キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:《群衆の頭脳》、そして

「まさか君はその実験を、このALOのスヴァルトエリア攻略中に行おうとしているのか」

 

「うん。キリト君も見てたでしょ。あたしのライブ中には、皆が一つの事に夢中になり、心を一つにしていたわ。あれはただのデータの塊なんかじゃない、クラスタの房が一つとなって、大きな花を咲かせようとしてたのよ。その花が開く時こそが《クラウド・ブレイン》の完成、あたしはそれを実現してみせるの」

 

 

 かなり早口なセブンの口調と、興奮の入り混じった声色。科学者としての本能のようなものが姿を見せているのか、それとも自分の作っている物が完成に近付いている事に喜びと興奮を覚えているのか。

 

 科学者らしさと子供らしさが奇妙に混ざった合成物(アマルガム)のような今のセブンに、圧倒されそうになっているキリトの横にいるイリスが、極めて冷静な声色で尋ねる。

 

 

「具体的にはどうするつもりなんだい。アミュスフィアとALOのセキュリティ的には、そんな事は出来ないはずなんだがね」

 

「今回はあくまでデータを測るだけよ。セブンという偶像に対して、難関クエストの踏破という目的の達成による精神的な結びつきが何人の心を一つに出来るかっていうデータをね」

 

「データを測る?」

 

「これまでのネットワークコンテンツとVRMMOの大きな違いは感情表現を即座に行えるという事。つまり、旧式のナーヴギア、次世代機のアミュスフィアには感情表現を咄嗟に察知できる優秀なスキャンシステムがあるという事よ。それはキリト君もよくわかってるはず」

 

 

 確かにこのALOなどのVRMMOではセブンの言う通り、これまでとは比べ物にならないくらいに感情表現が容易になっており、即座に相手に自分の感情を伝える事が出来る。だからこそ、皆と現実と何も変わらないで接する事が出来るのだ。

 

 そしてそれは、今は部屋の片隅で眠っている――回収されずに済んだ――ナーヴギアと、この世界にダイブするために使っているアミュスフィアに感情表現を即座に察知する機能があるからに他ならないと言える。その機能があるからこそ、自分達はこうして仮想世界で仲間と共に遊び、コミュニケーションを繰り広げる事が出来るのだ。

 

 キリトを納得させたのがわかったのか、セブンは続けた。

 

 

「人の感情というのは、様々なグラフから連なってる。あまりに複雑怪奇なものだから、常人には幾何学模様の美術品にしか見えないくらい。その統計を測るのよ。人の心がどこまでリンクして、どこまで同じ形を取ったのかってね。

 脳内を共有化したり、人の精神を操作するだなんて、そんなすごくSFみたいなお話の実現はまだ出来ないわ。《クラウド・ブレイン》は言わば巨大な集合脳。もし、この実験が成功したなら、一つの個体として意思決定の感情を持つようになるかもしれない!」

 

 

 そこでキリトは頭の中でSAOの時の事を思い出す。セブンは何も知らないからこう言っているのだろうけれども、人の精神を操作する技術をほぼほぼ確立させ、それを実現に導こうとしていた者と自分達は戦っている。そう言う技術はもう既に確立されようとしていた事、その者がSAOの中で死んでいる事、そしてその者こそが《壊り逃げ男》、《エグゼキュータ》と呼ばれし者だったという事が全て現実であるという事を、セブンは何も知らないのだ。

 

 

「なるほど、それが君のやろうとしている実験という事か」

 

「やろうとしているんじゃなくて、やってるのだ。統計に取るステータスは揃っている。後はシャムロックやクラスタを最終決戦の場に集結させ、力無くとも皆の御旗となり続けたセブンが、ラスボスを撃破する事で、高次元の精神の繋がりを生み出す」

 

「それをあたしが実現して見せるってわけよ」

 

 

 スメラギとセブンが交互に言ったそこで、長きにわたる演説と説明は一旦区切られた。セブンのやろうとしている事のあまりの規模に、皆が驚きのあまり絶句している中で、キリトはじっと考える。

 

 セブンのやろうとしている実験というのは既に最終段階に辿り着いているようだが、シャムロックの連中もクラスタの者達も、そのような実験に参加している事を口にしてはいないし、その自覚があったようにも思えない。明らかに、セブンとスメラギは秘密裏にこの実験と計画を進めているような気がしてならないのだ。

 

 

「その実験の事を知っているのは、誰なんだ。シャムロックの連中は少なくとも知らないように思えるんだけど」

 

「このALOにログインしてるプレイヤーの中じゃ、あたしとスメラギ君くらいね。その中に今、貴方達は加わってる」

 

 

 そこでセブンはずいっと身体を動かし、全身をキリトの方へと向けた。目元を見ると、自分の姿がセブンの赤紫色の瞳の中に映し出されているのが見える。

 

 

「ねぇキリト君、協力してもらえないかしら。貴方達はそんなに少ない人数でありながらあたし達シャムロックと互角の戦いを繰り広げてる。ううん、シャムロックを時に返り討ちにしてしまうくらいの強さを持ち合わせてる。キリト君達がこの実験に参加してくれたなら、ネットワークの可能性というものをもっと探れると思うのよ。どうか、手を貸してくれないかな」

 

 

 セブンの幼気さを感じさせる赤紫色の瞳の中に映し出される自分の顔が、いつの間にか険しいそれに変わっていたのに気付くのには時間はかからなかった。

 

 恐らくセブンの実験とやらに参加したならば、確かにセブンの手によってこのネットワーク世界、VRMMOの世界は更なる可能性を見出す事になるかもしれないし、VRMMOの未来の姿を見る事も出来るだろう。セブンの実験に協力する事は、将来VR世界の研究者となろうとしている自分の夢に合致したものだし、理にかなったものだといえよう。

 

 だが、そうであったとしても、キリトの心の中には一つの返事だけが存在しており、それ以外の返事は出てこない。それを、皆から注目を浴びつつキリトは口にした。

 

 

「答えは、ノーだよ」

 

「え、なんで? 何か悪い事をしてるわけじゃないんだよ」

 

「理由は三つある。一つ目は、俺はプレイヤーでしかないからだ。君が純粋なネットワークへの探求心で突き動かされているっていうのは、正直わからなくもない。俺自身も《クラウド・ブレイン》の研究の行く末に興味がないわけじゃないから。

 でも、それでも俺は協力したいとは思えないよ」

 

 

 キリトの返答の内容が理解できないのか、予想できていなかったのだろう、セブンは少し戸惑った様子を見せ始める。

 

 

「シャムロックやクラスタの皆に協力すれば、クエスト攻略は格段に楽になるって、前に言ったでしょ。それに、皆に協力するって言えば、シャムロックもクラスタもキリト君達を襲う事はなくなるわ」

 

「いや、クエストを攻略できればいいってもんでもないよ。気心知れた仲間達と協力して難関ダンジョンに挑む。その時の高揚感とスリルこそがVRMMOの醍醐味だ」

 

 

 ついこの前まで、自分達は心の底からゲームを楽しむという事が出来なかった。普通にゲームをしようと思ってみたらそれはデスゲームで、自分の命を賭け、常に気を最大限に高めて戦い続ける必要があった。

 

 そのデスゲームを終わらせる事に成功した今だからこそ、命を賭ける必要のないゲームの世界へ来れたからこそ、何の(シガラミ)もなく遊びたい。その事を――デスゲームの事は伝えずに――キリトはセブンへ伝えた。

 

 

「もし、セブンの言うようにシャムロックに加われば、それはそれで楽しいとは思うよ。けれど、俺が求める楽しさじゃない。俺の求めるものは、常にギリギリの中で高みを目指していき、自分の力でここまでたどり着いたという事が理解できた時の、達成感なんだ。

 その常にギリギリの中にいたからこそ、俺は強い《使い魔》を得る事も出来たし、《Mスト》に呼ばれるような事にもなったんだと思う」

 

 

 キリトは顔から険しさを薄くさせ、代わりに小さな笑みを浮かべた。

 

 

「だから俺は、君の誘いを受ける事はやっぱり出来ないよ。俺は仲間達と一緒になって、自分の力でクエストを攻略していきたいんだ。自分の力でクリアしたいと思うのは、プレイヤー、ゲーマーの本懐だろう」

 

「……」

 

「俺達は俺達でクエスト攻略を進める。その結果、君の実験を止める事になってしまう事になってしまっても、俺は続けるつもりだ」

 

「そうなのね。それが一つ目の理由……二つ目と三つ目は」

 

 

 セブンに問われたキリトは、咄嗟にセブンのコンサートライブの時の光景を、熱狂するプレイヤー達の姿を頭の中に思い浮かべる。

 

 

「セブン。君はALOで大人気の歌姫だよ。それは俺もさっきのライブで改めて理解した。だけど、それはあくまで《クラウド・ブレイン》を実現する為のものでしかないんだろう」

 

「……えぇ、そうよ。それがどうかした」

 

 

 キリトは前のシノンとのデートの時に出くわした者を思い出す。

 

 秋葉原の一角、《レイア・ルナハート》のメイドとして働いている、アイドルを志しているであろう一人の少女が、路上ライブを行っていた。その少女の歌はかなり良いもので、歌声もとてもよかったのだが、観客はあまりおらず、セブンのライブと比べると大きな差がある事が明確なものであった。

 

 しかし、例えそうであろうとも、その少女は一生懸命に数少ない観客達に歌声を届け、歌というものに真摯に向き合っているという事を必死に届けてきているのは確かだった。セブンのそれと比べればまだまだと言ったところではあるけれども、是非とも応援したい。アイドルの道に辿り着く事に成功したその娘の姿を見てみたいと、研究を成就させたセブンよりも見てみたいものであると、キリトは思った。

 

 それこそが二つ目の理由であると、キリトはセブンに話してから、更に三つ目の理由を話し始める。

 

 

「……三つ目は……いや、これは俺の考え間違いだろう。俺が君のギルドへ行かない理由は、今の二つだ」

 

「なるほどねぇ。如何にもゲーマーのキリト君らしい理由だわ。そこまで言われちゃったら、流石にもう勧誘できる気がしないわ」

 

「しかし、貴様はわかっているのだろう、キリト。貴様の今の発言が、俺達への完全な宣戦布告であるという事を。今度フィールドで出会ったならば、俺もセブンも貴様と雌雄を決する事にするぞ」

 

 

 苦笑いするセブンと相変わらず険しい顔をしているスメラギ。こうしてシャムロックと手を組まず、寧ろ敵対するような関係のママ攻略を進めていたから、いつかスメラギとはぶつかり合う事になるだろうとは思っていたし、セブンとも戦う事にはなるかもしれないとも予想していた。

 

 これまではリランの強さに陰りが見えていた事から、スメラギとの戦いには一抹の不安があったけれども、リランも自分も強くなった今ならば、スメラギと戦っても勝利を収める事が出来るかもしれない。不思議な自信に駆られているキリトは、スメラギの言葉に笑顔で答える。

 

 

「その時はその時だよ。俺は全力でスメラギ、お前にぶつかるだけだ。そして、勝つだけだよ」

 

「相変わらず物怖じしない奴だ。余程肝が据わっていると見える」

 

「あぁそうだとも。肝を据わらせなきゃいけないような事が沢山あったからな。次に戦う時、決着をつけてやる」

 

「いいだろう。だが、お前にその気があるならば、俺達に追いついて見せる事だ」

 

 

 スメラギがそう言うなり、セブンはいつもの挨拶である「ダスヴィダーニャ」と言って、スメラギを連れて喫茶店を出て行った。まるで張りつめた糸のようになっていた喫茶店の中の空気は一瞬にして解され、安堵の雰囲気へと変化を遂げる。そのうち、軽く冷や汗をかいていたけれども、二人の退場に合わせて溜息を吐いたディアベルが呟くように言った。

 

 

「な、なんとかなったか。喫茶店でデュエルが起こるんじゃないかって思ったぞ」

 

「本当に、それくらいの緊張感があったような気がするよ。あのスメラギって人、キリトと会わせちゃいけない人なのかもしれない」

 

 

 同じく安堵しながらも付かれたような顔をしているシュピーゲルが言ってから、キリトの隣にずっと座っていたシノンがキリトへ声をかけた。

 

 

「キリト、あのセブンだけど……」

 

「あぁ。あの娘は結構すごい事を企んでるみたいだな」

 

「全く、あれは本当に十二歳の女の子なのかい。私が同い年だった頃はあんな事思いつきも考えもしなかったよ。今の子供の育成は本当に良く出来てるなぁ」

 

 

 同じ科学者であるイリスも、セブンの計画と実験と研究は予想外のものだったようで、驚きを隠せないようだ。確かに、《クラウド・ブレイン》はセブンのような十二歳の子供は勿論、大人でさえも思い付かないような計画だ。世界がセブンを天才科学者と認めて祭り上げるのも、よくわかる気がする。

 

 

「そして俺達は完全にシャムロックの最優先排除対象って事になったみたいだ。これから忙しくなりそうだぞ」

 

「けれど、わたし達の攻略もかなり進んでるし、後は本当に最後のダンジョンに挑むだけなんだよね。やっぱりセブンちゃん達との戦いは避けられないって事なんだろうね」

 

 

 アスナの呟きに対してキリトは頷く。

 

 自分達の攻略は既にラストダンジョンへ突入している事が、皆からの報告を合わせる事でわかった。後はそのダンジョンの最深部にいると思われるラスボスを倒せば、スヴァルトエリアのグランドクエストが完了となる。

 

 しかし、セブンとスメラギの話を聞く限りでは、シャムロックもまたラストダンジョンへ向かうだけになっているようであり、このまま攻略を進めたならば、確実に彼らと戦う事となるだろう。

 

 シャムロックの中には自分達を超える実力を持ったプレイヤー達がかなりの数存在している事もまた事実であるので、きっとラストダンジョンの攻略はこれまで以上に苛烈なものとなるはずだ。

 

 そうなった時の事を頭の中でイメージしながら、そしてスメラギと戦う事になった時に何をするべきか、それを迎える前に何をしておくべきかを思考しながら、キリトは口を開く。

 

 

「ひとまず、今日はもうシャムロックも攻略はしないつもりだろうし、俺達もそろそろ落ちなきゃいけない時間だ。今日はひとまずここで解散して、ゆっくり休んで明日の攻略に備えよう。明日がラスボスに挑む日になるはず……皆、よろしく頼むぜ」

 

 

 かつてSAOで血盟騎士団を率いていた時のような感覚に包まれながら号令すると、本当にその時のように皆が返事をしてくれた。SAOという名のデスゲームは既に終わっており、この世界はゲームオーバーが死につながる世界でも何でもない、ただのゲームの世界だけれども、やはりあの世界で培ったものは消える事はないし、ずっと癖のように残り続けるものなのだ。

 

 皆を見る事で、そして指示をする自分を見る事で、改めてキリトはそれを痛感した。

 

 

 その号令の後皆が解散して喫茶店を後にしようとしたその時、キリトはとある事を思い出して、今まさにこの場を、この世界を一旦立ち去ろうとしているシノンとリランに声をかけた。

 

 

「あぁ待ってくれシノンにリラン。二人に用があるんだ」

 

「え、なに。何かあるの」

 

「そろそろログアウトするべき時間であるぞ。何の用があるのだ」

 

「ちょっと()()に付き合ってほしいんだ。フィールドのどこでもいいから、これから一緒に行ってくれないか。別に無理強いしてるわけじゃないから、嫌なら嫌でいいんだけど」

 

 

 その言葉に反するかのように、シノンもリランもキリトの元へ戻ってきた。如何にもその依頼を受けようと言っているかのような表情で、シノンはキリトに言葉をかける。

 

 

「それくらいなら別にどうって事ないわよ。付き合ってあげるわ」

 

「そうだな。我らが見ていないとお前はいつまでもやっていそうだからな。それで、お前は何の練習をするつもりなのだ。我との人竜一体の練習か?」

 

 

 問われたキリトは首を横に振り、背中の鞘から二本の剣を引き抜いて、いつもの二刀流の形となった。右手に持たれている剣の柄が普通よりも長く、持ち手が区切られているようにも見えるそれとなっている事も加算されているのか、二人は首を傾げる。

 

 そんな二人の注目を浴びながら、キリトは両手の剣を逆手持ちにし、胸の前へ持ってくるなり、その柄の先端同士を繋ぎ合せた。

 

 右手の剣の柄が少し長い事が手伝い、二本の剣が一本の薙刀のような形状になると、更にキリトは柄を折り曲げるような動作をする。直後、かちゃんという音と共に、真っ直ぐな薙刀状となっていた二本の剣は、持ち手が区切られた長い柄を持つ剣の、区切られた部分を軸に少しだけ後方へ折れ曲がり、()()()()()()()()()()()()となる。

 

 その両端の刀身が後ろへ反り、薙刀としては不十分な形となっている合体剣を(おもむろ)に見せつけ、キリトは得意気に笑んだ。

 

 

「ソードスキルの練習だよ」

 




次回、ある事実が判明?

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