キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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Ex5:RELIFE DAY

          □□□

 

 

 都心から離れた海沿い公園を出て、道中にあったサービスエリアの中で、和人と詩乃は昼食を摂り、その後は東京都内の道路をドライブしたり、ショッピングモールの中に入ったりするという、基本的に規則性のない時間を過ごした。

 

 そうして過ごしている中で時刻が午後四時四十分になった頃、和人は目的地に行こうと指示し、詩乃もまたそれを承諾。和人の操るバイクに跨り、和人の身体に腕を回しながら走り続けたところ、バイクは都心に戻って銀座の中央通り、昭和通と抜けていき、秋葉原駅東側の再開発地区を通って行った。

 

 

 まるで森の大樹のようにそびえ立つビルの谷間を走り抜けていくと、すぐさまそれとは打って変わってノスタルジックな風情漂う下町と言える、御徒町の界隈に入り込み、更に細い路地の中を進んでいき、やがて一軒の店の前で、バイクは停まった。

 

 「ついたぞ」という和人の声に答えるようにシートから降り、ヘルメットを脱いで見上げたところで、詩乃は軽く驚く事になった。

 

 

「え……!?」

 

 

 目の前にあった店とは、無愛想な雰囲気を漂わせている黒光りする木造で構築されており、ドアの上に二つのサイコロを組み合わせた意匠の金属板が掲げられ、その下に《DICEY CAFE》という文字が打ち抜かれているという、とても見覚えのある建物だった。

 

 そう、以前自分達がSAOの生還を祝うパーティーをする際に現実世界での会場として使用した、自分達の仲間であるエギルとその妻が切り盛りしているという喫茶店だ。しかもそのドアには何故だか、《本日貸切!》という文字がでかでかと書かれたパネルが付けられてもいる。

 

 和人の行きたいところとはどこなのだろうかとずっと気になっていたが、まさかここに辿り着くとは全然予想していなかった詩乃は、すぐに和人に振り向いた。

 

 

「和人、ここってエギルの店じゃ……」

 

「そうだよ。ここ来てほしかったんだよ」

 

 

 

 そう言った和人はバイクからキーを引き抜き、スマートフォンのモニタを見ながら詩乃の隣へ歩いてくる。横から見てみれば、モニタに表示されているものは時計であり、午後五時三十分を告げていた。いつもならば夕飯の準備に追われている頃だが、こんな時間にここへ来て、どうするつもりなのだろう。

 

 

「ここに、私に見せたいものがあるの」

 

「そ。時間もぴったりだし、早く中に入ろうぜ」

 

 

 そこで詩乃は足をすくめる。この喫茶店の中にいるのは当然エギルであり、エギルもまたあの時の自分の発作を見てしまっている。あんな自分を見てしまったエギルには、どのような顔をして会えばいいのだろう。いやそもそも、もう自分はエギルに会っていいような人間などでは――。

 

 

「詩乃、行こう。俺が一緒に居るから」

 

 

 戸惑う詩乃の耳に囁くなり、和人は喫茶店へのドアを開けてしまった。かららんという音を耳にして、もう後戻りする事は出来ない事を、何があっても和人が傍に居てくれる事を把握した詩乃はごくりと息を呑み、和人と共に店の中に入った。

 

 

「おおッ!」

 

「到着してくれました!」

 

「やっと来てくれたか!」

 

 

 入って早々聞こえてきた声と、広がってきた光景に、詩乃は完全に言葉を失う事になった。エギルくらいがいると思われていた店の中には、十人を優に超える人が集まっており、出迎えるように声をかけて来ていた。

 

 しかもその中をよく見てみると、明日奈、里香、珪子、直葉、琴音といった昨日まで友達だった者達の姿もある。……いや、この少女達だけではなく、現実世界での姿ではあるもののクライン、エギル、ディアベル、カイム/海夢、シュピーゲル/恭二と、その全てが昨日まで仲間だった者達だ。

 

 その全員が、何かを心待ちにしていたかのような表情を浮かべて、暖かい視線を詩乃に向けてきている。

 

 

「え……皆……?」

 

 

 呆然としながら喫茶店の中を見ていると、肩までの髪に僅かな内はねを付けた少女が、そそくさと詩乃の元へ駆けよってきた。

 

 

「待ってたわよ、二人とも。時間通りの到着だわ」

 

「あぁ、ちゃんと時間通りに来てやったぜ。全員集まってるよな?」

 

「勿論よ。というか、あんたが最後の名簿記入者よ」

 

 

 そう言って里香は、和人に一枚のメモ用紙とボールペンを差し出す。こっそりと覗き込んでみれば、そこにはアスナ、リズベット、リーファ、シリカ、フィリア、レインといったVR世界で遊んでいる時の仲間達全員の名前が書かれていて、全ての名前の右にチェックマークが付けられている。そしてその中に、キリトとシノンという名前も存在しており、しかも自分であるシノンには、星マークが左に描かれていた。

 

 一体何を意味するものなのかと首を傾げていると、和人がボールペンでキリトとシノンの名前の横にチェックマークを付け、メモ用紙を里香に返す。

 

 

「よし、全員揃ったという事は、始めていいって事だよな?」

 

「あぁ、勿論だとも!」

 

 

 名前は知らないけれども、VR世界の時とほとんど同じような髪形をしているおかげでディアベルだとわかる男性の声に、和人は元気よく頷く。

 

 一体何が始まろうとしているのか、一体皆は何を始めるつもりでいるのか。全く読めずに、頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていると、突然腕を掴まれた感覚に襲われて、詩乃は驚きながらそこへ向き直った。

 

 目線の先に居たのは、とても嬉しそうな顔をした里香。その里香の両手に、いつの間にか詩乃は腕を掴まれていた。

 

 

「詩乃、来て頂戴」

 

「え?」

 

 

 里香にぐいと引っ張られ、詩乃はあるところにほぼ強制的に立たされた。そこは箱のような台の上であり、喫茶店の全体と、そこに集まる皆の姿が全て見える。まるで何かの発表をしようとしているかのような状況になって混乱したその時に、里香がマイクを片手に持ち、声を出した。

 

 

「えーと皆さん、主役が登場したところで、息を合わせたいと思います。いっせーのーで!」

 

 

 里香の掛け声が届けられるなり、周りの皆は一斉に息を吸い、一斉に声を出して歌い出した。

 

 

「ハッピバースデートゥーユー」

 

「ハッピバースデートゥーユー」

 

「ハッピバースデーディアシーノンー」

 

「ハッピバースデートゥーユー」

 

 

 皆が声を合わせて歌った歌は、喫茶店の中いっぱいに響き渡り、最初から最後まで詩乃の耳にしっかりと吸い込まれた。俗に誕生日の歌と言われる、誰かの誕生日を祝う時に歌われる歌。そしてその誕生日を迎えた者の名前のところに入っていたのは、他でもない自分だ。

 

 一体何が起きているのかわからないまま、皆の事を眺めていたその時に、皆は声を合わせて、一斉に言い放った。

 

 

「シノン(詩乃(さん))、誕生日おめでとう!!!」

 

 

 喫茶店全体を振るわせるような大声と共にクラッカーの音が鳴り、詩乃から見て目の前にある向こう側の壁に横断幕が垂れ下がる。そこに描かれているのは、《Happy Birthday!!》の文字。それと同時に皆が一斉に声を上げて拍手喝さいをした。

 

 あまりに突然すぎる事に茫然としてしまい、詩乃はその場に硬直してしまったが、それから数秒後に里香が再びやってきて、台の上から降ろしてくれた。間もなく、昨日まで友人だった少女達が続々と集まって来て、完全に詩乃を包囲する形となる。

 

 

「皆、え、これ……なに?」

 

「ふんふん、何も知らない反応をしているという事は、和人は無事に何も察させないで詩乃をここまで連れてくる事が出来たってわけね。結構大変だったんじゃないの」

 

「まぁな。けど、元はといえば皆がこんな回りくどいやり方で行くのを決めたのが原因な気がするぜ」

 

「まぁまぁ、結果的に大成功だったんだからいいじゃない」

 

 

 里香、和人、琴音の順で話される会話を混乱しながら聞いていると、咄嗟に名前を呼ぶ声がした。顔を向けてみれば、そこにはほぼ栗色に等しい色のストレートヘアを背中の中ごろまで伸ばした少女。親友である、明日奈だった。

 

 

「明日奈……」

 

「ごめんねシノのん。シノのんには何も教えないで居ちゃって……ちゃんと話さないといけないね」

 

 

 首を傾げると、明日奈の口元に躊躇いの色が浮かび上がった事に詩乃は気付いた。よく見てみれば、周りの者達も明日奈と同じような表情になって、何かを話すべきか話さないべきかを迷っているような仕草を取っている。しかし、その沈黙は数秒後に明日奈自らによって破られた。

 

 

「実はねシノのん。シノのんが昨日ログアウトした後、イリス先生から全部聞いたの。どうしてシノのんが昨日あんなふうになったのか、ログインしてくる前に何があったのかとか、シノのんの過去に何があったのかとか、全部、教えてもらったの」

 

「えっ……!?」

 

「いやいや、勿論詳しい話とかは全部伏せてもらったんだけど……シノのんの身に何があって、シノのんがずっとどんな思いをして来たかは、全部教えてもらったの。それでね、シノのん……ごめんッ!」

 

「「「「「「ごめん(なさい)ッ!」」」」」」

 

 

 明日奈が唐突に頭を下げて謝ると、それに続いて周りの皆も一斉に謝り、頭を下げた。一体何の事なのかわからなくなって、瞬きを何度も繰り返すと、顔を上げた里香が声をかけてきた。

 

 

「イリス先生から聞かせてもらったわ。あんたはずっと周りの連中に苛められたりして、酷い思いをして、人の事を信じられなくなって、ずっと一人ぼっちにさせられてたんだってね。

 それで昨日は、その時の事を思い出して苦しかったんでしょ。あたし達の事が信じられなくなって……また一人ぼっちにされたみたいで、本気で苦しかったんでしょ」

 

「……!」

 

「なのにあたし達は、あんたに何もしてあげられなかった。支えが必要なあんたを支えてあげる事も、その気持ちをわかってやって、癒してあげる事も出来なかった……詩乃を、結果的に苦しめる事しか出来なかった。

 ごめんね詩乃。あたし達は、あたしはあんたと長い間一緒に居たっていうのに、何にもわからなくて、何にも気付いてあげられてなくて……」

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな顔をして懺悔をする里香に続く形で、今度は珪子がその口を開いた。

 

 

「だから、詩乃さんにしてあげられない事はないかって、皆で考えたんです。詩乃さんの事を癒してあげて、支えてあげられないかって……それの切っ掛けに出来るような事はないかって」

 

「そしたら虹架(にじか)が和人から聞き出したんだよ。八月二十一日……今日が詩乃の誕生日だったって」

 

 

 琴音に言われた事で、詩乃はハッとする。様々な事が続いていて、昨日からあまり調子が良くないという事から忘れていたが、八月二十一日は自分の誕生日だ。

 

 和人とユイとリランには早々に教えているし、愛莉にも当然教えていたのだが、そういえば他の皆には全くと言っていいほど教えていなかった。それも加わってか、詩乃の中で誕生日の事は忘却の彼方に飛ばされていた。

 

 それを和人から聞き出したとされる、明度を上げた銀色の髪の毛の少女、虹架が頭を掻きながら言い出す。

 

 

「あの時は本当にびっくりしちゃったよ。次の日が詩乃ちゃんの誕生日だったんだから」

 

「けど、イリス先生とおにいちゃんがそれに付け加えてくれたんです。詩乃さんはずっと辛い思いばかりしてきて、誕生日を祝ってもらった事もなかったって。喜び時が全然なかったって。だからあたし達、もうそれしかないって思って、詩乃さんの誕生日をお祝いしようって決めたんです」

 

 

 そこで、詩乃から少し離れた位置にいるこの店のマスターである、エギルが少し疲れたような顔をして口を開いた。

 

 

「よりにもよって翌日だったからな。そりゃもうどんちゃん騒ぎだったぜ。料理を用意してケーキを用意して会場を用意して、何もかもが急ピッチだったんだ」

 

「もうなんていうか、体育祭だとか学園祭だとかの前夜みたいな感じだったよな。けど、こうしてみんなで力を合わせて間に合わせたってところだ」

 

 

 エギルの隣に並ぶ、VR世界と全く変わらない姿をしているクラインを見る事で、他の皆がどれほど苦労してこのパーティーを用意したのかを、詩乃は察した。直後、男性陣の中に混ざっていた比較的長い黒茶色の髪の毛で、随分と背の低い少年がとことこと歩いてやってきた。和人の親友である海夢(かいむ)だ。

 

 その肩に、カメラのようなものが付いた半球状の機械を乗せているものだから、何事かと思って注目していると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

 

《詩乃! 詩乃聞こえる? 詩乃!》

 

「え!?」

 

「あぁシノンさん、ぼくじゃなくてこっちです、この肩に載ってる機械」

 

 

 海夢本人の声は先程聞こえてきた声とは異なるものだった。一体どうなっているのかと、指された機械に注目したところで、もう一度声が聞こえてきた。

 

 

《詩乃、ボクだよ、木綿季(ユウキ)!》

 

「木綿季!? あんた、そこにいるの」

 

《ここにいるっていうか、この機械を通じて視覚を繋げてるんだよ。ボクの身体はまだ病院から動かせないから、こんな形になっちゃったんだ。ごめんね》

 

 

 そう言えば以前、病院から出る事の出来ない木綿季に外を見せてやれないかという海夢の願いを叶えるべく、和人が学校の仲間達と協力して視聴覚双方向通信プローブという機械を作り、海夢に与えたという話を和人から聞いた。そのプローブという機械が、今海夢の肩に載っていて、木綿季の声と目線を飛ばしてくるこれなのだろう。

 

 

《木綿季だけではないぞ、詩乃》

 

《やっほー詩乃、聞こえるー!?》

 

《ママ、聞こえますか》

 

《シノンねえちゃん、ぼく達がわかる?》

 

 

 木綿季に続いて、非常に聞き覚えのある声が次々と聞こえてきて、詩乃は周囲を見回す。その発生源を追ってみたところ、いつの間にか傍まで来ている恭二の手に持たれている、ノートパソコンを見つける事に成功した。しかし、そのノートパソコンをよく見てみると、和人が外出時に使っているそれであるというのがわかり、恭二の隣に和人が並んでいるのも見える。

 

 

「その声……リランにユイに、ストレアにユピテル?」

 

《そうだ。流石詩乃、全員の声がわかっておるな》

 

 

 リランの感心する声の後に、とても聞き慣れているストレアの元気の良い声とユイの落ち着いた声が届けられてきた。

 

 

《聞いて詩乃! なんとアタシとユイ、監視カメラとかの中にも入れるようになって、現実世界の視覚情報も得られるようになったんだよ!》

 

《今わたしとストレアは、おねえさんとおにいさんと同じように、このお店の店内カメラとパパのパソコンのカメラと、木綿季さんも使っているプローブの三つから、ママを見ています》

 

 

 前に聞いた話によると、リランとユピテルは街中のカメラに侵入して視覚情報を得る事が出来るのだが、リランとユピテルが該当するMHHPのマイナーチェンジ版であるMHCPのユイとストレアはそれが出来ず、現実世界とは電話しかできないとの事だった。

 

 その話がいかにして覆されたのかというのを気にしたそこで、恭二が苦笑いをする。

 

 

「愛莉先生が徹夜で二人を改造したんだ。おかげで愛莉先生、あそこのソファでずっと寝てる」

 

 

 恭二に誘われるように目を向けてみれば、店の一番奥にある長椅子に寝転がり、力尽きているかのように寝ている、白衣に似た衣装を見に纏う黒髪の女性の姿。他でもない、自分の事をずっと見て来てくれている精神科医であり、リランやユイの開発者である愛莉だった。

 

 

「愛莉先生も、来てくれてる……」

 

「昨日の夜から今日の朝まで二人の改造をして、ここに到着したのは昼の一時だったんだって。それから今まで寝ちゃってるんだ。起こそうとはしたんだけど、全然起きなくて……」

 

 

 苦笑いする恭二と一緒に愛莉の事を見ていると、ぽんぽんと肩を叩かれたような気がして、詩乃は振り返った。愛する人であり、今日一日ずっと一緒に居てくれた和人が、柔らかい笑みを浮かべつつ、こちらを見ていた。

 

 

「……昨日君がログアウトしてから、皆揃って君の事を心配してたんだ。それで、皆一丸で君の事を元気付けようとして、頑張ったんだ」

 

「……!」

 

「それにな、詩乃。君はさっき、俺の傍しか居場所がないって言ってたけど、それが間違いなんだ。そんな事は、無いよ」

 

「え?」

 

 

 先程の答えを出すなり、和人は無理矢理詩乃を前に向かせた。そこで詩乃を待ち受けていたのは、赤いリボンで装飾された、長方形の小さな白い箱を大事そうに持った明日奈だった。

 

 

「シノのん……確かにシノのんは、ずっと酷い目に遭って来た。寂しい思いをしてきた。それで、人の事を信じられなくなったかもしれない。その時の事が心の残って、未だにわたし達の事を心の底から信じられなくて、当然かもしれない」

 

「……」

 

「けれどねシノのん。わたし達は皆、シノのんの事を信じてるよ。シノのんの事を、かけがえのない仲間だって思ってるし、シノのんの事を絶対に裏切ったりなんかしないよ。それだけは、シノのんに誓える」

 

 

 力強い眼差しで伝えてきた明日奈の隣に、再び里香が並ぶ。その目には明日奈のそれと同じように、大切な事を伝えようとしている色が浮かんでいた。

 

 

「詩乃。あんたは居場所を全部無くされて、ずっと辛い思いをしてきて、一人で強くならなきゃって思わされてきたって聞いた。けど、それはもう昔の話よ。今のあんたにはあたし達がいるし、あたし達は何があってもあんたの味方よ。

 すぐには信じてもらえないかもだけど……あたし達の傍だって、あたしの傍だって、あんたの居場所なんだからね! そりゃ、和人やユイちゃんの近くより居心地は劣るかもしれないけどさ!」

 

「里香……」

 

 

 また泣きそうになっている里香の話が終わると、その隣に珪子が並んで、暖かい笑顔を見せながらその口を開いた。

 

 

「あたしも詩乃さんとずっと友達でいたいですし、詩乃さんの居場所になれます。詩乃さん、これからも沢山一緒に遊んで、沢山お買い物とかもしましょうね!」

 

「わたしも珪子と同じ気持ちだよ。詩乃はもう一人ぼっちなんかじゃない。これからはずっと、わたし達と一緒だよ!」

 

「珪子……琴音……」

 

 

 珪子と同じく笑顔で言った琴音のその隣に、この中で最も詩乃に近しい人物と言っていい直葉が、笑みながらその口を開いて言葉を紡ぐ。

 

 

「現実じゃまだですけれど、あたしにとって詩乃さんは既に義姉(おねえ)さんです。だから詩乃さん、あたしの事も家族だって思ってくれていいんですよ。悩んでたり、苦しい事があったりしたら、何でも言ってください。あたし、力になれるように頑張りますから!」

 

「直葉……」

 

 

 直葉の言葉が終わると、肩にプローブを乗せた海夢が再び近付いてきた。しかし、そこで口を開いたのは海夢本人ではなく、その肩のプローブを通じてここにいる、木綿季だった。

 

 

《詩乃……一括りにするなって言われるかもしれないけれど、ボクもね、詩乃みたいに周りの人達に苛められて、一人ぼっちにさせられてた事があったんだ。それで、人の事を信じるって事が出来なくなって、辛かった事がある。詩乃のと苦しみが、ボクもわかるんだ》

 

「木綿季も……?」

 

《そうだよ。けど、詩乃はもうそんなんじゃないし、ボクもそうだよ。詩乃はもう一人ぼっちなんかじゃないし、皆がいるんだ。まだ現実世界の身体を見せた事がないボクが言っても説得力がないかもしれないけど……ボクも詩乃の事は大切な友達だって思ってるんだからね! 現実世界の身体が動かせるようになったらボク、詩乃に会いに行くから!》

 

 

 今のところ海夢と明日奈だけが現実世界の身体を見た事があるという木綿季の言葉が終わると、海夢の隣に明度を上げた銀色の髪の毛が特徴的な少女、虹架が並んだ。

 

 

「詩乃ちゃん。わたしは嘘吐きって言われるような人だったから、信じてもらえないかもしれないけれど、これでも詩乃ちゃんの事はちゃんとお友達だって思ってるからね。だから詩乃ちゃんも、わたしの事を友達だって思ってほしいな。お誕生日おめでとう、詩乃ちゃん!」

 

「虹架……」

 

 

 一度は色目で見られるようになってしまっていた虹架からの祝福の言葉を受けた詩乃は、思わず胸元に手を添えたが、それから間もなくして、恭二の持っているノートパソコンから、はっきりとした声が届けられてきた。

 

 

《……詩乃。あなたはもう一人になんてならないよ。明日奈達が居て、ユイが居て、ストレアが居て、和人が居て……わたしが居るんだから。だからもう、一人になる事を恐れなくていいんだよ。あなたを一人にさせたくない人達に、あなたは囲まれているんだから》

 

 

 VR世界にいる時は勿論、現実世界に居てもスマホを通じて声を届けて来てくれる、リランの声だったが、その声色と喋り方はとても穏やかなものだった。リランが心の底から何かを伝える時にだけなる、素の言葉遣いによる言葉を呑み込むと、続けて少女達の声が聞こえてきた。

 

 

《ママ。あなたはわたしのママです。ママの居場所はわたしの居場所で、わたしもママの居場所です。なので、わたしはこれからもママの傍に居続けますし、どんどんわたしの傍に来てくださいね》

 

《アタシも、詩乃の家族なんだからね! だからずっと詩乃の味方だし、詩乃が離れようとしても付いて行っちゃうんだから!》

 

《シノンねえちゃん、もう大丈夫だよ。シノンねえちゃんには皆が居て、かあさんがいるんだ。だからもう、怯えなくていいんだよ》

 

 

 血が繋がってはいないものの、愛する娘であるユイとその妹であるストレアの言葉が終わったそこで、最初に言葉をかけてきた明日奈が寄り添って来た。その手に、先程から見ている箱を持って。

 

 

「はいシノのん、これがプレゼントだよ。開けてみて?」

 

 

 如何にも誕生日のプレゼントが入っているという雰囲気を漂わす装飾が施された箱を明日奈から受け取って、その上蓋を開けてみる。まるでビックリ箱を開けるかのような緊張感を感じながら上蓋を取り除いた時に姿を見せて来たのは、白銀の装飾に包み込まれた、光を浴びて様々な色に煌めく、水晶を素材にして、楕円形に加工されたプリズムだった。

 

 まるでこの時を待っていたと言わんばかりに様々な色を発するそれを手に取ってみると、細いチェーンが付いているペンダントであった事がわかった。

 

 

「これは……ペンダント?」

 

「そうだよ。プリズムのペンダント。光を当てると沢山の色になって綺麗でしょ? それになんだか、そのプリズムの光、何かに似てるって思わないかな」

 

 

 明日奈に問われるなり、詩乃はじっと明日奈達からのプレゼントを眺める。複雑な幾何学模様が刻み込まれているプリズムは、光を吸収して内部で屈折させ、様々な色に煌めいているのだが、そのプリズムが作り出す色には明日奈の言うように既視感があった。絶対に、どこかで見た事があるのだが、それはどこで、何なのだろうか――。

 

(……!!)

 

 そうだ、皆だ。プリズムが作り出す赤、桃色、橙色、金色、青色、水色、緑色、紫色といった色は、VR世界にログインした時の皆の髪や服の色にそっくりだ。その事がわかるなり、小さなプリズムの作り出す色で、皆の姿が想像できるようになる。

 

 詩乃が答えを突きとめたのがわかったのだろう、明日奈がもう一度声をかけてきた。

 

 

「いろんな色に輝いてて……まるで、わたし達みたいでしょ。それでね、シノのん」

 

「え?」

 

 

 ペンダントを持ったままきょとんとしている詩乃の手を、明日奈はそっと自らの両手で包み込んだ。和人のそれとはまた違った温もりが腕を通って伝わり、全身がじんわりと暖かくなる。

 

 

「シノのんはずっと酷い目に遭って来たから、その時の事を思い出して苦しい思いをする事があるかもしれない。けど、そうなって、どうしようもないくらいに苦しくなったら、このペンダントを思い出して欲しいの。……このペンダントを通じて、わたし達がいるって事を思い出して欲しい」

 

 

 そのまま、明日奈は詩乃と目を合わせる。明日奈の茶色の瞳の中に、自分の顔が映り込んでいるのを、詩乃は遠目で確認する。

 

 

「これからのシノのんにはずっと居場所があるし、わたし達っていう友達がいるんだよ。だからもう、シノのんは一人ぼっちになんてならない。わたし達が、シノのんを一人ぼっちにさせないよ」

 

 

 明日奈の言葉に続くように、周りの皆が一斉に頷き、穏やかに笑う。その笑顔を見る事に夢中になりそうになったところで、明日奈の隣に里香がやって来て、満面の笑みを浮かべながら言ってきた。

 

 

「もう、あんたは一人ぼっちなんかじゃないわよ。孤独に過ごせる日々を取り戻せるなんて思ったら、大間違いなんだからね!」

 

 

 里香からの言葉が耳に入り、喉を通って胸へ伝わると、一粒の暖かい純白の雫がぽたりと心の中に落ち、瞬く間に広がった。頭の中にこびり付いていた昨日の悪夢――冷たい顔をした皆の姿、黒くてドロドロとした悪罵をぶつけ来る自分が一瞬にして黒いシルエットとなり、がらがらと音を立てて崩れ去り、消えていき、代わりに確信が生まれる。

 

 私が疑った仲間達は、私の事をこんなにも信じてくれている。

 私はこんなにも素晴らしい仲間に出会え、囲まれて生きている。

 

 和人とユイだけが、私の居場所なのではない。和人とユイ以外にも、居場所になってくれる友達が私には、いる。

 こんなにも暖かさをくれる人達が、私の傍に寄り添ってくれている。

 私はこれから、この人達に寄り添ってずっと生きていくのだ。

 

 

 もう、私は一人ぼっちなどではない。

 

 もう、一人ぼっちになる事など無いのだ――。

 

 

 その事が頭と心の中いっぱいに響き渡った途端、視界が虹色に光り、ゆがみ、ぼやけた。それが自分の瞳から止め処なく流れる暖かい雫によるものだと気付くのに、時間がかかった。

 

 言葉を発そうとしても嗚咽になるばかりで、何も言えない。全身から力が抜け落ちてしまい、その場に座り込んでしまうと、周りの友人達も同じように腰を落とし、寄り添って来た。そして、目の前にいる明日奈が、優しく肩に手を添える。

 

 

「……シノのん」

 

「……あすなっ……りか……みんな……私……わたしッ……」

 

「シノのん。わたし達はずっと、シノのんの友達で、シノのんはわたし達のかけがえのない友達だよ。ずっと、ずっと」

 

 

 その口から柔らかく紡がれた言葉を聞いた途端、詩乃の目から流れる雫は大粒となり、たまらず詩乃は明日奈の胸にむしゃぶりついた。直後に明日奈の手に包み込まれたところで、詩乃は大きな声を上げて泣き出す。

 

 普段は和人の胸の中でだけ、そして誰も見てないところでやるような事だが、何一つ気にすることなく、詩乃は大声で泣いた。

 

 が、それから数秒経ったその時、

 

 

「詩乃の泣き声……!? 詩乃、どうしたッ!!?」

 

 

 という大きな声が突然喫茶店の中に轟いたものだから、皆で一斉に驚き、詩乃は泣くのをやめる。一体何事かと思って皆と一緒に目を向けてみたところ、そこにあったのはソファに寝ながら上半身を起こし、いつもなら艶のある黒色の髪の毛をぼさぼさにし、白衣にも似た服を若干乱しながら着ている、胸の大きな女性の姿。

 

 この場に居たけれども、ずっと寝ていて居ないに等しい状態になっていた、詩乃の専属医師であった愛莉が目を覚まし、咆哮するように声を出したのが原因だったとわかり、詩乃を含めた全員できょとんとする。

 

 

「あれ……なんか今、詩乃の泣き声が聞こえたような気がしたんだけど……っていうか、いつの間にか人が増えてるんだが、何があったんだい」

 

 

 何が起きたのかわからないような顔をして、周囲を見回し始める愛莉。その姿を周りの一同は目を点にして見ている事しか出来なかったが、やがて今の愛莉の可笑しさに気付いて一斉に吹き出し、大きな声を上げて笑い始めた。突然笑われた愛莉は、戸惑ったような顔をして皆に言う。

 

 

 

「おいおい、何をそんなに笑っているというんだ。私の顔がそんなに変なのかい」

 

「そうじゃないですけど、そうじゃないですけどッ、愛莉先生ッ、最高ですッ」

 

 

 和人の笑いにさらに戸惑う愛莉。

 

 十人を超える詩乃の仲間達による笑い声は喫茶店の部屋の中を満たし、やがて建物そのものを揺らすくらいの大きさになり、詩乃も気付いた時にはその中に加わって大笑いをしていた。先程まで明日奈の胸の中に染み込ませていた喜びの涙も、笑いと楽しさの涙に変わっている。

 

 そしてその大音量の笑いが終わりに差し掛かると、腰を落としていた少女達が立ち上がり、その筆頭とも言える里香が大声で言った。

 

 

「さてと、イリス先生も起きたところだし、詩乃の誕生日パーティー、開始しましょうか!!」

 

 

 まるでボス戦前の号令のような声が届けられるなり、仲間達全員で「おおっ!!」と声が返される。その声のすぐ後に明日奈が振り返り、もう一度詩乃に右手を優しく差し出し、顔に笑みを浮かべた。

 

 

「さぁシノのん、今日は沢山飲んで食べて、楽しみましょう!」

 

 

 明日奈からの言葉を聞くと、また涙が出てきてしまいそうになったが、今度は堪えた詩乃は、皆からのプレゼントであり、皆がいつも傍に居てくれているという証明そのものであるペンダントを箱から取り外し、チェーンを外して首から下げると、

 

 

「ええ! 今日は本当にありがとう、みんな!!」

 

 

 そう言い放ち、信頼する親友の右手を握りつつ、かけがえのない仲間達の元へ向かった。

 

 

 「あなたは永遠に一人ぼっち」などという言葉は、《声》は、その時すでに詩乃の中から消え果ていた。




キリト・イン・ビーストテイマーのヒロイン、シノン。

ハッピーバースデートゥーユー。



※お知らせ。


 感想と評価などはこの回から受け付けますので、特別編への感想がある方はお願いします。

























































































残念、特別編はまだ二回分くらいあるんじゃ。

後二回で特別編を終了し、ストーリー進行を再開します。


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