キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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24:空へ響く歌姫達の歌

            □□□

 

 

 

「なんなんだ、何が始まるんだよ?」

 

 

 現実世界 午後八時三十分

 

 珍しくALOの内部時間と現実の時間がシンクロした今日この日、キリト達はスヴァルト・アールヴヘイムのクエスト攻略を後回しにして、ある場所に集結していた。

 

 その場所は、空都ラインの一角にある演芸場の中。如何にも演劇やライブなどを行ってくださいと言わんばかりのそこは、古代ローマのコロッセオをモチーフとしたような風貌であるのが最大の特徴であるが、演者の上がる舞台には世界観や雰囲気を破壊しかねない大型スピーカーやモニターがでかでかと設置されている。

 

 観客席には、種族を問わない無数のプレイヤー達が所狭しと集まっており、これからの催し物をまだかまだかと待ち望んでいる。その興奮気味のプレイヤー達の中に混ざる形で、舞台が見える観客席にキリト達は座っているのだ。

 

 

「すごい数の人だね。一体何が起こるの」

 

「セブンの復活ライブだって話だけど、それにしちゃいつもより人多くない?」

 

 

 キリトから比較的近い位置にいるアスナとリズベットは周囲を見ている。

 

 ここをこのような状態にしているのは他でもない、ALOのアイドルであり、自分達の仲間であるレインの妹であるセブンだ。

 

 セブンは今日の午前中、レインが姉であると言う真実を知る事となった。レインから告げられた真実をしかと受け止めたセブンは、泣きながらレインと抱き締め合ったりしたものだが、やがて姉の言った夢をある程度現実にすると言って、姉のレインを連れてどこかへ飛び去って行ってしまった。

 

 そのセブンは真実を知る事となったこの日に、ALO内でライブが行うという情報を出しており、それに向けた準備を進めていたのだが、レインとの出来事の後に内容をアップデート、『今晩のセブンのライブにはスペシャルゲストを呼んでいて、コラボライブとなる』なんて文章を加えた。

 

 あのセブンがライブを行うだけで大騒ぎだと言うのに、スペシャルゲストなる人物とのコラボをするとまで宣伝したものだから、珍しいもの見たさの者達までも集まり、演芸場の観客席はごった返したのだ。

 

 

「それに、スペシャルゲストを呼んでいるとかなんとかありましたよね。誰が来るんでしょうか」

 

「全然想像も付かないなぁ。けれど、やっぱりその効果もあってこれだけの人が集まってるんだろうね」

 

 

 リーファとフィリアも少し不思議そうにしながら、周りを眺めている。他の皆も全体的にそんな感じで、どんなスペシャルゲストをセブンが呼び寄せたのかという話ばかりをしている。その中で三人、答えがわかっているような気がしているのがキリト、シノン、リランの三人だ。

 

 

「ねぇキリト……セブンがやろうとしてる事ってまさか……」

 

「あぁ、俺も似たような事を考えてるよ」

 

「だが、大丈夫なのか。()()()である場合、ぶっつけ本番という事になるぞ。それに、あの事を公表しようものならば……」

 

 

 リランを左、シノンを右にして座っているキリトはうんうんと頷く。セブンがレインを連れ去る形で飛んでいった後、レインは自分達のところに戻って来ていないし、ウインドウのフレンドリストではログインしたままになっている。

 

 そのレインを連れ去った張本人であり、このステージライブでこれから歌を披露するであろうセブンは、あの時レインの夢を耳にするなり、それをある程度現実にしようと言い返していた。

 

 そして、ステージライブの概要説明にあったスペシャルゲストの出演――そこから考えられる事など一つしかない。その答えを導き出した三人は、それが現実になる事を期待しながらも、不安で仕方が無いというのが現状だ。

 

 

「けれどセブンの事だから――」

 

 

 キリトが言いかけたその時、突然周りのプレイヤー達が一斉に歓声を上げた。

 

 

「うおおおおおおおおおおッ!!!」

 

「来たあああああああああッ!!!」

 

「セブンちゃあああああんッ!!!」

 

 

 何千ものプレイヤーから放たれる咆哮にも等しき声は演芸場そのものを激しく揺さぶり、大気さえも震動させる。仮想世界と現実世界の差を曖昧にさせるくらいの熱狂の声に耐えつつ、舞台の方に目を向けてみれば、その元凶は姿を現していた。

 

 

 いつもと変わらぬ衣装を身に纏い、銀色の髪の毛をなびかせた、赤紫色の瞳の小柄な少女。まさしく、自分達が午前中ずっと見る事になったセブンその人であった。

 

 舞台に現れたセブンは何も言わずにぐるりと周囲の観客達を見まわすなり、マイクを手に持って叫ぶように言った。

 

 

「みんな――ッ! 今日はあたしのライブに来てくれて本当にありがとう――ッ!!」

 

 

 スピーカーを通して会場全体に広がったその一声に呼応するかのように、観客席からの咆哮は更にその音量を増す。

 

 セブンのスヴァルト・アールヴヘイムのグランドクエストの攻略は実験のためだったという事実を公表され、一応その時にスメラギとクラインがフォローに入ったけれども、セブンの人気は下がるのではないかと思われていた。

 

 にもかかわらず、会場の空気そのものが揺れるくらいの観客が集まり、熱狂の声が上がっている。それはセブンの人気が衰えていないと言う証そのものであった。その事をキリトが実感していると、一旦観客達の咆哮は止んで、セブンが動きを見せた。

 

 

「今日のライブは特別版だっていうのは、皆に言ってあるよね? その予定の通り、今日は一味違ったライブを皆にお届けするわ――ッ!!」

 

 

 先程の咆哮とは違う、「なんだ―!?」「おおー!?」「なになにー!?」といったバラバラな声が上がり始める。その観客達の様子を予想通りと言わんばかりの笑みで見ながら、セブンは右方向に身体を向け、もう一度マイクを手に取った。

 

 

「それじゃあ、ステージに上がって来て!」

 

 

 セブンの声が会場に響き、揺れていた会場は静まり返る。直後、一つの人影が舞台裏から姿を現したが、この時点で観客のほぼ全員が驚きの声を上げ、キリト達も混ざって驚いた。

 

 大勢の声を浴びながら舞台へやって来てセブンの隣に並んだのは、一人の少女。白と黒と赤を基調としているレプラコーン専用の戦闘服に身を包み、セブンと同じくらいの長さで、先端が紫がかっている赤髪の、黄金色の瞳の少女。

 

 かつて嘘吐きと謗られ、シャムロックからバッシングを受ける事にもなっていたが、最終的にセブンとの戦いで注目を浴びる事となった、自分達の仲間であり、セブンの実の姉である、レイン。

 

 

 それが今、セブンが開催したステージで、セブンの隣に並んでいるという光景には、キリト達も声を出さずにはいられない。

 

 

「れ、レインさんッ!!?」

 

「レインッ!!?」

 

 

 レインの登場に心底驚いたであろう仲間達からも声が上がるが、更にそれよりも大きな声を上げた陣営がある。頭に羽飾りを付けたプレイヤー達の集団。セブンをボスに構えるギルドであり、一度はレインを迎え入れようとしたが騙され、レインを嘘吐きというようになった者達。自分達と敵対する事にもなった、シャムロックの者達だ。

 

 

「ちょっ、あれレインじゃないか!?」

 

「レイン!? 幹部達が嘘吐きレインって言ってたあの!?」

 

「けれどそれこそ嘘だったって話じゃなかったか? っていうか何でそのレインがここに!?」

 

 

 熱狂とはまた違う、戸惑いにも似た声が会場で湧き上がり始める。当然だ、あの有名なセブンの隣に並ぶはずのない少女が姿を現したうえに、セブンの隣に並んでいると言う異様な光景が繰り広げられているのだから。そしてこの光景こそが、三人の予想していた構図でもあった。

 

 

「セブン、本当にやっちゃったわよ!?」

 

「本気なのか!?」

 

「セブン、レイン……!!」

 

 

 まさか本当に思い切ってやってしまうなんて。混乱する周囲のプレイヤー達のざわめきに混ざって皿に声を上げようとしたその時、セブンが再びマイクを手に取り、大きな声を出した。

 

 

「聞いてッ!!!」

 

 

 怒鳴り声にも似たセブンの声は演芸場を一周し、観客席全員の声を奪い取った。観客がいるのに静まり返っていると言う、演芸場に本来ならばありえない状況を作り出すなり、セブンは静かに言った。

 

 

「あたしは皆に隠していた事があるわ。ここに集まってるシャムロックの皆、この人が誰なのか、わかる人もいるわよね。そう、この人はシャムロックに嘘を吐いてまで入ろうとしたレイン。貴方達が嘘吐きレインと罵った人よ」

 

 

 一瞬だけ会場にざわつきが起こると、レインが戸惑ったように周囲を見回す。セブンはレインの隣にしっかり並び直してから、更に言う。

 

 

「けれどね、それこそが嘘よ。この人は嘘なんて吐いてなかったし、嘘吐きなんて呼ばれなきゃいけない筋合いだってなかった。だから、皆が思っているイメージこそが嘘なの」

 

 

 いや、レインが嘘を吐いてまでシャムロックに入ろうとしたのは事実であるし、今セブンが言っていることそのものが嘘だ。だが、会場から反発する声は上がらないし、キリト達もそれを言う気にならない。

 

 まるで七色博士の研究成果の発表会とも言える雰囲気が漂う中、当人は更に話を続ける。

 

 

「そして……録画してる人、録音してる人は今から言う事をしっかり()って頂戴ね。あたしが皆に黙っていたお話。それはね、このレインこそが、あたしの姉って話よ。そう、あたしとこのレインは、サラマンダーのユージーンさんと、領主モーティマーさんみたいな関係なの!!」

 

 

 マイクとスピーカーを通じて流されたセブンの言葉は会場全体に木霊し、その場にいるプレイヤー達全員の耳の中に入り込んだ。誰もが耳を疑うように瞬きをした数秒後、一斉に驚きの絶叫が巻き起こる。

 

 

「ええええええええええ!?」

 

「なんだってえええええええ!?」

 

「嘘でしょおおおおおおおお!?」

 

 

 まるで大事故を目にしたかのような、特大級のニュースを聞いてしまったかのような大声が会場全体で上がった。が、それをすぐに抑え込んだのもまたセブンであった。

 

 

「信じてもらえないかもしれない。そうよ、信じられるような話じゃないわ。ネットで探したところでもヒットしないような話だからね。この話が嘘か本当かを見定めるのは、皆の判断に任せるわ」

 

 

 セブンはかっと顔を上げ、叫んだ。

 

 

「けれど、このレインこそがあたしの姉……そしてこれから、この場にいる皆に歌を届ける娘よ。このレインが、今夜のスペシャルゲストなの! それだけはわかって頂戴!」

 

 

 怒鳴るように言うなり、セブンは縮こまっているレインの、マイクを持っていないその手をしっかりと握った。観客席から「おおっ!?」という声が上がると、セブンはレインに向けて笑みかけた。

 

 

「さぁ、歌いましょう、お姉ちゃん!」

 

 

 半ば強引な妹からの要求。見方を変えれば理不尽とも思えるそれを聞いたレインは咄嗟に俯いた。

 

 やはりシャムロックとのいざこざが残っている事を不安に思っているのか、それとも緊張しきって駄目なのか――思わずキリトが歯を食い縛ったその時、レインはセブン同様顔を上げて、目の前の観客達に向き直った。

 

 

「そうだよ、わたしこそがセブンの姉ッ! セブンの姉じゃないって嘘を吐いてた《嘘吐きレイン》だよ! その歌を、どうか聴いてください!!」

 

 

 何もかも振り切ったかのようなレインの咆哮が響き渡ると、レインもセブンも互いの手をしっかりと握り合い、号令するように叫んだ。

 

 

「「ミュージック、スタート!!!」」

 

 

 今まであり得る事のなかった、合わせられた二人の声が会場いっぱいに響くと、呼応するように「くぉ――ん」という鯨の声のような音がどこからともなく聞こえてきた。

 

 何事かと会場全体で驚くと、青、水色、白の三色からなる光の粒子が雪のように会場に降り注ぎ始めた。そこで見上げてみれば、遥か上空――望遠スキルを上げていないプレイヤーには見えないであろう――に、光の粒子を放つ鯨龍の姿。レインの《使い魔》であるシンシアが遥か上空より光を降らせ、会場へ降らせているのだ。

 

 誰もが上に気を取られたその時、スピーカーから大音量の音楽が流れ始める。観客の視線が一気に戻ったそこで、二人の歌姫によるデュエットは開始された。

 

 

 それからのライブの流れは一直線だった。観客達は突然のレインの登場にバッシングする事もなければ、レインがセブンと合わせて歌う様に見惚れ、その歌声に聞き惚れ、会場はこれまでないくらいの大熱狂となった。

 

 そして何より目についたのは、セブンとレインだ。セブンもレインも、ライブの最中は心の底から楽しそうに歌い合い、パフォーマンスを見せ合った。

 

 一度は混乱し合い、ぶつかり合った二人の姉妹。その本質はとても仲睦まじい姉妹であり、一声合わせればどこまでも合わせて歌って行ける。

 

 その妹のセブンは既にアイドルだが、姉のレインも同じ道を進んでいる。その道は間違いなく険しいものだが、きっとレインはそれら全てを踏破し、やがて現実のステージで愛しき妹と肩を並べる事となるだろう。

 

 

 その日が来るのは、きっと遠くない――キリトはそう思いつつ、熱狂する観客達共々、自分達とシャムロックの戦いの終わりを告げるエンディングテーマにも思える二人の歌声を聞き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            □□□

 

 

 

 一瞬の浮遊感が訪れ、それが終わった時、居る場所は妖精の世界の宿屋の一室ではなく、他のベッドの上となっていた。

 

 頭には目元を丁度覆う円環状の機械アミュスフィアが装着されており、それが故に少々視界が悪い。

 

 ……いや、それ以前に部屋の明かりを落としているうえに、現在時刻が夜であるせいでベッドのすぐに近くにある細い窓から光が入ってくる事もないので、視界も何も真っ暗だ。

 

 しかし、VR世界から戻って来た時には部屋が真っ暗闇なんていうのはよくある事だし、大凡部屋にあるものの位置などは把握しているので、別にどうという事はない。腹筋にある程度の力を込めて上半身を起こし、頭のアミュスフィアを置いてコードを抜き、ベッドから降りる。

 

 そのまま数歩歩いて壁際に行き、スイッチを押すと、闇の帳が降りていた部屋が光が満ちた。

 

 オフホワイトの樹脂で覆われた六畳ほどの広さの部屋。固定されたベッドとテーブルとソファーがあり、奥の方には小さなユニットバスが別室として設けられている。先程まで利用していたベッドの上にはアミュスフィアが置いてあり、テーブルの上には一台のノートパソコンが閉じられた状態で存在し、ソファーの真横に黒いバッグが横たわっているのが見えた。

 

 何もかもが、妖精の世界にログインする前と同じだ。それを確認するなり、懐からスマートフォンを取り出してモニタを眺める。時刻は午後十時三十分。一般企業ならば定時を迎えている、子供のいる家庭ならば基本的には寝る時間。

 

 ――もう少し長くログインしていてもよかったのかな。そう思いながらスマートフォンを懐のポケットに突っ込むと、ドアを開けて部屋を出る。いくつかエレベーターを乗り継ぎ、やがて分厚い金属扉の前に差し掛かり、そこを通った途端、冷たく乾いた風が顔に吹き付けてきて、少しだけぼんやりとしていた頭がはっきりとした。

 

 最初に来た時には寒く感じられたけれど、今ではまるで平気な冷風を浴びながら、明灰色のパネルの貼られた通路を歩いていく。

 

 しばらく進んでいくと大きなドアが立ち塞がってきたが、あらかじめ胸元に仕舞い込んでおいた薄いプラスチックのプレートを取り出して、ドア脇のスリットに差し込みつつ、そのすぐ横のセンサーに右手の親指を当てると、巨大なドアは軽いモーター音と共に開かれた。

 

 

 更に冷たい風の吹いてくる、オレンジ色の証明で照らされた通路の中を進んでいくと、ついに目的地へと続くドアが出現した。初めて見た時には驚いたが、今となっては何度も通っている、《職場》へ続く分厚いドア。

 

 

 そのセキュリティチェックをクリアして開くと、そこは先程の自室のような真っ暗な部屋。入り込めば最後、どこがどこなのかわからなくなりそうだが、部屋の床にはオレンジ色の光を放つマーカーが瞬いているため、それを辿っていけば目的地に行けるようになっている。

 

 

 そんなお化け屋敷にも思える部屋の中に足を踏み入れて数秒後、自動でドアが閉まる音が背後から聞こえてきたが、気にせずにマーカーを頼りに歩き続けると、目の前に強い光を放つものが現れてきた。

 

 ここにいる時にはずっと目を離す事のない、小劇場程の大きさがありそうなモニタ。

 

 初めて来た人間は間違いなく驚くであろう大きさのスクリーンの根元に目をやれば、いくつものキーボードとサブモニタを備えたコンソールが伸びているのがわかり、そこに二人の男の姿を認められた。

 

 

 そこへ向かって行く途中、眼鏡をかけた男の方がこちらに気付き、軽く掌を向けてきた。

 

 

「お帰りなさい、芹澤(せりざわ)博士。随分と早い帰還(ログアウト)でしたね」

 

「ただいま戻りました。わたしが向こうに行っている間、何か変わった事とかはありませんでした?」

 

「別にこれといった問題は発生していませんよ。まぁしいて言えば、貴方が提供してくださったシステムは我々の開発にこれ以上ないくらいに貢献してくれているという事がじわじわとわかってきている、と言ったところですかね」

 

 

 報告を受けながら近付いていくと、眼鏡の男の服装は、青い久留米絣(くるめがすり)の浴衣に(つむぎ)の角帯、裸足に下駄履きという、非常に軽いものであるとわかった。

 

 それなりの回数、この姿のこの男を見てきているつもりだが、やはりこんな厳粛な場所にそんな姿でいる男は笑いを誘うものがある。込み上げてくるそれを腹の底に押しとどめると、今度は椅子に座ってキーボードを操作する男に向き直る。

 

 ブリーチした髪の毛をハリネズミのように逆立てていて、武骨なデザインの丸眼鏡をかけていて、色落ちしたTシャツと七分丈のジーンズを着こなし、踵を潰したスニーカーを履いているという、どこかだらしのない恰好。

 

 

比嘉(ひが)君、それは本当かい?」

 

「本当っスよ。ボク達のプロジェクトは、間違いなく芹澤先輩の貢献で進歩してるっス。芹澤先輩と言い茅場先輩と言い、とんでもないものを作り出しますよね、ホント」

 

「それはよかった。けど、これは茅場さんの作った《ザ・シード》があったからこそ、わたしの作ったシステムも輝いているようなものよ。結局は茅場さんに帰するの」

 

「そしてボクは結局三人の先輩方の影に隠れるんスね。先輩方が偉大だと、後輩は本当に辛いんスよ」

 

 

 その言葉には浴衣姿の男と一緒に思わず苦笑いしてしまう。しかし、すかさず浴衣の男は声をかけてきた。

 

 

「こんな事ならば、もっと早く芹澤博士を引き抜いておくんでしたよ。もう一度聞きますけれど、今の職場と前の職場、どっちがいいですか」

 

「断然今の職場ですね。というか、今の職場にこれ以上ないくらいの魅力を感じたからこそ、ここにいるんじゃないですか。前の職場の人達はわたしの作ったシステムを全然使いこなせなかったものですから、わたしが正しく使って作ったのを二人突っ込んでやりました。そろそろクローズドベータテスト辺りがリリースされる頃なんじゃないかと」

 

「そうですか。けれど、それを作った意味も、ちゃんとあったのでしょう」

 

「えぇ勿論。あのゲームにきっと、来てくれます」

 

 

 そう言ってもう一度懐に手を伸ばし、スマートフォンを取り出して起動する。精密機械が(たむろ)し、無数無限の電波が飛び交っているがために通話が一切できないこの場所では、オフラインで起動できるものしか操作できないが、それだけで十分だ。

 

 ギャラリーを開き、カメラで撮影したファイルを保存するフォルダを開く。そして更にモニタをタップする事によって表示されたのは、一枚の写真。

 

 東京の街並みを背景に撮った集合写真であり、自分を中心にして左右に一人ずつ少年と少女が写っている。どちらも黒髪だが、少女の方は眼鏡をかけていて、尚且つもみあげの辺りを白いリボンで縛っているという特徴的な髪形をしている。

 

 

 今は写真だが、VRならばいつでも会えて、現実世界でも会おうと思えば会える二人。自分がログアウトした今も尚VRの世界にログインしているであろうその二人は、これからも様々な世界を経験し、成長していく事だろう。

 

 二人とその仲間達が順調に進み続けている事だけは確かだ。だが、その二人がここに辿り着くにはまだ早いだろう。

 

 

 そっと視線をスマートフォンへ、写真へ戻すと、指先で少年と少女を撫で上げる。使い込んでも尚つるりとしているモニタの感触が返ってきたが、その中には確かな柔らかさと温かさも入っていた。

 

 無数の機械音とスピーカーが溢れる部屋の中、呟く。

 

 

「そのまま進み続けなさい……わ……よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

       《キリト・イン・ビーストテイマー ―フェアリィ・ダンス―  終わり》

 




キリト・イン・ビーストテイマー フェアリィ・ダンス編、これにて完結。

次回アインクラッドの時と同じように解説と元ネタ、あとがきを更新して、フェアリィ・ダンス編は終了となります。

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