キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:ExciteDuel ―最強刀士との戦い―

 俺を乗せた狼龍は一気に加速して、白き妖狐の元へ追いついていく。白金の狼龍の接近を感知した白き妖狐は先程の俺のように空を蹴って宙返りをし、リランの追跡を振り切りつつ俺達の上空へ舞い上がる。

 

 その一秒にも満たないくらいの時間で、白き妖狐は全ての尾の口を開かせて狐火弾を連続発射。眼下の俺達目掛けて狐火の雨を降らせてきた。が、こんな攻撃を喰らうリランではなく、最初の一発の発射音が聞こえたのと同時に白化熱を勢いよく噴射、スピードを上げて白き妖狐の射線から脱する。

 

 

「逃がさないぞッ!!」

 

「!?」

 

 

 スメラギの言葉が耳元に届いて来ると同時にリランがくいっと方向転換をして、近くで爆発音が鳴り響いた。その後もリランは飛び続けたのだが、真っ直ぐに飛ばずにジグザグに動き回るように飛び、リランが方向を変える度に耳に爆発音が飛んでくるというのが繰り返されたが、俺はその中で思わず息を呑んだ。

 

 

(マジかよ……!!)

 

 

 白き妖狐の速度もかなりのものだけれども、それでもリランの出力の方が上回っているから、白き妖狐が凄まじい速度で飛び回るリランに遠距離攻撃を当てるのは困難だ。

 

 だからこそ、スメラギと白き妖狐はリランが飛び回る先を読んで遠距離攻撃を飛ばすという《偏差射撃》を行っているのだ。そのまま当てるのが困難な相手の移動先を読み、そこに攻撃を撃ち込む事で結果的に攻撃を当てるという、FPSやTPSなどで使われる戦法で、俺達を狙い撃とうとしている。

 

 きっとこのALOという世界で強くなっていくうちに身につけた戦法なんだろうけれども、まさかここでそんな事をしてくるとは思ってもみなかった。

 

 

《あいつめ、シューティングゲームの心得を持っておるのか!?》

 

「けど、お前の速度の方が勝ってる! 方向転換しつつブレス攻撃をお見舞いしてやれ!」

 

 

 リランの身体にしがみ付きながら指示を下すと、リランは白化熱を噴出して一気に方向転換し、白き妖狐と目線を合わせたのと同時に咢を開き、口内より白化熱の弾丸を何発も放つ。

 

 白き妖狐の狐火弾もかなりの早さを持つ代物だが、リランの放つ白化熱弾は発射と同時に着弾するくらいの弾速となっているものだ。どんなに白き妖狐が早かろうとも当たるはず――そう心の中で唱えたのと同時にリランのものではない発射音が聞こえてきて、白き妖狐とリランの間で大爆発が起きた。

 

 爆炎で視界が塞がれた事によりリランの動きが止まり、その場でホバリングを開始する。リランの放つ白化熱弾は全ての色が飛ぶくらいの熱量を持っているからこそ白いのであって、それが起こした爆発は必然的に白一色となる。

 

 だが、俺達の目の前に広がっている爆炎は白と黒と青と紫という、まるで白き妖狐の放つ狐火が混ざり合ったような色となっているという、リランの放った白化熱以外の攻撃が炸裂したのが確実にわかるようになっていた。それにブレスを放った張本人であるリランもまた、手応えを感じていないような様子を見せている。

 

 あんな至近距離且つ超高速の白化熱弾をぶつけたはずなのに、回避されてしまったというのか――そう思いつつ爆炎が晴れるのを待っていたその時、突然巻き上がる爆炎を切り裂いて何かが飛び出してきて、そのまま俺達目掛けて突進してきた。

 

 それは勿論、俺達が今戦っている相手であるスメラギを項に跨らせた白き妖狐――なのだが、その項に跨っているはずのスメラギの姿に俺は言葉を失う。

 

 スメラギは白き妖狐の項の上で立ち上がっており、両手で持っているはずの太刀を右手一つで持ち、前方を薙ぎ払おうとしているかのような構えを取っている。そしてそのスメラギの右手前方には、スメラギと同じ構え方で刀を持っている、青い光で構成された巨大な右手が出現しているのだ。

 

 

 魔法を発動させようとしているようにも、ソードスキルを発動させようとしているようにも思えないようなスメラギの独特の構え、そしてその右手付近に出現している巨大な右腕に思わず釘付けになってしまったその時、スメラギと白き妖狐は俺達の元に到達。

 

 好機と言わんばかりの顔付きで、スメラギが太刀を思い切り左方向へと薙ぎ払うと、その右手前方に出現していた青光の巨椀も連動するかのように薙ぎ払い、その巨腕の持つ青き光の刀が俺諸共リランを一閃した。

 

 

「ぐあああああッ!!」

 

《ぐおあああああッ!!》

 

 

 痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)によって痛みは感じないけれども、それに近しい不快感が胸から腹にかけて走り、俺を乗せたリランが凄まじい突風に吹き飛ばされてしまったかのように上空へ吹っ飛ばされた。

 

 ミサイル攻撃を被弾してしまった戦闘機のようにぐるぐると空中を飛び回り、世界がかなりの速度で回転しまくり、地面に引っ張られていくような感覚が全身を包み込む。

 

 まさかこのまま墜落するのか。墜落してしまうというのか。そんな考えと墜落のイメージが頭の中に湧いて出て来たその時に、リランの巨腕の武器から噴出音が聞こえ、再び空に戻る感覚が訪れると同時に世界の回転が止まる。

 

 リランが体勢を持ち直してくれたという事を理解したその時には、リランは一旦空中に留まってホバリングを開始した。若干ゆらつくその中で前方を確認してみれば、同じように動きを止めてこちらを睨んでいる白き妖狐とスメラギの姿を認められた。

 

 同刻、ステータスバーに表示されている俺とリランの《HPバー》を見てみれば、その残量はいつの間にかごっそり減っており、既に赤になる直前くらいの量となっていた。それが今のスメラギの攻撃によるものであるというのに気づくのには、一切時間を要する事はなかった。

 

 

「な、なんなんだよ今のは……見た事無い技だったぞ……!?」

 

「見た事が無くて当然だ。今のは俺のオリジナルソードスキルだからな」

 

「オリジナルソードスキルだと……!?」

 

 

 このALOは北欧神話を題材としているが、その北欧神話の原典の中にはテュールという軍神が存在する。テュールは元々天空神とされていたが、後に軍神となり、フェンリルとの戦いで左手を失う事となってしまったが、それでも右手一本で戦い続け、立ち向かってくる者達を根こそぎ倒して見せた。

 

 その事から、テュールは隻腕の軍神として恐れられていると、スメラギは言った。

 

 

「そんな隻腕の軍神テュールの生きざまを、俺はOSSに昇華させたのだ。本来両手持ちの刀を片手で扱う事により、片手剣の特性と両手剣の火力を組み合わせたソードスキルを発動する……それが俺のOSS、《テュールの隻腕》なのだ」

 

「なるほどね、それが今の技だったわけか。というか、あんたはどれだけ強いんだよ。《使い魔》と言いOSSと言い……!」

 

「これが俺の全力だ。もう俺は隠している物は何もない」

 

 

 普段からとてつもなく強い《使い魔》を使っているというのに、戦闘スキルも高いのに、まさかOSSまで使えてしまうだなんて。スメラギは強者だと聞いていたし、この戦いでもその事を実感していたけれども、まさかここまでの強者であるとは思ってもみなかった。いや、これだけの実力と技と経験を踏まえ、尚且つ《使い魔》までしっかりと使いこなしているからこそ、スメラギはこのALOで名を馳せてるのだ。

 

 

「……!」

 

 

 そんなスメラギの放った《テュールの隻腕》だが、あれは紛れもなくスメラギの中で最も火力の高い技であり、基本的に防御するという選択肢の存在しないそれだろう。そして今の俺のHPであいつのあれを喰らえば、その時こそ決着がつく。俺の敗北が決定するだろう。

 

 スメラギのHPバーを見てみれば、色自体は黄色になっているものの、俺のHPよりもかなり多く残っている。先程までは五分五分のような戦いだったけれども、ここまで来て俺の方が負けてきてしまっていた。だが、あれほどの量ならば高火力をぶつければ削り切る事が出来るだろう。スメラギもまた、俺からの高火力攻撃を受ければその時点で負けが確定する状態なのだ。

 

 しかし、そんなスメラギを乗せている白き妖狐のHPはまだかなり残っており、いざとなればスメラギを守って戦うだろう。対する俺のリランはというと、先程スメラギの放った《テュールの隻腕》をまともに喰らってしまったせいで、かなりHPを減らしてしまっており、俺と同じくらいのHPしか残っていない。

 

 スメラギと白き妖狐を倒すには白き妖狐に構わずスメラギに止めを刺すのが一番の近道だろうが、スメラギを白き妖狐が守らないわけがない。もし白き妖狐がスメラギを守る体制となってしまったら、最早勝ち目がないだろう。

 

 どうすればこの状況を打破できるというのだろうか。せめてスメラギと白き妖狐の動きを止める事さえ出来れば、ほんの少しの間だけでも止める事が出来れば、この戦いに勝てるはずなのに。そう思って歯を食い縛ったその時、異様な音が聞こえてきているのがわかり、俺は咄嗟に下の方に目を向ける。

 

 リランが息切れを起こしているかのように、忙しなく呼吸を繰り返していた。

 

 

「リラン!?」

 

《はっ、はぁっ、だっ、大丈夫だ。軽い息切れだ、すぐに復帰できる》

 

「お前、まさかここまで来て……!?」

 

《仕方があるまい。あいつの攻撃はかなり苛烈だ。あれを相手にするのにスタミナを使うななんて無理な相談だぞ……》

 

 

 進化してから忘れていたけれども、リラン達《使い魔》にもスタミナという概念が存在しており、飛行や攻撃、ブレスなどで消費されていき、尽きてしまうと息切れ状態となってしまって動けなくなる。

 

 今のリランはそんな簡単にはスタミナ切れを起こさない傾向にあるのだけれども、あの白き妖狐は今のリランさえも息切れさせかけるくらいの強さと厄介さを持っている《使い魔》なのだろう。もしこのままリランを動き続けさせていたら重度の息切れ状態を起こさせてしまい、そのままやられていた事だろう。

 

 改めて、俺達は途轍もない相手に挑んでしまっている事を自覚する。

 

 

(……待てよ?)

 

 

 《使い魔》のスタミナという概念。これは《使い魔》全てに搭載されている概念であり、このスタミナというものから逃げられている《使い魔》など存在しない。無尽蔵のスタミナを持って暴れ回る《使い魔》などバランスブレイカーそのものだからだ。だからこそ、どんな《使い魔》にもスタミナはある。

 

 ならば、あの白き妖狐はどうなのだろうか。リランはこうして白き妖狐と戦闘を繰り広げる中でスタミナを切らしてしまっているわけなのだが、それはきっと白き妖狐も同じであり、リランを相手に戦い続けて相当スタミナを消費してしまっているはず。

 

 いや、考えてみればあの白き妖狐は空を忙しなく飛び回り、狐火弾を飛ばし続けるような戦いをしていて、ほとんど止まる事無く動き続けている。それだけじゃない。あの白き妖狐は尾を九つも持っていて、これら全てが自立した動きをするようになっているから、常時止まらずに動き続けているに等しい。

 

 待機状態となっても動き続けるから、スタミナが回復していく速度もかなり遅いはずだし、一度息切れを起こそうものならば……。

 

 頭の中で考えをまとめた俺は、そっとリランの耳元に近付き、囁くように言った。

 

 

「リラン……あいつにあれを発動させろ。そしたらあいつは――」

 

《……そんな事をするのか。それで勝てるのか》

 

「あぁ、俺を信じてくれ。お前には辛い思いをさせるけど……これしかないんだ」

 

《ここは死んでもいいようなヌル過ぎるゲームだ。そんなものは大した事がない》

 

「そうか。それじゃ、いけッ!!」

 

 

 リランが頷いた瞬間、とどめを刺さんと言わんばかりに白き妖狐が一斉に尾の口を開き、狐火弾を連射してきた。九つの狐の頭が連続して狐火弾を飛ばす事で、白き妖狐を中心として弾幕が形成される。スタミナをある程度回復させたリランはその弾幕の中を飛び回り、やがて更に出力と速度を上げつつ、全身に白化熱を纏って飛行。

 

 空を切り裂き飛翔する白き彗星のようになったところで一気にカーブして、行先を白き妖狐とスメラギに定めて飛翔していく。直後、俺達に狙いを定めた白き妖狐は尾の頭から狐火弾ではなく狐火そのもの――狐火の火炎放射を照射してきた。

 

 九つの尾から照射される青、黒、紫で構成された狐火は極太のレーザービームと同様の出力を持って、リランの纏う白化熱に激突する。白、青、黒、紫の熱がぶつかり合う鍔迫り合い状態となり、音速に等しいそれとなっていたリランの速度は一気に減速され、黄色となっていたHPが赤になり、見る見るうちに減っていく。

 

 それでも俺は、リランにやめろという指示は出さない。指示を受けないリランは突進するのをやめず、武器から勢いよく白化熱を噴出して白き妖狐の放つ狐火に逆らい続ける。前を見ようにも熱風と光が激しく流れ込んでくるせいで、何も見えない状態だった。

 

 そんな鍔迫り合いが二秒ほど続いたその時、ついにリランが白き妖狐の狐火の出力に勝り、徐々に前へ前へと進み始め、やがて白き妖狐の狐火の流れを切り裂いた。堰き止める者を取り払われたリランは速度を取り戻し、白き妖狐の元へ、スメラギの元へ向かおうとした――

 

 

「……!」

 

 

 ――その一瞬で、俺達の目の前に巨大な刀を持った蒼き光の巨腕が突然出現し、迫り来た。世界がスローモーションとなり、咄嗟に俺はスメラギの方を見てみる。スメラギは白き妖狐の項で立ち上がり、右手で太刀を持って薙ぎ払う姿勢を取っている。その構えは紛れもなく、スメラギのOSSである《テュールの隻腕》の動作そのものだった。

 

 

(……!!)

 

 

 スメラギは読んでいたのだ。いや、知っていたのだ。リランの最強の攻撃が突進攻撃である事を。それを俺が繰り出してくる事を。

 

 当然だ、俺とリランはその最強の攻撃を皆の前で披露しているのだから。あの観客の中にスメラギが混ざっていたとしても何ら不思議ではないし、寧ろスメラギ程の人物ならば、その技を見た時から対処方法を考えるだろう。

 

 そしてスメラギは思い付いた。リランが突っ込んできた時にはタイミングを合わせて《テュールの隻腕》で叩き切るという戦術を。常人では到底できないような芸当だけれども、スメラギのプレイヤースキルならば可能なのだ。その戦術に、俺とリランはまんまとはまってしまった。

 

 身体を動かそうにも動けず、避ける事など出来やしない。リランと《テュールの隻腕》との距離が縮んでいく中で、俺は咄嗟に目を瞑り、心の中で叫ぶように言った。

 

 

(……シノンッ)

 

 

 

 次の瞬間、リランの身体に蒼き光の太刀が食い込んだ。刹那とも言える時間の中で、リランの身体は頭から両断されていき、やがて左足に到達した時に刃を引き抜かれた。一閃されたリランは白き妖狐とスメラギのはるか後方まで飛んでいき、白化熱発生器官を斬られてしまったのだろう、白き大爆発を起こした。

 

 そしてリランの項から離れる事の出来なかった俺は、右手の腕輪を額に当てながら、その爆発の中に呑み込まれた。

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

「終わった、か」

 

 

 飛翔してくる狼龍を自慢のOSSで断ち切り、後方で爆発音を聞いたスメラギは体勢を直し、呟くように言う。あの狼龍を叩き切った時、太刀を通じて確かな手応えが帰ってくるのを感じた。

 

 間違いなく、あの時の攻撃で《黒の龍剣士》キリトを、《使い魔》の狼竜諸共倒す事が出来ただろう。自分は勝利を掴みとる事に成功したのだ。

 

 スメラギは深い溜息を吐くと、共に戦ってくれた仲間である白狐(びゃっこ)の項をそっと撫でる。狼龍との戦いでスタミナを切らしてしまったのだろう、白狐はひどい息切れを起こして身動き一つとれないような状態に陥っていた。いつもよりも何倍もの狐火を放った九本の尾も、全て垂れ下がって息切れを起こしている。

 

 あのキリトと戦いは白狐にとっても熾烈なものだった事を、証明していた。

 

 

「……キリト、か」

 

 

 改めて思うと、凄まじい相手だった。

 

 キリトは自分よりも身体が小さく、年齢だって低いというのに、何年もこのVRMMOを続けて来たかのような、あるいはVRMMOという世界で生き続けて来たかのような凄みと雰囲気、そして実力を持っていた。これまで様々なプレイヤーと戦ってきて、その中でALO最強と称されていたユージーンとも戦ったけれども、あのキリトはそれらを遥かに超越していた。恐らくあれほどのプレイヤーはキリトの他に存在していないのだろう。

 

 だが、自分はそんなキリトにさえも勝った。あの()……セブンの計画を止めるべく奮闘していたキリトにも、勝利する事が出来たのだ。キリト達の攻略メンバーは先に向かってしまっているけれども、キリトとその《使い魔》を失ってしまえばどうという事はない。

 

 セブンの障害はこれですべて取り除かれた。あの娘の実験と計画は最終段階へ進み、人類の未来に大きく貢献するものとなるだろう。ついにあの娘はそれほどまでの領域に進む時を迎えたのだ。胸の中に喜びに似た感情が湧き出てきたのを感じたスメラギは、大きな溜息を吐いた。

 

 が、その時にある事に気付く。デュエルに勝利すれば、その時には自分が勝利した事がわかるファンファーレや演出が起こるのだが、それが来ない。デュエルの決着が付けばその瞬間に来るはずなのに、もうその瞬間を迎えているはずなのに。

 

 勝利宣告は、起こらない。

 

 

「……!?」

 

 

 まさか仕留め損ねたというのか。あの《黒の龍剣士》はまだ、やられていないというのか。確かに《使い魔》共々倒したはずなのに、まさか。妙な焦りに駆られたスメラギは咄嗟に振り向き、キリトの《使い魔》が爆発した位置に向き直って、言葉を失った。

 

 裏世界という通称を持つフィールドに広がる、灰色に近しい色合いの空の一点に、一人の少年の姿。黒色の短髪にコート状の黒い戦闘服。そしてその手には二本の柄の長い剣。他でもない、先程からずっと対戦し続けているキリトだった。

 

 

「キリトッ……!!?」

 

 

 確かにあの時倒したはずだ。あの時、狼龍諸共倒したはずだ。いや、まさかあの一瞬で《テュールの隻腕》を回避して見せたというのか。それまで浮かび上がってくる事のなかった戸惑いがスメラギの胸の中に満ち、冷や汗が流れる。戦いはまだ終わっていない。決着はまだついていなかったのだ――思ったスメラギは咄嗟にしゃがんで、身体の下の仲間に声をかける。

 

 

「おい、おいッ!!」

 

 

 仲間である白狐は答えず、息切れを起こしたまま身動き一つ取る事が出来ないでいるだけ。先程の攻撃で完全にスタミナを切らしてしまい、長い時間をかけなければ復帰する事が出来ないのだ。キリトが、まだ生きているというのに。

 

 

「あ……!!」

 

 

 まさか、それが狙いだったというのか。あのキリトは白狐のスタミナを削り切るためにあのような事をして、狼龍さえも戦闘不能に陥らせ、白狐を動けなくさせたというのか。全ては作戦通りだったというのか――咄嗟に空へ向き直ったその時に、スメラギは言葉を失う。

 

 キリトが()()()()()()()。二本の剣の柄を繋ぎ合せた上で、刀身がある程度後方を向くように折り曲げ、刀身の先端同士を魔法で構成された白く光る弦で繋ぐ事で出来上がっている弓を持ち、同じく魔法で構成されているであろう白色に光る矢を番えているのだ。

 

 剣と魔法で弓を作り、矢を引く。そのようなシステムはこのゲームの基盤には存在していないから、あれがキリトのオリジナルソードスキルであると把握するのには時間を要さなかった。

 

 そしてそのようなオリジナルソードスキルを発動させているキリトだが、その雰囲気は先程と打って変わっている。先程までは燃え盛る炎の力をその身に宿す狼の如し眼光で斬りかかって来ていたものだが、今の弓を番えるキリトの目は、氷の力をその身に纏う冷静な山猫のようにも感じられるものが混ざっているように思える。

 

 情熱と冷静、炎と氷、灼熱と零凍(れいとう)。相反するものをその身に宿しているというのが、今のキリトのように思えた。

 

 

「キリト、貴様……!!」

 

 

 キリトは何も言わずに弦を引き絞り続けている。恐らくあのソードスキルは長いため時間を要するものであり、すぐさま放つと威力が半減してしまうようになっているのだろう。そしてそう言ったものに共通している事と言えば、溜めている間は動く事が出来ないという事だ。

 

 今から飛び出してキリトの元へ駆け付け、最後の一撃を叩き込んでやれば、このデュエルは終わる。咄嗟に思い付いたスメラギは歯を食い縛り、太刀を握り締めて翅を生やし、白狐の項を蹴ってキリトの元へと飛び出した。

 

 それとほぼ同刻だったのだろう、キリトは引き絞った弦を離し、矢を放った。主の手より離れた白き光の矢は真っ直ぐにスメラギの元へと向かうが、それもスメラギは予想通りだった。放たれた矢はどんなに早かろうと真っ直ぐにしか飛ばない。だから放たれた瞬間に射線から外れれば当たらないのだ。

 

 その考えを現実のものとするべく、スメラギが咄嗟に左方向に避けようとしたその時だった。放たれた矢が突然白き炎に包み込まれ、燃え盛る矢となったのだ。そればかりではない、燃え盛る白き矢は瞬く間に大きくなって形を変えていき、やがて一つの形を作り上げる。

 

 それはキリトの《使い魔》の原型となった、狼だった。燃え盛る白き炎でその身体を構成した、頭部と胴体だけの手足のない狼が今、スメラギの元へと向かって来ている。

 

 

「な、んだ、と……」

 

 

 突如として現れた白き炎の狼は、頭の中が痺れてしまったようになったスメラギの胴体に容赦なく喰らい付き、そのまま飛翔を続けた。キリトの元へと向かっていたはずなのに、逆に離れていく光景が目の前に広がり、身体を熱さと痛みに似た不快感が襲い、どんどん地上に引っ張られていく。

 

 もう何が起きているのか全く理解できないような状況だったが、その中で唯一視認できる、眼前のただ一人の少年に向けて、スメラギは叫ぶ。

 

 

「キリト、貴様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 その声がキリトの耳に届いたその時に、スメラギは自身の身体に喰らい付く燃え盛る狼と共に地面へ落下。それとほぼ同じタイミングで白き炎の狼の身体が爆発して、巻き散らかされた白き爆炎がスメラギの四肢を包み込み――《HPバー》の中身を全て焼き尽くした。

 

 その直前に、《You Lose》という自身の敗北を告げるメッセージが見えたような気がした。

 




本作のキリトだけが持つ、OSSで勝利。
詳細はまた次回!

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