キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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13:少女の過去と、思いと

        ◇◇◇

 

 

《起きろ、起きるのだキリト!!》

 

 

 いきなり頭の中に響いた《声》と、何かに頭をド突かれるような感覚で俺は夢の中から現実へと戻ってきた。いや、正確に言えば現実ではないのだけれど。

 

 思わずうなり声のような声を出しながら目を開けると、リランの顔があった。

 

 しかし、リランの顔はどこか焦っているような感じで、汗を掻いているように見えた。窓の方へ目を向けてみればまだ夜だし、そもそも部屋の中だってまだ暗い。多分時間帯は深夜だろうけれど、リランはこんな時間にどうしたっていうのだろうか。

 

 

「どうしたんだよリラン……まだ外は暗いじゃないか……っていうか夜中だろ……」

 

《早く目を覚ませキリト! シノンが、シノンがここから出て行ってしまった!》

 

 

 その一言で、俺の意識は完全に覚醒する。シノンは記憶を取り戻して多大なショックを受けた後であるため、外に出るのは危険だと思っていた。そのシノンが外に出てしまったなんて。寝ている間を突かれたか。

 

 

「なんだって!? それは何時頃だ!?」

 

《お前を起こす直前だ! 我らが眠っている間に、ドアを開け閉めする音が聞こえてきて、シノンの気配がこの家から感じられなくなっていた。シノンが外に出てしまったのだ!》

 

 

 やはり俺達が眠っている間を突いて、シノンは外に出て行ってしまったらしい。だが、俺よりも強力な索敵スキルを使う事が出来るリランならば、シノンがどこへ行ってしまったのかわかるはずだ。

 

 

「リラン、シノンの位置はどこだ!? まだそんなに遠くにはいってないはずだろ!?」

 

 

 リランは少し動きを止めた後に、街の方角へ顔を向けた。

 

 

《拙いな……シノンの奴は転移結晶を使ったらしい。反応がもうかなり遠くなっている……これは、五十三層か!》

 

「五十三層!? 五十三層はまだ攻略されたばかりで、敵のレベルがかなり高い層だぞ! いくらなんでもシノン一人じゃ危なすぎる!」

 

《いや、だからこそシノンは向ったのかもしれぬ……とにかく急ぐぞキリト! 早く行かねば取り返しのつかない事になるかもしれん!!》

 

 

 頭の中に、あの時の光景がフラッシュバックする。リランと出会い、ディアベルと再会し、そしてシノンと出会った時から、もう繰り返さないと決めた光景。まだ二人には話していないけれど、俺が絶対に繰り返すものかと思っていると同時に、繰り返す事を恐れている記憶。

 

 もしシノンと合流できて、記憶の話を聞く事が出来たら、シノンに話すべきだろう。流石にいつまでもあの事を黙っているわけにはいかない。

 

 だがその前にやるべき事はまずシノンを見つける事だ。それにシノンが向かって行った場所は五十三層――シノンのレベルもそこそこ高いとはいえ、あそこにいる人狼型モンスター達はかなり強い方だ。もし囲まれて一斉攻撃を仕掛けられようものならば、瞬く間にやられてしまう。

 

 

「あぁ急ごうリラン!」

 

 

 俺はリランと共に外を出て、咄嗟にアイテムウインドウから転移結晶を召喚、青色の透き通った結晶を手にして転移と唱えた後に、二十二層の街の名前を更に唱える。

 

 次の瞬間、俺とリランの身体は蒼い球場の光に包み込まれ、目の前が真っ白になったが、それから一秒も経たないうちに、目の前に広がる風景が二十二層の街の転移門前に変わり、小さくなったリランを肩に乗せて転移門に接近。転移門に触れて五十三層の街の名前を唱え、再度転移した。

 

 

 そしてシノンがいると思われる五十三層の街中にやって来て早々、俺達はずぶぬれになった。今日の五十三層の気象設定は風の吹かない大雨になっていたようだ。 

 

 普通なら、酷い雨だと思うだけだけど、記憶を取り戻したシノンがいると考えると、まるで雨がシノンの嘆きのように感じられた。そして何より、こんな大雨に負けて進まないわけにはいかない。

 

 雨宿りも傘もいらない、今はこの層のどこかにいるであろうシノンを見つけなければ。早急に。

 

 

「リラン、五十三層にやって来たわけだけど、シノンがどこにいるかわかるか」

 

 

 リランは何かを感じ取るような姿勢を取って目を閉じ、すぐにまたその目を開いた。

 

 

《ここから出て北の草原だ! そこにシノンの気配を感じられる。同時に……多数のモンスターの反応もだ!》

 

 

 やはりシノン、モンスターと接触していたか。そしてその数が多いと来たら、すぐさま駆け付けなければシノンの命が危ない。

 

 

「くそっ、急ぐぞ! 街を出たらお前に乗る!」

 

《了解した!》

 

 

 俺はリランを連れたまま、雨宿りや傘を使って雨を防いでいるプレイヤー達の注目を少しだけ集めながら、土砂降りの五十三層の街を駆け抜けてフィールドに出た。

 

 そこでリランの大きさが元に戻った事を確認すると、走りながらリランの背中に飛び乗り、しっかりと掴まった。次の瞬間にリランは雨で滑りそうになっている地面を、いとも簡単に滑らず蹴り上げて走り出した。

 

 まるで台風のような風と激しい雨が顔を打ち付けてきて、遠くに見えていた木や岩が凄まじい勢いで通り過ぎていく光景を目にしたその時、改めてリランの走行速度というものが俺達よりもはるかに速い事を自覚する。

 

 

 雨を浴びながら二人で草原を駆け続けたところ、草原の奥の方で、座り込んでいる人影が見えた。雨に負けないように目を凝らしてみれば、人影の正体は《HPバー》が赤の領域に到達している、見覚えのある後ろ姿のプレイヤーで、更にその前方には複数のウェアウルフの姿が確認できる。

 

 

「あれだ、シノンだ!!」

 

 

 人影は間違いなくシノンだ。暗くてわかり辛いけれど、雨に濡れている黒髪と、赤と黒と緑を基調とした戦闘服。そして何度も見てきた後ろ姿。

 

 その命が今、危険に晒されているとわかった瞬間に、俺は()()()()()()()()を叫んでいた。

 

 

「詩乃――――――――――――ッ!!!」

 

 

 

 

         ◆◆◆

 

 

 

 ログハウスを飛び出した後、私は五十三層に辿り着いた。月が出ていた二十二層と打って変わって五十三層には大雨が降っていたけれど、丁度良く感じられた。

 

 これだけの大雨が降っていれば、プレイヤーが外に出る事もないだろうし、フィールドにだって人は出てこない。これなら誰にも邪魔される事なく、モンスターに会う事が出来る。

 

 いや、誰も邪魔なんかしないよ、人殺しがこんな雨の中を歩いてフィールドに向かって行ったって――そんな事を考えながら街を出てフィールドに行き、雨で濡れきった暗い草原の中を進んでいると、ウェアウルフの群れに丁度良く遭遇できた。

 

 ウェアウルフ達はずぶ濡れの私を見つけるなり、獲物を見つけられた事に喜んだような顔をして武器を構えてきた。やっぱり私を出迎えてくれるのは、モンスターとか、そういう人間以外のものだったんだ。

 

 

 いつもならモンスターを見つければ武器を構えるけれど、私はもう武器を持とうという意志さえ抱く事が出来なかった。

 

 もうなんだっていい。こんな忌々しい記憶に襲われ続けて、色んな人から罵声を浴びせられて、忌み子扱いされ続けるくらいならいっそ……。

 

 そんな私の思いを感じ取ってくれたかのように、ウェアウルフ達は片手剣を構えて私を囲み、次々と私の身体を切り刻み始めた。

 

 ザクザクザクという、肉に刃物が食い込むような音と、痛みに似た不快感が起きて、私の命の残量である《HPバー》が瞬く間にその量を減らし、警戒状態を示す黄色へ、そして警告状態を示す赤色へと変色する。

 

 

 命の残量が減っていく――普通の人なら悲鳴を上げて怖がるような光景だ。記憶を取り戻す前の私だってそうだった。だけど、今の私にとっては、どうでもよく感じられる。

 

 このまま減って、無くなってしまえ――そう思いながら命の残量を見続けて、やがてその残量が無くなろうとしたその時、

 

 

「詩乃――――――――――――ッ!!!」

 

 

 雨の音に混ざって、急に後ろの方から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。しかも、この世界SAOの中では呼ぶ事が禁止されているはずの、本当の名前で。

 

 誰にも私の本当の名前なんか教えていないはずなのに……一体誰が?

 

 そう思った瞬間、私を切り刻んでいた剣の動きが突然止まり、同時に数ドットにまで減っていた命の残量の減少も止まる。

 

 何が起きたの――そう心の中で呟いた瞬間に、私の真横を大きな何かが通り過ぎていって、髪の毛が一瞬ぶあっと上がり、背中に水滴が大量にぶつかった。後ろを確認しても何も確認できず、再び目の前に視線を戻したところで、私は思わず驚いた。

 

 

 つい先程までは、私の目の前には黒い毛並みのウェアウルフ達がいたけれど、今あるのは白い毛並みと甲殻に身を包んで、頭の辺りに人間の頭髪のような毛、額から大きな剣を生やした、狼の顔のドラゴンだった。しかも、入れ替わってしまったかのようにウェアウルフ達はいつの間にかいなくなっている。

 

 

「……あんたは……リラン……?」

 

 

 私の声に反応するかのように、リランの背中から何かが飛び降りて、私のところへやってきた。

 

 その人は、黒いコートを身に纏った、黒髪で黒い瞳の男の人。もう会わないって決めてた、キリトだった。この雨の中を駆けてきたせいで、頭の先から足の先までずぶ濡れになってしまっている。

 

 

「あんたは、キリト……」

 

 

 キリトは何も言わずに懐に手を突っ込んで、中から緑色の結晶を取り出して「ヒール」と唱えた。次の瞬間、緑色の結晶はキリトの手元で砕け、光になって消え去り、一秒も経たないうちに私の命の残量は一気に増えて右端に到達。安全圏内を示す緑色に戻ってしまった。

 

 なんでよ。もう少しで命の残量がなくなるところだったのに。もう少しで、忌まれる人生が終わると思ったのに。なんで邪魔をするのよ――。

 

 

「よかった。間に合って……」

 

「なんで。なんで来たのよ」

 

「なんでって……そっちこそなんでいきなり出ていったりするんだ。ボス戦の時といい、今といい……突拍子もない行動が多すぎるよ」

 

 

 私はこれまでの自分の行動を振り返って居た。あの時、ボス戦の時にあんな風な行動をとったのは、ボスからの攻撃が頭に当たれば、記憶を思い出せると思ったからだった。

 

 私はこれまで、眠る度に記憶を思い出しかけて、夢から覚めると同時に忘れると言うのを繰り返していた。

 

 もう少しで思い出せそうなのに、思い出せないという気持ち悪さが嫌になったその時に、私は思い出した記憶の断片から、衝撃を受けて記憶喪失になり、同じく衝撃を受けて記憶を思い出すなんていう話を導き出した。

 

 私の記憶も、衝撃が加われば、思い出すかもしれない――だからだ、あんなふうな行動をとったのは。だけどそれは思いっきりマイナスに出てしまった。

 

 まさか、自分が過去に人を殺していたなんて言う記憶を思い出す事になるなんて。

 

 こんなの、誰が予測できたというのだろう。いや、誰も予測できやしない。

 

 

「頭を思い切り叩かれれば、記憶を取り戻せるんじゃないかって思ったからよ。そして案の定、私は記憶を取り戻す事が出来た」

 

「……そのショックで、俺達の(もと)を飛び出したって事か」

 

「えぇ。思っていたよりも……記憶はとんでもないものだったわ。おかげで、生きるって事に絶望しか抱けなくなった」

 

 

 キリトの目が見開かれる。

 

 

「どういう事なんだ、それは。一体君に何があったっていうんだよ」

 

「話せばあんたは逃げ出すわ、私から。知りたがりも大概にして頂戴。あんただって今に、私の事を忌み子扱いするようになるわ」

 

「忌み子って……そんなのわからないよ。何があったか、話してもらえるか、シノン」

 

 

 雨でびしょ濡れになっていても、キリトの目には柔らかい光が浮かんでいるように見えた。だけど、この光はきっと、この話を聞いた直後に失われる。そして、私の事を突き飛ばすんだ。触るな、人殺しって言って。

 

 でも、キリトにこのまま黙っていたくない、キリトに話したいという気持ちが私の口を動かした。

 

 

「……いいわ。誰もいないし、話したげる。かなり細かいところまで、話したげるけれど……あんたは、そういう細かい話とか平気なの」

 

「聞くのはすごく慣れてる。寧ろ、細かいところまで聞かせてほしいんだ」

 

 

 私は溜息を吐いた。多分この人はもう引き下がるつもりはないらしい。私の話を最後まで聞き終わるまで、この人はどこにもいかない。

 

 そして、私の話が終わった直後にこの人は私を忌まわしいと思って逃げ出す。その時までは、一緒に居られる。

 

 

 

「……わかった。あんたに、思い出した事を全部、話してあげる。

 

 

 私はね、人を殺したんだ。勿論ゲームの世界だとかそういうものじゃなくて、現実世界でね。

 

 私、おかあさんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの三人で暮らしてて……おとうさんは私がまだ赤ちゃんだった頃に病気で亡くなって、おとうさんの顔は知らなくて、ずっとおかあさんと私で暮らしてきたんだ。

 

 おとうさんを失ったおかあさんは、それでも私の事を本当に愛してくれた。小さい頃から絵本とか読んでくれたし、子守唄だって歌ってくれた。おかあさんはすごく健気だったんだよ。だからかな、物心ついた時から、いざとなった時は私がおかあさんを守らなきゃって思うようになったのは。

 

 

 勿論、おかあさんはそんな事をしなくたっていいんだよ、気持ちだけですごく嬉しいよって言ってくれたけれど、私はそれをやめる事は出来なかった。いざとなった時は、絶対におかあさんを守るって思って、生きて来たんだ。

 

 でも、そんなおかあさんを裏切ってしまうような出来事が、私が十一歳の時に起きたんだ。

 

 そもそも私、ずっと友達と遊ぶような事はしてこなくてね、学校が終わったらすぐに帰って、図書館から借りてきた本を読むのが日課だったのよ。アンタに料理を作ろうとした時にマニュアルをすごい速度で読んで把握する事が出来たのは、多分そんな積み重ねのおかげ。いつの間にか、本を高速で読む事が出来るようになってたのね。

 

 それに、いつもはおかあさんが私の事を守ってくれているけれど、いざとなった時はおかあさんを守らなきゃなんて思ってたせいなのか、外からの干渉がすごく嫌で、上履きを隠した男子を殴り飛ばした事もあったわ。……そういう時は妙にスカッとしたのを覚えてる。

 

 私はおかあさんが大好きだった。おかあさんは私をずっと愛してくれた。本当に、可愛がって育ててくれた。

 

 だけど、そんなおかあさんを裏切るような事を、やってしまったのが同じ十一歳の時。

 

 東北の方の小さな街の銀行で起きた強盗事件があったのよ。報道は、犯人が拳銃で局員を一人撃って、自分は銃の暴発に巻き込まれて死んだなんて事になっていたけれど、あれは嘘。本当は私が殺してたんだ。その場にいた私が、おかあさんを守りたい一心で、強盗から拳銃を奪って撃ち込んでやったんだ。結果として、その強盗を殺した。

 

 その後で気付いたんだけど、歯は二本も折れてたわ、両手首を捻挫してたわ、肩を脱臼させてたわで、ほぼ全身傷だらけだったのよ。でも、身体の怪我なんかすぐに治す事が出来た。

 

 その後の事は結構よく覚えてる。まず強盗を殺した後に、おかあさんに抱き締められてた。おかあさんは泣きながら私の事を抱き締めて、何度も何度も「ごめんなさい」って謝ってた。その後、警察の人が来て、私に銃を差し出すように言って、私を救急車に乗せて病院まで運んだ。その時、おかあさんがずっと傍にいてくれた。病院のベッドに入れられて、色々な診察をされても、ずっとおかあさんは傍に居てくれた。

 

 診察が終わった後で警察の人が聞き込みに来ても、「詩乃が銃で強盗を殺したのは殺したかったからじゃない、私を守るためだったんです。詩乃は悪くないんです」って何度も何度も訴えてくれた。

 

 警察の人もそこら辺の事はわかってたみたいで、私に声をかけて「君は悪くない、君がやったのは正当防衛だ」と言って、私は無実だって教えてくれた。ちなみにその時にわかったんだけど、銀行強盗の男は薬物中毒者で、錯乱状態にあったそうよ。

 

 でも、そんなふうに言われても、私の心に出来た傷は癒されなかった。そして、その傷は容赦なく私に牙を剥いた。

 

 それから毎晩、毎晩、事件の光景が夢に出てきた。銃を撃った時の反動だとか飛び散った血の感じ、男が血を出しながら倒れる瞬間。全部ひとつ残らず、眠る度に夢の中で再現されるようなった。何度も何度も叫びながら飛び起きて、渡された洗面器に何回も吐いたのをすごく覚えてる。――そしてそれは、夢に見た後に限らなかった。

 

 あれからね、銃器に類するものっていうのかな、とにかく銃器に関連したものを見るだけであの事件の事をはっきり思い出すようになっちゃってね、とんでもなく強いショック症状にとかいうものに襲われるようになっちゃった。

 

 病室のテレビを見てて、ドラマに映った拳銃を見ただけで、息の仕方がわからなくなったり、身体が動かなくなったり、時間とか季節とか、今どこにいるのかとかわからなくなったり、吐き気に襲われて吐いたり、酷い時には気絶したりした。そのせいで、私はドラマとか映画とか見れなくなって、それがわかった途端、入院期間は思い切り伸びて、診察を受けるところも、精神科の方に移された。

 

 私はあの事件をきっかけに、心的外傷後ストレス障害っていう病気になってた。入院してる間も、退院した後も、すごく沢山カウンセリングを受ける事になった。勿論、一人だけじゃなくて複数のお医者さんにね。みんな私に良くしてくれたけれど……でも、私はその人達を信じられなかったんだ。処方された薬だって素直に飲んだけど、やっぱりそういう人達は私に「大変だったね、辛かったね、解るよ」とか言うだけで、何一つわかってくれやしなかった。

 

 私のやった事が善だったのか悪だったのか、教えてほしかったのに、誰一人それに答えられる人なんていなかった。

 

 

 事件の後、私の扱いは忌み子だったわ。人殺しだの、殺人者だの、殺人に関する言葉を何でもかんでもぶつけてきてね。勿論、ニュースとかでは私の事なんか一切報道されなくて、犯人は銃の暴発で勝手に死んだ事になってたんだけど、恐ろしいのが地方の小さな市の噂の力よ。まるで油に火が付いた時みたいに私が殺した事が伝わって行ってね、みんなにばれてしまったのよ。

 

 ……おかあさんは「そんなの無視すればいい、貴方はニュースで報道されるような殺人者達とは違う、貴方は私を守るために戦ってくれたのよ」と言ってくれて、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんもそういうふうに言ってくれた。事件前と同じように、私の事を愛してくれたんだ。

 

 でも、その愛を私は素直に受け取る事っていうのが出来なくなってた。おかあさんも、お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも、きっと心のどこかで、こいつは何て事を仕出かしたんだ、こいつはとんでもない忌み子なんだって思ってるに違いない――そう思うようになって、抱き締められても、冷たく感じるようになった。

 

 小学校の連中はずっと私を忌み子扱いしてきた。それもあってか、私はもう故郷に居る事自体が嫌になって、東京の中高一貫校に進んだの。そうすれば、もう誰も苛めてこないってわかったからね。でも、それが続いたのは一年くらいで……三年目には私に喝上げしたりして、苛めて来る連中がいっぱいいたわ。

 

 勿論そこに熱とか暖かさとかそんなものは感じない。

 

 小学校の連中も、中学校の連中も、カウンセリングの医者も、おかあさんもお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも冷たい。私にとって、世界は北極だとか南極だとかの極寒と変わらなくなっちゃった。

 

 どこにも、私に居場所なんてなかったのよ。そりゃそうよ、人を一人殺しておいて、何も罰を受けないなんておかしいもの。いや、きっとこれが私への罰だったんだわ。お前は人を殺した。これからお前は極寒の世界で暮らしていけっていう、罰だったのよ。

 

 そう思ってたせいなのか、未だにおかあさんを守ろうって思っているせいなのか、私は強くなろうって考えるようになってた。強くなればこの極寒の世界も耐えられる、それに、もし自殺なんてものを選んでしまったら、殺したあの男が浮かばれないような気がしてね。

 

 でも、それでも私はあの時あの男を殺した事を後悔してない。その事を証明したいっていうのもあって、私はずっと強くなる事を考えてきた。

 

 そんなある時だったわ。おかあさんが私に東京の大きな病院にいる精神科の先生に相談してみたらって言って来てね。

 

 私は半信半疑でその病院の先生のところに行ってみたんだけど……その先生との出会いは衝撃だったわ。なんていうか、他の先生と比べてすごく砕けていて、ふんわりした様子で話を聞いてくれて……それこそ、友達みたいにね。私、その人になら何でも話す事が出来た。トラウマの事とか、銃の事とか全部。

 

 その先生は友達みたいにやんわりしながら話を聞いてくれて、受け入れてくれて、色々してくれて、そして最後に私にメディキュボイドの使用を提案してきた。現実世界だと話せない事も多いだろうから、VRの世界に行ってそこで話をしようって言ってね。それで私は、メディキュボイドを使ったのよ。

 

 

 そして、私はSAOに巻き込まれた。

 

 

 こんなところよ」

 

 

 一気に話し続けたけれど、キリトは一切私から目を離さずに、ずぶ濡れになりながら話を聞き続けていた。でも、今までの経験から察するに、これからキリトが何を言うのかはわかるような気がする。

 

 

「わかったでしょう。私は殺人者なのよ。どこにも居場所のない、ううん、どこにも居ちゃいけない殺人者」

 

「…………君は」

 

 

 キリトはようやく口を開いた。口の中に雨水が入って行くけれど、気にせずに喋り続けた。

 

 

「君は死ぬ気はないって言ったよな。だけど、今の君は明らかに死のうとしてたよう見えた。それは何故なんだ」

 

 

 私が死のうとしていた理由。これまで私はどんなに発作が辛くても死のうとは思わなかった。

 

 何もかもなくなってしまうのが怖かったのか、それともおかあさんやおじいちゃんやおばあちゃんを悲しませるのが嫌だったからか。それもあるけれど、私がこのまま死んだらあの男も浮かばれないって考えてたのが一番か。

 

 でもさっきまで私は死ぬ気だった。死ぬ気満々だった。それは……

 

 

「……もう、疲れたからよ」

 

「疲れたって何に」

 

「裏切られる事によ。私は今まであんた達と一緒に暮らしてきた。この事を話したらきっとあんた達も私の背中を突き飛ばす。私の居場所を無くす。

 おかあさんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんっていう居場所さえ失って、私の居場所はどこにもなかった。そしてまた、私は居場所を無くそうとしてた。どこにも居場所がなくなるっていう事が、もう嫌だったのよ」

 

「…………」

 

「でもねキリト。今はもうそんなふうに思わないわ。発作的に死のうなんて考えたのかもしれないけれど、今はもうそんなんじゃない。元から私は一人でいる事に慣れてる。どこにも居場所なんてなくたっていいのよ。

 だからもう、私は一人で生きていける。一人で生きて、一人で戦って、一人で死んでいく。きっとそれが私の運命だったのよ。あんたともう一回会えたおかげで、再確認する事が出来たわ」

 

 

 立ち上がろうとした次の瞬間、キリトは濡れた手で私の肩に触れた。嫌な感覚が走って、振り払う。

 

 

「触らないで」

 

 

 キリトは首を横に振った。

 

 

「君は間違ってるよシノン。人が一人で死ぬなんて事はないんだ。人が死んだ時には、他の人の中にいるそいつも一緒に死ぬんだよ。俺の中にだってもうシノンはいるんだ。シノンが死んだら、俺の中のシノンだって死ぬんだ」

 

 

 キリトは雨に濡れながらも光り続けている瞳で訴えてくる。

 

 

「それにシノン、君は根本的に勘違いをしてる。君は自分の居場所はどこにもないって言ってるけれど、あのログハウスで、俺とシノンとリランの三人で、今まで暮らしていたじゃないか。これのどこが、居場所が無いんだよ」

 

 

 キリトは続けて、私の両肩に手を乗せた。

 

 

「シノン……言わせてもらうけれど、君に居場所が無いなんていうのは嘘だ。君が居場所が無いなんて言うのは、君が勝手にそう思い込んでるだけだ!」

 

 

 何を言うのよ。私に居場所が無いのは私が勝手にそう思い込んでるから?

 

 どうせ、私の事を蔑んでるくせに、私の事を殺人者だって罵ってるくせに。

 

 

「いいえ、私に居場所なんかないわ。こんな私に、居場所なんてないのよ」

 

「そんな事ない」

 

「そうよ」

 

「そんな事はない」

 

 

 言っても言っても、キリトは頭ごなしに私の言葉を否定する。そのうち、心の中から軋むような音が聞こえてきて、言葉になって出て来た。

 

 

「そうね……確かにこの世界にはあの家があるから、居場所があるって言えるかもしれない。だけど、現実世界に帰ればなくなるわ。私の居場所はここにあっても、現実世界にはないのよ!」

 

「そんな事はないよ」

 

「そうよ!」

 

「そんな事は、ないよ!」

 

 

 心の中の軋む音がどんどん大きくなり、やがて何かが崩れるような音に変わった。次の瞬間、心の中から胸へ、そして喉から口の中へ思いが上がってきて、かつてない言葉となった。

 

 

「何でそんなふうに言えるのよ! そこまで言うなら、そこまで言うならッ……」

 

 

 

「なら、あなたが私の居場所になってよ!! あなたが、一生私を守ってよ!!!」

 




原作との相違点

1:詩乃の父親が病死している。癌以外。

2:詩乃の精神治療の専属医のようなものがいる。

3:詩乃が東京の中高一貫校に進学している。

次回大幅に進展。そしてキリトが……?

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