キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

269 / 564
 ※報告

 現在アンケートを実施中。詳しくは最新活動報告まで。
 皆様のご意見をお願い申し上げます。


Ex6:開発者の秘策

         □□□

 

 

「誕生日のプレゼントはどうすればいいんでしょうか」

 

「ん~、わたし今持ち合わせがないんだよねぇ。ここはひとつ、皆でお金を合わせて、一つの大きなものを買うって方法で行った方がいいかもね」

 

「誕生日ケーキはどうしようか」

 

「やっぱり手作りじゃないとだよね。けど、間に合うかなぁ」

 

「皆で手を合わせればいくらでも間に合うわよ。なんたってあたし達は《壊り逃げ男》を力を合わせて倒した事もあるんだからね!」

 

「場所は俺の店を使うといいぜ。明日は貸し切りして、今日から準備をすればいいんだ」

 

 

 今、何時も皆で使っているALOのエギルの喫茶店の中は、少女達を中心にして騒然としていた。

 

 シノンが心に傷を負っているという事と、その傷は自分達の手で癒す事が出来るとわかってから、皆で何かできないかと考えていたのだが、その中でレインがキリトより、シノンの誕生日が八月二十一日であるという情報を聞き出してから、皆の目的と心は一つとなった。

 

 シノンはずっと一人ぼっちにさせられていて、誰かに誕生日を祝ってもらう事もなかった。そんなふうに傷付いているシノンの心を癒す方法は、皆でシノンの誕生日を祝うしかないという結論に至り、シノンの誕生日会を開催する事を決定。

 

 早速皆で準備を開始する事となったのだが、よりにもよって今日は八月二十日。シノンの誕生日が既に明日に迫っていた事がわかるなり、皆で喜びながらも焦り、場所や料理、誕生日には欠かせないケーキの手配や準備などを始めたのだった。

 

 その話し合いの中に時折混ざり合いながら、キリトは喫茶店の中を見ながら考え事を進めていたのだが、その時に声をかけて来たのが娘であるユイだった。

 

 

「パパ、わたし達もママのお誕生会に参加したいです」

 

「え?」

 

 

 ユイの言葉に首を傾げつつ向き直ってみると、その隣にはユイの妹であり、事実上キリトの娘の一人ともなっているストレアもいた。

 

 

「パパ、パパ達は現実世界でママのお誕生会をするんですよね」

 

「え? あぁ、そうだよ」

 

 

 シノンの誕生会をやる際の場所は、現実世界だと既に決まっていた。実際はALOの方がリランやユピテル、ユイやストレアも居るうえに、ログインさえすれば時間も場所も構わずに皆で集まれるのだが、今回の誕生会の狙いはシノンの心の傷を皆で癒すという事であり、シノンが心に傷を受けた場所は現実世界。

 

 現実世界で受けた心の傷を癒すのはVR世界では難しいし、シノンの心を傷つけた連中に打ち勝つには現実世界でシノンの心を癒す必要があるというイリスの提案によって、現実世界のエギルの店、ダイシーカフェで誕生日祝いをする事になったのだった。

 

 そしてダイシーカフェで何を準備するべきか、明日に備えて何をするべきかを相談すべく、シノンの友達である少女達を中心に話し合いが進められている。

 

 

「ねぇキリト。アタシ達だって詩乃の誕生日を祝いたいよ」

 

「いやいや、ユイもストレアも電話を通じて現実世界に行けるじゃないか」

 

「そうじゃなくて……ママの顔を見ながら、皆さんと一緒にママのお誕生日をお祝いしたいんです」

 

 

 意味が分かるようでわからない娘達からの願いにキリトが首を傾げていると、ユイとストレアの姉に当たり、キリトの家族になっているリランがユイの隣に並んだ。

 

 

「ユイとストレアは、自分達の視覚情報を現実世界と接続する方法はないかと言っているのだ」

 

 

 MHHP――《メンタルヘルスヒーリングプログラム》というAIであるリランとユピテルは、呪われたゲームと一般社会に言われたSAOが開発されていく中で同時開発されていたそれであった。

 

 その目的は主にVR機器に接続してVR世界にログインしている人間の精神を治療する事なのだが、開発が完了した時点でコンピュータとネット世界で誕生した生命体とも言っていい処理能力を持ち合わせていて、創造者達の手によって学習や成長をしていくうちに、ハッキングやクラッキングをこなす事さえも出来るようになっていった。

 

 その結果、MHHPである二人は本来の役割を果たすにはあまりに強すぎるという判断をディレクターである茅場晶彦――彼女達の父親に該当する――に下され、SAOのサービスが開始された時には封印される事になっていた。

 

 人の精神を治療するプログラムが持ち合わせるべきではないこのハッキング能力、クラッキング能力を最大限に利用する事によって、リランとユピテルは現実世界のオンライン監視カメラやテレビカメラ、カメラ付きパソコンの中に侵入して自分の視覚情報と接続、現実世界の光景を見る事が出来るのだ。

 

 それによって、リランはキリトの現実世界の家の中、ユピテルはアスナの現実世界の家の中などを既に見ているし、リランに至ってはキリトの母であり、自分からすれば祖母に当たる(みどり)の顔も見ている。

 

 

「確かに、リランとユピテルは現実世界を見れるんだったな」

 

「けれど、わたし達はまだおねえさん達みたいな事は出来ないんです。まだ視覚情報の接続とか、オンラインカメラの中への侵入とか、出来ないんです」

 

「それは当然だよ」

 

 

 ユイの言葉に答えようとしたそこで、背後から聞き慣れた声がして来たものだから、キリトは大きな声を出して驚いてしまった。その声にまた驚いた娘達と一緒に背後に向き直ってみれば、そこにいたのはユイのような黒髪、ストレアのような大きな胸、リランのような赤茶色の瞳をした、白衣に似た衣装を纏う女性の姿。

 

 リラン、ユピテル、ユイ、ストレアと言ったMHHP、MHCPの開発者その人であるイリスが、そこにいた。

 

 

「イリスさん」

 

「話は聞かせてもらったよユイにストレア。君達には困っている事があるみたいじゃないか」

 

「はいイリスさん。わたし達には困っている事があります」

 

「ならばそれを私に話してごらんなさいな。私はこれでも君達の開発者(おかあさん)なんだからね」

 

 

 キリトの娘ではあるけれども、イリスの娘でもあるユイとストレアは、思い悩んでいる事をイリスに話した。まるで血の繋がった娘達からの要望を聞き出している母親のように話を真摯に聞き、やがてすべてを理解して、イリスは答えを出した。

 

 

「……確かに、リランとユピ坊なら、そう言うやり方で現実世界に行く事が出来るし、明日開催予定のシノンの誕生会に行けるよ。エギルさんの店の中にあるカメラに侵入して、スピーカーも別なところに用意すればいいからね。リランとユピ坊ならば、シノンの顔を見ながらその誕生日を祝ってやれる」

 

「けれど、アタシ達は……」

 

「そうだね。君達は根本的にそういう事が出来ないようになってる」

 

 

 そう言いつつ、イリスは娘達と目を合わせる。

 

 リランとユピテルが該当するMHHPはあまりによく出来過ぎていたために封印され、SAOの中には登場できないようになったが、人の精神を癒すプログラム自体はSAOには必要不可欠だった。SAOのサービス開始が迫る中、イリスの手によってかなり急ぎで作られる事になったのが、MHCP――《メンタルヘルスカウンセリングプログラム》というものだ。

 

 MHCPはMHHPを元に、主に精神に異常を起こしたり、激しいストレスに晒されたプレイヤーの元へ駆け付けてカウンセリングを実施し、プレイヤーの精神を治療する目的を持つプログラムとして開発され、これくらいならば大丈夫という茅場晶彦の判断の元、ユイとストレアを含む十体がSAOに実装される事となった。

 

 

 しかし、MHCPはMHHPのように強くなり過ぎないように、超高度な処理能力、事故進化能力、成長能力をある程度セーブし、いくつかの機能をオミットしたものとして開発されているため、実質MHHPのマイナーチェンジ版としか言いようがないくらいのものになっている。

 

 一般企業や大学や専門学校で開発されているAIと比べれば規格外レベルの進化能力と成長能力、処理能力を持っているけれども、MHHPには及ばない。

 

 そのため、MHCPであるユイとストレアは現実世界へ電話する事くらいしか出来ず、視覚情報をカメラと接続する事は勿論、現実世界の監視カメラなどのセキュリティホールを通って侵入する事も出来ないのだ。実際、二人はカメラなどの機器と視覚情報の接続が出来ないため、テレビ通話も出来ないし、現実世界のキリトとシノンの顔を見た事もない。

 

 

「けれど、そんなの嫌です。ママはわたしのたった一人のママ……そんなママのお誕生日会に娘のわたしが参加出来ないなんて、絶対に駄目です!」

 

「そうだね。シノンも娘である君に誕生日を祝ってもらいたいはずだ」

 

 

 キリトもそれには頷けた。イリスを開発者として作られ、実装されたユイだけれども、現在はキリトとシノンの娘であり、シノンもユイの事を血の繋がった娘のように可愛がっているし、一刻も早く現実世界にユイが来れる方法が実現する事を祈っているくらいだ。シノンも誕生日を祝ってもらうならば、その中にユイの存在が絶対にあってほしいに決まっている。

 

 

「けどどうしよう。どうやったらアタシ達は皆と一緒にシノンの誕生日会に行けるの」

 

「リランとユピテルなら、エギルの店のセキュリティを破って侵入できるだろ。リランとユピテルの開けたセキュリティホールを通ってユイとストレアも侵入するってのはどうだ」

 

 

 キリトの提案はリランによって却下された。確かにリランとユピテルならば、持ち合わせているハッキングとクラッキング能力によって、警備会社やシステムなどに気付かれないようにセキュリティを破る事が出来るが、あくまでその穴は開けた本人だけが通れるように出来ているもの。

 

 その穴を潜る事はユイとストレアでは出来ず、無理に通ろうとすればその時点でシステムに感付かれてしまい、侵入を試みた十数分後にエギルの店へ最寄りの警備会社の警備員が大量に押し寄せてきてしまって、シノンの誕生日祝いどころじゃなくなるだろう。リランに続いたイリスの説明を聞いて、キリトは肩を落とす。

 

 

「駄目か。じゃあユイとストレアが成長と進化するってのはどうだ。リランとユピテルも、ハッキングとクラッキングは進化の過程でできるようになったんだろ」

 

「確かにわたし達も日々成長し、進化しているというのは実感しているんですが……」

 

「流石に明日までにそこまで進化しろってのは難しいかなぁ~……」

 

 

 ユイもストレアもSAOに居た時とは比べ物にならないくらいの成長と進化を遂げ、MHHPに迫るくらいのAIになりつつあるが、イリスによればMHHPであるリランやユピテルの時よりも進化も成長も遅い方だという。

 

 そのような彼女達が明日までにハッキングやクラッキングが出来るようになるのは、流石に無理があるだろう。気付いたキリトは再び落ち込む。

 

 

「駄目かぁ。じゃあどうすればいいんだ。二人だってシノンの家族だから、電話でのみ参加っていうのもなぁ」

 

「何かいい方法はないかと、わたしも探ってはいるのですが……」

 

「なかなか見つからなくて困ってるんだよねぇ~……」

 

 

 娘達と一緒になってキリトも頭の中をフル回転させる。小学校低学年の時から専門書などを好んで読み、ネットでもIT関連の情報を優先的に取り入れていたから、ある程度のパソコンやネット知識、IT関連の知識などは持ち合わせているけれども、これまで学んできた知識の中にSAOで実装されていたMHCPの事などあるわけがなく、そもそもMHCP自体が一般社会で高度と評されるAIの話を滑稽に思えるくらいに規格外な存在。これまで専門書などで得た知識など通用しないのだ。

 

 いつも一緒に居て、一緒に様々なモンスターやクエストを突破してきているユイとストレアが難攻不落の要塞のように思えてきて、その攻略方法を探っているような気分になりそうになったその時、耳元に声が届けられてきた。

 

 

「ふむふむ、困っているようじゃないか。キリト君はITに強い子じゃなかったのかな」

 

「……」

 

 

 顔を向けてみれば、そこには「私は余裕だ」と言わんばかりの余裕を感じさせる表情を浮かべ、腕組みをしてこちらを見ているイリスが居た。まるで全身で高みの見物をしているかのようだ。

 

 

「確かにITに精通してるっていう自負はありますが、MHCPの事なんて学んだ事ありませんよ。そもそも、MHCPやMHHPについて教えてくれるのもイリスさんだけですし」

 

「そうだね。MHCPとMHHPはSAOの開発者の中でも、私と茅場さんくらいしかその実態を知らなかったものだからね」

 

「イリスさん。わたし達はどうすれば現実世界のママのお誕生会に参加出来るでしょうか」

 

 

 自身と同じ黒髪を持つ少女からの問いかけに、イリスは顎もとに手を添える。徐々にその口角が下がり、顔が少し険しさを感じさせるそれに変わっていく。

 

 

「MHCPは本来、MHHPのようになんでも出来る……っていうかMHHPが何でもできるようになった事自体も想定してなかったんだけど……ようには出来てないんだよ。そんな目的のために使ったものではないからね。君達MHCPはあくまで、人の精神の治療とカウンセリングをするためだけに作られたプログラムなんだ」

 

「……そうだけど……」

 

 

 ストレアのぼやきにも似た言葉を聞いて、イリスは軽く溜息を吐く。それからすぐに言葉を続ける。

 

 

「確かにそんな君達でもある程度の自己進化能力と成長能力は持ち合わせているよ。そのおかげで君達もコンピュータの世界で誕生した生命体と言ってもいいくらいになっているからね。けれど、君達が明日までにハッキングとクラッキングが出来るくらいにまで進化、成長をするのは無理だ。これは確定事項と言っていい」

 

 

 ユイもストレアも黙り込み、周囲のざわめきが直接聞こえてくるようになる。

 

 ユイはシノンの娘なのに、愛する母親の誕生日を祝ってやる事も出来ないのか。母親の顔を見ながら、その誕生日を祝い、その表情を見る事も出来ないのだろうか。シノンもユイも、互いの声だけしか聞けないというのか。悔しさにも似た感情が胸に湧き、口の中に苦さが感じられるようになったのをキリトは感じ取り、イリスに言う。

 

 

「それじゃあ二人はこれまでどおり、電話でしかシノンに伝えられないんですか。ユイはママの顔を見る事が出来ない状態で、誕生日を祝うしかないんですか」

 

「そうだよ。二人の能力はまだそこまでにしかなってないんだからね」

 

「……」

 

「けれど、君ならわかるはずだ。あの娘がユイとストレアも一緒に居て欲しい事を望んでいる事を。誕生会を開いた時には二人も一緒に居て欲しい事をね」

 

 

 それだけはわかる。これまで散々な目に遭い続けてきたがために、誕生日を祝ってもらう事自体シノンは考えていないだろうけれども、祝ってもらえた時にはユイもストレアも居て欲しいはずだ。自分の顔をよく見てもらいたいはずだ。

 

 

「それがわかるのは当たり前です! けど、どうすれば……」

 

「どうすればいいかって? そんなの簡単さ。いるじゃないか、ここに。ユイとストレアの開発者がさ」

 

 

 そう言って堂々と胸に手を当てるイリス。一体何を言い出すのかと四人で首を傾げていると、イリスはざわめきを作り出している仲間達の方へ向き、大きな声を出した。

 

 

「アスナ、ちょっとユピ坊を連れてここに来てくれ」

 

 

 喫茶店の中にそれなりに響いたイリスの声によってざわめきは一度止み、仲間達一同はイリスに注目する。呼ばれた張本人であるアスナは仲間達の間を通って、イリスの傍まで来たところで立ち止まった。傍にはアスナの息子であり、MHHPの一人であるユピテルの姿もしっかりとある。

 

 

「なんですか、イリス先生。ユピテル連れてきましたけど……」

 

「うむうむ、よく来てくれたよアスナ」

 

「イリスさん、どうするつもりでいるんですか」

 

 

 首を傾げる一同の注目を浴びながらイリスは手を組み、下腹部に添えながらその口を開いた。

 

 

「キリト君、アスナ。ちょっと今日の夜八時頃から付き合ってくれないかな。これから私がやろうとも思っている事には、一応君達の協力が必要なのでね。八時以降には予定を入れないで、ログインして宿屋の一室に来てくれ。部屋の番号はまた後で教えるからさ」

 

 

 これと言った理由がわからないまま、キリトとアスナは首を傾げてイリスの言葉を聞いていた。中でもキリトは、何かいいものとも悪いものとも判別の付かない予感を、その胸の中に抱いていた。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 空都ライン 夜八時 宿屋の一室

 

 

 シノンの誕生日祝いの計画は着々と進み、午後五時三十分に差し掛かった頃には全ての計画が完了し、明日を迎えるだけとなった。明日はこれ以上ないくらいに大切な日となるから、しっかりと自分達の準備もしなければ――そう言って仲間達は次々とALOからログアウトしていき、キリトも六時になる寸前で一旦ログアウトをした。

 

 現実世界に戻ったキリト/和人は妹の直葉と一緒に、明日の詩乃の誕生日はどれほどのものになるのか、プレゼントはどうするのか、ケーキはどうするかなどを話し合いながら夕食を食べ進め、共に後片付けをした。そして七時を回った頃に風呂で入浴を済ませて、自分の部屋に戻ってすぐに和人は再びアミュスフィアを起動してALOにログイン。

 

 いつも使っている宿屋の一室で目を覚ますと、いつものような身支度は何もしないまま、先程ログアウトする前にイリスから借りた鍵に書かれている番号の部屋へと赴いた。

 

 通り慣れた廊下の中をプレイヤー達とすれ違いながら通って行き、目的地である部屋の前へ辿り着き、鍵を使って戸を開けてみれば、そこにあったのはリランとユピテル、ユイとストレア、そしてアスナとイリスという、イリスの子供達とその母親の姿のセット。しかもリランとユピテル、ユイとストレアの四人は大きめのベッドに腰を駆けており、イリスとアスナは隣接する椅子に座っていた。

 

 

「イリスさん、来ましたよ。アスナも来てたんだな」

 

「あぁキリト君。ちゃんと来てくれたんだね」

 

「おぉキリト君、いらっしゃい。頼んだ通りの時間に来てくれたね。さぁさぁ、座ってくれたまえ」

 

 

 アスナとほとんど同じような事を言ったイリスの視線を浴びつつ、キリトはアスナの隣の椅子に腰を掛けた。まるでSAOに居た頃、イリスとその他保母達が子供達を保護する施設として利用していた教会の一室、イリスの部屋で話をしていた時のようにイリスと向き合う形となると、キリトが最初に口を開いた。

 

 

「それでイリスさん、俺達を呼んだ理由ってなんですか」

 

「うむうむ、それは他でもない、彼女達についてだ」

 

 

 イリスがそう言いつつ顔を向けた先に居たのは、ベッドに腰を掛けているイリスの開発したMHHPとMHCP。それら全員が首を傾げて不思議そうな顔をし、開発者と父親、母親である三人を見ている。子供達を視線を受けつつ、イリスは言葉を紡ぐ。

 

 

「昼間喫茶店で明日の作戦会議をしていた時、ユイとストレアも現実世界でシノンの誕生日を祝いたいと言っていた。リランとユピ坊ならば持ち前の能力で現実世界のエギルさんの店に行く事が出来るけど、ユイとストレアは出来ない……というのはわかるね」

 

「わかります。というか、それを解決する方法がわかるみたいな事を言ってませんでしたっけ」

 

「そうだよ。このままでは彼女達はどうにもならず、シノンの誕生日に行く事が出来ないけれども、私ならばその問題を解決させられる。けれど、そのためには君達に許可を取る必要があるんだ」

 

「わたし達に許可、ですか。何の許可なんですか、それ」

 

 

 不思議がるアスナに頷くと、イリスは椅子を動かしてリランとユピテルの目の前で止まる。何事かとじっとしているリランとユピテルの視線を一点に集めながら、イリスはそっと身体を乗り出し、並んでベッドに腰をかけているリランとユピテルの額にそっと触れ、そのままメニューウインドウを呼び出す時のように指を動かした。

 

 直後、全身に電撃が走ったかのようにリランとユピテルの身体が一瞬だけびくんと揺れ、その瞳が閉じられる。相棒であり家族である少女、大切な息子である少年の身に起きた事が理解できずに、キリトとアスナが同時に驚いたその時、イリスの目の前に水色のウインドウがいくつも展開され、その手元に普段使われるそれよりも大きなホロキーボードが出現した。

 

 直後、そのホロキーボードの最上部から水色の光で構成されているLANケーブルの形状にも似たケーブルが蛇のように伸びる。その先端はそれなりの速度で宙を駆け、やがてユイとストレアの背後へ回り込み、その項に突き刺さった。ユイとストレアは一瞬ふらりとすると、そのままベッドへ倒れ込み、仰向けになったまま動かなくなる。

 

 SAOの中でも見る事が出来なかった光景の連続を目の当たりして、キリトは恐る恐るイリスに声をかける。

 

 

「あの、イリスさん? 一体何をしたんです」

 

「なんだか皆動かなくなっちゃったんですが。それにそのウインドウは一体……」

 

 

 キリトに続くアスナの問いかけを受けると、イリスはくるりと二人の元へと振り返った。

 

 

「開発者専用コマンドを呼び出したんだよ。それで今、リランとユピ坊はコンソール化をしているんだ。私が終了コマンドを実行するまで、この二人の物理的機能は停止する」

 

「コンソール化……!?」

 

 

 MHHPには開発者であるイリスが命令する事によってのみ起動するコマンドが搭載されており、その中にSAOにあった管理者だけが使う事の出来るコンソールにさせるものがあるのだ。そしてそれはSAOに居た頃、《壊り逃げ男》からユピテルを守るためにユピテルをコピーして、本体とコピー体に分けたその時に使ったものと同じであると、イリスは言った。

 

 

「リランとユピテルにそんな機能が……」

 

「かつてはこれでユピ坊のコピーを残したんだがね。そして今から、コンソール化したこの子達を利用してユイとストレアを改造する。MHHP同様に、ハッキングやクラッキングを出来るようにしてしまうんだよ」

 

「改造!? そんな事をして大丈夫なんですか」

 

 

 驚くアスナを横にキリトはハッとする。ユイとストレアとはいつも一緒にて、尚且つ他の人間達となんら変わらない仕草や性格を持っているから、人間や生命そのものと思ってしまいそうになるけれども、彼女達はAIであり、イリスはその開発者(ははおや)。一からユイとストレアを開発して現状まで育てているイリスならば、彼女達を改造する事も出来て当然なのだろう。

 

 

「そういう事ですか。けれど、どうして俺達がそれに付き合わなきゃなんです」

 

「ユピ坊はアスナの可愛い息子であり、リランとユイとストレアはキリト君の家族。大事な家族の大事な時間となるのだから、君達に付き添っていてもらいたいんだよ。自分の見ていないところで自分の家族に大変な事があったら嫌だろう?」

 

「確かにそうですけれど……本当に大丈夫なんですよね」

 

「大丈夫に決まっているだろう。これでも私はユイとストレアを一から作っているんだからね。それにリランもユピ坊も物理的機能は停止してるけれども、特にこれと言った弊害は何もないし、ユイとストレアもしっかりバックアップを取ってから改造にかかるから、安心してくれたまえ」

 

 

 そう言ってイリスはホロキーボードをカタカタと操作し始める。ユイとストレアが改造されると聞いて不安にならないわけではないし、出来れば辞めてもらいたいくらいでもあるけれども、このままではユイもストレアも現実世界の詩乃の誕生日に参加する事は出来ない。ここは一つ、イリスに思い切り頼るべきだろう。

 

 心に決めたキリトは不安そうな顔をするアスナに声をかける。

 

 

「アスナ、ひとまずここはイリスさんに任せよう。きっと大丈夫だよ」

 

「……そう、だよね」

 

 

 アスナが頷くのを見るなり、イリスは軽く腕まくりをしてから、その唇を開いた。まるで手術や治療を開始しようとしている医者(ドクター)のそれのような姿に、キリトもアスナも息を呑む。

 

 

「さてと、なるべく早く終わらせる。……()()()に任せて頂戴」

 

 

 宣言するように言うと、イリスはその指でホロキーボードをたたき始め、普段ならばアイテムやステータスの表示されるウインドウの中にプログラミングの文字列が出現する。医者としてイリス/芹澤愛莉の事ならばずっと見てきているけれども、今ここにいるのは科学者、AI研究者としての芹澤愛莉。

 

 科学者としてのこの人はどれほどのものなのか――VRを専攻する科学者となる事を志すキリトは、その様子をアスナと並んでじっと見つめていた。

 

 

 

 




 次回で特別編は終了。次回からストーリーの更新を再開します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。