ。開発スタッフ達がちゃんとしたゲーマーでもあった事がよくわかるよ」

 

《何にせよ人竜一体は無制限に使えるものではないという事か。だとすると、迅速にゲージを溜めて解放し、人竜一体中も迅速に行動し、ボスを弱らせる事がボス戦クリアの鍵となりそうだな》

 

 

 そうだ。ゲージを溜めるには結局俺が攻撃をしなきゃいけないから、ボスの出方を伺い、行動パターンを読んで一気に攻撃を仕掛ける……ボスの動きを極力読む戦い方をしなきゃいけなさそうだな。

 

 

「敵の動きを読むのは得意だから、なんとかなりそうだが……問題はシノンだな。シノンがどこまで戦ってくれるか、またはどこまで戦えるか」

 

 

 シノンの顔に小さな怒りが浮かぶ。

 

 

「馬鹿にしないで頂戴。私だってしっかり戦えるんだから。他人の事よりも、あんたは自分の心配を優先しなさい。あんたは人竜一体っていう他の人じゃ出来ないような事が出来るんだから、あんたは間違いなくみんなの切り札よ」

 

 

 確かに俺とリランの人竜一体は他のプレイヤーには出来ない事だし、前のボス戦ではクォーターポイントであるにもかかわらず、ボスを一気に弱らせる事が出来た。人竜一体は間違いなくプレイヤー達がボスモンスターを圧倒できる最後の切り札のようなものだ。

 

 

「そういうけど、リランは大丈夫なのか。人竜一体は主にお前が力を振るうわけだから、お前に無理をさせる事になるかも……」

 

 

 リランは首を横に振り、微笑みを顔に浮かべた。

 

 

《大丈夫だ。我の事よりも、お前は他の者達の事を、そしてシノンの事を最優先に考えろ。お前のボス戦での役割はプレイヤー達を守り、死亡者を極力減らし、プレイヤー達を無事に現実とやらに帰してやる事であろう。我の事を気にしてくれるのは嬉しいが、そのエネルギーは他の者達へ向けろ》

 

 

 リランの微笑みを見ながら《声》を聞いていると、身体の中が少しずつ暖かくなっていくのを感じた。そうだ、俺はもう誰にも死んでもらいたくないし、誰かが死ぬ瞬間も見たくない。それを防ぐには、俺とリランの力を最大限に振り絞り、みんなを守りつつ戦うしかない。

 

 

「そうだったな。今回のボス戦も頼んだぜ、相棒」

 

《任せろ》

 

 

 リランの顔はボス部屋へと向けられたが、その姿はとても頼もしく感じられた。

 今回はリランを加えてから2度目のボス戦、シノンに至っては初めてのボス戦だ。何が起きてもいいように、覚悟して臨まなければ。

 

 周りの一同が武器を抜くと同時に、アスナとディアベルがボス部屋の扉を開いた。ごごごという大きな音と振動と共に巨大な石扉が開かれ、53層主への道が開かれるや否、アスナは細剣を、ディアベルは片手剣と盾を引き抜き、叫んだ。

 

 

「全軍突撃!!」

 

「交戦開始だ!!」

 

 

 二人の号令に「おぉぉー!!」と声を張り上げ、その場に集まるすべてのギルド団員、竜を連れた俺達は、洪水のようにボス部屋へと流れ込んだ。ボス部屋に入り込んだ瞬間に、大きなドラゴンだったリランの姿が圏内にいる時の小竜へ変化する。

 

 そして、俺達の目の前には、ほぼ全身を銀色の装甲に包み込み、白銀に輝く大剣を手に持った、青色の目で、全長5メートルはありそうな、巨大な人狼が立ち塞がった。

 

 一同が身構えた直後、人狼の頭の上に3本のゲージと名前が表示された。《Wolfang_The_WereWolfload(ヴォルファング・ザ・ウェアウルフロード)》、ウェアウルフ達のボスであり、ここ53層のボスだ。

 

 

「人狼か……リランと同じだな」

 

 

 肩に乗る小さな狼竜は悪態を呟く。

 

 

《貴様など我の足元にも及ばぬわ。さぁ、やるぞキリト!》

 

 

 同族嫌悪なのか、自信満々に言うけど、結局俺が攻撃しないとリランは元に戻れないんだが。

 そう言おうとしたその時に、シノンが少し驚いたように言った。

 

 

「……あれがボスモンスターなの? 思ってたのとなんか違う」

 

「思ってたのって……君はボスモンスターを何だと思ってたんだ」

 

「てっきり見ただけでこっちを圧倒してくるような、独特な見た目をしているんじゃないかと思ってた。見当違いだったみたいね」

 

「はは、そんなのが毎回ボス戦に出てきてたら、今頃俺達誰も生きてないって」

 

 

 思わずシノンに苦笑いした直後、巨大な人狼はその口を開けて、高らかに咆哮した。その声は本物の狼の遠吠えに近かったが、リランの咆哮や、リランだけが使えるであろう、モンスター、プレイヤー、その他オブジェクトの動きを完全に封じる『音無し声』を聞いた後の俺からすれば迫力不足に感じられた。

 

 そして俺は、咄嗟にこれまで戦ってきたモンスター達の事を思い出す。

 人狼の持つあの武器は大剣。使うスキルは両手剣スキルだと推測できるが、同時に少しだけ厄介だ。両手剣スキルは片手剣スキルをカンストさせる事によって出現させる事が出来るレアスキルだが、レアスキルなりの特徴を持っている。――ソードスキルを放つ度に、己を強化する特殊効果(バフ)が同時に発生する点と、ソードスキルはどれも範囲攻撃かつ高火力であるという点だ。

 

 

 特殊効果スキルは俺達も使う事が出来るけれど、両手剣ソードスキルは発動と同時に特殊効果も発生するようになっている。どんな特殊効果が発生するのかはソードスキルによって異なっているが、大体は自分自身を大幅に強化するものがほとんどだ。

 

 それに俺達が特殊効果スキルを発動させる時には、必ずと言っていいほど硬直が発生するのだけど、両手剣はソードスキルを放つだけで特殊効果が付与され、硬直はソードスキルだけで済む。

 

 

 ソードスキルの発動によって自信を強化する力を持つ両手剣使いの人狼。あの巨像と比べたらどうってこないかもしれないけれど、厄介な相手である事に変わりはない。幸い特殊効果は《HPバー》の上部に表示されるようになっているから、何があいつに付与されているか理解できるけれど、用心して戦わない手はない。

 

 

「両手剣使いだ! 気を付けろ、自分を強化する効果を持つソードスキルと範囲攻撃を飛ばしてくるぞ!」

 

 

 俺が考えていた事を、既にディアベルが皆に号令していた。

 第1層の時から、ディアベルは常に相手の動きを呼んだり、剣を持つ敵が放つソードスキル、その特性についての調査や研究を怠らなかった。今回もまた、俺達が少し休んでいた間に情報を収集し、特性を理解し、作戦を立てていたのだろう。その姿はまるで、部下を思いつつ困難に立ち向かう優秀な司令官。

 

 そしてその声を受けた聖竜連合の皆は、両手剣ソードスキルを使うであろう人狼に対応できる布陣を瞬く間に組み、戦闘体勢を取った。まるで機械の流れ作業のような聖竜連合の立ち回りに、ディアベルの指揮力と作戦の綿密さが50層の時よりも上昇している事が一瞬でわかる。

 

 その声に続くように、アスナの方からも声が上がる。

 

 

「相手は両手剣使いです。範囲攻撃に気を付けて、常に後退できるようにしておいてください! 攻撃を受けたら後退し、体力ゲージに注意してください! 体力ゲージが危なくなったら後衛と交替し回復、回復アイテムは沢山持っていると思いますが、体力ゲージが本当に危なくなったり、回復が追い付かなくなった場合は転移結晶を使って脱出してください!」

 

 

 嫌がりながらやってはいたけれど、流石は血盟騎士団を率いる副団長。ディアベルにも劣らない適切な指示で、白と赤を基調とした戦闘服や鎧を身に纏った騎士達はディアベル達のそれとは違う陣形を組み立てて、人狼からの攻撃に備え始めた。

 

 しかも騎士達の装備は片手剣や細剣だけではなく、槍や両手斧、片手棍、人狼と同じ両手剣まであるので、様々な攻撃を仕掛ける事も、そして人狼からの攻撃にも対応できそうだ。攻略速度よりもプレイヤー達の生存率を上げる事を優先するようになったようだ、アスナは。

 

 アスナとディアベルの指示を受けたプレイヤー達が行動を開始した直後、アスナがようやくこちらに顔を向けて口を開いた。

 

 

「キリト君とシノン、リランは遊撃! モンスターの隙を突いて攻撃を繰り返して!」

 

 

 ようやく飛んできたアスナの真っ当な指示。

 確かに今回は前衛と後衛がしっかりと別れているため、どちらかに混ざって攻撃を仕掛けるよりも、完全に独立して行動した方が戦略的にもよさそうだ。だが、結局前衛が既に攻撃を開始しているため、前衛に混ざって戦う事になるだろう。

 

 そしてピンチになったら、すぐさま後衛と交代して回復する――遊撃と言ってもアスナとディアベルの率いるギルド団員の前衛部隊と同じ行動だ。

 

 

「わかった。シノン、隙を見て攻撃するぞ!」

 

 

 シノンが頷いたのを確認して短剣を引き抜いたのを確認した後に、俺は背中の鞘からすっかり愛用の剣となっている《エリュシデータ》を抜き、シノンと並んで人狼へと走り込んだ。俺達が前衛部隊の背後に辿り着いた直後、人狼の大剣は水色の光を宿し、その刹那に人狼は身体ごと大剣を二度振り回して、集まっていたプレイヤー達を一気に吹っ飛ばした。

 

 

 主に敵に包囲を打ち破る際に使う事を勧められている、身体を回しつつ全方位を薙ぎ払う両手剣ソードスキル、《ブラスト》。人狼は両手剣を使うプレイヤーと同じく、敵の包囲を破るために使ったわけだが、吹っ飛ばされたプレイヤー達の体力ゲージは10分の6くらいの位置まで減ったところで止まった。

 

 クォーターポイントではないためなのか、さほど攻撃力が高いわけでもないらしい。そして、ソードスキルを放った代償の硬直を受けて、人狼の動きは止まる。

 

 

「隙だらけだ!」

 

 

 俺とシノン、攻撃を回避したのであろう血盟騎士団の連中は一斉に人狼の元へ向かい、目を泳がせて人狼の、鎧に守られていない部分を探り当てる。鎧は人狼の全身を包み込んでいて、一見どこにも薄い部分が無いように見えたが、丁度足と腕、腰といったよく動くの関節の後ろに、動きを阻害しないための鎧に守られていない薄い部分があった。ここが、こいつの弱点だ!

 

 

「みんな、装甲の薄い部分を突け! 関節の後ろ側だ!」

 

 

 アスナやディアベルを意識して叫ぶと、俺に付いてきた者達の狙いは人狼の鎧のない部分に向けられた。直後に、皆の武器は一斉に光を宿して、それぞれの高火力ソードスキルを人狼の弱点へ放つ。度重なる衝撃と斬撃。切断、打撃、刺突の三つからなる異なる属性攻撃を鎧で守っていない部分に受けた人狼は痛みを感じているかのような悲鳴を上げ、命の残量である《HPバー》の残量を大幅に減らした。

 

 やはりここが弱点のようだ――そう思った瞬間に人狼は体勢を立て直して両手剣に水色の光を宿らせ、素早く振り上げた後に、上段斬り下ろし攻撃を放った。両手剣ソードスキル《アバランシュ》……高い火力を持つがブラストと比べて威力も攻撃範囲も狭いソードスキルだ。

 

 

 恐らく弱点を攻撃された事で憤怒し、思わず放ったようなものだったのだろう。その証拠に人狼の放ったソードスキルを受ける直前で全員が防御体勢を取って凌ぎ切り、俺達は素早く後退した。体力の方に目を向ければ、全くと言っていいほどゲージが減っていない……丁度ジャストガードしたと言ったところか。俺達の方は完全に無傷だ。

 

 そしてまた、人狼はソードスキル発動による隙を俺達に見せつけた。せっかく作ってくれた隙を使わない手はない――そう思いながら俺は人狼の懐に転がり込み、弱点になっている装甲の薄い部分目掛けてエリュシデータに光を宿らせる。

 

 

「せやぁぁッ!!」

 

 

 獣の咆哮のような声を上げながら、剣を横方向から思い切り人狼の弱点へ叩き付け、そのまま斬り抜ける。範囲攻撃に分類される水平斬りソードスキル《ホリゾンタル》の炸裂を受けて人狼は大きくその姿勢を崩し、その場に跪いた。すかさず、俺は背後を向いて呼びかける。

 

 

「シノン、スイッチ!」

 

 

 その声が軽く響いた直後、俺の隣をびゅんっと人影が駆け抜けて行った。俺と一緒に戦う事を選んでくれたシノンであり、その手に握られている短剣は蒼い光をその刀身に宿している。

 

 まるで忍者のような速度でシノンは人狼の弱点付近に辿り着き、鋭い声を上げながら、短剣を人狼の関節の背後へ突き刺し、そのまま引き裂くように抜く。鎧の間を突いて防御力ダウンのマイナス効果を相手に付与する短剣ソードスキル《アーマー・ピアス》だ。

しかもソードスキルが直撃したのは鎧の薄い部分――本当に名前通りの攻撃になっていた。

 

 

 更に今の攻撃はクリーンヒットしたようで、人狼の《HPバー》は目に見えて減っており、早くも1本目が既に消滅していた。残すは2本。こっちはアスナとディアベルもいるパーティだ、負ける様子はない。

 

 一方、俺自身の《HPバー》の下にある人竜一体ゲージに目を向けてみれば、まだ10分の1くらいしか溜まっていなかった。恐らく俺があまり攻撃していないのが原因なのだろうけれど、これじゃあ溜まりきる前にこの人狼が力尽きる。

 

 かといって俺一人に攻撃させてくれと言って周りの連中が聞いてくれるわけがないし、アスナとディアベルが「自殺する気か!」と怒るだけだ。リランには悪いけれど、今回は人竜一体せずに倒す。

 

 頭の中で考えていると、アスナが細剣を構えて走り出し、シノンに呼びかけた。

 

 

「シノン、スイッチするわよ! 下がって!」

 

 

 アスナが近付き、スイッチの号令をかけたが、シノンはその場から動かずに再度身構えた。短剣には橙色の光が宿されていて、次にシノンは光を纏う短剣を力強く振るった。(むげんだい)を描くように敵を切り裂く、5連続攻撃ソードスキル《インフィニット》が人狼の弱点に再度直撃し、《HPバー》が目に見えて減少する。そしてシノンはソードスキルを発動させた代償として硬直するが、スイッチの一言も口にしない。

 

 いったい何をやっているのか、どうするつもりなのかと思ったその時、シノンの考えている事がわかったような気がして、胸の中に冷たい風が吹いてきたような錯覚を感じた。シノンは何でも自分一人でやろうとするような、危なっかしい部分がある娘だなとは思っていたが、実際のシノンは俺が思っている以上に危ないものだった。

 

 シノンは今、あのまま一人で攻撃を続けて、ボスを倒すつもりだ。

 

 

 勿論戦闘に関するポテンシャルが高いとはいえ、まだレベルが若干低いシノンにそんな事が出来るわけがないし、何よりもうすぐ人狼の体勢が建て直されるはず。急いでシノンを逃がさなければ、人狼のカウンターの直撃を受ける事になる――その時の光景が安易に想像出来て、悪寒が背中を突き抜けた。

 

 思わずシノンに呼びかけようとした次の瞬間に、人狼が体勢を立て直し、両手剣を構えた。高らかに振り上げられた人狼の両手剣は水色の光を宿し、先程から痛い攻撃を仕掛けてくるシノンに向けられて勢いよく振り下ろされた。

 

 

 ついさっきプレイヤー達に防がれ、または回避されてほぼ不発に終わった《アバランシュ》が、逃げ遅れたシノンに炸裂した。人狼の刃が直撃した瞬間に、シノンは防御態勢を取ったようだったが、人狼の持つ巨大な剣の前では、シノンの小さな剣による防御など紙に等しく、脆く崩れ去った。

 

 

「シノンッ!!」

 

 

 人狼の両手剣ソードスキルを受けたシノンの身体はまるで風に吹かれた紙のように大きく吹っ飛ばされ、宙を舞った。俺は咄嗟に剣を仕舞い込んでシノンが落下するであろう地点へと急ぎ、落ちてきたシノンを抱き止めるが、抱き止めた時にシノンは何も言わなかった。

 

 

 人狼の刃をその身に受けたシノンのHPバーはその残量を大幅に減らしており、色は危険を意味する赤に変色していた。人狼の弱点に攻撃をクリーンヒットさせたときのように、シノンもまたクリーンヒットをもらってしまったようだ。

 

 しかも、ダメージを受けた部分に表示される赤いエフェクトが頭に集中しているのが確認できるため、運悪く頭に攻撃をもらってしまい、衝撃と痛みに似た不快感を思いきり強く受けて、気を失ったようだ。それでも死んではいないため、当たり所はよかった方らしい。

 

 

 シノンが攻撃を続けた事の影響か、人狼は怒り狂い、周りにいるプレイヤー達に片っ端から攻撃を仕掛けるようになっていた。プレイヤー達は迫り来る人狼の剣を立てや武器で防御したり、死に物狂いで回避行動を続けているが、いくら高レベルの攻略組の連中でも相手は高火力が自慢である両手剣スキル、立て続けに攻撃されたら一溜りもないはず。このままじゃ、死人が出てしまう――!

 

 

 この状況を覆すにはどうすればいいのか。俺がリランに乗り込んで、モンスター同士の決闘を繰り広げる、『人竜一体』という一発逆転の切り札が俺達には残されているが、果たしてあの人狼の猛攻を潜り抜けて攻撃を続けて人竜一体ゲージを溜め込む事が出来るのか。

 

 クォーターポイントの時のボスほど恐ろしくはないけれど、それでもあいつの攻撃を立て続けに受けたら、それこそクォーターポイントのボスに攻撃されるくらいのダメージを追い、やられてしまう。どうにかして、あの猛攻を潜り抜けるか、または動きを止めるかをしないと。

 

 

 そのためには、誰かにあの人狼を引きつけてもらう必要がある。ここにはアスナもディアベルもいる。彼女達は攻略組の中でも群を抜いて強いプレイヤーであり、レベルが俺と同じくらいにまで迫っているようなプレイヤーだ。一か八か、彼女達に人狼を引き付けてもらい、その隙を突いて俺が攻撃を行い、『人竜一体』を発動させる。

 

 

「アスナ、ディアベル! 頼む、ちょっとの間だけでいいからその狼を引き付けてくれ!」

 

 

 アスナとディアベルは「わかった!」「任せてくれ!」と言って周囲のプレイヤー達に声掛けし、5人一組の簡易パーティを即席で作り上げて人狼を攻撃。怒りを誘って俺達から完全に狙いを逸らさせてくれた。その隙に俺は近くにいる3人のプレイヤーに俺が離れている間、気絶しているシノンを守ってくれと指示。

 

 3人の了解を得ると、俺は大きく後退してシノンを寝かせ、応急処置アイテムである回復結晶をシノンに向けて使用。シノンの《HPバー》がその量を戻し、緑になるまで戻ったのを確認したところで、安堵を抱きながら立ち上がった。その直後に再度剣を抜き、ディアベルとアスナのチームを狙う事に夢中になっている人狼の背後目掛けて地面を蹴り、一気に人狼へ接近する。

 

 

 そして人狼のすぐ傍にまで辿り着いたところで、剣に光を宿らせないまま人狼の足関節の後ろを斬り付けた。ソードスキルを使っては、硬直を受けて隙を晒してしまうえに、遅延(タイムラグ)を作ってしまう。今は攻撃を当てて、とにかく攻撃を当てて、人竜一体ゲージを溜め込む事だけに集中するんだ。そして、リランを元の姿に戻し、一気に形勢逆転する!

 

 

「はああああああッ!!」

 

 

 早く、もっと早く――!

 心の中で叫びながら、いつもの何倍も速度で剣を繰り出す。ソードスキルを使わずに攻撃を放っているためなのか、脳の回路が灼き切れそうになるけど、構うもんか。こいつはシノンにあれだけの重傷を負わせたんだ。リランと同じくこの世界に生きている存在だとしても、許せない!

 

 上、右、左、右下、左上、突き。何も考えず、ただ斬る事だけに身と心を任せていると、頭の中が燃えているように熱くなり、剣先がまるで閃光のようになって、目視できなくなった。しかし、人竜一体ゲージがとんでもない速度で上昇しているのが確認できたため、攻撃がちゃんと当たっている事だけはわかった。

 

 きっと、フレーム単位で人狼に攻撃が炸裂しているのだろう――普通のプレイヤーならば目玉が飛び出してしまいそうなくらいに驚きそうな事だけど、それさえも俺はどうでもよかった。

 

 

 まだ遅い、もっと早くだ、脳が焼き切れたっていい――心の中で咆哮しながら剣を繰り出し続けていると、自らの命の残量を視覚化したものが表示されている下が紅く光り輝いた。人竜一体ゲージが最大まで溜まり、狼竜が元の姿に戻れるようになった事を告げる合図だ。

 

 その時に俺は人狼への攻撃を停止し、思い切り地面を蹴り上げて後方へ下がったが、人狼は狙いを俺へ戻し、怒りに身を任せて両手剣で斬りかかってきた――が、つい今まで剣先が閃光のように見えていた俺には、まるでスローモーションで動いているかのよう遅く見えた。

 

 

「うるせえよ」

 

 

 ゆっくりと迫ってきた大剣に軽く剣を振るい、その剣先にそっと触れた瞬間、火花のエフェクトと金属同士は衝突したような音が散って、人狼の大剣は全く違う方向へ急加速し、そのまま地面に激突した。プレイヤーの姿のない地面は大きく砕けて、土煙のエフェクトが舞い、人狼の動きはほぼ完全に静止する。

 

 

「リラン――――――ッ!!!」

 

 

 俺の呼び声に答えるかのごとく、俺の背後で強い閃光が起こり、次の瞬間に俺と人狼の間に白き甲殻と毛に身を包んだ、額から生える剣が特徴的な狼竜がその姿を現した。ようやく元の姿に戻れたことを歓喜するかの如く、狼竜リランが咆哮すると、俺は咄嗟にジャンプしてその背に着地し、跨り、片手に剣を、片手にリランの剛毛を握る。

 

 人が竜の背に飛び乗り、一体の生物のようになって戦う『人竜一体』。周りの連中はモンスターの背にプレイヤーが乗っているというこれまで見た事が無かったような光景に唖然としていたが、もうそんな事さえもどうでもいい。今はこいつを、倒す!

 

 

「やるぞリラン!」

 

《任せろ!》

 

 

 リランが咆哮しなおした瞬間に、人狼も同じように方向でこちらを牽制してきたが、リランは無視。身体に力を込めて奥底から灼熱を昇らせ、三回火球として発射する。ドラゴンなら基本的に持っている、火炎弾ブレス攻撃。

 

 三つの火球の接近に驚いた人狼はその場で剣を立てて防御姿勢に入ったが、リランの発射した火球は人狼の剣に触れた瞬間に炸裂し、大爆発を引き起こした。爆炎と衝撃波のエフェクトがボス部屋内を明るく照らし、人狼の近くにいたプレイヤー達は一気に人狼から離れる。

 

 多分リランの攻撃に巻き込まれないようにと思って離れたんだろうけど、そのおかげで、俺とリランと人狼の一騎打ちに等しい状況が丁度良く作り出された。これなら心を置きなく暴れられる!

 

 

 その思いを感じ取ったのか、リランは力強く吼えて地面を蹴り上げ、人狼に勢いよく飛びかかった。轟音が耳に襲い掛かり、身体の下でリランの筋肉が鉄のように固くなる。完全にリランが交戦体勢に入った証拠だ。

 

 次の瞬間、リランはその鋭い爪で人狼の鎧に斬りかかった。が、人狼の鎧はリランの爪よりも堅かったようで、ガキンという金属音と共に弾かれた。まさか、人狼の鎧はリランの爪を超える強固さを持っているのか。

 

 

 いや、リランの爪は魔剣聖剣クラスの切れ味を誇っているから、人狼の鎧ごときに負けるはずはない。恐らく回数か威力が足りてないんだ。それに今まで人狼の弱点を狙って攻撃を続けていたから忘れていたけれど、まだ人狼の破壊可能部位を見つけていない。

 

 

(きっと……!)

 

 

 恐らくだが、人狼の破壊可能部位はこの鎧だ。この鎧にも耐久値が設定されていて、それをゼロにする事によってこの鎧を剥がせるようになっているはず。そうでなきゃ、こいつの鎧の防御力はゲームバランスを崩しているものになる。

 

 

「リラン、ブレス攻撃をもう一度だ! 今度は火球じゃなくてビームで!」

 

 

 号令を受けたリランは再び息を大きく吸い込み、やがて吸い込んだ息を叩き付けるように人狼へ放った。同時にリランの身体の奥から灼熱のビームブレスが迸り、ほぼゼロ距離で人狼の鎧に直撃した。

 

 リランの口と、ブレスの着弾点である鎧から吹き荒ぶ熱風に耐えつつ人狼へ目を向けてみれば、人狼の鎧の上に《HPバー》が出現しており、先程俺が人竜一体ゲージを溜めていたときのような速度で減少して、すぐさまゼロになった。

 

 

 直後、ガラスが割れるような不快音と共に人狼の身体を守っていた鎧はポリゴン片となって消滅。灰色の毛皮に包まれている本体が露出する。――人狼の防御力はほぼゼロになり、全身が弱点となった。

 

 同時に人竜一体ゲージに目を向ければ、残量は半分くらいになっていた。やはり、あまり長続きはしないもののようだ。そして肝心の人狼の体力は既に2本目を消滅させて、赤く変色するくらいにまで減っていた。

 

 多分人竜一体はもうすぐ解除される。それまでに人狼の体力を削りきって残り僅かにし、人竜一体では止めをさせないようになっているため、人竜一体が解除された直後にアスナとディアベルの力を借りて人狼に止めを刺す!

 

 

「ぶちかませリラン! ソードスキルだッ!!」

 

 

 リランは力強く羽ばたいて人狼から一旦離れ、空中で体勢を一瞬で立て直して急降下。風を切り裂きながら頭の剣に強い光を宿すと、そのまま人狼に球接近し、身体を思いきり動かした。

 

 

《ドラゴニックアヴァランチ!!!》

 

 

 リランは身体ごと剣を振り回し、全身弱点となった人狼に斬りかかった。上、右下、左上、下と5回ほど連続でリランは人狼を切り裂き、人狼の悲鳴が周囲に響き渡る。リランの容赦のない攻撃に、人狼のHPバーは本当に瞬く間に減り、やがてあと一撃で止めを刺せるくらいの残量になった。

 

 同時に消費され続けていた人竜一体ゲージの残量が本当にごくわずかになり、間もなくリランの背から振り落とされると思ったところで俺はリランの背中からアスナとディアベルに声をかける。

 

 

「アスナ、ディアベル! 人狼に止めを刺すぞ!」

 

 

 二人への号令をした後に、俺はリランの背から飛び降りて地面に着地。次の瞬間にリランは再び小竜の姿へと戻り、人竜一体ゲージが空になった。そんな事も気にせずに、俺はアスナとディアベルの元へ走り、二人と並んだところで一斉に人狼に向かって走り出す。

 

 直後、人狼は最後の抵抗と言わんばかりに回転斬りソードスキル《ブラスト》を放ち、俺達を吹き飛ばそうとしてきたが、迫り来た両手剣にディアベルが攻撃を仕掛けてパリング、人狼の両手剣を大きく弾き飛ばした。

 

 

 間髪入れずにアスナがディアベルの背後から飛び上がり、人狼に向けて急降下、ソードスキルの発動準備に入って剣を光らせたが、それと同時に俺は地上から人狼の懐へ潜り込み、同じようにソードスキル発動準備に入った。

 

 

「だぁぁぁぁぁッ!!」

 

「はぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 二人同時に咆哮しながらソードスキルを発動させ、刺突と切断の両属性による止めを、人狼に刺した。二つのソードスキルを一度に受けた人狼の《HPバー》はついに消え去り、人狼自身は負けを認めたような咆哮を上げながら地面へ倒れ込む。そして轟音を立てながら地面に激突した瞬間、人狼の身体は水色のシルエットに変わり、すぐさま無数のポリゴン片となって爆散した。

 

 ボス部屋からボスが姿を消すと、辺りを静寂が包み込んだ。が、すぐさま高らかな効果音と共に《Congratulations!!》という文字が浮かび上がり、辺りはボス戦を乗り越えた者達の歓声に包み込まれた。

 

 

 俺はすぐさまマップ画面を開き、この場にいるプレイヤーの数と、戦闘が始まった時のプレイヤーの数を照らし合わせた。――今いるプレイヤーの数は、戦闘が始まった時の数と変わりなかった。死亡者……ゼロ。

 

 

「なんとかなったか……」

 

 

 プレイヤー達が歓声を上げる最中、安堵を感じて溜息を吐くと、アスナとディアベルが慌てて駆け寄ってきた。ボス戦が終わったっていうのに、何を慌てているのかと思った瞬間に、俺は思い出した。

 

 そうだ、シノンは、シノンはどうなったんだろうか。回復結晶を使っておいたからHPをゼロにされた可能性は極力低いはずだけど。

 

 

「シノン、シノンは!?」

 

《シノンならこっちだ》

 

 

 アスナとディアベルのように慌てながら周囲を見回したその時に、頭の中にリランの《声》が聞こえてきた。

 

 そしてその《声》に導かれるままリランを探したところ、ボス部屋の壁側の方に、小さくなったリランと、地面に仰向けになったまま動かないでいるシノンの姿が見えて、俺は咄嗟に駆けつけた。

 

 

「シノン、大丈夫か!?」

 

 

 シノンの身体を抱き上げたが、ぐったりとしたまま目も開けず、何も返さない。HPは安全圏内だけど、気を失ったままのようだ。ここまで深く気絶するという事は、よほど頭に強い衝撃を受けてしまったという事だろうか。まぁ確かにあの人狼はあれでもボスモンスターで、他のモンスターよりも強い固体だから、頭に攻撃を受ければ気絶してしまいそうなものだけど……。

 

 

「なぁリラン、シノンさんは大丈夫なのか。さっき、ボスモンスターの攻撃を諸に頭に受けてたみたいだが……」

 

《体力は安全圏内であるし、状態異常にもかかってない。完全に健康そのものであるが……意識が戻らぬという事は、やはり頭への衝撃によって深く気絶してしまっているという事だろう。何にせよ、いずれ目を覚ます》

 

 

 リランの言葉を受けて俺達は安堵する。攻撃を受けてしまった時のシノンの頭は、赤いエフェクトですごい事になっていたから、もう駄目なんじゃないかと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。だけどあれが現実だったらと考えるとぞっとする。

 

 このゲームはデスゲームだけど、あぁいう事が起きた時だけ、ゲームの中の世界でよかったとつくづく思う事がある。今回も、本当にゲームの世界でよかった。

 

 直後、アスナが提案するように言った。

 

 

「キリト君はこの後すぐに転移門に行って、シノンと一緒に22層に帰った方がいいわ。22層の家の中なら、安心してシノンを寝かせられると思うし」

 

 

 確かにシノンをこのままここで寝かせておくのも、精神衛生上あまりよくなさそうだ。それに、シノンが気絶する前に取った行動の理由も、そしてシノンが頭に攻撃を受けて何かしらの悪影響を受けていないかも気になる。

 

 

 しかもシノンはあまり人前で重要な事を話したがらない性格だから、ここで目を覚ましたとしても何も話そうとしないに違いない。アスナの言う通り、22層に戻るのがよさそうだ。

 

 

「わかった。とりあえず上の層を解放して転移門を使えるようにしよう」

 

「そうしましょう」

 

 

 俺はシノンの事を負んぶしてリランを連れ、アスナとディアベルの心配そうな視線を浴びながら、その二人と共に、そそくさとボス部屋の先にある街への入り口を目指して歩き出した。

 

 次の層は54層。だけどその前に22層に帰らなきゃ。

 




次回、大進展。

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