カオス。
苦手な方は読み飛ばし推奨。
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ユイとストレアの改造作業開始から一時間後。
イリスの提案によってユイとストレアの改造作業が開始されてから一時間が経過した。開始時刻がそもそも夜の八時という比較的遅い時間であったため、既に時刻は夜の九時を過ぎている。
そして現在状況はというと、ユイとストレアの改造作業は全くと言っていいほど終わる気配を見せておらず、改造のためのコンソールとなっているリランとユピテルを操作しているイリスも、改造されているユイとストレアもベッドから微動だにしていない。
そんな五人を傍から見ているキリトも、明日の詩乃の誕生日の内容の書かれた計画表に目を通し、イリスのようにホロキーボードを操作してメモ帳を呼び出し、その中に自分が明日やるべき事を書き込む事に夢中になっており、アスナは「夜食を作ってくる」と言って宿屋の簡易調理場に向かっている。
「……」
明日の計画が
「イリスさん、まだ終わりそうにないんですか」
話しかけても、イリスはホロキーボードを操作しているだけで何も答えようとはしない。そのタイピング速度は常人のそれを遥かに超えるものとなっていたが、元よりそんな操作を可能としている人なのがイリスであるというのを知っているため、キリトは驚きもしなかった。その操作速度によって、改造作業がかなり難航を極めているのもわかった。
(まだ終わりそうにない、か)
簡単な会話を繰り広げたり、将棋や碁を打ったりするAIでも開発に何日もかかるという話を聞いた事がある。ましてやユイとストレアはそんなAI達よりも遥かに賢く、強く、高度なAIであり、最早電脳世界で誕生した生命体と言っても過言ではないくらいだから、開発者であるイリスでもそんなに早く改造できないのだろう。
……それでも詩乃の誕生日は明日であり、現在は夜の九時だから、そんなに時間がかかるのも困りものだが。
そんなふうに考えて溜息を吐いたそこで、部屋の出入り口の戸が開かれた。イリス達をほぼ無視しながら向き直ってみれば、先程夜食を作ると言って出て行ったアスナがそこにいた。
「アスナ、戻って来たのか」
「うん。サンドイッチを作って来たんだ」
戸を閉めたアスナはほとんど音を立てないように歩き、キリトの隣の椅子に着座する。この世界ではサンドイッチのような携帯食料や料理などはストレージに仕舞う事で携帯できるようになっている。一見何も持っていないように見えるけれども、そのストレージの中にはアスナ手製のサンドイッチが入っているのだろう。
SAOの頃から皆に絶賛されるほど美味しいアスナのサンドイッチが来たと考えると心が躍ったが、まだ小腹がすいているような感じはなかったので、ひとまずキリトは「後でくれ」と言っておいた。
「改造作業、まだ終わってないんだね」
「あぁ。さっきから何を言っても反応しないよこの人」
「それだけ作業に没頭してるって事なんだろうね」
そこでアスナは何かを思い出したような表情を顔に作り、キリトに向き直る。突然の注目にそれなりに驚きながら、キリトも同じように顔を向けた。
「そういえばキリト君、この四人ってAIなんだよね」
「え? あぁ、そうだけど。っていうかそれはアスナもよくわかってるだろ」
「そうなんだけど……この四人ってAIって事を忘れちゃうくらいにわたし達にそっくりっていうか、本当に人間みたいじゃない。こんな人間に近いAIを公表したら、至る所から欲しいって声が上がりそうなのに、どうしてイリス先生は公表しないんだろうね」
確かに最近の大手情報大学や企業などで進められているAIの情報を見ると、一昔前のAIなんかより遥かに進化、発達したそれが開発されていっているというのがわかる。
だが、その程度はまだ軽度な会話や設定された受け答えが出来るくらいで、ユイやストレア、リランやユピテルのように完全な会話は出来ないし、この四人のように完全な人格、感情、心を持ち合わせてもいない。このALOのクエストに登場してくるNPC達がいい例だ。
こんなくらいにしか発展していないAI産業の中に、これまでのAIを超越する性能、処理能力、感情を持ち合わせているMHHPやMHCPが持ち込まれてみれば、世紀の大発明となり、AI研究者達は
しかし、そのようなAIを作れる技術を持ちながら、今ホロキーボードを操作する事に集中しきっているイリス/芹澤愛莉は一切、一般社会や企業にMHHPやMHCPの存在を公表しようとはせず、その存在を熟知している自分達にも周りの人達には出来る限り話さないようにと釘を刺している。
なので、MHHPとMHCPを知っているのは自分達を中心としたごく少数の者達だけであり、一般社会も企業も何も知らないのだ。その理由について聞こうとしても、イリスははぐらかしたりする一方でろくに答えようとしてくれない。イリスとかなり長い時を過ごしている自分が聞いても、患者である詩乃/シノンが聞いても、だ。
「まぁイリスさんの事だから、何かしらのこだわりみたいなものがあるんだろうな。もしくは他の人に売ったり公表したくない技術なのかもな」
「そうだね。イリス先生ってば、自分の作ったAIを娘や息子っていうくらいだし」
アスナからの一言を聞いて、キリトはふと頭の中で思い出す。
まだSAOに居た頃、皆で八十層でバカンスをしていた時。遊びを追えて宿泊した八十層の宿屋には、温泉ほどの心地よさはないものの、それなりに湯の質のいい大浴場があって、それを皆で利用した。その時シノンとアスナを中心とした少女組の中にはイリスの姿もあったのだが、その入浴の後でユイからかなり気になる話を聞いた。
他の皆と一緒に風呂に入ったその時、ユイは興味半分でイリスの身体をまじまじと見たそうなのだが、その時にイリスの髪の色相が自分と、胸の大きさと黒子の位置がストレアと、毛の質がリランのそれとほぼ百パーセント一致している事に気付いたというのだ。
その時キリトは半信半疑だったけれども、後々イリスと会った時、確かにユイの髪の毛とイリスの髪の毛が同じ色で、黒子の位置までは見れなかったものの――イリスの胸の大きさとストレアの胸の大きさがほとんど同じである事が実際にわかったし、有事の際の状況分析するユイの雰囲気は、イリスのそれに似通っている事も理解している。
まるで母親の持っている特徴が子に遺伝しているかのような、ユイ達とイリスの特徴の類似。確かにMHHPとMHCPはイリスが開発したものだけれど、そんな特徴を搭載する理由などあったのか。SAOをクリアした後にはなったけれども、この事についてイリスに聞いた事もあるが、やはりはぐらかす一方で何も答えなかった。
「……」
その肝心な事を中々教えてくれないイリスは今、目の前にいる。今ならば、もしかしたら何らかの答えを教えてくれるかもしれない。そう思ったキリトが声をかけようとしたその時、イリスは勢いよくエンターキーに該当するボタンを押し、大きく溜息を吐いた。
「出来たッ……」
「えぇッ!?」
「出来たんですか!?」
思わず二人揃って椅子から立ち上がると、イリスはもう一度ホロキーボードを軽く操作し、再度エンターキーを押した。間もなくして、コンソールとユイとストレアを接続していたホロケーブルが自動で抜け、コンソールの中に戻る。
「……今、彼女達をテスト起動させている。様子を見てみようか」
イリスが言ったその時、改造開始から微動だにしなくなっていたユイが、むくりとその身体を起こした。それなりの時間を要したが、無事に改造が終了した事に安堵しながら、キリトはユイに声をかける。
「お疲れユイ。改造が終わったみたいだけど、気分はどうだ」
普段ならば「おはようございます、パパ」などというユイだが、キリトに声をかけられても俯いたままで何も言わない。そんな様子のまま、ベッドから降りて立ち上がったユイに、キリトもアスナも首を傾げる。
「あれ、ユイ、どうした」
「ユイちゃん、どうかしたの。というかストレアはどうして起きないの」
その時、ユイはかっと顔を上げてその口を開き、同時に目も思い切り開いた。
「わたしは神だ! わたしの夢は……」
いつものユイからは想像も出来ないような、腹の底から出しているかのような大声の直後、ユイの身体が白い光を放ち始めた。あまりに突然の事に、キリトは思わずユイの名を呼んだ。
「ちょっ、ユイ!?」
「不滅だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ユイの咆哮の次の瞬間、辺り一面が強烈な光に包み込まれ、爆音と猛烈な風が吹き付けてきてキリトは壁にぶつかった。その感覚はリランの放つブレスの爆発を受けた時のそれに酷似しており、瞬時にユイが突然自爆した事がわかり、起き上がれたのは光も風も完全に止んだその時だった。
「いっててて……なんだよ一体……」
「いたたた……いきなり何なの……?」
痛みにも似た不快感を感じながら隣を見てみれば、同じく爆発に吹き飛ばされたであろう、痛そうな顔をしたアスナ。しかし圏内であるという事が幸いしたのか、ダメージもエフェクトも何もなければ、部屋が崩壊したりしたような様子もない。が、すぐさまキリトはある異変に気付く事になり、顔面蒼白となった。部屋のどこを探しても、ユイとストレアの姿が無いのだ。
「ユイ、ストレアッ!!?」
まさか、今の爆発で二人とも消えてしまったのか。慌てたキリトは即座に開発者の咆哮へ向く。そこには爆発に巻き込まれているはずなのに平然としているイリスと、コンソール化し続けているリランとユピテルの二人。そしてイリスはというと、「あーあ」と言わんばかりに顔を片手で覆っている。
「イリスさん、二人はッ!?」
「……どうやらどれかの行で競合が起きていたらしい。おかげで二人は機能不全を起こしてしまった。ユイに至っては何故か自爆コマンドを実行してしまったよ」
「機能不全!? って事は二人は……!?」
「……消滅してしまったよ。彼女達ほどのプログラムが機能不全を起こすというのは、死を意味するのと同義だからね」
キリトは自分の顔が青く、冷たくなっていくのまざまざとわかった。まさか、このような事でユイとストレアが消えてしまうなんて。詩乃の誕生日を祝いたいという一心で改造を受けたら、却って死んでしまったなんて。悲しみと絶望と怒りが心の中で混ざり合い、それを口の中まで上らせて咆哮しようとしたその時、イリスが止めるようにその口を開いた。
「だが、それはあくまで彼女達が普通の生命体であった場合だ。彼女達はそうじゃないっていうのは、君達もよくわかっているだろう」
「え?」
「ユイ及びストレア、バックアップ起動っと」
アスナと一緒に首を傾げた直後、コンソールを操作しつつイリスが言葉を呟くと、にゅいっという奇妙な音が部屋全体に響いた。すぐさまその音の発生源を特定できて、そこに目線を向けてみたところ、キリトは目を見開いてしまう。
そこは先程までユイとストレアが寝転んでいたベッドなのだが、そのうえには《Resurrection》という文字が光で縁に書かれている
「……!?」
このALOは勿論の事、SAOにすら存在していなかった奇妙な土管のようなオブジェクト。一体これは何かと注目していた時、その中から突然黒い影のような何かが飛び出してきて、ベッドの上に着地。そしてその姿を見る事で、キリトもアスナも大いに驚く。
《Resurrection》という文字の書かれた土管から高速で飛び出してきたのは、黒い長髪と白いワンピース上の服が特徴的な小さな少女と、大きな胸とある程度の露出度のある服装、白紫色の髪の毛が特徴的な少女。イリスの改造ミスによって消滅したはずのユイとストレアそのものだった。
消えたはずの娘達が土管から現れて来たという光景を目にして、キリトは完全に言葉を失ってしまっていたが、やがてユイとストレアはその瞼を開き、瞳の中にキリトの姿を映し出した。
「パパ、おはようございます」
「グッドモーニング、キリト!」
「ユイ、ストレア……どうして……?」
「二人とも、消えちゃったんじゃ……!?」
二人揃って驚いていると、イリスの特徴的なふふんという声が聞こえてきて、四人全員で振り返る。そこでは、イリスが得意そうな顔をしていた。
「言っただろう、何かあった時のためにバックアップを取ってから始めるって。改造が失敗して彼女達が消えてしまったから、そのバックアップをコピーして起動したんだよ」
確かに、この長きにわたる改造作業の開始前にイリスはそんな事を言っていたし、ユイとストレアのバックアップを取ってから作業を開始したとも聞いていた。プログラムの改造や制作の際に、万が一失敗してしまった時のためにバックアップを用意するというのはITに精通するキリトも熟知していたが、すっかり忘れてしまっていた。
彼女達はバックアップがある限り、無限に復活できるのだ。その事に安堵して脱力、その場に座り込んでしまうと、ストレアがイリスへ顔を向けて怒った。
「ちょっとイリス! アタシ達がこうして再起動したのに何も変わってないって事は、アタシ達の改造に失敗してるって事なんだよね!?」
「あぁ、まぁ、そういう事だ」
「ママの誕生日は明日なんですよ! 今度こそ成功させてください!」
ストレアに続く形でユイも抗議する。確かに現実の時刻は既に深夜に回っており、詩乃の誕生日の当日は刻一刻と迫って来ている。ユイとストレアの改造は難しいのだろうけれども、急がねば間に合わなくなってしまうだろう。娘達と同じような気持ちになって、キリトもまた抗議した。
「イリスさん、難しいかもですけど、しっかりやってくださいよ!」
「シノのんの誕生日に間に合わせてください!」
「わかってるって。今度こそ成功させてみせるよ」
イリスが苦笑いしながらコンソールを操作すると、再びそのホロキーボードからケーブルが伸び、ユイとストレアの項に接続される。二人の意識が先程のように停止し、その身体が横たわられると、キリトとアスナも席に座り直す。その時には既に、時刻は夜の十時を過ぎていた。
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一度目の改造の失敗から更に一時間が経過。時刻は既に夜の十一時を過ぎており、もう一時間ほどで詩乃の誕生日の当日になってしまうところになっていた。普通の人間ならば眠気を覚える事、もしくは寝ている頃なのかもしれないが、キリトもアスナも椅子に座ったまま、メモ帳に文字を書いたりする事を続けられている。
キリトは元々やりたい事があると何時間ものめり込み、夜中になるまでやり続けるというのがそんなに珍しくないうえに、オンラインゲームを初めてからは夜の十二時や一時までダイブもしくはログインをしているというのがかなりの頻度になったため、夜の十一時を回る今も、眠気も感じずに引き続き詩乃の誕生日にて行うべき事のメモを続けている。
そんなキリトが驚く事になったのはその隣にいるアスナだ。アスナも改造作業開始からずっと自分の隣に座っているけれども、夜の十一時を回ろうとも、同じように明日の詩乃の誕生日で行う事やその計画などをメモに書き進めており、眠気を感じる様子も全く見せない。
これについてはリランとユウキから聞いた事があり、彼女達によると、アスナはこれまで深夜まで勉強をし続けるというのが頻繁にあったため、深夜になっても眠気を感じずにある程度作業をする事が可能なのだという。
だが、それはあくまでユピテルと出会うまでであり、ユピテルと出会って生活をするようになってからはなるべく早く寝るようにしているそうだ。が、やはり身体には深夜までの勉強や作業などへの耐性が残ったままになっており、そのおかげでこうして深夜まで作業が出来ているのだろう。
今はほぼ気絶しているに等しい状態だけれども、ユピテルが今のアスナを見たら「早く寝てよ」というだろうと、キリトは思っていたが、その時偶然アスナと目があったものだから、思わずぎょっとしてしまった。
「ん、どうしたアスナ」
「……」
何も言わずにアスナはじっとキリトに視線を向け続ける。シノン/詩乃の記憶を頭の中に取り入れたのが原因なのか、こうして女性の視線を浴び続けてもなんとも思わなくなっているのだが、何かを気にしているかのような視線を向けられると、どうしても心をざわめかせざるを得ない。
「アスナ?」
「ねぇキリト君。また変な事を言うかもしれないけど、わたし達ってこうやって並んで座ったりするのは、そんなになかったよね」
「はい? 何を言っておられるのですか、アスナさん」
「前にも言った事があるけど、わたし……どうもキリト君の隣に長く居た事があるような気がしてならないの。けれど、わたしはそんな事はしてないし、寧ろキリト君の隣に長く居るのはシノのんでしょ。でも、こうやってキリト君の隣に座ったりすると、もっと長い間こんな事をしてたような気がしてならないっていうか……」
確かに以前、アスナに奇妙な事を言われた事がある。アスナはSAOの時に自分と出会い、最初こそはいざこざがあったものの、やがて仲間になって一緒に戦い続け、最終的に血盟騎士団の団長と副団長の関係となった。そういう面から見れば、自分とアスナの時間は長いものだと言えるのだろう。
だが、そういう攻略の時とか交遊の時以外にアスナとの時間を設けた事はなく、寧ろアスナはリランやシノンと親睦を深めていたから、自分と一緒に過ごしていた時間は短い。それはきっと、リズベットやシリカよりも少ないものだろう。
なのに、アスナはこうして自分の隣に座ったり、その傍に居続ける事に既視感を覚えていて、自分と長い時間を一緒に過ごした事があるような気を感じる事もあるというのだ。お互いにそのような事は一切なかったというのに。
「んー……気のせいじゃないか。俺、君との時間を過ごした記憶がほとんどないぞ」
「わたしもそうなんだけれど……そのはずなんだけど、なんだかそんな気がしてならないっていうか。ごめんなさい、自分でもよくわからないの。気にしないで」
そう言って自らのメモ帳に向き直るアスナ。どうしてアスナがそんなふうになっているのか、そんな思いは一体どこから湧いてくる物なのか。色々気になるけれども、解き明かす方法も特に思い付かなかったため、キリトはひとまず自身の明日の予定などをより進める事にした。しかし、それはすぐに、部屋の中に響いたイリスの声によって中断される運びとなった。
「出来たぞッ!」
「えっ、本当ですか!?」
両手を上にあげて思い切り背伸びをするイリス。難解な問題やパズルを解き明かす事に成功したか、あるいはとても強いボスを倒せたかのような達成感に満ち満ちた顔。それらを見る事で、キリトもアスナもイリスの作業が成功した事を察する。
「やったんですね、ついにやったんですねイリス先生!」
「あぁ、やったはずだぞ。早速起動してみよう」
背伸びから戻ったイリスがコンソールを操作すると、ユイとストレアの項に刺さっていたケーブルが自動で引き抜け、ホロキーボードへ戻る。同刻、改造のために物理的機能を止めていた二人の少女が上半身を起こし、ベッドから降りたった。すかさずキリトもアスナも二人に寄り添う。
「ユイ、ストレア。今度こそ上手く行ったんだろう」
「今度こそ、自爆したりしないよね」
二人して問いかけると、ユイとストレアはその顔を上げて、キリトとアスナを交互に見つめた。だが、その表情は微動だにしておらず、まるで彫刻のようになっている。その表情にキリトが首を傾げたそこで、ユイの口が動いた。
「パパ」
「え?」
「パパ、今日は外がとても素敵な日です。月が出ていて花が咲いていて、パパの隣にはアスナさんが居ます」
「……」
「こんな大事で素敵な日にこんな事をしてるパパには……」
その時、キリトは目を疑った。ユイの手元に炎が集まり、やがてそれは一本の長い剣へ姿を変える。SAOの第一層の裏ダンジョンにて、自分達で倒せないボスモンスターに出くわした時に、ユイがそのボスを消し去るために使った燃え盛る長剣が、再びユイの手元に現れたのだ。そしてその隣にいるストレアも、今日まで使っている大剣をいつの間にか引き抜いて手に持っている。
「地獄の業火に焼かれてもらうぜ」
その一言と共に、ユイは長剣をキリトの額へ振り下ろした。燃え盛り赤熱したその刃が自身の額に食い込み、ぞぶりという嫌な音が鳴ると、キリトは
「あ~~~~~」
という何とも間の抜けた悲鳴を上げて、その場に倒れ込んだ。それを好機と思ったのか、ユイもストレアもその手に握る剣でざくざくとキリトの身体を切り刻み始める。そのうち、ストレアが奇妙な笑い声をあげた。
「ニャハハハハハ! こんな大事な日に
明らかにいつものストレアから吐き出される台詞ではないし、そもそもユイもストレアもキリトを切り刻むような事をする事など無い。間違いなく、イリスが改造に失敗している事をアスナが叫ぼうとした次の瞬間、先程までユイとストレアの項に接続されていたケーブルが、獲物に噛み付く蛇のようにその項に突き刺さった。
その途端、ユイとストレアは全身に電流を走らせたかのように直立し、そのままかくんと首を傾け、何も言わずに白い粒子のようになって消滅してしまった。そのケーブルの接続元に視線を向け直してみたところで確認できたのは、ホロキーボードに突っ伏しているイリスの姿。如何にも大きな失敗をしてしまってがっくりしている様子だった。
「イリス先生……」
「どこだ、今度はどこが失敗していたっていうんだ……今度は強制停止させたよ……」
そう言ってから立ち直ったイリスが、ホロキーボードを操作すると、ベッドの上に再び《Resurrection》の文字が縁に入った土管が出現し、二秒後付近でぴょいっと二人の少女が飛び出してきて、ベッドの上に着地した。
それは勿論、バックアップを再起動した事によって文字通り《
「ちょっ、パパ、どうしたんですか!?」
「なんか強い武器で殴られたみたいな事になってるんだけど!?」
PK推奨とされており、対人戦も普通に存在するこのゲームでも、圏内ではダメージを受けないようになっているため、圏内でダメージを受けるような事にはならないし、攻撃を受けてもHPは減らない。が、攻撃時の衝撃などはそのまま受けてしまうようになっているため、二人にズタズタにされていたキリトのHPは全快のままになっているが、意識が朦朧としてしまっているらしく、全く動く気配を見せない。
そしてキリトがそんなふうになっている原因が先程の自分達であるというのは、バックアップから復活したユイとストレアは知りもしないのだ。
「やりたくなったけれど、これだけやって上手くいかないなら、やるしかない……二人の様々な情報を初期化、開発時の状態に戻すッ。そのうえで」
アスナは咄嗟に声を上げる。二人を改造するというのだから、それくらいの事はやっているのではないかとキリトとアスナの二人で思っていたが、イリスはそのような事は一切せずにそのまま改造を行っていたらしい。
ITやプログラムに全く疎いアスナでも、そんなやり方では上手くいくわけがないというのが、一発でわかった。
「あの、イリス先生」
「なんだいッ」
「お願いですから今度こそちゃんと成功させてください」
「わかっている」
そう言ってイリスが再びホロキーボードを叩き始めると、またケーブルが伸びてユイとストレアの項に刺さり、二人はバタンとベッドに倒れ込んだ。そしてキリトはというと、床でのびたままで、まともに立ち上がったのはそれから一分後だった。
そんな中繰り広げられた改造作業は、次の日の朝の五時で完了し、途中数回ログアウトしつつそれに付き添ったキリトとアスナは、急いで現実世界に帰り、詩乃の誕生日祝いを急いだのだった。
Q.このようなものを書いた理由は
A.ドシリアスなこの作品でカオスな事をやってみたかった。反省している。
Q.元ネタはあるのか
A.全部にある。フェアリィダンス編終了時に書く。
Q.最後に言いたい事は。
A.読み飛ばさずに付き合ってくださった皆様、
本当に、本当にありがとうございました。