キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

281 / 564
 やはり新大陸とGGOを交互に攻略中。

 それによって遅くなりましたが、アイングラウンド編第1章第10話、分割して更新です!


10:向かう先は

 

「プレミア、大丈夫か」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 リューストリア大草原の草原地帯の一角。キリトは今日まで一緒に攻略を進めてきた仲間達全員を揃えてフィールドに赴いている。だが、その中にはこれまでは居なかった者が一人、含まれていた。

 

 水色を基調としているゆったりしたデザインの衣装に身を包み、翼のような形の金色の髪飾りを付け、紺色がかった黒髪を切りそろえたショートヘアにしている、小柄な少女。それが今、手に細剣(レイピア)を持って、キリト達の一向に加わっている。

 

 

 《SA:O》にログインしてから、初めてイリスと出会う事が出来たその後、キリトは大宿屋の一室に皆を集めた。偶然というべきなのか、その時には全員が《SA:O》へログインしており、皆を比較的容易に大宿屋の一室へと集める事が出来、そこでキリトはイリスと一緒になってこの世界の仕様、《SA:O》にいるNPC達の状態について、全て話した。

 

 この世界、《SA:O》にいるNPC達は、その他のゲームのそれのように、プログラムされた役割をこなすだけというものではない。この世界のNPC達は、リランとユピテルが該当する《MHHP》、そのマイナーチェンジ版のユイとストレアが該当している《MHCP》の、更なるマイナーチェンジ版を作り出すための開発システムで作られており、その全てがAI化されている。

 

 この世界に生きるNPC達の全てが自己学習能力を持ち、様々な事柄を学習し、成長していく事が出来るようになっているのだ。そして、AI化されたNPC達は世界で唯一無二の存在となってユニーク属性が付与され、そのユニーク属性を再コピーし、リポップさせる事をこのゲームは禁止している。そのため、《HPバー》がゼロになってしまった場合、NPC達はリポップできないようになっており、これは今後も修正される事はない。

 

 

 そのようなものが何故搭載されているのか。それを話してくれたのが、イリスだ。

 

 イリスによると、この《SA:O》は元々、AIを搭載したプログラムが人間相手にどれだけ応対出来るのかのデータを取るプロジェクトの上で作られており、そのAIを作るために、かつて《MHHP》、《MHCP》を作り出した張本人であるイリスが、《SA:O》の開発スタッフとして招かれ、開発を任されたのだという。

 

 しかし、既に他の仕事と兼任していて、尚且つその他の仕事の方に力を入れたがっていたイリスは《SA:O》の開発がある程度進んだところで、《MHHP》、《MHCP》の更なるマイナーチェンジ版のAINPCを作り出すためのプログラムソフトをマニュアルごと開発スタッフ――主にプログラマー達――にほぼ押し付けるような形で任せ、プロジェクトと会社を抜けたのだという。

 

 そのため、セブンが加わった時に開発陣に自身の姿は無かったのだ。そして他のNPC達と比べて設定や名前が存在しないなどといった状態となっているプレミアは、自身が抜けた後に開発された存在であり、何故そのような事になっているのかはシステムを作り上げた自分でもわからない。そうイリスは言った。

 

 そして、プレミアもまたユニーク属性を付与されている他のNPC達と同様、この世界に一つしか存在しないものであり、《HPバー》が尽きるような事になれば死するという事も、告げた。

 

 きっと他のプレイヤー達からすれば、プレミアの存在などどうでもよいのだろう。寧ろ沢山の不具合を抱えてしまっているバグそのもののようなものだから、消えてしまった方がいいと思っているに違いない。だからこそ、オレンジカーソルでもレッドプレイヤーでもないプレミアを平然と攻撃するプレイヤーがいたのだろう。

 

 

 だが、プレイヤーからNPCへと変化しただけで、この世界はあの世界、《SAO》と同じデスゲームなのだ。それに参加させられているプレミアは唯一無二の存在、そして自分達と親交を深めていて、自分達を慕ってくれている仲間。

 

 ここまでプレミアに付き合ってきた以上、放置する事は考えられないし、何よりその存在が失われてしまうのがとても悲しく思える。世界の真相を知る者として、あの世界の生還者として、プレミアを守り続けてあげよう――キリトの胸に抱かれた思いは皆に共通していたようで、その場に集まっている全て者がプレミアを守っていこうと決意を固めてくれた。

 

 それが影響したのだろうか、皆が「守ってあげるね」「これからは安心してくれ」などと仲間達がプレミアに声をかけるなり、プレミアが「わたしも戦える力が欲しい、戦闘を教えてほしい」と言い出したのだ。

 

 元々非戦闘NPCであるプレミアがそのような事を言い出したのには皆で驚いたし、多くの者が止めに入った。けれど、外に出ればモンスター達やプレイヤー達がプレミアを狙ってくるから、プレミアが自分の身を守る術を持たないといけないのは事実。

 

 それに何より、そもそもプレミアのクエストはまだ進行途中のモノだ。クエストが進行した事により、プレミアが戦闘能力を会得(えとく)するようになったのかもしれない。

 

 自分達ならば、プレミアに何があっても対応できるし、強力過ぎるモンスターが出て来たならばプレミアを守りつつ逃げればいいし、あまりにもひどい事になったならばリランの力を使って無理矢理退ければいい。

 

 これまでプレイしてきたRPGなどで培ってきたキリト自身の知恵と、この世界のNPC達を作り上げたであろうイリスの解説によって、止めに入っていた者達は渋々納得し、プレミアの戦闘への参加を承諾。プレミアはパーティメンバーの一人として、キリト達の中に加わる事となった。

 

 

 だが、プレミアは今日初めて武器を持って戦う、言わば初心者プレイヤーだ。

 

 チュートリアルさえも存在しないようなプレミアを、少人数で守る事は難しいだろうし、何より心配過ぎる。そう感じたであろう仲間達は一斉にキリトのパーティに参加し、総数十五人という、まるでレイドボス戦に向かうかのような大所帯となった。

 

 (あたか)も姫を守る親衛隊のような仲間達に、プレミアは首を傾げているだけだったが、やはり成長する事の出来るAIであるからなのだろう、どこか嬉しさや喜びを感じているような様子を見せつつ、フィールドへと赴いたのだった。

 

 

 プレミアを守るキリト達が向かったのは、リューストリア大草原の最初期エリアだ。高レベルの中ボスモンスターはおらず、低レベルのモンスター達だけが生息している草原。

 

 多くの初心者がレベリングをするために利用した場所であり、クローズドベータテストが終わった後も、ゲームと戦闘に慣れるために膨大な数の初心者プレイヤー達が使うであろうとキリトが予測する所だ。

 

 ここにいるモンスター達が相手ならば、初心者同様のプレミアでも安全に戦いを身に着ける事も出来るはずだし、危なくなったら自分達で援護してやればいい。

 

 そう見込んだキリトは早速、《SAO》の第一層の攻略でも世話になった、青い毛色が特徴的な猪型モンスターへと、プレミアを向かわせた。

 

 きっとゲームを初めてプレイする初心者並みの腕前しか持ち合わせていないだろうから、自分達の出番は多いだろう。いつでも援護できるようにしておかねば。皆に声をかけたキリトはプレミアが戦いに臨む様子を見ながら、背中の鞘に収納された二本の剣の柄に手をかけていた。

 

 

 だが、キリトの予想はいい方向で裏切られた。

 

 プレミアは最初こそ、猪型モンスターの攻撃を受けたり、攻撃やソードスキルを外したりしていたが、徐々に攻撃が来るよりも前にステップして範囲から離れたり、回避せずにパリングを仕掛けるなどの行動を取るようになり、攻撃やソードスキルも完璧に当てられるようになっていった。その速さは初心者プレイヤーの何倍かわからないくらいだ。

 

 あまりの光景にキリト達が絶句するのを横目にしながらプレミアは戦い続け、戦闘というものを学習し、身体に刻み込んでいき、ついには戦う相手を変えても冷静かつ迅速に対応してみせるようになるまでなった。

 

 それまでにかかった時間は一時間未満――明らかに初心者プレイヤーよりも早いその慣れに、かつて猪型モンスター一匹相手どる事にさえ苦戦していたクラインはがっくりと肩を落とし、その他の者達も驚くしかなかった。

 

 やがてフィールドのモンスターが一掃され、リポップ待ちという状況になったその時のアスナの一声で一同は休憩。モンスター達のリポップポイントから離れた場所で一息吐き始めた。

 

 

「プレミア……あっという間に強くなっちゃったわね」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 最早驚く事しか出来ないであろうシノンに、キリトも頷く。まだS()A()O()の攻略が第一層――そもそもデスゲームと判明していなかった――頃、クラインにレクチャーした時のようになると思っていたのに、プレミアは瞬く間に戦う事そのものを学習し、どんなモンスターが相手でも相手取る事が出来るようになったという、さながらシノンの時のように強くなった。あまりの速さなものだから、当初猪型モンスターにど突かれまくったクラインの肩は落ちたまま戻らない。

 

 

 その感動さえ覚える強くなり方に、実際に感動したのだろう、リズベットやシリカ、リーファ達がプレミアへ集まり、「プレミアちゃんは強いね」や、「どれだけ強くなれるの」などと声をかけていた。

 

 その中でプレミアは、対応に困っているかのように周囲の仲間達を見つめていたが、その雰囲気は最初期の冷たい機械のようなそれではなく、少し物事に疎い女の子といった感じに変わっていた。

 

 この短期間で、明らかにプレミアは変化している。その事にキリトが気付くのと同時に、プレミアが何かを思い付いたような反応を示し、その足を踏み出した。仲間達の注目を浴びながらやってきたのは、キリトの目の前だった。

 

 

「キリト、質問があります」

 

「えっ。どうしたんだい、プレミア」

 

「わたしは強くなれたのでしょうか」

 

 

 唐突な問いかけに一瞬驚きはしたものの、キリトはすぐに答えを出せた。

 

 

「あぁ勿論さ。プレミアはすごい勢いで強くなってってる。俺達も予想外だよ」

 

「ならば、わたしはキリト達に付いていく事が可能ですか」

 

 

 プレミアがそう言うなり、その頭上に「!」マークがピコンというSEと共に出現した。クエストマークだ。今のでプレミアの持っているクエストが進行したらしい。

 

 キリトは咄嗟にクエストの内容を確認するが、そこでもう一度驚く事となる。プレミアの提示するクエストはこれまでと同じ、プレミアを護衛して特定の場所まで連れていく形式のものだったが、その場所は今、自分達が辿り着こうとしているリューストリア大草原の中心部――正確には最奥部に該当する――を指し示していたのだ。

 

 リューストリア大草原では遠くを見ようとすると、山々や森を見つける事が出来るのだが、ある程度奥まったところまで進むと、山程ではないけれども高い丘が遠方に見られる。

 

 その丘には現実世界のヨーロッパ圏に点在するものよりも大きな、古城と思わしき建物が(そび)え立っており、その座標こそがリューストリア大草原の丁度中心部に該当している。

 

 リューストリア大草原自体、元々国があった場所、言わば亡国の遺跡という設定があり、それを象徴するものがその古城なのであろう。そしてそここそが、このリューストリア大草原の次のエリアを解放するために倒さなくてはならない、エリアボスのいる場所であろうと、キリトは仲間達と話していた。

 

 その仲間の一人であり、ボス戦を随分と楽しみにしているユウキが、興味深そうにキリトの表示しているウインドウの中身、クエスト内容を見ながら言う。

 

 

「キリト、プレミアちゃんの指してる場所って……」

 

「あぁ、俺達が目指してる古城だ。ここにプレミアのクエストを進行させるためのものがあるんだろう」

 

 

 好都合だと、キリトは思った。リューストリア大草原は最初のエリアでありながら非常に広大であるため、まだ細々としているところは捜索してない。まだ未知のエリアが沢山残っているが、エリアボスが居る場所となれば、広くて大きく、他と比べて印象的な場所が選ばれる。

 

 そこから考えれば、リューストリア大草原のエリアボスの居る場所はその古城であるというのは簡単に導き出せた。そしてこれが真実ならば、戦闘力を持たないプレミアを古城まで連れて行き、尚且つエリアボスと交える事にもなる。

 

 もし戦えないプレミアを連れていなければならなかったならば、どうにもならなくなりそうだったが、こうしてプレミアが戦えて、ここまでのポテンシャルを持っている事が判明した今ならば、どうにでも出来る。

 

 戦闘の練習を開始して早々のボス戦――それなりに不安を抱えさせるような事だけれども、プレミアが一緒に戦って最善の方法を尽くし、プレミアを自分達が守りながら戦えば、いけるはずだ。確信したキリトは周りに集まっている仲間達に呼びかける。

 

 

「皆、休憩が終わったら攻略を再開しよう。あの古城を目指すんだ」

 

「ほ、本気かよ。プレミアはまだ戦い始めたばかりだぞ。あそこは俺達がエリアボスが居るって思ってる場所じゃないか」

 

 

 案の定、自分が一応懸念している事を口にしたディアベルに対し、キリトは答える。

 

 

「そうだ。けれどプレミアのクエストの目的地はそこになってる。結局俺達はプレミアを連れてそこに行くしかないんだ」

 

「危険だけど、プレミアちゃんのクエストを進めるには、行くしかないんだね」

 

 

 フィリアにキリトが頷くと、皆どこか不安そうな顔をしてプレミアを見つめる。これから何が待ち受けているのか、全くわかっていないような表情をしていた。けれども、その瞳の中には、何が起きたとしても対応できるという強さを示す光が瞬いている。

 

 何が起きるかはわかりませんが、わたしは行けます――口で直接言わなくても、プレミアは目でそう伝えている。

 

 つい先程までは武器を取った事さえもなければ、モンスターと戦った事さえもなかったというのに。いや、数日前までは無機質な反応と表情しかしなかったというのに。プレミアは強い意志を宿し、自分の向かうべき場所を指し示している。

 

 それに背中を押されたのか、仲間達は不安を取り払ったような顔をして、キリトへ向き直った。そしてすぐさま、アスナがその口を開く。

 

 

「皆、行きましょう。わたし達でプレミアちゃんを守って、クエストを進行させましょう」

 

「それに、本当にエリアボスが居たら、次のエリアを解放する事も出来るわ。プレミアのクエストも進行で来て、次のエリアにも行ける。一石二鳥じゃない」

 

「これは、行くしかないですね!」

 

 

 リズベットとシリカが強気に言うと、周りの皆も同じように頷く。まるで《SAO》で迷宮区の最奥部へ辿り着き、次の層への道を開けるためのボス戦へと向かおうとしている時を思い起こさせる皆の様子に、胸の高鳴りを感じたキリトは、言い放った。

 

 

「よし、行こう! プレミアが指し示す場所に!」

 

 

 キリトの高らかな号令に、仲間達は「おぉー!」と言って呼応した。間もなく、意を決したキリト達は休憩を終えて立ち上がり、なるべくプレミアを守る形でリューストリア大草原の最奥部に位置する丘、そこに聳える古城を目指し、進行を開始した。

 

 

 草原地帯を抜けると、森ではなく、ついこの前攻略したばかりの岩のトンネルに差し掛かった。洞窟のように見えるけれども、天井に亀裂がずっと走っていて、陽が差し込んできているがために少し明るい、現実世界じゃ早々見る事の出来ない場所だ。

 

 そこにはかつてゴーレム型モンスターが門番を務めていた関所があったが、キリト達が撃破した事で解放されている。しかし、その代わりと言わんばかりに、沢山のモンスター達が蔓延っていた。

 

 その種類もスケルトン型、蝙蝠(こうもり)型、(さそり)型などとそれなりに多かったが、道塞ぐ全てに出くわすなり、キリト達は武器を構えて戦闘し、退(しりぞ)け、次々とポリゴン片と経験値に変えていった。

 

 戦い始めたばかりのプレミアも、まるで熟練プレイヤーのように道を塞ぐモンスター達に攻撃を加えて倒していく。その様子は(あたか)も本物の熟練プレイヤーであるキリト達の姿や振る舞いを真似し、学習し、身に付けて行っているようだった。

 

 まさかプレミアがここまでになるとは、流石はAIを搭載したNPCというだけある。だが、もしかしたら他に何か持っているものがあるのではないのだろうか。実はプレミアは他のNPCとは違う何かを持っていて、それがこの成長力を(もたら)しているのではないのだろうか。

 

 気になったキリトは是非とも、《SA:O》の開発スタッフであるイリスに尋ねたいところだったが、イリスは《SA:O》の開発を途中までやっていただけで、プレミアの事に関しては何も知らないと言っていたし、もし何か知っていたならば自分から進んで話すはずだ。

 

 そういう事は一切せずに、イリスは攻略に励んでいるから、きっと聞いたところでも無駄だろう。思ったキリトは疑問を頭の片隅に仕舞い込み、皆に声をかけつつ、武器を振るいながら先へ進み続けた。

 

 

 仲間達とのやりとりと戦闘から織り成される普通な攻略をしばらく続けて行くと、岩のトンネルが終わり、再び草原地帯に辿り着いたが、これまでの草原とは違う光景であった。

 

 周囲には草原を取り囲むように岩山が聳えていて、前方には一際大きな岩壁がある。それは岩壁ではなく、巨大な城門であった。唯一の出入り口の役割を果たしている扉は大きく開かれており、その周囲には、片手剣と盾を装備して、鎧を装着した騎士や兵士のような容姿のコボルド型モンスター達が数多く蔓延(はびこ)っている。

 

 そして扉の向こうには無残な廃墟と化してはいるものの、その巨大さが故に強い存在感を放っている、白壁の西洋風の城――草原地帯から見えていた巨城に他ならない。

 

 草原の時は小さく見えていたものだが、近くまで来てみれば現実世界にあるそれよりも巨大に感じられるほどのものだ。それに圧倒されたかのように、ユウキが反応を示す。

 

 

「うっわぁ……こんなに大きな城だったんだね」

 

「これだけ大きいと、お宝も沢山眠ってそうだけれど、如何にもボスの居るステージって感じだね。ここ、エリアボスの居る場所で間違いないよ」

 

 

 トレジャーハンターのフィリアが言うなり、キリトは咄嗟にマップウインドウを開き、現在地と名前を確認する。《アークタリアム城・城門》。それが現在地の名前であり、目の前のコボルドが支配する王国のものでもあった。

 

 

 「亡国の跡が見受けられる草原地帯」というのが、リューストリア大草原の詳細を調べた時に見れる解説文だったが、その《亡国の跡》とやらがしっかり残っているのが、この《アークタリアム城》であるに違いない。

 

 そして周りにいるコボルド達の数から察するに、このアークタリアム城の玉座に座り、国王となっているのは、コボルドロードというべき存在であり――それこそがこのリューストリア大草原のエリアボスを務めるものだろう。

 

 まさに、《イルファング・ザ・コボルドロード》というコボルドの親玉である大型モンスターがボスであった、アインクラッドの第一層の再現だ。その時の事を思い出したのか、エギルがキリトに声をかける。

 

 

「どうするキリト。あの中は敵がいっぱい居そうだぞ。それにエリアボスも……」

 

 

 キリトは顎元に軽く指を添える。今は城門だからそんなに敵の数は多くないが、中に入ればもっと沢山のコボルドの軍団と戦う事となるだろうし、そのままボス戦まで行く事にもなるだろう。これまで順調に攻略を進めてきたが、それが故に消費アイテムの数も十分とは言えない数になっている。

 

 ボス戦に臨むには不安が大きいし、武器のメンテナンスも必要な頃だろう。

 

 

 そこで手元を見てみれば、濃紺色の結晶状のアイテムが三つほど存在しているのが確認出来る。《SAO》、《ALO》から続投している――《SAO》の頃にはレアアイテムであったが――回廊結晶であり、一つは既に《はじまりの街》で使用済みで、ここでもう一度起動すれば即座に移動(ファストトラベル)出来るようになっている。

 

 回廊結晶にここを記録させて一旦街に戻り、準備を整えた上で戻ってきて、ボス戦へ臨むべきだろう。キリトは頭の中でそれらをまとめ上げると、皆に向き直って声を出した。

 

 

「皆、ひとまずここで街へ帰還しよう。中に入れば、きっとエリアボスとの戦いまで一気に突き進む事になる。十分に準備してから戻ってこようぜ。回廊結晶もあるわけだしさ」

 

 キリトが話すと、仲間達も似たような事を考えていたのか、案外あっさりと賛成してくれた。仲間達の意向を確認したキリトは、《SAO》時代はレアアイテム筆頭であった回廊結晶を掲げて「コリドーオープン」と一言。結晶が消費エフェクトと効果音と共に消え去ると、目の前に青色の光のゲートが開かれる。

 

 続けてもう一つの回廊結晶を起動して現在地を記録すると、キリトは皆と共に青色のゲートをくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 

 転移ポイントを設定した地点から戻って来るなり、キリト達はバラバラになって行動を開始した。だが、ほとんどの者が商店街エリアの方へ向かっていっている。理由は武器や装備のメンテナンス、消費アイテムの買い出しのためだ。

 

 つい先程からずっと戦い続けていたため、武器もかなり消耗してきているし、消費アイテムもそれなりに数を減らしてしまっている。これでボス戦に挑むのは心もとない。転移する前からそう考えていたキリトは、仲間達に続くような形で商店街方面へと向かった。

 

 辿り着いた商店街エリアは、先程立ち寄った時とほとんど同じくらいの賑わいっぷりで、多くのプレイヤー達やNPC達の姿を見る事が出来るような状況であった。これからクエストへ向かおうとしている者、フィールド探索に出かけようとしている者、或いは友人や仲間との待ち合わせに向かおうとしている者。

 

 この商店街エリアの利用者達は、誰もがそれぞれ異なった目的を持って行き交っているのだろう。

 

 そんな事を考えながら歩いていき、ポーションなどを取り扱う消費アイテムショップの目の前に差し掛かったその時、とても聞き慣れた声が耳元に届いて来た。

 

 振り返ってみれば、黒茶色のケープを被り、腹部を露出した軽装に身を包んだ、頬に鼠の髭を思わせるペイントを入れた少女。午前中に出会って話をしたばかりである、キリトの中の一人であるアルゴがこちらに向かって歩いて来ていた。

 

 

「よぉ、キー坊。戻って来たのカ」

 

「あぁアルゴか。また会ったな」

 

「その様子だと、何か重要なモノを見つけて帰って来たナ」

 

「あぁ、これからエリアボスのところへ行くんだよ。それでそのままエリアボス戦だ」

 

 

 アルゴは「おぉ!」と言って喰い付くような反応を見せる。濃密な情報を掴めそうな場面を見つけたと言わんばかりだ。

 

 

「ついにそこまで行ったカ。なんならオレッちも手を貸そうカ?」

 

「んー、そうだなぁ」

 

 

 ふと顎もとに手を添えて、キリトは思考を巡らせる。あまり積極的に参加してくれるわけではないけれども、アルゴもまた《SAO》生還者の一人であり、自分達と同様に攻略や戦闘に出てくれる事もある実力者だ。

 

 エリアボス戦がどれほどのものとなるのか想像もしてないが、いずれにしてもレイド戦になる事は確実。出来るならば人数は多い方がいいし、アルゴの腕もかなり高い方だから、プレミアを守りつつ戦う事となる今回のボス戦でも、大いに貢献してくれるはずだ。

 

 

「アルゴ、来てくれないか。お前の力もあれば、心強いよ」

 

「そう来なくっちゃナ。エリアボスの情報は高く売れるから、オレっちみたいな情報屋も積極的に参加しなくちゃ――」

 

 

「《黒の竜剣士》だか何だか知らねぇが、調子に乗ってんなよ!!」

 

 

 アルゴが言いかけたその時、割り込むように飛んできた声に、キリトもアルゴも驚いた。しかもその中に酷く聞き慣れた単語が混ざっていたものだから、キリトは思わず背筋をぞくりと言わせた。

 

 

「えっ!?」

 

「おい、今《黒の竜剣士》って聞こえなかったカ?」

 

「やっぱり、そう聞こえたよな……」

 

「キー坊、何かやらかしたなら素直に謝った方がいいゾ」

 

 

 呆れたような顔をするアルゴに、キリトは思わず首を横に振って見せた。確かに様々な事はやってきてはいるけれども、その中で他のプレイヤー達に迷惑をかけるような事はやっていないし、その事に関しては自信がある。

 

 

「な、何もしてないって。俺は何もしてないはずだぞ!?」

 

「だろうナ。となると、()()()()の事になるナ」

 

 

 そう言ったアルゴが目を向けたところに同じように視線を向けてみると、人だかりが出来ているのが見えた。先日の《新生リズベット武具店》に出来ていた行列のような規則正しいものではなく、何かを中心に無造作に集まっているようなものだ。

 

 

「あそこの人だかり……あれが今の罵声の根源だろウ。行ってみるカ」

 

「あぁ、行ってみる」

 

 

 頷いたキリトはアルゴと並び、人だかりへと近付いた。数こそは多いけれども、あまりに無造作に組まれているおかげで、人だかりの中央部分を見る事が出来たが、そこでキリトは思わず驚く事となった。

 

 

「てめぇ、人のターゲットを横取りした挙句空爆までしやがって、何なんだよその態度は!?」

 

「……雑魚がぴーぴーとうっせぇな。モンスター一匹ろくに倒せそうになかったから、手を貸してやったっていうのによ」

 

 

 明らかに喧嘩を打っているような挑発的な態度を見せている、人だかりの中央に居たのは、血のような紅い短髪をオールバックに近しい形にしている、ノースリーブの黒い戦闘服に身を包み、背中に店売りとは格の違いがある事がはっきりとわかる両手剣を背負った、長身の男。

 

 誰もが奇異もしくは怒りを込めた目で睨みつけているその男の事を、キリトは忘れもしない。フィールド攻略中に突然空爆を仕掛けてきて、自分達が戦っていたモンスターを勝手に殺してラストアタックボーナスも全て持って行った。

 

 それだけじゃない。自分と同じ狼竜を使う《ビーストテイマー》でありながら、その身体に手を下し、尾を自分の武器へと還元するなどという暴挙を働いた男。

 

 

 その時の男と完全に一致した特徴を持つ男のプレイヤーが、人だかりを作っている根源であった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。