キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 新大陸攻略とGGO攻略とさらにパソコンの機種変更によって、だいぶ時間が空いてしまいました。


 そして、もう過ぎましたけれども、本作キリト・イン・ビーストテイマーが三月七日を以って、連載開始より三周年を迎えました。

 三年間、ずっと感想を送ってくださっている皆様、お気に入り登録をしてくださっている皆様に、心から感謝いたします。

 これからもキリト・イン・ビーストテイマーは連載を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 それではアイングラウンド編第1章第12話、どうぞ!




12:三度目の獣人主 ―古城主との戦い―

           ◇◇◇

 

 

 

 大規模戦闘に臨む準備を成し終えた俺達は、エリアボスが待っていると思われるリューストリア大草原の最奥部、《アークタリアム城》へと赴いた。

 

 回廊結晶を使って記録ポイントに転移して、真っ先に辿り着いたのは《アークタリアム城》の城門前。そこには既に沢山のコボルドが武装して待ち構えており、俺達を見つけるなり武器を片手に襲い掛かって来た。

 

 《SAO》の時も、その後の《ALO》の時も、ダンジョンに潜ればコボルド型の敵と戦う事は多々あったし、《SAO》の時に至っては迷宮区の中がコボルドでいっぱいになっていた事さえあった。

 

 それくらいにまでコボルド達と戦って来ている俺達にとって、立ち向かってくるコボルド達など相手にならず、城門の制圧は五分足らずで終わってしまった。なんだ、最奥部でも意外と呆気ないじゃないか――戦いが終わるなり、皆が口々にそう言っていたけれども、それは当然だ。

 

 俺達が戦っているコボルド達のレベルは九から十程。恐らく初心者プレイヤー達がここに達する時のレベルを想定した設定なのだろうが、俺達のレベルは既に十五に達している。

 

 これは《SAO》の時からの癖なのだろうか、俺達はこのリューストリア大草原にて、探索も兼ねて沢山の敵と戦い、ガンガンレベリングをし続けて、ある程度のレベルまで上げられたところで次の場所へ移動するというのを繰り返していた。

 

 

 そのおかげで、俺達はここにいるコボルド達は勿論の事、他のプレイヤー達よりもかなりのレベル差を開けている。なので、俺達はコボルド達に全く苦戦する事など無かったのだ。

 

 だが、現在地点はあくまで城門、《アークタリアム城》の序の口であり、エリアボス戦まで言ったら何が起きるかわからない。気を抜かずに進み続けようという、《SAO》時代に戻っているかのようなディアベルの指示に皆で了解し、各自気を付けながら、《アークタリアム城》の中へと進んだのだった。

 

 

 そうして辿り着いた《アークタリアム城》の中は、城壁も天井もところどころ崩れ落ちてしまっている、完全なる廃墟だった。恐らくかつては栄光を築いた王国の中心部だったのだろうが、今となっては見る影もないと言えるだろう。

 

 そこを住処にしているかのように――いや、実際そうなのだろう――多くの武装したコボルド達、小型のゴーレム型モンスター、蝙蝠型モンスターなどが蔓延(はびこ)っていたが、その数は城門で相手にしたコボルドの軍勢よりも少ないように感じる。

 

 きっと城門で敵を返り討ちにする作戦を展開しており、城門が突破された後の事など考えていなかったのだろう。その予想外の事起きた事に気付いたのか、モンスターの群れは俺達に向かってきた。

 

 その様子はまさしく城を、国を守らんとする衛士や兵士達のそれであったが、俺達は一切怯む事もなく全てを蹴散らし、《アークタリアム城》を進み続けた。

 

 

 そういえば、《SA:O》の元となっている世界であった《SAO》の第一層の迷宮区も、コボルドの王国と言えるような場所で、当時攻略組だった俺達は恰もコボルドの王国に攻め入る他国軍のような感じだった。

 

 《SAO》の時は《HPバー》が尽きればそのまま現実世界でも死に至るようになっていたから、例え雑魚モンスター筆頭であるコボルドが相手でも、皆肩に力を入れて戦い、細心の注意を払って進んだものだが、今となっては誰一人としてそのような事はしていない。

 

 その時のようにコボルド達が不意打ちを仕掛けて来ても、ソードスキルを放って来ても、冷静に対応して退けていく。

 

 これも《SAO》という極限状態の世界を乗り越えたが故に手に入れられたものだろう。俺達はあの世界で確かに強くなれたのだ。

 

 その事を改めて噛みしめながら突き進んでいくと、物の数分で《アークタリアム城》の最奥部と思わしき場所に辿り着き、足を止めた。

 

 目の前にあるのは巨大な灰色の石の扉であり、その表面にはかなりの恐ろしさを感じさせる獣人のレリーフが彫られている。

 

 ここから先はコボルドの王国の主が御座(おわ)す玉座の間である――言葉が刻まれているわけでもなければ、喋るわけでもない石の扉だが、確かにそう伝えてきていた。それを目前にした俺達は一旦振り返り、各自の様子を見合う。

 

 その中で《SAO》攻略時には攻略の司令塔をしていた青髪の騎士、ディアベルが一声かけた。

 

 

「皆、きっとこの奥がエリアボスの居る場所だ。これからエリアボス戦になるけれど、大丈夫そうか」

 

「別にどうって事ないわよ。寧ろここまで来るのが簡単過ぎって感じだったわ」

 

 

 片手棍使いのリズベッドが言い返すなり、他の者達も同様に頷く。

 

 既にコボルド達を百匹近く相手にしてきたが、俺の頼れる仲間達の誰もが大きな損害を(こうむ)っておらず、寧ろ出発時から経験値とドロップアイテムを得ているだけで済んでいる。

 

 《アークタリアム城》は、《SAO》の時には四十三人という大規模パーティーで攻略しなければならなかった迷宮区に該当する場所なのだろうが、そこを俺達は僅か十五人で突破して、その最奥部に辿り着いている。当時とは比べ物にならないほどの戦闘力が、今の俺達にはあるのだ。

 

 そして、それを最大限に発揮する事で守っている存在に、俺は向き直る。紺色がかった髪を、先端を切りそろえたショートヘアにしており、翼を模したと思われる金色の髪飾りを付け、全身を水色と白を基調とした、ゆったりとしたデザインの服装に包み、腰に細剣を携えた小柄な少女。

 

 ここまで俺達を導いてきた張本人であり、《SA:O》というNPC達にとってのデスゲームの中を生きている存在である、プレミア。

 

 

「プレミア、大丈夫か」

 

「はい。皆が守ってくださったので、平気です」

 

 

 無機質さが薄れてきたプレミアの《HPバー》――彼女にとっての生命の残量――だが、もし俺達以外のプレイヤー達がこのクエストに臨んでいたのであれば、ここに来た時点で危険値まで行っていたのかもしれない。だが、今のプレミアの《HPバー》は、ほんの少しだけ減っている程度で済んでいる。

 

 ここまで来る途中、俺は結構必死になってモンスターをプレミアから遠ざけ、プレミアを守ってきた。そこに皆も加わり、更に手を抜かないでくれたおかげで、プレミアに全く回復道具を使わないでいいような状態で、ここまで来る事が出来たと言えるだろう。今のプレミアは皆のこの場の努力の結晶と言っていい。

 

 

 俺達はプレミアをここまで連れて来させる事が出来ているのだから、このままエリアボスに挑んだとしても問題はない。だが、いくら戦えるようになったと言っても、まだまだ戦闘能力が高いとは言えないのがプレミアだ。基本的に前に出てもらわず、俺達が前衛として戦うべきだろう。

 

 既にこれをわかっていたのか、アスナが提案するように言って来た。

 

 

「皆、これからエリアボス戦だけど、気を抜いちゃ駄目だよ。どんなボスが出てくるのかわからないし、プレミアちゃんを前に出させるのも危ないわ」

 

「そうだな。皆、戦い方としてはこれまでと同じだ。プレミアを後衛に下がらせて、俺達がエリアボスと戦う。プレミアを守りつつ戦う事になるから、注意してくれ」

 

 

 これはただのエリアボス戦でもなければ、ごく普通のレイドボス戦でもない。守るべき対象がいるうえで戦わなければならない特殊クエストだ。

 

 失敗すればプレミアの存在そのものがこの世界より消滅し、ここまで進めてきたプレミアのクエストも全部無駄となる。気を付けて臨まなければならない。俺が言うよりも先にそれをわかってくれていたのだろう、皆はプレミアをちょっと見つつ、きりりと顔を引き締めて頷いた。

 

 これまでずっと一緒に戦って来たのだから、今回だって行けるはずだ。いや、絶対に行ける。確信した俺は皆にもう一声かけ、目の前に立ち塞がる巨大な石扉を起動した。

 

 重々しい音と震動と共に扉は横方向へスライドしていき、完全に道を開けたところで再び静止する。

 

 

「いくぞ!」

 

 

 俺の掛け声に続く形で「おぉー!」という声を上げ、皆は開かれた扉の向こうの部屋、玉座の間へと飛び込んだ。

 

 流石王の部屋という設定なだけあってか、扉の向こうはとても広く、玉座の間や謁見の間というよりも四角形の闘技場だった。

 

 そしてその最奥部にあるのはとても大きな椅子。ところどころ塗装が剥がれ落ち、形が崩れてしまっているけれども、全体的な容姿は完全に玉座だ。

 

 そこに黒々とした巨大な影が座っている。ある程度近付いたところで、その姿ははっきりしたものとなった。赤い毛に包み込まれた全長五メートルはあろう巨体を、黒と赤で構成された甲冑に包み、目を赤く輝かせている獣人。

 

 《SAO》の第一層のボス、《イルファング・ザ・コボルドロード》、第六十層のボスであった《デトネイター・ザ・コボルドロード》に似ても似つかないが、同じ《コボルドロード》の名を冠するモンスターであるという事がすぐにわかった。

 

 その黒き鎧に身を包む獣人の王の傍には、黒い刀身が特徴的な巨大な剣が置かれている。

 

 

 これまで相手取って来た《コボルドロード》は、全てが最初は盾と戦斧(せんぷ)を装備しているが、《HPバー》が黄色になるまで減ったところで形態変化、武器を大剣や野太刀に持ち替えるという性質を持っていたけれども、どうやらあのコボルドロードはそのような事はせず、最初から大剣を持って戦う種類であるらしい。こいつはこれまでのコボルドロードとは違う個体だ。

 

 そんな事をしみじみと理解していると、コボルドロードはゆっくりと立ち上がり、傍に置いてある大剣を手に取り、これまたゆっくりと構える。

 

 自分の支配する王国へ侵入してきた事を、それと戦闘を避けられないと判断したのだろうか、コボルドロードは腹の底から咆哮を飛ばしてきた。空気を振動させるくらいの音量。恐らくリランの咆哮に負けないくらいのものだろう。

 

 次の瞬間に、獣人の王の頭上に縦方向に並ぶ三本の《HPバー》が出現し、更にその上に名前と思わしき単語の列が姿を現す。

 

 

 《ヴァイス・ザ・コボルドロード》。それがこのコボルドの王国の頂点に君臨する国王の名前だった。

 

 

 名前は若干違うし、構え方も体形にも差があるけれども、名前がコボルドロードであるというだけあってか、まさしく《SAO》の第一層のボス戦の再現だ。

 

 だが、俺達は誰一人として《ヴァイス・ザ・コボルドロード》の姿と咆哮に臆する事無く、それぞれの立ち回りが最大に発揮できるところへ向かっていき、俺もまたその一人となって、《ヴァイス・ザ・コボルドロード》からある程度離れているが、パーティメンバーとしては前衛に当たる場所へ移動し、背中の鞘より二本の剣を引き抜き、構える。

 

 《SAO》の時は戦い方から立ち位置の陣取り方まで、おぼつかないようなものだったし、当時から攻略組の司令塔を務めていたディアベルの戦術に頼りっぱなしだった。

 

 けれども、今の俺達にはそれはないし、ディアベルも当時のような司令塔という感じではなく、一人の戦士として、或いは一人のプレイヤーとしてこの戦いに参加しているような雰囲気だった。

 

 

 だが、完全にディアベルの戦略に頼っていないのかと言われると違う。

 

 皆はそれぞれ別々の場所を陣取っているけれども、それらは基本的にディアベルが考案した場所だ。俺と同じ前衛にいる、リズベット、ストレア、エギルは敵の攻撃を受け止めるタンクの役割を担い、ディアベル本人もその中に加わっている。この中で唯一の盾持ち片手剣をつかっているから、スキルも盾を中心にしたものにしているのだ。

 

 その他の者達は基本的に遊撃に徹し、必要に応じてボスに飛び込んで攻撃を仕掛けたり、下がったりする立ち位置にいるが、プレミアだけは例外で、後衛に下がっており、付き添う形でアスナやシリカが身構えている。

 

 いくら二度も戦ってきたコボルドロードが相手であるとはいえ、プレミアは初めて戦うわけだし、《ヴァイス・ザ・コボルドロード》も何を仕掛けてくるかわかったものではない。それら不安要素からプレミアを遠ざけるための立ち位置だ。

 

 

 皆がそれぞれの位置につくと、コボルドロードは再度吠え、駆け出してきた。

 

 巨体故に歩く度に震動が起こり、轟音が鳴り響く。最初に辿り着いたのは、俺の目の前だった。流石にいきなり狙いを向けてくるとは思ってもみず、俺は思わず驚いてしまい、その隙を突くようにコボルドロードは走り、次の瞬間には大剣を振りかぶっていた。

 

 

「いきなりかよッ!」

 

 

 俺が言ったのと同時にコボルドロードは振りかぶった大剣を思いきり降り下ろしてきた。刀身が地面――正確には床石――に激突するなり、轟音と共に床石が破砕され、(つぶて)のようになって周囲に飛び散る。

 

 だが、俺はその時既に横方向に飛び込むことによってコボルドロードの攻撃範囲から離脱し、全てを避けきる事に成功しており、コボルドロードの攻撃は空振りに終わっていた。

 

 

 しかし、流石エリアボスなだけあってか、コボルドロードの攻撃力は並々ならぬものであるらしい。まともに受ければ、レベルが高い俺達でも危ういだろう。そんな攻撃にプレミアが晒されれば、一溜まりもない。

 

 

「こいつの攻撃力は高いぞ。皆、気を付けるんだ!」

 

 

 俺の声が周囲に木霊した直後、前衛と後衛の境目である中衛に陣取っていたシノン、前衛を立ち位置にしていたユウキとカイムのペアがコボルドロードに向かっていった。《SAO》、《ALO》で鍛えていただけあってか、ユウキとカイムの二人は瞬く間にコボルドロードの元へ到着し、同刻、二人揃って軽快にジャンプして宙を舞った。

 

 まるで《ALO》の妖精になっているかのような二人は、コボルドロードの側面へと跳んでいく。そうして着地してから間をおかずに、それぞれの武器に光を宿らせた。

 

 

「はあああああッ!」

 

「はあッ!」

 

 

 同時に掛け声を放ち、ユウキは片手剣に寄る強力な突きを、カイムは一旦刀を鞘にしまってから一瞬で抜き払う一閃を放つ。カイムの一閃がコボルドロードの身体を切り抜けた直後、鎌鼬が発生してコボルドロードは更に切り刻まれる。

 

 高出力片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

 

 六連続攻撃刀ソードスキル《辻風》。

 

 二人のソードスキルが炸裂するとコボルドロードは一瞬よろけたような仕草を見せて、すぐに立ち直る。《HPバー》は多少減った程度で、あまり有効なダメージを与えられたようには見えない。

 

 

「そ、ソードスキルを撃ち込んだのに、あれだけしか効かないの!?」

 

「こいつ、防御力も高いみたいだよ!」

 

 

 実際に攻撃を放ったユウキとカイムではなく、それを端から見ていたフィリアが驚き、リーファが皆に伝える。

 

 いくらこれまで戦ってきたコボルドロードと同族とはいえ、このコボルドロードもエリアボス。そんな簡単に倒せるような相手ではないという事だろう。

 

 

 だが、ユウキとカイムは実力者だし、そのソードスキルは基本的に例外なく敵に大きなダメージを与える。それが効いてないという事は、何か仕掛けがあると考えていいだろう。ひとまずはそれを探す必要がありそうだ。

 

 それにこっちにはそのうえで大ダメージを稼ぐ手段、リランとの人竜一体がある。コボルドロードに大ダメージを与えられる方法を見つけ出したうえで人竜一体を発動させれば、早期決着出来るはずだ。

 

 

 それをすでに理解していたのか、ユウキとカイムとスイッチする形でシノンがコボルドロードとの距離を一気に詰め、同じように側面へと回り込もうとする。

 

 だが、同じ手を二度も喰らうつもりはなかったのか、コボルドロードは突如として大剣を構えて光を宿らせ、周囲を薙ぎ払うように回転斬りを放った。

 

 俺達が使う武器の何倍もの大きさを持つ大剣は、大気を切り裂き、竜巻のような暴風を引き起こす。皆は吹き飛ばされそうになり、俺が攻撃を避けた際に割れた床の破片が巻き上げられ、一瞬だけ視界が塞がれる。破片が次々と周囲の崩落した城壁にぶつかる音と、ミシミシと軋む音が止んだその時に、俺はコボルドロードに再度目を向けた。

 

 

 そこで思わず安堵する。コボルドロードが回転斬りを放つ寸前、シノンが接敵して攻撃しようとしていた。その直後にあの攻撃が来たものだから、シノンがコボルドロードの攻撃をもろに受けてしまったと思ったのだが、シノンは先程の俺と同様に寸前で後退し、コボルドロードの回転斬りを回避していたのだ。 

 

 しかし、あの攻撃が来るのは予想外だったのだろう、槍を構えつつコボルドロードを睨み付けているシノンの顔には冷や汗が流れていた。間一髪の回避であった事は違いない。そしてコボルドロードの大剣による攻撃だが、一振りであれだけの暴風を引き起こしてしまうのだから、かなりの威力に設定されているのだろう。

 

 例え俺達が相手だとしても、喰らってしまえば簡単に《HPバー》がゼロにされてしまうのは間違いない。

 

 

「――!」

 

 

 その次の瞬間、コボルドロードは取り逃がしたシノンに目を向け、再度突撃を開始した。どうやらコボルドロードのターゲットはシノンに向いてしまったらしい。槍という武器を使っているためか、シノンはかなり身軽に動くことができるけれども、その分防御力には不安がある。そんなシノンがコボルドロードの攻撃を受けてしまったら、やはり一溜りもない。

 

 

「シノン、下がれ!」

 

 

 シノンの元へコボルドロードが辿り着き、大剣を思い切り振り上げたその時、リラン、ストレア、リズベット、ディアベルの四人がシノンの目の前に躍り出て、一斉に防御態勢を作る。まもなくコボルドロードの大剣が振り下ろされ、四人の作った防御壁に激突。

 

 勝利は四人の作った壁が掴み取り、コボルドロードは大剣を弾かれた事によって仰け反った。

 

 人狼形態のリランは普段はアタッカーとして戦っているけれども、両手剣を使っているため、タンクの役割をこなす事もできる。そのうえで、俺が《ビーストゲージ》を溜め切れば、狼竜の姿となって敵モンスターを圧倒する事ができるのだから、他のプレイヤー達からすれば至れり尽くせりであろう。

 

 

 そして狼竜となったリランの力をふるえば、このコボルドロードだって比較的容易に倒すことができるはずだ。そのためには俺が積極的に攻撃を仕掛け、リランの力を開放するための《ビーストゲージ》を溜める必要がある。コボルドロードの攻撃や行動パターンに怯んでいる場合などではない。

 

 丁度タンクメンバー達がコボルドロードの攻撃を弾いてくれたおかげで、コボルドロードは隙だらけになっている。攻撃するならば今こそが絶好のチャンスだ。

 

 そう思う頃には俺は既にコボルドロードへ向けて走り出しており、前衛に就いているクラインとリーファもまた同じようにコボルドロードの(もと)へと向かっていた。最初にコボルドロードへ辿り着いたのは意外にもクラインであり、コボルドロードの懐に接敵するなり、クラインは両手で握る刀の刀身に光を宿らせた。

 

 

「喰らいやがれッ!!」

 

 

 掛け声の後、クラインはコボルドロード目掛けて突き、縦斬り、水平斬りからなる高速の五連撃をお見舞いした。

 

 五連続攻撃刀ソードスキル《東雲(しののめ)》。

 

 その炸裂に合わせてリーファがコボルドロードへ到達、ユウキのものと似ている形状の片手剣に光を宿らせる。

 

 

「たあああああッ!!」

 

 

 クラインとは大違いの、凛とした咆哮と共にリーファはコボルドロードの周囲を回るように四回水平に斬り付け、俯瞰すれば四角形となる剣閃を描いた。

 

 高出力四連続攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。

 

 違う武器を使う二人による二種類のソードスキルの炸裂を確認したその時、俺はコボルドロードの許へ到達することに成功。そのまま二人と攻守交代を意味する《スイッチ》の号令をかけ、二人が前線から離れたのを見計らって両手の剣に光を宿らせ、コボルドロードに突進しながら六回程斬り付ける。

 

 六連続攻撃二刀流ソードスキル《デュアル・リベレーション》。

 

 コボルドロードの身体にそれがしっかりと刻み込まれると、確かな手ごたえがが返ってきた。にもかかわらず、コボルドロードの《HPバー》は余り減少せず、これまでのようなダメージを与える事が出来ていなかった。

 

 それは俺より先にソードスキルを放ったクラインとリーファも感じたようで、ソードスキル後の硬直から解かれた俺が後退したその時に、言葉を発した。

 

 

「おいおい、どうなってんだよ!? 全然ダメージが入ってねぇぞ!?」

 

「ソードスキルが効かないなんて……こいつ、何なの!?」

 

 

 周囲に届けられる二人の声を耳にしながら、俺は身構えつつ思考を巡らせる。

 

 

 ソードスキルはプレイヤーが敵モンスターに大ダメージを与えられる必殺技であり、基本的にボスモンスターが相手であろうとしっかりとしたダメージを喰らわせられる。

 

 そしてその時には今のような手ごたえが返ってくるのだが、そうであったとしても与えられたダメージがいまいちだというのであれば、あのコボルドロードには何か仕掛けのようなものがあるという事だろう。その原因、もしくはあのコボルドロードの特徴を掴まない限りは有効なダメージを与える事が出来ず、こちらがジリ貧になるだけだ。

 

 そういった特徴を持つボスモンスターは、《SAO》にも《ALO》にもたくさんいた。そして、そのどれもが弱点と言えるものと、それを外部に晒してしまう要因を抱えていた。

 

 これまでの戦いから考えるに、コボルドロードには弱点があり、何かしらの要因でそれを晒すようになっているはずだ。

 

 

(……)

 

 

 それを模索するのと同時に、俺は自分の《HPバー》に視線を向ける。

 

 コボルドロードに攻撃されてはいるが、それを諸に受けてしまう事はなかったため、未だに残量が右の枠に張り付いているそのゲージの下にあるのは《HPバー》の真逆の、ほぼ空っぽになっているゲージ。《ALO》には存在しておらず、《SAO》の時にだけ存在していて、当時は人竜一体ゲージと呼んでいた代物。

 

 正式名称を《ビーストゲージ》という、大型モンスターを《使い魔》としている《ビーストテイマー》がもれなく与えられる存在。攻撃する毎に溜まっていき、最大値に達したとき、自身の《使い魔》を元の姿に戻してボスモンスターと戦わせられるものだ。

 

 もしコボルドロードとの戦いが劣勢になるようならば――別にそうでなくても――、俺は《ビーストゲージ》を最大値までためて、リランを狼竜形態へ戻して人竜一体、コボルドロードと戦おうと考えていた。

 

 《SAO》の時にはちょっと攻撃するだけでかなり溜まり、すぐさまリランを元の狼竜形態に戻してボスモンスターと激突させられたけれども、今の俺の《ビーストゲージ》は明らかに溜まりが遅く感じられる。しっかりとコボルドロードに攻撃を仕掛けられたというのに、全く溜まっていないようにしか見えないのだ。

 

 《ビーストゲージ》や《二刀流》が俺だけのものではなく、他のプレイヤーにも与えられるようになった事による調整、もしくは《SA:O》そのもののがまだクローズドベータテストであるが故の調整不足が入ってしまっているのだろうか。

 

 

 いずれにしても、今の調子ではリランとの人竜一体はこの戦いのかなり後になるだろう。その前にコボルドロードにやられるか、それともコボルドロードを倒してしまうか。全くこの戦いの展開が読めない。

 

 しかも俺達には今、プレミアという守るべき存在を抱えてしまっているものだから、戦いの今後が読めないというのは非常に厄介だ。

 

 そう思ったその時だ、体勢を立て直したコボルドロードが大剣を構え直して咆哮した。耳を(つんざ)くような大音量に獣の声に耳を塞いでしまい、誰もが身動きを止める。獣型モンスターの中でも大型のそれがよく使う、一種の拘束攻撃だ。

 

 

 声が収まり、思わずの硬直から解き離れた時には、コボルドロードは衝撃と轟音を立てながら走っていた。向かっている先は俺達の後衛、プレミアを守っている者質が集まっている場所だった。

 

 まだ被弾していないからわからないが、コボルドロードの攻撃力はかなり高いはずだし、そんなものをプレミアが喰らえばひとたまりもないのだけは確かだ。

 

 俺の焦りと同じ思いを抱いていたのか、プレミアを守る者のうちの二人であるアスナとシリカが前方に踊り出し、コボルドロードとプレミアの間に入り込む。

 

 直後、コボルドロードは大剣を両手で持ち、水平斬りを放つ姿勢を作り出した。明らかに力を貯めた後に放つチャージ攻撃の前段階だ。

 

 見越したアスナがプレミアに「下がって」と呼びかけ、更にソードスキルを素早く放とうとしたその瞬間に、コボルドロードは大剣を振り抜き、アスナとシリカを一閃した。

 

 同刻、シリカが前もってパリングの構えを取り、すぐ前方に円形の青色の光のエフェクトを作り出していたが、その出力を遥かに上回る威力がコボルドロードの攻撃だった。

 

 シリカのパリングは容易く破られ、アスナと共に後方へ吹っ飛ばされる。アスナもソードスキルでカウンターしようとしていたが、間に合わなかったのだ。二人は一秒ほど宙に舞ってから地面へ激突し、《HPバー》の残量を黄色になるまで減らした。

 

 

「アスナ、シリカッ!!」

 

 

 同じくプレミアの傍についていたイリスが二人に呼びかけつつ、プレミアの前方へ立ち回り、長剣に近しい形状の刀を構えた。

 

 《SAO》の時には見れなかった、しっかりと地に足をつけて、モンスター相手に身構えるイリス。その姿に珍しさを感じてしまっていた直後、コボルドロードは再度大剣を構えなおしてイリスに狙いをつける。

 

 ソードスキルを使ったならば硬直が入るだろうが、そうではないコボルドロードはすぐさま次の攻撃態勢に入り、イリスに向けて大剣を振りかぶる。

 

 元よりあまり防御力が高いわけじゃないのもあるけれども、アスナとシリカの最大値だった《HPバー》を黄色になるまで減らすくらいの威力を持っているコボルドロードの攻撃が降りかかろうとしている。

 

 拙い、あのままでは二人とも――そう俺が思ったその時だ。大剣を振り上げていたコボルドロードの構えが突然崩れた。

 

 その足元を見てみれば、中衛を受け持っていたエギルとフィリアがコボルドロードの足元に潜り込み、攻撃を仕掛けていたのが分かった。直後、エギルの構える両手斧、フィリアの手に持たれる短剣の刃に光が宿される。

 

 

「これでどうだッ!!」

 

「喰らいなさいッ!!」

 

 

 咆哮に近しい掛け声を出してから、エギルは光を纏う両手斧を素早く、尚且つ力強く振るって、縦方向、水平に五回連続で斬り付け、続けてフィリアが短剣を躍らせるように振るい、無限大の記号を描くようにコボルドロードを斬り(さば)く。

 

 五連続攻撃両手斧《クレセント・アバランシュ》。

 

 高出力五連続攻撃短剣ソードスキル《インフィニット》。

 

 二人の不意打ちに近しい攻撃とソードスキルはコボルドロードの両足にそれぞれ炸裂。足元は死角になっているのだろう、コボルドロードは不意を突かれたように悲鳴を上げて構えを崩し、そのまま(ひざまず)いた。

 

 

「……あ!」

 

 

 その時に、俺はコボルドロードの腹部に光るものがある事に気付いて注目する。コボルドロードの腹部は他の部位と同じように鎧に覆われているのだが、腹部を覆う鎧の中央部には怪しく光る赤い宝玉のようなものが埋め込まれているのだ。それが今、強い光を放っているのだけれども、その光景はどこか不自然に感じられる。

 

 俺の代わりにそれを調べようと思ったのか、プレミアの前に立ち塞がっていたイリスが一旦プレミアより離れ、コボルドロードへと飛び込んだ。俺が不自然さを抱いた宝玉に狙いを定めると、イリスは刀に光を宿らせた。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 いつものような特徴的なものではない掛け声と共に、イリスはその場で横上方向からの縦斬りを放ち、三回連続でコボルドロードの腹部の宝玉を斬り付けた。

 

 三連続重攻撃刀ソードスキル《羅刹》。

 

 最後の一撃が振り下ろされ、綺麗な縦方向のダメージエフェクトがコボルドロードの宝玉に付けられた次の瞬間、それまでソードスキルを受けても悲鳴一つ上げなかったコボルドロードが大きな悲鳴を上げ、あまり減ることのなかった《HPバー》が目に見えて減った。

 

 その光景を目にしていたのだろう、先程ユウキと共にソードスキルをお見舞いしたカイムが反応を示すように呟く。

 

 

「今のって!」

 

「あぁ、間違いない。そいつの弱点は腹にある宝玉だ!」

 

 

 俺の声が周囲に届けられると、跪いていたコボルドロードはついに立ち上がり、思い切りバックステップして後方へ下がった。どぉんという轟音と共に地響きが起こり、地震が起きたような揺れが足元に広がるが、誰も姿勢を崩したりはしない。

 

 

「キリト、あいつの弱点はあそこだな!?」

 

 

 駆けつけてきたリランに頷くが、同時に俺は歯を食いしばった。コボルドロードの身長は狼竜形態となったリランの全高とを超えており、腹部の宝玉の位置もまた地上から三メートルほど離れた場所に位置している。《ALO》で(はね)を広げて飛び上がればいくらでも届くけれども、この《SA:O》では不可能だ。

 

 ジャンプ攻撃をしようにも、そのジャンプの間に叩き落される可能性のほうが高そうだし、そもそもジャンプ中に出来るのは攻撃だけで、ソードスキルは地に足を付けていなければ発動出来ない。通常状態のコボルドロードの宝玉に大きなダメージを与えるのは難しそうだ。

 

 コボルドロードの弱点を突くには、コボルドロードの足に集中攻撃を仕掛けて跪かせ、弱点を地上へ近付けるのだ。頭の中で作戦を練り上げ、俺は皆に大声で伝える。 

 

 

「皆、あいつの弱点は腹の宝玉だ。まず最初にあいつの足に攻撃を仕掛けて体勢を崩させるんだ。宝玉が下りて来次第、一斉に攻撃を仕掛けてやれ!」

 

 

 本来ならばディアベルが出すべきであろう指示は皆にしかと伝わり、皆の構え方が変わる。その頃、ダメージを受けていたアスナとシリカの許へ駆けつけていたのがプレミアだ。プレミアは起き上がろうとしている二人のところへ行き、声をかける。

 

 

「二人とも、今回復します」

 

 

 その一言の直後、プレミアは細剣を掲げた。その瞬間、プレミアを中心に緑色の光を放つ魔法陣のようなものが展開される。その中にいたアスナとシリカの身体に緑の光が集まり、更に強く発光すると、黄色に変色するまでの残量となっていた二人の《HPバー》が最大値まで回復した。

 

 範囲回復スキル《ヒーリング・サークル》。

 

 ヒーラーのスキルを高めていなくても使う事の出来るそれだが、プレミアが使ってくれるとは思ってみなかったのだろう、アスナとシリカは全回復の後に、驚きながらプレミアに向き直る。

 

 

「プレミアちゃん……あなた……!」

 

「危なくなったら回復するというのが戦い方でした。もしかして、まだ使う必要はありませんでしたか」

 

「ううん、ありがとうプレミアちゃん! 助かったよ!」

 

 

 シリカに続けてアスナが笑むと、同じようにプレミアも笑んで見せた。

 

 てっきりまだ戦力にならないと思っていたが、プレミアは戦えるし、支援もできる。ちゃんと戦力になるのだ。無意識のうちにそれを証明してくれているようなその様子に心強さを感じ、俺は再度コボルドロードへと向き直る。

 

 

 その頃、コボルドロードは完全に体勢を立て直していた。弱点さえわかってしまえば、ボスモンスターとの戦いなど途方もないものでもない。今の作戦で戦えば、勝てる。確信を抱いた俺は、仲間達に呼びかける。

 

 

「皆、もう一度行くぞ!!」

 

 

 俺の指示がもう一度響き渡ると、前衛の仲間達がコボルドロードへ突撃を開始し、俺もまたその中の一人となって飛び込んだ。

 

 その時にはコボルドロードの取り巻きと思われる、城の中を警備していたコボルド達と同じ装備を着こんだコボルド達が出てくるようになっていた。




 プレミアは戦力になる。

 そして次回、ある異変が起きるかも。

 いずれにしても、これほど時間をかけるつもりはありませんので、乞うご期待。

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