キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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実は前の話の二分割目。

ALO編、クライマックス!


13:世ヲ掴ミシ管理者

「あのね、セブン。ううん、()()。こんな事を話したところで信じてもらえないかもしれないけれど……わたしとセブン。ううん、七色はわたしの――」

 

 

 その次の言葉が紡がれようとしたその時だった。

 

 突然、その場が水の中に沈んだ。いや、水のようなエフェクトは全く起きていないけれども、泥以上に粘性の強いどす黒い水が、その場にいる全員を包み込んだような感覚に襲われたのだ。

 

 

「な、何!?」

 

「なんだこれ、なんなんだ!?」

 

 

 あまりにいきなりな事にその場にいる全員が悲鳴と混乱の声を上げるが、その声は水の底で発せられたかのように歪んでしまっている。呼吸こそできるものの、空気が異常なまでに重くなったような感覚が常に走り続けている。身体を少しでも動かそうとすると、それを許さんと言わんばかりに重量化した空気が纏わりついて来るから身動きが取れない。

 

 麻痺を受けてしまった時以上に動けなくなったキリトはその場に伏せられる。もがこうとしても重くなった空気が意思を宿しているかのように絡みついてきて、やはり動く事が出来なかった。

 

 辛うじて首は動かせたが、その時既にその場にいる全員が地面に伏せられており、元より闇の(とばり)に包まれていた空間は更にどす黒いものへと変貌を遂げている。まるで、ありとあらゆるものを呑み込んでは跡形もなく潰してしまう、ブラックホールに呑み込まれる寸前のところにいるかのようだ。

 

 

「なんだ、なん、なんだ……」

 

 

 身体の重さを感じているうちに、キリトはその正体に気付いた。自分達は泥の中に放り込まれたわけでもなければ、突然転移させられたわけでもない。魔法だ。自分達で使えるものの中でも最上級を超えるくらいの威力を誇っている、重力を操作する魔法――恐らく闇属性であろう――が、自分達に襲い掛かって来ている。こんな魔法が使えるのは、闇属性魔法攻撃を得意としているインプしかいない。

 

 だが、そのインプであるユウキとイリスでもこれくらいのモノは使えないはずだし、その二人さえもこの魔法によって地面に叩き伏せられている有様だ。この二人ではないならば、一体誰がこれくらいの魔法を放っているというのだろうか。その根源を探そうとしたその時に、声が聞こえてきた。

 

 

《七色博士。私が君を見ていないとでも思っていたのか?》

 

 

 声は耳元では無く頭の中に直接響く《声》だった。その声色は独特の粘着きのある、初老でありながら老けないでいるような、四十代後半の男性を思わせる声色。茅場晶彦は勿論、ヒースクリフのモノとも違えば、須郷伸之のモノでもない、これまで一切聞いた事のないその《声》の根源を探そうと首を動かしたその時に、酷くキリトは驚く事になった。

 

 天より押しかかってくる強大な重力、もしくはものすごい力で絡みついてくる空気で地面に押し付けられている皆の中に一人だけ、平然と立っている者がいる。

 

 仮面で顔を隠し、白と緑を基調とした振袖が特徴的な巫女服に似た衣装に身を包んで、それでもって足には鳥の足を模したような形状のブーツを履いた、金色と銀色、翡翠色が混ざり込む長髪の女性。

 

 人間と妖精に酷似した姿をしたモンスターであり、セブンの《使い魔》であるハルピュイアが、重力に伏せられるセブンの傍らでいつの間にか姿を現していた。

 

 

「は、ハルピュイア……!?」

 

 

 襲い来る重力の波に叩き伏せながら、目の前の出来事が信じられないような顔をしてセブンは《使い魔》に視線を送る。セブンの《使い魔》は《声》で溜息を吐き、腕を開いた。

 

 

《まさかこんなにも簡単にシステムを乗っ取ってしまえるとは。かつての世界のコピーサーバーを使っているとはいえ、あまりに杜撰(ずさん)な管理体制だ。これだけ強力な魔法を実装しようとしていたところだけは評価するが、この世界の管理者は管理者に相応しくない存在である事は確か》

 

「なに、この、《声》……!?」

 

 

 まるで意志を持って独りでに動き出しているかのようなセブンの《使い魔》。その《ビーストテイマー》であるはずのセブンは、周辺をきょろきょろと見回して混乱しているだけだ。その様を見ながら、スメラギとレインが戸惑ったように言う。

 

 

「セブン、これは、なんだ……!?」

 

「なんなの、これ、ハルピュイア、一体何を……!?」

 

 

 二人に尋ねられてもセブンは答えない。先程から予想外の出来事を何度も起こしてきたが、今は当のセブン本人でさえも絶句してしまっている。――今起きている事はセブンさえも予想していなかった出来事であると、キリトが無意識に悟った。そして同時に、先程から頭の中に響く《声》がハルピュイアから発せられているものであるという事も。

 

 そんなキリトを含んだ、驚きと混乱、苦悶の表情を浮かべているその場の者達を見降しながら、ハルピュイアは《ビーストテイマー》であるセブンの元へ歩み寄り、そのすぐ傍まで行ったところでしゃがみ込んだ。

 

 

《七色博士、私は言ったはずだ。提示するコンセプトは好き勝手に使っていいし、どんなにアレンジを加えても構わない。ただし自分のオリジナルだと公言し、絶対に失敗するな、と……》

 

「え……!?」

 

 

 どうしてその事を知っているんだ――ハルピュイアから語られるなり、セブンとスメラギがそう言っているかのような顔をする。仮面を付けているせいで表情がわからないが、予想通りの顔をした事ににやけているのだろう、嘲笑の混ざったハルピュイアの《声》が頭に届いて来た。

 

 

《やはり知らなかったか。君がログインをし、《クラウド・ブレイン》計画を進める度に、私がそのデータのコピーを受け取っていたというのに》

 

「な……」

 

《そしてこの度の《クラウド・ブレイン》計画にてわかった。君は《クラウド・ブレイン》計画を進行させるには相応しくなかった。感情でしか動けない蒙昧(もうまい)な大衆達を手玉に取ったのは見事だったが、それだけだ》

 

 

 セブンはハルピュイアからの《声》に何かを返す事はない。完全に驚き切ってしまって、何を応えたらいいのか、何を聞いたらいいのかわからなくなってしまっている。それは周りの全員も同じだったが、その中でレインが声を上げる。

 

 

「あんたは、あんたは一体……何を、言っているの……!?」

 

 

 セブンの隣で伏せられている姉に向き直ると、ハルピュイアはすくりと立ち上がった。そして両掌を胸の高さまで上げて広げるという、呆れを示す動作をした後に、《声》を発する。

 

 

《やれやれ、諸君らはあの世界に居て、あれだけ私の事を知り、追い求めておきながら、こうして目の前まで辿り着いた時にはわからないというのか。まぁ、諸君らには姿も声も見せてあげていなかったから、当然と言えば当然ではあるか》

 

「……!?」

 

 

 頭の中に響いてきた《声》にキリトを含んだ全員が言葉を失う。あの世界に居た事があり、その時からずっと追い求めてきた存在と言えば、一つしかない。そしてそれが今、目の前にいるなどという事を、ハルピュイアは言っている。

 

 

「まさか、お前は……お前がまさか……」

 

《いや、今はそのような事を気にしている場合ではないか。時は金なり……》

 

 

 キリトの言葉を途中で遮り、ハルピュイアはもう一度セブンへと向き直った。そして先と同じようにその場にしゃがみ込みつつ、セブンの項に手を当てる。

 

 

《七色博士。君の頭脳は類稀(たぐいまれ)なものだ。蒙昧な大衆達の元へ置いておくにはもったいなさすぎる。以後は私が君の頭脳を管理するとしよう》

 

「え……」

 

 

 次の瞬間、セブンの身体が電気ショックを受けたようにびくりと跳ねた。セブンは喉の奥から出したような声を漏らして地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。その始終を見ていたレインとスメラギが絶叫するように声を上げる。

 

 

「な、七色ッ!!」

 

「セブンッ!!」

 

 

 咄嗟に二人は動き出そうとしたが、その刹那に襲い来る重力は強くなり、身動きが一層封じ込められる。レインとスメラギが地面に押し付けられると、ハルピュイアは動かなくなったセブンの身体を持ち上げて脇に抱えた。それだけで終わらず、ハルピュイアはセブンを脇に抱えたまま歩き、やがて一人の者の目の前で立ち止まった。

 

 皆と同じように地面に押し付けられて身動き一つとれないでいる、山猫のそれを思わせる大きな耳と尻尾を生やした、白銀色の髪の毛の少女。キリト達の仲間の一人で、キリトの愛する人で、イリスの元患者である、シノンだった。

 

 ハルピュイアの予想外の行動を目にしたキリトは、咄嗟に大声を出す。

 

 

「シノンッ!!」

 

 

 自分の前にやって来る事が余程驚きだったのか、シノンは酷く困惑した表情でハルピュイアを見上げ、近くで伏せられているイリスは顔を青くする。

 

 

「……!?」

 

「なッ……シノン……!?」

 

《あれから随分と時間が経った。この期間中に君の中にどれほどの変化が現れたのか、気になるところだ。そして君もまた七色博士同様、この場の者達の近くに置いておくには惜しい存在だ……私の管理下に置くとしよう》

 

 

 そう言ってハルピュイアがシノンの項に手を伸ばそうとしたその時、その手が途中で止まった。まるで陶器のように白いハルピュイアの手を、しっかりとした肌色をした手が掴んでいるのだ。

 

 その根元を見てみれば、白いコートに身を包んだ黒髪の女性の姿。シノンの専属医師となってPTSDの治療にあたっていた、イリスだった。

 

 

「……やめなさい。わたしの患者に、何をするつもりよ……」

 

 

 いつものイリスと違う女性らしい口調。イリスの中身である芹澤愛莉という人間の素が出てきているという事の証明であったが、それも気にせずにハルピュイアはイリスの手を振り払うと、思い切りその背中を鳥の足で踏み付けた。

 

 初めて目にした恩師が敵に一方攻撃される光景に、キリトもシノン、シュピーゲルが悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

 

「イリスさんッ!!」

 

「「イリス先生ッ!!」」

 

 

 肺の中を圧迫されたかのような声を漏らして苦悶するイリスを踏み付けながら見下ろした数秒後、ハルピュイアは何かに気付いたような動作を頭でして、《声》を出した。

 

 

《む、君は……なるほどそうか。まさか君とここで再び出会うとはね》

 

「……あ、あなたは……」

 

《全く、あの時と言い今と言い、君だと一目でわかる見た目のアバターを使っているな。君は社の中でも一段とセキュリティに口うるさい人間だったというのに》

 

「……」

 

《……君。いや……何故君がこの娘に固執しているのか理解できないな。まぁ、それはこの娘の頭の中に直接訊けばわかる事、か》

 

 

 ハルピュイアはイリスの背中から足を離すと、そのままその脇腹を蹴り上げた。重力場の中にいるせいでイリスは全く吹っ飛ばず、すぐさま地面に落ちて転がる事無く止まる。その有様を最後まで見てから、ハルピュイアは地面に伏す少女の方へ向き、しゃがみ込んでいく。

 

 

「やめろッ、シノン、シノンッ!!」

 

「シノンッ!!」

 

「ママッ!!」

 

 

 キリト、リラン、ユイの順で叫ぶと、シノンは顔を恐怖の色に染めながらキリトへと手を伸ばし、助けを求める。重力に潰されそうになるキリトの頭の中で、SAOに居た頃の、《壊り逃げ男》の拠点に攻め込んだ時の事がフラッシュバックされる。

 

 あの時も自分達は身動きを取れず、ただ《壊り逃げ男》に攻撃されるシノンを見ている事しか出来なかった。どんなにシノンが助けを求めても、そこへ行く事は出来ず、ただただ見ているしかなかった。

 

 SAOの時の忌まわしき出来事が、目の前で再び繰り返されている。耐えがたい怒りが湧いてきて、胸の中で炎が燃え盛り、目の前が真っ赤になりそうだが、あの時以上に身動きを取る事が出来ず、もがく事さえも叶わない。

 

 そんなキリトを横目に見ながら、ハルピュイアはシノンの項に手を添えた。

 

 

「あぐッ……キリ、と……」

 

「シノン……シノンッ!!」

 

 

 シノンはセブンの時と同様、一瞬だけびくりと身体をのけぞらせ、そのままくたりと地面へ倒れ込む。シノンの動きが沈黙した事を把握するなり、ハルピュイアは余っているもう片方の手でシノンの身体を持ち上げ、脇に抱えて立ち上がった。

 

 

「ハルピュイア……いや、貴様、は……!!」

 

《――返してほしいか、この娘を。ならば私のところに来るといい。かつてあの世界で抗い続けたように、抗うがいい。その手段を、君に与えてあげよう》

 

 

 ハルピュイアが呟くように言うと、キリトの手の近くに白い小さな光球が落ちた。やがてその光球が弾けると、中から一枚のカードが出てきた。その存在を認めるよりも前に、ハルピュイアと二人の少女の全身を翡翠色の光に包み込み始めた。

 

 

《私の元へ来るか否かは君達次第だ。だがもし、君達が私の事を知りたいという気持ちを少しでも抱いているのであれば、来る事をお勧めしよう。さらばだ》

 

 

 その《声》に周りのモノが答えるよりも先に、ハルピュイアは二人の少女ごと全身を光で包み込んで巨大な光球となり、浮上。より一層深い闇に染まっている空間の、空へと消え去っていった。

 

 

「七色……七色――――――――――ッ!!!」

 

「詩乃――――――――――ッ!!!」

 

 

 空間が重力の泥の中から解放されると、連れ去られた小さな少女の姉と、もう一人の少女を愛する少年の叫び声が、空間を木霊した。

 






























































確かにクライマックスだけど、真ラスボス出たので、もう少しだけ付き合ってくりゃれ。

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