キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:不具合を抱えた娘

《SA:O》のクローズドベータテスト開始から三日後。

 

 

 学校と夕食を終えた和人/キリトはすぐさま《SA:O》にログインし、すっかり日が暮れて星々と月の支配する夜空が広がる《はじまりの街》へと降り立った。

 

 

 夜から深夜にログインする年齢層を考慮した上での設定なのか、《ALO》では時間の流れが早めに設定されていた。そのため、夜にログインしたのに現地では昼になっているなどの事があったが、現実世界の時間とリンクしていた《SAO》のサーバデータをコピー、流用する事で出来上がっている《SA:O》の時間は現実と同じ時刻を指し示していた。

 

 そのせいか、キリト達が昼間にログインできるのは休日くらいとなっていた。

 

 だが、人数限定のクローズドベータテストと言えど新作のゲームであるため、夜であろうと昼であろうと多くのプレイヤー達や街の住民としての役割を全うしているNPC達の姿を見る事が出来、現在キリトの居る商店街エリアも多数のプレイヤーとNPCが行き交っている状況下にあった。

 

 

 その中を軽く見まわして、キリトは一人の少女を見つけた。三日前に突然自分達の目の前に現れ、突然よくわからないクエストを吹っ掛けてきては一コルを渡してきたNPC。

 

 マリンブルーと白の軽装束に身を包む、紺色がかった髪の毛を切りそろえたショートヘアにしている、水色の瞳と右目元の泣き黒子が特徴的な小柄な少女。

 

 自分達によってプレミアという名前を与えられたそれを目の中に入れ、キリトは声を上げて呼びかける。

 

 

「おーい、プレミア」

 

 

 プレミアは答えない。とことこと歩いているだけで、それも今にも商店街エリアの出口へと向かって行ってしまいそうなくらい歩調だった。周りのプレイヤー達の喧騒のせいで上手く聞こえなかったのだろうか。

 

 気になったキリトは足を進め、プレミアへと歩み寄り、再び声をかける。

 

 

「おい、プレミアってば」

 

「!」

 

 

 ある程度キリトが寄って行ったところで、プレミアはようやく気付いたように向き直った。その顔には驚きも何もない、無機質な表情が浮かんでいる。

 

 

「こんばんは。そういえば、プレミアというのがわたしの名前でしたね」

 

「あぁ、呼ばれ慣れてないから反応しなかっただけか。歩いているだけだから、散歩でもしてたのか」

 

「特に何もしていません。ただ歩いていただけです」

 

「やっぱり散歩してただけじゃないか」

 

 

 「そういう事になりますね」と、相変わらず無表情に近しい顔で応えるプレミア。

 

 三日前に出会ってプレミアという名前をキリト達が付けてから、プレミアは街の中を巡回ルートに指定して、散歩するようになっていた。そのプレミアと街中で遭遇し、特定のワードを話しかける事によって、クエストを発生させる事が出来るようにもなった。

 

 クエストの内容は当初と同じ、フィールドのある個所まで連れていくという護衛クエストとなっているのだが、その報酬もまた変わらず一コルのみ。

 

 護衛させておきながら一コルしか渡さないなどおかしい。クエストを進めれば何か起こるはず。

 

 キリトは当初そう思い、三日前から仲間達――主にリランやストレアと行った者達――に頼み込み、プレミアの観察を行ってもらったのだが、その報告は芳しくなかった。クエストのストーリーが進行する様子も、プレミア自身に変化が起こる事も無かったというのだ。

 

 更に話によれば、クエストをやっていない時のプレミアは、特に理由も持たずに散歩をするのを繰り返しているだけのようで、他のNPC達のように変わった反応を見せたりする事も無ければ、何かのイベントを起こすような事もないらしい。

 

 現に今のプレミアも無機質な感じが(ぬぐ)えないような反応しか返してこないし、これといった変わった部分も見せていない。

 

 

 プレミアは三日前から何も変わっていない。自分達はプレミアに何も変化を起こせていない。――そう思った時、少し離れたところから声が届けられてきた。

 

 

「やっほー、そこのお二人さん」

 

「ん」

 

 

 プレミアと一緒に振り向いてみれば、そこには四人の少女達。派手なピンク色の髪の毛と赤と白の服が特徴のリズベット、金色の長髪をポニーテールにして緑と白の露出度の高い服を着ているリーファに、明るい茶色の髪をツインテールにして、オレンジ色と茶色と白の三色で基本が成されている軽装を着るシリカ、リーファとは違う色合いの金髪で、右半身に赤いコートを纏っていて、頭から白金色の狼の耳、尻元から尾を生やしているリランだった。

 

 キリトが軽く応じると、四人はその距離を縮めてきて、そのうちリズベットが悪戯をするような顔をして言葉をかけてきた。

 

 

「その様子だと、もしかしてデート中だったかしら」

 

「いやいや、ただ見つけたから声をかけただけさ。本人はただ当てもなくぶらぶらと散歩していただけみたいだぜ」

 

 

 そこで、現実世界ではキリトの妹であるリーファが少し険しい表情を浮かべた。まるで何か重要な事を掴んだかのようなその雰囲気に、キリトも少しだけ目を見開く。

 

 

「そっか……ねぇおにいちゃん。プレミアちゃんの噂って聞いた?」

 

「いや、聞いてないな。何かあったのか」

 

「プレミアちゃんのクエストって、護衛させておきながら一コルしか渡さないものでしょ。そのせいで、プレイヤー達の間で無駄なクエストを受けさせるNPCだって悪口を言われてるみたいなの」

 

 

 やはりな、とキリトは思った。プレミアのクエストは本来ならば店売り装備の上位品、四桁のコルが貰えるくらいのものであるべきなのに、報酬に設定されているのはたったの一コル。

 

 割に合わない所の話じゃないから批判を呼んで当たり前だし、プレミア自身に悪意が無くとも、悪口を言われても仕方が無いだろう。シリカがプレミアに目を向けつつ、悲しげな表情を浮かべる。

 

 

「そんな話が出回ったせいで、プレミアちゃんを連れ回す人は極僅かだそうで、クエストをやっている人も、隠し要素を探っているような人だけなんですって」

 

「けど、そんな事やってる連中も減って来てるだろうな。現にプレミアのクエストに変化は出てないわけだし」

 

「そのとおりよ。そんな事もあってか、プレミアは誰にもクエストを受けてもらえないまま街の中を彷徨(さまよ)ってるような状態。クエスト持ってるのに、シカトされ放題よ」

 

 

 シリカ同様悲しそうな顔をするリズベットを横目に、キリトは再度隣のプレミアに視線を向ける。プレミアは確かにこの世界の存在するNPCだし、プレイヤーにこなしてもらうべきクエストを抱えた存在だ。

 

 なのに、そのクエストが受けてもらえないまま、街の中を彷徨うという本来の役割とは外れた事になってしまっている。しかも本人はそれに気付いてさえいないようで、キリト達の話を遠いところから聞いているような様子を見せているだけだ。

 

 一番最初に名前が存在しないNPCだとわかった時にも思った事だけれど、今回の事でさらに不憫だと思えた。

 

 

(……)

 

 

 何とかしてこの状況を打破したいところだが、一プレイヤーでしかない自分達に出来る事といえばプレミアのクエストを受注してこなし、クリアする事。そして、一コルを貰う事くらいしかない。

 

 結局そんな結論しか導き出せなかったその時、リーファが何かを思い出したようにリランに声をかけた。

 

 

「ねぇリラン、何かわからない? プレミアちゃんをスキャンしたりだとか、プレミアちゃんのバグとか発見できたりしない?」

 

 

 リランは腕組みをしながら難しそうな表情を浮かべる。如何にも既にやった事を報告しようとしているかのような仕草だった。

 

 

「残念だがそれは出来ぬ。いくら我らにスキャニング能力があるとはいえ、このゲームの運営会社のサーバーの中にいるプレミアに施すのは難しい。恐らく異変はあるのだろうが……我らの手で知るのは無理そうだな」

 

 

 直後、リランが何かを思い出したような反応を示した。

 

 何事かと思ってキリトが話しを聞いてみると、キリト達が学校に行っている間にプレミアのクエストを受け続けてみたところ、何かしらの変化自体はあったようで、徐々にプレミアを守って進む距離が長くなっているのだという。

 

 

「距離が長くなってる? って事は、プレミアのクエストは進行してたのか」

 

「相変わらずくれるのは一コルだけだがな。この者のクエストそのものは進んでいるようだ」

 

「って事は、やっぱりいずれ何かがわかるようになるって事?」

 

 

 リズベットの問いかけにリランは首を横に振る。

 

 

「それはわからぬ。今後何が起きるかなどは、本当にその時になってみないとわかりそうにないな。それ以前に、プレミアのクエストは本当に運営側のミスなのかもしれぬぞ」

 

 

 プレミアの事をユイにスキャンさせてから、キリトもずっとそう思っていた。プレミアの状態は全て初期状態とされており、名前さえも決まっていないような有様だった。それでありながらプレミアはクエストNPCとして存在していて、実際にクエストをこなす事も可能だが、貰えるのは一コルのみ。

 

 やはりプレミアには、何らかの開発ミスが及んでいるとしか思えない。

 

 

「そうだな……やっぱり全部の状態が《Null》っていうのはおかしいし、一コルしか貰えないのも変だ。ここは一つ、運営に……」

 

 

 言いかけたその時、キリトの目の前に一枚のウインドウが出現する。スマートフォンの通話時の画面に似ている外観で、下部に通話開始ボタンと拒否ボタンが並んでおり、上部に通話相手の名前が出ている。その通話相手の名前を見て、キリトは驚くと同時に喜びを覚えた。

 

 そこから出ているアラーム音が耳に届いたのだろう、五人の少女達は一斉に反応を示してキリトに視線を送り始め、そのうちリズベットが声を出す。

 

 

「何よこの音。っていうかキリト、それは何」

 

「あぁ、皆も知ってる人から連絡が来たようだ。ちょっと宿屋まで戻ろう」

 

 

 唐突な指示に皆が首を傾げながらも頷いたのを確認すると、キリトは五人を連れて宿屋の自室へ戻った。自室に入った時には既に通話は切られていたが、キリトがウインドウを呼び出し、操作する事によってその中身は先程の通話画面のようになり、やがて通話が開始された。

 

 

《プリヴィエート、キリト君!》

 

「セブン、さっきは出れなくて悪かったな」

 

 

 ウインドウから聞こえてきた声にはプレミアを除く全員が驚き、再度一斉にキリトの元へと集まる。直後に声を出したのはリズベットだった。

 

 

「キリト、それって? っていうか今の声……」

 

《あら、その声はリズちゃんかしら》

 

 

 ウインドウの声の後、リーファが驚いた様子で声を張り上げる。

 

 

「やっぱりセブンちゃんだ! セブンちゃんと電話出来てるの!?」

 

《その声はリーファちゃん? もしかしてキリト君だけじゃないの》

 

「あぁ、リズにシリカにリーファにリランと……後はゲスト的なのが一人いるんだ」

 

「キリトさん、この機能って? こんな機能、このゲームにありましたっけ」

 

 

 シリカに問われたところで、キリトは説明を開始する。

 

 この機能はこのゲームに付けられたものではなく、セブンの開発した、VR世界と現実世界で音声会話が可能となるアプリケーションだ。試作段階で色々と制約はあるものの、これを使えばVR世界に居ながら、現実世界にいる者達と連絡を取る事が出来るようになる。

 

 用途と開発意図は主に、緊急時に現実世界へ連絡が取れるようにするためという事だが、緊急時でなくても使う事は可能であり、今のセブンとの会話がその証だ。。

 

 《SAO》事件勃発時にあれば、事態を色々と変える事が出来たであろう、そんなアプリの存在をキリトが説明し終えると、全員が納得したようにうんうんと頷いた。

 

 

「そんなアプリを開発してるなんて、相変わらずセブンちゃんはすごいねぇ」

 

「それに、お前には感謝しておるぞ。お前のおかげで、我らは高倍率のこのゲームのクローズドベータテストに参加出来たのだからな」

 

 

 リーファに続けてリランが言うと、セブンはふふんと笑った。

 

 元々《SA:O》のクローズドベータテストのチケットは全国中に配布され、その中から抽選されたプレイヤーのみが参加できるようになっていた。

 

 本来ならばキリト達もその抽選者の中の一人となって参加しなければならなかったのだが、その《SA:O》の開発にセブンが携わっていたおかげで、キリト達はセブンから直接《SA:O》のクローズドベータテストへのチケットを貰う事が出来、そのまま《SA:O》へログイン出来たのだ。

 

 

「それにしても、《ALO》で歌姫として人気を集めたあんたが、《SA:O》の開発サイドにいるなんてね。それであたし達にベータテストのチケットをくれたわけだけど、ある意味職権乱用じゃないの」

 

《そんな事はないわよ。あたしは名前を貸してるだけで、実際には何もさせてもらえてないわ。皆への招待チケットは、辛うじてできたみたいなものよ》

 

「アバターの引き継ぎが出来たのは、《SA:O》が《SAO》サーバーとデータを流用しておきながら、《ザ・シード》も使っているからなんだよな。《ザ・シード》の上からあのゲームのデータを突っ込むなんて、豪快な事をやるものだよ」

 

 

 キリトの言葉へ、セブンから苦笑いらしき応答が返ってくる。

 

 こうして自分達が《SA:O》の世界へアバターを引継ぎしてログイン出来ているというのに、肝心なセブン本人は未だにこの世界へ来れていない。理由は十三歳でありながら世界的に有名な科学者であるセブンらしい、研究や開発に忙しいからという話だ。

 

 自らが開発しているゲームがあるのに、それで遊ぶ事が出来ていないというのは、どこか皮肉に感じられた。そんな現状に本人も不満を抱いているようで、愚痴のようなセブンの言葉がウインドウの向こうから伝えられてくる。

 

 

《本当は今の時点で皆と一緒に遊んでいたいんだけど、急な研究課題が来ちゃって駄目なのよ。けど、正式サービス開始までには片付けて、《グラウンドクエスト》実装に間に合わせなきゃね》

 

「《グラウンドクエスト》?」

 

 

 《グラウンドクエスト》。

 

 そこら辺のクエストとは違う分類が成されており、それをこなす事によってゲームそのものの世界観やストーリーなどが明らかになっていき、それに伴う形で様々な要素が解放されていく形式になっている代物の名前は《SAO》、《ALO》、《ALO》のスヴァルト・アールヴヘイムの時にも聞く事になった。

 

 《SAO》を基にしている世界が《SA:O》だから、きっとそれくらいのものも存在しているだろうという予想はしていたが、その言葉が開発者の口から飛び出したのには、キリトも軽く驚いてしまった。

 

 

「この世界にも《グラウンドクエスト》なんてものがあるのか」

 

《えぇ。正式サービスに向けた大型イベントクエストで、今回の舞台であるアイングラウンドに合わせたストーリーが展開される予定よ。って、これは言っちゃいけなかったかしらね。ごめん、ここだけの秘密にしておいて頂戴》

 

 

 セブンのうっかりに皆で思わず笑った直後に、キリトは自分の隣に座っている少女の存在に気が付き、セブンへ問うた。

 

 

「そうだ、クエストって言えばセブン、気になる事があるんだよ」

 

《え、何かあったの》

 

 

 キリトは隣に座っている――正確には自分とリランに挟まれる形でベッドに腰を掛けている――プレミアの姿を目に入れる。

 

 無機質な反応ばかりを繰り返すプレミアと言えど、視線にはちゃんと反応するようで、水色の瞳でキリトの黒色の瞳を見返してきた。それを維持した状態で、キリトはプレミアに関する奇妙な話、プレミアのクエストの事などを出来るだけわかりやすくセブンに説明した。

 

 最初の切り口の時点でセブンは首を傾げているかのような声を送ってきたが、ひとまず最後まで話を聞いてくれて、話が終わったところで、ようやくセブンは答えを返してきた。

 

 

《それは随分と変な話ね。何もかもが設定されてないで《Null》になってて、クエストの報酬も一コルしか貰えないなんて、明らかにおかしいわ》

 

「だろう。そこで俺達は開発者側のミスじゃないかと思ったんだけど……」

 

《それはないわね》

 

 

 この《SA:O》の根幹にあるのは《ザ・シード》。《ザ・シード》には《SAO》の時に使われていた基幹プログラムである《カーディナルシステム》のマイナーチェンジ版と言うべきものが実装されており、それによって《ザ・シード》産のVRMMOは正常に稼働している。

 

 しかし、この《SA:O》では《ザ・シード》を使っておきながらも、その《カーディナルシステム》は《SAO》の時の同じもの、フルスペック版となっているのだ。

 

 元より人の手を必要としないよう設計されている《カーディナルシステム》は、エラーの自己修復なども出来るようになっていて、そのフルスペック版で動いている《SA:O》は、人の手では絶対に気付かないようなミスやエラーなどにも気付くので、エラーやミスがあればすぐさま修正がくわえられるようになっていると、セブンは言った。

 

 

《けれどやっぱり妙ね。現にそのNPCは普通に動いているんでしょ》

 

「あぁ。実のところ、その変なNPCっていうのが今俺の隣にいるんだ」

 

《えっ。って事はこの話も聞いてるって事?》

 

 

 セブンの声に焦りが混じったのと同時に、キリトは咄嗟に隣に目をやる。

 

 自分達は今、この部屋に居れば絶対にわかるような声量でプレミア自身に関係している話をしているのだけれども、肝心なプレミアはぼけーっとしているかのように座っているだけだ。

 

 話を理解している様子など微塵もなく、それがキリトに一種の安堵を抱かせた。

 

 

「いるけど、どうやら話の内容がわかっていないみたいだ」

 

《まぁ、NPC達からすればメタ的な話だから、わかるわけもないわね。

 けど、もし設計ミスならそこに存在しているわけがないし、そもそもカーディナルの手によって直されてるはずよ。だから、やっぱりそのNPCは様子がおかしいわね》

 

「カーディナルがエラーとして認識していないという事か。だが、この者の様子は明らかにおかしいぞ。これを運営側に連絡しようものならば……」

 

《即刻、削除の処置が施されるでしょうね》

 

 

 リランとセブンのやりとりに全員で驚くが、キリトはやはりなともう一度思い、肩を落とす。

 

 これまで何気なく見てきたプレミアだが、プレミアはそもそも名前さえも設定されていないでいて、尚且つ出してくるクエストも意味不明なものという有様だった。

 

 運営やカーディナルから見ればエラーやバグを持った存在としか認識されないだろうし、プレミアが今後大きな問題を起こすという危険性を(はら)んでいると判断されもするだろう。

 

 セブンの言った事は残酷であるが、利に適ったものであるとしか言えない。

 

 

「そんな事って……」

 

「プレミアちゃん、削除されちゃうんですか……!?」

 

 

 リーファとシリカが悲しげな顔をして言うが、リズベットもリランも同じような顔をしており、その目線の先に居るのがプレミアだった。当の本人はこれから自分の身に起きる事がどのようなものなのか、想像さえしていないようなものとなっており、それが更に悲壮感を誘っていた。

 

 

 

《――けれど、それはあまりにも可哀想だから、このまま様子を見させてほしい。そうでしょう、キリト君》

 

「え」

 

《優しいキリト君達は、そのNPCが消されるのは嫌なんでしょ。だから、この事については他言しないでいてあげるわ。あたしは女神のような心の持ち主だからね》

 

 

 その言葉を聞いて、プレミアを除く全員で安堵し、脱力する。例え自分達と近しいところに居て、仲良くしていたセブンと言えど、開発陣側としてのやり方を全うするのではないかとキリトは思っていた。

 

 結果、セブンの自分達の味方であるという部分が勝利したという事に終わったのには、安心せざるを得ない。

 

 

「そ、そっか。恩に着るよ、セブン」

 

《別にいいのよ。けれど、本当に気を付けて頂戴ね。そのNPC、何か大きな問題を起こすかもしれないから》

 

 

 プレミアは今のところ設定が無いというだけで済んでいるが、今後大きな問題を起こす可能性がないわけではない。何かあればプレミアは削除される事になるだろう。それを肝に(めい)じると、リランがウインドウへ声をかけた。

 

 

「あぁ、お前が不在の間も我らが見張っていよう。それならば心配あるまい」

 

《えぇ、頼むわねリランちゃん》

 

「それと、お前も姉を持っているのだ。たまには妹として、姉に連絡してやるのだぞ」

 

《勿論よ。これでも隙間縫って連絡してるから、本人もわかってくれてるわ。けど、弟一人妹三人抱えてるお姉ちゃんの言葉は説得力あるわね》

 

 

 《ALO》での騒動が終わって以降、やはり妹を持つ者として意気投合する部分があるのだろう、リランはレインと仲良くなって、話し合う事が多くなった。今となっては、リランとレインが会えばなされる話は妹や弟の事に偏りがちなくらいだ。そんな姉と意気投合するリランの言葉は、妹として強く感じるのだろう。

 

 

《さぁてと、キリト君達もバリバリプレイしてよね。クローズドベータテストは、一応デバッグとかも含めてるんだからね》

 

「おいおい、俺達にバグ探しをさせるつもりか」

 

《冗談よ。けれど、本当に予想外のバグとかもありそうだから、なるべく気を付けておいてね……ん? あっ!》

 

 

 突然大声を出したセブンには全員で驚いてしまい、リズベットが少し声を荒げてウインドウの中へと話しかけた。

 

 

「ど、どうしたのよセブン。何かあったの」

 

《いけない、危うく聞きそびれるところだったわ。キリト君、ちょっと聞きたい事があるのだけれど》

 

「え、どうしたんだセブン」

 

《キリト君、《SA:O》でイリスさんに会った?》

 

 

 イリス。かつてこの《SA:O》の元となった世界である《SAO》を開発したスタッフの一人であり、この場にいるリランとその弟のユピテル、妹のユイ、ストレアといった超高度AI達を作り出したキリトの協力者であり、シノンの専属医師として治療を行っていた精神科医でもある。

 

 《SAO》を共に生き延びた後で合流した《ALO》では攻略チームの一人としてその力を貸してくれていたし、キリトやシノンの相談事にもよく乗っていた。

 

 しかし、ここ最近そのイリスはめっきり現れる事も少なくなって、更にはある日突然リランとユピテルの妹であるクィネラを回収させてくれと言ってキリトから受け取り、そのままクィネラをどこかへ連れて行ってしまった。

 

 それ以降電話は勿論、《ALO》に現れる事さえもなくなり、最早失踪と言ってもいいような状態だ。そしてこの三日間でイリス、もしくはそれらしき人物と遭遇した事はないし、連絡も来ていない。

 

 

「いや、会ってないよ。イリスさんがどうかしたのか」

 

《え、会えてないんだ。あたしはてっきり会えてるものかと思ったんだけど》

 

「ねぇセブンちゃん、さっきからイリス先生の事を気にしてるけど、本当にどうかしたの」

 

 

 リーファの問われるなり、セブンは口を閉ざした。どうしたのかとキリトが声をかけようとしたその時に、セブンは口をもう一度開いて声を伝えてきた。

 

 

《あのねキリト君。開発チームのデータを調べてみたらわかったんだけど……どうにも居たみたいなのよ、イリスさんが》

 

 

 思わずプレミアを除く全員で驚き、防音システムが常備されていなかったら間違いなく近隣の部屋から苦情が来るであろう音量の声を上げた。すかさず、イリスの事実上の娘であるリランがセブンへ問う。

 

 

「イリスが、このゲームの開発をしていたというのか!?」

 

《い、いえ。はっきりしてる事じゃないのよ。けれど、イリスさん……芹澤博士の名前が開発チームの中にあったみたいなの。それで、もしかしたらイリスさんもその権限を使って《SA:O》に来てるんじゃないかって思ったんだけど……》

 

 

 確かに元々《SAO》を開発していたスタッフであったイリスだから、この《SA:O》の開発チームの中に名を連ねていてもおかしな話ではない。

 

 だが、もしそうならばその事を話しにやって来るはずだし、何よりセブンよりも早く自分達にクローズドベータテストのチケットの配布を行ってくれただろう。そして、誰よりも早くログインして自分達を出迎えてくれたはずだ。

 

 しかし、今現在までイリスと連絡は取れていないし、専属患者であったシノンだって何も言って来ていない。

 

 

「いや、俺は見かけてないよ。シノンも会えてないみたいだしさ」

 

《そうなの? 一応日本の開発チームに声掛けしてみようかしら。やっぱりイリスさんが開発に参加してるのは気になるしね》

 

「あぁ、そうしてみてくれ。俺達もイリスさんの事を探してみよう。そっちもそっちで、無理しないようにしてくれよ」

 

 

 キリトがそう言うと、セブンはいつもの挨拶である「ダスヴィダーニャー」を言って、通話を切った。

 

 セブンの居る国はアメリカであり、日本と大きな時差が生じていて、日本が夜ならばアメリカは朝。セブンはこれから仕事を始めるのだ。

 

 すっかり自分達と交友関係を良化させたセブンが《SA:O》にやって来る日はいつになるのか。

 

 そして、この《SA:O》にイリスは居るのか。プレミアは今後どうなる存在なのか。キリトは気になる事で頭がいっぱいだった。その最中、シリカが少し不安げな様子で声をかけてくる。

 

 

「キリトさん、プレミアちゃんは大丈夫なんでしょうか」

 

「それは俺にもわからないけれど、ひとまず様子を見ていこうぜ。それで何かわかるかもしれないしさ」

 

 

 そのまま隣を見てみれば、そこにあるのは先程から話題に上がり続けているプレミアの姿。

 

 やはりその表情は無表情に近しい無機質さを感じさせるものだが、きっとこのプレミアには何か隠されている事があるに違いない。

 

 それにセブンの言っていた事が本当ならば、プレミアについてイリスが何か知っている可能性もあるだろう。

 

 いずれにしても、プレミアの持っているであろう何かと、イリスを見つけ出す事が重要事項だ。キリトは思いつつ、相も変わらず無機質な少女を見つめていた。

 


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