キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 これを書いている間、インフルエンザになっておりました。

 それが治った今、アイングラウンド編第一章第十三話をお送りします。

 それではどうぞ!





13:降臨する白き狼竜 ―古城主との戦い―

           ◇◇◇

 

 

 リューストリア大草原 アークタリアム城 玉座前

 

 

 俺達のレイドボス戦は続いている。

 

 敵の名は《ヴァイス・ザ・コボルドロード》。これまで《SAO》、《ALO》で戦ってきた俺達がこの地《SA:O》で再び戦う事となった、三種類目のコボルドロード。

 

 そのコボルドロードとの戦いは少しだけ長引いてきていた。このコボルドロードそのものが、弱点が高い位置にあり、両足に大きなダメージを与えない限り弱点に攻撃できないという仕様になっている事と、取り巻きのコボルド兵達が出現して、コボルドロードに攻撃するのが少し難しくなった事が、この戦いの長期化を招いた。

 

 だが、長期戦になっているけれども、苦戦しているのかと言われたらそうではなく、寧ろ俺達の方が善戦している。少しずつではあるけれども、コボルドロードにしっかりとダメージを与え、やってくるコボルド兵達も次々と撃破していた。

 

 《SAO》の第一層の時だったら、コボルド兵が出てきた時点で陣が崩されていたかもしれないけれど、今の俺達はどの場面にも確実に対応して戦いを進めている。その皆の戦い方と、それが生み出す戦況そのものが俺達の成長と戦いの経験を物語っていた。

 

 飛んでくるコボルドロード、およびコボルド兵の攻撃に怯む事は一切なく、時折パリングなどで弾き返して見せるくらいの余裕さを見せつける仲間達の中に加わるような――もしくは続く――形で俺もまた戦闘を繰り広げ、リランの力を開放させるためのゲージである《ビーストゲージ》の蓄積を行っている。

 

 やはり《SA:O》に場所が移って仕様が変更されたのが大きな原因なのだろう、《HPバー》の下に存在する《ビーストゲージ》の溜まり具合は《SAO》の時と比べてかなり悪く、コボルドロードの《HPバー》の色が黄色に変色した今の段階でようやく最大値になろうとしているくらいだ。

 

 もし戦い方がもう少し悪かったならば、コボルドロードが倒されたその時に最大値に到達していたなどという事になっていただろう。この世界では《ドラゴンテイマー》などの大型の《使い魔》を使う《ビーストテイマー》はあまり優遇されていないのかもしれない。

 

 けれども、《ビーストゲージ》をため切った時のリランの力は絶大だから、攻略に役立つというのだけは変わらないはずだ。そう思いつつ剣を振るい、俺はコボルドロードの元へと向かう。この戦いが中期に入ってから、コボルドロードの周囲にコボルド兵達が無限にリポップするようになったが、俺の元へはやってこない。

 

 シノンを中心とした中衛グループがコボルド兵達を抑え込み、コボルドロードへ攻撃するべく向かう者達の道を開けてくれている。他のパーティならばコボルド兵達の妨害に四苦八苦する事だろうが、それに苦戦しない俺達は伊達に修羅場を潜り抜けてきたわけではないという事なのだろう。

 

 歴戦の戦士達とも言える皆が作り出してくれた道を走り抜け、ついに俺はコボルドロードの元へ到着し、接敵する。同刻、タンクの役割を請け負いながら前衛を務めているリランと、《ALO》の時と打って変わって前衛へ出ているカイムがコボルドロードを取り囲む形で接近していた。

 

 頭上に表示されている《HPバー》が黄色になっているのは、モンスター達にとっては生命の危機を意味する。それを理解しているかのようにコボルドロードは咆哮してきたが、音量は一番最初付近で聞いたそれよりも小さく、耳を塞ぐものでさえなかった。

 

 コボルドロードはそこから間髪入れずに大剣を構え、水平斬りを放つような姿勢を作った後に動きを止める。力をためて解き放つ、所謂溜め斬りというやつだ。構えの大きさと姿勢から考えるに、ただの水平斬りではなく、取り囲む俺達を一網打尽にする回転斬りだろう。

 

 

「回転斬りが来るぞ!」

 

 

 察して指示を発すると、最初にカイムがバックステップして距離を取り、続けて俺も後方にステップ、コボルドロードの攻撃範囲から脱する。だが、その時でもリランはコボルドロードの攻撃範囲から離れずに、コボルドロードをじっと観察しているだけとなっていた。

 

 一体何をするつもりか――そう心の中で思ったその時だ、リランは突如としてコボルドロードと同じような姿勢を作り、その手に握る大剣に光を宿らせる。まもなくリランが回転を伴った水平斬りを放ったのと同時にコボルドロードもまた回転斬りを放ち、両者の大剣の刃がぶつかり合った。

 

 がきぃんという鋭い金属音と共に両者の間に火花が散り、周囲が一瞬だけ赤く染まったその直後、コボルドロードの大剣の方が弾かれて、コボルドロードは大きく仰け反る。

 

 リランが放ったのは範囲攻撃両手剣ソードスキル《サイクロン》だが、それを相手の攻撃に合わせて放つ事で相手の武器に己の武器をぶつけ、攻撃を弾き返したのだ。

 

 パリングを使わないパリングという、如何にもAIであるリランだからこそできる高度な技に一瞬驚いたが、すぐさまコボルドロードに隙が出来ている事に気付いて我に返り、カイムと共にコボルドロードへ再度接近。隙だらけになった両足に狙いを定め、両手に握る剣に光を宿らせる。

 

 

「はあああああッ!!」

 

「やあああああッ!!」

 

 

 《ALO》のレイドボス戦の時のように二人で咆哮しながら、カイムは手に握る刀で獲物に襲い掛かる鷲を思い起こさせるような鋭い連撃を放ち、コボルドロードの右足を九回連続で斬り刻んだ。それに続く形で俺も、赤い光を纏う両手の剣で叩き付けるようにコボルドロードの左足を八回連続で斬り捌く。

 

 九連続攻撃刀ソードスキル《鷲羽》、八連続重攻撃二刀流ソードスキル《ナイトメア・レイン》。

 

 二種類の武器から織りなされるソードスキルは確実にコボルドロードの《HPバー》、両足の耐久値をも削り取った。だが、それでもダウンする程のものではなかったらしく、俺達の硬直が終わって後退した頃でも、コボルドロードは跪くような事はなかった。

 

 

 しかし、その時俺は自信の《HPバー》の下で変化が起きたを見逃さなかった。

 

 俺のように強い大型の《使い魔》を使役する《ビーストテイマー》に漏れなく適応され、ボス戦時に溜め切らないと《使い魔》の力を開放出来ないようになっている、ある種の制限である《ビーストゲージ》の中身、青色のゲージが右端に到達したのだ。

 

 《SAO》の時ならば既に発動出来ている頃合いだから、かなり遅い方になるけれども、ようやくその時が来たという事に違いはない。俺は咄嗟にコボルドロードではなく、前衛を陣取ってコボルドロードの動きを見ている、金髪と狼耳、尻尾が特徴的な少女に目を向ける。

 

 《SAO》の時と違って人狼の姿を得ている相棒だが、俺の《ビーストゲージ》と連動している部分があるというのだけは変わっていないのだろう、その身体が青い炎のようなオーラに包み込まれていた。

 

 

「リラン、いけるぞ!」

 

「ようやくその時が来たか。待ちくたびれたぞ」

 

 

 リランは不敵に笑うなり、俺の元へと駆け寄ってきた。リランもリランで、俺が《ビーストゲージ》をため切る瞬間を待ちわびていたのは確かのようで、走ってくる時の様子はどこか嬉しさを交えたようなものだった。

 

 だが、その時俺の元へやってきていたのはリランだけではなく、コボルドロードの取り巻きであるコボルド兵達も一緒だった。恐らくリランにタゲを向けていた個体なのであろう。

 

 しかし、俺は特に気にせずにリランを見つめ、大きく息を吸い――

 

 

「リラン――――――ッ!!!」

 

 

 腹の底に溜めた空気を全て吐き出すように咆哮した。声が玉座の間全体に木霊し、周りの皆の注目が集まったその時、リランの身体が強烈な閃光を放った。

 

 あまりに強い光なものだから、俺は咄嗟に目を腕で庇い、他の皆も同じように腕で目を覆ったりして、光の直視を防ぐ。周囲が一瞬のうちに白色に包み込まれていき、やがて同じく一瞬のうちに止んだ。

 

 

 その頃に目を戻してみれば、俺とコボルドロードの間に、一匹の巨大なドラゴンの姿。

 

 全長十メートルを軽く超えている全身を白金色の毛に包み込み、四肢の先端には剣のように鋭い爪。頭部より金色の鬣を、背中から天使のそれを思わせる巨大な翼を、額に聖剣のような一本角を生やしている、狼の輪郭が特徴的な竜。

 

 《SAO》の時から何度も俺を助けてくれて、俺のために戦い続けてくれている《使い魔》であるリランの本来の姿といえるもの、《リラン・ザ・ソードウルフドラゴン》の具現。

 

 俺達を、俺を支えてきた守護神の到来だ。

 

 

 その瞬間を目の当たりにするなり、仲間達の方から歓声にも似た声が上がり、俺はすぐさまその項へと飛び乗る。

 

 視界が一気に高い位置まで昇り、世界が一気に小さくなって、目の高さがコボルドロードのものの位置とほとんど同じになった。

 

 《SA:O》に来てから、リランはすでに何度かフィールドでこの姿となっているが、本格的なボス戦でこの姿になったのはこれが初めてだ。ボス戦で人竜一体をした時はさぞかし気持ちがいいだろうと思っていたが、その考えはほとんど外れておらず、リランの項に跨っているだけで気持ちが昂ってくる。

 

 

「リラン、ようやくだな。気分はどうだ」

 

《最高だ。ようやくまっとうなボス戦でこうなれたのだからな。この時を待ちわびていたぞ》

 

 

 頭の中に響いてくる《声》。その声色は《SAO》の時、《ALO》の時からずっと聞いている初老女性のもの。俺の《使い魔》としての姿の時のリランの《声》がちゃんと頭に届いて来た事にさえ喜びを覚え、俺は片方の剣を鞘に仕舞い込んでリランの剛毛を掴む。同刻、身体の下にあるリランの筋肉が強く締まり、毛が逆立ったのを感じ取る。

 

 完全な戦闘態勢を取ったリランは、その姿勢のまま真っ直ぐ直線方向を見ていた。そこにいるのはリランと同じくらいの体長を持ち、黒い鎧を着込んだうえで大剣を装備した、コボルドの王。その目は赤く、爛々(らんらん)と光っているけれども、その赤の美しさはリランの目に決して(かな)わない。

 

 その美しくない赤い目の中に、自分の支配する王城、それも玉座の間に突如として踏み込んできた狼竜の姿を入れるなり、コボルドロードは咆哮する。それに対抗する形でリランが咆哮すると、コボルドロードは轟音と震動を立てながらリランへと迫ってきた。

 

 やはり巨大な生物同士であるという事が影響しているのか、コボルドロードは三秒も経たないうちにリランの元へ辿り着き、大剣を振り被る。そして豪快に刃が振り下ろされたその瞬間、リランは床を蹴り上げてステップ。迫りくる刃を回避しつつコボルドロードの側面へと回り込んで見せた。

 

 

 俺達の現在地である玉座の間だが、コボルドロードとの戦いの場所として作られているためか、かなり広めだ。だが、それはあくまで俺達人間の大きさから見た場合であり、リランやコボルドロードからすれば窮屈に思えるくらいの広さしかない。

 

 もしリランが大きく移動したり、回避したりしようものならば、壁に突っ込んでダメージを受けてしまうだろう。それを既に理解していたからこそ、リランは側面へ回避する事を選んだのだ。何もいない空間に向かって振り下ろされたコボルドロードの大剣は床を砕き、地表をひっくり返して突き刺さる。

 

 どれほどの力が込められていたのか、大剣は深々と床の下の地面へ刺さってしまい、コボルドロードは焦ったように大剣を抜こうとしているような動作に入ってしまった。

 

 絶好のチャンスを掴んだリランは俺の指示を受けるまでもなく身構え、力を溜め込むような姿勢を作る。そしてコボルドロードが大剣を引き抜いたのと同時にリランはコボルドロードへ突進、渾身のタックルをお見舞いした。

 

 コボルドロードの身体は分厚い鎧に守られているが、流石にリランの突進攻撃や角、爪による攻撃を弾く程の強度は持ち合わせていないのだろう、リランが突進の際に突き出した角はコボルドロードの鎧を易々と貫き、その横腹に突き立てられる。予想外の一撃を喰らったかのような声を上げ、コボルドロードは姿勢を崩してよろめき、すぐに後退した。《HPバー》は既に最後の一本へ突入して、色も赤色に変色している。

 

 

 リランの力を開放するのは容易い事ではなくなったが、その代わりリランなどの大型の《使い魔》の力を開放した場合、大きなダメージをボスに与えられる事が出来るようになっているようだ。《ビーストゲージ》というものは、もしかしたら《ビーストテイマー》の必殺技を使うためのゲージのようなものなのかもしれない。

 

 ようやく仕様が腑に落ちたような気になっていると、眼前のコボルドロードはもう一度咆哮した――かと思えば、コボルドロードは突然両足に力を籠めるような動作をし、そのまま大ジャンプ。天井に空いた大きな穴の中に飛び上がっていった。思い切り飛び上がった後に急落下し、広範囲に震動と衝撃波を飛ばして攻撃する、ジャンプ攻撃だ。

 

 

「まだそんな攻撃手段を持ってたか」

 

《だが、それが効く我らではあるまい》

 

 

 リランの《声》を受け取るなり、俺はリランの項にしっかりと掴まる。直後、リランは四肢に力を込め、解放させて大ジャンプ。すぐさま肩から生える巨大な翼を思い切り羽ばたかせて急上昇を開始した。

 

 台風並みの暴風が吹きつけてきて目が開けられなくなり、ようやく開けた時に見えたのは最大高度に到達したコボルドロードの、驚いているような顔だった。

 

 考える事は基本的にできないAIを搭載しているにしても、リランが地上からついてきたのは驚くべき事態だったのだろう。それに思わずニヤリと笑ってしまった直後、同じように――あるいは獰猛に――笑ったであろうリランはコボルドロードへ飛び掛かり、四肢でその身体をがっちりと固めると、コボルドロードを下にしたまま急速落下を開始した。

 

 無重力空間にいるような感覚と、下から勢いよく吹いてくる暴風に耐える事三秒程で、コボルドロードを下にしたリランは地面へ激突。

 

 二体の巨大生物が一度に落ちた事によって床、その下の地面が捲れ上がり、爆発にも似た轟音と風、衝撃が玉座の間全域に吹き荒ぶ。それをリランの毛に掴まる事で耐えきった頃、コボルドロードは数発食らわせれば終わるくらいに、《HPバー》を減少させた状態で、仰向けになって倒れていた。リランの攻撃ならば、あと一撃で終わらせる事が出来るだろう。

 

 

「リラン、このまま止めを……――ッ!?」

 

 

 指示を出そうとした次の瞬間、急にリランの身体が白い光に包み込まれ、なくなった。突然宙に放り投げられたものだから、一瞬焦ってしまったものの、俺は地面へ激突する寸前で受け身を取って無事着地。

 

 すぐさまリランの居た方へ向き直ってみれば、巨大な白き狼竜ではなく、白金色の狼耳と尻尾を生やし、両手剣を背負っている一人の少女の姿が認められた。

 

 しかも少女は激しい運動をした後であるかのように息を切らしているような有様だ。更に目を凝らして見てみれば、自分の《HPバー》の下にある、満タンになっていた青色のゲージが空になっているのが分かった。

 

 《ビーストゲージ》を使い切ってしまったために、リランが人狼の姿へ戻ってしまったらしい。

 

 もしこれがボスに攻撃を仕掛けている最中だったならば、一方的に攻撃されてしまうような最悪の事態だったかもしれないが、今はコボルドロードがダウンし、身動きが取れなくなっているような状態であり、尚且つ《HPバー》も残り僅か。

 

 腹の弱点を狙わなくとも、全員で攻撃を仕掛ければそのまま倒せるような状態だった。見逃さなかった俺は剣を抜き払いつつ、皆に叫んだ。

 

 

「全員、全力攻撃ッ!!!」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに仲間達は咆哮し、前衛中衛後衛の立ち位置を気にする事なく突撃を開始。その中に俺も混ざり、倒れたコボルドロードをぐるりと取り囲み、一斉にソードスキルを放った。

 

 二刀流、片手剣、細剣、刀、両手剣、両手斧、槍、片手棍、短剣といった多種多様な武器による様々なソードスキルが容赦なくコボルドロードに襲い掛かり、虹色の光の大爆発を引き起こす。だが、やはり弱点以外を攻撃したのが影響したのか、それでも尚コボルドロードの《HPバー》を削り切る事は出来なかった。

 

 ソードスキル発動後の硬直を強いられる俺達を横目にしながらコボルドロードが上体を起こす。恐らく次の瞬間にソードスキルでも大回転攻撃でも放つつもりなのだろう。

 

 

 コボルドロードの攻撃が来るのが先か、皆が硬直から解かれるのが先か。その結末を目の当たりにしようとしたその時だ。俺の横を何かが通り過ぎて行った。それもかなり静かに。

 

 

 今のは一体――思いつつ前方へ視線を向けたそこで、俺は思わず驚きの声を上げた。立ち上がる寸前のコボルドロードのすぐ近くに、紺色がかった黒髪をショートヘアにしている、ゆったりとした服装を纏ったうえで細剣を構える小柄な少女。俺達が守るべきNPCの少女、プレミアだった。

 

 

「プレミア!?」

 

「プレミアちゃん!?」

 

 

 プレミアには前に出るなと言っておいたから、後衛から動く事はなかった。そのプレミアが出てくるとは思ってもみなかったのだろう、皆が驚きの声を上げるなり、プレミアは得物である細剣に光を宿らせ、渾身の突きを放った。

 

 

「……はぁッ!!」

 

 

 静かではあるけれどもしっかりと芯のある声と共に、細剣の刃先は一瞬にも満たない時間でコボルドロードの身体へ突き刺さった。

 

 一撃だけだが、目にもとまらぬ速さで繰り出す事の出来る、単発攻撃細剣ソードスキル《リニアー》。

 

 その発動に伴う形で細剣の光が消え失せたその時、一ドットだけになっていたコボルドロードの《HPバー》は残量をすべて失い、消滅。

 

 コボルドロードは細く高く吼え、途中で声を途切れさせて硬直すると、全身を水色の光に包み込ませた。それから二秒程経った頃、コボルドロードの身体は大爆発。幾戦幾万のポリゴン片となって消えていった。

 

 城主を失った玉座の間に静寂が取り戻され、風の音だけが聞こえてくるようになった中、俺達の誰もが言葉を出す事が出来ず、プレミアを見ているだけだった。

 

 その静寂は少し上空に出現した《Congratulations!!》という、ボスを撃破した事を称える単語と効果音によって終わりを告げ、間もなくプレミアがウインドウを操作するような仕草を始める。

 

 《SAO》やA()L()O()ではラストアタックボーナスという、ボスに止めを刺したプレイヤーに特殊なアイテムなどが譲与されるシステムが存在していたが、どうやら《SA:O》でもそれは変わっていなかったらしい。

 

 そして今のコボルドロードに止めを刺したのはプレミアなので、ラストアタックボーナスをプレミアが手にしたのだろう。だが、まさかそれがAINPC達にも適応されているとは思っても見ず、俺も皆もきょとんとしたまま動く事が出来なかった。

 

 その中でプレミアはウインドウを閉じる動作の後に皆を見回してから、俺の元へと静かにやってきた。

 

 

「キリト、戦いは終わったのですか」

 

「え? あ、あぁそうだよ。君がボスに止めを刺してくれたおかげで、俺達の勝ちで終わったんだよ」

 

 

 そう言うと、皆の方からも「終わったね」「俺達の勝ちだ」「なんとかなったか」などの喜びと安堵、労いの声が聞こえ始める。それを見てプレミアもまた、どこか安心したような顔をする。

 

 

「わたし達の勝ちで終わったのですね。良かったです」

 

「けれど、よくあそこで飛び込む気になったな、プレミア。君には後衛に居てくれって指示してたんだけど」

 

「キリトが全員全力攻撃と指示を出したので、わたしもその中に加わる事にしたんです」

 

 

 俺は思わずあぁと言ってしまう。確かにコボルドロードがリランの攻撃を受けてダウンした時、俺は皆に一斉攻撃を命令した。それはプレミア以外の全員に向けて言ったつもりだったのだが、どうやらプレミアも新たな指示が来たと思い、実行してしまったらしい。

 

 あまりに愚直な理由に苦笑いしていると、後方から聞こえてくる声。戦闘中にずっとプレミアを守って戦っていたアスナが傍にやって来ていた。よく見れば、その隣にはリズベットとシリカの姿もある。

 

 

「プレミアちゃん、ナイスファイトだったよ。まさかあそこで飛び出していくなんてね」

 

「ボスに止めを刺しちゃうなんて、意外と大した事をするものね、あんた」

 

「プレミアちゃん、大丈夫だった? 怪我してない?」

 

 

 向き直ったプレミアは頷き、三人に呼応するように言葉を紡ぐ。

 

 

「わたしは大丈夫です。皆こそ、大丈夫でしたか」

 

「わたし達は元から大丈夫だよ。けれどプレミアちゃん、今のは正直危なかったと思うな」

 

 

 急に眉を八の時にしたアスナにプレミアは首を傾げる。

 

 アスナが言いたいのはコボルドロードに止めを刺した瞬間の事だ。プレミアが最後の一撃を放ったからどうにかなったわけだけども、あの時はコボルドロードが立ち上がる直前だったし、少し遅れていればコボルドロードの攻撃が飛んできていたかもしれない。プレミアの攻撃は危険と隣り合わせだった。

 

 アスナに付け加えるように俺はプレミアに話しかける。

 

 

「確かにプレミアには助けられたよ。けれどなプレミア。あの時ボスは俺達に攻撃をするつもりだったんだ。もう少し遅かったら俺達は勿論、守らなきゃいけない君まで巻き込まれてるところだったんだ」

 

 

 言葉の意味が理解できたのか、プレミアの顔が徐々に不安そうなものへ変わっていく。

 

 

「……もしかして、わたしの行動は間違っていたのでしょうか」

 

「そうじゃないけれど……出来れば今後はこういう事は避けてほしいっていうのが俺達の気持ちかな。君はまだ戦い始めたばかりだし、いざとなった時君に危険が及ばないようであってほしいんだ。だからプレミア、あまりに前に出て積極的に戦うようなのは、出来ればやめてくれ」

 

 

 自分の行動を省みているかのように、プレミアは顔に影を落とし、如何にもしょんぼりとしているような仕草をする。

 

 だが、プレミアの一撃がボスを倒した事に違いはないし、何よりプレミアはラストアタックボーナスなんてものまで得た。反省する事はあるけれども、喜ぶべき事もある。

 

 落ち込むプレミアの頭にそっと手を乗せてやると、驚いたようにプレミアが顔を上げてきた。表情はきょとんとしたようなものとなっている。

 

 

「だけど、ナイスだったぜプレミア。ボスに止めを刺せたのは君のおかげだ。そこは誇っていいし、何も全部が全部、君のやった事が間違ってたわけじゃないよ」

 

「そうだよプレミアちゃん。ラストアタックボーナスを貰えたんだから、喜ばなきゃ」

 

 

 散らばっていた皆が集まって来て、そのうちのリーファが笑みかけると、プレミアは少し戸惑っているような顔をした。

 

 

「ラストアタックボーナス? もしかして、今貰えたアイテムがそれなのでしょうか」

 

「そうだよ。これがもらえるっていうのは、ボス戦のMVPを取ったのと同じなんだよ。今回のMVPはプレミアちゃんなんだよ」

 

 

 フィリアが言うなり、プレミアはウインドウを開いて中身を興味深そうに眺める。如何なるアイテムが貰えたのかはわからないけれども、きっとレアな装備品か何かだろう。その価値がわかっているのかどうかは不明だが、皆に褒められているという事は理解できたのだろう、プレミアはウインドウを閉じるなり、笑みを浮かべた。

 

 

「わたしが御手柄だった。そう解釈してよろしいのですね」

 

「うんうん。御手柄だったよ、プレミア」

 

 

 ストレアが言った後に続いて皆が次々とプレミアを褒める言葉を送ると、プレミアはより一層笑みを強くした。

 

 最初は冷たい機械のような無機質さを感じさせる少女であったプレミアだが、徐々に暖かさを持つ少女へと変わっているような気がする。プレミアは学習し、成長していくNPCの一体であるという話をイリスから聞いていたが、どうやらそれは真実であったようだ。

 

 それを強く思っていると、肩に何かが乗ってきたような感覚が起きた。向き直ってみれば、シノンがある一点を向きつつ、俺の肩に手を乗せて来ていた。

 

 

「シノン、どうした」

 

「キリト、玉座の間の奥に何かない?」

 

「え?」

 

 

 言われるまま俺はシノンの見つめる方向へ目を向ける。元からそう言う設計になっているのだろう、あちこちぼろぼろの瓦礫の山が点在する玉座の奥に、柱のようなものが立っているのが見えた。

 

 それは黒く、そこら辺にある壁や柱とは明らかに異なっている質感であり、先端が尖っている形状で平たい。そして中央付近には金色の光で構成された紋様が刻み込まれている。どちらかと言えば柱というよりも石碑に近しかった。それが四つ、規則正しく並んでいるのが見える。

 

 コボルドロードとの戦いが終わった事によって、新たなる道が開かれたのだろうか。

 

 

「あそこは……?」

 

 

 一体何があるというのだろうか――それを口にするよりも前に、俺の隣に並んできた者がいた。事実上コボルドロードに止めを刺し、あそこへの道を開いた張本人である少女、プレミアであった。プレミアは今、石碑の並んでいる場所をじっと見ていた。

 

 

「プレミア、どうした」

 

「……あそこに……あります」

 

「ある? あるって何がだ」

 

「あります」

 

 

 言ってもプレミアは一言しか言わない。そもそも俺達がここに来たのはエリアボスを倒すためだけではなく、プレミアのクエストがここを指し示していたからだ。エリアボスであるコボルドロードが倒された事によって新たなる道が開かれ、プレミアのクエストもまた進行したのかもしれない。

 

 察した俺は皆に声をかけ、プレミアを守りつつ進む事を指示。皆が頷いてくれたのを確認してから、プレミアの指し示す玉座の間の最奥部へと歩み出した。石碑は四角形を描くような形で設置されており、その中央部には地下へと伸びる階段があった。

 

 

 (あたか)も仕掛けが解除された事によって出現したかのような隠し階段。RPGではお決まりのパターンの一つだが、その最深部に財宝などに該当するレアアイテムが眠っているというのもまたお決まりだ。

 

 その階段の奥をプレミアとそのクエストが指し示しているということは、プレミアのクエストに関連するアイテムが存在している場所へ繋がっている事の証明に他ならない。

 

 しかし、そう言った隠し階段の奥の財宝には、番人が付き物だ。エリアボスを倒したばかりだけれども、それとは別のボスモンスターが待ち受けている可能性も十二分にある。

 

 その存在に十分に気を付けるよう伝えると、皆少しだけ気を引き締めて階段を降り始めた。

 

 

 


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