私からのクリスマスプレゼントは、最新話です。
俺は目の前に広がる光景を信じられないでいる。
《深淵の闇神》との戦いを繰り広げていた真っ最中、俺の仲間の一人であり、《深淵の闇神》に実の妹を囚われてしまっているレインが大きな声で何かを叫んだのだ。その意味を俺達全員は理解できず、一体何事なのかと思っていたが、そんな俺達を跳ね飛ばすような衝撃が襲ってきた。
今度こそ何だと言って目の前へ視線を戻したところで、俺は言葉を失った。先程まで俺達と《深淵の闇神》しかいなかった空間に、巨大な存在が姿を現していた。
白い鎧のような甲殻に身を包み、頭部を甲冑魚の頭殻のようなそれで覆い、胸鰭を二対ずつ生やし、背中からごわごわとした蒼い毛を、頭部から後方へ湾曲した角、額から一角獣のような角を生やした、全長二十メートルは超えていそうな、巨大な
如何にもゲームグラフィッカーやイラストレーターが想像力をフルに使った結果生み出す事に成功した
そんな海から飛び出してそのまま飛行しているような
「な、なんだあれぇ!?」
「く……鯨が空を飛んでる……!?」
ゲーマーではあるけれども滅多な事では驚く事さえないシュピーゲルも、今回後衛を受け持っているディアベルさえも驚きを隠せないでいる。このALOは基本的に何でもありのゲームだから、何が出て来たところで不思議ではないのだけれども、流石にあのモンスターが突然現れた事には驚くしかない。実際俺もそうなってしまっていて、何も言葉を発せないでいる。
だが、やがてその沈黙を破る者が現れた。無数のプレイヤーから《使い魔》の相談を受けていたケットシー族の領主、アリシャ・ルーだった。
「あれは……
「光鯨龍……!?」
俺の問いかけにアリシャは答えてくれた。
これまで俺達はALO本土、スヴァルト・アールヴヘイムの中で様々な種類の敵モンスターと戦ってきたが、その中には海ではなく空を駆ける海洋
空を海の中のように泳ぎ回るシャチやイルカのようなモンスター達。それらは全て鯨竜種《げいりゅうしゅ》と呼ばれるドラゴン族に分類されており、これらをテイムする事も可能とされていた。
その鯨竜種をしっかり育てた末にプレイヤーを待っているものこそが、鯨竜種の中で最も大きな体躯と力を持っており、鯨のような姿を持つドラゴン。《
「光鯨龍リル……あれがそれなんですか」
「そうだヨ。そして光鯨龍は蒼くて綺麗な光の粒子を散布して、それがその場に沢山ある事で高い運動性能と攻撃能力と防御能力を発揮するんだけど、如何せんそれに時間がかかるから、割に合わないモンスターだって言われてたのヨ」
そのアリシャの説明を以って気が付く。そうだ、そいつだ。以前どこかで聞いた《使い魔》の話。
長時間粒子を長時間散布し続ける事で高い運動能力、戦闘能力を発揮するが、その時間に達するまでは遅いし動けない。能力を最大発揮する前にやられてしまううえに、あまりに巨大すぎるが故にダンジョンに入る事さえも出来ない弱点まで抱えているという事から、見向きもされなくなっていた不遇なモンスター。
それこそが、あの光鯨龍と呼ばれるモンスターなのだ。
その不遇と言われ続けてきた《使い魔》の傍にいるのは、赤髪の少女レイン。レインは空鯨に寄り添うと、やがて俺がリランにやる時のように、その手で頭の付近を撫でてやり、空鯨は「くぉぉん」という心地良さそうな声を出す。
まさしく、巨大な空鯨がレインを主と認めて従っているという、《ビーストテイマー》と《使い魔》が織り成す典型的な光景。それを見ているしかない俺に振り向き、レインはその口を開いた。
「この子こそがわたしの《使い魔》、シンシア。黙っててごめん、キリト君。わたしも《ビーストテイマー》だったんだよ」
「それが、君の《使い魔》……」
「うん。この子はこんな感じで大きいからダンジョンの中で呼び出せないし、時間が経たないと強くならない子だから、皆の迷惑になると思って使わなかったの」
確かにレインの《使い魔》は強い部類に入るのだろうけれども、アリシャの言う通りならば、最大の実力を発揮できるのは長期戦時のみなうえに図体がそもそも大きすぎるから、ボス戦などでは迷惑になってしまう事だっただろう。
その事をわかっていたから、レインは自分が《ビーストテイマー》である事を何も言わなかったのだ――不思議な納得感と、隠されていた事を正直に話してもらった事への嬉しさが心の中に湧き上がり、俺は口角が上がるのを感じた。
「そうだったのかよ。しかも君、光鯨龍って事は《ドラゴンテイマー》じゃないか。そんな事をずっと隠してただなんて……」
「まさしく嘘吐きレイン、でしょ?」
自らを皮肉っているかのようにレインが笑むと、その《使い魔》の前方にいる黒き巨人、《深淵の闇神》が得物である超巨大剣を振りかぶった。同刻、頭の中で《声》が響く。
《そんなものが切り札とは言えない。この能力を使いこなせているのは私なのだからな!》
如何にも余裕そうな言葉の後に、《深淵の闇神》はその剣を思い切り振り降ろす。その刃先に居るのは当然の如く、レインとシンシアなる名前の《使い魔》だ。シンシアは鯨のような外観をしているが故に巨大で、迫り来る《深淵の闇神》の超巨大剣を回避する事など出来っこない。
拙い、防御しろ――その指令を俺が下すよりも前にレインはシンシアの項――正確には背中だろうか――に飛び乗り、大きな声を上げた。
「シンシア、防御ッ!!」
レインが跨るシンシアは鯨やイルカが出すそれのような声で咆哮。直後シンシアの周囲に夜光虫のような水、青、白の三色からなる光の粒子が集まり、瞬く間に球体状のバリアのようになって一気に膨張。周囲にいる俺達さえも包み込んでしまうくらいにまでなったところで《深淵の闇神》の超巨大剣の刃が飛来した。
だが、その刃はシンシアに届くよりも前に、俺達諸共シンシアを包む球体状の粒子壁に衝突し、ガキィンという金属音と火花を散らして停止した――かと思えば、次の瞬間には《深淵の闇神》は先程のクラインとエギルのように弾かれた超巨大剣に身体を持って行かれ、姿勢を崩していた。
シンシアの放つ粒子バリアウォールが、勝利したのだ。
「あいつの攻撃を弾いたよ!?」
「こんな事があり得るのか!?」
始終を見ていたシュピーゲルとエギルが声を上げる。
シンシアも――リラン程ではないけれど――ボスモンスターのように見えるが、それでも《深淵の闇神》の方が勝っているように見えるし、実際ステータスも《深淵の闇神》の方が遥かに上なのだろう。なのに、その《深淵の闇神》の放った攻撃をシンシアが防御しきった。
目の前で繰り広げられた光景には、流石の俺も驚くしかなかった。そして攻撃を弾かれた《深淵の闇神》の中にいるハンニバルも、一瞬何が起きたのかわからないように武器とシンシアを交互に見ている。
《私の攻撃を、《深淵の闇神》の攻撃を弾いただと? そんな事があり得るものか!》
明らかに動揺を感じさせる声色となっている《声》が頭に響く。SAOで様々な出来事を撒き起こし、その結末を見てきたハンニバルと言えど、この出来事は予想できていなかったらしい。
そんな声を聞いているであろうレインは空駆ける鯨の背にしっかり跨り、強気な声を出す。
「お前はシンシアと同じ力を使って、それだけの出力を得れるこの場所を作ってる。だから、お前と同じ場所にいる今のシンシアも、お前と同じくらい強いんだよ!」
なるほどそうか――俺は咄嗟に納得する。
レインの操る光鯨龍は大量の粒子が散布されている戦場でこそ真価を発揮する特殊なモンスター。そしてこの場はハンニバルが《深淵の闇神》にその能力を後付したおかげで粒子が満ちている。
即ちこの戦場は、光鯨龍が最も戦闘能力を出せる場所となっているのだ。そしてハンニバルが用意した作戦は、光鯨龍が俺達の中に居ない事を前提に作り上げた戦法であり、光鯨龍を用意していた場合は根本から瓦解するようになっていた。
それがわかったのだろうか、《深淵の闇神》から《声》が飛んできた。
《この私に匹敵するだと。私が管理物に負ける事など有り得ない!》
早回しのレコーダのような《声》の後に、《深淵の闇神》の肩より生える龍の頭が俺達に視線を向け、咢を開いて粒子ビームを照射を開始する。
ビームにはビームで対抗する攻撃をやってきているからこその条件反射なのだろう、リランが咄嗟にシンシアの前に躍り出て、迫り来る青白いビームブレス目掛けて白化熱ビームブレスを照射しようとしたが、シンシアの前に居るリランに直撃するよりも前の位置で粒子ビームは停止した。
リランと《深淵の闇神》の間にあるのはシンシアの放つ粒子バリアウォール。シンシアのバリアの出力が《深淵の闇神》の出力に打ち勝ち続けており、《深淵の闇神》の放つビームを寄せ付けない。
やがて疲労したかのように《深淵の闇神》がビームの照射を止めると、シンシアもバリアウォールの展開をやめる。
先程から俺達を苦しめるだけだった粒子による特殊能力。長時間の戦闘が必要になる事からプレイヤー達から見向きもされなかった力が手に入った途端、戦闘が逆転したという状況には呆然とする他ない。
だが、妹を囚われているという事で呆然も何もしないレインは続けて《深淵の闇神》に言い放った。
「そしてお前は、この防御能力と回復能力に頼り切ってる。それじゃあ、それに使うための粒子を全部攻撃に転用しちゃったら、どうなるんだろうね!?」
《なんだと!?》
《深淵の闇神》からの《声》の直後、シンシアは突然その頭を上に向け、「くぉぉぉん」という鯨ともイルカのそれとも似つかない声色の咆哮を上げた。間もなくして、周囲にふよふよと浮かんでいる夜光虫のような粒子が、シンシアの口元に吸い込まれるように流れ出す。
粒子の流れは秒単位で増えていき、シンシアの口元は水色の眩い光に包み込まれ始める。似たような光景を繰り広げるものが《使い魔》だからこそ分かる、これはチャージブレスを放つための動作だ。
シンシアは《深淵の闇神》がチートで出しまくった粒子の恩恵を受けたチャージブレスをお見舞いするつもりでいる。――だが、その動作開始から十数秒経っても、シンシアの吸い込みは終わらないし、シンシアの口元へと向かう粒子の奔流も止まる気配を見せない。
(まさか!)
シンシアが該当する光鯨龍は、その身体から粒子を散布し続ける事で高い戦闘能力を得、散布時間が長ければ長い程、空間に粒子があればあるほど高くなるものだ。その粒子をここまで時間をかけてチャージしているという事は、今放とうとしている技は空間にある全ての粒子を吸収しきった上で放ち、放った後は完全に無防備となってしまうような、もろ刃の剣のような技なのだろう。
その攻撃に使うための粒子を《深淵の闇神》が出しまくっているせいで一向にチャージが終わらないし、チャージ濃度も上がる一方。最初に能力を発揮した《深淵の闇神》は負けじと粒子を出し続け、周囲を夜光虫の海に変えようとするけれども、それを片っ端からシンシアが吸い込んでいく。
他のモンスターの使う粒子を逆に利用して、自分の《使い魔》の攻撃に転用するなどというやり方は、運営でさえも思い付かなかったものなのかもしれない。まさに裏ワザというべきやり方に驚いていたその時に、俺はある事に気付いてハッとする。
《深淵の闇神》の胸元が水色に輝いている。いや、あそこにだけ妙に粒子が湧いている。その他の部位よりも明らかに濃く、粒子が浮遊しているのだ。それこそまるで、あそこから粒子が放出されているかのように。
そしてシンシアの跨るレインは先程、《深淵の闇神》の粒子はある部分から出ているだけのはずだと予想していた。
ここから導き出される答えはただ一つ。《深淵の闇神》の胸元にこそ粒子の発生源、コアがある。あそここそが《深淵の闇神》の弱点だ――それを口に出そうとしたが、俺の近くを浮遊するユイがその前に大声で指示を下してきた。
「レインさんの《使い魔》の粒子の吸収によって、《深淵の闇神》の防御能力と回復能力が低下しています! 今ならパパ達の攻撃が通じます!」
当たり前だ、そのための粒子をシンシアが吸収してしまっているのだから――心の中で呟いて口角を上げた俺はリランの取っ手と剣をぎゅうと握り締め、声を張り上げた。
「皆、あいつの胸を攻撃するんだ! あそこにあいつの弱点がある! そこを全力攻撃するんだッ!!」
最大数の二分の一程度しかない二十人全員に俺の声は届いたようで、皆待っていましたと言わんばかりにそれぞれの得物を握り締め、一斉に《深淵の闇神》に肉薄。俺の指定した《深淵の闇神》の弱点部と思われる胸元へと飛び込み始めるが、勿論《深淵の闇神》は武器を構え、龍の頭を動かして迎撃を開始する。
《諸君が私に勝てないのは確定事項だ! 我が力に勝つ事など、不可能だッ!!》
怒り狂っているかのように《深淵の闇神》は超巨大剣を振り回すが、冷静さを失っているせいもあるうえに、皆迫る超巨大剣の動きを読んでいるかのように翅を羽ばたかせて滑空し、回避を繰り返すものだから、その刃が当たる事はない。
それを補うようにして、《深淵の闇神》の肩から生えている龍の頭が忙しなく動き回り、身体を伸縮させて噛み付きかかるなどの攻撃を繰り出してきたが、それさえも皆は回避して回り、やがて攻撃を終えて隙だらけとなった龍の頭に肉薄する者達が居た。
リズベット、シリカ、ディアベルの三人だ。
「これでどうよッ!!」
「邪魔しないでッ!!」
「これでどうだッ!!」
咆哮しながら武器に光を宿らせ、リズベットは片手棍を思い切り振り降ろして衝撃波を巻き起こし、シリカは短剣を鮮やかな身のこなしで振るって八回斬り付け、ディアベルは片手剣に渾身の力を込めて突進を攻撃を放った。
重攻撃片手棍ソードスキル《スピリット・ボンバー》、八連続攻撃短剣ソードスキル《アクセル・レイド》、突攻撃片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。
三つの異なる属性のソードスキルが炸裂すると、龍の頭は悲鳴を上げるが、更にそこに三人の異なる妖精族を選んだ者達がスイッチする形で迫る。
フィリア、アルゴ、クラインの三人だ。
「覚悟しなさいッ!!」
「これでも喰らって沈メッ!!」
「もう俺に嘘夢を見せるんじゃねぇッ!!」
アルゴはナックル――ではなく足に装着している防具に光を宿らせたうえで爆発的な飛び蹴りを、フィリアはぎゅんと加速したうえでの短剣で斬り抉りを、クラインは突き、横斬り、縦斬りの三連続攻撃を繰り出し、龍の頭にお見舞いする。
重攻撃単発ナックルソードスキル《レオパルド・ブリッツ》、一撃短剣ソードスキル《ラピッド・バイト》、三連続攻撃刀ソードスキル《朧月夜》。
先程の三人のと合わせて六つのソードスキルを受けた龍の頭は断末魔に等しい声を上げ、凄まじい規模のエンドフレイムとなり、身に纏う甲殻共々爆散した。どうやら《深淵の闇神》の肩に生える龍の頭は、それぞれ別モンスターという扱いになっていたらしく、部位破壊だとかそういう事ではなかったらしい。
それを了解するなり、残ったもう一つの龍の頭目掛けて突進を開始した者達が見えた。ストレア、イリス、エギルの三人という、俺達の中で高身長――ストレアに至っては自ら曰く豊満――な仲間達だ。
三人の接近を認めた龍の頭は咄嗟に咢を開き、口内よりブレスを照射しようとしたが、吐き出されたのは先程の粒子ビームではなく、上方向へ立ち上る粒子の煙のようなもの。シンシアが戦場の粒子を吸収し続けているせいで、満足にブレスを吐く事も出来ないのだろう。ブレスを吐くはずが、煙を吐いてしまうという何とも間の抜けた動作を目にしながら、三人は隙だらけの龍の頭に急接近した。
「これでどうッ!!」
「喰らいなッ!!」
「大人しくしやがれッ!!」
声を張り上げた直後に、龍の頭目掛けてストレアは光纏う両手剣による回転斬りを放ち、最後に渾身の縦斬りをお見舞いした。その五連続攻撃に続いて、イリスは刀で前方を薙ぎ払う事で発生する三日月形の衝撃波を飛ばし、最後にエギルが力任せに両手斧を振り降ろして、爆発に等しき衝撃波を巻き起こす。
五連続攻撃両手剣ソードスキル《フュリアス・デストロイアー》、遠距離攻撃刀ソードスキル《残月》、超重攻撃両手斧ソードスキル《グラビティ・インパクト》。
三つの重攻撃が大爆発のように襲い掛かると、龍の頭は悲鳴を上げて動きを止める。その隙を突く形で更に龍の頭に肉薄したのが、リーファ、サクヤ、アリシャ・ルー、シュピーゲルの四人だった。
「これで終わりだッ!!」
「はあああああッ!!」
「受けてみろッ!!」
「これで決めるヨッ!!」
シュピーゲルは龍の頭に着地したうえで三回矢を放ち、龍の頭の動きを縫いつけたようにして止めて離脱。そこにすかさずリーファが片手剣で勢いよく切り上げるような一撃を放ち、サクヤが美しささえも感じさせるような刀捌きで十三回斬り付け、止めを刺すようにアリシャが渾身のパンチを炸裂させる。
十五連撃弓ソードスキル《マルチプル・チェイサー》、重攻撃片手剣ソードスキル《レイディアント・アーク》、十三連撃刀ソードスキル《羅生門》、超重攻撃ナックルソードスキル《デッドリー・ブロウ》。
七つのソードスキルを受けた龍の頭はもう片方の時同様断末魔を上げながらエンドフレイムとなり、甲殻諸共も爆散して消え去った。
攻撃手段を二つも潰されてしまった《深淵の闇神》は一瞬何が起きたかわからないように左右をきょろきょろとし、前方に向き直る。その時既に、《深淵の闇神》の弱点が存在する胸元へ突撃している人影があった。
後衛に就いていたアスナとカイム、二人の支援を受けながら前衛で戦い続けていたユウキとスメラギ、そしてスメラギの《使い魔》である白き妖狐からなる四人と一匹。合計五人の小さな隊が突撃すると、《深淵の闇神》は右手に携える超巨大剣を握り直し、大きく振りかぶった。
《小癪な方法を使ったのかもしれないが、私に勝てない事は以前変わりない!》
「やらせるかッ!!」
ハンニバルが《声》で伝えてから剣を振り降ろしたその時だった。突如として《深淵の闇神》の横方向に青い光で構成された、太刀を持った腕が出現。《深淵の闇神》が攻撃を繰り出すのと同時に《深淵の闇神》の右手を薙いだ。
どしゃあという肉が裂けるような音と共に《深淵の闇神》の右腕が肘辺りから飛び跳ね、超巨大剣諸共轟音を立てて地面へ落ちる。
そのまま目線を《深淵の闇神》の方に戻してみれば、太刀を片手で持ち、横方向に振り終えたような姿勢をしているスメラギの姿。本人曰く、隻腕であろうとも戦い続け、軍神として恐れられた北欧神話の神、テュールの生き様を昇華させた結果誕生したというオリジナルソードスキル。
《テュールの隻腕》を炸裂させた時の動作に酷似した姿勢が、今のスメラギのそれであった。
音速に近しい速度で飛び回るリランを捉えてソードスキルを放てるくらいの実力者であるスメラギだ、《深淵の闇神》が剣を振り降ろすのよりも早くその動作を見切り、自分の自慢のOSSである《テュールの隻腕》をお見舞いしてやったのだろう。
そして最後の抵抗手段さえも失われた《深淵の闇神》の胸元に、アスナ、ユウキ、カイムの三人は到達。レインの《使い魔》によって防御能力を
「せやあああああッ!!」
「たああああああッ!!」
「はああああああッ!!」
斬り払ってからの超音速の連続突きをアスナが繰り出してから、ユウキが水平方向に移動しながらの四連続斬撃を放ち、最後にカイムが前方へローリングしながらの縦回転斬りを放って六回斬り付けた。
四連続攻撃細剣ソードスキル《カドラプル・ペイン》、四連続片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》、六連続攻撃刀ソードスキル《窮奇》。
三つのソードスキルは弾かれる事無く《深淵の闇神》の胸部の鎧へ吸い込まれていき、それらをいっぺんに受けた鎧は、がしゃんという大きな音を出して砕け散った。
まるでビックリ箱を開けた時のように露見して来たのは、どす黒い《深淵の闇神》の身体であり、そこに埋まる青、水色、白色の光を放出する、発光する巨大な水色の球体の姿。
他の部位と比べて明らかに異質であり、如何にも弱点であると主張しているようなそれ。本来シンシア達《光鯨龍》だけが持っている能力を、無理矢理《深淵の闇神》という存在に付与している原因だ。
曝け出されたその容姿をまざまざと目の中に入れたその時に、俺は頭の中に響く《声》を感じた。《深淵の闇神》の放つハスキーボイスではなく、何度も聞いている初老女性のような声色だ。
《キリト、あそこだ!》
「あぁ、あそこがあいつの弱点だ!」
《そうだが、あそこだ! あそこにシノンとセブンがいる。あそこに二人が囚われているのだ!》
身体の下の相棒からの《声》の内容に驚いて、俺は《深淵の闇神》の水色の核に注目する。核には水晶のような透明度は無く、カラーコーティングされた何となく艶のある球体で、中に何かがあるようには見えない。
「なんだって!? あそこに二人がいるのか!?」
《あそこを破壊すれば二人を取り返せるはずだ。あれさえやってしまえば、奴の人質作戦は失敗ぞ!》
リランは基本的に嘘を吐く事はないし、俺達人間では感じ取れない情報などを感じ取る事も出来る。そんなリランが言っているのだから、その内容は真実だろう。それにどのみち《深淵の闇神》の弱点はあそこだから、やる事は変わりない。
俺は剣を鞘に仕舞うと、両手でリランの取っ手に捕まり、リランの項を覆う鎧のキャノピー部位に入り込んだ。
「リラン、ぶちかますぞッ!!」
《了解だ! しっかりと捕まっておるのだぞ、キリト!!》
頷いた直後、リランは脇を閉め、背中より生える巨腕と融合した武器の後部より白化熱エネルギーを勢いよく噴出し、爆発的な速度を経て飛行を開始する。
広がる空間の内装もあってか、俺達は白き流星ように飛び回り、やがてリランは全身に白化熱を纏って一気に方向転換。《深淵の闇神》の胸部に位置する水色の球体目掛けて突撃を開始した。
あまりの速度のせいで周りの様々なものがスローモーションのような動きで見え、《深淵の闇神》に至っては元々動きが遅いために更にスローになっているように見える。そしてその傍には、先程まで攻撃を仕掛けていた仲間達は無く、皆一定距離まで退却しているのがわかった。
リランのこの技はかなり広範囲かつ強力だ。たとえ仲間達であろうとも巻き込まれれば一溜りもない。だからこそ、俺はこの技を使う時は周りに気を使っているのだが、皆の方が先に俺達の事を理解していたようで、いち早く撤退したらしい。
これならば何も問題なく技をぶちかませる――飛翔するリランにしがみ付き直したその時、俺を乗せた《戦神龍ガグンラーズ》の種名を持つリランは《深淵の闇神》の胸の球体に激突。そのままフレーム単位の時間で《深淵の闇神》の胸部を砕いて肉を焼き裂き、突き抜けた。
まさに、狙ったモノがどこへ逃げようとも追いかけて貫くという《神槍グングニル》の具現。
そんな北欧神話のワンシーンを再現したリランが《深淵の闇神》を貫通し、速度を緩めてホバリングに移ったその時には、俺の手元には二つの大きな光球。そこから感じられるのは、シノンとセブンと一緒に居る時に感じる気配と同じ物。
リランの言った通り、二人を取り返す事に成功した――確信した俺は咄嗟に振り返り、二人のうちの一人であるセブンの姉に叫んだ。
「レイン――――――――――――ッ!!!」
俺の声が届けられた先に居たのは、これ以上ないくらいに粒子を溜め込んでいるがために、全身を
その耳の中に俺の声を入れたであろう少女はかっと顔を上げ、咆哮した。
「シンシア――――――――――――ッ!!!」
空間を揺らすほどの絶叫がされるなり、主の指示を受けた鯨は目線を顔ごと《深淵の闇神》へ向けた。その咢が開かれた次の瞬間、本来の規格を超える程であろうその身体の奥から、特大級の口径の光線が
リランがどんなに力を溜め込んでも放てそうにない、直径十五メートルはありそうな規模の光線。
それは放たれたのとほぼ同時に《深淵の闇神》の身体を一瞬で呑み込み、《HPバー》の中身をそれごとフレーム単位で消滅させ、やがて空間そのものを青水色の光に包み込ませた。
その中に混ざる形で、ハンニバルの断末魔に等しき《声》と、凄まじい規模のエンドフレイム、ガラス片となって爆散する《深淵の闇神》が見えた。
――設定解説――
・
ALOに生息する、宙を泳ぐ海洋哺乳類型モンスターを愛情込めて最大まで進化させる事で誕生する、鯨のような姿をしたモンスター。フィールドには存在しない。
身体から夜光虫のような粒子を散布しながら飛び回り、粒子の濃度が増すほど高い運動能力、防御力、攻撃力を得る。
しかし、粒子を散布し続けなければその能力を最大まで引き出せない超スロースタート型であるため、短期決戦を仕掛けられると対応できず、すぐさまやられてしまう、身体がそもそも巨大すぎるためにダンジョンへ持ち込めない、いい的になりやすいなどの欠点の多さから、他のプレイヤー達からは見はなされた存在であった。