そしてフェイタルバレット編のPV6ですが、
「アサダサン、アサダサンンンン!!!」
……そういえばシュピーゲルってこんな奴でしたね。
何がともあれ、アイングラウンド編第1章第6話、どうぞ!
《SA:O》のクローズドベータテスト開始から五日が経過したが、特に何か変わった点はなかった。
まだクローズドベータテスト、言わばある程度の実力があれば奥まで進む事も可能である体験版の段階なのがこの《SA:O》だ。正式サービスが開始されているわけでもなく、ログインユーザーの数も抽選で当たった者達だけ。三日五日経過しようとも街で見かけるプレイヤー達の数や顔触れはほとんど変化が無かった。
この世界で五日前と比べて起きた変化があるとするならば、クエスト攻略とマップ攻略がある程度進み、最初のフィールドであるリューストリア大草原も奥まで進む事に成功してきているという事だ。
最近は他のプレイヤー達の攻略も影響してきているのか、リューストリア大草原を舞台としているイベントクエスト的な物も増えてきて、それらの話をするプレイヤー達も数を増して来ていた。
だが、その中でプレミアに関するクエストの話をする者はほとんどおらず、最早キリト達だけがプレミアのクエストを進めているような状況であった。しかし、そのプレミアのクエストというのも、以前と同様の報酬が一コルだけ貰える護衛クエストであり、特に変わり映えのようなものは見受けられない。
しいて言えばプレミアが目的地に設定している場所がどんどん離れたところになって来ているくらいで、クエストのストーリーが進行している様子は感じられなかった。
あまりにも異変も変化も無さすぎるプレミアのクエスト、何かある事は間違いないのだが、そこまで辿り着くよりも先に自分達の方が折れてしまうのではないかと、キリトは心配だった。
そんな状況が見えてきた《SA:O》へのログインを果たしたキリトは、早速宿屋から街へと出た。普段は学校があるため、昼間にログインする事など出来ないのだが、今日は土曜日。午前中から《SA:O》へログイン、プレイする事が可能だったものだから、キリトは朝食を終えてすぐにダイブしたのだ。
「さてと、今日はどこまで行くとするか」
「フィールド攻略に
そう言ったキリトに答えたのが、今まさにキリトの隣に並んで歩いているリランだった。街では強制的に人狼形態となるリランの頭には一対の狼の耳、尻尾が出現する。
ALOではケットシー族のみに見られたそれを生やしているものだから、《SA:O》へのログイン当初から、「その獣耳と尻尾はどこで手に入った!?」などの質問が周りのプレイヤー達から寄せられたものだ。
そして現に今も、周りのプレイヤー達はリランの事を奇異な目で見ている。そんな事もあってか、キリトは人狼形態のリランと並んで歩くのは、どこか複雑な気分だった。
「そういえばそうだな。けど、まだそんなに攻略がきつくなってきてるわけじゃないから、ある程度アイテムがあればどうにでもなるぜ。回復系スキルも充実してるみたいだしな」
「だが、いざとなった時の備えはあるべきだろう。そうだ、いざとなった時はだな――」
あの
もうゲームオーバーが死に繋がる世界は二年ほど前に終わっているというのに、その時の癖や感覚が抜けきらずにいるのだ。リランの肩にはまだデスゲームの世界にいるという感覚で力が入り続けている。
その事を容易に察したキリトは、リランの言葉を遮った。
「リラン。何度も言ってるけれど、もうデスゲームは終わったんだ。そんなに肩の力を入れる必要なんかないよ」
「……!」
一応SAO
「……そう、だったな」
「ALOの時に言ったじゃないか。俺達の居る世界は絶対安全のアミュスフィアで行ってるところだ。俺達はもうゲームオーバーで死ぬような環境にはいないんだよ」
「……そのとおりだ。だが、その……この世界に来てから駄目なのだ。特にこの街だ。この街にもう一度降り立ってからどうも、駄目なのだ」
リランの気持ちがわからないわけでもない。現にこの《はじまりの街》はSAOのデスゲーム開始のセレモニーが成された場所であり、閉じ込められた一万人ものプレイヤーの嘆き、絶望といった負の感情が溢れ出したところでもある。
いくらあの時とは違う世界、違う《はじまりの街》だとはいえ、自分の父親が四千人のプレイヤー達の命を奪った世界と全く同じ光景をしているのが《SA:O》であるというのもまた事実。
持病をぶり返すようにその時の事を思い出してしまうのは無理もない。再度察したキリトは俯いているリランの頭にそっと手を乗せた。少し驚いたような反応を示して顔を上げてきたリランの紅い瞳を見つつ、口を開く。
「リラン、前に言った事をもう一度言うぜ。デスゲームは終わったし、それと一緒にお前の使命は更新された。今のお前の使命は、俺と一緒に世界を楽しくを遊び尽くす事だ。そうだっただろう」
そう言うと、狼の特徴が混ざり込んでいるリランの目が開かれた。やがて自分の使命を思い出したかのように顔が明るくなっていき、寝ていた耳が立ち上がる。
「……そうだったな。我の使命はお前の《使い魔》として、お前と共にこの世界で遊ぶ事だった。お前と一緒にいる事が当たり前になりすぎて、忘れていたのかもしれぬ」
「そうだぜ。俺を守ってくれるのは嬉しいけど、肩の力を入れ過ぎるな」
ゆっくりと手を離すと、「そうさせてもらおう」と言って、リランは笑んだ。
一応リランはこの世界に存在するNPC達と同質の存在で、一般的にはAIと言われるモノだ。だが、他のNPC達はあくまで自分の役割を全うしているだけであり、感情表現だって設計された通りをやっているだけであり、自分の意志を持っているわけではない。
しかし、リラン――正確にはその弟妹達も――はこうして自分の役割について考えたり、忘れたり、人間と共に物事を楽しむ事はおろか、このようにしおらしくする事さえある。
一般企業の開発するAI達とは比べ物にならないほどの知性と心を持ち合わせているリランとその弟妹達にAIという呼称は似合わないのではないか。何か別な名前を与え、独自の存在として考えるべきではないのかと、キリトは頻繁に思考する。
だが、今思考状態に入り込んでしまったらリランに余計な心配をかけかねないというのがわかっていたので、キリトは思った事を頭の片隅に置いて前方に向き直った。
「さぁて、これからどうするか――」
その時、キリトから見て右前方にある建物の出入り口が開いた。看板を見てみれば、そこはアクセサリーショップ。その中より出てきた二人のプレイヤーにキリトとリランは少しだけ驚いた。
白桃色の服に身を包んだ、長い黒髪と小柄な体型が特徴的な少女。それに付き添うようにしているのは露出度のある緑色を基調とした戦闘服を着こなし、青色のマフラーを巻いている、セミロングまでは行かない黒髪と、もみあげの辺りを結んでいるのが特徴的な少女。他でもない、今やキリトの家族とも言えるユイとシノンだった。
「ママ、いいんですか」
「えぇ。ちょっと違うものが多かったわ。他の店を探してみようと思うけれど、まだいける、ユイ?」
「わたしはいいですよ。ママがいいと思ったものが見つかるまで付き合えます」
「次こそはあるといいんだけど……ここまで来るとクエストとかをやった方がいいのかしらね」
如何にも買い物に来ている親子というべき光景を繰り広げる二人に、キリトはリランと一緒に近付いていく。間もなくユイの方が二人に気付き、軽く手を振りながら声を出した。
「あっ、パパにおねえさん!」
「あ、キリト。それにリランも」
「やぁ二人とも。今日はシノンの方が来るのが早かったのか。何してたんだ」
「それなんですが、ママが――」
ユイが言いかけたところでシノンが驚いたように止めに入った。あまりに突然だったものだから、ユイも驚いたような反応を返す。
「ちょっ、ちょっとユイ。キリトには言わなくたっていいのよ」
「そうなんですか。けれどまさしくパパに言っておくべき事じゃないかと思ったんですが……」
「そうだけど、そうじゃないのよ。これはあくまで私個人のものだから、パパを巻き込まなくたっていいの」
何か見つかったら拙いものでもある、もしくはキリトに隠しておきたい事がある。間違いなくそういった意図が隠れているシノンの口ぶりに、キリトは目を半開きにする。
「ほぅ。俺に隠れて何かやってる事でもあるのかな、シノンさん」
シノンは迫られるなり拙そうな顔をする。やはり何か隠し事をしているに違いない。それは一体何なのか。悪戯心にも似た気持ちを抱きながら更に迫ってやったその時に、突然リランが言葉を発した。
「む、この店は……」
「え、どうかしたのか、リラン」
シノンに迫るのをやめたキリトが向き直ったところで、リランは話を始める。
それによると、ユイとシノンが出てきたこのアクセサリーショップには、五日前にはなかったとある変化が起こっているという。
その変化というのは、従業員NPCの入れ替え。五日前にはこのアクセサリーショップの従業員として女性NPCが配置されていたのだが、昨日辺りから男性NPCの従業員が配置されるようになったというのだ。
「NPCが入れ替えられた? それは本当なのか」
「あぁ。クローズドベータテスト開始から一昨日までは、確かに女性NPCが店の従業員をやっていた。だが、昨日からは男性NPCになっているのだ。そうだろう、シノン」
吹っかけられたシノンは軽く驚いた後に、何かを思い出そうとするように店の方へと振り返った。
「そういえばそうだわ。このアクセサリーショップ、男性NPCが従業員やってた。けど、前に来た時は女性NPCがやってたような……」
現実の店だったならば従業員やアルバイトのシフトによって人員が変わったりする事もあるだろう。だが、この世界では特殊なイベントがない限りは、店の従業員を務めるNPCが変更されたりするような事はない。イベントもなしにそのような事をやっても無意味だからだ。
リランの言っている事が真実なのであれば、この店には確かな異変が起こっている。理解したキリトは咄嗟に顎もとに指を添えた。
「NPCが替わるなんて、どうなってるんだ。何かイベントが起きたとか、そういうのか」
「いいえパパ、ここ最近でそのようなイベントが起きた事は確認されていません。そう言った理由なしに、この店のNPCは交替する事になったようですよ」
リランの妹であり、AIであるが故にイベントなどのデータを探る事の出来るユイの言う事は常に真実だ。リランに加えてユイまで言っているのだから、この店のNPCに何かが起きた事だけは事実だろう。だが、その正体を見つけ出す事は今のキリトには出来なかった。
「
「ここで考えてても、何かわかりそうにないわね。それにそもそも、そんな現象が起こってるのはここだけなのかしら」
シノンの言葉を耳に、キリトは更に考える。確かにこのNPCの入れ替わりがこのアクセサリーショップの店員にだけ起きた事ならば、何かの偶然によるもの、もしくは何かしらの不具合がこのアクセサリーショップの店員のNPCに起きただけの可能性が高い。
そもそもこのゲーム自体もまだクローズドベータテストの段階だし、開発者の一人として参加しているセブンさえも不具合があるかもしれないと危惧しているくらいだ。バグが起きたとしても不思議ではないだろう。
「問題はそれなんだよな。この場所以外でこんな事が起きたなんて話は聞いてないぞ。やっぱりこのアクセサリーショップの店員NPCにだけバグが起きたんじゃ……」
「り、リズベット武具店へようこそー! ご利用の方はこちらに並んでくださいー! こっちが最後尾ですー!」
言いかけたその時、またまた聞き覚えのある声が耳元に届いてきた。更に耳を澄ませてみれば、沢山の人々の喧騒のようなものも聞こえてくる。
発信源を探して周囲を見回してみたところ、キリト達から少しだけ離れたところに立地する露店の前で行列を作るプレイヤー達の姿が見えた。同時に、その大蛇の如し行列の中に紛れるような形で、茶髪をツインテールにしている少女がプラカードのようなものを持って大声を出しているのも確認出来る。
その少女の姿をしっかり目に入れるなり、全員で軽く驚き、リランが瞬きを繰り返しながら言った。
「あれはシリカではないか。何をやっているのだ?」
「というか、あの行列はどこに並んでるのよ。一応全部プレイヤーみたいだけど」
皆が目を凝らしてシリカと行列を作るプレイヤー達を見ている中、キリトはある事に気付いて驚く。
現実世界でも何か新商品が発売された時などに見る事の出来る行列。それを織り成す者達の目的地は、五日前にリズベットとレインが開店した《リズベット武具店》だったのだ。
SAOの時から鍛冶屋を営み、武器生産とメンテナンスのプロとも言えるくらいの腕前を身に着けているリズベットは、この《SA:O》でも同様に鍛冶屋を開店。自前の鍛冶スキルを持って自分達プレイヤーの武器のメンテナンスや、新武器の開発と生産に助力してくれている。
だが、この《SA:O》のクローズドベータテスターに選ばれた者の中にSAO生還者はほとんどいなかったようで、《SA:O》にて誕生した《新生リズベット武具店》の利用者の大多数は、結局リズベットと付き合いの長いキリト達となっており、それ以外のプレイヤー達が立ち寄る事などほとんどなかった。
キリト達が利用しなければ
「あれはリズさんのお店です。リズさんのお店に、行列が出来てます!」
その真偽を確かめるように行列の最前部に注目して、シノンが驚く。やはりリズベットの店に行列が出来ているというのには驚かざるを得ないのだ。
「本当だわ。あの行列、リズの店に出来てるんだわ。けど、なんで……?」
直後、プラカードを持って叫んでいたシリカとキリトの目が合った。キリト達も来ている事は予想していなかったのだろうか、シリカは少しだけ焦ったような仕草を見せてから、そそくさとキリト達の元へと駆け寄ってきた。
「キリトさん!」
「シリカ、リズの店に行列が出来てるみたいだけど、どうしたんだ」
「どうしたもこうしたもないですよ!」
怒りながら焦っているという奇妙な様子を見せながら、シリカは事情を話してくれた。
元々この《はじまりの街》には女の子のNPCが経営する鍛冶屋が存在している。リズベットの腕前を知らないプレイヤー達はそこを主に利用しており、経営者の女の子NPCの可愛さなどもあってか、その店はかなり高い人気を持っていた。
しかし昨日になって、奇妙な事が起きた。その店の経営者であったはずの女の子NPCは突如として店から姿を消し、代わりと言わんばかりに男性NPCが店を切り盛りするようになったというのだ。
「鍛冶屋NPCが交替した? こっちでもそんな事があったのか」
「あたしは利用してないからわからないんですけれど、その鍛冶屋の男性NPCは常に偉そうにしてて、鍛冶に失敗しても悪びれないどころか、こっちを煽ってくるような人物として設定されてるみたいなんです」
「それであまりにも使い心地が悪いから、皆リズのお店に流れ込んできたってところね」
シノンが呆れたように言うと、更にシリカが付け加える。
最初はリズベット一人でどうにかなるくらいの数が相手だったのだが、時間が経過するごとに行列は長蛇となっていった。
どうにもならなくなったリズベットはログインしていたシリカとレインに声掛けして呼び寄せ、レインに自分の手伝いを、シリカに誘導員の役割を担ってもらっているのだという。
そして今リズベットとレインは二人で力を合わせ、行列を作ってまでやって来てくれたプレイヤー達の武器のメンテナンスや生産にあたっており、二人揃って鍛冶スキルが分単位で
リズベットとレインにとっては客が来てくれているのは良い事だし、武器のメンテナンスや生産を行う事で鍛冶スキルを向上させる事も出来る。まさしく一石二鳥だが、この長蛇の列を作るプレイヤー達が相手では喜べそうにないだろう。
攻略に参加出来ず、店の中で武器や装備の相手をしているであろう二人の苦難の様子を想像しつつも、キリトは頭の中でこの状況の原因となっている出来事について考える。
「……ここでも同じような事が起きているなんて」
リズベットの店が忙しくなったのは、《はじまりの街》にある鍛冶屋のNPCが交替し、イメージも雰囲気も悪化したせいなのだが、その現象はユイとシノンが寄っていたアクセサリーショップの店員の事例と同じだ。
先程までは局地的なバグや不具合だと思っていたけれど、鍛冶屋でも似たような事が起きたならば、最早それらでは片付けられない。
間違いなくこの街の――いや、この世界に存在する全てのNPCに異変が起きている。
キリトと同じ答えに辿り着いたのだろう、シノンが少し不安そうな表情を浮かべて《声》をかけてきた。
「キリト、これって……」
「あぁ、この世界のNPC達には何かあるようだ。ちょっとアルゴに調べてもらおう」
続けてリランがキリトに振り向き、言葉をかける。
「フィールドのNPCなどにも何か起きていないか、見てみた方が良さそうだな」
「そうだな。とりあえずフィールド攻略に出かけて、そこのNPC達にも異変が無いか探してみよう」
キリトはメッセージウインドウを開き、宛先をアルゴに指名してホロキーボードを操作した。その間にも、リズベットの店に向かうプレイヤー達の数は増えていく一方で、《新生リズベット武具店》はてんやわんやの大繁盛となっていった。
シノンがキリトに隠す事とは。乞うご期待。
――元ネタ――
・常に偉そうにしてて、鍛冶に失敗しても悪びれないどころか、こっちを煽ってくるような鍛冶屋NPC
「素晴らしく運が無いな、君は」