キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

278 / 563
原作と比べてちょっと早いですが、『彼の者』が登場。


07:《黒き狼竜》の急襲

          □□□

 

 

 《はじまりの街》でのひと騒動を見てから、キリトは現在の攻略フィールドであるリューストリア大草原へと赴いた。

 

 当初キリトは、シノン、リランを加えた三人で出かけようと思っていたが、《新生リズベット武具店》の繁盛ぶりを見た後で立ち寄った転移門広場にて、ある人物と遭遇した。

 

 青と白を基調とする戦闘服と軽い鎧に身を包んだ、青き髪の青年。戦闘になれば盾で敵の攻撃を受け止め、片手剣で強力なソードスキルをお見舞いする、いわばタンクの立場を担っている騎士。

 

 《SAO》の時から苦楽を共にし、幾多のモンスター達と困難を乗り越えてきた仲間であり、《SAO》攻略時には聖竜連合なる大ギルドのボスとなっていたディアベルだ。

 

 

 転移門広場に立ち寄ったその時に見つけ、声をかけてみたところ、ディアベルもまたフィールドに赴こうとしていたと聞いた。丁度自分達と目的地が一致していた事に丁度いいと思ったキリトは、そのままディアベルをパーティへ勧誘。

 

 元々仲間であるディアベルがそれを拒む事はなく、結果としてキリト、シノン、リラン、ディアベルの四人でリューストリア大草原へと向かう事となったのだった。

 

 

 《ALO》のスヴァルト・アールヴヘイム、その最初のフィールド以上に広大な草原。常に暖かい風が吹いている事によって草木が揺れ、それが音楽のようになっている。少し遠くを見れば、沢山の木々で構成された林や森、青々とした山が確認出来る。攻略が終わったならば、ピクニックに来るのに最適な場所であろう。

 

 そんなフィールドの中を歩いていると、ディアベルが周囲を見回しながら声をかけてきた。

 

 

「それにしても、本当にあの世界にそっくりだな、この世界は。何だか色んな事を思い出すよ」

 

 

 アインクラッドを第一層から第百層まで戦い抜いたディアベルの目には、明らかな懐かしみの色が浮かんでいる。

 

 皆も散々言っている事だが、この世界は本当にあの《SAO》に酷似しているし、実際《はじまりの街》の構造もほとんど変わりがない。

 

 そのため、本当にあの世界に戻ってきてしまったようにも思う事もあるが、ディアベルが言った差異などを把握する事でそうではないと思い直し、キリトは答える。

 

 

「そうだな。けれど、全部が全部あの世界じゃないっていうのはわかるだろ」

 

「あぁ。リランの姿も異なってるし、マップの構造も違ってる。この世界はあの世界によく似た、別な世界だよな」

 

「そうだぜ。だからこのフィールドも別物だ。別ゲーを遊んでいる気持ちでやっていこう」

 

 

 ディアベルが「あぁ」と言って笑んだ直後、その顔は突然、何かに気付いたような表情となった。

 

 

「そう言えばキリト。リランは飛んでいけないのか。リランの翼なら空も飛べそうだし、ボスのエリアまで一直線に行けるんじゃないのか」

 

 

 《SA:O》のクローズドベータテスト開始直後には、キリトもそう思っていたが、実情は違っていた。

 

 《SA:O》にも《ビーストテイマー》の概念は存在しており、キリトは勿論の事、シリカやその他のプレイヤー達も《使い魔》の使役が可能となっている。そしてこの《使い魔》はザ・シード規格であるゲームからコンバートする事も可能となっており、《ALO》などで《ドラゴンテイマー》となっていたプレイヤーならば、《使い魔》である強力なドラゴンを《SA:O》へ持って来る事が出来るのだ。

 

 そのおかげでリランは――実際はその内部に狼竜のデータがあるために適応されているのだが――《SA:O》の地でも強大な力を持つ狼竜となれるのだが、空を飛んで移動できるのはプレイヤーが踏破し、その手でアクティベートしたエリアのみ。

 

 プレイヤーが通っていないエリアに入ろうとするとシステムの壁に遮られてしまって降ろされ、アクティベートしていないエリアでは飛ぶ事自体が出来なくなる。

 

 クローズドベータテスト開始から五日ほど経過しており、自分達も開始エリアからかなり進んだ位置にいるから、この大草原の攻略も中盤付近に通りかかっているのだろうが、リランが飛んで行ける場所は限られていた。

 

 

 制限はそれだけではない。大きなボス戦などに入り込むと、《ドラゴンテイマー》達の《HPバー》と《SPバー》の下には、とあるものが出現する。

 

 そう、《SAO》でキリトがリランと出会ってから得る事となった、《人竜一体ゲージ》と呼んでいたモノであり、《ビーストゲージ》というのが正式名称であったゲージだ。

 

 かつてはキリトだけが持っていたそれは、《SA:O》の全ての《ドラゴンテイマー》や強力な《使い魔》を使う《ビーストテイマー》達に適応され、この存在するゲージが溜まり切るまで《使い魔》は異なった姿となってしまう。

 

 ゲージを最大まで溜め、《使い魔》の名を叫ぶ事で《使い魔》は元の姿となり、力を振るう事が出来るようになるが、それも再びゼロになるまでの間だけ。この《SA:O》では、《ドラゴンテイマー》や大型《使い魔》を使役する《ビーストテイマー》達の、《使い魔》を本来の姿に戻して戦わせるというのは、言わばソードスキル以外の特殊スキル、必殺技みたいなものなのだ。

 

 その事を自身でおさらいするように話すと、ディアベルもシノンも複雑そうな表情を浮かべた。

 

 

「そうなのか。てっきりリランの力があれば、どこまでも飛んで行けるって思ったんだけど……そうは問屋(とんや)(おろ)さないってわけか」

 

「不便なのかそうじゃないのか、よくわからないわね。《ALO》じゃリランはいつでもドラゴンになれたし、ボス戦でもずっとドラゴンだったじゃない」

 

《その時とは状況が異なりすぎているのだ。それに、我のような《使い魔》が自在に飛べてしまったならば、《ドラゴンテイマー》とそうではないプレイヤー達に無茶な差が付くではないか》

 

 

 初老女性のような《声》を頭に送ってきたのが、丁度狼竜の姿となっているリランであり、その顔は狼の輪郭となっていても理解できるような、複雑そうな表情となっていた。

 

 

 確かに《使い魔》は誰でも入手でき、誰でも《ビーストテイマー》になる事が出来るけれど、誰でもドラゴンを最初に使役できるわけではないし、《使い魔》となったドラゴンが余りに便利であったならば、入手出来ている者と出来ていない者に決定的な差が生まれてしまう。

 

 そういったプレイヤー間のバランスを取るためにも、リラン達強力な《使い魔》には様々な制約が課せられているのだ。そんな開発者達の意図が理解できたのだろう、ディアベルは納得しながらも、羨望の眼差しをリランへ向ける。

 

 

「そうだよな。けど、《使い魔》までコンバート出来るなら、俺も《ALO》で《ビーストテイマー》に……いや、《ドラゴンテイマー》になっておくべきだったな」

 

「いやいやいや、別に《使い魔》が全てのゲームじゃないぜ。リランの力はあくまで必殺技みたいなものだ。俺達には剣とソードスキルで戦ってきた経験があるんだから、これからもそれで戦っていこう」

 

 

 そんな他愛もないような会話を繰り広げながらも、キリトはリランの事をしかと目の中に入れていた。

 

 ボス戦であろうとも、いつでも人竜一体を成せていた《ALO》とは違って、今のリランとの人竜一体は必殺技。《SAO》の時ほどの過酷な状況ではないけれども、発動タイミングには気を付けて戦う必要があるだろう。

 

 今現在攻略中のこのリューストリア大草原も、最奥部までいけばエリアボス、レイドボスというべき存在と出会う事は間違いない。

 

 その時を迎えるよりも前に、この世界でのリランの力や発動に適したタイミングを把握し、充分に使いこなせるようにならなければ。

 

 《SAO》の時の事を思い出さなくていいとは皆に言っているけれども、キリトは《SAO》で初めて《ビーストテイマー》となった時の事を思い出しながら、仲間達と共に歩みを進めていった。

 

 

 それからまもなくして草原地帯を抜けたキリト達を待ち受けていたのは、暗い洞窟のようなところだった。

 

 だが、そこはよくある洞窟みたいに完全に暗いわけではなく、見上げてみれば天井に割れ目があり、太陽の光が少しだけ差してきていて、それが奥の通路までずっと続いている。天然の岩で出来たトンネルだ。

 

 現実世界ではほとんど見られないが、VRMMOの世界ならば手軽に見て、立ち寄る事の出来る光景。そんな場所に容易に足を踏み入れていられる事に一種のありがたみや優越感を抱きながら、そこに巣食うモンスター達のいくつかを退けながら進んでいく。

 

 

 それから数分程経った頃、キリト達は目の前に出てきたものに気が付き、足を止める。岩のトンネルの出口付近であろう前方にあるのは、関門や関所のようにも思える容姿の建物だった。

 

 次の区画への道である建物の通路に目を向けてみれば、そこには一匹のモンスターの姿。

 

 模様の書かれた石がいくつも集まり、人間と少しだけ似通った形を作っている。ファンタジーものの作品や、RPGでも常連と言わんばかりに登場してくる、《ゴーレム》という呼称を持つ巨大なモンスターが通せんぼをするように立ち塞がっていたのだ。

 

 現実世界ならば国境などにある関所は、パスポートや身分証明書を提示すれば通してくれるが、あのゴーレムがそんなものを受け入れ、通してくれるようには見えない。

 

 最初のフィールドだけではなく、随所で出てくる場面である、大ボスには満たないほどのモンスターを相手取る中ボス戦。その時を迎えたキリト達はそれぞれの武器を抜き、交戦体勢となる。同刻、ゴーレムの頭上に二本の《HPバー》が出現した。

 

 

 その事に気付いたのだろうか、先手を打ってきたのはゴーレムの方だ。全身を構築する石と鉄を擦り合わせたような鈍い音を出しながらキリト達に接近し、すぐ目の前まで距離を狭めたそこで、その大きな腕を思い切り振り降ろした。

 

 どぉんという轟音と共に地面が捲れ上がり、跳ねた土や石の塊が散弾のようになって襲い来る。

 

 しかし、これまで似たようなモンスターを相手にしては倒してきたキリト達からすれば、そのような攻撃はどうという事はない。咄嗟にバックステップしてゴーレムとの距離を開ける事で、ゴーレムの腕も飛んでくる土の散弾も回避できた。

 

 ゴーレムが攻撃後の隙を晒したのを見計らうと、リランがキリトよりも前に出て、自身と同じくらいの大きさの石の巨人目掛けて前足を叩き付ける攻撃を仕掛ける。

 

 一本一本が両手剣と同等の大きさでありながら、刀のような鋭さを持つリランの爪がゴーレムの胴体部分を切り裂いた。大きな音と共にゴーレムの身体を構築する石がぼろぼろと崩れるようなエフェクトが起こり、続けて赤いダメージエフェクトが攻撃箇所に浮かび上がる。

 

 だが、ゴーレムは仰け反る様子も見せず、緩慢な動きをしながら攻撃後の硬直より立ち直ってしまった。その頭上に浮かび上がっている《HPバー》の残量も減りはしているものの、効果的なダメージを与えたような量ではない。

 

 

 無理もない。リランの爪や角、自分達の持っている片手剣から繰り出される攻撃は全て《斬属性》となっていて、この《斬属性》に耐性を持っているのが、今目の前にいるゴーレムタイプのモンスターだ。

 

 キリト、ディアベル、リランの三人は斬属性しか出せない片手剣と両手剣しか装備しておらず、残すシノンも突属性を持つ槍を装備している。いずれもゴーレムタイプが耐性を持つ属性だ。

 

 

 もしこの場に《打撃属性》を持つ片手棍を扱うリズベットが居てくれたならば、戦況は一気に好転したのだろうが、肝心なリズベットは《はじまりの街》で大勢のプレイヤーを相手にするので精いっぱいで、攻略に出て来れなかった。こんな中ボスに出会うくらいならば無理言ってリズベットを連れ出すべきだったと、キリトは軽く後悔をする。

 

 だが、ここまで来たからには引き下がるわけにもいかないし、何よりこのような中ボスで足止めを喰らっているような自分達でもない――キリトと同じ思いがあったのだろう、ディアベルが掛け声を発しながらダッシュし、いきなりゴーレムとの距離を詰めた。そのまま側面に回り込むと、ゴーレムは向き直りながら腕で薙ぎ払う攻撃に出る。

 

 かつては聖竜連合という大ギルドのボスを務め、《ALO》でも多数のウンディーネのプレイヤー達に戦い方を教えていたディアベルの戦場での立ち回りは、敵の注意を引き、繰り出されてきた攻撃を盾で受け止めてカウンターを仕掛けるのを得意とする、タンクのポジション――かつて《SAO》で血盟騎士団という大ギルドの前団長であったヒースクリフと同じだ。

 

 その時の彼の者の姿を引き継いだかのように、ディアベルは迫り来たゴーレムの腕を咄嗟に盾で防御する。きぃんという独特な効果音が鳴り響き、ディアベルは少しだけ後退したが大したダメージは受けずに済み、ゴーレムは同じく攻撃後の隙を晒す。

 

 

「てぇやッ!!」

 

 

 その隙を逃さなかったディアベルは咆哮しながら右手に握る片手剣の刃に青い光を纏わせ、再度ゴーレムとの距離を詰めて、その周囲を四角形を描くように廻りながら四度の水平斬りを放ち、ゴーレムの身体を切り裂いた。

 

 四連続攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。

 

 《SAO》の時より存在し続けているソードスキルの炸裂だが、やはり斬属性しか出せない片手剣による攻撃だからだろう、ゴーレムの身体に確かなダメージエフェクトを発生させる事は出来ても、《HPバー》を上手い具合に減らす事は出来なかった。

 

 それでもダメージを与えられている事だけは確かであるに変わりはなく、続けてキリトとシノンが同時に駆け出し、一旦後衛へ戻ってきたディアベルと攻めの手を交替する。

 

 そのものによるけれども、ソードスキルを繰り出した後にはそれなりの硬直時間を強いられる。その際に他のプレイヤーと攻めの手を交替する事によって打ち消す行為であるスイッチを果たすと、キリトとシノンは二手に分かれる。

 

 キリトがゴーレムの目の前、シノンが背後に陣取ると、ゴーレムは一瞬混乱したような仕草を見せつけ、隙を見せた。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

 その時を待ってましたと言わんばかりにキリトは両手に握る剣に水色の光を纏わせ、ゴーレムに突進しながら水平斬り、縦斬りの六連続を流れるように繰り出してその身体を切り裂き、最後にクロスさせるように切り抜いてゴーレムの体勢を崩させる。

 

 六連続攻撃二刀流ソードスキル《デュアル・リベレーション》。

 

 その炸裂の音を耳にし、尚且つゴーレムが体勢を一旦崩したのを目にすると、シノンが合図を受けたように狙いを定め、突進する。

 

 

「これでも喰らいなさい!!」

 

 

 シノンは走りながら両手に握る槍の穂先に黄金の光を纏わせ、渾身の突きを放った。本来ならば如何なる武器も弾き返すであろう石造りのゴーレムの胴体に、穂先の刃は深々と食い込んで確かなダメージを与える。

 

 高出力単発攻撃槍ソードスキル《ソニック・チャージ》。

 

 いずれも耐性を持つ属性による攻撃であったが、別方向から二回も連続で受けてしまうのはたまらなかったのだろう、キリトとシノンのソードスキルを喰らったゴーレムは再度姿勢を崩しそうになる。

 

 だがその時、ゴーレムは起死回生と言わんばかりに立ち直り、上半身そのものを高速で回転させ、遠心力を纏った腕で周囲を、そこにいるキリトとシノンを薙ぎ払う攻撃に出た。

 

 石造りという特殊な構造をした身体を持つゴーレムタイプは、上半身と下半身が分離しているに等しく、時に上半身だけ、下半身だけを動かして攻撃をする事がある。

 

 それを《SAO》の時で既に知っていたキリトとシノンは、最初に繰り出されてきた攻撃の時と同様に後方へバックステップし、飛んできたゴーレムの腕を回避。攻撃を(かわ)されたゴーレムは上半身を芯を通したように止め、キリトへ向き直る。

 

 やはりリューストリア大草原という最初のエリアにいる中ボスであるという事もあってか、ゴーレムの動きは単調そのものであり、単に防御力が高いだけだ。

 

 そして自分達の放ったソードスキルも効いたのか、ゴーレムの《HPバー》は既に一本目がゼロとなり、二本目の残量も半分付近まで減り、黄色に変色している。次に四人で一斉にソードスキルを放てば決着がつくだろう。

 

 察したキリトは周りにいる三人に声掛けする。

 

 

「皆、次で止めを刺すぞ!」

 

 

 キリトの高らかな号令が峡谷の奥まで木霊していくと、三人は一斉に身構えて、いつでも距離を詰めてソードスキルを放てるような姿勢を作る。

 

 次の瞬間、ゴーレムはターゲットをキリトへ向けて走り出し、距離を詰めてきた。そしてキリトのすぐ目の前まで来るなり、ゴーレムはもう一度豪快に腕を振り上げ、その姿勢のまま硬直する。

 

 ほんの少しの時間だけ力を溜め込んで、強力な一撃を放つ溜め攻撃だ。

 

 放たれた時の威力は高いが、放つまでに時間がかかるから、攻撃範囲から容易に逃げ出す事が出来るうえに、事実上硬直状態に近しいので、寧ろ攻撃を仕掛けるチャンスでもある。

 

 このタイミングでそれを出すとは――自分達の運の良さを思い知りつつ、キリトは腕を振りかぶったまま硬直するゴーレムの側面へ回り込み、完全に攻撃の射線外へ離脱した。そのまま、皆にもう一度号令を放つ。

 

 

「皆、今だッ!!」

 

 

 峡谷まで響くくらいの声量でキリトが叫んだその時だった。

 

 

 突然後方の方で爆発音にも似た轟音が鳴り響き、続けて岩壁が崩落したような音と震動が襲ってきた。同刻、ゴーレムが溜め攻撃を繰り出して腕を地面にめり込ませ、地盤をひっくり返していたが、明らかにそれとは無関係としか思えない。

 

 一体何事だ――キリト達が驚いてそう思ったその瞬間、ゴーレムが爆発した。気付いた時にはキリトの目の前は赤と黒一色に染まっており、身体は宙を舞っていて、爆音によって起きた強い耳鳴りで耳を塞がれていた。

 

 

「ぐああはッ!」

 

「キリトッ!!?」

 

 

 フレーム単位の時間で壁に激突し、キリトは地面に落ちる。痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)のおかげで痛みこそは感じていないものの、痛みに似た鈍くて大きな不快感が全身を覆いつくし、軽い眩暈と息苦しさが襲い来て、すぐさま立ち上がる事は出来なかった。

 

 それが収まった頃にはシノンが傍で支えてくれていて、耳鳴りが収まった時にその声が届けられてきた。

 

 

「キリト、大丈夫?」

 

「なんとか……けど、何が起こったんだ。あいつは自爆でもしたのか」

 

 

 ゴーレムタイプや、その他金属や鉱物で身体を作っているモンスター達に限った事ではないけれども、プレイヤー達の敵として立ち塞がるモンスター達の中には、自身のHPをその場でゼロにする代わりに敵に大ダメージを与える、自爆のような技を持っている事がある。こいつは持っていないだろうと思えるようなモンスターがそんな技を持っている傾向もあり、繰り出されると意表を突かれたように喰らってしまうプレイヤーも多いのだ。

 

 しかし、それはこれまでのMMORPGだとかの話で、《SAO》や《ALO》といったVRMMOになってからは、そのような攻撃を行うモンスターは存在しなかった。

 

 VR機器で遊ぶゲームになってから自爆技を持つ敵はもう存在しなくなり、ある意味絶滅したとばかり思っていたのだが、違っていたのだろうか。

 

 考えながら目線をゴーレムの居た方に向ける。そこにあの石造りの魔物の姿は無く、あるのは分厚い土煙のエフェクトだけだ。やはりあの爆発と同時にゴーレムは消え去り、自分達の勝利が決定したらしい。

 

 

「私達の勝ち、みたいだけど……」

 

 

 シノンが疑問そうに言うと、キリトも頷く。もし本当にあのゴーレムが自爆したならば、事前にその兆候のようなエフェクトが発生したはずだし、あのような動きも見せなかったはずだ。

 

 そして何より、中ボスであろうと、倒せばラストアタックボーナスとして多くの経験値と何かしらのアイテムが手に入り、それを伝えるウインドウが眼前に出現するようになっているのが《SA:O》の仕様だ。

 

 もしゴーレムの自爆によって勝敗が決したならば、自分達のいずれかにラストアタックボーナスの経験値とアイテムが入っているはずだが、そのようなものは出現していないし、シノンもそのようなウインドウを出現させていない。それは周囲にいるディアベルとリランも――狼竜形態は《使い魔》という扱いだから無関係だが――そうだった。

 

 

「……!!」

 

 

 そのリランを見たのと同時にキリトはある事に気付き、驚いた。

 

 リランの後方、正確には自分達が通ってきた通路の天井に、いつの間にか大きな穴が開いており、その下の通路には大きな岩がいくつも転がっていた。

 

 まるで天井が強い衝撃を受けて崩落したような有様であり、その時の様子をイメージすると、先程の崩落の音と衝撃がぴったりと重なる。ゴーレムが爆発するよりも前に起きた崩落の原因はあれだったようだ。

 

 だが、キリトが注目しているのはそこではない。崩落によって空いた、太陽の光が強く差し込んでくる穴の中に何かが居る。かなり離れた場所にいるようだが、その存在をはっきりと認める事が出来た。

 

 

「あれは……」

 

 

 その容姿を目にするなり、キリトも周りの皆も驚きの声を上げてしまった。穴の開いた天井の向こう、このリューストリア大草原の上空にいたのは、ドラゴンだった。だが、それは蜥蜴(トカゲ)にも似ている一般的なドラゴンの容姿はしていなかった。

 

 

 どちらかと言えば犬や狼に近しい骨格の四肢を持ち、胸部、腕部、脚部を、ところどころに金色のラインが入った鎧のような黒い甲殻で覆い、背中からは付け根の周辺が鱗状の甲殻に覆われている、(わし)のそれのような形状の巨大な羽毛の翼を生やして、一定周期で羽ばたかせる事で空中に留まっている。

 

 そして、上へ反り返るように生えた黒い角と耳が一体化している――狼に酷似した輪郭が何よりも特徴的な、甲殻のない部位を墨のように黒い毛で包み、項側に赤い(たてがみ)を生やした《狼竜》。

 

 それこそが、キリトの目線の先にいるドラゴンの正体であった。

 

 

「黒い……狼竜……!?」

 

 

 一般的なドラゴンのイメージからかけ離れた、狼の輪郭を持つドラゴン。一般的に狼竜と呼ばれるそれが存在している事は珍しい事でもない。

 

 現に《ALO》でも狼竜は普通のモンスターとして存在しており、討伐クエストやそれの素材を使った武器などは勿論の事、《使い魔》として使役する《ビーストテイマー》もいたくらいだ。狼竜はファンタジー作品のポピュラーな存在だと言っていいだろう。

 

 

 しかし、そういった狼竜は基本的に後半のフィールドで出現するはずのモンスターであり、リューストリア大草原のような最初期の、初心者プレイヤーが沢山集まるような場所に現れる事など無いはずだ。

 

 それとも、《SA:O》では最初のフィールドから狼竜と出会うクエストやイベントが用意されていて、自分達はその発動のトリガーを引いていたのだろうか。思考を巡らせながら、ホバリングする黒き狼竜に注目していたその時に起きた変化に、キリトは声無く驚いた。

 

 

 リランとは違う黒き狼竜の項辺りに、あろうことか人影があったのだ。狼竜程の大きさがないために、その姿をはっきりと捉える事は出来ないが、黒を基調とした戦闘服を着ているのと、肩幅の広さによって男であるという事はわかった。そしてその背中に、両手剣ほどの大きさの剣を背負っている事も辛うじて見える。

 

 そんな男を乗せているにもかかわらず、狼竜は一切嫌がる様子を見せずにホバリングを続けていた。それは黒き狼竜が項に跨っている男を主と認めている証拠。

 

 

 黒衣を身に纏い、両手剣を背負って、黒き狼竜を駆る男。その姿はまさしく――。

 

 

「《黒の竜剣士》……?」

 

 

 それを言ったのは、シノンだった。

 

 




ホロウ・リアリゼーション編をプレイした方ならばわかるであろう『彼の者』、その実力とは。

乞うご期待。





――原作との相違点――


①リューストリア大草原の峡谷にゴーレムが居る。原作ではそれよりも前の段階で戦う事となる。

②ゴーレムが人型。ホロウ・リアリゼーションのゴーレムは要塞(?)型。

③彼の者が《ビーストテイマー》となっている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。