キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:死の遊びの再来

          □□□

 

 

 リューストリア大草原にて、もう一人の黒の竜剣士というべき男に出会った翌日、キリトはいつものようにアミュスフィアを起動して《SA:O》の世界へと降り立った。

 

 ダイブして早々目を開けた時の居場所は、今のところマイホームのようになっている、《はじまりの街》の大宿屋の一室。

 

 クローズドベータテスト開始時から特に何も変わっていない風景、すっかり見慣れた光景。それがバグったりせずにしかと存在している事自体に軽く安心して、キリトは部屋を、大宿屋を後にする。

 

 大宿屋の出入り口となっている扉を開けた先に広がっていたのは、《はじまりの街》の商業エリアだ。数多くの武器屋や防具屋、アイテムショップ、リズベットとレインの経営する鍛冶屋も立ち並んでいる街中には、既に多くのプレイヤー達とNPC達の姿が認められる。

 

 一度事情で学校が休校になった時にログインした事もあったが、その際は全くプレイヤー達はおらず、ほぼがらんどうと言ってしまってもいいような状況であった。

 

 そして今はというと、やはり休日なだけあってか、昼間からかなりの数のプレイヤー達が行き交いしている。これもまた、クローズドベータテスト開始の時とほとんど変わりのない光景だ。

 

 

 だが、今はその時と比べて、いくつか明らかになった事がある。《SAO》、《ALO》の時にはなかった、《SA:O》だけの仕様が、先日アルゴやリラン、ユイ達の調査によって判明したのだ。キリト達こそはその内容を事細かに知っているが、その他のプレイヤー達の事まではわからない。

 

 今現在この街を行き来するプレイヤー達の中に、それを知っている人間はどのくらいいるのだろうか。ふとそんな事を気にしようとしたその時、聞き慣れた声が耳元に届いて来た。

 

 振り向いてみれば、茶色いケープを被って頭部を隠しつつも顔は隠さず、腹部を露出した軽装を纏い、頬に(ねずみ)の髭を思わせる赤いペイントを施した、黄色い髪の毛をショートボブにした少女がこちらに歩いて来るのが見えた。

 

 キリトと同じ《SAO》生還者であり、《SAO》の時から情報屋として数々のプレイヤー達に情報を売り渡し、時にキリトと組んで攻略に赴く事もあった、仲間の一人である、アルゴだ。やはり頬に施されたペイントが目立つのだろう、《鼠のアルゴ》などという通り名を持っている少女の呼びかけに、キリトは答える。

 

 

「アルゴ、お前も来てたのか」

 

「当たり前ダ。休日は《SA:O》がたっぷり出来るシ、何より稼ぎ時ダ。そういうキー坊だって、攻略をしたくてこんな午前中から来てるんだロ?」

 

「そのとおりだよ。けれど、アルゴから俺を尋ねてくるなんて珍しいな。言っておくけど、俺はお前に出せそうな情報は持ってないぜ」

 

 

 アルゴはわかり切ったように頷き、更に呆れたように両掌を軽く上げる。

 

 

「当然ダ。オレッちの情報の早さはお前の十倍くらいはあるって自負してル。お前から情報を買おうという気はさらさらなイ。けど、オレッちはお前に無料提供したい話があル」

 

「というと?」

 

 

 尋ねるなり、アルゴの顔に影が落ちる。あまり話したくないような、良くない話を掴んできたのだろう。

 

 

「あまり明るい話じゃないんだガ……聞く気はあるカ」

 

「構わない、聞かせてくれ」

 

「……キー坊、《ブルーカーソル》の話は聞いたよナ」

 

 

 この《SA:O》、《SA:O》の元となった《SAO》では、他のプレイヤーを意図的に攻撃したりすると、普段は緑色となっている、頭上に表示されているカーソルの色がオレンジに変色する仕様がある。

 

 カーソルをオレンジに変色させるような事をやってしまったプレイヤーは、オレンジプレイヤーという扱いとなり、そのまま街に入ろうとすると、NPCから苛烈な攻撃を受けてしまうようになり、街や安全地帯へ入る事が出来なくなってしまうなどの、かなりのペナルティが課せられてしまうのだ。カルマ回復クエストというクエストをこなし、自身のカーソルの色を緑に戻すまでの間。

 

 

 それに加えて、この《SA:O》には《ブルーカーソル》という新ルールも存在している。非戦闘状態のNPCに攻撃を行った場合に発生するものなのだが、これのペナルティはもっと深刻だ。

 

 《オレンジカーソル》になってしまった時と同様に、街に入ろうとすると守衛NPCから苛烈な攻撃を受ける事に加え、フィールドにいる戦闘可能NPC、非アクティブなモンスター達から一斉にターゲットを取られて、常に攻撃対象として狙われ続けるというものだ。

 

 大抵の街や村の入り口や中には衛兵NPCが設置されているものだから、《ブルーカーソル》になってしまったプレイヤーはほんの少し近付いただけで衛兵NPC達に一斉に袋叩きにされてしまう。しかもこのゲームの戦闘可能NPCの戦闘能力は、そこらのプレイヤー達では歯が立たないレベルであり、返り討ちにする事も出来ない。

 

 更に、《ブルーカーソル》となったプレイヤー達を《グリーンカーソル》のプレイヤーが攻撃しても、ペナルティを課せられる事はない。衛兵NPCから逃げても、今度はモンスター達が群れを成して袋叩きにしようとして来て、尚且つ《グリーンカーソル》のプレイヤー達までも攻撃してくる。

 

 一度《ブルーカーソル》になってしまったが最後、まともにゲームをプレイする事すらできなくなってしまうのだ。

 

 

「どこのVRMMOでも非道徳的な行為は御法度だが、この《SA:O》ではそれが顕著って事だな」

 

「それだけじゃないゾ。このブルーカーソルになる条件の中には、《ビーストテイマー》による《使い魔》への虐待も含まれてル。自分の《使い魔》を意図的に攻撃したり、《使い魔》の身体を自分から部位破壊するような事をすれば、たちまちブルーカーソルに仲間入りするゾ。そしてその時点で、《使い魔》はそいつの《使い魔》じゃなくなル」

 

 

 アルゴの付け加えた情報と、その理由についてはキリトも十分に理解している。

 

 現実世界で犬や猫、その他の動物に虐待を加えた者は逮捕される。それは法律で定められているからというのもあるが、犬や猫に手を出した者はほぼ百パーセントの確率で次のターゲットを人間にし、最悪通り魔事件を起こす傾向があるからだ。

 

 だからこそ、この《SA:O》や他のVRMMOでも、自分の《使い魔》を攻撃したりすれば重大なペナルティが課せられるのだろう。《使い魔》への攻撃はブルーカーソル行きというのは、納得できる。

 

 

「ん? 待てよ。それだと()()()はどうなるんだ」

 

「あぁ、昨日キー坊達が出くわした奴だナ」

 

 

 忘れもしない。自分と同じように狼竜を操り、周辺のプレイヤーを気にも留めずにボスモンスターに爆撃を仕掛けてラストアタックボーナスなどを総取りしたうえ、自身の《使い魔》の尻尾を切断して武器として使っているという暴挙を働いていた黒い男。

 

 もし、あいつが本当に自分の《使い魔》の尻尾を切断して武器として使っているのであれば、《使い魔》の尾を切断しようとした時点で、ブルーカーソル行きとなっていたはずだ。

 

 だが、思い出してもあの男のカーソルがブルーではなかったし、狼竜も尾を切断されながらも男の言う事を忠実に聞き、リランが威嚇した時には男を(かば)うように威嚇し返した。それこそが、キリトが解せない事だった。

 

 

「あの男は自分の《使い魔》の尾を武器に変えて使ってたんだぞ。それならブルーカーソルになってるはずだ」

 

「そうダ。オレッちもそれが一番理解できないんだヨ。ブルーカーソルからグリーンカーソルに戻るためのカルマ回復クエストの存在は今のところ見られてないし、オレッちも発見できてなイ。そいつの事はすごく気がかりなんだガ……オレッちの話したい事はそれじゃないんダ」

 

「そうだろうな。本題は何なんだ」

 

「この世界じゃNPCや《使い魔》は手厚い保護を受けていル。じゃあもし、そのNPC達の体力が尽きてしまったら、どうなってしまうかわかるカ」

 

 

 少し険しい顔となったアルゴを目にし、キリトはふと考える。この世界には《SAO》、《ALO》の時と同様に沢山のNPC達が存在しており、それら全てに《HPバー》が設定されている。これまでは、例えNPCの《HPバー》が尽きても、一定時間経てばまた元の場所にリポップするようになっていたため、特にNPCの事を考える必要などはなかった。

 

 そんな事もあってか、《SAO》の時ではNPC達を利用した乱暴な作戦が立案される事も多々あったものだ。

 

 

「そんなの、一定時間後にリポップするんだろ。モンスター達と同じでさ」

 

「……一般的なゲームじゃそうだナ。けど、《SA:O》だとそうじゃないみたいだゾ」

 

「え?」

 

「しないんだヨ。このゲームじゃ、一度力尽きたNPCは、いくら経っても復活する事はないんダ。正式には、元のNPCが復活して来ないっていうのが正しいかナ」

 

 

 キリトは思わず目を見開くが、アルゴの話は続けられた。

 

 この世界のNPC達は一度《HPバー》がゼロになってしまうと、復活する事はなく、別なNPCがポップするようになっている。それこそ、いなくなってしまったNPCの代わりを補填(ほてん)するかのように。

 

 つまり、この《SA:O》のNPC達には全てユニーク設定がされており、一度《HPバー》がなくなれば、死んだも同然となってしまうようになっている――というところまで言って、アルゴは一旦話を区切った。

 

 

「そんな事になってたのか、この世界は」

 

「あぁ。この話に興味を持って、実際どこまで本当なのかを試すプレイヤーさえも出てきているゾ。勿論、NPCに直接攻撃を仕掛ければブルーカーソル行きだから、積極的にNPC殺しをやろうとするプレイヤーはいないんだガ……見返りの経験値が多いだの、バランスブレイカー級の武器が手に入るだのの噂に釣られて、手を出すプレイヤーが多いんダ」

 

 

 キリトは顎元に手を添えて考える。これまで《SA:O》のクローズドベータテストを進め、攻略も進めてきているけれども、そんな話を耳に入れた事はないし、それを手にしたプレイヤー達の姿を見た事だってない。

 

 もしそんな事になったならば、MMOストリームだとか、攻略サイトだとかに載るはずだが、やはりそのようなものを見た事はなかった。アルゴの言っている噂というのは、どこかの誰かが悪意を持って流した出鱈目(デタラメ)だ。

 

 

「そんな話は聞いた事が無いぞ」

 

「そうダ。そんな噂は信憑性(しんぴょうせい)がないし、報酬を手にしたプレイヤーだって見た事無イ。キー坊の言う通りだナ」

 

 

 だが、そんな話を耳にしたプレイヤーの中で、それそのものに疑いを持つ者の方が少ないだろう。きっと何人ものプレイヤーがその話を真に受けてしまって、NPCに手を出してしまい……何人ものユニークNPCが無意味に殺されてしまっているのだ。

 

 

(……!?)

 

 

 そこでキリトは、頭の中で一筋の光が走ったのを感じ取った。そうだ、この前シノンとユイが利用していたアクセサリーショップの店員、リズベットとレインの店に行列を作る原因となった従業員の入れ替わりだ。これらはどちらも元々女性のNPCが従業員を務めている店だったが、今は全く違う男性NPCが従業員となっている。

 

 何のイベントもなく突然起きた出来事。その原因と、アルゴの話が繋がっているようにしか見えない。

 

 

「まさか、アクセサリーショップと鍛冶屋の店員が変わったのって!」

 

「元々女性NPCが従業員やってた店だロ? 実はな、あれらの店のNPCを、フィールドに出せるクエストがあるんダ。……なんでNPCが変わってるのか、オレッちも気になってたんだが……ようやくその原因が掴めたってところだヨ」

 

「なんでNPCがリポップしないんだ。そういう仕様なのか」

 

 

 アルゴは顔を上げ、キリトと目を合わせた。その目つきはいつにもなく鋭いものだった。

 

 

「そうだろうナ。どんな理由があれど、この世界はNPC達にとって、死んだら元に戻る事のない、デスゲームなんダ」

 

 

 最後の言葉に、キリトはごくりと息を呑む。かつて自分達プレイヤーを閉じ込め、ゲームオーバーになれば現実でも死に至るデスゲームであった、ソードアート・オンライン。

 

 それを基に作り出されたのがこのソードアート・オリジンであるが、絶対安全と言われているアミュスフィアを使ってログインするゲームで、その単語を聞く事となってしまうなんて。

 

 もしかして自分達は、またあのデスゲームの世界へ戻ってきてしまったのではないか。一瞬そんな感覚に囚われそうになったが、直後に届けられてきたアルゴの声でキリトは我に返る。

 

 

「それでキー坊、今プレミアはどこにいるんダ。一緒じゃないんだロ」

 

「えっ、どうしてそこでプレミアの名前を出す――」

 

 

 その一瞬で、キリトはその理由を掴んだ。徐々に顔が青くなっていくのが自分でもわかる。

 

 プレミアはこの世界――NPCにとってのデスゲームの住人の一人であり、フィールドに連れ出す事が可能となっている。そのプレミアも例外なく《HPバー》が設定されているから、それがゼロになるような事になれば、アクセサリーショップの店員、鍛冶屋の店員NPC達と同様に、プレミアは死んでしまう。

 

 そして何より、プレミアは他のNPC達と比べてかなりユニークな設定となっているため、物珍しさ感覚で手を出してしまうプレイヤーが現れたって不思議ではない。

 

 

「ま、まさかプレミアが狙われてる!?」

 

「あぁそうダ。プレミアはおかしな設定になっちまってるNPCだから、手を出す奴もいるはずダ。オレッち達で保護しておくんだヨ! あの()は大事なんだロ!?」

 

「あぁ、そうだ! 手分けして探そう! シノン達にも声をかけるから、お前は向こうの区画を頼む!」

 

 

 「わかっタ!」という返事をすると、アルゴは本当に鼠のような速さでキリトの指示した区画へと走っていき、すぐさま後姿さえも見えなくなった。他のNPC達と比べてプレミアは反応も鈍ければ感情表現だって上手く出来ない状態。その上フィールドへ赴く必要のあるクエストを持っているから、どんなプレイヤーにでもついて行ってしまう。たとえそれが悪意を持ったプレイヤーであったとしてもだ。根も葉もないうわさに騙されたプレイヤーに殺されてしまう前に、早く見つけなくては――胸の中から湧き上がる焦燥感に駆られながら、キリトは《はじまりの街》の中へ走り出した。

 

 《はじまりの街》は《SA:O》の中で最も大規模かつ初心者のための施設が揃っている場所であるため、かなり入り組んだ構造になっている。路地裏に入ってしまうとどこに出いるかわからない時さえあるし、路地に出れば沢山のプレイヤー達が障害物のようになっていて、特定のプレイヤーを探し出すのは困難極まりない。

 

 《SAO》の頃、《アインクラッド解放軍》という連中のせいで一時期人気(ひとけ)が全く無くなった事のある《はじまりの街》だが、今だけその時のようになって欲しいくらいだ。時折立ち止まってホロキーボードを起動し、仲間達に連絡をしながら、キリトは《はじまりの街》の中を走り回った。

 

 そうしてプレミアがよく姿を見せている商店街エリアへ戻ってきて、中央付近にある橋の近くに差し掛かったところで、キリトは再度周囲を見回す。

 

 やはり沢山のプレイヤー達がいるせいで路地の視界は悪い上に、プレミア自体そんなに背の高くのない女の子だから、自分と同じくらい、もしくはそれよりも身長の高いプレイヤー達に囲まれてしまうと本当に見つけられなくなる。

 

 それでもかなり探したと思うが、やはりどこにもプレミアの姿は無い。ここまで来たとなると、やはりプレミアはどこぞのプレイヤー達に連れられ、フィールドに出されてしまったのではないのだろうか。いや、こうなってしまったらそれしか考えられない。

 

 更なる焦燥感に駆られて、もう一度仲間達に連絡をしようと、ホロキーボードを希望したその時だった。

 

 

「よしよし、もう大丈夫だよ。ここまで来れば安心だ」

 

 

 沢山のプレイヤー達による喧騒に混ざって、非常に聞き覚えのある声が耳元へと入り込んできた。これまでずっと聞いて来ていたが、最近はほとんど聞いた事が無かった声色。思わず反応し、向き直ったその時に、キリトはその正体を見つけ出した。

 

 

 胸元を強調しているようなデザインの青い服の上から、白衣のようなコート状の服を着込み、ホットパンツを履いたうえで黒いタイツで脚を包み、黒いカチューシャを付けた、長い黒髪が特徴的な長身の女性。

 

 《SAO》、《ALO》の時から一緒に攻略を進めてきた仲間の一人であり、キリトにとってはかなり重要な存在と言えるその人の胸元には今、紺色がかった黒髪を切りそろえたショートヘアにして、水色と白を基調としている、ゆったりとしたデザインの軽装を着こなした小さな少女が抱き締められている。

 

 その少女こそが、今まさしくキリトの探しているプレミアであった。だが、それよりも先にキリトは、女性の元へ駆け寄り、その名を呼んだ。

 

 

「……イリスさん!」

 

 

 女性はゆっくりとキリトに顔を向ける。母親のような包容力と優しさを含んだ光を帯びる、赤茶色い瞳の中にキリトの姿を入れた数秒後、女性はその口を静かに開いた。

 

 

「……やっと会えたね、キリト君」

 

 

 女性の言葉が終わるよりも前に、キリトは女性の元へ辿り着いていた。

 

 アバター名をイリスというこの女性。キリトがまだ《SAO》に囚われていた時に偶然出会い、当時現実世界にて精神科医をやっていて、シノン/詩乃の専属医師として治療を行っていた人。そして、あの《SAO》を開発したアーガスにて、茅場晶彦の右腕のプログラマーとして活躍し、リラン達《MHHP》、ユイ達《MHCP》を作った張本人でもあるAI研究者。

 

 この世界に居ればきっとまた会えると思っていたその女性が目の前にいる事に喜びを抱きながら、キリトは再度声をかけた。

 

 

「……イリスさんこそ、遅かったじゃないですか」

 

「あぁ、クローズドベータテストのチケット自体は手に入れられてたんだけど、本業の予定が重なっちゃってログインできなかったんだよ。それより、クローズドベータテストの時点で、早速何かしらのトラブルが起こってしまったみたいだね」

 

 

 イリスはそう言って、胸元にいるプレミアをキリトの方へ向かせた。それまでの自分の目的を思い出したキリトはハッとし、プレミアへ近寄って、その肩に両手を置いた。プレミアの顔は相変わらず、どこか機械的な無表情だった。

 

 

「プレミア、大丈夫か。何があったんだ」

 

「……他の人に、斬られました」

 

「なんだって!?」

 

 

 そこからの説明はイリスがしてくれた。プレミアは一人のプレイヤーに連れられてフィールドに出たが、その時プレイヤーは突然プレミアを攻撃したというのだ。それは偶然でも何でもなく、悪意を持った攻撃であった。

 

 そんな事をやってしまった結果、プレイヤーはブルーカーソルとなってしまった。その信号はフィールド全域に響き渡り、それを感知したモンスターは大群を成してプレイヤーに襲い掛かったのだという。そしてプレイヤーはそのまま、大型モンスターに頭を(かじ)られて消滅したらしい。

 

 そうして取り残されたプレミアを、偶然フィールドに赴いていたイリスが見つけて保護、街まで連れ帰ったというのだ。ちなみにイリスはこの時、プレミアの事情を聞き出したのだという。

 

 

「そうだったのか……イリスさんが君を……そしてプレイヤーが……」

 

「酷い事をするもんだ。この娘は丸腰で戦闘能力もないのに、一方的に痛めつけられたんだよ。この娘を傷付けたプレイヤーは相当なペナルティを課せられたようだが、因果応報だね」

 

 

 静かながらも険しさを感じさせる表情をするイリスを横目に、キリトはプレミアへ目線を合せる。アルゴの話を聞いた時点で嫌な予感は感じていたが、やはりNPCへ悪意を持って――もしくは純粋な好奇心で――殺そうとして来るプレイヤーは存在する。

 

 プレミアもまたそのNPCのうちの一体。しかも一般プレイヤーから見れば開発の手違いのような仕様の個体のように見えるようなものだが、それでも一度《HPバー》がゼロになれば二度と復活する事はない。

 

 この事を含めて、全てを皆に話すべきだし、何より――。

 

 

「イリスさん、セブンから聞きました。あんたは……」

 

「ふむ、それについて私からも君達に話したい事がある。あまり周囲のプレイヤーに聞かれないところに皆を集めておくれ、キリト君」

 

 

 キリトは頷き、一旦プレミアの肩から手を離してホロキーボードを起動。皆に向けてメッセージを送った。その速度はいつもよりもかなり早い手つきであった。

 

 

 


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