キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 《使い魔》育てるトレーナーの仕事と地球を守る仕事、楽しい。

 そのせいで遅くなってしまいましたが、ALO編100話目、どうぞ!


18:世界との決着 ―管理者との戦い―

 俺は純粋に思っていた。

 

 このスヴァルト・アールヴヘイムのラスボスはどのようなものであり、どのような戦い方をすれば勝てるものとなっているのか。

 

 無事に撃破出来た時にはどのような報酬を貰う事が出来て、その喜びを仲間達と分かち合う事が出来るのか。様々な事がありはしたけれども、その事ばかりを気にして、俺はこれまで攻略を進めてきた。

 

 

 しかし、そんな俺達を待ち構えていたのは、敵対する勢力のボスであるセブンであり、そのセブンは白き女神の龍となって俺達を迎え撃ってきた。

 

 結果として、俺達はスヴァルト・アールヴヘイムの本当のラスボス戦に立ち会う事は出来ず、イレギュラーなラスボス戦を行う事となった。

 

 俺達はその戦いに勝ったけれども、エンディングが訪れる事はなく、真のラスボスというべき存在が立ち塞がって来た。しかも、俺達がラスボスとした存在の元となった少女と、俺の愛する人をさらって取り込んだうえでだ。

 

 

 そしてその存在とは、俺達があのデスゲームの中で経験した全ての出来事、全ての悲劇の始まりとも言えるもの。普通のプレイヤー達ならば辿り着けなかった境地、絶対に相手にする事が無かった相手。このスヴァルト・アールヴヘイムの俺達のラストボスであり、絶対に倒さなければならない敵。

 

 それは今、ところどころに金色と白色を加えた黒色の禍々しい鎧を着こみ、肩から二本の蛇のような竜の形状の腕――烏賊(いか)触腕(しょくわん)にも例えられる――を生やし、右手に鎧と同じような装飾が施された大きな剣を携えた、全長三十メートルはあろう異形の巨人、《深淵の闇神》となって、俺達の目の前にいる。

 

 俺達は今、真のラスボス戦の真っ最中だ。

 

 

「皆、固まらないで散開しろ! 固まっているところを叩かれたら不利だ!」

 

「気を付けろ! 二十人がかりでも倒せるかどうかわからない! 回復が出来る者はそれに専念し、前衛(アタッカー)は細心の注意を払いつつ攻撃を仕掛けるんだ!」

 

 

 真のラスボス、《深淵の闇神》の動きを見つつ、白と青を基調とした鎧を交えた戦闘服を着こなし、右手に片手剣と左手に盾を構えた青髪の騎士ディアベルが、俺と共に号令を飛ばす。

 

 号令は高らかに空間へと響き渡り、周りの者達が後退や前進を行って独自の立ち位置を陣取るった。皆が独自の立ち位置に立って一匹のボスモンスターを取り囲み、その攻撃の機会を伺うという、SAOでのボス戦――寧ろラスボス戦――を思わせる状況が起きる。

 

 

 しかし意外な事に、シルフ族で最も剣の扱いに長けているとされるリーファ、そのシルフ族の領主を務めるサクヤ、同じくシルフ族でサクヤの側近であり、主を(ねえ)と呼ぶカイムは後衛側となっており、更にその中には号令を放った張本人、青髪の騎士ディアベルの姿までもあって、普段から後衛として陣取っているアスナの隣にいる。

 

 アスナ、ディアベル、スメラギの三人が選択している種族であるウンディーネ族は、回復魔法で前衛を支援する事を得意としており、二番目に支援魔法が得意なのがシルフ族だ。ディアベルとリーファは一流とも言える片手剣使い、サクヤとカイムもまた高い評価を得る刀使いながらも、回復魔法を使う事も出来る魔法剣士と魔法刀士。

 

 あの《深淵の闇神》の強さは未知数であり、一度の攻撃でどれだけのダメージを受けるかわかったものではない。だからこそ、普段前衛で戦う者達も後衛に赴き、回復支援を出来るようにしているのだ。

 

 

 そして前衛側に居る俺はというと、右手で剣を持ち、左手で手綱を握るか如く取っ手を掴んでいる。身体の下には人間に酷似した上半身とドラゴンのそれである下半身を持つ全身を白金色の豪勢な鎧と艶のある毛に包んでいて、肩から上腕部が武器と一体化している巨腕を生やしている、狼の輪郭を持つ異形の狼龍。

 

 途中からではあるものの、あのデスゲームを共に生き抜いてここまで歩んできた相棒であり、もはや家族と言っても過言ではないリラン。人狼と狼龍の姿を持つ相棒はこの戦いが始まって早々狼龍の姿となり、俺をその項に乗せてきた。

 

 今目の前にいる《深淵の闇神》の中に宿っているのはリランにとっても倒すべき敵であり、自らの生まれ故郷を滅茶苦茶にした元凶。自主的に俺を項に乗せたというのは、元凶を俺と共に討ちたいという意志の表れだった。それを受け入れて、俺はリランの項に載って宙を飛んでいる。

 

 

 そんな俺には《ビーストテイマー》、リランには《使い魔》という呼称が適用されるのだが、同じ呼称を持っているのが俺から見て右方向にいる、白を基調とした生地に青色のラインが入っている、どこか涼しげな戦闘服に身を包んで、腰に大太刀を携えた水色の短髪と紫色の瞳が特徴の青年。

 

 《深淵の闇神》に囚われたセブンの現実(リアル)とVRでの助手であり、従者とも言えるスメラギは今、青い隈取(くまどり)のような紋様の走る白き毛に身を包み、先端が目のない狐の頭部となっている尾を九本生やした、一対の結晶状の角を生やす妖狐に跨っている。

 

 道を塞ぐスメラギとデュエルする時に必然的に相手にする事となって、どんなエリアボスも小さく見えるくらいの強さを持っている、狐火を操る名も知らぬ白き妖狐。俺達を苦しめた敵が今、俺達の味方となって肩を並べている。

 

 それがどれだけ心強い事なのかをしっかりと認識すると、頭の中に《声》が届けられてきた。

 

 

《君達が管理者たる私に勝てるわけがない。私は君達の戦いぶりも見てきているんだ、君達の戦法は全て読めている。大人しく私の管理物になりなさい》

 

 

 リランの飛ばしてくる物とは違う、初老に満たない男性のハスキーボイス。《深淵の闇神》となりしハンニバルの《声》だ。

 

 確かにハンニバルは俺達プレイヤーの二年間を興味深く見ていたと言っていた。その中には勿論、俺達が様々なモンスターと戦い、それらへの対処方法を身に付けて行く様子も、その末に編み出した戦法なども含まれているのだろう。ハンニバルはそれをずっと監視していたのだから、ハンニバルの言っている事は何も間違っていない。

 

 SAOで(つちか)ってきた戦術がこいつに通用しない事は確かだろう。

 

 

「あのねぇ、デスゲームは終わってるのよ。それで、あたし達はここでも戦って強くなってきたの!」

 

「あの世界ならそうかもしれませんが、この世界では同じ事は言えないはずです!」

 

 

 ハンニバルの嘲笑に反撃を試みたのがリズベットとシリカ。その声には侮辱された怒りが混ざっている。

 

 そうだ。確かにSAOでは俺達全員、ハンニバルの監視下にあったのだろうけれども、あの世界が終わってALO(こっち)に来てからの事は、ハンニバルは何も知らないはずなのだ。SAOでの知識にあまり頼らず、ALOでの経験を活かす事こそがこの戦いの本質であり、最大の攻略ポイントだろう。

 

 しかし、戦闘が始まったというのに、誰も全ての悲劇の元凶へ向かおうとせず、それの様子を見ているだけだった。

 

 ハンニバルが意識を宿らせている《深淵の闇神》だが、全身を如何にも堅牢そうな鎧で包み込んでいて、尚且つリランのように異形の腕を肩から生やしている超大型人型モンスターだ。

 

 一見すればこれまで戦ってきたどのモンスターの特徴とも似つかない、今までの経験も戦法も役立ちそうにないレイドボスのように見え、苦戦を強いられると思いそうになる。攻撃を仕掛けても、あの鎧に弾かれて無効化されそうなのが目に見える。

 

 だからこそ、誰もあまり積極的に攻撃を仕掛けようとしないのだ。

 

 

(……)

 

 

 だが、よくよく考えてみれば、同じような特徴を持っていたボスモンスターと俺達は既に戦っている。第三の浮島である環状氷山ヴェルグンデのエリアボスであったニーズヘッグだ。

 

 ニーズヘッグもまた身体を堅い鎧のような甲殻で守っており、普通に攻撃を仕掛けても倒せないものであったが、弱点部位を攻撃する事で倒せるようになっていた。ゲーマーとしての勘による予想だが、あの《深淵の闇神》はスヴァルト・アールヴヘイムのエリアボス達の集大成のようになっているのかもしれない。

 

 

 いや、《深淵の闇神》は元々スヴァルト・アールヴヘイムの裏ボスなのだから、そうなっていても不思議ではないだろう。今まで戦ってきた経験の積み重ねを活かす事によって倒せるようになっているボス――これがもし本当ならば、あの《深淵の闇神》も倒せない敵ではない。

 

 そんな予想をする俺のポケットから飛び出したユイが、言葉を伝えてきた。

 

 

「あのボスは一件硬そうに見えますが、全身に攻撃が通ります。どこが弱点なのかを探す必要はなさそうです」

 

「そうなのか? 俺はてっきり弱点部位を探す必要があるんじゃないかと」

 

「けれど妙です。何か異様な感じがするというか、普通じゃない感じがするというか……」

 

 

 生みの親イリスに似ている部分があるために、滅多に動じる事のないのがユイなのだが、今のユイは明らかに戸惑っている。確かにあの《深淵の闇神》はハンニバルという一人の人間が電脳に意識を移した結果誕生した怪物の宿るモンスターであり、普通では決して存在しえないモンスターだ。

 

 だからこその戸惑いなのだろうけれども、ユイの戸惑いにはそれ以外のものも含まれているように見える。ここまでユイを戸惑わせるものとは一体何なのか。あの《深淵の闇神》には何があるというのか。

 

 

 頭の片隅で考え始めたその時に、散らばっていた前衛担当の仲間達が《深淵の闇神》に接近し、それぞれの武器で攻撃を開始する。その中で一番最初に《深淵の闇神》の元へ到達したのがクラインとエギルの二人だったが、同刻《深淵の闇神》の肩から生えている龍頭が伸びて噛み付きかかってきた。

 

 一見すれば予備動作のない攻撃のようだが、《深淵の闇神》があんな外観をしている以上こうやってくる事は予想できていたのだろう、クラインとエギルは自身の背中から生える翅を大きく羽ばたかせて、噛み付きかかってきた龍の顎を回避。

 

 そのままスピードを上げて再度《深淵の闇神》の胸元周辺に到達するなり、クラインは刀に、エギルは両手斧の刀身に光を宿らせる。

 

 

「嘘夢野郎、これでも喰らいやがれッ!!」

 

「よくもあの世界で色々やらかしてくれやがったな!!」

 

 

 嫁と娘がいるという幸せな偽りの夢を見せられたクライン、被害に遭う事はなかったものの、何度もハンニバルによる惨劇を目にしてきたエギルはその怒りを武器へ流し込み、クラインは突き、横斬り、縦斬りの順で攻撃を繰り出し、エギルは勢いよく突進しつつ《深淵の闇神》の胸元を縦方向に切り抜く。

 

 

 三連続攻撃刀ソードスキル《窮寄》、重攻撃両手斧ソードスキル《ヴァイオレント・スパイク》が悪しき邪神の身体に炸裂する。

 

 

 ついにSAOで起きた数々の事件の黒幕に最初の一撃を与える事に成功した――と思われたその瞬間に、俺は信じがたい光景を目にする事となった。

 

 二人の武器の刀身が《深淵の闇神》に到達しようとした瞬間に、その間に青い光の壁のようなものが出現。二人の武器を弾いたのだ。《深淵の闇神》が仕掛けてくる攻撃自体は予想できていたものの、ソードスキルを弾かれる事までは想定していなかったのだろう、二人は酷く驚いた顔をしながら弾かれた武器に身体を持って行かれる。

 

 その瞬間を見逃さないのが《深淵の闇神》。隙だらけになった二人に目線を向けると、右手の得物である――俺達からすれば超巨大剣――で(うるさ)い小蝿を落とすように、横方向に薙ぎ払ってクラインとエギルを跳ね飛ばした。

 

 二人の悲鳴が耳に届くのと同時に、視界の端で小さく並んでいる二十本のHPゲージの内二本が一気に残量を減らして赤色となった。

 

 それだけで終わらず、巻き起こされた突風に他前衛の者達が後方へ飛ばされ、俺は咄嗟にしっかりと取っ手を掴む事でリランの背中から引きはがされるのを防ぐ。

 

 

 まるで台風のような暴風を(しの)ぎ切ったその時だ、《深淵の闇神》の周囲に、あの青と白と水色で構成された夜光虫のような粒子が舞っている事に気付いたのは。

 

 その様子は今《深淵の闇神》に取り込まれているセブンが、俺達と戦うために変異した姿である《白の女神龍》が使っていた粒子のそれそのものだ。

 

 

「嘘……あの粒子は……!!」

 

「セブンの時と同じのだよ、あれ! あいつまであれを使えるの!?」

 

 

 驚きながら言ったのがフィリアとストレアだ。《白の女神龍》と戦った時に一番最初に攻撃を弾かれて大ダメージを追う事になったのがこの二人。だからこそ、その時と同じであるという事にはすぐに気付けたに違いないし、驚かざるを得ないのだろう。

 

 そして俺自身も二人と同じように驚くしかない。あれだけの巨躯を持っていて、尚且つ前衛担当であるが故にHPと防御力の割り振りが高めになっているクラインとエギルのHPをあそこまで削ぎ落とすくらいの攻撃力を持つ《深淵の闇神》までも、あの《白の女神龍》と同じ能力を使えるというのか。

 

 これこそが、先程ユイを戸惑わせていた原因なのだろうか。あの時話をしてくれたユイに、俺は咄嗟に話しかける。

 

 

「ユイ、今のは!?」

 

「あれはセブンさんの時と同じ粒子による防御壁です。あの《深淵の闇神》の胸部周辺にだけ、粒子の防御壁が張られています。けれど、そんなものは本来《深淵の闇神(あのモンスター)》には搭載されていないはず……!」

 

 

 アインクラッドでは決してあり得る事のなかった、縦方向にも横方向にも巨大なボスモンスターがうようよと存在するこのALOだ。だが、あんなに強くて巨大なボスモンスターに、そんなものまで備わっていたらゲームバランスの崩壊どころの話ではない。

 

 大方ハンニバルが自分の勝利を確実にするために、チートを使って他のモンスターの特性を《深淵の闇神》に付与しているのだ。いやそもそも《深淵の闇神》に宿るハンニバルは、セブンの《使い魔》であり、様々なプレイヤー達のOSSと《使い魔》のデータを持つハルピュイアをアバターのようにしていたのだから、《白の女神龍》の時と同じような事が出来ても不思議な話ではない。

 

 胸の中から大きな怒りが込み上げてくる事実であったが、認めるしかなさそうだった。驚きの顔をしたまま動きを止めている俺達を認め、《深淵の闇神》はその腕を広げる。

 

 

《セブンの《使い魔》が採取したデータの中には使えそうなものもあったのでね、使わせてもらったよ。果たして君達が今の私に勝つ事など、可能なのだろうかね》

 

 

 明らかに挑発してきているのがわかる口調で頭に響き渡る《声》。本来ならば運営にしか出来ない――いや運営でもやらなそうな――事を平然とやって、普通にやってもクリア不可能なボスモンスターを用意しているのだから、これには誰もが怒りを隠せなくなる。最早ハンニバルは運営の力を手にしてしまった悪質プレイヤーと言っても過言ではないだろう。

 

 そんな絵に描いたような悪人を宿す邪神に視線を向けながら、ユイは何かに気付いたかのような仕草をしてから、その小さな口を大きく開けた。

 

 

「ハンニバルの防御壁はセブンさんの時と同じです。けれどそれは胸部にのみ発言しているもの、他の部位には攻撃が通じます! 胸部以外に攻撃を仕掛けてください!!」

 

 

 高らかなユイのナビゲートは空間中に響き渡り、その内容には俺も驚く。《白の女神龍》の時には全身を粒子で防御していたけれども、こいつに至ってはそうではない。胸部にさえ攻撃しなければ、普通に弾かれ無しでダメージを与える事が出来る。

 

 ハンニバルはあぁ言っているけれども、あのボスモンスターは俺達でも倒せるボスモンスターだった。

 

 

 その情報を受け取るなり突進を開始したプレイヤーが三人。アリシャ、シリカ、アルゴという頭に――アリシャに至っては人間の耳と同じ位置に――に大きな耳を生やしている三人組だ。

 

 ALOで選択可能な種族の中でも特異な見た目を持ち、素早い身のこなしを可能としているケットシーである三人は、先程のクラインとエギルよりも何倍も早く飛び回り、青、水、白の三色で構成される粒子を掻き分けて《深淵の闇神》へと接近する。

 

 勿論《深淵の闇神》は動かずにいるという事はなく、暴風と衝撃をまき散らしながら超巨大剣を無造作に振り回す。

 

 確かに素早くはあるけれど、防御能力に秀でているわけでもないのがケットシーでもある。それを選択する三人が受けてしまったら即時HPが空になってしまいそうな攻撃が繰り出されてくるという、冷や汗が出てしまいそうな状況下。

 

 その中でも三人は飛び回り続け、やがて《深淵の闇神》の攻撃が止んだその時に急接近、《深淵の闇神》の脇腹、腕の周囲、根本にそれぞれアリシャ、シリカ、アルゴの順で陣取るなり、一斉に武器に光を宿らせた。

 

 

「ここならどうヨッ!!」

 

「よくもあたし達にあんな事をしてくれましたね!!」

 

「オレっちは寛大なつもりだガ、お前の事だけは許せなイッ!!」

 

 

 アリシャは兎も角として、やはりハンニバルの起こした事件に巻き込まれる事もあったシリカとアルゴも、クラインとエギル同様明らかな怒りの声を上げて、《深淵の闇神》の懐で得物を光らせる。間もなくシリカは左右へのジグザグ移動を伴う連続斬撃、アリシャとアルゴはナックルによるキックを織り交ぜた連続打撃を放った。

 

 六連続攻撃短剣ソードスキル《ミラージュ・ファング》と七連続攻撃ナックルソードスキル《ダービュランス・ラッシュ》が忌まわしき邪神にお見舞いされる。SAO生還者の怒りが込められた三つのソードスキルは、確実に《深淵の闇神》の身体に吸い込まれ、《深淵の闇神》の上部に存在する三本の《HPゲージ》の最上部の残量が多くはないが減少する。

 

 その光景を目にした俺は、胸の中に安堵を宿した。ハンニバルは本当に俺を手に入れるため、俺達の抵抗を無意味にするためのモンスターを用意したと思っていたけれども、そんな事はなかった。

 

 例えハンニバルでも、倒せない敵など存在しないというこのゲームのルールに逆らう事は出来なかったのだ。

 

 

「攻撃、効いてるよ!」

 

「こいつは倒せない敵じゃない! 皆、あいつの胸部以外の部位を狙って攻撃を仕掛けるんだ!」

 

 

 イリスの呟きの後にディアベルの号令が届けられる。弱点さえわかってしまえばどうという事はない。ハンニバルの宿る《深淵の闇神》は倒せない敵でも、絶対無敵の運営でもなんでもない、自分達がこれまで相手にしてきたモンスター達となんら変わらない、SAOの時から乗り越えてきた障害と同じ物なのだ――それを理解したであろう皆の顔には、確かな希望が感じられた。

 

 

「リラン、今のわかったな。あいつの胸以外を狙って攻撃するぞ!」

 

《なんとも杜撰(ずさん)な設計ではないか。我らの生まれ故郷を滅茶苦茶にした罪を今、償わせてやろ――》

 

 

 頭の中に響く、希望と怒りが混ざり合ったようなリランの《声》が最後に差し掛かったその時だった。アリシャ、シリカ、アルゴの三人が放ったソードスキルを受けてダメージを負った《深淵の闇神》の、肩から生える龍の頭がその咢を開き、口内から霧状になった粒子を《深淵の闇神》に散布したのだ。

 

 その途端、《深淵の闇神》の身体に起きていたダメージエフェクトは消え果て、上部に表示されている《HPバー》は残量を取り戻し、戦闘開始時と同じになった。

 

 

「え……!?」

 

 

 そのあまりに目を疑うような光景が織り成されたものだから、俺達は呆然とその場に立ち尽くす。

 

 今、一体何が起きた。あの《深淵の闇神》の身に何が起こった。やっと与える事の出来た傷を、何故《深淵の闇神》は癒す事が出来たというのだ。

 

 疑問が次から次へと起こる頭のまま、俺はか細く声を出して、周りに浮かんでいるユイに問うた。

 

 

「ユイ、あれは……」

 

「……あれは――」

 

 

 ユイの解説が始まるよりも前に、硬直から立ち直って行動に出た者が居た。サクヤ、カイム、リーファ、スメラギの四人だ。シルフ族である三人は一斉にスペルの詠唱を開始し、スメラギは跨る白き妖狐と共に《深淵の闇神》へ突進していく。

 

 

「これならばどうだッ!!」

 

 

 スメラギの《使い魔》である白き妖狐の九つの尾から無数の狐火弾が閃くのと同時に、シルフ族三人による魔法が一度に発動。《深淵の闇神》の周囲に巨大な竜巻が三つも起こり、やがてそれらは引き寄せられ合って合体、一つの巨大なものとなって《深淵の闇神》を呑み込み、そこに狐火弾が突っ込んでいく。

 

 恐らく三人が最も得意としているであろう上級風魔法《タイラント・ハリケーン》。それに白き妖狐の放つ狐火弾幕が放たれる事で、巨大な火炎竜巻となって《深淵の闇神》を切り裂きながら焼いていく。

 

 風属性、火属性、闇属性の三つの属性攻撃を受けた《深淵の闇神》は龍の頭に悲鳴を上げさせ、ケットシー三人が攻撃した時よりも多く《HPバー》の残量を減らした。しかも高出力の攻撃を受けた事による仰け反りまで生じ、《深淵の闇神》の体勢は崩れる。

 

 これならばどうだ――スメラギの言葉を心で呟きながら始終を見ていると、《深淵の闇神》が体勢を立て直し、同時に姿勢を取り戻した龍の頭がその口より高濃度の粒子を放った。

 

 青、水、白の三色が織り成す光のシャワーを浴びた《深淵の闇神》はずんと背筋を伸ばし、その《HPバー》は再び最大値まで回復する。

 

 

「まさか、あれだけの攻撃を叩き込んだのだぞ!?」

 

「全回復するなんて、どうなってるんだよ!?」

 

 

 サクヤとカイムの戸惑いが混ざった大声が届けられてくる。

 

 三人の魔法攻撃がどれだけ強力なモノなのかは、これまで一緒に戦って来たからわかっているつもりだし、スメラギの白き妖狐の放つ狐火弾も威力の高いそれである事を身を持って理解している。

 

 《深淵の闇神》はそれらを受けてダメージを負った。確かにあの合体属性攻撃でダメージを受けたのだ。だが、それを上回る回復力を以って《HPバー》が元に戻った。

 

 

 それこそ、SAOの時にシリカと初めて出会い、ピナを生き返らせるために四十七層に赴き、オレンジギルドの連中に出くわした時、どんなに攻撃を受けても自動回復スキルでそれら全てを無に帰す、俺とリランのように。

 

 今はその時のオレンジギルドが俺達で、あの時の俺達がハンニバルだ。そう、あの時の俺達の何倍もの規模を持った俺達が、今の俺達の敵なのだ。

 

 

「こんなの……どうやって倒せばいいの……!?」

 

「攻撃しても場所によっては防がれて、攻撃に成功しても回復されるだなんて、ゲームバランスも何もないじゃない……!」

 

 

 普段の二人からは想像も出来ないような弱気な声を出す、ユウキとアスナ。ハンニバルは俺達でも倒せる敵を用意してしまうというミスを犯したと楽観視していたが、そこは用意周到なハンニバル、やはり俺達ではどうする事も出来ないような敵を用意してきていたのだ。今のハンニバルには攻撃は効く。

 

だが、どんなにダメージを与えても回復されてしまうから、リランも白き妖狐も歯が立たない。結局絶対防御をされているのと同じなのだ。

 

 

 そもそも、あの《深淵の闇神》の回復力は何が故なのか。《深淵の闇神》が回復する寸前、龍頭が吐き出す粒子を浴びているから、粒子によって回復をしているようにも見えるけれど、そんな能力まで持ち合わせているのだろうか。

 

 

(……待てよ?)

 

 

 以前そんなモンスターの話を聞いた事がある。

 

 どこで聞いたかは詳しく思い出せないけれども、確か粒子を操るモンスターが居て、尚且つそいつもテイムできるモンスターであるという情報を、俺は得た事がある。

 

 

 そのモンスターはリラン達《狼竜種》と同じ《シリーズもの》であり、それら全てが体内から粒子を出し続け、粒子が多ければ多い程高い運動能力、攻撃力、防御力を発揮するとして《ビーストテイマー》達から注目を浴びた。

 

 けれどその情報が公開されてすぐに、そのモンスターは長時間粒子を散布し続けないとろくに動き回る事も出来ない長期戦向きスロースタート型であった事が判明。戦闘が始まっても長時間放置しなければ全く使い物にならず、他の《使い魔》やモンスターと戦わせても時間が経過する前に速攻で撃破されてしまうという事から、物好きな《ビーストテイマー》達以外からは目も当てられなくなったという。

 

 

 そのモンスターはどのような姿をしたモンスターであり、どういった名前だったのか。全く持ってこの場でやる事ではないにもかかわらず、俺は頭の中を探り出したが、その中で耳元から大声が届けられてきた。

 

 

「あれは粒子による回復能力だよ! あいつには粒子を使って防御するだけじゃなく、回復する能力まであるんだよ!」

 

 

 《深淵の闇神》が根城としている広々した空間の中に木霊する声。発生源にいるのは、たった一人の妹を囚われてしまった姉である、長い赤髪とオレンジ色の瞳が特徴的なレインだ。

 

 

「やっぱりあいつ、回復まで出来るのか!?」

 

「そうだよ! だからこのまま攻撃しても駄目! 粒子がある限りあいつはいくらでも回復できるんだから!」

 

 

 以前――と言ってもつい先程ではあるけれど――相手にした《白の女神龍》は低いステータスを持っていたが、それら全てを全身より生み出す粒子による加速と防御で補うという形式になっていた。

 

 それ故に《白の女神龍》は粒子が枯渇すると運動能力も防御力も低下し、攻撃も防御も粒子を消費してしまうという弱点を持ち合わせていたから、それを突く事で倒せた。

 

 その《白の女神龍》と同じ能力を持っているうえに、そこに回復まで上乗せした力を持つ《深淵の闇神》。ここまで来たら、最早何が弱点なのかわかりはしないし、どうやって戦って行けばいいかも思い付く事が出来ない。

 

 (わら)(すが)るような気持ちになって、俺はレインへ問う。

 

 

「じゃあどうすればいいんだ!? どうすればこいつを倒せる!?」

 

「あいつの防御と回復を可能にしてるのは、セブンの時と同じ粒子だよ。あの粒子を作るところを攻撃して壊せば、防御も回復も出来なくなる……あいつは無敵なんかじゃない!」

 

 

 鋭い目つきのレインから織り成される言葉が終わるなり、白き妖狐に跨るスメラギがその傍へとやってくる。かつてはレインを嘘吐きレインだなんて言っていたスメラギだが、今のレインに向けている視線はその時の面影は一切なかった。

 

 

「弱点部位があるという事か。それはどこか予想付くか!?」

 

「それはわからない。けれど、最初にクライン君とエギルさんが攻撃した場所に粒子の壁が張られているから、もしかしたらあそここそが粒子の生産場所なんだと思う。本当は、粒子を使うモンスターは全身から生み出せるようになってるんだけど、あいつはその能力を()()ぎしてるから、そんなふうになってるんだよ」

 

 

 確かに本来の《深淵の闇神》にあのような能力は備わってないだろう。あの力は《深淵の闇神》をアバター化させたハンニバルがチートで取ってつけたようなもの。だからこそ、本来その力を持つモンスターのように全身から生み出す事は出来ないようになっているのだろう。

 

 レインの言っている事が正しいのであれば、クラインとエギルが攻撃して弾かれたところ、即ち《深淵の闇神》の胸部に粒子の発生器官が存在しており、龍の頭が発生器官より発生した粒子を攻撃や防御に使っているのだ。

 

 

「なるほどな。って事はあいつの胸を狙って攻撃すれば……」

 

「けれどそれは多分わたし達の今の火力じゃ無理だよ。あいつの回復力と防御力はわたし達の火力を遥かに上回ってるはず。このまま攻撃しても弾かれるだけ」

 

 

 苦汁をなめたような顔をするレイン。このALOでのボス戦にはレイドボス戦という形式のものがあり、それには最大四十九人で挑む事が出来るようになっている。恐らく《深淵の闇神》も本来はレイドボスであり、野良でも仲良しチームでもいいから四十九人寄せ集めて戦うのが前提となっているのだろう。

 

 しかし、現在の俺達の人数は最大数を遥かに下回る二十人。四十九人で挑まなければならないものを二十人で相手にしているというのが現在の状況だ。四十九人の火力をぶつけてようやく破れるものを、二十人で破るなどというのはどう考えても無理がある。

 

 

《ならばどうしろというのだ。あれには我のブレスも、スメラギの《使い魔》の攻撃も効かぬ。火力が全然足りておらぬぞ》

 

 

 リランの《声》を頭の中に響かせたそこで、俺はある事に気が付く。

 

 そういえば、レインは《白の女神龍》の時からこの粒子の能力の知識を持っており、それを俺達に教える事で戦況を有利化させてくれていた。《白の女神龍》を倒せたのだって、結局言えばレインが粒子についての情報を教えてくれたからだ。

 

 その事が何よりも気になった俺は、その少女へと問う。

 

 

「待ってくれレイン。どうして君はそんなにあの能力の事に詳しいんだ。前にあぁいうモンスターと戦ったりした事でもあるのか」

 

「……」

 

 

 その問いかけを受けるなり、赤髪の少女は俯いてしまい、そのまま何も言わなくなってしまう。あれ、何か言ってはいけない事を言ってしまったか――不安になったその時に、少女の口は開かれた。

 

 

「……あのね、キリト君。ううん、()()

 

「え」

 

「わたしはね、SAOの頃からずっと団長に憧れてた。あんなに強くて大きなドラゴンの背中に跨って、大きなボスモンスターに立ち向かっていく団長がかっこよく思えてさ。だから、あの世界がクリアされてこの世界に来てから、少しでも団長に近付きたかった。団長と同じ気分を味わいたかったの」

 

 

 俺達がSAOに閉じ込められていて、俺が血盟騎士団という精鋭プレイヤーのギルドの二代目の団長をやっていた頃。確かにあの時はリランを駆る俺を羨望の眼差しを向けるプレイヤーや団員は多く存在し、《ビーストテイマー》になろうと躍起になっている者達も大勢いた。

 

 そのプレイヤー達のような眼差しで、レインは俺の事を見てきていた。

 

 

「そしたら素早くて強いモンスターに進化するモンスターがいるっていう話を聞いて、わたしはそれをテイムしたの。けれど、それは嘘だった。その子は確かに他とは違う能力を持っている子だったけれど、他のモンスター達の方がよっぽど強かったし、ダンジョンの中に持ち込む事さえ出来なかった。だからわたし、キリト君達に見せられなかったの」

 

「レイン、まさか君は……!」

 

 

 俺の言葉を遮るように、レインはすっと前方に出た。それに反応したかのように、《深淵の闇神》から頭の中に目掛けて《声》がする。

 

 

《私の防御と回復は完璧だ。君達は私に勝つ事など出来ない》

 

「……ハンニバル。お前の能力の事は、わたしはよく知ってる」

 

《ふむ、何故君はそのような事が言えるのかね》

 

「何故? そんなの単純だよ。だってお前の纏ってるその光は……」

 

 

 レインはかっと顔を上げて、力強く宣言した。

 

 

()()()()()()と同じなのだもの!!!」

 

 

 次の瞬間、赤髪の少女は力を溜め込むような姿勢を取り、やがて一秒ほど止めてから、全身から放つように声を出した。

 

 

「シンシア――――――――――ッ!!!」

 

 

 これまで見てきたレインからは想像もつかないような絶叫が(ほとばし)り、空間を揺らすように鳴り響き渡る。一体何が起きた、レインは何をしたと誰もが呆然と立ち尽くしたその次の瞬間、突然揺れが起きる。

 

 空中に浮かんでいるというのに、地震に襲われているかのように錯覚する大気の揺れ。もう一度全員で混乱し、なんだなんだと声を上げながら周囲を見回し、やがて上空へ視線を向けたその時に俺は気付いた。

 

 

 俺達のいる高度よりも遥か上空。まるで全ての惑星を失った宇宙のように広がる闇の中にぽつりと存在する小さな青白い光。それは秒単位で大きくなっていき、ある程度膨れたところで一気に巨大化。その時既に俺達は突然巻き起こった暴風に吹き飛ばされており、宙をバラバラに舞っていた。

 

 あまりに連続する出来事に驚きと混乱を抱きながら、体勢を立て直したリランにしがみ付き、ハッと視線を目の前へ向けたその時に、俺は言葉を詰まらせた。

 

 

 黒き鎧を纏い、肩から竜の頭を生やした《深淵の闇神》と俺達の間に、新たな存在が姿を現している。

 

 全身を鎧のような甲殻に、頭部を甲冑魚の甲羅のような甲殻で覆い、鳥の翼とそれ本来の形を融合させたような形状となっている巨大な胸鰭を四枚持ち、尚且つ身体の後部にまで一対の鰭がある。

 

 背中からはごわごわとした青い毛を、頭部に後方へ湾曲した一対の角、額から結晶状の蒼い角を一本生やした、周囲に青、水、白の三色の粒子を振りまきながら宙を泳いでいる、全長二十メートルは軽く超えた巨躯を持つ青い――

 

 

(クジラ)……!!?」

 

 

 

 




次回、決着!

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