キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

248 / 564
ある事実が、発覚する。


09:闇中の女神

           □□□

 

 

 スメラギとの戦いに勝利したキリトはリランを連れ、先に《闇のユグドラシル》の最深部へ向かっている仲間達の元へ急いだ。

 

 これまでの攻略の中ではダンジョンを進めば進むほど、沢山の敵モンスターに道を塞がれたりしたものだが、シャムロックの者達と皆が狩り尽くしてしまったのか、キリトとリランが向かった時には一匹たりともモンスターと出会う事はなかった。

 

 そのような事になっていたおかげで、キリトとリランは短時間でどんどん最深部へと向かう事が出来、やがて最深部間近であろう部屋の中に辿り着き、その中で待機しているかのような様子を見せている仲間達と合流したのだった。

 

 しかし、その時の仲間達には若干の疲れが見えていた。自分とリランを心配しつつ先に進んだシノンに話を伺ってみれば、ここに自分とリランが辿り着く前には強力なボスが居て、それを皆で力を合わせてようやく倒したというのだ。

 

 ここは《闇のユグドラシル》の深部であり、ラスボスの一歩手前の部屋。自分達がスメラギと戦っている間に、皆がそのラスボスの前座とも言えるボスと戦う事となったというのは、数多くのRPGをプレイしてきているキリトはすぐさま理解する事が出来たのだが、そんなキリトが驚く事になったのは皆が戦ったボスの事だった。

 

 

「ハルピュイアが出てきたって……!?」

 

「そうよ。この部屋まで進んでみたら、ハルピュイアが居て……私達に襲い掛かって来たのよ」

 

 

 シノンの言葉にもう一度驚くキリト。

 

 ハルピュイアというのは、顔を仮面で隠し、鳥類の脚部に似た脚装備を着用して、巫女服にも似た衣装に身を包んだ、シルフに属するプレイヤーの名前の事だ。……それだけならば普通のプレイヤーと何も変わりがないのだが、ハルピュイアはこのスヴァルト・アールヴヘイムを攻略しているプレイヤーの元に突然現れて来ては、何の言葉も発する事無く突然デュエルを吹っ掛けるという異様なやり方をしているため、普通ではない。

 

 突然現れてデュエルを仕掛け、その合否を問わずに戦闘を仕掛ける。そんなハルピュイアの事をプレイヤー達は辻デュエリストと呼ぶようになり、キリトも以前そのハルピュイアの辻デュエルに巻き込まれ、皆と共に撃退する運びとなったのだった。

 

 そのハルピュイアの行う戦闘に巻き込まれた事のあるリランが、腕組みをしながら呟く。

 

 

「ハルピュイアはあの辻デュエリストではないか。アレがここで出て来たというのはどういう事なのだ」

 

「俺達にもよくわからない。けれど、この部屋に来た時にはハルピュイアが居て……デュエルの申請もせずに襲い掛かって来たんだ」

 

 

 ディアベルの返答の次にユウキがキリトの元へやってくる。その隣にはハルピュイアと同じシルフであるカイムもいた。

 

 

「しかも、あいつは前よりも強くなってたんだ。武器も短剣から刺剣(エストック)みたいなのに変わってて……」

 

「ぼく達全員で相手にしてギリギリ勝てるくらいだったよ。ぼく達はこんなに大人数で、あいつは一人だったのに」

 

 

 確かに、ハルピュイアはパーティを組んでいるプレイヤー達にたった一人でデュエルを吹っ掛けては、合否を問わずに戦闘を行うようなプレイの仕方をしているのだから、否応なしにプレイヤースキルを上げれるのだろう。

 

 けれども、シャムロックと比べて少人数ではあるが、スヴァルト・アールヴヘイムの攻略を進める者達の中では精鋭とも言える集団の自分達にたった一人で挑み、善戦をするくらいにまでなるとは、キリトも全く予想できていなかった。

 

 ハルピュイアと戦ったのはあの一度きりだったけれども、ハルピュイアは自分の見ていない間にどんどん強くなっていっていたのだろう。

 

 

「ハルピュイアがそこまでになってるなんて……それで、そいつはどうなったんだ」

 

「ある程度HPを減らしたら、扉を開けて進んで行ったよ。流石にわたし達だけじゃこの先は危ないかなって思って、休憩も兼ねてキリトとリランを待ってたんだ」

 

 

 フィリアからの話にキリトは納得する。そこまで強くなったハルピュイアとの戦いからすぐに立ち上がり、《闇のユグドラシル》の最深部へ進むのはいくらなんでも危険すぎる。シャムロックの者達に若干の遅れを取ったのだろうけれども、皆の判断は正しいものだったと言えるだろう。

 

 

(……けれど)

 

 

 気になるのはハルピュイアの行動だ。

 

 皆に戦闘を仕掛けて、撃退されるような形で逃走を図ったハルピュイアがこの先に進んでいったというのが皆から聞いた話だけれども、先程のスメラギの話を聞く限りでは、この先こそが《闇のユグドラシル》の最深部であり、シャムロックの幹部の者達がセブンと共に挑んでいるという事だった。

 

 皆の言っている事は嘘じゃないとは思うけれども、もし本当にハルピュイアがこの先に進んでいったというのであれば、ハルピュイアはシャムロックに戦闘を仕掛けに行ったという事になるのだが、そもそもハルピュイアは皆との戦いで傷付いているから、今シャムロックに挑んだところで、皆よりも早く返り討ちにされるだけで終わるだろう。

 

 いくら辻デュエルを仕掛けるハルピュイアと言えど、それをわかっていないわけがないから、余計にその行動の理由がわからなくなる。

 

 

「ハルピュイアはシャムロックのところに行ったのか。けれどあいつはシャムロックにもデュエルを仕掛けてたみたいだから、シャムロックのメンバーではないはず。一体何故だ……?」

 

「……キリト君」

 

 

 顎もとに手を添えて考え込もうとしたその時に聞こえてきた声に、キリトはハッとして向き直る。赤い髪の毛と金色の瞳が特徴的な少女、レインがそこにおり、その姿と顔を目の中に入れる事でキリトはある事を思い出した。

 

 そうだ、今はそんな事をやっている場合ではない。今はシャムロックの幹部とセブンが最深部へ向かっていて、尚且つラスボスに挑んでいる頃だ。そしてそのセブンの姉であるレインの願いは、このスヴァルト・アールヴヘイムのラスボスを一番乗りで倒し、セブンに自分が姉であるという事を伝えるという事だ。

 

 その願いを叶えるために自分達は今ここに居て、シャムロックに追いつこうとしている。それを頭の中ではっきりさせたキリトは、レインの姿をしっかりと自分の瞳の中に入れた。

 

 

「……待たせて悪かったな、レイン。この先にセブンとシャムロックの幹部達が向かってる。それで今、ラスボスを倒すべく戦闘をしているそうなんだ」

 

「この先に、セブンが……」

 

「そうだ。ハルピュイアがこの先に進んだってのも気になるけど、ひとまず先に進もう。それで君は伝えるんだろう、セブンに。自分が姉だって事を」

 

「……うん。わたしは早く教えたいの。セブンに本当の事を」

 

「なら、行こう」

 

 

 もう一度レインが頷いたのを見ると、キリトは何時(いつ)ぞやの号令の時のように皆に声をかけ、その返事を聞いたの皮切りにして部屋の奥にある、《闇のユグドラシル》の最深部へ続く扉へ向かった。

 

 

 扉の向こうに広がっていた回廊はとても大きく、リランが狼龍の姿となっても余裕があるくらいの広さと高さを持ち合わせていた。しかし、その内部構造は黒を基調とした石と鉄に似た質感の壁と床で構成され、その中に走る複雑な模様が青、水色、白の光を放つ事で照明の役割を果たしているという、まるで世界そのものが変わってしまったかのようなものとなっている。

 

 スヴァルト・アールヴヘイムのラスボスは《闇の神》なる存在とされているそうだが、確かにそのようなものが棲んでいるところに近付いて行っているという気を感じられた。そんながらりと変わった雰囲気に驚く皆の声を聞きながら、キリトは奥へ奥へと進み続け、やがてある存在の前で立ち止まった。

 

 

 無数の模様をその身に走らせた巨大な鉄扉。まるでSAOの攻略時の最終局面、紅玉宮へ向かう際に立ち塞がって来た大扉にも似た姿。このダンジョンの最深部へと通ずる回廊が広がっている事をこれでもかと主張している扉を前にして、キリトは皆の方に向き直る。

 

 この先がラスボスのいる場所であり、尚且つシャムロックとセブンが向かっていて、そして何故かハルピュイアが向かって行った場所であるという事を一目で理解できたらしく、どの者の顔も最終決戦に臨もうとしているかのような凛としたものとなっていた。

 

 最早皆に何も言う必要はない。覚悟があるとかないとか、そういう事を聞く必要もない。それを察したキリトは「行くぞ」とだけ言って、扉に手をかけた。この先に進む資格を持つ者が触れた事を認知したかのように、扉は轟音と震動を放ちながら左右へと開いていった。

 

 本当にアインクラッドの攻略時を思い起こさせるような光景をしっかり目にしてから、キリトは再度集まっている仲間達に号令をかけて、足並みを揃えて扉の中へと潜り込んだ。

 

 その中に広がっていたのは、先程皆と合流した、もしくはそれよりも前にスメラギと出くわした時と同じくらい――いや、それ以上の広さを持っている大部屋だった。しかも先程の部屋の時のように石造りの壁と床で出来ているのではなく、今まで通ってきた回廊のように黒い鉄と石で構成されて、その中に走る無機質な模様が照明の役割を果たしているという、異空間や宇宙空間を思わせる場所となっている。

 

 まるでALOの世界から脱してしまったかのような異質な空間の中を見回していると、一つの人影が部屋の中央付近にある事に気付き、キリトは目を凝らした。ユイよりも少しだけ背が高く、白、青、紺色、黄色を基調とした衣装に身を包み、羽飾りのような装飾の付いた紺色の帽子を被っている銀色の髪の毛の少女の後姿。

 

 それを見ただけで、キリトはその少女の名前を思い浮かべる事が出来たが、キリトが口にするよりも先に、隣に並んでいるレインがそれを言った。

 

 

「セブン……!」

 

「……!」

 

 

 レインの声に呼応するかのように、少女はゆっくりと振り向いて来た。十二歳と言われているけれども、そうとは思えないような表情が浮かんでいる顔と赤紫色の瞳。間違いなく、シャムロックの首領であり、自分達よりも先に《闇のユグドラシル》を突き進んでいたというセブンその人だった。

 

 

「セブン……」

 

「プリヴィエート、キリト君にそのお仲間の皆」

 

 

 いつものような元気さのない、無機質な挨拶を受けたキリトは周囲を見回す。スメラギの話によれば、セブンはシャムロックの幹部達と共にこの場所へ赴き、スヴァルト・アールヴヘイムのラスボスに挑んでいるという事だが、どんなに周りを見渡してもセブン以外のシャムロックの者達の姿は無く、ラスボスと思わしき存在の姿さえもない。

 

 非常に大きな空間がただ、広がっているだけだ。疑問に思ったキリトはセブンに問う。

 

 

「君一人だけなのか。他のシャムロックの連中はどうしたんだ」

 

「居たわよ、さっきまで。けれど皆やられてしまったの。そう、スヴァルト・アールヴヘイムのラスボス、《闇の神》の攻撃を受けてしまってね。シャムロックの最精鋭である皆でさえやられてしまうようなのが、《闇の神》だったのよ」

 

「それで君以外の全員がやられてしまったっていうのか」

 

「そうよ。最後にあたしだけが残されて……他の皆はリメインライトになって、戻されちゃってね。残されたあたしの手で、《闇の神》に(とど)めを刺したのよ」

 

 

 そこでキリトは再度疑問に思った。セブンは頭脳や歌唱力こそ人並み外れた者となっているけれども、プレイヤーとしての戦闘能力は全くと言っていいほど高くなく、シャムロックのどの者よりも(おく)れを取ってしまっている。

 

 そんなセブンが、どうやって他のシャムロックの者達がやられてしまうような相手である《闇の神》に勝ったというのか。問おうとしたその時に、それを見透かしたかのようにセブンが言って来た。

 

 

「どうやって勝ったのかって思ってるでしょ。その答えならここにあるわ」

 

 

 そう言ってセブンは自らの頭を指差す。その指先にあるのは帽子に装着されている、金色と紺色の二色を基調とした羽飾り――シャムロックの者達の頭部にも見られたそれであった。そこに注目が集まったのを認めるなり、セブンは話し始める。

 

 この羽飾りはシャムロックである事を象徴する、言わば会員証のようなものであるが、その正体はこのスヴァルト・アールヴヘイムで新実装された、コミュニケーションアイテムだ。これを装備する事によって、装備者同士がテレビ電話をするように音声と映像のやり取りをする事が可能になる。シャムロックの者達の結束力や情報交換能力が高かったのもそのためなのだと、セブンは言った。

 

 

「けれど、それだけじゃないわ。このアイテムにはもっとすごい機能ってのがあるのよ。それはOSSと《使い魔》の継承機能」

 

「OSSと《使い魔》の……継承?」

 

 

 このアイテムを装備しているプレイヤーは、他のプレイヤーにOSSと《使い魔》を、熟練度と威力と使用時間ごと継承させる事が出来る。この機能を使うと継承する側のプレイヤーはOSSや《使い魔》を使う事が出来なくなってしまうが、その代わりに、継承される側のプレイヤーが熟練度や威力、使用時間が込められたOSSと《使い魔》を使えるようになる。

 

 その機能をシャムロックの者達に使ってもらい、多くのOSSと《使い魔》の群れを従える事によって、《闇の神》に勝利する事が出来たのだと言って、セブンは長い説明を終えた。

 

 

「そして今まさに、あたしは倒れた皆の力を集めて、ラスボスを倒したってわけ。今頃この羽飾りを通じてその様子は皆に知れ渡ってる事でしょう。プレイヤー皆が協力してくれる壮大な実験……名付けてこの実験は、《ラグナロク・パストラル》ね!」

 

「ラグナロク……北欧神話の神々の黄昏、か」

 

「神々の()()よ。あたしの実験の成功は、ネットワーク社会の新たなる一歩となるの!」

 

 

 やるべき事を成し遂げたかのような科学者のような、褒められる事をやり遂げた子供のような、二つの種類の興奮の混ざった声色で話すセブン。

 

 だが、その説明の内容をキリトは信じる事が出来なかった。セブンの話が本当なのであれば、セブンは百を超えるシャムロックのプレイヤー達から強力なOSSと《使い魔》を継承する事によって力を得て、《闇の神》との戦いに勝利を収めたのだろう。

 

 けれども、そのセブンに継承されたOSSと《使い魔》というものは、プレイヤー達が何百時間も費やした結果生み出されたものであり、事実上プレイヤー達の努力の結晶と言ってもいい代物。何百時間も必要となる努力をしたプレイヤーだからこそ使っていいと言えるものだ。

 

 それを継承機能を使う事で容易く使用可能となっているセブンと、継承機能を使う事によって努力の結晶を使えなくなってしまったプレイヤー達。

 

 セブンは皆の力を合わせて実験を成功させたと勝ち誇ったように言っているが、現実はセブンがプレイヤー達からOSSや《使い魔》を奪い去ったのとなんら変わらないのだ。

 

 

「……セブン。君は自分が何をやったのかわかっているのか」

 

「え。何が?」

 

「OSSと《使い魔》の継承がいくらシステムで許可されてるとは言え、多くのプレイヤー達のゲーム体験を……経験値を摘み取っているんだぞ君は。スキルを向上させるため、《使い魔》を強くするために、それぞれ努力してきた血と汗と時間が、君の実験のためだけに無駄になったんだぞ。君はその責任の重さを理解しているのか!?」

 

 

 その時、セブンの顔に笑みが浮かんだ。まるで目の前の出来事が可笑しく感じられているかのような、この場にそぐわないものだった。

 

 

「ふふっ、キリト君ってば熱くなっちゃって。あたしは一度も強要なんかしてないし、間違った事だって言ってないわ。全部皆が自主的に賛同してやってくれたのよ。

 皆がこれだけ賛同して協力してくれてるから、あたしはそれに応えるために実験を成功させる。この素晴らしさがわからないキリト君じゃないでしょう」

 

「……」

 

「それにねキリト君。君は疑問に思ったでしょ。どうしてあたしが最大二匹までしか使えないはずの《使い魔》を皆から継承出来たのか。どうやって二匹以上の《使い魔》を使いこなせていたというのか。その答えはこれよ。ハルピュイア!」

 

 

 セブンの口から飛び出した言葉に全員で驚いたその時、セブンの手元に一つの翡翠色の光球が出現した。それはセブンの手から離れると蛍のように飛び回り、やがてセブンのすぐ右隣まで飛んで停止、そこで爆発するように弾けた。

 

 中から現れたのは、胸元に届くくらいの長さの髪の毛が金色と銀色、翡翠色が混ざり込んでいるものとなっていて、白と緑を基調とした振袖が特徴的な巫女服に似た衣装に身を包み、胸当てを着用し、鳥の足を模しているかのようなブーツを履いた、翡翠色の血管のような模様が入っている仮面を付けた女性。

 

 紛れもなく、辻デュエリストとしてALOで名を馳せているハルピュイアだった。

 

 

「そいつ、ハルピュイア!? どうして君がそいつを……!?」

 

「どうしてって? その理由はシンプルよ。あたしこれでも《ビーストテイマー》なの。それでこのハルピュイアが、あたしの《使い魔》」

 

 

 少女の言葉に、その場にいる全員が言葉を失う。

 

 

 





――原作との相違点――


・セブンが《ビーストテイマー》となっている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。