キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 彼の者に異変が発生。そして同時に?

 アイングラウンド編第一章第十四話、どうぞ!





14:Violent Dynasty ―《黒の竜剣士》の戦い―

           ◇◇◇

 

 

 底が見えないくらいの長さとなっているであろう階段を下りていくと、すぐさま洞窟や遺跡の中のように暗くなってきた。

 

 真っ暗というわけではなく、壁に点々と照明が存在しているおかげで足元が見えないという状況になってはいない。もしここで本当に真っ暗になろうものならば、足元が見えなくなってしまい、全員で足を滑らせて最下層まで転がり落ちる事となっただろう。

 

 そこまで非良心的な設計になっていなかった階段に感謝しながら降りる事数分後、俺達は階段の最下層まで辿り着いた。

 

 

 広がっていたのは、先程コボルドロードと戦った玉座の間ほどの大きさを持つ、不思議な場所だった。天井も壁も、床さえも黒い石で作られており、壁には地下へ通ずる階段の前にあった金色の光る文様を持つ石碑と同じものがいくつも並び立っている。まるで何かの儀式をするために作られた神殿、祭壇のようだ。

 

 階段を下りてくる際、アークタリアム城の二階から一階へ降りる際の段数は越えていた。どうやらここはアークタリアム城の地下に存在するエリアであるらしい。

 

 

「何ここ……神殿、かな」

 

「なんだかお宝が眠ってそう! どこにあるかなぁー」

 

「城の地下にこんなエリアがあったとはナ。これは高く売れそうな情報だゾ」

 

 

 アスナが不思議そうに、フィリアとアルゴが楽しそうに周囲を見回す。他の仲間達も同じように周囲をきょろきょろと見まわしており、最早俺達全員が同じ行動を取っているような状態だ。

 

 その中で一人だけ、そうしていないのがプレミアだった。ほとんど静止しているに等しいプレミアは、ただ一点をじっと見ており、そこから決して目を放そうとしない。その視線を追う形で目を向けた先は、この神殿と思わしきエリアの最奥部だ。

 

 最奥部には炎が燃え盛る大きな燭台が二つ並んで置かれており、その間には光る物体が置かれている、祭壇のような台があった。

 

 プレミアが目を放そうとしないあたり、あれが何かしらのイベントを起こすための触媒であるに違いない。俺は観光をしているような皆に声をかけ、プレミアと共に最奥部へ進む。

 

 

 辿り着いた祭壇の上に置かれていたのは、光を放つ卵型の石だった。明らかに他のアイテムとは違う、何かしらのイベントを起こすこと間違いなしのアイテム。

 

 その容姿に皆が釘付けになったその時だ。突然プレミアが胸の前で手を組み、目を閉じた。その姿勢はまるで神に祈りを捧げているようなそれだったが、次の瞬間、祭壇に置かれていた石が強い光を放ち始めた。

 

 あまりに突然の事に皆で驚きの声を上げ、シノンが石とプレミアを交互に見ながら言う。

 

 

「石が光ってる……プレミアに反応しているっていうの」

 

「そう見えるな……試しに石を渡してみるか」

 

 

 俺は光る石を手に取り、祈りの姿勢をやめたプレミアへと差し出す。

 

 プレミアがゆっくりと両手で石を乗せたその次の瞬間、卵型の石は放つ光を一層強いものへ変え、さらなる驚きの声を皆へ上げさせた。

 

 

「きゃっ! 光が強くなったわよ!?」

 

「やはりこれは、プレミアに反応しているようだ。ようやくプレミアのクエストに本格的な進展が起こったな」

 

 

 リズベット、リランの順で言い、その他の皆も一斉にプレミアと光る石に注目する。一体プレミアの身に何が起こっているのか、エリアボスを倒した事で何が起きたのか。誰もがその事を気にしたその時、突然イリスが何かに気付いたような声を上げた。

 

 

「あぁー! そういう事か。そういう事だったのか」

 

「イリス先生、何かわかったんですか?」

 

 

 シリカが尋ねるなり、イリスは何かしらの物事を掴んで、納得しているような顔をした。

 

 

「いやね、君達からプレミアとそのクエストの話を聞いてから、プレミアのクエストはどうもおかしいって思ってたんだけど、その謎がようやく解明出来たのさ」

 

 

 一応このゲームの製作者の一人であるイリス。

 

 その話によると、今までのプレミアのクエストはいわばダミークエストと呼ばれるものであり、プレミアはそのダミークエストの番号をずっと参照してしまっていたらしい。

 

 

 この世界のクエストNPC達は全員、クエストデータを参照するための番号を持っており、それを参照することによってクエストを発生させうるのだが、プレミアは初期状態を示すNullとなっていた。

 

 Nullは数値として置き換えられた時にはゼロを示す。そのため、プレミアはずっとゼロ番に設定されたクエストを呼び続けてしまっていたという。

 

 そのゼロ番のクエストに該当するものこそが、プレミアを目的地まで連れて行き、報酬に一コルだけもらうというものだったというのだ。

 

 

 そしてそのクエストは、存在自体はしているけれどもどのクエストNPCが持つ事のない、制作者が仮データとして作り上げたものであるという。

 

 ゲームを制作する際には、細かく作る前に大まかな形の仮データを作っておく事が多々あり、それらをダミーデータと呼称する場合がある。このクエストはそのダミーデータそのものであり、ダミークエストというべき存在であったとイリスが説明するなり、皆が納得したような声を出し、そのうちシリカがさぞかし深々と了解したように言った。

 

 

「なるほど、プレミアちゃんのクエストは進んでいたけれども、ずっとダミークエストだったんですね」

 

 

 イリスがうんうんと頷く。だが、すぐさまその顔は困ったような表情へと変わった。

 

 

「けど、設定というか仕様っていうか、それが(いささ)か面倒になっているね。多分、プレミアが指し示す場所はランダムで、今回ここに連れてくるようプレミアが言ったのも、ここが偶然選ばれたからだろう」

 

「って事は、場合によってはあたし達、プレミアちゃんのダミークエストに延々と付き合わされることになってたかもしれなかったんですか」

 

 

 冷や汗を掻きながら言うリーファに、イリスは頷いて見せた。

 

 俺達がこうしてここに来れたのは、プレミアが――正確にはこの世界のシステムそのものが――たまたまここを場所に選んだから。乱数や変数といった目に見えない数字が偶然この場所を指示したからこそ、プレミアの脱線していたクエストは元の位置に戻ってくる事が出来た。

 

 システムの悪戯(いたずら)、もしくはシステムのもたらした幸運。そのめぐり合わせによってこのイベントが起きたというのには、俺も含めた全員で冷や汗を掻くしなかった。イリスはプレミアを見つつ、更に続ける。

 

 

「このイベントから察するに、ようやくプレミアのクエスト参照番号が本来のものに上書きされて、本来のクエストが起動するようになったんだろう。

 ほとんどのプレイヤーはダミークエストを三回くらいやった時点で放棄する事を選ぶだろうから、プレミアの本来のクエストポイントを参照された君達は素晴らしく運が良いな」

 

 

 確かに運の良さもあったのかもしれないけれども、プレミアのダミークエストの距離を長くしたリランやストレアの働きが一番功を成したと言えるだろう。ほかのプレイヤーならば迷いなく投げ出すような子のクエストを続けてくれた者達に感謝しようと思ったその時に、ユウキがイリスに声をかけた。

 

 

「だけどイリス先生、こうしてプレミアちゃんの本来のクエストが始まったって言ってますけど、それってどんなものなんですか。ちょっとプレミアちゃんを見ているだけじゃわからないような……」

 

「むー……それは私でもお答え致しかねるというか。私はあくまでちょっとだけこのゲームの開発にかかわったくらいで、プレミアのクエストの内容なんてものまでは理解していない。ただ、プレミアのクエストが本来の道筋に戻ったというだけで、これからの事はこれからの事さ」

 

「そうだぜ。プレミアちゃんのクエストがようやく始まったんなら、オレ達でクリアまで導いてやろうじゃねえか!」

 

 

 珍しく皆がクラインの発言に頷く。

 

 今、プレミアは光る石を得た。これまでのクエストの経験から考えるに、このような光る石は他にも存在していて、プレミアのクエストはそれを集めていくという形式になっているのかもしれない。そして今のところ、光る石に関連した伝承のようなものは聞いた事がないし、アルゴも持っていなさそうだ。

 

 完全に何もヒントがない状態での捜索になりそうだが、ヒントがやたら出てくるようなゲームをやるよりも何倍も楽しいものだろう。

 

 

「今手に入れたものみたいな、光る石ってのが怪しいな。各地でそういう伝承とかがないか、探してみようぜ」

 

 

 エギルが言うと、再度皆頷きようやく始まりを迎えたプレミアのクエストにわくわくしているような様子を見せ始めた。

 

 プレミア。その名は始まりという意味を持つ英単語だが、今こそまさに、プレミアという一人の少女が始まったその瞬間であろう。

 

 これからが本番――そう言おうとしたその時、俺は服の裾を引っ張られるような感覚を得た。振り向いてみれば、それまでずっと石を見つめる事に夢中になっていたプレミアが俺のコートの裾を掴んで引っ張っていた。

 

 

「あの、キリト」

 

「ん、どうしたプレミア」

 

「ところで、この石はどうするべきでしょうか。皆が盛り上がっているので聞きそびれていました」

 

 

 その一言に皆で「あぁ」と言ってしまう。確かに今の話は俺達だけで繰り広げてしまっていて、肝心なプレミアを仲間外れにしているような状態だった。その事に気付いた皆が反省の色を見せる中、俺はプレミアの頭の再度手を乗せた。

 

 

「それはプレミアが持っていてくれ。その石は君が触れる事で光った。君が持つべきものっていう意味なんだよ」

 

「そうなのですか。それでは、先程のラストアタックボーナスと一緒に大事にしておきます」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 

 そう言ってやるなり、プレミアはもう一度笑み、それを見た皆が笑顔になる。

 

 ようやく始まりを迎えたプレミア。今のところこの娘は正体不明極まりない存在といえるけれども、そのクエストを進めていく事によって正体が明らかになっていくかもしれない。プレミアの本来の姿とはいかなるものなのか。

 

 それを想像しながら手を離し、プレミアが卵型の石を自分のストレージに仕舞い込んだその時だ、アスナが急に声を出した。

 

 

「あ、そうだわ。フィールドに戻ったら皆でピクニックしない? 皆の分のお弁当を作ってきてたのよ」

 

「あぁ、それはいいわね。丁度イリス先生も居てくれてるわけだし」

 

 

 あまりに急なアスナの提案だったが、シノンに続いて皆「いいね!」「賛成!」などの声を上げていく。

 

 確かに前からリューストリア大草原はピクニックに向いている場所だとは思っていたし、今日ここに来るまでの気象設定も晴れでいい感じだった。それに何より、ボス戦の後なので腹も減っているし、ボス戦のために攻略メンバーの全員が集まっている状態だ。こんな事は滅多にない。

 

 ここは一つ、アスナの提案に乗るべきだろう。

 

 

「よし。プレミアのクエストも無事に進んだし、エリアボスも倒した。フィールドに戻って皆でピクニックしようぜ」

 

 

 ボス戦の前のように皆に指示を言い渡すなり、「おぉー!」という声が皆から返ってきた。誰もがピクニックに行く気満々であるその中で声を上げなかったのが相変わらずプレミアで、首を傾げながら俺に声をかけてきた。

 

 

「キリト、ピクニックというのは」

 

「それは行ったらわかるよ。ほら、プレミアも一緒に行こうぜ」

 

「わかりました。引き続き貴方に付いていく事にしま――」

 

 

 そうプレミアが言いかけたその瞬間だ。突然上から爆発のような音が聞こえてきて、僅かに地面が揺れた。地面だけではなく、この神殿そのものが揺れたようで、壁や天井がミシミシと音を立て、天井からは土ぼこりが落ちてきている。完全にピクニックに向かう気になっていた皆は一斉に静まり返り、やがてフィリアが声を上げた。

 

 

「えっ、何、今の音と揺れ!?」

 

「上から聞こえてきたみたいだけど、何か起きたのかな」

 

 

 カイムが上を見ながら言い、皆も続いて上を見る。

 

 この神殿の上にあるのはコボルドロードの住まう玉座の間であり、ボスエリアだ。もしボス戦が行われていれば、その音や振動がここまで伝わってきてもおかしくはない。

 

 だが、肝心なボスは俺達が倒したばかりのはずだ。この《SA:O》ではボスも早急にリポップするようになっていて、他のプレイヤー達がすぐにボス戦に挑めるようになっているのだろうか。いずれにしても、ひとまずはこの揺れの正体を掴まなければ。

 

 

「皆、行ってみよう」

 

 

 すっかりピクニックに行くつもりから探索に向かうつもりになった皆を連れ、俺は降りてきた階段を上がっていった。

 

 着た時とは逆に徐々に明るくなってくる階段を上がっていったその途中でも、同じように震動と轟音が上方向から何度か聞こえてきた。明らかに何かがこの階段の入り口である、玉座の間で起きている。少なくともいい予感はしない。皆に震動に足を取られないように気を付けるよう言いながら上がっていき、俺自身もプレミアやシノン、リランに気を配りながら更に階段を上っていく。

 

 

 その最後の一段を上り終え、暗がりの階段から出た時に辿り着いたのは、当然のように玉座の間だった。あちこち壁が崩れていて、天井は穴が開いて空が除き、床もまたあちこちが捲れあがったりして地肌が見えており、その上にいくつ瓦礫の山が築かれている。

 

 先程までは俺達がコボルドの王と戦うために利用した戦場であったが、俺達がコボルドの王を倒したため、何もいない廃墟となっていた。そのはずであったというのに、今そこは再び戦場へ姿を変えていた。

 

 地下へ続く階段より少し遠く、俺達が戦っていたその場所に今、再びあのコボルドの王、《ヴァイス・ザ・コボルドロード》が姿を現しており、あの時のように大剣を振り回して戦いを繰り広げている。

 

 どうやら俺達がプレミアのイベントを進めている間に倒されたコボルドロードがイベントごとリポップし、次のプレイヤー達との戦闘を開始したようだ。

 

 

 このゲームをプレイしているのは俺達だけではない。他のプレイヤーも沢山いて、そのプレイヤー達もレイドボスに挑む事が出来るようになっている。

 

 恐らくコボルトロードのようなレイドボスはプレイヤー、もしくはパーティごとに戦えるようになっていて、他のプレイヤーが倒した後でもその他のプレイヤー達がすぐにレイドボス戦を開始出来るようになっているのだろう。先程から伝わってきていた震動と音は、俺達に続いてレイドボス戦を開始したプレイヤー達によるもので、大した事ではなかった。

 

 その事を確認した俺は懐より転移結晶を取り出し、使用しようとしたが、それはシノンによって止められる事となった。

 

 

「ねぇキリト、あそこを見て」

 

 

 そう言うシノンが指し示している場所は、プレイヤー達とコボルドロードが戦っている戦場だった。

 

 この階段への入り口付近は非戦場扱いになっているようで、比較的近い位置にいる俺達にコボルドロードやコボルド達がターゲットを向けてくる様子は見られない。逆に戦場となっている玉座の間の大部分では、プレイヤー達がコボルドロードと戦っている。

 

 ……本当にそれだけで、特にこれといった異変のようなものは見受けられない。

 

 

「あそこ? コボルドロードとプレイヤーがレイドボス戦してるんだろ。それだけじゃないか」

 

「違うわ、よく見て。ボス戦やってるの、レイドパーティじゃないわ」

 

「え?」

 

 

 シノンに言われるまま、皆と一緒になって俺は戦場を観察したが、そこでようやく驚く事となった。

 

 先程まで俺達が戦闘を繰り広げた戦場に人影があり、それにコボルドロードが対峙していたのだが、人影が一つしかない。

 

 コボルドロードはレイドを組んでようやく倒せるような相手であり、ソロプレイヤーでも野良パーティでも組まなければ太刀打ちできない。それなのに、たった一人で挑んでいるのがその人影であり、プレイヤーであった。

 

 

「おいおい、さっきのボスに一人で挑んでる奴がいるぞ!?」

 

「オレ達だって十五人でやっと倒したんだぜ!? それに一人で踏ん張ってるって、どういう事だよ!?」

 

 

 エギルとクラインが驚きの声を上げる。もしかしたら最初から一人で挑んだのではなく、最初は他のプレイヤー達と組んで戦っていたけれども、全員やられてしまって、あのプレイヤー一人だけが残されてしまったのかもしれない。野良パーティや初心者(ニュービー)パーティなどによくみられるケースだ。

 

 だが、いずれにしても十五人ほど集めてようやく勝てるような相手と一人で戦うなど、絶望的な状況この上ない。場合によっては俺達が助けに入る必要もあるだろう。それを皆に伝えようとしたその時に、リランが突然気付いたように指さした。

 

 

「……む。キリト、()()()だ! あれはあいつだぞ!」

 

「何?」

 

 

 その声に従うようにして俺は戦場に目を向けて、人影の正体を掴んで驚く。

 

 

 赤い髪の毛をオールバックの短髪にし、ノースリーブの黒と赤を基調とした戦闘服に身を包んで、魔剣のような風貌の両手剣を背負っている剣士。

 

 忘れもしない、あの時俺達に突然襲い掛かってきた上に悪罵をぶつけてきて、更に自分の《使い魔》に手を上げて魔剣を手にし、他のプレイヤー達から《黒の竜剣士》の異名で呼ばれている男。

 

 名をジェネシスというそれこそが、たった一人でボスに挑んでいるプレイヤーだった。その周囲には《使い魔》だと思われる黒き狼竜――アヌビスの名を持つものの姿もあったが、それは今シリカの肩に止まっている水色の小竜ピナと同等のサイズになってしまっている。SAOの頃のボス戦時の俺とリランのようだ。

 

 

「あいつは、ジェネシス……!」

 

「おっと、あいつも来てたカ。変なめぐり合わせがあったもんだヨ」

 

 

 俺と同時にアルゴが反応を示すと、俺は皆になるべく隠れて様子を見るように言い渡した。それぞれ散らばって瓦礫の山に身を隠してところで、ユウキが俺に尋ねてきた。

 

 

「キリト、あの人は一体?」

 

「あいつはジェネシス。今(ちまた)で《黒の竜剣士》って呼ばれてるプレイヤーだよ」

 

 

 一部を除いた皆から驚きの声が上がり、リーファが更に俺に向けて声をかけてくる。

 

 

「黒の竜剣士って、おにいちゃんがSAOの時に呼ばれてたものだったよね。なんであの人がそう呼ばれてるの」

 

「やり方も態度も黒いから、そんなふうに呼ばれてるのよ。前に襲われた時から思ってたけれど、本当に滅茶苦茶な事をする奴なんだわ」

 

 

 隣にいるシノンが代わりに答えると、皆の注目はコボルドロードと戦うジェネシスへと向けられる。直後、アルゴがジェネシスに注目しつつ、俺に言ってきた。

 

 

「キー坊、さっき言い忘れたが、あいつの戦い方を見ておくといいゾ。この世界の《黒の竜剣士》の有り様をナ」

 

「どういう事だ、それは」

 

「いいから見ておけっテ。あいつの異様極まりない戦いってのヲ……」

 

 

 異様極まりない戦い方――そのアルゴの言葉が一番引っかかった。一体どういう意味なのだろうか。あいつの戦いに何があるというのか。理解できそうにないと思った俺は、とりあえず戦場へ、ジェネシスへと視線を向ける。その時だ。コボルドロードが強く咆吼して大剣を振りかぶり、そのまま勢いよく振り下ろした。

 

 刃が地面に衝突すると、その部分と周辺の床が捲れ上がり、どぉんという轟音と震動が俺達の方まで届いてきた。それ自体は何も俺達に影響がなかったが、問題はジェネシスの方だった。

 

 ジェネシスはソードスキルを使った後だったのか、コボルドロードの攻撃を回避する事が出来ず、まともに喰らってしまっていたのだ。

 

 

「ぐうぅッ!」

 

 

 振り下ろされてきた大剣そのものをもらうことはなかったものの、捲れ上がる地面に巻き込まれて吹っ飛ばされて宙を舞い、そのまま地面へ激突。後方へと転がって行ってしまった。《HPバー》は黄色になっている。

 

 《HPバー》は基本的には赤色になったら危険という意味合いだけれども、ソロプレイの場合は黄色の時点で危険を意味しているに等しい。このままでは回復もままならず、ジェネシスはやられてしまうだろう。

 

 皆の方から戦々恐々とするような声が上がり、特にヒーラーを担当しているアスナが大きな声を出す。

 

 

「キリト君、あの人あのままじゃやられちゃうよ!」

 

「アーさん、落ち着けっテ。そんな事を気にする必要はないんダ」

 

 

 俺の代わりと言わんばかりにアルゴが言うなり、アスナが「え?」と言って首を傾げる。アルゴが視線を再度戦場へ戻したその時だ、俺の隣にいるシノンが驚いたような反応を示した。

 

 

「えっ、あいつ何やってるの!?」

 

 

 シノンの目線の先を見て、誰もが同じように驚いてしまった。《HPバー》が黄色になるくらいのダメージを受けているジェネシスは回復などしておらず、それどころかメニューを開いて何かの操作を行っているのだ。

 

 傍から見れば暢気(のんき)に何をやっているのかと言いたくなるような光景とやり方。何をするつもりでいるというのか、全く読めてこない。そしてジェネシスがメニューを閉じた次の瞬間、ジェネシスは咆吼した。戦闘音に混ざっていたせいで中々聞こえてくる事の無かったジェネシスの声が、しっかりと耳元に届いてくる。

 

 

「時は来た……俺を守りやがれ、アヌビスッ!!!」

 

 

 ジェネシスのはっきりとした宣言の直後、その傍らを飛び回っていた小さな黒き狼竜が赤黒い閃光を発した。

 

 リランのものと違う黒い光は、まるで冥界からもたらされた闇のようであり、瞬く間に戦場を赤と黒の闇の世界に染め上げた。闇が止んだその時、ジェネシスとコボルドロードの間に、それは現れていた。

 

 

 ところどころ金色の装飾のある、漆黒の鎧と毛並みに身を包み、背中から巨大な羽毛の翼を生やし、エジプト神話に登場する冥界の神、アヌビスという名前から想像される存在に酷似した輪郭と耳、角を持つ黒き狼竜。その登場に皆が驚き、コボルドロードも同じように驚いたような反応を示す。

 

 

「あれは、狼竜!?」

 

「黒いリラン!? いや、リランとはまた違うような……何あれ!?」

 

 

 リズベットとフィリアが驚きを隠せないように言葉を漏らし、その他の者達もジェネシスの《使い魔》の出現に驚くしかないようだ。

 

 次の瞬間、本来の姿を取り戻したアヌビスはぎろりとコボルドロードに視線を合わせるなり、そのまま勢いよく飛び掛かった。攻撃方法はリランと同様に爪を利用した切り裂き攻撃、前足による叩き付け攻撃、全身を利用した突進やショルダータックルなどだったが、それのどれもがリランのように知的ではなく、本能のまま暴れ狂う獣のそれであった。

 

 だが、更にリランと決定的に違っているのは、アヌビスの項に《ビーストテイマー》であるジェネシスの姿はないという事だ。アヌビスはジェネシスと人竜一体を果たさないまま暴れ、コボルドロードを押さえつけているだけなのだ。

 

 

 そのジェネシスは何をしているのかというと、アヌビスにコボルドロードを任せているかのように後退し、片手で頭を抱え、身動きを取らなくなってしまった。いや、正確には身動きを取っていなくはなく、軽く痙攣(けいれん)しているように振るえているのだ。

 

 

「なんだ。どうしたんだ、あれは……」

 

 

 以前アヌビスの襲来を受けているディアベルが呟いた次の瞬間、もう一度ジェネシスの声がはっきりと耳元に届いてきた。

 

 

「ぬあああああああ……来たぜぇッ……来た来た来たぁぁぁぁ!!」

 

 

 まるで獣のような咆吼を上げるなり、ジェネシスは何かを開放するような姿勢を作る。その顔は明確に笑っていた。

 

 

「ははははははッ! わかる、わかるぜぇッ、脳に流れ込んでくる感覚がよぉぉ!! この身体中の細胞が沸騰するような気分、最高だぁッ!!!」

 

 

 もはや人が放つものではないと思えるくらいの音量による声に皆が驚き、俺もすぐさまその中の一人となる。アヌビスと交戦を繰り広げるコボルドロードでさえも驚いたようにジェネシスに目を向けているような有様だ。

 

 ジェネシスの異変はそれで終わらなかった。ジェネシスが咆吼した直後、コボルドロードを弾き飛ばしたアヌビスもまた顔を天に向け、突然咆吼したのだ。リランのものと違う、禍々しさを感じさせる獣の咆吼に伴う形でアヌビスの周囲に赤黒い電撃が迸り、アヌビスの声に合わせて天へと昇っていく。

 

 アヌビスとジェネシスを中心にした闇の雷の竜巻が発生し、暴風が俺達のところまで吹き付けてくる。それに耐えるようにして目を戦場へ向け続けていると、やがてアヌビスは咆吼をやめて、再度コボルドロードを眼前にして身構えた。

 

 ――そこで俺は思わず、言葉を失った。そういう設定にされていたのだろう、ジェネシスの使役するアヌビスの目は赤かった。しかし、今のアヌビスの目は強く光り、最早赤色の光の球体と化している。唇は捲り上げられ、禍々しく鋭い牙が常に覗き、過剰分泌された唾液が迸っている。

 

 アヌビスはこれまで見てきたジェネシスの《使い魔》とは比べ物にならない、異様な何かに代わってしまっていたのだ。

 

 

「お前もわかるかアヌビスぅ!! ヤバいぜぇ!! 最ッ高だぁぁぁぁあッ!!!」

 

 

 更に強く咆吼するなり、ジェネシスは地面を蹴り上げて目にも止まらぬ速さでコボルドロードに接敵。背中の両手剣を引き抜いてコボルドロードに斬りかかった。同刻、別方向から異様な黒き狼竜が同じようにコボルドロードに襲い掛かっていく。

 

 

 そこからのジェネシスの姿は人間やプレイヤーではなく、両手剣を使う魔獣や魔物だった。ソードスキルにさえ錯覚するような攻撃を次から次へと繰り出していき、その中で本当にソードスキルを使ったりしていたのだが、如何せんその速さが並大抵のものではないのだ。

 

 ソードスキル発動後の硬直を強いられても、その間にアヌビスが激しくコボルドロードを攻め立てているおかげで隙が隙じゃない。コボルドロードの《HPバー》は尋常ではない速度で削られていき、瞬く間に黄色、そして赤色へ変色する。

 

 怒涛を通り過ぎているような剣と獣牙の嵐。それに必死に抗おうとして、コボルドロードは大剣を振るった。刃が攻撃に夢中になっているジェネシスへと降りかかる。

 

 

「遅ぇんだよ雑魚がッ!!!」

 

 

 ジェネシスが叫びながら大剣を振るい返した次の瞬間、コボルドロードの片腕が大剣ごと切断されて宙を舞った。

 

 俺達でさえ発見出来なかった部位破壊に皆が驚き、コボルドロードが苦痛の叫びを上げて怯むと、すかさずアヌビスがコボルドロードの首根っこに噛み付きかかった。

 

 どぉんという轟音と共にコボルドロードが地面へ叩き付けられ、更にアヌビスの全体重が押しかかる事で、地震のような震動が城全体に響き渡る。更にアヌビスはコボルドロードを振り回し、壁へ地面へ何度も何度も叩き付け、震動と轟音を巻き散らす。

 

 まるで二匹の怪獣が取っ組み合いを繰り広げる、怪獣映画のワンシーンだ。

 

 

「な、なんなのこれ……」

 

「この戦闘……異様だぞ……」

 

 

 ジェネシスとアヌビスの繰り広げる戦闘を目にしたリーファとエギルがか細く言うが、皆も同じような事を言っている。

 

 ジェネシスとアヌビスは俺とリランと同じ、《ビーストテイマー》と《使い魔》の関係であるはずなのに、まるで異なる存在となってしまっているかのように思えた。

 

 ……いや、それ以前に俺は暴れ狂うアヌビスの姿に既視感があった。目を赤い球体に変え、唇を捲り上げて牙を覗かせ、唾液を飛ばすのもお構いなしに得物に襲い掛かり、程度の知らない攻撃と殺戮の限りを尽くす。

 

 その存在を、それがそうなってしまったその瞬間が頭の中にフラッシュバックして来た。冷や汗が全身に噴き出してくる。

 

 その存在は身近なところにいる。今もそうだ。だが、その時その者の意思があったというわけではない。その者とは異なる意思が存在していて、それは世界を守ろうとする防衛機構であり、それが歪な形で発動してしまったから、そのような事が起きてしまったんだ。

 

 そう、その時はあるものの、自分の守りたいものを守ろうとする強い意志があったからこそであって――。

 

 

「……――!」

 

 

 それを認識した次の瞬間。突然、頭の中に強い何かが突き上げてくるような感覚が襲ってきた。

 

 目の前に赤いスパークのようなものが起こり、焦点が合わなくなる。まるで頭の中に何かがいて、食い破って外へ出ようとしているようだ。そしてそれは衝動となり、俺の身体へ広がろうとして来ているのがわかった。

 

 

「ぐッ……う゛ぅ……」

 

「キリトッ!?」

 

 

 頭を押さえずに居られなくなり、やがてその場で(うずくま)る事しか出来なくなった。

 

 息が苦しくなり、心臓が異様なまでの頻度で鼓動を刻み始める。まるで入り込んできたウイルスに身体が抵抗していようとしているようだ。色々な音がする。仲間達の声、シノンの声、アヌビスとジェネシスの咆吼、戦闘音。様々な音を聞き続けても尚、頭の中から出てこようとするような感覚と衝動は収まるところを知らない。

 

 俺の中に何かがいる。それが今、俺の身体も感覚も塗り潰そうとしている。俺を……喰らおうとしている。

 

 

 これは一体なんだ。

 

 一体何があるんだ。

 

 何が俺を突き動かそうとしているんだ。

 

 何が。

 

 何が……。

 

 

「はははははははッ!! あ? なんだよ、もう壊れちまったのかよ……エリアボスも大した事ねぇなぁ」

 

 

 様々な音に混ざる一際巨大な破砕音が聞こえた次の瞬間に、()()は収まった。押し寄せてくる衝動が消え、塗り潰してくる感覚が消え、鼓動が元の頻度に戻っていく。冷や汗の流れはなかなか収まらなかったが、それでも徐々に弱いものへと変わっていった。

 

 

「キリト……キリトッ!!」

 

 

 もう一度大きな声が聞こえてきて、俺は重々しい頭を動かして顔を向けた。そこでようやく、俺は周りに仲間達が集まってきている事、誰もが心配そうな表情をしている事、シノンがこれ以上ないくらいに心配そうな顔をして支えてくれている事に気付いた。

 

 

「シノン……それに……皆……」

 

「キリト、一体どうしたというのだ。大丈夫なのか」

 

 

 リランに訊かれても首を縦に振れない。ある程度良くはなったけれども、そもそもの原因が掴めないのだから、何も答える事が出来ないのだ。立ち上がろうとしても、中々力を込めるという事が出来ない。全身の重さが消えていなかった。

 

 

「とにかく、このままここにいるのは拙そうだ。転移結晶を使って街へ帰ろう。支えられる人はキリト君を支えてあげてくれ」

 

 

 イリスが提案すると皆が頷き、クラインやディアベルといった男達が率先して俺の肩を支えてくれた。そこですぐさまイリスは懐より青色に輝く結晶状のアイテムを取り出して、「転移、《はじまりの街》」と一言。俺達全員が青い光に包み込まれ、俺の視界も青一色に染まり、意識が遠のいた。

 

 

 




―小ネタ―


Violent Dynasty→『暴力の支配者』の意味


―元ネタ―

Violent Dynasty→PSO2の楽曲の一つ。ジェネシスが大暴れしてるシーンのBGMにどうぞ。

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