キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:妖狐を駆る者 ―最強刀士との戦い―

           ◇◇◇

 

 

 シャムロックの最精鋭であり、未だに負け知らずの《ビーストテイマー》とも言われているスメラギとその《使い魔》と、俺とリランのデュエルが始まった。

 

 戦いが始まる直前、スメラギの肩に載れるくらいの大きさしか無かったスメラギの《使い魔》は、その姿を一気に豹変させ、今はスメラギを背に乗せて戦えるくらいの大きさを持ち、先端部が狐の頭部のような形状となっている尾を九本生やした、異様なシルエットの白き妖狐となった。

 

 スメラギはこれまで《使い魔》を厳選したり、他の《使い魔》に乗り換えを続けるようなプレイはしてきていないようだった。

 

 そのスメラギの《使い魔》は、他の《ビーストテイマー》達が持っているところを一切見た事のない、非常に強力そうなもの。恐らくスメラギの《使い魔》も、スメラギと長い時間を過ごし続けた結果、進化して強力な力を得た存在なのだろう。

 

 俺の《使い魔》であるリラン、《戦神龍ガグンラーズ》とステータスはあまり変わりがないのだろうし、もしステータスを調べる事が出来たなら、下手したらリランの方が下回っているかもしれない。

 

 

 だが、ここまで来たからには負けるわけにはいかないし、リランもスメラギの《使い魔》と戦って勝つ事を望んでいたようだし、皆も俺の勝利を信じて送り出してくれたのだ。

 

 ここで負けてしまってはここまで突き進んできた意味が消えてしまうし、皆に申し訳が立たない――それをしっかりと心の中に抱いた次の瞬間、白き妖狐とリランの突進がぶつかり合った。

 

 どぉんという轟音と共に強い地震のような揺れが起こり、腹の奥底目掛けて強い衝撃波が伝わる。スメラギの駆る白き妖狐は身体こそリランよりも細く、しなやかな体型となっているけれども、筋力は白化熱エネルギーを操って空を駆けるリランに劣らないものらしい。

 

 

「……!」

 

 

 俺は背中の辺りに冷や汗が噴き出てくるのを感じた。普通ならば楽しいボスモンスターとの戦いだと思うけれども、この白き妖狐はスメラギという《ビーストテイマー》の操る《使い魔》であり、どのボスモンスターよりも高い知性と行動力、処理能力を持っているモンスターだ。

 

 最早エリアボスに匹敵するくらいのステータスを持ち合わせておきながら、エリアボス達を超える処理能力や判断力、そしてスメラギという強力な《ビーストテイマー》を乗せて戦う白き妖狐。

 

 これまでその都度最強ではないかと思えるようなエリアボスと戦って来たけれども、この白き妖狐は間違いなくそれらを凌駕した、スヴァルトエリア最強の敵だろう。今更だが、とんでもない敵と出会ってしまったようだ――そう思った直後に、リランはバックステップしながら白化熱エネルギーを巨腕の武器から噴射し、白き妖狐との距離を取った。

 

 リランが着地し、動きが一旦止まったそこで、俺は声をかける。

 

 

「リラン、あいつの強さはどのくらいだ」

 

《やはり最強の《ビーストテイマー》なだけあるな、昨日相手にしたシャムロックの連中よりも、あのゼクシードの奴よりも遥かに強い。場合によっては我を上回る強さを持っている可能性さえある……だが》

 

「だが、なんだ」

 

 

 その時、頭の中に響いてくる《声》の声色が変わる。SAOの時からずっと聞き慣れている初老の女性のようなそれから、SAOに居た時は勿論、このALOに居る時はしょっちゅう聞いている少女のそれに。

 

 

《負ける気はしないし、怖くもないよ。あなたがこうしてわたしの傍で、一緒に戦ってくれてるから。だからわたし、大丈夫だよ》

 

 

 自分よりも強い敵モンスターが目の前にいるかもしれないのに、リランの声色には怯えも恐れもなければ、不安感も感じさせてこない。以前、自分の強さがエリアボスにほとんど力が通用しなくなった事を痛感するような戦いを経験したリランは、スメラギと戦う事を恐れていた。戦ったところで勝てないと思いこんで、震えてばかりいた。

 

 けれど、今のリランにはそんな様子は一切なく、何より俺に絶大な信頼を寄せてくれている。スメラギの《使い魔》は確かに強いのだろうけれども、リランと一緒に戦えば、きっと勝てるはずだ。そしてそれは、リランも同じ気持ち。それを改めて実感した俺は、自然と口角が上がるのを感じた。

 

 

「そうだな。俺も負ける気がしないし、何も怖くない。なんて言ったって、お前がすぐ傍に居てくれてるんだからな。一緒に戦って勝とうぜ、相棒(リラン)!」

 

《承知した! ……ッ!?》

 

 

 元に戻った声色によるリランの《声》の最後に差し掛かったところで、俺達を強い衝撃が襲ってきた。リランから前方へ視線を向け直せば、白き妖狐の姿がすぐ目の前にあったのだが、そこで俺は息を呑む。

 

 白き妖狐の尻元から生える狐の頭部を想わせる形状をしている独特な尾が全て伸びて、リランの身体に噛み付いていたのだ。それらは全て白き妖狐の尻尾であるはずなのだが、まるでそれぞれが独自に脳を持って白き妖狐から独立しているかのように振る舞って来ている。

 

 尾が噛み付いてきているというよりも、どこからともなく現れた蛇型モンスターが喰らい付いてきているようにも思えた。

 

 

「こいつの尾、こんな動きが出来るのか!?」

 

「尾だけではないぞッ」

 

 

 前方上空からいきなり声がして、ハッと顔を上げる。白き妖狐の持ち主であるスメラギが《使い魔》の背中から離れ、背中にウンディーネ特有の水色の翅を生やして飛んできている。その手にはそれなりに豪華な装飾が施された、そこら辺のモノより長く、鋭く煌めく太刀が握られており、スメラギはそれを思い切り振りかぶりながら飛んできているのだ。

 

 俺は咄嗟に剣を構えて防御体制を作ったが、スメラギがそんな動きをするとは予想できていなかった事が祟り、力の緩んだ防御体制となってしまった。そんなウエハースのように薄い盾みたいな防御は、スメラギの振るう太刀を受け止めは出来たものの、衝撃までも打ち消す事は出来ず、俺は後方に吹っ飛ばされてリランから強制的に引きずりおろされる。

 

 どすんという音と共に地に落ち、ごろごろと数回転がった後に止まる。手がびりびりとしていて上手く剣を握る事が出来ない。これまで様々なモンスターや剣士達の剣や攻撃を受け止めたりしてきたものだけれども、スメラギの振るってきた太刀は明らかにそれらを上回っているという事の証明だ。

 

 意外と拙い敵と戦っているのではないか――頭の中で思考しながら目を開け、咄嗟に上を見ると、またスメラギの姿があった。しかも今度は冗談構えとなっており、力を溜め込んで思い切り振り下ろそうとしているような姿勢となっている。まるで剣道で面を放とうとしているかのようだ。

 

 

「させるかってのッ!」

 

 

 間もなくしてスメラギの太刀は振り下ろされてきたが、俺は咄嗟に地面を転がる事でそれを回避。スメラギの太刀の先端が地面に突き刺さって動かなくなった刹那とも言える隙を突いて立ち上がり、一気にバックステップしてスメラギから距離を取った。

 

 背中に手を伸ばして鞘に仕舞われていたもう一本の剣を引き抜いて構え、ALO開始時からずっと使って来た二刀流の構えを作る。自身の《HPバー》に注目してみれば、まだ序の口ではあるものの、HPが減少しているのがわかった。スメラギが先程放ってきた一撃によって減らされてしまったらしい。

 

 先程は上手くいかなかったけれど防御自体はしていた。にもかかわらず、HPがしっかりと減らされているという事は、スメラギの攻撃力というものがかなり高い数値となっているという事を意味している。それだけではない、スメラギは白き妖狐の背中から咄嗟に飛び立って俺に攻撃を仕掛けて来たから、敏捷性だって高いのだろう。

 

 このゲームにはレベルのないドスキル制であり、プレイヤーの数だけスキルや数値の伸ばし方が存在している。攻撃力や筋力を高めたり、逆に魔力を高めたり、敏捷性や防御力を高めたりするという極振りも出来るけれど、スメラギはその中でとてもバランスの整った伸ばし方やスキル構成をしているのだろう。

 

 考えながら身構えると、俺をしっかりと視界に捉えて太刀を構えるスメラギと目が合った。

 

 シャムロック最強と謳われるスメラギの顔はとても落ち着いており、目には静かだけれどもはっきりとした強さを感じさせる光が瞬いていて、全身が落ち着きに満ちているかのような雰囲気さえ感じさせる。

 

 構え方は一応刀を使うクラインのそれと似通っているのだけれども、クラインの構え方よりも遥かに荘厳に見える。刀一本だけで戦い続け、それだけを高め続けた武術の達人のようだ。

 

 スメラギは最強の《ビーストテイマー》とされ、その話が嘘ではない事を証明するように他の《ビーストテイマー》を次々と返り討ちにしている。その事から、スメラギの《使い魔》は桁外れに強いとばかり言われるのだけれど、それ以上にスメラギ自身も強いのだ。

 

 この前デュエルしたゼクシードのように《使い魔》の強さだけを頼る事無く、スメラギは自身の強化や鍛錬も怠らなかった。《使い魔》と共に並大抵ではない数のモンスターやプレイヤー達と戦い続け、自身も武器を振るい続け、心身共に強くなり続けた。だからこそ、スメラギはユージーン将軍さえ打ち破るほどの実力者となり、シャムロックの最精鋭となり、セブンの右腕となったのだろう。

 

 まさしく模範的な《ビーストテイマー》と言えるのが、あのスメラギなのだ。

 

 あのようなスメラギとデュエルする以上、戦い方を間違えれば俺でも簡単にやられてしまう事だろうし、一瞬の気の緩みさえも許されないだろう。しかし、そうであったとしても、俺は全くと言っていいほど不安を感じておらず、寧ろ高ぶりのようなものが胸の中に突き上げてくる事だけを感じていた。

 

 それはスメラギ本人にも伝わったらしく、スメラギは地を蹴り上げて駆け出し、一気に俺との距離を詰めてきた。呼応するかのように俺もまた地を蹴りつつ、スメラギに急接近。タイミングを合せるように両手の剣を振りかぶると、スメラギは下段構えになって下から太刀を振るってきた。

 

 二本の剣と一本の太刀が互いのすぐ目の前で衝突し合い、鋭い金属音と共にオレンジ色の火花が散って両者の顔が照らされる。まるでSAOの時のデュエルのように鍔迫(つばぜ)り合いとなったそこで、俺は口を開いた。

 

 

「やっぱあんた、すごく強いな。プレイヤー達の間で噂になるのもわかる気がする」

 

「貴様、手を抜いているのか。貴様の強さはこの程度ではないだろう。それとも貴様は、ずっと《使い魔》に頼って来て、自身は強くないとでもいうのか」

 

 

 なるほどなと思った。

 

 どうしてあんなにも強い《使い魔》を連れていながら自ら降り、俺を叩き落としてきたのか。スメラギは俺自身の強さそのものを知り、俺そのものと戦うために、俺をリランから引きずりおろして戦っているのだ。

 

 今までスメラギは数多くの《ビーストテイマー》と戦って来たという話だが、その者達の中にはスメラギが言うような《使い魔》だけが強くて、プレイヤー自身はそうでもないみたいなのが沢山いたのだろう。

 

 強い《使い魔》を使っていると聞いて戦ってみれば、《使い魔》は本当に強いがプレイヤー自身は弱くて話にならない。どんなに《使い魔》が強かろうが飼い主が弱いので、飼い主を倒して強い《使い魔》も瞬殺という単純で拍子抜けなデュエル。

 

 そんな経験もしてきているのが、スメラギのその口ぶりから理解できた。

 

 

「俺はそんなんじゃない。あんたの期待に応えられるプレイヤーだって自負してるよ。これでもシャムロック(あんたたち)に追いついてるんだからな」

 

「ふん、俺達のライバルというのは伊達ではないという事か」

 

「そういう事だ、よッ!!」

 

 

 力を抜きつつステップして左方向に回り込むと、鍔迫り合いから解放されたスメラギの太刀が飛んできたが、更にステップする事で回避する。その後すぐに、スメラギは思い切り太刀の柄を握り締め、豪快な回転斬りを放つ事で俺を追跡してきたが、俺はそれをバク転して後方に下がる事で回避しきった。

 

 とても現実では出来っこないけれども、VRMMOというステータスさえあればどんな動きも出来てしまう世界だからこそ実現できた動きを終えた俺は、咄嗟に自身の《使い魔》の方へ向き直る。

 

 

 先程まで俺が跨っていた白金色の鎧を纏う狼龍は、白と青の毛並みに全身を包み、蛇のように独立した動きをする九本の尾を生やす妖狐と、俺を降ろしてしまった後も引き続き戦闘を繰り広げていた。

 

 しかし、その場所は地上ではなく空中であり、岩塊平野ニーズベルクに広がる灰色の空に狼龍リランは白化熱エネルギーを巨腕武器から噴射する事で飛んでいたのだが、対峙する妖狐は足に蒼黒い炎を纏わせるだけで後は何も使わず、宙に浮いて走っている。

 

 他のモンスター達のように翼を得ずに空を飛ぶ事が出来るうえに、宙を走るように移動する事が出来るという、最早空と地上の差が存在していないというのが、あの白き妖狐の能力なのだ。

 

 翼こそはないものの、巨椀からの白化熱エネルギーの噴出によって空を飛んでいるリランも、空と地上の差が存在しない白き妖狐には手を焼いているようで、ふわりふわりと迫ってくる白き妖狐の繰り出す攻撃に翻弄されているような動きを見せている。

 

 

「リランッ……!!」

 

《我ならば大丈夫だ、こちらの方は任せよ。その代わり、お前にそいつは任せた!》

 

 

 視線を向けなくても俺の言っている事がわかったのだろう、頭の中にリランの《声》が響いてきたが、直後に対峙する白き妖狐の尾が一斉に口を開き、その口内から炎を迸らせた。一般的な炎というものからイメージされるそれの色とは真逆の、青と紫、黒色で構成された炎――鬼火や狐火とも言えそうな炎を弾丸にして、白き妖狐の尾は連続発射する。

 

 そのような攻撃を仕掛けてくる事は予想できていたのだろう、リランは武器からの白化熱の出力を弱めたり強めたりする事で速度を変え、曲芸飛行をする戦闘機のように狐火弾を回避していき、全弾避けきったタイミングでお返しと言わんばかりに口内から白化熱のビームブレスを照射した。

 

 しかし、リランよりも知能が劣っているとはいえ、損な攻撃も予想のうちだったのだろう、白き妖狐も空中で軽快なステップを繰り広げ、避けてみせる。それからすぐに白き妖狐はビームブレスの照射のために動きを止めていたリランに尻尾の先を向け、先程よりも巨大な狐火弾を九回連続で放つ。

 

 青と黒と紫で構成された炎の弾丸がまっすぐ飛んでくると、リランは避けずに咢を開いて口内で白化熱を瞬間凝縮、白き妖狐の尾と同様に白化熱弾を迸らせた。狐火と白化熱の弾は互いに吸い込まれ合うかのように衝突し、大爆発。

 

 白と黒と青と紫の四色で構成された爆炎が巻き起こり、二匹の姿を隠してしまうが、すぐさまリランも白き妖狐も爆炎を切り裂くように飛び出して、突進やブレスなどの攻撃を繰り出しあうようになる。

 

 最早俺とスメラギの戦うこの決戦場の空はリランと白き妖狐の決闘の舞台。とても人間が入り込んでいけそうな場所ではなくなっていた。

 

 白き狼龍と白き妖狐。同じような毛並みを持ち、現実に存在している動物をモチーフとしたモンスター同士の戦い。怪獣映画もバトルアニメも真っ青になるようなその戦闘光景に思わず釘付けになっていたその時、前方から聞こえてきた大きな音でハッと我に返る。

 

 決闘相手である水色の髪の毛の刀士スメラギが、再び俺の元へと駆け付けて太刀を振るって来ていたのだ。

 

 

「余所見をするなッ!」

 

「してねぇよッ!」

 

 

 真っ直ぐ上段から振り下ろされてきたスメラギの太刀を、剣道の足の運びを思い出しながら側面ステップで回避すると、すぐさま刃が空気を切り裂く音が聞こえてきた。上段を避けられたスメラギはすぐに姿勢を戻して太刀を横方向に振っているのだ。繰り出されて当然の追撃が来ている事を察した俺は、咄嗟に剣を胸の前に持ってきて、柄同士を繋ぎ合せる。

 

 かちゃりというロック音をしっかりと聞き取った直後に身体を捻って振り向きながら、両刃剣(ダブルセイバー)となった剣を振るうと、上側の刃が丁度スメラギの太刀と衝突し合い、金属音と火花のエフェクトが散った。その際にはすぐそこにスメラギの顔が来ており、その表情は少し驚いたものとなっていた。

 

 

「貴様、合体機構を使っていたのか……!」

 

「あぁ、使えそうなものは何でも、いつでも使えるようにしておくべきって習わされた事があったからな。ALOで実装された機能をガンガン使っておいてよかったよッ!」

 

 

 言い放ちながらスメラギの太刀を押し返し、薙刀や槍の要領で両刃剣を振り回すと、スメラギの腹付近に刃が命中し、確かな手応えを返ってきた。連続ステップで後退し、俺との距離を開けたスメラギがぐぅと言いつつ歯を食い縛っている。《HPバー》をよく見てみれば、それなりにHPが減っているのが見えた。

 

 SAOの時こそは俺だけの所有物みたいなものだったけれど、《二刀流》使いが一般的となったALOに、剣の合体機構やカスタマイズによる変形機構がアップデートで追加されたのは結構前の話だが、俺がリズベットの元で合体機構を付けたのは本当にごく最近だ。

 

 アップデートがされて剣の合体や変形が実装された後も、俺は自分の剣にそんなものは必要ないものとばかり思っていたけれども、合体された剣にあるものを思い浮かべて、ある動作をイメージしてからは、それが実現できるのではないかと思って仕方が無くなり、リズベットに頼む事となったのだ。

 

 しかもそれの実現には柄を長くして中間に関節を付ける必要があった事から、それも頼む事になったのだが、そんなへんてこな改造をする者なんていなかったのだろう、その時にはリズベットにものすごく変な顔をされた。

 

 けれども、彼女はしっかりとカスタマイズを行い、俺の剣の柄を長くして中間に関節を付けたのだった。それ以来俺の背中に担がれている二本の剣はどちらも柄が長く、中折れする奇妙な二本となり、仲間からそれなりに注目されるものとなったのだった。

 

 そんな二本を合体させた両刃剣を構える俺に、スメラギはすんと鼻を鳴らす。

 

 

「随分と柄の長い剣を使っているなと思ってはいたが……飾りではなかったという事か」

 

「そういう事だよ。意外だったか」

 

「意外ではあったな。だが、これでよくわかった。お前は本当に面白いプレイヤーだ、キリト。お前がそれほどの相手だからこそ、戦う甲斐があるというものだ!」

 

 

 先程まで聞いていた声色とは若干違う声で言ったスメラギの顔を見た瞬間、俺はハッとする。デュエルを開始した時から、スメラギはまるで自分のやるべき事を忠実にやっているかのような、荘厳な雰囲気を崩さない姿勢を見せていた。それこそまるで、リランとユピテルの父親であり、あのSAOの世界の創造者であった茅場晶彦が使っていたアバターのヒースクリフのようなもの。

 

 しかし、今のスメラギの顔に浮かんでいるのは、今この瞬間を、繰り広げられているデュエルを純粋に楽しんでいるプレイヤーが浮かべる笑みそのものだ。いくら武術の達人のようにも思える雰囲気を放つスメラギであろうとも俺と同じプレイヤーであり、俺と同じようにデュエルを楽しむ事の出来る人間なのだ。

 

 そして俺は、自身もスメラギも楽しいと思えるようなデュエルを繰り広げる事が出来ている。俺の強さはスメラギに追いついており、スメラギの手に余らないくらいのそれなのだ。その事が嬉しく感じられ、俺はより一層胸の中の高ぶりが強くなったのを感じた。

 

 

「俺もあんたみたいな強者と戦えて嬉しいよ。こんな楽しいデュエルは、久しぶりだッ!!」

 

 

 咆哮するように言ってから地面を蹴り上げ、疾走してスメラギとの距離を詰める。これだけの速度で走り出すと大概のプレイヤーはびっくりしてしまうのだが、スメラギは一切動じずに太刀を構え、その刀身に赤い光を纏わせて振り下ろす。

 

 発動タイミングを間違えたかのように思える動作の刹那、スメラギの太刀が纏っていた光は巨大な三日月のような形状の真空波となって、風も大気も切り裂きながら俺の元へと飛んできた。

 

 刀に力を込めて振り下ろし、前方へ巨大な真空波を放つ、遠距離攻撃型刀ソードスキル《残月》。

 

 近付いて斬りまくる方が楽しいという理由で同じ刀使いのクラインは使わないソードスキルなのだが、刀という武器を隅々まで理解しているかのようなそぶりさえ見せるスメラギは使って来ている。

 

 これだけでもクラインとスメラギには差があると言えるだろう――その事を実感しながら、俺は地面をより強く蹴り上げて宙返りしつつ上空へジャンプ。飛んできた真空波をすれすれで回避しきると、着地と同時に一気にスメラギの元へ駆け付ける。

 

 薙刀状になった剣で斬りかかると、スメラギはソードスキル発動後の硬直から解放されて、瞬間的な動作で太刀を振り払って来た。もう一度刃同士がぶつかり合い、鋭い金属音と共に火花が散るが、鍔迫り合いにならないように俺は咄嗟にバックステップをして距離を置く。その瞬間に剣の合体を解除して二刀流に戻すと、しっかりと二本の剣を握り締めて着地し、思い切り足に力を込めて前方へ飛び出す。

 

 再度飛び込んでくるのは予想できなかったのだろう、スメラギの動きに驚きが見えたそこで両手の剣に光を纏わせ、渾身の突きをスメラギへ繰り出した。SAOの時より存在している、突属性二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》が炸裂すると、確かな手応えと共にスメラギが後方へ吹っ飛んだ。

 

 しかし、流石ユージーン将軍に勝利するくらいの実力者スメラギ、咄嗟に空中で身を(ひるがえ)して着地してみせた。目を凝らして見てみれば、スメラギのHPは既に黄色になる直前まで減っている。

 

 どうやら今の一撃がかなり効いたらしく、スメラギが俺では勝てない相手ではない事、俺自身もしっかりと強くなっている事を実感できた。

 

 

「まさかここまで二刀流というものを使いこなしているとは……」

 

「あんたは刀でずっと戦っているみたいだけど、それは俺も同じだ。俺もずっと二刀流で戦い続けてるもんだから、これ自体が身体に染みついてるような感じなんだよ」

 

「ふんッ、余程人生をゲームというものに捧げているらしいな。差し詰め、廃人ゲーマーと言ったところか」

 

 

 俺達はSAOという世界に閉じ込められ、そのまま二年間も過ごす事になって、更にそこで強くならなければならなかった。そうでもしなければSAOから出る事など出来なかったのだから。その時に付けた力なんかは何も知らない人々の目には、廃人ゲーマーが手に入れるようなもののように見えるのだろう。

 

 廃人ゲーマーなんていうのは本来蔑称(べっしょう)だが、今の俺からすれば最高の褒め言葉だった。

 

 

「そうならなきゃどうにもならないような状況に何度も置かれたんだよ。廃人ゲーマーの力、とくと思い知れって事だ!」

 

 

 挑発するように言って駆け出したその時、スメラギの口角がほんの少しだけ上がった。やはりこいつは俺とのデュエルを楽しんでいる。シャムロックの最精鋭としてでも、誇り高き最強の《ビーストテイマー》としてでもなく、スメラギという一人のプレイヤーとして、俺との戦いに心を躍らせているのだ。

 

 なんて楽しいデュエルで、なんて面白い対戦相手(プレイヤー)なのだろうか。互いにそう思いながら、俺達はデュエルしているのだ。これほど楽しい戦いはいつ以来だっただろう。その時の事を思い出しつつ、今のデュエルに喜びを感じた次の瞬間、突然近くで何かが連続的に爆発した。幸いその爆熱に晒される事は回避されたものの、轟音と共に巻き上げられた土煙で周囲が見えなくなる。

 

 しかし、土煙に混ざって蒼黒い火花のようなものが見えたので、すぐさまスメラギの《使い魔》である白き妖狐が放ってきた狐火弾によるものだとわかった。土煙が晴れた時に後方へ向き直ってみれば、俺の推測の裏付けをするかのように白き妖狐が空から猛スピードで走って来ているのが確認出来た。

 

 

「あいつ……!!」

 

 

 翼で羽ばたく必要のない白き妖狐は瞬く間に広がる平原の中へと降り、全ての足が纏う狐火で草を焼き払うと、そのまま凄まじい速度で俺の元へ駆け出した。あまりに突然の事に驚きながらも、俺は咄嗟に左方向に飛び込んで白き妖狐の突進攻撃を回避。

 

 白き妖狐は止まらずに走り続け、やがて主人であるスメラギの元にまで行ってしまったが、まるで通りかかったものに捕まるかのようにしてスメラギは白き妖狐の身体を掴み、そのまま駆けあがって項周辺に跨ってみせ、白き妖狐と共に空へと戻っていく。

 

 そうだ、スメラギとの戦いに集中するあまり忘れそうになってしまうけれども、スメラギは《ビーストテイマー》であり、白き妖狐という味方にすれば頼もしい限りの《使い魔》を連れている。

 

 スメラギとのデュエルはスメラギ一人とのそれではなく、スメラギの《使い魔》である白き妖狐との戦いでもあるのだ。だが、このデュエルが楽しいものであるという事は何も変わる事はない。その事を改めて思っていると、頭の中に《声》が響いてきた。

 

 

《キリトッ!!》

 

「リランッ!!」

 

 

 もう一度後方の空へ振り向いてみれば、まるで白き彗星のようにこちらへ向かって来て理う狼龍の姿。俺がスメラギと戦っている間に白き妖狐を俺達から離し、凄まじい空中戦を繰り広げていた俺の相棒であるリラン。

 

 俺とスメラギは戦っている。だが、俺もスメラギも一人で戦っているのではない。大いなる力を持つ、信頼する相棒である《使い魔》と共に、この戦いに臨んでいるのだ。

 

 自分自身と《使い魔》の全ての力をぶつけて、勝利を掴みとる競争。それこそがこのデュエルの本質なのだろう。だからこそ、こんなにも血沸き肉躍るのだ。

 

 その事をしっかりと噛みしめると、俺は咄嗟にジャンプし、身体をふわりと高いところに置かせた。それから一秒足らずで俺の真下を相棒が通過。俺は通り過ぎていく瞬間にその項部分に跨る事に成功して、人竜一体を果たす。

 

 俺の搭乗を確認したリランは巨腕の武器、その噴出口から勢いよく白化熱を噴出して加速。ジェット機にも劣らないほどの速度で上空へ戻り、走り去っていった白き妖狐の元へ追いついていった。

 

 


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