キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

279 / 563
 新大陸とGGOを交互に攻略中。

 そのせいで遅くなりましたが、アイングラウンド編第1章第8話、どうぞ!


08:黒き暴挙の大剣

「《黒の竜剣士》……!?」

 

 

 シノンが呟くのと同時に、キリトは空気と一緒にした唾をごくりと飲み込む。

 

 突然開けられた天井の穴の向こうにいるのは、身体の一部を鎧のような甲殻で包み、それ以外のところを黒い毛並みで覆い、背中から巨大な黒翼を生やして空を飛ぶ、ぴんと空へ向かって()り返った角と一体化した耳を生やしている、狼の輪郭を持ったドラゴンだったのだ。

 

 狼とドラゴンを掛け合わせたような姿をした存在。リランもそう言われている狼竜というのは、この《SA:O》でも一般的なモンスターのカテゴリに属しているようなので、その存在自体は特に驚くべき事ではない。

 

 だのにキリト達が驚く事になったのは、その突然現れた狼竜の背中――正確には項――に人影があった事だ。戦闘服と思わしき黒い装束に身を包み、両手剣であろう大きさの剣を担いだ男が、(あぶみ)もない狼竜の項に余裕と言わんばかりに跨ってこちらを見ている。

 

 そして狼竜は、何も嫌がるような様子を見せずに男を乗せてホバリングを続け、男と同様に視線を送ってきているのだ。

 

 それは紛れもなく、黒き狼竜がその項に乗せた男に従う《使い魔》であるという事の証明だった。

 

 黒い衣装を纏い、竜を操る剣士――《黒の竜剣士》。かつてキリトがSAOの中で付けられていた異名だが、あの男もまた、それを名乗るに相応しい姿をしていると言えるだろう。そのような男を項に乗せている狼竜を赤い瞳の中に居れるなり、同じ狼竜であるリランがぐるぐると喉を鳴らした。

 

 

《あいつ……我と同じ狼竜をテイムしておるぞ》

 

「あぁ。まさか俺以外にもこの世界で狼竜を手に入れられている奴がいるなんてな」

 

 

 《使い魔》であるリランと、空をホバリングする黒き狼竜を、キリトは交互に見る。

 

 リランの対象とも言える黒き毛並みが特徴的なのがあの狼竜だが、それのせいなのか、全体的に禍々しさや邪悪さを感じさせてくる。リランが天より舞い降りて来た聖獣ならば、あの狼竜は(あたかも)も冥府よりやってきた魔獣のようだ。

 

 そんな感慨に(ふけ)っていると、黒き狼竜は突然羽ばたき、ダイブするようにして接近してきた。

 

 まるで黒い彗星のように急降下した黒き狼竜は、ほぼほぼ一瞬のうちにキリト達のすぐ傍に着地。あまりに唐突な事に避ける事も出来ず、キリト達は再度爆発のような風圧に晒される。

 

 爆発に巻き込まれた時のように目を腕で覆って、戻したそこで、キリトはもう一度驚きの声を上げそうになった。

 

 すぐ傍までやってきた事によって姿形がはっきりした黒き狼竜、その大まかな形などは空を飛んでいる時のそれと変わりが無かったのだが、その輪郭はまさしく狼のそれをしているリランよりも、鼻先が少し長い形で、首元には黄金色の装飾のようなものが備わっている。

 

 

 墨のように黒い毛並みと長めの鼻、空を指し示すように反り返っている、黒色の角と一体化した耳。そして身体のあちこちを覆っている鎧のような黒い甲殻とそこに走る金色の模様。

 

 その姿はまさしく、エジプト神話に登場する冥府の守り神であり、死者の罪の重さを測る役割を持つとされている神、アヌビスだ。

 

 

 この《SA:O》自体も、世界中の様々な神話の神々や魔物、背景や設定などを引用し、アレンジしたうえで誕生させた要素で構成されているから、神話の神々によく似た容姿を持ったモンスターが出て来たとしても不思議ではない。目の前の狼竜もその一体なのであろう。

 

 

 未知の要素に出会えた事に感動にも似た気分を抱いていると、狼竜の背中から主が降りてきた。

 

 

「んだよ。強えモンスターの気配を察して来てみれば、居たのは中ボスかよ。来た意味がねぇのと一緒じゃねえか」

 

 

 来て早々悪態にも似た事を言って来た狼竜の持ち主は、キリトよりも高い長身で、黒い生地の中に赤いラインの入っている、ノースリーブの戦闘服に身を包み、腰にはぼろぼろになったマントのような黒い布を巻いている、オールバックにした、血のように赤い短髪が特徴的な男だった。

 

 目つきははっきり言って悪い方であり、左の眉毛は斬り傷を負った後のように中心が縦に割れている。だが、思わずキリトが視線を向けたのはその背中に負われている剣だ。

 

 

 片手剣よりも遥かに大きく、両刃である事から、両手剣だと判別出来るそれは、男の《使い魔》である狼竜の毛と同じように黒く、ところどころに金色のラインや装飾がされていて、その刀身にはヒエログリフにも似た紋様が刻まれている。

 

 聖剣や魔剣、神器などを思い起こさせるようなそのデザインは、店売りやそこら辺のクエストをクリアする事で手に入るようなものではないと一目でわかるような迫力と存在感があった。

 

 このようなモノを持ち合わせた上で、更にアヌビスに酷似した狼竜を操っている。この男がただ者ではないという事を理解するのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 その普通じゃない男に向けて噛み付くように声を発したのが、ディアベルだった。

 

 

「お、おい。お前なのか。お前がこのドラゴンの持ち主なのか」

 

「あぁ? いちいち言わせんなよ。俺が乗って来たんだからわかるだろうが」

 

「それで、今の爆発もその《使い魔》の仕業か」

 

「そうだぜ。お前らがちんたら苦戦してたのが見えたから、助けてやったんだよ。おかげでボスを倒せたし、塞がれてた道も空けたんだ。助け舟を出した俺に感謝しろよ」

 

 

 男から紡がれる言葉にはキリトも驚くしかない。

 

 狼竜の項に乗っていたこの男は、フィールドがある程度アクティベートされている事を良い事に上空を旋回し、ゴーレムと戦う自分達を高みの見物をしていた。そして、もう少しで倒せるというところで狼竜で空爆、弱ったゴーレムに止めを刺し、ラストアタックボーナスを横取りしたのだ。

 

 この男の行動は明らかな迷惑行為、ネットゲームのエチケットの欠片もない。

 

 状況を呑み込んだキリトを横目に、ディアベルの言葉は更に続けられる。

 

 

「それに俺の仲間が巻き込まれたんだ。危うくそのせいでHPが全損するところだったんだぞ。《使い魔》でモンスターを攻撃する時には、範囲に気を付けてないのか。戦っているプレイヤーに当たらないようにするとか、考えないのか!」

 

 

 ディアベルに言われたその時にようやく、キリトは自分の《HPバー》の残量があとほんの少しになって赤色に変色している事に気付いた。その原因がゴーレムとの戦いではなく、ゴーレムに止めを刺したであろうこの黒き狼竜の爆撃をもろに受けてしまったせいだというのも、理解出来た。

 

 もしこの世界が《SA:O》ではなく、元となったSAOだったならば、今頃自分は死の危険に晒されていた事だろうし、下手すればこの黒き狼竜の爆撃によって命を落としていたかもしれない。

 

 ハードウェアが人間を殺さない機械になっても、世界が《SA:O》に移行しても、SAOという極限環境を生き延びてきたディアベルの言葉と眼差しは、SAOの時のような真剣そのものだった。

 

 普通の人間ならば思わず驚き、背筋を伸ばすような言葉と視線が向けられると、男は「ハッ」と言って、その口動かした。驚くべき事に、その口元には嘲笑に似た笑みが浮かんでいる。

 

 

「考えねぇよそんな事。そもそも、空も飛べるデカい《使い魔》を使ってる奴が何人もいるんだぜ。空から攻撃が飛んで来るって予想できてねぇのかよ」

 

「なっ……」

 

 

 男から発せられた言葉に呆気を取られ、ディアベルが黙り込むと、隙を突くように男はある場所に目を向ける。その先に居るのはキリトの《使い魔》であり、男の《使い魔》と同種である狼竜、リランだった。

 

 

「っていうかおい。そいつの持ち主は誰だよ。俺と同じドラゴンを使ってる奴はどいつだ」

 

「俺だ。俺がそいつの持ち主だよ」

 

 

 立ち上がりながら答えてやると、男はその黄色の瞳を向けてきた。あまりにあくどい視線なものだから、目を背けてやりたくなったが、そうしたら更に何か言われそうだ。男の悪態の阻止を優先したキリトは、男と目を合わせ続け、男は呆れたような仕草を見せた。

 

 

「お前かよ。てっきりそこの青髪かと思ったぜ」

 

「お前も俺と同じドラゴンテイマーか。随分と大層なドラゴンを手に入れられたものだな」

 

「はっ、テメェのショボいのと俺のアヌビスを一括りにするんじゃねえよ。俺とお前のじゃ雲泥の差があるって、今のでわかっただろうが」

 

 

 キリトは思わず驚いた。似ているし、実際モチーフとされているのだろう、エジプト神話のアヌビスと酷似した外観を持つこの黒き狼竜は、本当に《アヌビス》という名を冠しているらしい。

 

 男から視線を黒き狼竜にしてみれば、その頭上にはリランと同じ二本の《HPバー》が表示されており、その更に上には《Anubis The HadesDrake》という如何にもな単語の列が浮かび上がっている。

 

《アヌビス・ザ・ハデスドレイク》――《冥竜(めいりゅう)アヌビス》というのが、この黒き狼竜の名前なのだろう。正式名称を《Rerun The SwordWolfDragon》――《リラン・ザ・ソードウルフドラゴン》という、リランと似ていて非なる存在であり、悔しい事に、リランよりも強い威圧感と迫力がある。

 

 そのアヌビスの飼い主である男は、両掌を開く仕草をして、首を横に振った。

 

 

「お前よぉ、こんなに強い《使い魔》を使ってるのに、あんな中ボスさえも簡単に倒せねえのかよ。こいつらの力があれば、どんな奴も雑魚に成り下がるんだぜ」

 

 

 確かに、リランの力を最大まで引き出す事が出来れば、どのような敵も瞬く間に倒せてしまう程になるというのは、SAOとALOでよく理解している。

 

 だが、それはあくまでリランを最後の形態まで進化させ、強化しきった場合であり、最初期段階では難しい。今のリランは最初期の段階だから、そんな事は出来やしないのだ。

 

 男の言っている事は的を得ているが、外している――キリトがそれを伝えるよりも先に、男は嘲笑するように言って来た。

 

 

「それが出来てねえって事は、お前にはセンスがねぇんだよ、センスが。そいつはお前が持ってても無駄だ。だから、俺に渡しやがれ」

 

 

 その一言に驚いたのはキリトだけではなく、シノンもディアベルもそうだった。これまでSAO、ALOと渡り歩いてきたが、《ビーストテイマー》に《使い魔》を寄越せ等と抜かす、無礼極まりないプレイヤーはいなかった。

 

 そんな事を《ビーストテイマー》に言うのは、明らかなネットマナー違反であるし、そもそも相手がどのように思うかを考えれば、言ってはならないとわかる事だ。

 

 そのある意味の快挙を達成した男は、唸るリランを目にしながら更に続ける。

 

 

「それにさっきからお前の《使い魔》、ぐるぐる唸っててうるせえし、お前の持ってる武器だって()()()()()じゃねえか。お前の使い方がなってねぇ証拠だ。だから俺にさっさと寄越せよ。俺ならそいつをもっと上手く使いこなせるぜ」

 

 

 男はまるで自分の方が長く《使い魔》と戦って来ているかのように振る舞い、次から次へと悪態を飛ばしてくる。これまで様々な悪口や的外れな批判を受けてきたから、言われる事には慣れているキリトも、心に怒りを抱かざるを得なかった。

 

 男の使うアヌビスはきっと、その他の《使い魔》達と同じで、ただ《使い魔》という立場をこなすAIだ。それらと同じ姿と能力を持ちながらも、感情と心を持っているリランは男の言葉を瞬時に理解し、鼻元に一気に(しわ)を寄せて、男に向けて咆哮した。

 

 その瞬間だ、それまでじっとしていたアヌビスがリランと同様に身構え、尻尾が揺れるくらいの音量で咆哮し返した。

 

 あまりの音量に空気が震え、シノンもディアベルも耳をかばうような動作をしてしまい、キリトも同じように耳を守ろうとする。

 

 

 その時に、ばたばたと浮かび上がったアヌビスの尾の形状を、キリトは見逃さなかった。

 

 

「……!?」

 

 

 リラン達のようなドラゴン族の尻尾は基本的に長く、ものによっては先端部が武器のような形状を取っている事がある。それらと根は同じソードウルフドラゴン――剣狼竜という種族であるリランは、額の角こそ取り込んだデータによるものであるため、他のドラゴンには見られないのだが、尾は両手剣の刀身のような形状となっていた。

 

 そのリランとは種族こそ同じであれど、別種であるアヌビスの尾。それはリランと同じドラゴンにしては不自然な、あるいは中途半端と思えるような長さだった。先端部に至っては、()()()()

 

 まるで、途中から切断されたかのような形状だったのだ。

 

 

 アヌビスが吼え終え、空気の振動が終わったのを見計らって、キリトは男に問うた。

 

 

「待てよ。お前の《使い魔》、尻尾が……!?」

 

「おいおい、今頃気付いたのかよ。っていうか、知らねえのかよ。《使い魔》の本当の使い方っていうのをよぉ」

 

 

 キリトは背筋に悪寒が走ったのを感じた。冷や汗が背中ににじみ出てくる。

 

 この男の背中にある両手剣は、店売りやイベントクエストのクリアで手に入るような代物ではない。それは鍛冶屋を営んでいるわけではない自分達でもわかるし、実際鍛冶屋の知識を得ているリズベットとレインでならば、一発でそのレアさやステータスの度合いなども引き当てるに違いないだろう。

 

 そして、まるで途中から切断されたような形状となっているアヌビスの尾。この事から導き出された最悪の答えを、キリトよりも先に男が言った。

 

 

「こいつらの尾って武器になるんだぜ。しかも、こいつらが進化するごとに一緒に進化する、最高の武器だ。苦労してこいつを《使い魔》にして、進化させた甲斐があったってもんだ」

 

「まさかあんた、自分の《使い魔》の尾を斬ったとでもいうの……!?」

 

 

 驚愕するシノンからの言葉に、男は「ははっ」と不敵に笑って見せる。肯定の意思表示だった。

 

 やはり、この男はやっていた。《ビーストテイマー》であり、このアヌビスの大切な主がこの男だ。なのに、この男はあろう事か、自分の《使い魔》を手にかける暴挙に出たのだ。

 

 初っ端からアヌビスなどという存在を《使い魔》にしているのだから、この男もALOなどで元となる狼竜をテイムし、《SA:O》へとコンバートして来たのだろう。

 

 そして狼竜の素体となるドラゴン族自体、ALOでも《SA:O》でも比較的に入手困難なモンスターであるから、いずれも苦労して狼竜を手に入れたはずであり、その狼竜の現在であるアヌビスは、大切な《使い魔》、仲間であるはずだ。

 

 そのはずなのに、男はアヌビスを手にかけ、元々はアヌビスの尾であった剣を背負っている。その事実に唖然としてしまったが、すぐさまキリトは胸の中に大きな怒りが燃え上って来るのを感じた。

 

 怒りは胸を抜け出し、上へ上へと上がっていって、やがて口元に辿り着いたその時、声となって出た。

 

 

「お前……それでも《ビーストテイマー》なのか。だとしたら《使い魔》を何だと思ってるんだ」

 

 

 自分でも驚くくらいの低い声だったが、やはり男は動じる気配を見せる事もなければ、こちらを煽るような姿勢を崩す事もなかった。

 

 

「おいおい、こいつの尾が武器になるっていう設定を考えたのは俺じゃなくて開発だぜ。んで、それが強さを引き出す方法の一つだから、俺はそれを利用しただけだ。文句なら開発に直接言いやがれっての」

 

「……」

 

「寧ろおかしいのはお前だろうがよ。お前の《使い魔》は剣になりそうなものを二つも持ってる。全部武器にしちまえばいいのに、やってねぇんだからよ」

 

 

 その時点で、もはやキリトは言葉を発する気にならなかった。

 

 確かに《使い魔》のものでさえもモンスターの身体の一部で武器や装備が作れるという仕様を作ったのは開発だ。

 

 恐らくそれが強いモンスターのモノであればあるほど、強力な装備品へ生まれ変わるようになっているのだろう。そんな仕様を、この男はただ利用しただけだ。

 

 だが、フィールドにいるボスモンスターにならばまだしも、自分の《使い魔》に対してそれを何の躊躇(ためら)いもなくやっているという時点でもう、こいつに自分達の話は通じないし、その他の《ビーストテイマー》達とは一線を()している。

 

 それを察したキリトは俯いたままくるりと回れ右をした。目の前に現れたのはゴーレムが塞いでいた通路。そこへ向けて、キリトは何も言わずに歩き出した。直後、当然と言わんばかりにシノンとディアベルが声をかけてくる。

 

 

「キリト!」

 

「おいキリト!」

 

 

 キリトは一旦立ち止まる。間もなく、二人の言葉に答えるように言い返した。

 

 

「……行こう。道は開けたんだ。これ以上そいつと話してても無駄だ」

 

「はっ、結局そうするのかよ。俺の方がもっとそいつを使いこなせるぜ。そうすりゃ、その《使い魔》だって本望だろうがよ」

 

 

 キリトは男の声に一切答えないで歩き続ける。

 

 そういえばこの男の《使い魔》の名前がアヌビスであるという事は聞いているが、この男の名前は聞いていなかった。だが、最早キリトは男の名を聞く事さえも嫌だとしか思えない。とにかくこの男の元を去りたかった。

 

 その思いが通じたのだろうか、すぐにディアベルとシノン、そしてリランがやってきて、キリトの傍に寄りそってきた。横目で確認したキリトは、男の事を完全に無視して歩き出したが、数秒後にシノンが少しだけ振り返り、男に向かって言う。

 

 

「……なんて可哀想な《使い魔》なのかしらね。あんたみたいなのに身体を斬られたうえで、こき使われてるんだから。野に返してあげた方がよっぽど幸せよ、そのドラゴンは」

 

 

 普段から冷静さを帯びているシノンの声だが、今のそれには明らかな怒りの色があった。男はそれに反論してくるように煽ってきたが、キリト達はそれを完全に無視し、とにかく先へ進む事だけを優先した。

 

 

 それから十分くらい経った頃に、キリト達は天然の岩のトンネルを抜け、再び広大な草原地帯へと足を踏み入れた。

 

 その際にキリトは咄嗟に振り返り、通って来た道の奥深くを注意深く見る。――あの男とアヌビスの姿は無かった。どうやら、そんな執念深いわけでもなかったらしい。

 

 若干の安堵を抱いたキリトが振り返ると、シノンとディアベルが同じように来た道を見ていた。顔は如何にも機嫌が悪そうな表情だ。

 

 

「何なのよ、あいつは。自分の《使い魔》にあんな事が出来るなんて……」

 

「あいつは《使い魔》をただの道具だとしか思ってないんだ。だからあんな事が平然と出来るんだろうな。けれど、《使い魔》の仕様にそんなものが加わっていたなんて……」

 

 

 ディアベルの顔が徐々に悲しげなものへと変わっていく。これまでも、モンスターの部位を破壊すれば、それを基にした武器を作ったりするというのはあったけれども、それはあくまで敵モンスターの場合のみ。

 

 《使い魔》の身体を破壊して武器に出来るなんて言うのは前代未聞だし、《使い魔》が進化する度に同様に進化する仕様になっているというのも初耳だ。そして、そんな仕様が設けられてしまっているというのも。

 

 ゲームとはいえ、自分の《使い魔》の身体から武器が作れてしまうだなんて、何という残酷な仕様なのだろうか。そのあまりの事実に頭を抱えそうになると、シノンが声をかけてきた。

 

 

「けれど、普通はそんな事は出来ないんじゃないの。《使い魔》と言えど仲間なんだから、そんな事やってみれば一発で俺ンジカーソルとかになりそうよ」

 

「その辺りの事も含めて、調べてみた方がいいのかもしれないな」

 

 

 ディアベルがそう言ったのを耳にし、顔を上げたその時、キリトはハッとする。先程のあの黒装束の男に罵られ、角や尾を武器に変える事が出来ると言われた、自身の《使い魔》であるリラン。それが今、(こうべ)を垂らして、瞳を向けて来ていたのだ。

 

 直後、頭の中に初老女性のそれに似た《声》が響いた。

 

 

《キリト、我は……我の身体には……》

 

 

 キリトは何も言わずにリランに寄り添い、そのままリランの頬の周辺に抱き付いた。SAO、ALOの時からずっと嗅いできている、炎、風、獣のものが混ざり合った匂いを胸いっぱいに吸い込み、キリトは静かに言った。

 

 

「……確かに強い武器や装備に興味がないわけじゃない。けれど、お前を傷付けてまでそんなものを欲しいとは思わない。俺はあいつみたいな事はしないよ、リラン。お前の身体は、お前のものだ」

 

《……それを聞けて安心した。ありがとう、キリト》

 

 

 《使い魔》を武器の素材に出来るなど、有り得ない仕様だ。絶対に何か、何かあるはずだ。それを俺達で突き止めなければ。キリトはそう思いながら、リランの安堵の呼吸を聞いていた。

 

 

 




 次回、KIBTでの《SA:O》の仕様が判明する。乞うご期待。






















――補足――

Q.『彼の者』ってここまでやるか?

A.原作をプレイしてみればわかるが、『彼の者』ならば本当にここまでやりかねない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。