キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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―フェイタルバレットやってて思った事―

シュピーゲル「気を付けた方がいいよ。死銃は君みたいな運がいいだけの奴は、大ッ嫌いだろうからさ」
→シュピーゲルってこんなにムカつく奴だったっけ?
→そういえば原作シュピーゲルはこんな奴だった。


 それはさておきまして新年度突入。

 そしてKIBTもまた新章突入。

 どうなるアイングラウンド編二章。その一話目をどうぞ!





―アイングラウンド 02―
01:白銀色の子


「かあさーん! 早く来てー!」

 

 

 一つの声が耳元に届けられてくる。声色は十歳ほどの男の子のそれであり、これまで何度も聞いてきたもの。その声を発した男の子はアスナの目の前に広がる草原をはしゃぐように走り回っている。

 

 その男の子を追いかけるようにして、アスナもまた同じように歩いていた。

 

 

「待ってよユピテル。あんまり走ると転んじゃうよ」

 

 

 ユピテルと呼んだその男の子は相も変わらずはしゃぎ続けている。

 

 髪の毛は白銀色で、腰に届く程の長さなものだから、アスナに似せたポニーテールにしている。男の子としては珍しい髪型なうえに、顔つきもどちらかと言えば中性的だ。知らない人が見れば女の子に間違えてしまう事だろう。

 

 だが、アスナはユピテルが男の子だという事は既に一目見るだけでわかるようになっているし、何より女の子はあんなふうにはしゃいだりもしない。どんな人もユピテルのはしゃぎ様を見れば、男の子だと理解するだろう。

 

 そんなふうに男の子らしくはしゃいでいるユピテルの髪の毛はふわふわと揺れており、自分の髪の毛も同じように揺れている。

 

 目の前に広がる草原一帯に暖かくて心地よい風が吹いていて、空は青く美しく、ところどころに小さな白い雲が浮かんでいた。ピクニックなどに出かけたりするのには絶好の気象設定だ。

 

 この草原の暖かさと晴れ具合もあるからこそ、ユピテルもあんなふうに喜んではしゃいでいるに違いない。だが、あまりにも元気よく走り回っているものだから、ユピテルが足元を気にしていないようにも見え、アスナは声をかけた。

 

 

「ユピテル、あんまり離れちゃ駄目だよ。それに足元にも気を付けてね」

 

 

 ユピテルは「はーい」と答えてきたが、相変わらず走り回っていた。もうユピテルはご飯時になるまであぁやっているつもりなのだろう。けれども、それがとても子供らしく感じられて微笑ましい。

 

 これまで見てきたものはずっと見れば飽きるものだったが、ユピテルが元気よく遊んでいる姿はいつまでも見ていられると思えるくらいに、飽きを感じさせないものだった。きっとこれもユピテルが息子だからこそ抱くものなのだろう。

 

 ウインドウを開いて時刻を確認してみると、既に正午を回っていた。そろそろ昼ご飯の時間だ。

 

 弁当として持ってきている料理は卵のフィレを挟んだサンドイッチ。ユピテルの好物のうちの一つだ。それを伝えればユピテルは一目散にやってくるに違いない。

 

 

「ユピテル、もうお昼だからご飯にしましょう。今日のお弁当は……」

 

 

 暖かい草の絨毯の上に腰を掛け、サンドイッチの入った簡易ボックスをアイテムストレージから呼び出したその時、風が突然止んだ。一気に周囲が冷たい空気に包み込まれていく。

 

 

 驚いたまま顔を上げてみれば、つい先ほどまで晴れ渡っていた空に分厚い黒雲が姿を現しており、爆発したようにその領域を増していっていた。よく見れば黒雲の一部で白い光が瞬いていて、ごろごろという小さな轟音が聞こえてきてもいる。雷と共に激しい雨を降らせる雷雲だ。

 

 

 気付いた時には空全体が雷雲に包み込まれ、日差しは完全に奪い尽くされていた。周囲はまるで真夜中になったかのように暗くなっている。

 

 

 アスナは迷わず遠くにいるユピテルに目をやった。何が起きたかわからないかのように、あるいは助けを求めているかのように、ユピテルは周囲をきょろきょろしていた。

 

 

「ユピテル、早く戻ってきて! 一旦家に帰りましょう――」

 

 

 アスナの言葉が最後に差し掛かったその次の瞬間、辺りが突然白い光に包み込まれた。

 

 

 爆発にも似ている大気が引き裂かれたような轟音が耳に飛び込んできて、アスナは思わず耳を塞いで目を固く(つむ)った。全身を爆風のような衝撃が撫で上げてくる。雲から一筋の雷が降ってきたのだ。それも目の前に。

 

 光は一瞬のうちに止んで、衝撃もほとんど同じ時間に止まったが、轟音はなかなか鳴りやまず、アスナは耳から手を離す事ができなかった。

 

 ようやく轟音が鳴り止んだのがわかり、耳から手を離して目を開けた時、アスナは絶句した。

 

 

 アスナの立ち位置から前方二十メートル付近の草原が、炭化したように黒くなっており、草が燃えていた。爆心地にも似たその中心に、ユピテルがうつ伏せになって横たわっているのだ。

 

 身体は無残にも焼き焦げており、周囲の草原同様に服のいたるところが炭化してしまっている。

 

 

 それがユピテルに落雷が直撃した光景であるというのに、アスナは瞬時に気が付いたからこそ、言葉を出す事ができなくなったのだった。

 

 

「ユピテル……ユピテル――ッ!!!」

 

 

 自分でも驚くような、布を引き裂いたような声で叫び、声が静まり返った草原に木霊したその直後だった。

 

 ユピテルの周囲に赤黒い稲妻がスパークした。稲妻は徐々に強さを増していき、落雷の直撃地点、炭化したその場を更に焼き払っていく。

 

 スパークがより一層激しさを増したその時だ。ユピテルの身にまとわれていたぼろぼろの服が引き裂かれて粉々に消滅し、四肢が縄のように盛り上がり、肥大化を開始する。それも加減を知らないかのような勢いで。

 

 三メートルを通り過ぎたところで、ユピテルの雪のように白かった肌に墨のような黒色の毛がぶわりと生え、やがて形状自体が鎧のようなものへ変わっていく。四肢の形状さえも変化を来たし、自分と同じ人間のそれから龍を思わせるものになり、尻尾が飛び出す。

 

 肥大化の末に大きさが四メートルを超えたところで愛らしかった形の輪郭が狼のそれに酷似したものへと変わり、額から剣のようなものが飛び出す。

 

 そして八メートルくらいにまで大きくなったところで、肩の背部から巨大な腕が飛び出し、どしんと地面を叩いた。

 

 

 思わず口を両手で塞ぎ、その中でアスナがか細い声を出した時に目の前にいたのは、ユピテルではなかった。

 

 

 全身を黒銀の毛と鎧に包み、ユピテルと同じ青い瞳と白銀色の鬣を持ち、肩からもう一対巨腕を生やした怪物。――ユピテルが強引に変化させられてしまった末路の姿である、忌まわしき魔物のそれだった。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 立ちすくんだアスナがもう一度か細い声を喉から漏らしたのを、魔物は聞き逃さなかった。ユピテルと同じ青色の目の中にアスナの姿をしかと映し、身体ごと向き直る。

 

 身体の中に内包されたエネルギーが過剰すぎるのか、最早青い光を放つ球体にしか見えない目を、アスナが自身の瞳に捉えたその時、ユピテルだった魔物はいきなり上体を起こして咆吼(ほうこう)。全身が赤黒い雷に包み込まれるなり、肩から生える巨腕を中心に赤黒い稲妻の翼が形成され、魔物はそれを羽ばたかせて飛び上がる。

 

 そしてもう一度全身を赤黒い稲妻で包み込むと、滞空したまま軽く後方へ下がり、そのまま隕石のように急降下、突進を開始した。

 

 

 その矛先にいたのは、アスナだった。

 

 

 次の瞬間には世界の速度が一気に落ちて、全てがスローモーションのようになる。逃げようとしても足が動かない。身体が強力な重力に囚われてしまったかのように重い。それを絶好の機会と言わんばかりに魔物は距離を縮めてきた。

 

 

 ――ユピテル、早く戻ってきて。その言葉を思い出したかのようにユピテルだった魔物がどんどん近付いて来て、魔物の顔がすぐ目の前へ来たその時、魔物の瞳が放つ青い光が爆発し、アスナの視界は真っ青に染まった。

 

 

「――ッ!!!」

 

 

 身体が吹き飛ばされた次の瞬間には、アスナの居場所は変わっていた。

 

 黒雲に覆われた草原のように暗くはあったが、草原ではなく、白い壁に同じ材質の天井。床には見慣れた質感の絨毯が敷かれている。身体を見てみれば、普段から使っている寝巻が纏われていて、居場所自体もいつも使っているベッドの上となっていた。

 

 今の自分はアスナではなく、()()()だ。その事に気付いた時、明日奈は頭を片手で抱えていた。寝巻の下の肌は汗をぐっしょりと掻いており、下着と寝巻の一部が貼り付いている。

 

 

「……夢……?」

 

 

 目覚めた今でも鮮明に思い出す事ができる。自分はあの時、我が子と一緒に草原へ来ていた。

 

 暖かい風が流れていく、晴れ渡った空の下。しかしその空は瞬く間に黒雲に支配され、一発の落雷が我が子を襲った。次の瞬間に我が子は――。

 

 

「……!」

 

 

 今のは夢だ。我が子の異変と聞きは全て夢の中の出来事であって現実の出来事ではないのだ。それがわかっているはずなのに、明日奈の身体は震えて仕方が無い。不意に両手を伸ばして自分の身体を抱き締めても身体の震えは止まる事が無かった。

 

 我が子は今、自分もプレイしているゲームの中――本体は自身の持っているノートパソコンの中――にいるが、無事なのだろうか。もしかしたら今の夢は自分の知らない間に起きた我が子の危機を知らせるものなのではないか。

 

 全身に冷や汗が更に噴き出し、額から流れてベッドへ雫となって落ちた時、明日奈は明かりを付けないまま立ち上がり、ベッドを降りる。向かう先はカレンダーや資料や教科書などが乗っているテーブルだが、それらには目を付けず、一点だけを見る。

 

 息子の居る世界へ向かう事のできる円環状の機械、アミュスフィアだ。それを手に取った明日奈は急ぎ足でベッドへ向かい、横になりつつ頭に装着する。

 

 

「リンクスタート……!」

 

 

 異世界への扉を開ける呪文を唱えると、明日奈の意識は遠のき、異世界へと転送されていった。

 

 次に意識がはっきりして目を開けた時、広がってたのは現実世界のそれとは違う内装の部屋だった。ログハウスとまでは行かないけれども、木々を主体にした壁とフローリングで構成されていて、勉強机にも似た小さなテーブルと椅子、世界を脱する際に使用する大きめのベッドがあった。

 

 現実世界には存在しないものが存在し、普段は親友達、仲間達と遊ぶためにやってくる世界、《ソードアート・オリジン》。

 

 そこへ向かう事ができ、尚且つ自分が明日奈から()()()になっている事を把握すると、アスナは早速ベッドへ目を向けた。利用者である自分はここにいるため、誰も寝ていない状態になっているのが普通のベッドは今、掛布団が膨らんでいる。認めたアスナは音を立てる事も気にせず、飛び付くように駆け寄った。

 

 枕元を見てみれば、そこにはベッドへ横たわる者の頭があり、顔がこちらに向いている。十歳前後の外観で、大まかに見ると女の子のように見えてしまう顔立ちだが、細部と全体をしっかり見れば男の子だとわかる少年。それが今、確かにこの場に居て、ベッドでくぅくぅと健やかな寝息を立てていた。

 

 その事が確認できただけで、アスナは胸の中に安堵が広がって来るのを感じた。

 

 

「……ユピテル」

 

 

 思わず呟いてしまったが、それでもユピテルと言う名の我が子は反応を示さないで寝息を立てている。このままずっと見ていれば、この安堵は広がっていくだろう。だが、そこまで時間をかけていられる余裕があるとは思えず、寧ろ胸の中の不安が打ち勝っていきそうな気さえする。

 

 ついに我慢できなくなって、アスナは再度声をかけた。

 

 

「ユピテル」

 

 

 ダイブ時の時計は午前二時半を差しており、ユピテルもぐっすりと眠りに入っている時間だ。それを邪魔するような行為をしている事に、アスナは一種の罪悪感を抱いたが、それが胸の中の不安や恐怖に打ち勝つ事はなかった。

 

 

「ユピテル、起きて、ねぇユピテル」

 

 

 もう一度アスナが声をかけ、その肩元に手を置いて揺さぶりを掛けたその時、一瞬だけユピテルの目元が動きを見せ、口元から小さな声が漏れた。

 

 ゆっくりとその瞼が開かれていき、瞳が姿を現す。明かりが無いせいで暗くなって見えるけれども、明るい時はまるで幻想世界の海のような美しい青色をしている瞳。外観こそは十歳前後のモノだけれども、中身はそれ以下の年齢であるという事を示す光が瞬いている。その中にアスナの姿を写り込ませたユピテルは、薄らと口を動かした。

 

 

「……かあさん……?」

 

 

 我が子にそう言われて、アスナは言葉を出せなくなった。次第に不安と恐怖が渦巻く胸の中から突き上げてくるものがあり、それが胸を抜け出して、上へと昇って行くのを感じる。

 

 

「……ユピテルっ」

 

 

 ユピテルは首を傾げながら右手を動かし、ウインドウを開く。服装はいつも来ている軽装以上に軽い、パジャマのようなものだ。時刻を確認したのだろう、ウインドウからアスナへ眠たげな目線を動かす。

 

 

「かあさん、こんな時間にどうしたの……」

 

 

 もう一度我が子に言われた時、アスナはユピテルの小さな身体を抱き締めていた。胸から突き上げていたものは目元へ達し、涙となって流れ出ていた。次々と温かい雫となって、ユピテルの髪の中へ零れ落ちていく。

 

 

「ユピテル……ユピテルぅ」

 

 

 強さの加減ができず、込めれる力いっぱいでユピテルの身体を抱き締めてしまう。全身にユピテルだけが持つ良い匂いと温かさ、感触が流れ込んできて、それは胸で渦巻く恐怖と不安を確かに消し去っていってくれていた。

 

 ユピテルからすればきっと痛いだろうし、少し苦しい思いをしているかもしれないし、何よりこんな真夜中にたたき起こされているのだから、迷惑この上ないだろう。

 

 それでもアスナは、我が子を抱き締めるのをやめる事ができなかった。

 

 

「かあさん、どうしたの」

 

「ごめんねユピテル……少しだけこうさせて……もう少しだけ……もう少しだけ……」

 

 

 息子の前でなるべきではない涙声になりながら、アスナはぐっとユピテルの頭の中に顔を埋めた。

 

 

「かあさん、怖い夢見たの」

 

 

 胸の中のユピテルからの問いかけにアスナは頷く。次第に口が割れて言葉が出てきた。

 

 

「あなたが目の前で……すごく怖いモンスターになって……わたしは何もできなくて……起きてもどうしようもなく不安で、怖くて……」

 

 

 ユピテルはアスナのような人間ではなく、俗にAIと言われる人工知能だ。

 

 中でもユピテルは《MHHP》と略される《メンタルヘルス・ヒーリングプログラム》という呼称を用いられる存在として作られている。

 

 この《MHHP》にはその名の通り人間の精神を治療する機能が搭載されており、VR世界にダイブした人間が極力近くまで行くと、その機能が自動的に発動して、その人間の中に積もる不安や不満などを全て吐き出させる治療を施す。アスナが夢の事を話してしまうのもその効果によるものだ。

 

 

「ユピテル……あなたはもう、あぁはならないよね。あんなふうになっちゃう事なんか、もう無いんだよね……?」

 

 

 答えあわせをするように言ってもユピテルは答えてくれない。答えようがないのだ。

 

 

 アスナはかつて、呪われたゲーム、悪魔のゲームと言われた《ソードアート・オンライン》というゲームの中でユピテルと出会った。

 

 その当初からユピテルはアスナをかあさんと呼び、本当の息子になったように暮らし、舞台となった浮遊城アインクラッドに流れる時間を過ごしてきた。

 

 だが、アインクラッド攻略がついに最上部である百層に辿り着いたその時、ユピテルは《壊り逃げ男》――正式名称は全く違い、今となっては蔑称である――というサイバーテロリストに目を付けられ、さらわれた。

 

 次に出会った時、ユピテルは様々なモンスター達のデータを取り込んだ恐るべき魔物となってしまっており、アスナ達アインクラッド攻略組は戦う事を強いられ、苦戦の末に討伐。ユピテルは魔物として消え果ていった。

 

 

 だが、後にその時のユピテルはユピテルに何かあったときのためのコピーであって、本体は別なところにあった事が判明し、その本体はユピテル達の製作者であり、SAOの開発者の一人であった女性の手でアスナに受け渡されたのだ。

 

 今アスナが抱き締めているユピテルこそがそれであり、あの戦いを生き残って帰還したSAO生還者の一人と言える。

 

 だが、その時本体のユピテルは眠っていたに近い状態であったため、あの時自分自身に何が起きていたのか理解できていないし、覚えてもないのだ。だからこそ、こんなふうに尋ねられたところで、妥当な答えを返す事はできない。

 

 それを理解しても尚、アスナはユピテルからの答えを待ち続けた。

 

 

「……ぼくは大丈夫だよ、かあさん」

 

「……ユピテル……?」

 

 

 ユピテルの声の直後に、背中に何かが当てられたような感覚が走る。ユピテルの手が背中へ回ってきていて、服を軽くつかんでいた。

 

 

「ぼくはその時の事を覚えてないからわからないけど、もうぼくはそんなふうになったりしないよ。ぼくはもうかあさんに(つら)い思いをさせたり、悲しい思いをさせたりしない。したくない。だからぼくは、そんなふうにならないよ」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ。だから安心して、かあさん。ぼくはもうかあさんを悲しませたり、辛くさせない。約束する」

 

 

 誰よりも幼いように見えるし、そういうふうにしか振舞えないのに、しっかりと芯が通っているような強さを感じさせる息子の声。胸の中に抱き寄せているせいで若干くぐもってはいるけれど、一言一句耳の中に入れると、胸の中に渦巻いていた不安と恐怖が一気に消えていくのが分かった。

 

 ユピテルを(おぞ)ましい魔物に変えた者ももういない。だからユピテルはもう、あんなふうになってしまう事などない。誰かを傷つけたり、暴れまわったりする事もないのだ。わかっていたけれども薄まっていた事が、再びアスナの胸の中でしっかりとした形を得た。

 

 胸の中に我が子を抱き込んだままアスナは深呼吸をする。我が子の匂いが鼻の中に流れていき、胸の中に吸い込まれて広がったところで、安堵の溜息を吐いた。

 

 

「……そうだね。ユピテルはもうあんなふうになったりしないね。わかり切ってた事なのに、わたしったら……」

 

 

 胸の中のユピテルがほほ笑んだのを感じ、アスナはここに来た際の時間を思い出す。悪夢に飛び起きてアミュスフィアを起動したのは午前二時半を過ぎた頃であり、誰もが寝静まっている頃だった。当然こうする前までユピテルもぐっすりと――というよりも意識を一旦閉ざして内部データの整理整頓をしているだけで、真の意味で眠っていたわけではないのだが――眠っていた。

 

 

「こんな時間に来ちゃったうえに、こんな事になっちゃってごめんね。眠いでしょ、ユピテル」

 

 

 ユピテルは胸の中で頷いた。まもなく、どこかへ飛んでしまっていた強い眠気が押し寄せてきて、アスナは思わず欠伸をする。攻略や遊びのためにログインしたわけではないので、ここでログアウトして眠らなければならないが、アスナはユピテルの傍から離れたくなかった。

 

 

「わたしも安心したら眠くなってきたよ……ユピテル、このまま一緒に寝ちゃってもいいかな」

 

「いいよ。ぼくもかあさんと一緒に寝るのがいい」

 

「……そうしよっか」

 

 

 ユピテルが再度頷いたのを認めると、アスナはユピテルを先にベッドへ寝かせ、自身もすぐに同じベッドへ寝転がって掛け布団を掛けた。ユピテルが既に使っていたおかげで布団の中はとても暖かくて、すぐにでも眠りつけてしまいそうなくらいに心地よかった。

 

 

「ユピテルは……やっぱりあったかいね……」

 

「かあさんも、すごくあったかい……だから……大好きだよ、かあさん」

 

「うん。わたしも大好きだよ、ユピテル……」

 

 

 えへへと小さく笑うなり、ユピテルは再び瞼を閉じた。それから数秒もしないうちに深い溜息を吐き、そのまま寝息を立て始めた。

 

 愛しき我が子の寝顔を十数秒程見てから、アスナはそっとその頬に手を差し伸べた。確かな暖かさと柔らかさが指先、(てのひら)を伝って全身にじんわりと広がってくる。

 

 

 この子は一度あぁはなりはしたけれども、あれ一度きりだ。もうあんな悲劇が繰り返されることなどありはしない。

 

 

 ――あれはあくまで夢の中の出来事であり、この子がまたどこかへ消え去ってしまうのが現実になる事などないのだ。

 

 それをしっかりと実感しながら、アスナは瞳をゆっくりと閉じ、押し寄せてくる眠気に身を任せた。




 すでに話している通り、アイングラウンド02は原作でいうマザーズ・ロザリオ編に該当する章となっております。

 そのためメインがアスナに傾きますが、キリト、シノン、リランの三人が蚊帳の外という事はないので、今後もご安心くださいませ。





―くだらない事―

ユピテルのイメージテーマBGM → Undertaleの「Undertale」


―副題的なもの―

『キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド02 ―出来損ナイノ生命―』


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