キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:見エザル黒キ操リノ糸

           ◇◇◇

 

 

「くっそぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 度重なる異変に見舞われた《闇のユグドラシル》の最深部から空都ラインに戻ってきて早々、俺は地面へ膝を着き、絶叫しながら両手で床を叩いた。いつものように沢山のプレイヤー達に賑わっている――今は何か騒ぎのようなものが起きているようにも思える――広場に俺の声が響き渡っていくが、周りのプレイヤー達は自分達の事に忙しいようで何も気にしない。

 

 

 セブンとの最終決戦を終えて、セブンの進めていた計画を阻止し、レインによって真実を知る事になると思った途端、突如としてハルピュイアが現れ、何かを得々と語った後にセブンと――シノンを連れ去って消えた。

 

 シノンが何かに連れ去られるというのはこれが一回目ではない。SAOの時に既に一度会った事であり、それ以降俺はそんな事の実現を許さない、絶対にシノンを連れ去られたりしないと心に決めて、彼女を守ろうとしていた。守っていた。

 

 

 そのはずなのに、俺は肝心なところで彼女を守る事が出来ず、彼女が伸ばしてきた助けを求める手を掴んで、引き寄せる事が出来なかった。彼女をどこへ向かえば辿り着けるのかわからないところへ連れ去られてしまった。

 

 

「き、キリトってば、ちょっと落ち着いてよ!」

 

「シノンッ、シノン、シノンッ、詩乃ッ!!」

 

 

 悔しさと怒りともどかしさ、全てが混ざり合った感情が心の中で洪水のようになり、目の前が赤くスパークしたまま治らない。いつもならすぐに収まってくれるはずなのに、一向に心の中の感情の激流は止まってくれない。耳元に仲間達の声が聞こえてきているような気がするけれども、それが俺の心の感情の激流に勝る事はなく、俺はその感情に突き動かされて地面を叩き続けた。

 

 

「キリトッ!!」

 

 

 しかし、それから何秒ほど経った時だろう、頭から足にかけて痛みを共わない、電撃と閃光が走ったような感覚が走り、急に心の中に溢れる感情と衝動が停止する。洪水のようになっていた感情は潮が引くかの如く見る見るうちに下がっていき、やがてその感情が生まれる前の状態に心の中が戻っていった。その時にようやく、俺は項に暖かいものが当たっている事に気付く。

 

 

「キリト」

 

「……!」

 

 

 声に誘われるように顔を向ければ、白金色の毛に包み込まれた耳を頭から生やした、金色の長髪と紅い瞳が特徴的な少女の姿があり、その右手が俺の項を柔らかく包んでいる。先程までは狼龍の姿をしていたけれども、街に戻ってきた事によって人狼の姿となった、相棒であって家族である少女の名を、俺は呼んだ。

 

 

「……リラン」

 

「……また無理矢理な形になってしまったが、力を使わせてもらった。落ち着いたか」

 

 

 平常と静寂、冷静さを取り戻していく中で、俺は「あぁ」と小さく返事をする。

 

 リランには人がVR世界にダイブするために使っている機器に直接信号を送って、精神の混乱状態やパニック症状などの心の発作を治療する能力が備えられている。今のリランの言葉と項の感触、抑え込めないくらいの感情の波の急停止から、俺はリランに能力を使ってもらった事を把握した。

 

 その時を待っていたのか、俺の妹であるリーファがゆっくりと俺の元へやって来て、腰を落として声をかけてきた。その顔は酷く心配しているものとなっている。いや、リーファだけではなく、その場にいる俺の仲間全員が同じような顔をして、俺の事を見つめていた。

 

 

「おにいちゃん……」

 

「……ごめん、スグ。見っともないところを見せた」

 

 

 リーファと一緒に立ち上がってから、俺は皆に向き直る。今は取り乱している場合ではなく、寧ろ何が起きてしまったのかを把握しなければならない時だ。それなのに、俺一人だけ冷静さを失ってしまった。その事に申し訳なさを感じて、俺は頭を下げる。

 

 

「皆もごめん。俺一人だけこんな事になって、本当にごめん」

 

「そんなふうに謝らなくたっていいさ。君の気持ちも痛いほどわかる。そう気を落としなさんな」

 

 

 そう言って歩み寄って来たのがイリスだった。イリスは目の前で大切な患者を連れ去られて、俺と同じような思いをしたはずだというのに、かなり冷静さを保っている。

 

 あまりにその様子が不思議に感じられたものだから、思わず注視してしまったが、そこで普段ゆったりしているその手が、拳を強く握っているのに気付いた。

 

 

「……!」

 

 

 いや違う。イリスもきっと俺と同じような思いに駆られ、それをぶつけたいと思って居るけれども、今はそうしている場合ではないという事を理解し、心の中に押しとどめているのだ。それで皆に余計な混乱を作らないようにしている。

 

 なのに俺は一人だけ騒ぎ立てて、皆に余計な混乱をさせてしまった――その事に気付かされ、余計に申し訳なさを感じそうになったが、イリスと一緒に傍まで来たディアベルに肩に手を置いてもらった事で、その気持ちを和らげられた。

 

 

「あまりに突然すぎる事だったから混乱しているのもわかるけど、一旦冷静になろう。今は状況の整理が必要だ」

 

「けれど、あんなのいきなり過ぎて理解できねぇよ。ハルピュイアに何が起きたっていうんだよ。それで、セブンとシノンはどこに連れていかれたんだ」

 

 

 ディアベルの呼びかけの後に疑問を口にしたのがエギル。それと同時に俺は頭の中で先程の出来事を整理する。セブンを止めたその後すぐに、突然ハルピュイアが自立行動を開始して、俺達では使えないくらいの重力魔法を使ってきて俺達の身動きを拘束。動けなくなったセブンとシノンを連れ去らい、どこかに消えて行った。

 

 普通にALOをやっていたならば決して起こり得ない、極めて異様な事態。それに出くわしてしまったのだから、皆もひどく混乱してしまっているけれど、リランに能力を使ってもらったおかげなのか、俺の頭の中は静かだった。そして、何が起きてしまったのかさえもわかったような気がして仕方が無い。

 

 

 けれど、その内容は起こってほしいと思いながらも、一番起きて欲しくなかった事。現実になって欲しくなかったけれど、なって欲しかった事であり、皆も同じように思えるような事柄だ。

 

 この場にいる皆に話すべきなのか、そうじゃないのか。迷っていると、酷く困惑したような顔をしたアスナが歩み寄ってきた。

 

 

「キリト君……ハルピュイアは、あの世界とか、わたし達が追い求めてたとか、言ってたよね」

 

 

 その時から少し過ぎた今でも、ハルピュイアの言っていた事は一言一句全て思い出せる。ハルピュイアはあの時、俺達が追い求めていた存在に出会ったとか、あの世界がどうだとか言っていた。普通の人では理解できないだろうけれども、俺達ならば理解できる事を、あいつは言っており、現に俺はその意味の全てを理解できていた。

 

 

「あぁ、あいつはそう言ってた」

 

「ボク達が追い求めてたものって言ったら……それであの世界って言ったら」

 

「まさか、ハルピュイアは――!」

 

 

 ユウキとストレアの声に、俺は頷いた。あの世界というのは、あの茅場晶彦の作り上げた世界、悪魔のゲームと言われるソードアート・オンラインの事。そしてその中で俺達が知る事となり、追い求めていた存在は一つしかない。

 

 

「ハン、ニバル」

 

 

 その名を口にするなり、その場にいる全員が驚きの声を上げる。

 

 あのSAOに現れたサイバーテロリスト、《壊り逃げ男》であったアルベリヒ/須郷伸之を操っていた張本人であり、その生産元。この日本という国の重大機関――主に企業や警察や政界――を《壊り逃げ男》の脅威に晒している張本人だ。それだけじゃなく、今はSAOでの殺人ギルドであった《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の首領であるPoH(プー)さえも部下に引き入れていて、操ってもいる。

 

 まさしくあのSAOで起きた事件の全ての元凶そのものであり、本当に止めなければならない敵とも言える存在というのが、ハンニバルなのだ。

 

 しかし、わかっているのはそれだけで、そもそもその名前も死に際のアルベリヒから偶然聞けた事であり、それ以外の情報は何もかも不明。まさしく正体不明(アンノウン)というべきものでもあるのが、ハンニバルだった。

 

 持ち主であるはずのセブンの手を離れて独自の行動を取り、誰も聞いた事のないような声で喋り、ハンニバルの事をまるで自分の事のように細かく言っていたハルピュイア。

 

 その事から導き出される答えは一つしかない。それを俺が喋ろうとしたその時に、リズベットがその口を開いた。

 

 

「まさか、アレがハンニバルだっていうの!? あの《壊り逃げ男》を生み出して、あたし達プレイヤーに滅茶苦茶やってきた、ハンニバル!?」

 

「……そうだとしか思えない」

 

 

 自分でも驚くくらいのか細い声で言うと、皆から再び驚きの声が上がる。自分でも信じたくないけれども、俺はあの時ハルピュイアの中に居た者こそが、俺達の追い続ける異変の元凶、ハンニバルであるとしか思えない。俺達はついにハンニバルに会う事に成功し、そしてハンニバルは俺達に攻撃を仕掛け始めたのだ。それが理解しがたいように、カイムが言う。

 

 

「そんな……キリト達がSAOで会った敵が、ぼく達のところに来たっていうの」

 

「ついにハンニバルの野郎が、オレ達に攻撃して来たのか!? オレ達、ついにハンニバルに辿り着いたっていうのかよ!?」

 

「そんなところだろう。そしてあいつこそが、シノンとセブンを……」

 

 

 俺が言いかけたそこで、俺達の元へ一人の男がやってきた。水色の短髪に白と青を基調とした戦闘服に身を包んだ長身の男。セブン/七色の部下であり、これまでずっとセブンの事を守り続けてきた守護者、スメラギだ。

 

 

「お前達、何故その名前を知っている。それは俺とセブンだけが知っている事のはず」

 

「なんだって? スメラギ、お前ハンニバルを知ってるのか!?」

 

 

 思わず声を上げて驚いてしまった次の瞬間、一人の少女がスメラギに詰め寄った。黒と白で出来た衣装を身に纏った、先端が紫がかっている赤い長髪が特徴的なそれは、セブンの実姉であり、俺達と同じSAO生還者(サバイバー)であるレインだ。

 

 

「スメラギ君、それってどういう事!? 詳しく教えてよ!」

 

「れ、レイン!?」

 

 

 ちょっとやそっとや動じないという事が一目でわかる、武術の達人のような雰囲気を放っているスメラギがたじろぐ姿に、俺達は思わずきょとんとする。

 

 対するレインはいつも、余裕さと気楽さが混ざり合ったふわふわとした雰囲気を出しているのだけれども、今のレインにはそのようなモノは欠片も存在しておらず、凄まじい剣幕がその顔に浮かんでいた。大切な実妹が連れ去られて激怒しているという、姉らしい一面が出てきているという事の証明だ。

 

 そんなレインに迫られるなり、スメラギはレインを含めた俺達全員をプレイヤー達のいない物陰に移動させて、そこで全てを話してくれた。

 

 

 今からおよそ半年ほど前、まだセブンがアイドルとしての活動を本格化させ、《クラウド・ブレイン》計画を開始する前の時点の話。

 

 

 セブン/七色は人類の未来へ貢献するための新たな技術の開発計画に(いそ)しむ事にその時から熱心だったのだが、計画のコンセプトを上手い具合に生み出す事が出来ず、先に進む事が出来ない状態となっていたという。

 

 勿論この事に気付いていない七色ではなく、何度も何度もコンセプトの練り直しをしていたけれども、やはり途中で何らかの問題を抱えて、その問題も解消できないという事になってしまい、どん詰まりだったそうだ。

 

 その事にはスメラギも、その他の研究員達も頭を悩ませており、少しでも七色博士の研究と技術開発計画に貢献できるものはないかと様々なコンセプトを提唱したが、それらは(ことごと)く上手くいかなかった。

 

 これまで開発、発明されてきたどの技術よりも抜きん出ていて、人類の未来を拓くであろう計画のコンセプト。それを自ら開発しようと必死に考えるが、どうにも上手くいかない。そんな前にも後ろにも進めず足踏みを繰り返す七色とスメラギの元に、とある人物が通信をしてきた。

 

 

 人物はただただ音声だけを送って来ており、七色のようにテレビ電話をする事はなかった。ただ自分の名前がハンニバルというものである事、そして七色博士とスメラギと同業者であり、貴方達に協力がしたいという事だけを伝えた。

 

 本名も国籍も顔も明かさない、名乗っている名前も如何にもハンドルネームのようなものという、あまりに不審過ぎる相手からの通話。明らかに悪戯電話のようなものであったが、七色はその通話をいきなり切るような事はしなかった。

 

 七色の使っている電話回線は一般人が使えるものではなく、それこそ七色と同じ科学者くらいしか知る事の出来ないような秘匿回線であり、一般人が悪戯(イタズラ)できるものでもないし、詐欺グループだとか個人情報狙いの犯罪者が通信する事も出来ないし、盗聴も出来ない。

 

 そんな電話回線に悪戯を仕掛けてきた存在に興味を持った七色は、何か学べる事もあるだろうと思い、その相手にしたのだという。スメラギは七色を止めようとしたのだが、自分達の研究室だけにある情報は何も話さない、ただ話を聞くだけだと約束をしてきた。

 

 その事もあってか、ひとまずスメラギも自分達の秘匿回線に通話を駆けてきたハンニバルの話を聞く事にしたという。

 

 

 だが、そのハンニバルが話してきた内容は驚くべきものだった。

 

 一つの偶像を作り上げて、それを見せつける事で大衆を興味を集めて、やがて信奉に至らせ、その大衆が偶像のために起こす動きを記録・データ化させ、一か所に寄せ集めて大きな物を作り上げるという計画のコンセプト。

 

 後に《クラウド・ブレイン》と呼ばれるようになる計画のそれそのもののコンセプトを、ハンニバルは話したというのだ。ここで一旦スメラギの話は終わったが、俺は驚く事しか出来ず、スメラギに問えたのはそれから十数秒後だった。

 

 

「《クラウド・ブレイン》が、ハンニバルが立てた計画だって!?」

 

「そうだ。俺達のやっていた《クラウド・ブレイン》計画のコンセプトは、元々ハンニバルという正体不明の人物が持ちかけてきたものだったんだ」

 

 

 更にハンニバルは、この計画のコンセプトを利用するか否かはそちらに任せるが、もしもこのコンセプトを実現するつもりでいるならばコンセプトの出所を決して言わず、何を聞かれても自身のオリジナルだと言い、決して失敗するなと提示した。

 

 これには七色もスメラギも困惑したが、その計画は目を見張るものだったそうだ。ハンニバルの提示した計画のコンセプトは、冷静に考えれば非常に合理的なものであり、違法にもならないものだったらしい。

 

 そしてその手順の再現方法も、やろうと思えば自分達でやってしまえる程度のものであり――それを利用すれば新たな技術の開発が出来るかもしれないとも思えるものだったという。

 

 

 思わぬところから来たコンセプトの提示を受けた七色は、怪しがりながらもハンニバルに礼を言い、そのコンセプトをひとまずやってみると返答。長時間に及んだハンニバルとの通話を終えるなり、ハンニバルが提示して来たコンセプトを自身で解釈し、計画の練り上げと研究を開始した。

 

 そうして生まれたものこそが《クラウド・ブレイン》なのだと言って、スメラギは話を終えた。

 

 

「そんな事が起きていただなんて……」

 

 

 科学者達の間で行われていたハンニバルとの接触、《クラウド・ブレイン》の基礎コンセプトの提示者がハンニバル――あらゆる場面に直面して様々な話を聞いてきた俺でも、その話に驚かないなんていう行動はとれなかったし、皆も驚きのあまり絶句しているか、酷く困惑しているかのどちらかになっている。

 

 その中の一人であり、セブンのクラスタであったクラインが、戸惑いを隠さないでスメラギに言った。

 

 

「じゃあ何だよ、シャムロックやセブンのクラスタも、結局はハンニバルの提示したコンセプトの元に動いていたってわけなのか」

 

「そういう事になるな。もっとも、ハンニバルの提示したコンセプトの中にはそのようなものは含まれていなかったから、その辺りはセブンのオリジナルだと言っていい」

 

「じゃあ何よ……セブンは、七色はずっとハンニバルのコンセプトに従ってただけだったの? あの()が身を粉にしてまで無茶をしてたのは、ハンニバルのためだったっていうの!?」

 

 

 セブンはずっと無茶を続けており、このALOで倒れそうになってしまった事さえあった。それでも尚休まずに研究を続けていたのは、自分に期待してくれている大人達に答える為であった。その切っ掛けを作ったのは、《壊り逃げ男》の元凶であり、俺達の追うハンニバル。

 

 その事が許せないのだろう、レインの顔には強い怒りの表情が浮かんでいた。だが、スメラギは先程のようにたじろぐ事無く受け答えをした。

 

 

「いや、ハンニバルとの連絡はそれから途絶えたままだった。コンセプトの提示をしただけで終わりかと思っていたが……俺が甘かった。あいつはずっと俺達の事を見ていたんだ。俺達が計画を進めていく様を見ていて……そして、あの娘を……七色をずっと利用していたんだ」

 

 

 ここまで見られていて、足元をすくわれていたとは思っていなかった。そればかりか自分達の全てがハンニバルという存在の計画の元に進んでいた――非情な事実を突き付けられたスメラギは、自身の詰めの甘さを悔いるように歯を食い縛る。

 

 だが、前に七色/セブンの進める計画の話を聞いてからというものの、どうにも俺はセブンのやっている事とハンニバルのやっている事に共通点のようなものが見られる事を認められていた。その中で、もしかしたらセブンはハンニバルと繋がりがあるのではないかと、誰にも話さないで推測しており、それが現実ではない事を願ってもいた。

 

 しかし、現実は俺の願いよりも、俺が想定した最悪の事態を選んでいたのだ。セブンは本当にハンニバルとの繋がりがあり、《クラウド・ブレイン》はハンニバルの提示したコンセプトのもとに作り出されたものだった。

 

 この事件も、セブンの無茶も、七色博士に賑わう現実世界の状況も、ハンニバルの仕組んだ事。それが余程信じられないように、アスナがその口を開いた。

 

 

「まさかセブンちゃんまでも、ハンニバルの掌の上で踊らされていたなんて……」

 

「そんなところにまで手を伸ばしているなんて、ハンニバルはどれだけ大きな存在だっていうの。もうこれ、世界を裏から支配する教団とか秘密結社レベルだよ」

 

 

 フィリアの言葉に思わず反応を示し、苦虫を潰したような顔をしたのがリランだ。リランは以前、ハンニバルの事を公表したところでそういった荒唐無稽な陰謀論にしか扱われないと言っていたし、その規模もまだ日本にしか及んでいないとしか思っていなかったのだろう。

 

 しかし、既にハンニバルが手を伸ばす規模は、陰謀論の中に登場する存在に等しいそれとなっており、セブンとシャムロックでさえもハンニバルの手中にいた事がこうして判明した。リランが俺と同様、自分の考えていた最悪の事態が現実になった事を感じているのは確かだ。

 

 

「それでハンニバルは、セブンちゃんにまで及んだあたし達に、直接攻撃を仕掛けて来たって事なんでしょうか」

 

「多分そうだと思う。きっとハンニバルはあたし達みたいに近付いてくる存在の事は予想してなかったんだよ。だからハンニバルはあたし達を狙って……」

 

 

 シリカとリーファが呟くと、俺達とは違うアプローチの仕方でハンニバルと接触した青髪の青年が、俺の元へと歩み寄る。

 

 

「キリト、お前達はハンニバルの何を知っている。ハンニバルとは何者なのだ」

 

「……そうか。セブンもお前も、ハンニバルが何なのかを知らないんだな。俺達も最低限の事しか知らないんだけど――」

 

 

 そう言って、俺は自身の知る限りのハンニバルへの知識の全てを、そして俺が予想したハルピュイアの正体も含めてスメラギに話した。極めて断片的でしかない情報で構成された話だったが、それでも十分にハンニバルという存在が何なのかを知らしめる事は出来たようで、終わった時にはスメラギの顔に驚きの表情が浮かんでいた。

 

 

「《壊り逃げ男》、《エグゼキュータ》の生みの親だと!? それで、あのSAOにまで攻撃を仕掛けていた……!?」

 

「そう。けれど、本当にそれくらいしか俺達も知らないんだ。その名前を知れたのも偶然だ」

 

「そんなものと俺達は接触していたというのか。それで、あの時のハルピュイアこそがハンニバル……ついに俺達はコンセプトの提示者と、セブンの無茶の元凶に遭遇した、という事か」

 

 

 ウンディーネ族が得意とする魔法より放たれる水のような冷静さを常に持つスメラギの表情に、真逆の炎のような権幕が浮かび上がっていく。同じような様子になっているレインは実妹を連れ去られたうえに、実妹をずっと利用されていた事への怒りを抱いているが、恐らくスメラギも似たような気持ちとなったのだろう。

 

 しかもセブンに忠誠を誓う自分自身でさえも利用されていたのだから、尚更その怒りは強いのだ。

 

 

「くそッ、あいつは今どこにいるんだ。どこにセブンを連れ去ったんだ!? お前達は何か心当たりがないのか!?」

 

 

 俺もスメラギと同じ気持ちだった。ハンニバルがついに姿を現したうえに、シノンまで連れ去られた。SAOに居た頃、《壊り逃げ男》にシノンを連れ去られた時のように、すぐさまシノンの元へ駆け付けたい気持ちが溢れ出んばかりだが、ここはALOという名の広大な世界の中だ。

 

 これまでこの世界の様々なところを飛んできたけれども、この世界はあまりに広大なうえに、スヴァルト・アールヴヘイムなんて言うところまで実装されてより広くなったものだから、どこにハンニバルが向かったかなどわかりはしない。

 

 早く行きたいけれど、どこへ行けばいいかわからない状況。歯痒さと悔しさと怒りを感じ、言葉を発そうとしたその時、突然目の前にウインドウが開かれたものだから、木霊するくらいに大きな声を出しそうになるほど驚いた。しかもそれは俺だけではなく、皆の目の前にも出ている。

 

 

『《闇の神》討伐者・緊急救出クエスト配信開始。《闇の神》を討伐したプレイヤーが新ダンジョンの最奥部に囚われた! 力を合わせてダンジョンへ乗り込み、救出せよ!!』

 

 

 神出鬼没のウインドウの中には、そう書かれていた。




明かされたハンニバルの計画。

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